銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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撒き餌

 

 宇宙歴796年 帝国歴487年 8月

 

 同盟軍がイゼルローン回廊に入るのと同時に帝国ではイゼルローン回廊周辺の有人惑星から食糧の強制徴発が始まった。

 牛や豚に鶏等の家畜から麦や米の穀物類に畑にある収穫前の野菜等を全てを徴発した。

 僅かに残された食糧も尽きかけた時に同盟軍のシャトルが地上に降りて来たのである。

 最初は帝国の民衆に同情した同盟軍であったが食糧の配給を始めると民衆の多さに各艦隊の補給士官の顔は真っ青になった。

 各艦隊の司令官がイゼルローン要塞に食糧の補給を要求したのだが、イゼルローン要塞にある食糧倉庫を全て空にしても追いつく量ではなかった。

 後方主任参謀だったキャゼルヌはイゼルローンの食糧を前線に運ぶ手筈を整えるのと同時にハイネセンに食糧補給の要請を行う。更に総司令官のロボスに事態の深刻さを説明するが全く相手にされないでいた。

 

「敵の狙いが我が軍の補給線に過大な負担を掛ける事が狙いなのは明白です。すぐに前線の部隊を引き上げさせるべきです」

 

 キャゼルヌに詰め寄られたロボスとしては、キャゼルヌの言う事の正しさを理解してはいるが、このまま引き上げれば大軍を率いた責任を取る事になりかねない。それなりの戦果を出す必要がある。

 この時点でロボスもラインハルトの作戦が焦土戦術である事を看破していたが逆に看破している為に帝国軍が攻勢を掛けて来る事も理解していた。

 ロボスにしたら一戦して戦果を出した後に撤兵すれば良いと考えた。

 

「取り敢えず様子を見る」

 

 古来より行動を起こさない言い訳として使われた言葉である。

 ロボスはラインハルトの意図を読んでいたが読めていなかったのは前線の兵士達の事であった。ロボスはエリート軍人の家庭に育ち士官学校を卒業して元帥に地位に就くまで前線の兵士の様に補給が途切れて餓えた事もなく陸戦隊の様に寒さに耐えた事もなく兵士達の士気を考えた事がなかった。

 

「では、ロボス閣下の許可済みという事で追加の補給要請をハイネセンに出させて頂きます」

 

 キャゼルヌからの補給要請を受けたハイネセンでは要請された数字に目を疑い書類の上の0を数え直した。

 この時点でハイネセンの政治家達もラインハルトの作戦を理解した。

 

「帝国軍の狙いは焦土戦術による我が国の財政破綻である。我が国が帝国の民衆の解放を謳う以上は有効な手段と言わざるを得ない。論議の必要も無い。早急に撤退するべきである」

 

 

反戦派議員のレベロが強い口調で撤退を主張するが、出兵案に可決した議員達は自分達の政治生命の危機という事で何かしらの戦果を出すまではと撤退案を否決した。

 

 前線の指揮官達は自分の部下が餓える前に撤退を考えたがイゼルローンから要請した一割程度の補給の後に本国からの本格的な補給があると言われてその場に留まった。

 しかし、敵の領土内での補給に不安を覚えた指揮官もいる。

 

「ウランフ提督。占領地を放棄して撤退を考えているのですが」

 

「ヤン提督もそうか。自分も同じ事を考えていたが、だが敵は我々を監視している筈だ。撤退するにしても後背を襲われる心配をしている」

 

「確かに私も同じ事を考えましたが、兵が餓えてからでは遅いです」

 

「確かにな。しかし、問題は司令部が許可するかだ」

 

「私も同意見です。しかし、勝手に撤退する前にビュコック提督に上申して頂くのは如何でしょうか?」

 

「確かに勝手に撤退する前に掛け合ってみるのが良いだろうな」

 

 こうして、ヤンやウランフの様に最深部にいる部隊の指揮官達は撤退を考え総司令部に上申を最年長のビュコックに依頼した。

 その頃には既にハイネセンからの補給部隊はキルヒアイスの部隊に全滅させられていた。

 前線の指揮官から補給物資の届かない事の問い合わせにロボスは対応せずにフォークに対応させた。

 結果は最悪の形となった。何人目かの相手がビュコックであったが、二人は激しい口論となりフォークは入院する事となった。

 結局、ヤンとウランフとビュコックは独断で撤退する事にした。

 他の提督達も三人に習って撤退準備を始めたタイミングでラインハルト麾下の提督達の攻撃を受ける事になった。

 ラインハルト麾下の提督達は、若いがラインハルトが初陣した時から探していた人材達である。

 第三艦隊のルフェーブルはワーレン艦隊の奇襲攻撃を受け戦死。艦隊は全滅する。

 第五艦隊のビュコックは撤退準備終了間際だった為にロイエンタールの追撃に対して逃げの一手であった。

 第七艦隊のホーウッドは不幸にも四倍の兵力のキルヒアイスに奇襲を受けて抵抗らしい抵抗も出来ずに艦隊は全滅してホーウッドは戦死した。

 第八艦隊のアップルトンはメックリンガーの奇襲を受け四割の被害を出しながらも撤退に成功する。

 第九艦隊のアル・サレムは撤退中に不幸にも神速を誇るミッターマイヤーの追撃を受け重体。指揮を引き継いだモートンの活躍で半数が撤退に成功する。

 第十艦隊のウランフはビッテンフェルトに奇襲されるが三割の味方を脱出させる事に成功した後に戦死。

 第十二艦隊のボロディンは旗艦以下数隻なるまで戦い自決。

 第十三艦隊のヤンはケンプに奇襲を受けるが戦闘らしい戦闘はなく、撤退する第十三艦隊の後背から追撃される程度であったが隣の星系に移動した時にキルヒアイス艦隊に遭遇して被害を出しながらも撤退する。

 

 無防備な有人惑星に目が眩みラインハルトが用意した撒き餌に飛びついた結果が戦力分散と兵糧攻めであった。

 一部の惑星では食糧の現地調達という名の略奪行為を行なって恨みを買う事になる。

 見え透いた偽善行為であるが同盟軍が撤退するのと入れ代わりに帝国軍がラインハルトの名で徴発した食糧の弁済と慰謝料に一時金を支給。地元産業への助成金とインフラ整備を約束した。

 元々は帝国の辺境地区である。公的資金もなく第一次産業しか職の無かった民衆はラインハルトの熱烈な支持者になった。

 この大盤振る舞いはハンスの進言をオーベルシュタインが現実化したものである。

 この事でラインハルトは平民の味方という肩書きを手に入れる事になる。

 この事についてラインハルトとオーベルシュタインの見解は一致している。

 十歳で幼年学校に入学して軍隊しか知らないラインハルトに先天性の障害を抱えてたが裕福な家庭で育ったオーベルシュタインでは縁が無かった社会の底辺で生きたハンスの視線は貴重なものだと認識されていた。

 後にハンスは「貧乏自慢ならファーレンハイト提督にも勝てる」と自慢にならない自慢をしている。

 

 そして、自慢にならない自慢をしていたハンスはラインハルトの下で提督達からの勝利の報告を整理しながら同盟軍の残存兵力と自軍の残存兵力を計算していた。

 

(思ったより自軍の残存兵力は多いなあ。同盟軍の残存兵力は本来の歴史と変わらんか)

 

 ハンスは提督達が出撃する前に担当の敵艦隊の司令官の為人や用兵の特徴を記した書類を渡していた。

 

(勝つ為なら子供の意見も真剣に耳を貸すのか。流石はラインハルトが見い出だした人材だな)

 

 ハンスは逆行前の世界で何度も上司に諫言や忠告した事があったが兵卒上がりのハンスの言に耳を貸す上司は居なかった。

 

(危ない危ない。自分が他人より優秀と思った時に真摯に他人の言葉が聞けなくなる。自分も提督達に対して一瞬だが自分の進言で被害を抑えた提督達より優秀だと錯覚しそうになった)

 

 ハンスは自分が優秀と示そうとした人間や自分が優秀と思い込んだ人間が失敗して破滅した場面を数多く見て来た。

 自分も同じ轍を踏まない様に自制をしないとバーミリオンでのラインハルトの様になってしまう。

 

 ハンスが自制を己に喚起した時にラインハルトから呼び出された。

 

「閣下。何の御用でしょうか?」

 

「敵は卿の予想通りにアムリッツァに集結している。今の所は予定通りだが卿に意見を聞きたくてな」

 

「これだけの兵力差が有れば問題があるとすると油断でしょう。特に勝っている時は劇的な演出をしたくなりますけど相手は手負いの獣と同じですから」

 

「確かに卿の言う通りだな。私の名で全将兵に喚起して行う」

 

「ならば閣下。ヤン・ウェンリーには気をつける様に特に喚起して下さい」

 

 自分以上にハンスがヤン・ウェンリーを意識する事にラインハルトは疑問を持った。

 

(まあ、確かにハンスが警戒するだけの男だからな)

 

 ラインハルトはアムリッツァでハンスがヤンを警戒する意味を再確認させられる事になる。

 


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