ラインハルト達の予測した通りに暗殺という手段に出た者がいた。
フェルナーが二百人程度の部隊でラインハルト暗殺かアンネローゼ誘拐を目論んでラインハルトの屋敷に突入を企てた。
しかし、ラインハルトは既に屋敷の周囲に三千人の兵を待機させていた。
屋敷の警護の指揮はキルヒアイスが取りラインハルトは屋敷の二階の窓から外を見ている。
「始まったな」
「閣下。アンネローゼ様は今晩は起きないと思います」
ハンスがラインハルトに報告する。
「そうか。卿の姉君にも迷惑を掛けたな」
「此方こそ、姉も日頃は私の姉をしていますから、たまには誰かに甘えたくなる時も有ります」
アンネローゼが不安にならない様にラインハルトがヘッダとハンスを使ってアンネローゼに酒を飲ませ寝かせたのである。
珍しい酒が手に入ったと言ってヘッダとハンスが訪問してアンネローゼに酒を勧めたのである。
そして、ハンスが酒のつまみを作りヘッダがアンネローゼに酒を勧めていたが途中から女同士での愚痴の言い合いになり二人で騒いでいたのだ。
ハンスが二人の世話をしていたのだが、先にアンネローゼが酔い潰れヘッダがアンネローゼをベッドに寝かせて自分もアンネローゼと一緒に寝てしまった。
「しかし、卿の料理の腕も侮れぬな。あの姉上に酔い潰れさせる程の酒を飲ませるとは」
ハンスがラインハルトの問い掛けに応えないので横を見るとハンスも酔い潰れていた。
「仕方がない奴だ」
ラインハルトはハンスを抱き上げて客間のベッドに寝かせると、元帥府に向かった。
予てからの予定通りにブラウンシュヴァイク邸とリッテンハイム邸に踏み込んだが屋敷には使用人も居らず、ブラウンシュヴァイク邸の地下で資料整理をしていたシュトライトを拘禁したのみである。
同時に軍務省と統帥本部では軍務尚書のエーレンベルグと統帥本部総長シュタインホフを拘禁して組織の掌握に成功する。
宇宙港ではリップシュタット盟約に参加した三千七百六十名の内、六百二十五名を拘禁する事に成功する。
マリー誘拐事件以後に身の安全の為に参加した貴族の中でマリーンドルフ家に庇護を求めた者も多い。
翌日、早朝からハンスはメルカッツの家族を訪問する。
「そうですか。事は始まりましたか」
「それで、事が終わった後に閣下には士官学校の校長に就任して欲しいのです」
メルカッツは事が終われば退役する気でいたので意外な申し出に驚いた。
「実は、この事を元帥閣下に上申しましたら、何故か周囲の士官学校卒業生から熱烈な支持が有りまして」
ハンスがメルカッツに名誉職として士官学校校長就任の話をラインハルトにした時に側にいたオーベルシュタインも珍しくハンスを支持したのである。
不思議な事にロイエンタールやミッターマイヤー等の諸提督達も支持したのである。
(なんか、士官学校に問題があるのかな?)
士官学校も幼年学校も縁の無いハンスには想像も出来ない。
「分かりました。お引き受け致します。一つお願いが御座います。私の部下の事ですが先の無い私に付き合わせるには忍びないのです」
「シュナイダー少佐なら、逆に此方からスカウトしたいぐらいです」
「では、宜しくお願いします」
話が終わった後に次はファーレンハイトの新しい実家に向かう。
以前のファーレンハイトの実家の家は老朽化が進み、ファーレンハイトの弟が手を加えて修繕していたのだが、ハンスが今の家と引き換えに新しい家を提供する事でファーレンハイトを引き抜いたのである。
新しい実家ではファーレンハイトが弟や妹達と一緒に庭で畑作業をしていた。
「何を植えられるのですか?」
「うむ。今の時期だと人参かカブだろうな」
ファーレンハイトが「食う為に軍人になった」と公言する理由は父親の長年の入院の為に腹違いの弟や妹をファーレンハイトが養っている為である。
「しかし、歳の離れた弟さんに妹さんですな」
「親父の奴め、婿養子で死んだお袋に頭が上がらなかったものだから後妻に若い娘を貰いやがった!」
ファーレンハイト家の家庭事情の話になりそうなのでハンスは本題の話を始める。
「事が始まりました。閣下の部下の方々も事が終わり次第に復帰される手筈です」
「部下には悪い事をした」
「そんな事は有りません。皆さん、同じ帝国人と戦う事がなかったと安心しているみたいでした」
「そうか。それで安心した」
「まあ、事が終わるまで家族サービスをしてやって下さい」
ハンスはファーレンハイトの次にマリーを訪ねた。
誘拐事件以後、屋敷から出られないマリーの事を心配していたのである。
「この通りだ。准将には謝罪しきれないが父親として謝罪する!」
ハンスが訪問するとドルニエ侯はハンスに謝罪して来たのである。
マリーは誘拐された時の恐怖もだが自分の軽はずみな行動で運転手が犠牲になった事が堪えた様である。
「あの者は娘が幼い頃より我が家に仕えていて娘も懐いていました。今回の事で娘はあの者の家族に申し訳がないと言っているのです」
「いえ、私がフロイラインの誘拐を予測しながら未然に防げなかったのです。全ては私の責任です」
事実、ハンスはマリーに護衛を考えたが公私混同になるのではと思い発信器を渡すだけにした自分の判断の甘さに責任があると思っていた。
「准将には少ないですが、これを納めて頂きたい」
ドルニエ侯が差し出したのは小切手である。つまり、手切れ金である。
ハンスは額面の0を目で反射的に数えたが六つまで数えたあたりで止めた。
「これは、亡くなられた運転手の家族に渡して下さい。軍人でありながら私のミスで民間人の方に犠牲を出してしまったので」
「分かりました」
「では、私は仕事が有りますので失礼します」
ハンスは元帥府に赴くとメルカッツが士官学校校長就任を承諾した事とファーレンハイトが内戦が終わった後にラインハルトの麾下に加わる事を承諾した事を報告する。
「ご苦労だった。卿は今日は帰って良いぞ。帰りに私の屋敷に寄り姉君を連れて帰るが良い。また、しばらくは出征する事になる。家族サービスをするが良い」
ラインハルトが珍しくヘッダの事を口にするのでハンスも怪しく思った。
「姉が何か失礼な事をしましたか?」
ハンスが単刀直入に質問するとラインハルトも観念した様子で白状した。
「先程、キルヒアイスから定時連絡があったのだが、姉上と卿の姉君は意気投合しているそうだが、意気投合した勢いで姉上が私の幼少の頃のアルバムを見せているそうだ!」
どうやら、幼少時の恥ずかしい話などをヘッダに話された様である。
「それは大変ですね。すぐに姉を連れ帰って事情聴取する必要があるみたいですね」
「明日は特別に有給をくれてやる!」
「ご配慮、有難う御座います」
ハンスはラインハルトの執務室を出ると自分の執務室に戻りフーバー中佐に装備について打ち合わせをした後でヘッダを迎えに帰宅した。
ラインハルトの屋敷では姉とアンネローゼがアルバムを見ては笑い合っていた。
(情報通りだな。こりゃ、ラインハルトじゃなくとも嫌がるわ)
ハンスもアルバムの観賞を勧められたが誘惑に耐えて姉を引き摺る様にして屋敷を出た。
屋敷を出る時に後ろからキルヒアイスの声が聞こえた気がしたが気にせずに帰宅する。
玄関のドアを閉めた途端にヘッダから抱き締められた。
「また、出征するの?」
「うん」
「それから何があったの?」
流石に義理とは言えハンスの姉である。ハンスの様子を見て弟に何かあった事を察していた。
ハンスは正直にマリーと破局した事を姉に告白する。
ヘッダにすれば二人が破局する事は既定の事実だった。ただ破局の際に弟が傷付く事を心配したが予想より小さい様であった。
それから、二人は食事をしてシャワーを浴びて早めにベッドに入った。
「ねえ、正直な話。彼女の事は、どう思っていたの?」
「貴族の娘には珍しい良い娘だと思っていたよ。ドルニエ家は門閥貴族だが造船がメインの家柄だからね。ドルニエ侯も貴族というより企業の社長みたいな人だから貴族特有の嫌な部分が無い」
「そう。それで原因は?」
「見当がついていると思うけど、例の誘拐事件だよ。誘拐された事もショックだが子供の頃から仕えてくれた運転手が殺された。責任を感じているそうだよ」
ヘッダはマリーを責める気持ちがあったが運転手が殺害された事に責任を感じているマリーに同情もしていた。
「本当は自分の責任だよ。予測しながら防げなかった。彼女の責任では無いよ。自分のヘマで彼女を傷付けて彼女を失った。悲しいけど自業自得だよ」
ヘッダはハンスを抱き締めて口付けをする。
「もう!脈絡も無い事を」
「脈絡はあるわよ。油断してたら貴方を取られるから唾を付けておくの」
「あのね。人を食べ物か何か……」
ハンスの抗議を遮って、ヘッダが再び唇を奪う。唇を離すとヘッダが宣言する。
「明日は休みなら遠慮しないから覚悟しなさい!」
「えっ!それは、どういう意味な」
ヘッダは再びハンスの言葉を遮って、今度はハンスの全てを奪った。