銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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キフォイザー星域会戦

 

 ハンスは旗艦バルバロッサの与えられた一室で思考の海にいた。

 メルカッツが抜けた影響でリップシュタット軍の戦力を削る事は出来た。

 ブラウンシュヴァイク公が九つの要塞に三割近い艦隊を派遣してくれたお陰である。

 残りは十万隻を切っている筈である。

 逆行前の歴史ではレンテンベルク要塞攻略戦の後でも十五万隻の戦力を保有していたからである。

 

(問題はフライパン頭がガイエスブルク要塞から何万隻を引き抜いて来るかだが、本来の歴史なら十五万隻から五万隻を引き抜いて来たが、今は全体の半数近くの艦艇を引き抜いて来れるか?) 

 

 ハンスの本音はリッテンハイム侯が引き抜く戦力が多ければ被害が小さくなると思っている。

 

(ガルミッシュ要塞はガイエスブルク要塞と違い陥落させるのも簡単だし、それ以前にフライパン頭は烏合の衆なのに数の力を頼りに艦隊戦を挑んで来る筈、その時に捕まえればガルミッシュ要塞は労せずに陥落させる事が出来る。それに味方殺しの蛮行を阻止する事が出来る)

 

 帝国の補給部隊は同盟軍の部隊に比べて軍人意識が薄い。

 何故なら帝国軍が同盟軍と戦う時はイゼルローン要塞で最終的な補給をしてから同盟領に入る為に敵から攻撃される事が無いからである。

 

(役人という意識だけは有るんだが、フライパン頭に攻撃されたら被害甚大だろうなあ)

 

 同盟軍の補給部隊なら本隊が何時でも退却が出来る陣形と距離を考えているのだが、実戦慣れして無い悲しさで本隊が退却する事を考えて無かった為に味方であるリッテンハイム侯に攻撃される事になる。

 

(次はフライパン頭が、此方より少ない艦艇数なら艦隊戦を挑まないでガルミッシュ要塞に籠城するだろうから艦隊戦よりは犠牲者が減るだろうなあ)

 

 ハンスは艦隊戦のみしか対処策の用意が出来なかった。

 

(カンニングが出来ないと所詮、この程度が自分の限界かな)

 

 ハンスが自嘲していたらベルゲングリューンがドアの外から声を掛けて来た。

 

「ミューゼル。提督がお呼びだぞ!」

 

「はい。了解しました」

 

 ハンスは返事をしてベルゲングリューンとともにキルヒアイスの居る艦橋に向かった。

 

 艦橋にはキルヒアイスが書類を手にビューローと話をしていた。

 

「元帥閣下の事ですから何か考えがあるのでは?」

 

「多分、准将の思い過ごしだと思いますけど」

 

 そこにワーレンとルッツも艦橋に入って来た。

 

「揃った様ですね。元帥閣下からの新たな命令を伝えます。敵の副盟主のフライパン頭がスフィンクス頭と確執の挙げ句、五万隻の戦力でガルミッシュ要塞を占拠して此方に向かっているそうです。これと戦い撃破せよ。との事です」

 

 キルヒアイスがラインハルトからの命令を伝えると全員の視線がハンスに集中する。

 ラインハルトは生真面目な人間で間違えても公文書にフライパン頭とかスフィンクス頭とか書く人間ではなかった筈であり、ラインハルトに悪影響を及ぼした人間としてハンスが疑われたのである。

 

「フライパン頭もスフィンクス頭も自分じゃあ有りませんよ。うちの姉が元帥閣下に吹き込んだ犯人ですからね」

 

「その姉上にスフィンクス頭とかフライパン頭とか吹き込んだ人間がいる筈だが」

 

 ワーレンが容赦なくハンスを追及して来る。

 

「両方共に古くから演劇関係者の間で言われている事で、この件に関しては自分は潔白ですよ!」

 

 ハンスの弁明を全員が信用したが、その場にいた全員が口には出さないまま、同じ結論に至った。

 

(流石、ハンスを弟にするだけの女性であるな。帝国軍元帥相手に何を教えるやら)

 

「それより、作戦の方は如何なさいますか?」

 

 ハンスが露骨に話を反らしにきたが、真面目な話なので全員が気持ちを切り替えた。

 

「それについては、既に決まっています。敵は五万隻の大軍でも所詮は烏合の衆です。斜形陣を用いて対決します。その時、本隊として私が八百隻で突入します」

 

「たったの八百隻!」

 

 キルヒアイスの発言に、その場に居た全員が驚く。

 唯一、驚かなかったのはハンスのみである。

 

(えーと、八百を五万で割って、0.16で、それに百を掛けて……)

 

 暗算するのに忙しい様である。

 

「ええっー1.6パーセント!」

 

 ワンテンポ遅れてハンスも驚く。

 キルヒアイスもハンスの様子に苦笑しながらも細かい部分を話し出した。

 

 一方、公式文書でフライパン頭と書かれたリッテンハイム侯はキルヒアイスを相手に勝利した後の事を考えていた。

 

「ブラウンシュヴァイクめ、シュターデンが制止するのを聞かずに兵力分散をして金髪の孺子と戦う前に兵を損なうとは、愚か者め。此処で勝利した後でブラウンシュヴァイクの奴が敵と通じていて故意にしたと言って死刑にしてくれるわ!」

 

 その為にガイエスブルク要塞から半数の戦力を引き抜いて来たのだが、ブラウンシュヴァイクを蹴落とす計算は綿密にしていたがキルヒアイスに勝利する為の計算はしていなかった。

 

「前方に敵、四万!斜形陣で待ち構えています」

 

 部下からの報告にリッテンハイム侯は素早く砲撃を命令した。

 

「数は此方が多い!小細工は不要。正面から撃て!」

 

 だが、五万隻の艦艇から撃たれた主砲は全てルッツ艦隊のエネルギー中和システムに弾かれた。

 当然の結果である。両軍共に主砲の有効射程距離に入っていないのである。

 ルッツは艦橋で半ば呆れていた。

 

「素人め。間合いも分からんとは!」

 

「敵、有効射程に入りました!」

 

「よし、撃て!」

 

 ルッツ艦隊からの砲撃はリッテンハイム軍の艦艇を次々に火球に変えていく。

 リッテンハイム軍も怯まずに撃ち返すがルッツ艦隊には届かない。

 戦艦と駆逐艦では主砲の射程距離も違うので当然である。

 キルヒアイスが烏合の衆と評したのは現実であった。駆逐艦の横にミサイル艦が配置され、隣には母艦機能に特化した戦艦がいる。

 艦隊編成自体が無秩序なのである。

 

「我々も行きますか」

 

 キルヒアイスが戦端が開かれて無いワーレン艦隊の背後を横切り移動して行く。

 リッテンハイム軍の下級指揮官達はルッツ艦隊の激しい砲火の中で艦隊の再編成を試みるが至難の業としか言えなかった。

 そこにキルヒアイスの本隊が横から突入して来た。

 慌ててキルヒアイスに対処するべく部隊を回頭させると正面からはワーレン艦隊の主砲の雨が降り注ぐ。

 

 リッテンハイム軍は外からはルッツとワーレンから攻撃され、内部からはキルヒアイスから蹂躙され瀕死の状態であった。

 

 バルバロッサの艦橋でハンスがキルヒアイスに上申する。

 

「卑怯者のフライパン頭の事です。部下を見捨ててガルミッシュ要塞に逃亡するかもしれません。百隻程度で構わんと思いますがルッツ提督かワーレン提督に連絡して配置した方がいいでしょう」

 

 キルヒアイスはハンスの上申の正しさを認め、ワーレンとルッツの両提督に連絡してリッテンハイム軍の後方に五百隻の部隊の配置を命じた。

 

 連絡を受けたワーレンはキルヒアイスの能力に感嘆していた。

 

「キルヒアイス提督の慧眼には驚かせられるわ。敵の艦隊編成の不備を見抜き大胆な策を取り成功させるとは尉官時代から知っていて優秀だと思っていたが、これ程とは」

 

 ワーレンとルッツが各五百隻の部隊をリッテンハイム軍の後背に配置をすませた直後にリッテンハイム侯の金色に塗装された旗艦オストマルクが発見されたのである。

 

「戦乱の元凶を捕らえよ!」

 

 キルヒアイスの命令にリッテンハイム侯の旗艦周辺に砲火が集中する。

 護衛部隊を置き去りにして、更に二隻の盾艦を犠牲にして、目立つ金色の船体が敵と味方の双方が注目する衆人環視の状況で逃げ出した。

 それを見たリッテンハイム軍の艦艇が次々に動力を停止して降伏信号を発信する。

 部下を見捨てて自分だけ逃げ出した指揮官の為に命を捨てる理由が彼らには無かったからである。

 キルヒアイスの旗艦バルバロッサから追い回されたリッテンハイム侯にはバルバロッサが赤い悪魔に見えた。

 恥も外聞も捨て必死に逃げるオストマルクを意外な事にリッテンハイム侯を見限ったリッテンハイム軍の降伏した艦艇が助ける結果になった。

 バルバロッサは降伏した艦艇に阻まれ逃げるオストマルクを追跡が出来ないでいた。

 だが、リッテンハイム侯の安心も束の間であった。ハンスが予測してキルヒアイスが用意させた千隻の部隊に包囲されて拿捕された。

 こうしてキフォイザー星域会戦は一日で終了した。

 ガルミッシュ要塞も縄で縛られたリッテンハイム侯の姿を見せたら、呆気なく無血開城したのである。

 

(まあ、案ずるより産むが易しと言うが本当だな。補給部隊も攻撃されずにリッテンハイムも生きたまま捕らえる事が出来た)

 

 ハンスは久しぶりに計算通りに事が運び満足をしていた。この様子だと予定より早く内乱も終わりヘッダにも早く会える。

 しかし、予定が早く終われば次の予定が繰り上げになる様である。

 ガルミッシュ要塞からオーディンのフーバー中佐にリヒテンラーデ陣営の様子を聞くつもりで連絡を取ったハンスに驚くべき報告がされた。

 

「ヴェスターラントで民衆が蜂起しました。領主であるシャイド男爵は民衆により殺害されました!」

 

 報告を受けたハンスの顔から血の気が引いていた。ハンスは壁に設置された星域図に目を向けるガルミッシュ要塞とガイエスブルク要塞とではヴェスターラントまでの距離が違う。

 遥かにガルミッシュ要塞がヴェスターラントに遠いのである。

 ハンスの計画ではガルミッシュ要塞からガイエスブルク要塞で戦うラインハルト達に合流する寸前にヴェスターラントの蜂起が起こり、民衆蜂起の連絡を受けると同時にヴェスターラントに駆けつける算段であった。

 本来の歴史より優位に戦いを展開した為にヴェスターラントの民衆も早く蜂起してしまった。

 

(まさか、こんなに早くヴェスターラントで民衆蜂起が起きるとは)

 


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