銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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幼帝誘拐計画

 

 キルヒアイスはランズベルク伯とシューマッハを二十四時間体制で監視させていた。

 フェザーンの高等弁務官であるボルテックとシューマッハが接触していたのは既に確認されていた。

 所詮はシューマッハも戦艦乗りである。フーバー指揮の下で盗聴されているとも知らずに全ての情報は筒抜けであった。

 

「しかし、屋外の盗聴は集音マイクを使うとして、よく屋内の盗聴が出来たものですね。一応は一流ホテルに宿泊している筈ですが?」

 

 キルヒアイスもフーバーの手腕に感心するしかなかった。

 

「簡単です。室内にボイスレコーダーを置いておけば良いだけの話です。掃除の時に回収すれば良いだけです」

 

「成る程」

 

 意外と単純な方法にキルヒアイスも苦笑するしかなかった。

 

「しかし、事が事だけに閣下の指示を受けないといけません。一応は実行犯と高等弁務官の身柄を拘束する準備は出来ています」

 

「では、直ぐに実行犯と高等弁務官の身柄を拘束して下さい。未遂とは言え後宮に賊の侵入を許す訳には行きません」

 

「了解しました」

 

 一時間後、ランズベルク伯とシューマッハは宿泊していたホテルで身柄を拘束された。

 その事を知らずにラインハルトとの交渉に来たボルテックは宰相府でラインハルトに会う前に 身柄を拘束されたのである。

 ボルテックがラインハルトに会う事が出来た時には手錠を嵌められて罪人として交渉ではなく尋問という形であった。

 

「卿も迂闊だな。帝国に侵入させる!前に交渉するべきであったな」

 

「生憎と私が計画した訳では有りませんので」

 

「卿は単なる使い走りか?」

 

「私には何も権限は有りません」

 

「そう、拗ねるな。卿の立場も分かっているつもりだ。安心しろ」

 

「ご配慮、有り難う御座います」

 

「ルビンスキーの関与は当然だが同盟側は知っているのか?」

 

「誘拐が成功したら同盟まで亡命させる手筈でした。後はランズベルク伯の手腕次第です」

 

「随分と杜撰な計画だな」

 

「私達の方針としては閣下に宇宙を統一して頂き、その統治下で経済を任せて貰う算段でした。ですから、ランズベルク伯が同盟に亡命した後は関知しません」

 

「最初から、その話を持ってくれば良いものを」

 

「で、私はどうなるのですか?」

 

「普通なら死刑は流石だな」

 

 ボルテックの顔が一気に白くなる。

 

「とは言え、卿の立場も分かっていると言っているだろう」

 

「それでは?」

 

「一応は釈放するが妙な動きをすれば分かっているな?」

 

「命が助かるだけでも有りがたいです」

 

「ふむ、宜しい」

 

 不幸なボルテックがラインハルトに玩具にされている時にランズベルク伯とシューマッハはキルヒアイスに尋問されていた。

 

「大佐には先に伝える事が有ります。フェザーンに居た大佐の部下達は既に帝国に帰順しておりオーディンに向かっています」

 

「それでは部下達は?」

 

「安心して下さい。全員無事です。リップシュタット軍に与した事も問題になりません」

 

「そうですか。有り難う御座います」

 

「それでは、全て話してくれますね」

 

「はい。しかし、私が知り得ている事は僅かです」

 

「構いません。他の証言の裏付けになります」

 

 シューマッハの自供はボルテックの証言を裏付けるものであった。

 

「大佐も部下を人質に取られての事ですから被害者の一人です。直ぐに身柄は解放されますから安心して下さい」

 

「有り難う御座います。しかし、私より部下達の事をお願いします。彼らは私の命の恩人です」

 

「安心して下さい。大佐の部下の方々はフェザーンで手柄を立てての凱旋ですから」

 

 シューマッハに告げたキルヒアイスは苦笑していた。ハンスがシューマッハの部下をルビンスキー誘拐に巻き込んだのは彼らがオーディンに帰る時に肩身が狭い思いをしない為の配慮であった。

 

(しかし、手柄を立てさせるにも誘拐以外にも有りそうなものだが)

 

 シューマッハがキルヒアイスの苦笑の意味を知るのは、シュトライトの推薦で帝国軍に准将として復帰してからであった。

 次にキルヒアイスはランズベルク伯を尋問したのだがランズベルク伯にはキルヒアイスも手を焼いた。

 全く話にならずに途中から自分の世界に入り込んで帰って来ないのである。

 

(悪い人では無いが自分達の行動の意味が分かっていないのだろう。この人と組んだシューマッハ大佐も大変だっただろう)

 

 キルヒアイスは尋問を諦めて身柄を拘束するだけにした。本人の希望で紙とペンを渡している。どうやら牢獄内で自伝を執筆する気でいるらしい。

 

「完成したら、是非とも一読させて下さい」

 

「キルヒアイス元帥に文学の趣味があったとは!平和な時代に私のサロンにお呼びするべきでしたな」

 

 ランズベルク伯が本気なのでキルヒアイスも僅かながらに良心が痛んだが話を合わせた。

 

(完成した作品を読めば自白調書の代わりになるだろう)

 

 キルヒアイスの本音を知らずにランズベルク伯は自伝の執筆に情熱を燃やすのであった。

 

 ランズベルク伯と反対に無聊を託つ者がフェザーンにいた。

 

(ドミニクもルビンスキーの看病で忙しいし、シューマッハの部下達もオーディンに帰したし、引き抜きもルビンスキーがくれた名簿で足りたし、キュンメル男爵も無事に同盟で入院しているし、暇だな)

 

 帝国の門閥貴族を同盟に入院させるのも大変な作業であった。

 先ずは本人を帝国からフェザーンに入院させてからフェザーンの国籍を取るのも大変だった。

 帝国国籍を失うと帝国貴族の特権も喪失するので帝国籍は維持したままフェザーン国籍を取得するには書類の山であった。

 それを弁務官事務所の職員に手伝ってもらいながら完成させる。

 フェザーン国籍が取れると同盟側と交渉して入院の手続きを取るのに2時間毎に連絡を入れて同盟の役人に催促をする。

 その一方で使えるならとイゼルローン要塞のヤンを通じてキャゼルヌに連絡をして事情を説明して同盟の事務職員の攻略の仕方を教わる。

 

「貴官も奇特な人間だな」

 

 事情を聞いたキャゼルヌは苦笑をすると同時に快諾してくれた。

 キャゼルヌがドーソンに連絡を取りドーソンからトリューニヒトに話が行きトリューニヒトが自己の政治宣伝の為に役人に圧力を掛けて実現したのである。

 ハイネセンに旅立つ病院船の見送りが終わると流石に疲れたのかハンスは宇宙港のロビーのソファーで燃え尽きた灰の様に座り込んでいた。

 

 その後は仕事も無いので弁務官事務所の掃除と花壇の手入れをするハンスであったが完全に給料泥棒である。

 オーディンに帰ればルビンスキーが何をするか不安なのでオーディンに帰る事も出来ないでいる。

 暇を持て余した挙げ句に暇潰しに同盟の高等弁務官事務所を見物に行くのが日課である。

 

(ユリアンでも居るかなと思ったが居ないのか。ガイエスブルク要塞を移動させなかったので軍属のままなのかな?)

 

 ユリアンが居なければフェザーン侵攻の際に高等弁務官の身柄とコンピューターの機密データが帝国側の手に落ちるかもしれないので気にしない事にした。

 

(早くフェザーン侵攻作戦を始めてくれないかなあ)

 

 ハンスが日頃の平和主義を遠くに放り投げた頃、ハンスの期待に応える訳ではないがラインハルトが諸提督を集めて会議を開いた。

 

「フェザーンからの提案であるが同盟の進攻に対して自由に意見を出してくれ」

 

 最初にオーベルシュタインが発言をした。

 

「同盟が帝国と和平の意思が無いのは自明の理です。同盟の国力が回復していない段階で攻撃するべきだと考えます」

 

 日頃は嫌われているオーベルシュタインだが、この時は提督達の支持を得た。

 

「しかし、瀕死の状態の同盟を征服して門閥貴族から没収した財で安定した国庫の負担にならないか?」

 

 メックリンガーが慎重論を提示して見せた。

 

「その事だが、既に試算を出している。同盟も帝国ほどではないが一部の富裕層が富を独占している状態である。征服した後に富裕層からの富を市民に還元する事で解消する。それに伴なって、軍を解体して人を社会に還元する事で社会システムの運用の問題も激減する」

 

 渡された資料には大手企業が書類上の赤字を作り税金を逃れている証拠が記されている。

 

「帝国も同盟も同じか!」

 

 ビッテンフェルトが吐き捨てたが、同盟も門閥貴族という看板を出していないだけで市民から一部の人間達が富を搾取している社会構造は同じであった。

 

「昨年、クーデターを起こした連中の気持ちも分かる気がする」

 

 ファーレンハイトが応じる。

 

「では、同盟に対する攻勢には問題が無いとする。次に具体的な作戦案については私に腹案が既にある」

 

 フェザーンの独断で始まった誘拐計画が呼び水となり帝国では着々と同盟進攻の準備が進められ始めていた。

 この時に帝国軍のフェザーン武力侵略を知っている人間は宇宙に僅かな人数であった。

 宇宙の多くの人は束の間の仮りそめの平和を享受していた。

 


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