銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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カストロプ動乱

  

 帝国がイゼルローン要塞失陥で揺れ動く中でカストロプ公に叛意の兆しの報を受けたハンスは改めてフーバー中佐の優秀さを再確認した。

 フーバー中佐がハンスに出した報告書と資料には「アルテミスの首飾り」の見積書と仕様書がある。

 

「見積書の入手も凄いが仕様書の入手も凄いじゃないか!」

 

「まあ、フェザーンとしては商品に絶対の自信があるのでしょう」

 

 資料を読んでいたハンスがフーバー中佐の言葉に納得した。

 

「みたいですね。保証書もある。家電製品かよ!」

 

 ハンスの突っ込みに苦笑するフーバー中佐であった。

 

「物が物だけに当代のカストロプ公の為人と一緒に考えると自然と結果は見えますな」

 

「確かに政治判断も必要な事柄ですから元帥閣下に報告して判断を仰ぐ必要がありますね」

 

 ハンスは報告書と資料を持ってラインハルトに報告する。

 報告書と資料を一読したラインハルトの口からはハンスと同じであった。

 

「軍事衛星に保証書付きとはな」

 

(そりゃ、誰でも呆れるよな)

 

 ハンスもラインハルトに同意した。

 

「裏を返せばフェザーンも自信があるのでしょう」

 

 少将に昇進したキルヒアイスも苦笑しながら言う。

 

「玩具の事は置いても確かにカストロプ公の為人を考えれば卿達の危惧は当然だな。これから三長官達との会議になる。丁度良い。その場で三長官にも話してみよう」

 

 ラインハルトが報告書と資料を持って会議に出掛けた後でハンスがキルヒアイスに話し掛ける。

 

「キルヒアイス少将、この間と同じ結果になるか賭けませんか?」

 

 ハンスが不謹慎な事を言うがキルヒアイスは更に不謹慎な返答をする。

 

「まず、賭けが成立しないでしょう」

 

「キルヒアイス少将も同意見ですか」

 

 二人の予測は見事に的中した。会議が終わりラインハルトの執務室に呼ばれたハンスはラインハルトの無表情な顔を見て全てを悟った。

 

(まあ、不機嫌なのを隠してはいるが無表情なのも不気味だな)

 

「はあ。会議は不調だったようですね」

 

「卿が慧眼とは言えんか。私の表情を見れば誰でも分かる」

 

 ハンスもキルヒアイス同様に頭を抱えたい衝動に襲われたが耐えた。

 

「今回は何と?」

 

「今回もカストロプの叛意を認めながら軍部としては動かないらしい。既に遠縁のマリーンドルフ家が帝国とカストロプの仲裁に入っているそうだ」

 

「マリーンドルフ家の仲裁の結果次第ですか?」

 

「仲裁するだけ無駄であろう。先代が不正に蓄えた分だけを帝国に返還を要求しているだけだが、それを拒否して役人を追い返している」

 

「すぐに討伐軍が出されますな。討伐軍も例の玩具がある事を事前に知るだけでも私達の仕事に価値がありましたな」

 

「卿が、そう言ってくれたら私も救われる」

 

 ラインハルトの予測通りカストロプは仲裁に入ったマリーンドルフ伯を人質に帝国に宣戦布告をしてきた。

 ラインハルト達の元に討伐の話が来たがラインハルトは元帥府を開いたばかりで元帥府の内の整備が忙しく余裕が無いと断った。

 

「本当に宜しいのですか?」

 

 心配気なキルヒアイスの言葉をラインハルトは一刀両断にした。

 

「構わん。俺達の価値を認めさせる為にも、少しは痛い思いをすれば良い。それに暫くは忙しく余裕の無いのは本当だ」

 

 現実はラインハルトの予測を上回った。帝国軍が二度の討伐で二度とも敗退したのである。

 

「あらあら、討伐軍の兵士も気の毒だがマリーンドルフ伯も気の毒だな」

 

 ハンスの言葉を聞いてキルヒアイスも同意した。

 

 二人の会話を聞いたラインハルトが麾下の提督を集めて発表する。

 

「皆、カストロプの話は知っていると思うが三千隻の兵力で二度とも敗退している。そこでキルヒアイス!」

 

 呼ばれたキルヒアイスが諸提督より一歩前に進み出る。

 

「艦艇二千隻を率いて討伐せよ。これは勅命である」

 

「勅命、慎んでお受けします」

 

 キルヒアイスに勅命が下った事を知ったハンスは他人事と決めていたがフーバー中佐の報告でカストロプが私兵の艦隊を動かしマリーンドルフ領に攻撃を掛けている事を報告した。

 

「討伐軍が来る度に本拠地の応援に帰る為、マリーンドルフ艦隊は善戦が出来てますが本来は領域内の治安維持や事故対処の為の艦隊ですので人員の質も数も違います」

 

 ハンスからの報告を聞いたキルヒアイスはマリーンドルフ艦隊の救援に向かう事にした。と、周囲の人間にも思わせた。

 

「それより、ミューゼル大佐」

 

「はい。何でしょう?」

 

 ハンスも他に何か聞きたい事があるのかと思っていたがキルヒアイスの口から出た言葉はハンスの想定外であった。

 

「卿には私の旗艦に同乗してカストロプ討伐に協力してもらいます。尚、これは正式な命令ですから拒否権はありません」

 

「ち、ちょっと待て下さい。帝国の内乱に自分は同乗しても意味が無いでしょう」

 

「そんな事はありません。私や元帥閣下が忙しい時に定時出勤の定時帰宅していましたからね」

 

「それは、単なる僻みでは?」

 

「僻みではありません。単なる妬みです」

 

 断言するキルヒアイスの笑顔にハンスは反発する気もなくした。これがラインハルト相手なら反発もしたがキルヒアイス相手では無理と言うものである。日頃の言動の差である。

 

「カストロプは温暖な気候で果物が美味しいらしいですよ」

 

「少将、果物で懐柔が出来ると本気で思ってます?」

 

 ハンスの言葉にキルヒアイスは笑いの発作を抑えながら首肯する。

 結果、ハンスは果物で懐柔が出来た。

 

「へえ、カストロプは本当に果物が名産なんだ。ドライフルーツもある!」

 

 オーディンを出発してからガイドブック片手に珍しい果物や土産物の物色しているハンスを見て将兵は前回より少ない戦力であるが不安を持たずにいた。

 特にベルゲングリューンはファーストネームが同じ事からハンスと意気投合した様で二人でガイドブックを読み漁る光景が目撃されている。

 キルヒアイス艦隊は士気が高いままマリーンドルフ領に急行して救援に向かうと敵と味方に思われていた。

 カストロプ艦隊はマリーンドルフ艦隊との戦闘を一時中断して急行するキルヒアイス艦隊に備えたがキルヒアイスは戦闘が一時中断するのを知るとカストロプ領に急行したのである。

 慌てたカストロプ艦隊が本拠地のカストロプの救援に行こうとするとマリーンドルフ艦隊が後背から襲いかかる。反転するとマリーンドルフ艦隊も後退する。

 カストロプ艦隊がマリーンドルフ艦隊と戦っている間にキルヒアイスは惑星カストロプに無傷で到着する事に成功した。

 カストロプに到着したキルヒアイスが一応の降伏勧告をするが無視された為にキルヒアイスは計画通りに「アルテミスの首飾り」を破壊する。

 指向性ゼッフル粒子を放出して衛星に纏わせると一発の主砲を発射した次の瞬間、全ての衛星は爆発四散した。

 

「綺麗なもんですね。地上からも見えるでしょうね」

 

 ハンスが、場違いな感想を漏らすが正に地上では衛星が爆発四散するのと同時にカストロプ達の士気も四散した。

 結果、カストロプは側近達に殺されて側近達は全面降伏をした。本拠地を失った事でカストロプ艦隊も全面降伏をした。

 

「ベルゲングリューン大佐、上陸作戦の指揮を任せます。略奪、暴行は一切禁止します。違反した者は軍規に照らし処罰する事を全軍に私の名前で徹底して下さい」

 

 キルヒアイスは前回より少ない戦力で自軍の血を一滴も流さずに討伐に成功したのである。

 また、キルヒアイスの通達は徹底されていて略奪、暴行は無く帝国軍の威光を高めたのであった。

 凱旋したハンスは土産物のドライフルーツを入れた鞄を両手にマリーンドルフ父娘の再会に貰い泣きをしていた。

 そして、キルヒアイスは中将に昇進して勲章を授与された。帝国の新たな若き英雄の誕生に帝国中が沸き立つ中で、これによりキルヒアイスがローエングラム陣営のナンバー2だと周囲に認知される事になる。

 その頃、同盟では帝国領逆進攻案がアンドリュー・フォークにより私的に最高評議会議長のロイヤル・サンフォードに提出されていた。

 その為にフーバー中佐の監視網に掛からずに帝国中を再び震撼させる事になる。 

 


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