銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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墓場への招待状

 

 朝日と小鳥の鳴き声が目覚ましとなりハンスが目を覚ました。

 ヘッダの笑みを浮かべた顔が視界を占領していた。

 

「おはよう。起きれる?」

 

 ハンスが低血圧なのを知っているヘッダが体調を尋ねて来る。

 

「おはよう。今朝は無理」

 

 ハンスの返事を聞くとヘッダはハンスを抱き上げてバスルームまで連れて行く。

 普段ならヘッダに抱き上げられるのは嫌がるハンスも今朝は大人しい。

 しかし、バスルームに入ると大人しかったハンスが大声を出す事になる。

 

「なんじゃこりゃ ~!」

 

 バスルームの鏡を見てハンスが絶叫する!

 ヘッダが付けた赤い斑点がハンスの身体中にある。

 

「あっ、思い出した。オーディンに初めて来た時も同じ様な事があったな!」

 

「ほ、ほら、熱いお風呂に入れば消えるからね」

 

 ヘッダが過去の悪戯も思い出されて慌てて取り繕う。

 ハンスも過去の事は別にして、今は身体中の斑点を消す事を優先した。

 二人で互いの背中を流しヘッダの髪を洗うのを手伝い二人して湯に浸かる。

 

「風呂はいいねぇ。人類が生み出した究極の文化だよ」

 

 ヘッダから背中から抱き抱えられる形で風呂に浸かるハンスが斑点をマッサージしながら温かい湯を堪能する。

 

「昨日の事、怒ってないの?」

 

 ヘッダが不安気な声でハンスに問い掛けた。

 

「普通に怒るに決まっているだろ!」

 

 ヘッダの顔が入浴中なのに一気に青ざめる。

 

「ごめんなさい。でも、貴方の事を愛してるの。もう、誰にも渡したくないの!」

 

 咄嗟に出たヘッダの嘘偽りのない本心であるが口にした途端に後悔してしまった。

 振り返ったハンスの顔は決定的な証拠を発見して裁判での勝利を確信した刑事の様な表情であった。

 

「ふ~ん。子供が出来た時に「パパとママ、どっちが先に好きになったの?」と聞かれたら「ママだよ」と答える事が出来るね」

 

 ハンスの言葉からハンスが自分を受け入れてくれた事が分かるが恋愛のイニシアチブを取られた。

 地球時代の特権を忘れられなかった地球教の如く、姉として特権の座に居たヘッダに取ってハンスにイニシアチブを取られるのは耐え難い事であった。

 

「弟の分際で生意気よ!」

 

「えっ!」

 

「ちょっと、昨夜の教育が足りなかったみたいね」

 

 ヘッダの目の光が昨夜と同じ事に気付いたハンスは情けない一言しか言えなかった。

 

「こ、今度は優しくして下さい!」

 

「じゃ、朝御飯はパスするわよ」

 

「は、はい」

 

 結果、朝食だけじゃなく昼食もパスする事になった。

 沈みかけの太陽が部屋をオレンジ色に染める。

 ヘッダとハンスは二人でベッドの中で愛を語り合ってなかった。

 

「今から外に食べに行くの!」

 

「仕方ないだろ。本当は今日の昼間に買い物に行く予定だったのに何が朝御飯はパスだよ。昼御飯もパスしたじゃないか!」

 

「何それ!私だけの責任じゃないでしょ!」

 

「責任対比で言えば九対一だろ!」

 

「そんな事を言うとは、まだ教育が足りなかったみたいね!」

 

 今回はハンスも負けてなかった。

 

「ほう、夕御飯も抜く気かね」

 

 ハンスの一言でヘッダの勢いも止まる。

 ヘッダも健康な若者である。三食抜きは流石に辛いものがある。

 そこにハンスが追い打ちを掛ける。

 

「それに、今日は二人の記念の日になるんだよ。事前に用意した料理じゃなく有り合わせの料理とかは嫌だよ」

 

 これにはヘッダもハンスの意見に納得するしかなかった。

 二人の人生の大きな分岐点となった日である。この日を大事にしたい思いはヘッダも同じである。

 

「そうね。二人の大事な日だもんね。まずはお風呂の中で行く店を決めましょうか」

 

 ちゃっかりとハンスとの混浴を決定しているヘッダであった。

 その後、二人で入浴を済ませ、ヘッダが出掛ける準備をしている間にハンスがベッドのシーツを洗濯する。シーツが洗い上がる前に冷蔵庫の中を整理する。

 シーツが洗い終わる頃にヘッダも出掛ける準備が終わる。

 何時の時代も女性の出掛ける準備には時間が掛かるものである。

 

「急な予約だったから個室は取れなかったよ」

 

「それは仕方がないわよ」

 

 二人が選んだ店は海鮮料理が売りの店である。ハンスが出征すると新鮮な魚料理等は口に出来ないからである。

 

「それに、今は牡蠣が旬だからね」

 

 帝国人は一般的に生の魚貝類を避ける傾向がある。例外と言えば牡蠣くらいであるが、それでも好んで食する人は少ない。どちらかと言えば健康の為に食べる人が多いのである。

 ハンスもヘッダも同盟で生まれ育った為か牡蠣を好んで食べる少数派の人間である。

 店に着いた二人は牡蠣のフルコースを注文する。

 牡蠣のピクルスから始まり締めに牡蠣のスープパスタ。更に追加で生牡蠣を注文する。

 

「蒸牡蠣の油かけって何?」

 

 メニューを見ていたヘッダが見慣れない料理を発見してハンスに質問する。

 ヘッダも売れっ子の女優でレストラン等で食事をする機会が多く色々と珍しい料理を知っているが帝国の伝統料理が殆どなので異文化の料理の知識ではハンスに及ばない。

 

「珍しいな。普通は魚に使う技法なんだけどね。蒸した素材に仕上げで熱した油を掛けるんだよ」

 

「珍しいわね。これも注文しましょう」

 

「蒸し方も違うから時間が掛かると思うよ」

 

「せっかくの記念だから多少の時間は関係ないわ」

 

 それならと二人分を更に追加注文する。店員がハンスの言う通り時間が掛かる事を教えてくれたが待ち時間に更に生牡蠣を注文する。

 

「なんだ、卿も来ていたのか」

 

 店員に注文が終わるとミッターマイヤーが妻のエヴァンゼリンを連れて声を駆けてきた。

 

「これは、ミッターマイヤー提督!」

 

 ハンスが立って敬礼をする前にミッターマイヤーが手で制止する。

 

「お互いに考える事は同じだな。宇宙に上がると新鮮な魚貝類は食えんからな」

 

「そうですね。しかし、愛妻家の提督が出征前にレストランに来るとは思いませんでしたね」

 

「実は俺もエヴァの手料理が良かったのだが、誰かさんがエヴァに入れ知恵したらしくてな」

 

「ま、まあ、入れ知恵した人も提督の健康を考えたから何でしょう」

 

 入れ知恵をした本人が言っているのだから間違いは無い。

 二人の会話を聞いていた女性陣は笑いを我慢するのに苦労している。

 

「提督。弟の事を許してやって下さい。家でも食事については五月蠅い子なんですよ」

 

 普段から食事に関してはハンスに無条件降伏しているヘッダが取りなす。

 

「貴方。そうですよ。ロイエンタール提督といい貴方といい。お酒を召し上がり過ぎですよ」

 

 ミッターマイヤーも妻から言われては何も言えなくなってしまう。

 以前にハンスを家に招いた時にハンスがエヴァンゼリンに色々と食事についてアドバイスをしたらしくミッターマイヤー家の食卓は健康志向になってしまった。

 

「しかし、エヴァといい、姉君といい。卿は年上の女性からは不思議と好かれるなあ」

 

「そうですか?」

 

「事務局の女性事務員連中が弟にしたいと言っていたぞ」

 

「弟ですか。恋人や旦那じゃないのが悲しいですね。ロイエンタール提督みたいになるのが理想なんですけど。痛っ!」

 

 どうやらヘッダに足を踏まれた様である。

 

「では、また明日」

 

 ミッターマイヤーは気づかないふりをしてくれた様である。

 

「ヘッダさん、ハンス君。おめでとう御座います!」

 

 エヴァンゼリンも一言を残して去って行く。

 後には、エヴァンゼリンの一言で顔を真っ赤にした二人が残された。

 

 

「フラウ・ミッターマイヤーには驚かされたなあ」

 

「でも、おめでとうって、言ってくれたわ」

 

 レストランからの帰り道でエヴァンゼリンの事が話題になっていた。

 ヘッダとしたら同性が自分達の事を認めてくれた事が嬉しくて仕方ない。

 ヘッダに僅かに残っていた罪悪感をエヴァンゼリンは消してくれたのだ。

 ハンスの方は気恥ずかしさが先に来てしまう。

 

「まあ、結婚するのも数年先になるけど、その時までは秘密にしとかないとね」

 

 これには幾つもの理由がある。第一にハンスは未成年であり結婚が出来る年齢では無い事。

 ヘッダの職業的に世間に二人の関係が露見すれば好奇心に晒される事。

 お互いに著名人なので司法当局も二人の関係が世間に露見すれば動かざるを得なくなる。この場合は成人であるヘッダが法的責任を負う事になる。

 そして、ハンス個人としては自分が戦死する可能性が有る事。

 二人の関係が露見した後にハンスが戦死した場合はヘッダは未婚のまま未亡人となってしまう。そうなればヘッダが新しい人生を歩む事が困難になる。

 そして、もう一つの理由はラインハルトとロイエンタールをからかえなくなってしまう事である。

 特にラインハルトの場合は今までの仕返しとばかりにからかって来るだろう。

 それでも、ハンスは大切な事をヘッダに伝える事を忘れてなかった。

 二人が家に帰り着くとヘッダが早速、ハンスを抱きしめて唇を塞いできた。

 ハンスも流されそうになるのを必死に耐えてヘッダを引き離すと大切な事を伝える。

 

「愛してます。すぐには駄目ですけど結婚して下さい!」

 

 ヘッダの顔は赤くすると再びハンスを抱きしめた。

 

「はい、喜んで!」

 

 ハンスがヘッダを抱き締める。

 

「でも、私の目が届かないと思って浮気とかしたら許さないからね!」

 

「はい!」

 

「宜しい!先程は不穏当な発言があったけど?」

 

 ヘッダがハンスを抱き締め返す力が尋常ではない。

 

「ちょっと、姉さん?」

 

「プロポーズしたからには貴方の体は私のものよ。私の体は私のものだけど!」

 

「それは、理不尽では」

 

「今から再教育して欲しい?」

 

「いえ、結構です!」

 

 こうしてハンスは人生の墓場への招待状を押し付けられたのである。

 後悔先に立たずの生きた見本となった。

 

 結婚は成功すれば幸せになれる。失敗しても哲学者になれる。

ソクラテス

 


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