オフレッサーは珍しい光景に呆気に取られていた。
長年、戦場を往来したが武器を手にした兵士ではなく工兵がモニターとカメラにマイクを敵である自分達の前で設置しているのは初めての経験である。
「お前ら、一体、何をしている!」
「いえ、ミューゼル准将が閣下と話がしたいそうなんです」
「金髪の孺子の腰巾着か!」
「えっ、もう使えるの?」
モニターのスピーカーから場の雰囲気を無視したハンスの声が流れてくる。
「おい、孺子!」
その場にいた全員が震え上がる程の声でオフレッサーが威嚇する。
「すいません。ちょっとマイクのスイッチが入ってないみたいですけど、此方の声は聞こえてますか?」
オフレッサーも折角の威嚇が空振りに終わり気まずいが一応は手で丸を作り聞こえてる事を示す。
「准将、准将、ボリュームを絞っていますよ。それボリュームのツマミですよ」
「これが、そうなの?」
オフレッサーも呆れて物が言えない状態である。
この会話はラインハルトもブリュンヒルトの艦橋で頭を抱えながら眺めている。
(ハンスは何をやっているんだ!)
「失礼しました。私がハンス・フォン・ミューゼルです」
「金髪の孺子の腰巾着が何の用か?」
「まずは、オフレッサー閣下の説得と少し質問がありまして、閣下が何故、其方の陣営にいるかが不思議に思いまして」
「不思議な事であるか!姉の色香で出世した金髪の孺子が気に入らんだけだ!」
「では、エルウィン・ヨーゼフ二世陛下が即位された事に不満が無いのですか?」
「不満など無いわ!」
「それなら何故、スフィンクス頭とフライパン頭みたいな輩と徒党を組むのですか?」
流石のオフレッサーもハンスが堂々と自然な口調で言うので咎める事を忘れていた。
「自分の娘を即位させる気で反乱を起こした馬鹿と組むとは何を考えてるんですか!」
「それは……」
「両名共に何を旗標に兵を挙げたのですか?」
「それは、君側の奸を取り除く為で、」
ハンスがオフレッサーの言葉を遮り、怒鳴りつける。
「嘘をつくな!エルウィン・ヨーゼフ二世陛下の即位を認める事は一言も言って無いじゃないですか!」
ハンスの怒りは続く。
「だいたい、他家に嫁に出した娘の子供が後を継ぐなど、あり得ない話でしょうが!」
「確かに、そうだが……」
ハンスの言は正論である。息子が亡くなり孫が後継者になるのは皇室でなくとも当たり前の話であり、血縁でも姓が違う人間が後継者になるのは特殊な場合のみである。
「それに、先帝陛下には皇太子がおられて、皇太子が亡くなられた後に皇太子の息子である陛下が後を継ぐのは当然の話でしょう!」
「しかし、だな」
「何が、しかしなんですか?だから、閣下が元帥を嫌うのは個人の感情でしょうが!」
ハンスにあっさりと切られてしまった。
「そもそも、閣下は何故に元帥を嫌うのです?」
「陛下の姉に対するご寵愛を笠にきてだな。僅かな功績で元帥などと」
オフレッサーの詭弁をハンスが再び遮り怒鳴りつける。
「アスターテでもアムリッツァでも見事に完勝してます!」
オフレッサーもラインハルトの功績を認めざるを得ない。
「もしかして、元帥が美男子だから僻んでるんですか?」
「そんな事で僻むか!」
(それは、お前だろ!)
ハンスの横で聞いていたキルヒアイスと周囲の人間は口にはしないが同じ事を思った。
「なら、反乱を起こさずに直接、元帥を殴れば良いでしょう!」
「はっ?」
ハンスの言にオフレッサーだけでなく聞いていた人間が完全に虚をつかれた。
「だから、元帥を殴れば閣下の気が治まり、帰順してくれるなら一発ぐらい元帥も黙って殴られますよ」
ブリュンヒルトの艦橋で会話を聞いていたラインハルトがハンス達に聞こえるわけでもないが思わず叫んだ。
「勝手な事を言うな!」
ラインハルトの声が聞こえないハンスは更に斜め上の発言をする。
「閣下が妬む気持ちは分かりますが、元帥は美男子ですがモテませんよ」
「だから、勝手に決めつけるな!」
オフレッサーの抗議を無視してハンスは話を進める。
「見栄えはしますが恋人にするには欠陥人間ですよ」
「……」
オフレッサーもハンスが何を言い出すのか分からずに黙って聞くしかなかった。
「そりゃ、あんな美人で優しい姉なら、男なら誰だってシスコンになるのは分かるけど、あれは度を超しているでしょう。恋人になっても、何事も姉優先で何か有れば姉とは違うとか姉に習えとしか言えない男ですよ」
「その、卿は本当に孺子の部下で間違いないよな?」
オフレッサーもハンスが遠慮なくラインハルトを扱き下ろすので、ラインハルトを裏切って自分の麾下に参加した部下と面接している錯覚にとらわれた。
「はい、そうです」
「……」
何度目になるだろう。ハンスを相手にしていて絶句するのは、そう言えば、退役したミュッケンベルガーがハンスの事を常人では理解が出来ない人間と評していたが納得するオフレッサーであった。
「それに、同性愛者では無いですが女性に興味が全然無いですから、一応は女性には礼儀正しく接していますが当人には道端の石と同様ですから」
ブリュンヒルトの艦橋ではラインハルトが怒り心頭と言った表情をしていた。
「まるで、私が女性差別者に聞こえるではないか!」
ラインハルトの部下である。ロイエンタールとミッターマイヤーもトリスタンの艦橋で青くなっていた。
「ハンスの怖い物知らずも凄いなあ」
ミッターマイヤーの感想にロイエンタールも青い顔で同意するしかなかった。
「ですから、閣下が元帥を僻む必要もありません」
「たがら、違うと言っているだろが!」
ハンスはオフレッサーの抗議を無視してオフレッサーがラインハルトに対して容姿で嫉妬しているという前提で話を進める。
「同じ美男子で女泣かせな人間は別にいるので殴るなら、其方を殴る事を絶賛推奨しますよ」
「……」
オフレッサーも抗議をする事に疲れたのか諦めたのか何度目かの絶句をする。
その様子を見ていたロイエンタールが嫌な予感を感じていた。
隣に居るミッターマイヤーも同じ予想をしていた。
「美男子で実家が金持ちで貴族で女泣かせなら、ロイエンタール提督が居ますから殴るならロイエンタール提督が宜しいと思います」
トリスタンの艦橋ではミッターマイヤーがロイエンタールに遠慮なく吹き出していた。
「卿は他人事だと思って!」
ミッターマイヤーに抗議をするロイエンタールだったが、部下達の視線に気がつくと途端に居心地が悪くなった。
(閣下が一発、殴られたら兵士を死なせずに済むんですよ)
ロイエンタールには無言ながら部下の言いたい事が理解できた。
笑いを抑えながらミッターマイヤーがロイエンタールを説得に掛かる。
「いくら奴でも、一発で人は殺せまいよ。卿さえ我慢すれば丸く治まる」
ミッターマイヤーが他人事だと思い何処かの時代の何処かの国の腐れ教師みたいな事を言う。
「おい、卿は他人事だと思って気軽に言うが相手はオフレッサーだぞ。一発でヴァルハラに行く事になりかねんぞ」
「大丈夫だ。卿はヴァルハラには行かんよ。俺が保証する」
「ヴァルハラじゃなく地獄とでも言うつもりだろ!」
「なんだ。卿は自分の事を知っているじゃないか!」
ロイエンタールがミッターマイヤー何か言い返そうと思っていた時に部下達が、まだ痛い視線をロイエンタールに向けている事に気づいた。
「卿ら、それは上官に向ける視線ではないだろう」
部下に八つ当たりしたロイエンタールだったが、部下達の視線に陥落したのは五分後の事であった。
ロイエンタールが生贄になる事を覚悟した頃、ハンスの標的がラインハルトからロイエンタールに変わったみたいでロイエンタールを扱き下ろし始めた。
「一度に何人もの女に手を出さないですが女を次々と変えて捨てるから、余計に質が悪い!」
「そういうものか?」
オフレッサーの素朴な質問にハンスは一刀両断に答える。
「そんなもんです。一度に何人も手を出していたら女性も、そんな男だと思い納得して諦められますが、ロイエンタール提督みたいに一人だけだと女性も真剣になります。それを簡単に捨てるから質が悪い!」
ブリュンヒルトとトリスタンの艦橋で何人かの士官がハンスの意見に同意する。
「まあ、ロイエンタール提督なら世の人も良くやったと閣下を褒めますよ。それにロイエンタール提督に捨てられた女性も喜びます。私達も無駄な血を流さなくても良い」
オフレッサーにして見ればラインハルトは確かに気に入らないが、自分が逆賊と言われるのは不本意である。
それに軍事オンチのブラウンシュヴァイク公が九つの要塞に兵力分散した事で勝ち目がなくなった事を理解していたオフレッサーは、ロイエンタールに興味はないがハンスの提案を受け入れた。
「ご苦労様です。准将」
複雑な表情で労うキルヒアイスに応じながら内心はハンスも驚いていた。
(まさか、本当に帰順するとは?)
こうして、レンテンベルク要塞攻略戦は意外な形で無血開城した。
オフレッサーがロイエンタールを殴るのは戦いが終わりオーディンに凱旋してからとなった。
オフレッサーが裏切りレンテンベルク要塞が無血開城した報はガイエスブルク要塞にも届いた。
オフレッサーはラインハルト嫌いの急先鋒で有名だった為に門閥貴族達の動揺も大きかった。
次は誰が裏切るか、お互いに疑心暗鬼になりリッテンハイム侯は暗殺を恐れガイエスブルク要塞を出てガルミッシュ要塞に独自に本拠地を置くことになったのはレンテンベルク要塞開城から三日後の事であった。