銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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リップシュタットの密約

 

 ハンスが帰還するとラインハルトにヤンの事を聞かれた。

 

「私とは年齢も階級も離れていて、元同盟人という事を差し引いても自然体の人ですね。恐らくは此方の計略をも読んでいますし、自分に出来るだけの手は打っていると思われます。そして、成功も失敗も受け入れる度量があると思います」

 

 ハンスがヤンの為人の印象を話すとラインハルトは思うところがあるのか静かに目を閉じた。

 

「卿の印象では私とヤンの相性は、まだ最悪と思うか?」

 

「思うも何も事実です。それは別にしても同盟を征服は出来るでしょう」

 

「なんだ。卿は結局はヤンは私には勝てないと思っているのか」

 

「ヤンは怠け者ですが閣下は働き者ですからね。その差です。それにヤンを麾下に加えるなら武官ではなく文官として迎えるべきでしょう」

 

「一度、私自身がヤンに会ってみたいものだ」

 

 ハンスはラインハルトの元を辞するとフーバー中佐の報告を執務室で受ける。

 潜伏場所は既に確保が出来たので計画は何時でも実行が出来る。

 ファーレンハイトは実家が老朽化しているので新しい家を提供が出来る用意をしている。

 辺境地区の情報網とハンスへの連絡手段も完成した。

 リヒテンラーデ侯の一族の素行調査は帝国貴族にしては善良であった。一門の当主であるリヒテンラーデ侯が自分の立場上、一族に理不尽な行いや横暴な行いを厳に戒めていた。

 

(リヒテンラーデ侯も私欲で権力を欲してない。ラインハルトと同じく帝国の将来を考えての事である。しかし、進むコースとゴールが違うのだろう)

 

 ハンスはリヒテンラーデが宮廷内のトラブル処理や門閥貴族の横暴な行いを牽制していたのを知っている。

 

(しかし、所詮は殺るか殺られるかである。せめて、リヒテンラーデ侯の血が流れるだけになるように努力しょう)

 

 逆行前の歴史では十歳以上の男子は死刑にされてしまった。あまりにも冷酷過ぎる。

 

(それと、艦隊戦のシミュレーションだな。実際に自分で指揮をした経験がないからなあ)

 

 今までは逆行前の歴史をカンニングする事で流血の量を減らしてきた。

 それも、他者に助言という形が多かった。実際に自分が行動したのは一度か二度である。

 しかし、今回は艦隊を自ら動かす必要がある。動かしたら後はカンニングする事も出来ないのである。演習も出来ない。完全にハンスの実力勝負となった。

 

(はあ、姉さんと養子縁組をした時に軍を辞めるべきだったかな)

 

 そうすればハンスの人生は単純で安全でいて、幼少の時に諦めた歴史家の道を歩けただろう。

 

(いや、駄目だ。イゼルローンではフレデリカさんだけではなく他に三人の女性が自分の心配をしてくれてたじゃないか)

 

 ハンスの脳裏にフレデリカの泣き顔が浮かんで来る。

 

(裏切れんよなあ)

 

 自分の為に泣いてくれた人がいる。そんな人の為にもラインハルトが宇宙を統一するまでは流血の量を減らせる努力はするべきだと思う。

 

(そうだ。ここが一番の難所だ。この戦いが終わったら自分が望んだ人生を歩める)

 

「閣下!」

 

 フーバー中佐の声に現実に返ってきたハンスである。

 

「すまない。考え事をしてました。それと、腕時計型の発信器を都合して下さい」

 

「発信器と言っても色々と有りますが、どの様なタイプが必要ですか?」

 

「カタログあります?」

 

 ハンスが小細工を始めた頃、キルヒアイスが捕虜交換に出掛けて行く。

 ハンスはキルヒアイスが出掛けている最中を狙ってラインハルトに上申をした。

 

「では、卿は連中と本格的に戦う前にメルカッツとファーレンハイトを拉致すると言うのか」

 

「表現は別にして貴族連中は巨大な蟹です。蟹も両手の鋏を取ってしまえば横にしか歩けません。蟹が怖いのは両手の鋏ですから」

 

「メルカッツとファーレンハイトが鋏と言うが他にも提督がいるぞ」

 

「鋏になれる提督は居ませんけどね。それにメルカッツ提督を内戦に巻き込むのは酷い話です。数年後には退役を迎えるのに苦楽を共にした部下と戦えというのは」

 

「分かった。あの二人が敵にならなければ損害は少なくなるだろう」

 

「では、連中がオーディンを脱出する寸前に鋏を取ります」

 

 捕虜交換からキルヒアイスが帰還すると捕虜達は一時帰宅をして再び軍に戻って来るのを両陣営は待っていた。

 

(さて、お互いがリングインしてゴングが鳴るのを待つだけになったな)

 

「准将、准将」

 

 キルヒアイスが物陰からハンスを手招きする。

 ハンスは周囲を見てキルヒアイスに忍び寄る。

 

「これは、イゼルローンの人達から准将に渡してくれと頼まれた物です。内密にとの事ですから誰にも見られない様にして下さい」

 

「これは、有難う御座います」

 

 ハンスは礼を言うとキルヒアイスから受け取った小包を持って自分の執務室に入る。鍵を掛けて中身を確認すると光ディスクが入っていた。再生機に掛けてみると同盟でも御法度のポルノだった。

 

(薔薇の騎士の連中だな!国の代表で来た人間に渡すなよ)

 

 流石のハンスも呆れていたが、それでも光ディスクを自分の部屋の金庫に入れなおす。

 更に光ディスクの下から一枚の写真が出て来た。

 それを見た時にハンスの目から涙が零れていた。

 

「何を考えてんだよ。馬鹿!」

 

 写真にはフレデリカと友人達がハンスを囲んで笑顔で写っていた。

 

「戦争している相手だぞ」

 

 戦争している相手の無事を祈る。全く矛盾した事が起きている。そして戦争を終わらせる為に戦争をする。馬鹿馬鹿しい事である。それでも、少しでも流れる血が減らせるなら減らす努力をしよう。ハンスは静かに決意した。

 

 数日後、フーバー中佐から門閥貴族達に動き有りと報告があった。

 

「スフィンクス頭が主催して園遊会を開催しました。フライパン頭等、不平貴族がリップシュタットの森に集結しました。参加貴族の数三千七百六十名になります。当時者達はリップシュタット連合と称しています」

 

「……その報告の途中に聞き慣れない単語が二つあったのですが……」

 

「スフィンクス頭は閣下もご存知の筈ですが、もしかしてフライパン頭の方ですか?」

 

「確かにスフィンクス頭は知っているが、そんな呼び名を卿が何処で知ったかを問題にしているのだが……」

 

「件の人物の実名を出すのは問題だから、この呼び名を使う様に元帥閣下から内々で通達が有りましたが閣下は知りませんでしたか?」

 

 フーバーから事情を聞いたハンスは5秒後には執務室を出ていた。

 

「閣下!貴方は何を考えているんですか?というより、何故、あの呼び名を知っているんですか?」

 

 ハンスの勢いにラインハルトも驚いたが次第に冷静になり説明する。

 

「卿の姉君が我が家に来た時に、劇団関係者の間では昔から使われてると教えてくれたのだ」

 

 ハンスは頭を抱えてしまった。

 

「私の姉が閣下の家に行くのですか?」

 

「卿の姉君と私の姉が友達なのだ」

 

「えっ!」

 

「正直に言うと私の姉が卿の姉君のファンなのだ。一度、劇場に花とケーキを送った礼を言いに訪問して来た時に聞いたのだ」

 

「了解しました」

 

 ハンスは脱力しながらラインハルトの執務室を出て行く。

 

(姉さん、アンネローゼ様の前で変な事を喋らんでくれよ)

 

 これ以降、ブラウンシュヴァイクはスフィンクス頭、リッテンハイムはフライパン頭とラインハルト陣営から呼称される事になる。これは、完全な挑発である。

 そして、ラインハルト陣営の挑発に乗った一部の若い貴族がリップシュタット盟約に参加しなかったドルニエ侯の娘を標的にした。

 その日、マリーは友人の見舞いに行き、病院を出た所を拉致された。

 ハンスがマリーに腕時計型の発信器を渡していた事が幸いしてマリーのSOS信号と居場所を特定されて犯人一味がアジトに着くのと同時に逮捕された。

 

 この事により家族の身を案じた貴族がリップシュタット連合に参加する者が続出した。

 

(マリーには可哀想な事をした。思春期の少女が誘拐されたのだ。ましてや運転手が犠牲になっている。責任を感じているだろうな)

 

 ハンスは静かに怒りを燃やしていた。マリーは事件以降、怯えて屋敷から出られないらしい。

 

(まあ、リップシュタットに参加する貴族が増えれば後で没収する資産が増えるのだが拉致事件以降に参加した連中には温情措置が必要だな)

 

 ラインハルトにしても門閥貴族がリップシュタット連合に加わるのは戦力増大になるので好ましくない。更に身内の身を案じて参加した貴族から財産を没収するのは気が引ける。

 

「閣下は甘いですな」

 

 オーベルシュタインは一刀両断にしてしまうがハンスはいう「連中を宇宙に追い出せば安心して此方の陣営に来ると思いますよ」

 

 既にメルカッツとファーレンハイトの両名はマリー拉致の報復として、ハンスの手で匿われている。

 

「相手に少し知恵が有れば閣下を暗殺かアンネローゼ様を誘拐に来ますね」

 

「卿の言は正しい。問題はスフィンクス頭に実行する意志があるかだが」

 

「スフィンクス頭に意志がなくとも部下がやるかもですね」

 

「あり得る話だな」

 

 この時にラインハルトは既に自分の屋敷に伏兵を待機させていた。

 余談だが、ラインハルト達がガイエスブルクから帰還すると屋敷を警備していた三千人の兵士は皆、太っていたそうである。

 ラインハルトは原因究明せずに黙って警備していた兵士全員に有給休暇を与えダイエットさせる事にしたが他の将兵やオーベルシュタインからの苦情は一切なかった。

 

 

 


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