銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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笑い

 

 本来の歴史より早くヴェスターラントの民衆蜂起が始まり絶望的な状況でハンスが取った行動は安直にも上司のキルヒアイスに相談する事であった。

 

「状況は分かりました。元帥閣下には私から報告しましょう」

 

「それだけでは不安です。元帥の側にはオーベルシュタインがいるんですよ。政治宣伝の為にヴェスターラントを平気で見殺しにする男です」

 

 ハンスの言葉にキルヒアイスも考えざるを得ない。ラインハルトは信用しているがオーベルシュタインが何か策を弄する可能性を否定は出来ない。

 

「閣下は元帥に働きかけて下さい。自分は足の早い艦を十隻程、お借りしてヴェスターラントに急行します」

 

「しかし、ここからでは間に合わないでしょう」

 

「かなり希望的な話ですが敵に何かトラブルが起きて遅れるかもしれません」

 

 キルヒアイスもハンスの気持ちが分かったのでハンスに軽巡航艦十隻を任せる事にした。

 

「それと、もう一つお借りしたい物があります」

 

「何でしょう?」

 

「フライパン頭の乗艦のオストマルクです。貴族が金に物を言わせた特注品ですからエンジンも桁違いの出力の筈です」

 

 確かにキルヒアイスのバルバロッサも最新鋭艦であるがオストマルクの様な特注品は別格である。戦場でキルヒアイスが見ても分かる大出力のエンジンであった。

 

「しかし、間に合っても一隻では撃破されてしまいます」

 

「まあ、多少の時間稼ぎは出来るでしょう。それで二百万人の犠牲が百万人になれば本望です」

 

 キルヒアイスは思い出した。ハンスはクロプシュトック事件の時には門閥貴族であれ民間人であれ救う為に爆弾を抱えて大怪我をした男でもあった。民間人の流血を極端に嫌う男なのである。

 

「卿が民主国家の軍人でいた事を忘れてました」

 

「大丈夫ですよ。閣下が考えている程、自分は聖人君子じゃありません。他にも保険を掛けますから」

 

 ハンスの保険とは上司のキルヒアイスに相談する以上に安直であった。

 銀河帝国でも疾風と謳われるミッターマイヤーに依頼する事であった。

 

「卿の言いたい事は分かる。何隻かヴェスターラントに行かせよう」

 

「有り難う御座います」

 

「礼には及ばん。卿も俺も当然の事をしてるだけだ」

 

 ミッターマイヤーはハンスから事情を聞くと快諾してくれた。

 ミッターマイヤーもオーベルシュタインに対して危機感を抱いていた。

 

(ハンスがオーベルシュタインを警戒する気持ちも分かる。確かに民間人も兵士も同じ命。後は数の論理なのだが……)

 

 ハンスはミッターマイヤーに事情を説明する時に顔も知らない民間人より自分の部下が可愛いと思うのは当然だと言って、オーベルシュタインの策に乗せられるラインハルトを擁護していた。

 

(ハンスは軍人としての才能はあるが性格はキルヒアイス以上に反比例して向いて無いな)

 

 キルヒアイス以上に向いて無いと評されたハンスはオストマルクのトイレで戻していた。

 盾艦こそ失ったオストマルクだが盾艦が無い為か確かに速かったが振動が激しい。

 他の乗組員は平気なのは慣れなのか、それともハンスが振動に弱いのか。

 

「生きて帰ったら検証してみるか」

 

 既に胃の中のものを全て戻したハンスは既に黄色胃液しか戻せない。

 

「閣下、艦橋にお戻り下さい。もうすぐ着きますよ」

 

「了解した。それとバケツを用意してね」

 

「すぐに用意しますが、閣下、大丈夫ですか?」

 

 喋る元気も無いのか手で大丈夫と伝えるハンスであった。

 

 艦橋に入ったハンスの顔色は青を通り越して白くなっていた。

 

「で、状況は?」

 

「惑星の地表に熱反応は有りません。間に合いました」

 

「そうか。便器と友達になった甲斐がある」

 

 ハンスの言葉に艦橋が笑いに包まれる。

 

「それから、ワルキューレを出して惑星の周辺を捜索させて下さい。味方の偵察艦が居る筈です。見つけたら敵の偵察をさせます」

 

 逆行前に同盟にもヴェスターラントの映像が流れていたのをハンスは覚えていた。

 

(あの映像自体がラインハルトの罪の証拠なんだが)

 

 そこまで、思考を進めた時に発進したワルキューレがハンスの視界に入った。

 それは見事に金色に塗装された八機のワルキューレがオストマルク周辺を一度、旋回してから散開して行く。

 

「ワルキューレって、白くないと戦場で不利じゃないのか?」

 

 同盟のスパルタニアンもワンポイントだけ塗装が許されていたが全体を塗装する者はいなかった。これにはハンスも呆れるばかりである。

 しかし、機体の塗装は別にしてパイロットの腕は確かな様で、すぐに偵察艦を発見してきた。

 

(強行偵察艦かよ。簡単に発見できる艦艇じゃないぞ)

 

「偵察艦と話がしたい。回線を開いて下さい」

 

 強行偵察艦の艦長は驚いていた。自分達は極秘で派遣されていたのをハンスは既に看破していたのだから。

 

「任務ご苦労。新しい任務だがガイエスブルク要塞から来る敵の戦力を知りたい。卿らの仕事は重大だぞ」

 

 ハンスは当然の様な顔で強行偵察艦の艦長に命令を下す。

 同じ情報畑とは言え所属の違うハンスが強行偵察艦の艦長に命令する権利は無いのだが艦長も本音は核の炎で焼かれた民間人を撮影する事に嫌気がさしていたので、何も言わずにハンスの指示に従ってくれた。

 

「今の内に二交代でタンクベッド睡眠を取って下さい。ワルキューレは帰還して下さい。パイロットと打ち合わせが有ります」

 

 ハンスは矢継ぎ早に指示を出して行く。周囲の士官達もハンスが十代で将官になった事を納得していた。

 とんでもない勘違いであった。ハンスが逆行して来てからヴェスターラントの惨劇を回避する為に色々なシチュエーションを想定して何千回も脳内でシミュレーションをした結果である。

 ハンスにしたらキルヒアイスさえ生き残れば、以後は無駄な流血は無くなり、ハンスも生活苦とは無縁の平穏無事な暮らしが手に入れられるのである。

 その為にはヴェスターラントの惨劇とキルヒアイスの死は回避しなければならなかった。

 

 パイロット達が艦橋に入って来ると、すぐに打ち合わせを始める。

 

「敵は一隻ではないでしょう。そこで空戦隊には敵艦の動力部を奇襲攻撃で狙撃してもらいます。完全破壊する必要は有りません。いざとなれば人質に出来ます」

 

 これは第一次ランテマリオ会戦で数に劣る同盟軍が使った策である。

 第一次ランテマリオ会戦はヤン艦隊が到着するまでの時間稼ぎの戦いという側面があったが、今回の戦いもキルヒアイスの部隊からとミッターマイヤーからの援軍が来るまでの時間稼ぎの戦いと言えた。

 

「問題は奇襲が成功しても残りの艦や動力を狙撃した艦からワルキューレが出ますから袋叩きにされる可能性が有ります」

 

 意外な事にパイロット達は平然としていた。

 

「安心して下さい。私達も三倍の敵なら互角に戦えます!」

 

 空戦隊長が代表して豪語してきた。

 

「それは頼もしいですね。それでも保険は掛けましょう。敵のワルキューレをオストマルクの副砲の射程に押し込んで下さい。敵はオストマルクの副砲の場所は把握してないと思います。幸いにも金色のワルキューレですから砲手も敵味方の判別が簡単です」

 

「了解しました。我々も艦砲射撃を味方に出来るなら楽です」

 

「それと大事な仕事が残っています。もし、核ミサイルが発射された場合はワルキューレで撃ち落として下さい」

 

 発射されたミサイルを撃ち落とすとは常識では考えられない事をハンスはパイロット達に要求した。

 

「分かりました。そこまで、私達の腕を信用して頂けるなら期待に応えましょう」

 

 ハンスは空戦隊全員と握手すると休憩を取る様に命じた。

 その後に砲術士官を呼び打ち合わせをすると砲術士達には休憩を取らせる。次は機関士達を呼び打ち合わせする。打ち合わせが終わると機関士達に休憩を取らせる。

 この様に各部署の人達を呼び打ち合わせをしていく。

 

(この日の為に凡人が練りに練った策だが、何処まで実戦で通用するのやら)

 

 今回はカンニング無しの実力勝負であり、ハンスにしたら五里霧中の戦いである。そして、ハンスの敗北はヴェスターラントの民衆二百万人の死に繋がるのである。

 

「偵察艦から連絡が有りました。戦艦三隻がガイエスブルク要塞方面から接近して来ます。会敵予想時間、およそ三時間!」

 

「宜しい。偵察艦は、そのまま待機。オストマルク全乗組員は宇宙服か装甲服を着用せよ。準備が出来たら出撃するぞ。敵が目的地に着く前の気が緩んでる時間帯を狙う!」

 

(最悪の場合は戦艦の一ダースは覚悟していたんだがな。それとも途中でミッターマイヤーの部隊に捕捉された数が減ったか?)

 

 逆行前の人生では最悪の予測がハズレた事が無いハンスとしては、戦艦三隻という幸運は信じ難い事であった。しかし、口に出しては楽天的な事を言う。

 

「全乗組員に告ぐ。生き残ったら、パーティーをするぞ。この艦にはフライパン頭が沢山の高いワインやブランデーやら積んでいるからなあ。おつまみも豪華だぞ!」

 

「美女が居ないのが残念ですね」

 

 艦橋の誰かが軽口を叩くが、ハンスも軽口で応じる。

 

「美女は居ないけど、美少年なら、ここに居るぞ!」

 

 艦橋が笑いに包まれる。その会話を聞いていた各部署にも笑いが起こる。

 ハンスも表面だけは笑う。三対一の不利な戦いである。同盟人ならグランド・カナル事件を覚えている人も多いだろう。二対一でさえ勝つ事は困難である。

 大佐時代のビッテンフェルトが一隻で二隻の戦艦を撃破した事でラインハルトに見出だされた。

 逆に言えば一隻で二隻を撃破する事が如何に困難な事なのか。

 そして、これから三隻の戦艦と戦うのである。

 

(まあ、この期に及んで笑うしかないか)

 

 表面も笑うが内心も苦笑していた。結局は裏表なく笑うハンスであった。


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