銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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有給休暇と未来

 

 連日の様に各省庁から報告や上申に申請と会議とラインハルトを筆頭に文武の幹部達が改革の為に忙しく働いている時にハンスは有給休暇の申請をしている。

 

「中将殿は姉君とバカンスとは優雅な事だな!」

 

 上司であるロイエンタールに嫌味を言われてしまった。

 

(そう思うなら軍を辞めたらいいでしょうに。軍を辞めても食うに困る家でもないでしょう)

 

 流石にハンスも口に出して言える事と言えない事がある。

 

「今は情報部も暇ですから、今のうちだけですよ」

 

 口では当たり障りの無い事を言う。この程度の社交辞令はハンスでも言えるのである。

 

「まあ、良い。自分も卿の年頃は如何に授業をさぼるかを考えていたからな」

 

 ロイエンタールは一応の理解を示しながらも釘を刺してきた。

 

「いつ不測の事態が起こるか分からん。卿の力が必要になる場合もあるから心してくれ」

 

「まあ、今の時期は大丈夫だと思いますよ」

 

「先の見える卿が言うなら、俺も安心が出来る」

 

 この時期、帝国も改革で忙しいが同盟も去年のクーデター騒ぎのダメージから立ち直れないでいた。

 フェザーンは同盟政府に対してヤンをイゼルローンから引き離す工作をしたがガイエスブルクの工事が終了しておらず、折角の工作も空振りである。

 

(まあ、金が無いのではなく単純に人手不足だからなあ)

 

 フェザーンにしたら予算の問題なら融資すればすむ話だが人手となるとフェザーンも右から左とはならない。

 

(フェザーンのハゲ頭が苦虫を噛み潰しているだろなあ)

 

 ハンスからハゲ頭と呼ばれたルビンスキーは苦虫を噛み潰している暇もなかった。

 リップシュタット戦役でフェザーンに亡命して来た貴族の相手で忙しいのである。

 彼らは帝都に少なからぬ不動産を所有しており、それをルビンスキーに売り付けにくるのだ。

 ルビンスキーにして見れば既に不動産も帝国政府に接収されているので買い取るつもりは無かったのだが自暴自棄の挙げ句に犯罪に走られると困るので最低限の資金を与え同盟に亡命させるのである。

 更に地球教の資金源であるサイオキシン麻薬の売買が不調であり、地球教から資金の提供を催促されているのである。これもハンスが打った布石の一つである。

 

「老人達にも困ったものだ。大金を動かすのに、それなりの手間が必要なのを理解しておらん!」

 

 ルビンスキーが愚痴を言うのは、極めて稀な事で酒の相手をしていたドミニクが面白そうにルビンスキーの顔を見ている。

 

「私の顔に何かついているのか?」

 

「貴方が愚痴を言うのが珍しくてね」

 

「まあ、資金提供は急がせる。帝国が動かぬなら動かざるを得ない状況を作れば良い」

 

「また、何か悪さをするつもりね」

 

 まるで子供の悪戯を見つけた様な言い種のドミニクにルビンスキーは笑うだけであった。

 

 そして、子供の悪戯並みの事をする女がいた。風呂上がりの着替えの下着を男性用から女性用にすり替えている。

 しかし、ハンスが予想より早く風呂から上がって来てしまった。

 

「あ、あら、もう上がるの?」

 

 ハンスの目には哀しみの光が宿っていた。

 

「……ごめんね。健康な女性だからね。でも、本人がいるから遠慮しなくてもいいんだよ」

 

 何か女性として以前に人間として盛大な誤解を受けている事は理解したヘッダであった。

 

「ち、ちょっと違うのよ!」

 

「大丈夫だよ。下着に悪戯するのは若い頃はする人も少なくないから女性は珍しいけど」

 

 完全に誤解されてしまっている。誤解を解こうと慌てるヘッダである。

 

「違うのよ。誤解よ。誤解!」

 

「でもね。他人のは駄目だよ」

 

「違う!話を聞いて、下着に悪戯するつもりは無いわよ!」

 

「嘘つけ!下着をすり替える悪戯するつもりだった癖に!」

 

 ヘッダの音速の拳骨がハンスの脳天に炸裂する。

 

「分かっていて、からかったんかい!」

 

「アホかい。タオルを腰に巻いて新しい下着を出すだけだよ。埒もない悪戯をしたくせに!」

 

 理不尽だと思いながら痛む頭をさするハンスである。

 

「湯冷めするわよ。早く体を拭いて着替えなさい」

 

「下着は?」

 

「目の前に有るでしょう」

 

「これ、女性用だけど」

 

「私の言う事が聞けないの!」

 

「了解しました!」

 

 無言の圧力に簡単に屈したハンスが女性用の下着を着るとドレスまで用意されていた。

 

「ご丁寧に、そんな物まで用意してたのかよ」

 

「可愛いでしょう」

 

 ヘッダも久しぶりの旅行で羽目を外すつもりらしい。結局、ハンスはドレスを着せられメイクにウィッグまでされてしまった。

 

「可愛いわよ!」

 

 鏡の中には美少女がいた。

 

「流石、役者だけあってメイクの技術は凄いね」

 

 ハンスも関心する程のメイク技術である。

 

「駄目よ。ハンナちゃん。女の子なんだから、お淑やかに」

 

 どうやら、生きた人形遊びをするつもりらしい。ハンスも呆れながらヘッダに付き合う。

 

「では、お姉様、何時まで続けたら宜しいのでしょう?」

 

「取り敢えず、レストランから帰るまではね」

 

 時計を見るとレストランの予約時間である。メイクを落とす時間は無い。

 

「謀りましたね。お姉様。謀りましたね」

 

「恨むなら自分の生まれの不幸を呪うがいいわ」

 

 ハンスには別の意見があった。生まれの不幸よりヘッダのメイク技術を呪いたい。

 

「もう、お姉様たら!」

 

 文句を言いながらも演じ続けるハンスである。

 

「もう、帝都ではないけど、ここもオーディンなんですからね。知人に会ったら大変ですわ」

 

「大丈夫よ。知人に会っても分からないわよ。女優の私が保証してあげる」

 

(アホか!手を見れば女の手じゃない事は、すぐにバレるわ)

 

 顔や体型は誤魔化せても手だけは誤魔化せないが、今のハンスを見て手に注目する人は稀であろう。それほどにハンスは美少女に化けていた。

 

 レストランでは男性だけではなく女性達の視線も集めてしまった。

 ヘッダは帝国では知らない人がいない有名女優である。ヘッダに視線が集まれば自然とハンスも視線を浴びるのである。

 

「お姉様が選んだレストランだけあって、とても美味しいですわ」

 

「そうなのよ。ここは隠れた名店なのよ」

 

 二人は別の意味でも注目を集めていた。何せ女性二人で五人分の料理を注文して全ての料理を食べ尽くしたのだ。

 

「女優は体力を使うから食べる量も凄いなあ」

 

「もう一人のフロイラインも新人か後輩の女優なのか?」

 

「羨ましいわ。あれだけの料理を食べて、あのプロポーションなんて」

 

 誤解を拡大生産している事に二人は気付きながらも頓着する事なく食事を進める。

 

「お姉様。ホテルに戻ったらバーに行ってみたいですわ」

 

「駄目よ。まだ、未成年でしょう。それに夜は短いわ」

 

 ヘッダの言葉に顔を赤くするハンスだったが幸いにもファンデーションを塗っていた為に周囲に気付かれる事もなくレストランを出る事ができた。

 

「もう、お姉様たら」

 

 頬を膨らますハンスの表情は女性のヘッダが見ても愛らしくホテルの部屋に戻っても演技を続ける。

 

「お姉様、もうメイクを落として下さい」

 

「駄目よ。ハンナちゃん。今から可愛がって上げますからね」

 

「えっ!」

 

 

 翌朝、ヘッダに抱き枕にされたハンスは窓硝子に映った自分の顔を見て驚く事になる。

 

「ちょっと、化粧が少しも落ちてないじゃん」

 

「もう、何を騒いでいるのよ?」

 

 ハンスの声で目覚めたヘッダが寝惚け声で聞いてくる。

 

「ねえ、化粧を落としてよ。朝食も食べに行けないよ」

 

「それ、舞台用のメイクだから落とすのに時間が掛かるから朝食はルームサービスでいいでしょ」

 

「舞台用のメイクって、職業技術を悪用するんじゃない!」

 

「あら、ハンナちゃんは乱暴な口を聞くわね。お仕置きね」

 

「ちょっと、嫌だ!」

 

「駄目!」

 

 結局、ハンスが食事を摂れたのは昼食であった。

 

「もう、強引なんだから!」

 

 昼食が終わり部屋に帰ってきたハンスがヘッダに苦情を言う。

 

「貴方が可愛いのがいけないのよ」

 

 ヘッダは苦情を言われも艦砲射撃を受けたイゼルローン要塞の様に平然としている。

 

「はあ、二度と女装なんぞせん!」

 

 知らぬが仏で二度目の女装である。

 

「もう、退役して結婚した時が怖いよ」

 

「子供は最低でも二人は欲しいわね」

 

「二人で十分だよ」

 

(迂闊に同意したら体力が持たん事態になるな)

 

「まあ、いいわ。二人作る事は同意してくれた訳だし」

 

 満足そうに笑うヘッダを見て、将来の結婚生活を夢みてしまったハンスである。

 逆行前には家庭を持つ以前に自分が生きる事だけで精一杯だった。

 ヘッダの仕事が仕事だけに一般的な家庭は無理だが、温かい家庭を作りたいと思うハンスだったが、ある事に思い至った。

 

(そう言えば、キルヒアイス提督に期待ばかりしていたが、ラインハルトは子供が生まれるのと前後して病死するんだった!)

 

「どうしたの?」

 

 ヘッダがハンスの顔色が変わった事に気付いて声を掛けて来た。

 

「ねえ、もしだよ。僕が一人の人間を見捨てても結婚してくれる?」

 

 ハンスの目に真剣な光が宿った事を認めてヘッダも真剣な顔になり応える。

 

「貴方が誰を見捨てて誰を救うかは私は関知しないわ。でも、貴方が後悔する事はして欲しくないし、そんな貴方と結婚はしたくないわ」

 

 ハンスは言外にハンスの気持ちを尊重してくれたヘッダに感謝した。

 

「また、失敗しても安心しなさい。私が癒してあげるわ」

 

「あ、ありがとう」

 

「でも、今は全てを忘れなさい。今の貴方は心が疲れてるから」

 

 ヘッダはリヒテンラーデ侯の一族の事で傷付いたハンスの事を気にしていたのだ。

 ヘッダはハンスを抱きしめるとハンスの唇を自分の唇で塞いだ。

 自分にはハンスの手助けは出来ないし完全に癒す事も出来ない。

 しかし、自分が大海を渡る鳥が数刻の間、羽を休める為の止り木にはなれる事は知っていた。

 


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