銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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双頭の蛇 ランテマリオ会戦 前編

 

 宇宙歴799年 帝国歴490年 1月4日

 

 キルヒアイスはポレヴィト星域にて先行したミッターマイヤーの部隊と合流をしたのである。

 公式発表では艦艇数は十五万隻とあるが大抵の場合は多少の誇張があるので正確な艦艇数は不詳である。

 一方、同盟軍側は解体寸前の老朽艦からテスト航行も済んでいない新造艦まで掻き集めて数だけは三万五千隻である。

 同盟軍将兵の唯一の望みはイゼルローン方面に居るヤン艦隊の到着であった。

 帝国軍もヤン艦隊を警戒しており既にロイエンタールにはヤン艦隊が非戦闘員を避難させた後に追撃を掛ける様にラインハルトからの命令も出ていた。

 

「ロイエンタール達だけに高見の見物をさせる法は無いからな」

 

 総旗艦バルバロッサでのミッターマイヤーの意見はフェザーン方面軍の将兵の本音でもあった。

 キルヒアイスも苦笑してミッターマイヤーの意見を咎めない。

 

「ポレヴィト星系からランテマリオ星系までは有人惑星も無く同盟軍が決戦を挑むとしたらランテマリオ星系になるでしょう」

 

 キルヒアイスの言葉に異論を挟む余地も無く諸提督達の共通の認識の確認であった。

 

「敵の総司令官の元帥は老練な宿将中の宿将です。私達が産まれる前から戦場を往来していた人物です。油断は出来ません」

 

 帝国では宿将としてメルカッツが有名だがメルカッツ以上の戦歴を持つビュコックとなると全員が緊張する。

 

「敵は勝つ必要はなく負けない戦いをして、ヤン・ウェンリーの到着を待つだけです。我々はヤン・ウェンリーが到着する前に敵を撃破しなければなりません。そこで双頭の蛇で戦います」

 

 提督達もキルヒアイスの大胆さに驚きの声を上げる。兵力差と緻密な連携が取れれば必勝の陣形であるが、一度、敵に中央突破させると各個撃破される陣形である。

 キルヒアイスはビュコックの手腕を高く評価しながら「中央突破をさせない」と言外で宣言しているのである。

 

「蛇の頭である第一陣は私が率います。第二陣にシュタインメッツ提督、第三陣、事実上の先陣部分はミッターマイヤー提督、第四陣にはミュラー提督、第五陣、もう一つの頭はワーレン提督、ビッテンフェルト提督とファーレンハイト提督は予備兵力として戦況により参戦して貰います」

 

 キルヒアイスが配置を発表する度に提督達は高揚していく。

 

「ヤン艦隊が駆けつける前に敵本隊を撃破して駆けつけたヤン艦隊を迎撃します。上手くいけば後背から追撃して来たロイエンタール提督と挟撃が出来ます」

 

 ハンスもキルヒアイスも実際にロイエンタールが本気で追撃しない事は分かっていた。

 ロイエンタールにしてみれば、ヤンの様な油断をしてなくてもペテンに掛けられる危険な存在に近づきたくないのが本音である。

 更に言及すればヤン艦隊を追撃するより、無防備状態のハイネセンを攻略した方が軍事上の正解である。

 

(まあ、ハイネセンを攻略したら帝国のナンバー2になってしまう。ロイエンタール提督も自ら危険なナンバー2には成りたくないよな)

 

 専制政体でのナンバー2とは危険な立場である。古来には少年時代の恩人である主君に絶対の忠誠を誓っていたが主君から猜疑されて暗殺されたナンバー2も数多くいる。そして、猜疑心の塊の様な人物がラインハルトの近くにいるのである。

 

(ロイエンタール提督じゃなくとも、普通の人間なら政争に巻き込まれたくないよなあ。数年前の同盟軍と同じだわ)

 

 ハンスから酷評された同盟軍では総旗艦リオ・グランデでの最終会議が開かれていた。

 会議の結論は帝国軍に看破されているがランテマリオ星域に帝国軍を釘付けにしてヤン艦隊との挟撃である。

 ヤン艦隊と本隊を挟撃している間にロイエンタール艦隊がハイネセンを占領する事も考えられたが、そこまで責任を持てないのが本音である。三年前の帝国領進攻の愚行さえ無ければと思わざるを得ない。

 軍の一部の人間が功を焦って正式な手続きを踏まずに決定した作戦であった。ハンスが酷評するのも当然である。

 

 こうして両軍の暗黙の了解の下で戦場はランテマリオと決定した。

 1月10日午後1時に両軍は恒星ランテマリオの衛星軌道上で対峙した。同盟軍は恒星ランテマリオを背後に背水の陣で待ち構えていた。数で劣る同盟軍としては後背に回り込まれる事は避けたいのである。

 帝国軍にして見れば同盟軍が背水の陣を敷く事で後背に回り込めないが同盟軍の機動力を殺す事が出来るのである。

 

 ハンスは逆行前の世界でランテマリオ会戦に参加した事を思い出していた。

 

(あの時は、ガイエスブルク要塞戦の援軍でアラルコンの下で左脚を失って義足が出来て退院直後だったよな)

 

 そのアラルコンが加わった事で同盟軍は本来の歴史では暴発する筈だったが命令通りに動いている。

 

(それでも左右に回り込まずに中央突破を試みるか!)

 

 本来の歴史ではビッテンフェルトとファーレンハイト艦隊はミッターマイヤーの後方で予備兵力として待機していたが今回はハンスの進言でビッテンフェルトはキルヒアイスの後方にファーレンハイトはワーレンの後方で予備兵力として待機していた。

 同盟軍にして見れば中央部分のミッターマイヤーが一番薄く見えた事であろう。

 事実、同盟軍の攻撃でミッターマイヤーの艦隊は緩やかに後退を始めていた。

 

「お見事!」

 

 キルヒアイスの傍らにいたハンスが思わず感嘆の声を出した。

 ミッターマイヤーは同盟軍に押されている様に見せかけて同盟軍の前衛部隊を自軍の奥深くに誘い込もうとしていた。

 

「敵が怯んだぞ!突撃!」

 

 前衛部隊の司令官のアラルコンが部下を嗾ける。

 アラルコン麾下の部隊がミッターマイヤーが用意した罠に掛かる寸前にビュコックが全通信回路を開き呼び戻す。

 

「敵の罠だ!帝国の双璧が簡単に崩れる筈が無いだろう。直ぐに後退をしろ!」

 

 ビュコックの声が届いた時には既に遅かった。アラルコンは前衛部隊の最前列の先頭に居て士気を鼓舞していたが反撃を開始したミッターマイヤー艦隊の集中砲火を受けて戦死してしまった。

 

「何処の軍にも猪は居る見たいですね」

 

 ハンスの言葉にキルヒアイスも苦笑しながらも麾下の部隊を前進させて半包囲体制を完成させている。

 同盟軍も司令官が猪でも優秀な部下は育つものでパエッタの援護射撃を受けながらも前衛部隊は手痛い損害を出しながらも罠から脱出する事が出来た。

 

「流石はビュコック提督。普通なら前衛部隊は全滅していたのに」

 

 ハンスの感想にキルヒアイスも感嘆しながらも応じた。

 

「本当に歴戦の宿将ですね。此方が開いた傷口を塞ぐのが異常に早い」

 

 ミッターマイヤーの部隊が前進すると同盟軍はスパルタニアンを出撃させてスパルタニアンによるゲリラ戦を仕掛けて来た。

 

「艦を完全破壊するのではなく動力部を狙え!」

 

 破壊された艦艇に隠れたスパルタニアンが一撃離脱戦法で帝国軍艦艇の機関部を狙い撃ちにして艦艇を浮遊させる。

 帝国軍も浮遊する味方艦との同士打ちを避ける為に攻撃を緩める。駆逐艦やミサイル艦等の小型の艦艇はスパルタニアンを発見する度に追い掛け回すが巧妙に同盟軍の十字砲火の宙域に誘い込まれて行く。

 

「老人め、誘い込みの手口といい、狙い撃ちする箇所といい、狡猾な!」

 

 ミッターマイヤーもビュコックの手腕に感心しながらも工作艦で浮遊する味方艦を後方に送りながら、破壊された同盟軍の艦艇の残骸を完全破壊してスパルタニアンの隠れ場所を無くしてゆく。

 

「隠れ場所が無くなればゲリラ戦は出来ないよなあ」

 

 ハンスが地味だが確実に同盟軍を追い詰めるミッターマイヤーに関心する傍らでキルヒアイスは部隊を二つに分けて交代で同盟軍に攻撃を加え続ける。これも地味だが交代要員の無い同盟軍には効果がある戦法である。

 少しずつだが同盟軍艦艇の動きが鈍くなり始めている。いずれは艦内で過労で倒れる兵士達が続出して操艦も出来なくなるだろう。

 

「それにしても同盟軍もしぶといですな。敵将のビュコックは一兵卒から元帥まで昇り詰めた人物です。兵士達の現場も知り尽くしているだけに粘り方も熟知していますな」

 

 キルヒアイスもオーベルシュタインの評に賛成であったが同時に焦りも感じていた。

 ビュコックの策に乗り時間稼ぎをされるとヤン艦隊が到着してしまうからである。

 

「包囲網を縮めて攻撃を強化する。全部隊は六時間の二交代制で間断なく敵を攻撃する」

 

 キルヒアイスの策は地味であり独創性が無いが同盟軍にしたら付け入る隙も無い策であった。

 この時、既に同盟軍では司令部直属の戦艦も空母も前線に投入した後であり援軍も交代の為の予備兵力も無い状態であった。

 

「密集しろ。防御システムを最大にしろ!」

 

 同盟軍は既に万策が尽きて不毛な消耗戦に陥っていたが、それでも士気も高く統制も乱れていなかった。

 

「ビュコック提督め、艦内の兵士を小マメに交代で休憩を与えながら戦っているな」

 

 ハンスの言葉に反応したのはキルヒアイスだけではなくオーベルシュタインも驚いていた。

 

「その様な事が可能なのか?」

 

「可能ですよ。出来る所と出来ない所がありますけどね」

 

 兵士として働いていたハンスも何度か経験している。後部砲塔の人員を主砲の交代要員にしたり、整備兵を機関部の交代要員にしたりと色々と方法はある。

 

「しかし、それも限界がある筈です」

 

「その限界を待つ程、我々には余裕はありません」

 

 キルヒアイスがハンスの言葉に応えると通信士官にビッテンフェルトとの通信回路を開かせる。

 モニターに出たビッテンフェルトはキルヒアイスからの命令に期待をした表情を隠そうともしていない。

 

「ビッテンフェルト提督。黒色槍騎兵艦隊の出番です」

 

 キルヒアイスはビッテンフェルトの期待を裏切らなかった。


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