銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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永遠の夜の中で

 

 年明けと同時にラインハルトはローエングラム家を継ぎ階級も上級大将に昇進した。ハンスもラインハルトのお零れでミューゼル家を継ぎ中佐に昇進をした。

 

 ハンスは新年の休暇中、姉のヘッダが新年興行の為に劇場へ泊まり込んでいる隙にマリーと連日の様にデートしている。

 今までなら出征前は夜も眠らずに考え事をしていた弟が昇進とミューゼル家の家名を継いだ事に浮かれている様にヘッダには見えた。

 ハンスとマリーがヘッダの舞台を観劇に来た時に二人を楽屋に呼びつけて叱ったのだがハンスは一向に堪えた様子も無い。

 流石にマリーもハンスを嗜めたが「大丈夫。今度の出征は楽勝だから!」と笑うばかりである。

 ハンスにして見れば同盟軍が兵力分散の愚を犯してラインハルトの好餌となる未来を知っているのだから新年休暇を余裕を持って楽しむのは当然の話である。

 

 帝国歴796年一月初頭、新年休暇が終わるのと同時にハンスはラインハルトの情報武官として出征の途に就く事になる。

 

「あんな調子で無事に帰って来れるのかしら」

 

 ヘッダとマリーの心配を他所に笑顔でブリュンヒルトに乗り込むハンスであった。

 

「卿の姉君達が随分と心配していた様だが、卿は余裕の様子だな」

 

 ラインハルトが呆れ気味にハンスに問い掛けた。

 

「そりゃ、新年早々の勝ち戦ですから」

 

「ほう、卿は私の事を買い被っている様だな」

 

「買い被るもなにも事実ですから、閣下が勝てぬ相手など叛徒の提督ではビュコック提督くらいですから」

 

「卿は私ではビュコックとやらに勝てないと思うのか?」

 

「はい。ビュコック提督は閣下と戦って勝てないと思えば負ける前に逃げますから」

 

「確かに勝負がつく前に逃げられては私でも勝てぬな」

 

「それに、今度の相手は順番で言えばパエッタ、ムーア、パストーレあたりの派閥人事で艦隊司令官になった連中が出て来るでしょう」

 

 ラインハルトの表情と声は変わらぬまま目の光だけが変わる。

 

「ほう。卿は既に敵の司令官も予測しているのか?」

 

「まあ、国防委員長としたら前回のレグニッツァでの名誉挽回の為に子分のパエッタの起用は確実だと思います。パエッタを総司令にするにはお友達の司令官のパストーレと後輩のムーアくらいが妥当でしょう」

 

 ハンスの説明を聞いて同盟の人事に呆れながらも納得するラインハルトであった。

 

「所詮、同盟も帝国も神経が麻痺しているんですよ。戦争を個人の出世や保身の道具にしてやがる。実際に死地に立つ兵士の命の重さも考えてない」

 

 吐き捨てるハンスの言葉にはラインハルトも応える。

 

「私も卿の言葉を忘れずに肝に銘じておこう」

 

「閣下なら、この馬鹿らしい戦いを終わらしてくれますね」

 

「ああ、終わらせるさ」

 

 この瞬間、ラインハルトはハンスの真の目的を知ったと確信した。

 だから、ハンスの言葉に応えたが、これはラインハルトの完全な過大評価である。

 ハンスの真の目的は人並みの暮らしと余裕のある年金生活である。

 天体望遠鏡が顕微鏡のミクロの世界を見れない様に天才のラインハルトにはハンスの小市民的な感覚は理解出来ない。

 

「取り敢えず、今回はイゼルローン要塞まで行かぬと話にならん」 

 

「はい。しかし、まだ敵の情報は入って来ていません」

 

 ハンスが無為の日々を送っていたのも戦略目標も無いまま敵と戦う事が目的の出征では敵の情報が無いと作戦も立て様が無いからである。

 

「前回もイゼルローン要塞に到着してから敵は動き出したな」

 

「まあ、オーディンよりハイネセンの方がイゼルローンに近いですから」

 

「情報武官殿は敵が動くまで仕事も無く優雅で羨ましい御身分ですな」

 

「はい。有難い事に給料泥棒が出来ます!」

 

 ハンスの返事にラインハルトも失笑してしまった。

 

「卿の面の皮がイゼルローン要塞の防壁並みに厚い事を失念していた。叛徒共の苦労が分かった気がする」

 

 ラインハルトから同情された同盟軍では既に帝国軍の侵攻と戦力の情報をフェザーン経由で知るところとなっていた。

 急遽、国防委員長トリューニヒトの指示で第二艦隊、第四艦隊、第六艦隊の三個艦隊投入が決定した。

 帝国軍に対して二倍の戦力であるが、本来は三倍の戦力を出す様にヤンから助言をされていたのだが第三次、第四次のティアマト会戦にて戦力を消耗した為に二倍の戦力を出すのが限界であった。

 投入する艦隊については、第三次ティアマト会戦にて戦場に到着する前に勝敗が決してしまったパストーレとムーアの両提督にも戦場に出る機会を与えなければならない事情もあった。

 こうして同盟側には同盟側の事情があり投入する戦力はトリューニヒトの裁量で決定したのだが、呆れる事に戦力分散になる作戦案を誰が提出して誰が採用したのか経緯が全くの不明のままで三方向からの分進合撃が決定したのだ。

 こうして同盟軍が投入戦力と作戦が決定した時に帝国軍はイゼルローン要塞に到着して最終的な補給を受けていた。

 

「閣下、フェザーン経由からの情報ですが敵は総司令にパエッタ、副将にパストーレ、ムーアの三個艦隊となり総数四万隻で既にハイネセンを出発したそうです。ミューゼル中佐の予測通りです」

 

「キルヒアイス。そのハンスを呼ぶ時にミューゼル姓で呼ぶのは、少なくとも俺の前では止めてくれ」

 

 艦橋でキルヒアイスと二人だけという事もありラインハルトはキルヒアイスの報告に的外れな苦情をつける。

 

「了解しました」

 

 返事するキルヒアイスの声には笑いの成分が混入している。ラインハルトは忌々しく思いながらも本題を口にする。

 

「今回もハンスの予測通りだな。決戦場所は?」

 

「それも、ハンス中佐の予測通りにアスターテとなると思われます」

 

「ハンスの情報だと三人に共通するのは部下の進言を受け入れない狭量な人物らしい」

 

「それは、当方では願ったり叶ったりですね」

 

「だからと言って、ハンスの緊張感の無さも問題だと思うのだが……」

 

 ラインハルトが珍しい事に頭を抱えている。ハンスは帰国後に麻薬摘発の上申書の件で軍務尚書から直々に休暇と特別賞与を貰う約束をしていた。

 どうやら、帰国後に姉と旅行に行く計画しているらしくハンスのデスクには旅行のガイドブックが数冊に兵士や士官に色々とアンケートを取っている。

 

「まあ、お陰様で兵士達も敵が倍の戦力でも怯えずに士気も下がる心配はありません」

 

 キルヒアイスも苦笑混じりにラインハルトを慰める。

 

「だから、ハンスの緊張感の無さを叱れずにいるんだ!」

 

「そこまで、計算しての行動かもしれませんね」

 

 キルヒアイス自身も疑わしいと思いながらハンスを擁護する。

 

「ハンスの真意は別にして兵士の士気が下がらないのは助かるが敵の司令官連中も俺と同じ苦労をしているのか?」

 

 ラインハルトが部下の教育に頭を痛めている頃、同盟軍の司令官達も部下に手を焼いていた。

 

「閣下、敵が積極的な姿勢なら自軍が包囲されたと考えずに各個撃破の好機と捉えるでしょう。その時に最初に狙われるのは正面の我が艦隊です。進軍の速度を落とし様子をみるべきです。」

 

 第四艦隊の司令官パストーレは参謀のアナン准将の諫言に「自分には権限が無い。貴官は統合作戦本部に掛け合うべきだ!」と相手にしなかった。

 第六艦隊ではラップが諫言していたが階級が低い事とムーア自身もパエッタに対して含む所があった。レグニッツァで大敗したパエッタが総司令なのが不満なのだ。ここでラップの進言を容れればパエッタに含む所がある為と思われるので相手にしなかった。

 第二艦隊ではヤンがパエッタに諫言していたがパエッタは日頃のヤンの怠惰ぶりを知っていた為にヤンの諫言を退けていた。

 後世、生き残った人々の証言を分析した歴史家達の見解では、当時の同盟軍には有能な人材が多数いたのだが派閥人事の結果、彼らが必要な地位に居なかった事が悲劇の引き金になったと結論している。

 そして、司令官と部下の見解の違いは帝国軍内部にも起きていた。

 

 集まった提督を代表してシュターデンが説明する。

 

「先程、フェザーンからの情報では敵は三方向から我が軍の倍の戦力で我が軍を包囲殲滅を企図してます。我が軍は圧倒的に不利な体制に置かれています。ここは名誉ある撤退を為さるべきだと愚考する次第です」

 

 集まった提督達もシュターデンの意見に無言で賛意を示している。

 

「撤退など思いもよらぬ。敵の総数が我が軍の倍であれ一方向の敵は我が軍より少数である。更に我が軍は敵の中央の位置にあり敵が合流する前に敵を捉える事が出来る。即ち、我が軍は敵より戦力の集中と起動性に圧倒的に優位であり各個撃破の好機である」

 

「そんな、閣下。机上の空論ですぞ!」

 

「もう良い。議論は無用だ。卿らは指揮官である私に服従する義務がある。それを拒否するなら軍規に照らして処分するだけの話だ!」

 

 完全な正論である。シュターデンらがラインハルトの作戦案に不満でも服従するしかない。

 ラインハルトに対して不満だらけのシュターデン一行を見送った後にラインハルトはハンスを呼んだ。

 

「お呼びだそうですが、敵の動向は変わらず三方向から我が軍を包囲殲滅せんとしてます」

 

 艦橋に呼ばれたハンスは情報武官として報告をする。

 

「うむ。そこで、卿の見解を聞きたい?」

 

「まあ、同盟軍の連携が取れていたら各個撃破も出来ずに袋叩きにされますが、パエッタとパストーレは仲が良いですがパエッタとムーアは仲が良くありません」

 

「ほう。それは初耳だな」

 

「お互いに大人ですから公務に支障が出ない様にしてますが、総司令のパエッタが中央ではなくムーアと反対方向にいるのも不仲の証拠です」

 

「布陣に影響しているなら公務に支障が出ているぞ」

 

 ラインハルトの尤もな指摘もハンスは無視して話を進める。

 

「各個撃破をするなら接着剤役のパストーレを撃破してムーア、パエッタの順が良いでしょう」

 

「中央の敵を撃破するのは理解が出来るが残りの敵を撃破する順序の意味は?」

 

「パエッタを先に撃破すればムーアは幸いと思いパエッタを見捨てて逃げるでしょう。逆の場合はパエッタは総司令としての立場から逃げる事が出来ずにムーアを助けに来ます。基本的にパエッタは真面目ですから」

 

 ラインハルトはハンスには撤退の有無を聞くつもりでいたが、ハンスは自分と同じ考えを持ち、更に新しい情報も提供してくれた。

 

「では、卿の進言を容れるとするか」

 

「閣下も人が悪い。最初から小官の意見と関係なく各個撃破するつもりだったでしょう。先程、シュターデン提督が顔を真っ赤にしていましたよ」

 

「卿も敵の司令官の不仲を黙っていたではないか」

 

「まあ、お互いに無用な血が流れなければ良いと思っただけです」

 

「卿は優しいな」

 

 ハンスの言葉にラインハルトの表情と声も緩くなる。パストーレとパエッタを叩けばムーアは戦わずに逃げる。そうなれば第六艦隊の兵士は無傷で生きてハイネセンに帰れる。帝国軍も三回の戦いが二回になり一回分の犠牲者が減るのである。

 

「しかし、卿の思いとは別に叩ける時に敵は叩く」

 

 こうして、アスターテ会戦の基本戦略は定まった。戦史上に残るラインハルトの各個撃破が始まるまで、残す時間は二十四時間を切っていた。

 




ハンスの役職については「情報参謀」ではと、ご指摘が有りましたがは「参謀」ではありません。
ハンスの仕事は情報を収拾と分析だけの「情報武官」です。
ラインハルトがハンスに作戦案に質問する場面がありますが、ラインハルトが個人的に意見を聞いているだけです。

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