銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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死闘?

 

 金色の宇宙船が無数のネオンを点滅させている光景は異様であった。

 

「なんだ、ありゃ?」

 

「あれは、リッテンハイム侯のオストマルクじゃないのか?」

 

 通信回線からは、やたら景気の良い曲が流れて同盟語で歌を歌っている。

 

「猫のエリザベスが言いました。私の彼は黒猫です。夜のデートでキスをするにも一苦労。どちらが頭で尻尾やら、闇夜に鳴かぬ烏の声きけば有り難や、有り難や」

 

「何なんだ?」

 

 艦橋に居る全員が歌詞も意味不明な上に音痴である歌声に首を捻る。

 衝撃は突然きた。艦が揺れたと思った途端に艦橋の照明が非常灯に切り替わる。

 

「やられました!奇襲です。機関部に被弾!」

 

 敵襲なのは理解したが目の前のオストマルクは動いていない。何処に敵艦が居るのかと思ったら金色のワルキューレが飛び回っている。

 

「しまった!」

 

 オストマルクは囮であったのだ。そして、囮のオストマルクから牙を剥いてきた。隣の僚艦がオストマルクの主砲で火球に変わる。

 

「ガイエスブルクに緊急連絡しろ!」

 

「駄目です。通信アンテナも被弾してます!」

 

 まだ、健在だった僚艦も金色のワルキューレの攻撃を受けた様で救援の発光信号を出していた。 

 

「何と言う事か!たった、一隻の戦艦に三隻の戦艦が負けるとは」

 

 勝った艦を指揮していたハンスは指揮官席で脱力しながらも指示を出し続けていた。

 

「発光信号にて降伏を勧告して下さい。三分して降伏受諾しないなら撃沈すると、三分後に降伏を受諾しないなら望み通りに撃沈して下さい」

 

(はあ、終わった。何千回もシミュレーションした成果が出た)

 

 ハンス自身も驚く程の短期決戦で戦いは終了した。

 ハンスも気づいてなかったが逆行前はラインハルトの軍と戦い、逆行後はヤンやウランフにボロディン等の一流の用兵家と戦っていたのである。

 自然と用兵家としての経験を積んでいたのである。更に言えばハンスはラインハルトやヤンの様なエリートではなく末端の兵士としての経験もあり、自ずと戦場での視野は広くなっていた。

 それ以前に、リップシュタット軍が弱かったのが最大の勝因であった。

 軍人としては地位のみで素人ばかりが指揮官なのであるから当たり前の話である。

 

「敵艦から降伏を受諾の信号です」

 

「了解した」

 

(とは言え、ベルゲングリューンが来るまで、何も出来ないけどね)

 

 ハンスが思案に暮れた時にオペレーターの悲鳴に近い声が艦橋に響く。

 

「偵察艦入電。三隻の敵戦艦が三時の方向から接近中。会敵予測時間は二時間!」

 

 真相はハンスの予測通りにブラウンシュヴァイク公は十二隻の戦艦を出撃させた。

 しかし、前面にはラインハルトの軍が布陣している為に六隻づつのグループに分けて出撃させたのである。

 その内の六隻をバイエルラインの部隊が捕捉して撃破したのだが撃破した後にガイエスブルク要塞に動きがありバイエルラインはミッターマイヤーの本隊に帰還したのである。

 集結宙域に現れない味方の六隻を三隻が捜しに行き、残りの三隻が任務遂行の為にヴェスターラントに赴く途中であった。

 

(ヤバいなあ。最悪の予測が的中したな!)

 

 ハンスが逆行して来てからの二年近い時間で予測した事態の上から何番目からの不利な状況である。

 

「空戦隊は帰還しているかな?」

 

「はい、既にワルキューレは回収しています」

 

「それじゃ、逃げるぞ!」

 

「えっ!」

 

「先は不意討ちだから勝てたけど、今度は無理!」

 

「逃げたら、ヴェスターラントはどうなるんですか?」

 

「逃げながら相手を挑発して味方の所まで行くぞ。味方と合流したら袋叩きにしてやれ!」

 

「了解しました!」

 

(ベルゲングリューン部隊が何処まで来ているかが勝負の鍵だな)

 

 ハンスは逃げる時も敵に発見されるコースを取りながら逃げた。

 

(二隻と一隻に分かれてくれんかな。それなら、片方を相手にする間にワルキューレで片方の機関部を狙撃させるのに)

 

 ハンスの願いも虚しく敵は三隻が仲良く追って来た。

 

「取り敢えず、時限式機雷を一発だけ投下」

 

 機雷で敵を撃破できるとは思っていないが挑発にはなるかなと思ったが薬が効きすぎた様である。三隻が追跡のスピードを上げて来た。

 

「まあ、この船に追い付けんだろ。エンジンも特注品だからなあ」

 

 ハンス達の鬼ごっこは十二時間にも及んだ。途中で機雷で挑発して有効射程ギリギリのラインで休憩したりと挑発を繰り返した。

 ハンスの挑発に怒り心頭の三隻だが、有効射程までは追い付かない。

 

「ふん、普通の艦とは違うのだよ。普通の艦とは」

 

 ご丁寧に通信回線を使ってまで、挑発を繰り返した。

 

「閣下。挑発するのが好きですね」

 

「別に好きで挑発している訳じゃない。時間稼ぎに気付かせない為だよ」

 

 しかし、ハンスの鬼ごっこも限界が来ていた。エネルギーに余裕が無くなったのである。

 ガルミッシュ要塞から補給無しでヴェスターラントに出力全開で赴いた為に大量のエネルギーを消費した。

 

「元が貴族の遊覧船だからなあ。娯楽設備や内装は立派だけど」

 

 ハンスもエネルギーの事は念頭にあったが足の遅い補給艦がオストマルクの快速について来れる筈もなく分かっているけど、対策が無い状態であった。

 

「仕方がない。あの手を使うしかないか」

 

 ハンスは自室から数枚の光ディスクを持って来て、艦橋の通信士官に渡す。

 

「これから、最後の機雷を爆発させて敵の足を止めるから、この光ディスクの音と映像を敵に流してくれ。此方には内容が分からない様には出来るかな?」

 

「敵に音と映像を流す事は出来ますが当艦にも流れるのは仕方がないですよ」

 

「そうか。なら味方にも流してやっておくれ」

 

「了解しました」

 

「これより、この作戦は星三個作戦と呼称します!」

 

(ベルゲングリューンが近くに来ている筈だ。間に合ってくれたら良いけど)

 

 実際にベルゲングリューンは近くまで来ていた。

 艦橋内で、ベルゲングリューンは焦れていた。

 

(もしヴェスターラントの核攻撃に間に合わなかったら、オストマルクは引き上げている筈。引き上げるオストマルクと会わないのは核攻撃に間に合った証拠だ。撃破したかされたか。もしくは撃破したが艦も被害を受けて救助を待っているかもしれん)

 

 内心の焦燥を隠してベルゲングリューンは部下に質問する。

 

「まだ、着かんのか?」

 

「あと、一時間ほどでオストマルクと連絡が取れる宙域に入ります」

 

「そうか」

 

 先程から何度も繰り返された会話である。ベルゲングリューンの内心は部下達に丸分かりだったが部下達もベルゲングリューンと同じ気持ちであった。

 ベルゲングリューンの部隊の将兵の全員がオストマルクの乗組員を心配していた。

 艦橋が重苦しい空気に支配されている時に一人の通信士が素っ頓狂な声を出した。

 

「うわ!」

 

「どうした?」

 

 救難信号でも受信したのかと思いベルゲングリューンの誰何する声にも緊急の成分が含まれる。

 

「それが、妙な映像と音を拾いました」

 

「スクリーンに出してみろ!」

 

「えっ!」

 

「聞こえなかったのか!スクリーンに出してみろ!」

 

「えっ、は、はい。了解しました」

 

 通信士も一瞬の躊躇いの後で上司の命令に従う。

 そして、艦橋のスクリーンに出た映像では全裸の男女がベッドで絡み合っていた。

 照明やカメラアングルやピントから物好きな人間がプライベート情事を撮った品ではなく、プロの仕事の作品である事が分かる。

 

「映像を消せ!」

 

 ベルゲングリューンには、この様な事をする人間に心当たりがあった。

 ポルノ規制に厳しい帝国でなら抜群の威力を持つだろう。

 しかし、無修正のポルノを戦場で流すなど帝国軍の長い歴史でも前例の無い珍事である。

 

「発信元は分かるな?」

 

「は、はい」

 

「では、発信元に向かうぞ」

 

 どうやらハンス達は無事の様である。自分達の来援までの時間稼ぎの為の苦肉の策なのだろうが他に策は無かったのかと思うベルゲングリューンであった。

 

 艦橋の誰かが堪えきれずに失笑をすると次々と失笑が感染していき、艦橋内が笑いの渦に包まれる。

 ベルゲングリューンも耐えきれずに笑い出したのである。

 

「未成年のミューゼルが何処で入手したか追及と説教をする必要があるな」

 

 ベルゲングリューンの傍らにいた副官が複雑そうな顔で同情の成分が含まれる声で呟く。

 

「しかし、こんな策で時間稼ぎされて我らに撃破される敵も哀れですなあ」

 

 副官の呟きが耳に入ったのはベルゲングリューンだけであったが副官の意見に苦笑しながらも同意するベルゲングリューンであった。

 

 ベルゲングリューンの副官に同情されたリップシュタット軍の将兵達も自分達の置かれた状況や任務を忘れていなかったがオストマルクが流す映像に気を取られていたのは事実だった。

 ハンスが流したポルノ映像は同盟でも警察が発見すれば押収する様な部類の作品であり、その中でも入手が困難な逸品であった。

 規制が同盟よりも厳しい帝国なら通常の作品でも免疫の無い帝国人には効果があるのに、同盟でも入手困難な逸品となれば効果は抜群であった。

 リップシュタット軍はベルゲングリューンの部隊の接近にも気づかずに主砲の餌食になったのである。

 

「無事息災の様で喜ばしい事だな」

 

 敵戦艦を部隊の一斉射撃で撃破した後でベルゲングリューンは通信で皮肉のスパイス混じりにハンスの無事を祝う。

 

「本当に危ないところでした。ベルゲングリューン准将には感謝の念が絶えません」

 

 ベルゲングリューンの皮肉を額面通りに受け取りハンスが本心からベルゲングリューンに感謝する。

 

「そ、そうか。卿らが無事なのは良かった」

 

「有り難う御座います。実は主砲に回すエネルギーも移動に使ったので、一歩も動けない状態でして、補給艦の到着は何時になりますか?」

 

 ベルゲングリューンが驚いたのはオストマルクは全てのエネルギーを使い果たしていたのである。

 

(本当に苦肉の策だったのか)

 

「十時間後には補給艦も到着する」

 

「そうですか。助けて貰いながら厚かましいですが後の処置をお願いします。敵との鬼ごっこに全員が不眠不休でしたので」

 

「了解した。卿らはゆっくり休憩してくれ」

 

 ベルゲングリューンは一度通信を切った後で、件のポルノの事を追及する為に再度通信を開くが、スクリーンには指揮席で泥の様に眠るハンスがいた。

 

「すいません。先程の通信が終わった途端に寝てしまいまして」

 

 部下の一人が代理で謝罪する。指揮席で眠るハンスを見てベルゲングリューンも追及する気が失せてしまっていた。

 結局、ベルゲングリューンはポルノの事は追及しないままで終わる事になる。

 こうして、ハンスは味方に一人の犠牲者も出さずにヴェスターラントを救う事に成功したのである。

 

 尚、件のポルノの事がヘッダに露見してお仕置きをされるのは別の話である。


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