晩餐会の翌日、早朝からシャワーを浴びるハンスであった。
今日はヘッダに頼まれた土産を買う為にフレデリカに買い物に付き合ってもらう事になっていた。
晩餐会の終わった後に断られる事を覚悟でフレデリカに頼んだら、意外な事に承諾してくれた。
フレデリカにしたら抱きついた事の罪滅ぼしと思っているかもしれない。
待ち合わせ場所に現れたフレデリカはダークレッドのワンピース姿であった。
帝国では華やかなドレス姿の女性を見慣れたハンスであったがフレデリカの私服姿に赤面してしまった。
「おはよう御座います。閣下」
「おはよう御座います。フロイライン・グリーンヒル」
「おはよう御座います。准将閣下」
フレデリカに気を取られて気付かなかったが、ハンスと勝るとも劣らない程に赤面している少年がいた。
「君は?」
「はい、ユリアン・ミンツと言います。今日は閣下の買い物のお手伝いをさせて頂きます」
成る程、二人だけだと下衆な噂が流れるかも知れないから、ユリアン・ミンツも巻き込んだとハンスは判断した。
正直、ユリアンが居てくれたらハンスも気が楽である。
「ほう。大尉に、こんな大きな息子さんがいたとは」
気が楽になった途端にフレデリカとユリアンをからかうハンスであった。
「「違います!」」
二人の口から異口同音で否定の言葉が飛び出る。
先に立ち直ったのは年長者のフレデリカであった。
「もう、閣下もお人が悪い」
「これは、失礼。まあ、母子というよりは姉弟かな」
取り敢えず、三人で買い物に出掛ける事にした。先にハンスが自分の買い物のリストをフレデリカに見せるとフレデリカがユリアンに丸投げする。
「このワインならスーパーよりリカーショップが安いです。それに此方のパスタと米はスーパーより専門店が安いです」
ユリアンが的確なアドバイスを始める横でフレデリカが赤面している。
「その、私は一人暮らしですので、三食とも士官食堂を利用してますから」
ユリアンを連れて来たのは純粋に買い物の戦力の様であった。
「恥じる事では有りませよ。私の姉も一人暮らしの間は自炊はしてませんでしたから」
「あ、有難う御座います」
三人で買い物に出掛けるとユリアンとハンスの間には簡単に友情が成立してしまった。二人とも軍服を脱ぐと生活戦争の戦士になるのである。
店の中で自分には理解が出来ない専門用語が飛び交う二人の会話にフレデリカは自分の家事能力向上を真剣に考えるのであった。
「イゼルローンの店はサービスがいいんだな。買い物した商品を港まで届けてくれるのか」
フレデリカの説明では嗜好品などは民間船がハイネセンから運んで来るのだが帰りには乗組員用の生鮮食品を積んで帰る為に港まで届けるサービスがあるらしい。
午前中にハンスの買い物を終えた後にユリアンは「ヤン提督に昼食を作って差し上げねば」と言って敵前逃亡をした。
何故、敵前逃亡なのかはフレデリカが持っていた買い物リストに女性用下着販売店の名前を見つけたからだ。
ハンスとユリアンの友情は脆かった。
(まあ、思春期の少年に女性用の下着屋の前で待つ勇気は無いよなあ)
ハンス自身にあるのかと言えば無いのである。中身は八十歳過ぎの老人でも男である限り苦手はあるのである。
下着屋の前にはベンチとカップコーヒーの自販機が用意されベンチにはユリアンと同じ位の少年、二十代半ばの青年、四十代の中年と全員が死んだ魚の様な目でコーヒーを片手に座っている。
「お待たせ。じゃあ次の店に行こうか!」
十代後半の少年の姉らしき女性が店から出て来た。
「お父さん、次の店に行こう」
その数分後に母子と思われる二人組が出て来てた。中年男性が二人を連れて足早に去って行く。
「どうぞ」
「失礼します」
青年に勧められてベンチに腰を下ろすと青年と目が合った。
お互いの境遇に同情するが、ハンスにしたら青年は恐らく恋人を待っているのだろう。姉の土産の為に無駄な苦行を積んでいる自分よりマシだと思う。
「お兄ちゃん、お待たせ!」
ハンスは反省した青年は自分と同じ身の上だったのだ。
気が付けばハンスが一人、下着屋の前で佇んでいた。
(はあ。帰ったら覚えていろよ)
ハンスは姉に対して復讐を誓うが誓うだけである。実行する程の度胸は無い。
(大尉、早くしてくれ!)
ハンスが願いが通じたのは一時間程してからであった。
店から出たフレデリカは疲れた様に見えたのでカフェで休憩を取る事にする。
カフェで紅茶を飲みながらフレデリカは女性として打ちのめされていた。
(准将の義理のお姉さんは帝国でも有名な女優らしいけど、あのプロポーションは反則でしょう!)
「閣下。参考までに閣下のお姉さんの写真でも拝見させて貰えますか」
「うちの姉は演技派女優だから美人じゃないですよ」
ハンスが見せててくれた立体映像はハンスと並んで立っている。フレデリカよりも年下と分かる女性の立体映像だった。
ヘッダの立体映像を見た事をフレデリカは後悔した。
「役作りで少々、痩せているけどね」
ハンスの一言がフレデリカに止めをさす。
(これで痩せているとか、何を食べたら育つのよ!)
「自分と暮らし始めて自炊する様になったから痩せるのは簡単になったと言っていたけどね」
フレデリカは自炊生活をする事を誓うのであった。
(ユリアンから何か簡単なレシピを教えてもらうしかないわね)
二人は休憩の後に化粧品屋を数件梯子した。ハンスには乳液と化粧水の違いが分からない。洗顔料と普通の石鹸の区別も出来ない。クリームなど存在自体が不思議である。
買い物が終わった頃には夕方であった。ハンスが本日の労いの為にフレデリカを食事に誘う。
「有難う御座います。閣下。図々しい様ですが私の友人も誘っても宜しいでしょうか?友人達も閣下が生きていたと知れば喜びます」
フレデリカの申し出にハンスも納得した。それこそ二人だけで食事でもしたら結婚前の娘に悪い噂でも流れたら申し訳ないとハンスは考えた。
「構いませんよ。大尉のお友達ならよろこんで」
フレデリカの友人と会った瞬間にハンスは後悔した。
フレデリカが呼んだ友人は三人だが三人共にハンスを見た瞬間に抱き締めてきた。
更にハンスを困らせたのは帝国の女性なら絶対に着ない様な過激な服であった。
流石にレストランでは無理なので同盟軍御用達の店に行く事になった。
店内にはチラホラと軍服姿が見えるが、フレデリカの話だと客の九割が軍人という事らしい。
帝国軍の軍服姿の自分が入っても大丈夫なのか疑問に思ったが流れて来る料理の匂いに負けて入ってしまう。
店内は帝国時代の内装のまま営業していて、古臭い感じがするが出された料理はハンスも驚くほどのボリュームと味であった。
「ここの料理は軍人向けの味とボリュームだから一般人には多いボリュームだけど軍人の私達には丁度良いわ」
男女平等の同盟らしくウェイトレスとウェイターの比率が半分で男性客にはウェイトレス、女性客にはウェイターである。
ハンスも男である。美しいウェイトレスが料理を運んで来る度に鼻の下を伸ばすのだが、フレデリカを始め女性陣から耳を引っ張られるのである。
「閣下。私達がいるのに失礼ですよ!」
「あんなに可愛いかったのに!」
「少しはユリアンを見習って下さい!」
「あんな美人のお姉さんがいるくせに!」
完全に酔っ払いである。ウェイトレスも怯えて来なくなりウェイターが来る様になってしまった。
「もう少し若い子を入れてくれたらいいのに!」
「フレデリカは良いわよ。ユリアン・ミンツとか可愛い男の子が側にいて!」
「本当よ。私なんか中年のキャゼレヌよ!」
「ユリアン・ミンツとは言わないけど、薔薇の騎士のブルームハルトみたいにウブな子もいいわね!」
逆行前の世界で場末のキャバレーに勤めてた事もあったハンスだが、流石に閉口してしまった。
(あのお姉さん達も閉店後に酒や飯を奢ってくれたが、あのお姉さん達の方が遥かに淑女だったぞ)
それからのハンスの記憶は無い。
朝、起きると下着姿で宛がわれた部屋のベッドで寝ていた。
体を起こすと下半身に違和感があり、視線を向けると既視感に襲われた。
(また、下着の中にお札が?)
今度は前回より金額も紙幣の数も多い。
(どんなショーを披露したんだろ?)
二度とイゼルローン要塞では飲酒をしない事を誓ったハンスであった。
ハンスがイゼルローン要塞での禁酒を誓った頃、フレデリカも青い顔をしていた。
(帝国軍の将官に化粧をした上に服を無理矢理に脱がせてウェイトレスの衣装を着させてストリップをさせてしまった)
フレデリカは慌てて友人達に連絡を取るが友人達は昨夜の乱行の事を全く覚えていなかった。
(自分も友人達みたいに記憶が無ければ幸せなのに!)
フレデリカは自慢の記憶力を生まれて始めて恨んだ。
(幸いな事に店にいた客達は本物の踊り子さんと勘違いをしていたみたいだったけど)
もし、ハンスが覚えてなかったら永遠に記憶を封印して墓場に持って行こうと固く誓ったのであった。