銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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 ハイネセンでビュコックと合流したヤンはビュコックに続き元帥へと昇進した。

 それに伴いヤン艦隊の幕僚達も昇進したのだが当人達は周囲の人間が祝う程に喜んではいなかった。

 

「二階級特進の前渡しかな?」

 

「戦死したら一階級しか昇進させないつもりなのかよ」

 

 統合作戦本部の幹部達が聞けば皮肉か嫌味にしか聞こえない会話をヤン艦隊の撃墜王コンビがしている。珍しい事にコーネフの言葉にまで毒が込もっている。

 

 (そのまま辞表を出して軍と縁を切る発想は無いのかな)

 

 そう思うユリアンも軍を辞めようとは思っていないのである。

 フレデリカなどはユリアンに軍を辞める様に勧めるつもりだったのだがマスコミからはヤンの被保護者として知られてるユリアンが報道陣に囲まれて啖呵を切っているのを見て諦めた。

 

「ヤン提督は勝算の無い戦いはしません!」

 

 フレデリカは頭を抱えたい衝動を抑えるのに苦労する事になる。本音は説得してもユリアンが納得しない場合は恨まれても実力行使でハイネセンに残らせる算段をしていたが徒労に終わってしまった。

 ユリアンが取材陣を引き付けている間にヤンとフレデリカと護衛役のシェーンコップは地上車に乗り込み宇宙港を出たのである。

 

「しかし、提督。ユリアンにスポークスマンとしての才能があるとは思いませんでしたな」

 

 シェーンコップが楽しそうにヤンに話をふる。

 

「まあ、確かに今回は僅かながらに勝算が無い事も無いんだがね」

 

「ほう。この状況になっても勝算があるのですか?」

 

 シェーンコップの口調は軽いが目は真剣な光が宿っている。

 

「まぁね」

 

「それは、是非とも拝聴したいもんですな」

 

 シェーンコップの希望は数十分後には叶う事になった。

 突然に勤労精神に目覚めた国防委員長のアイランズの勢いに閉口しながらも真摯な態度のアイランズを見るとヤンでも喜ばせたくなるのである。

 ヤンは目の前のアイスティーを飲み干すと説明を始めた。

 

「まずは戦場でキルヒアイス元帥を倒す事です。キルヒアイス元帥はローエングラム公の腹心の部下というより分身です。その分身を倒されたらローエングラム公自身が敵討ちに戦場に出てくるでしょう。そして、敵討ちに来たローエングラム公を返り討ちにするのです。ローエングラム公は独身でローエングラム公亡き後の後継者が決まっていません。ローエングラム公が戦死すれば部下達は後継者争いで対立する事になるでしょう。そうなれば数年の間は同盟は安全です。その間に国力を回復させるか帝国と和平条約を結ぶかは政治家の領分になります」

 

 ヤンの話を聞いてアイランズの顔には希望の色が現れている。長い説明をした甲斐があったものである。

 

「まあ、これは戦略とか以前の心理学の問題ですが、効果は保証しますよ」

 

 フレデリカから差し出されたアイスティーで喉を潤しながらヤンは自分でも大言壮語だと思っていた。

 ヤンにしたら言うだけなら簡単な事だが帝国軍の提督達の事を考えると気が重くなるのである。

 実際にエレベーター内でシェーンコップから勝てる見込みを聞かれた時は両手を挙げて答えたものである。

 

「ローエングラム公自身とも部下の提督とも戦ったが勝てる自信なんか無いよ」

 

「それは困りますね。私は貴方がローエングラム公より上だと思っているですがね」

 

「そりゃ、過大評価だよ。現にイゼルローンでも部下のロイエンタール相手に逃げるのが精一杯だったからね」

 

 エレベーターから降りると同時に待ち構えていた取材陣がヤンに殺到したがシェーンコップとフレデリカに阻まれる。

 既に取材でもなくヤンに大言壮語して勝利を保証しろとヤンに要求してくる。

 彼らも追い詰められているのはヤンも理解が出来るのだがヤンも誰かに保証して欲しい心境なのだ。

 シェーンコップとフレデリカが追い払うのが、あと数秒遅ければ温厚な紳士というヤンの評判も変わっていただろう。

 結局、ヤンはマスコミ等の煩わしさから逃げる様にハイネセンを出発したのである。

 

 

 ヤンがハイネセンから出撃ならぬ逃げたした頃、惑星ウルヴァシーでは帝国首脳部による会議が連日の様に行われていた。

 

「このまま、ハイネセンを攻略すれば良いではないか!」

 

「しかし、ヤン・ウェンリーという最大戦力が残っている。仮にハイネセンを攻略して我々の大半が本国に引き上げた後にヤン・ウェンリーにハイネセンを奪回されてしまう」

 

「逆に言えばヤン・ウェンリーさえ倒してしまえば同盟の首脳部の連中を心理的に追い込む事が出来る」

 

「しかし、肝心のヤン・ウェンリーは既にハイネセンを出たという」

 

「フェザーンで得た情報だと同盟軍は国内に八十四箇所の補給基地を持っている。何処の基地に奴が居る事も分からんままだぞ」

 

「居場所が分からんと戦う事も出来んぞ」

 

「我々は大軍で敵の領土深くまで来たが補給の問題もある。早めに奴を捕捉しないと補給線に過大の負荷が掛かってしまう」

 

 圧倒的に優勢に思われる帝国軍にも色々と悩みが存在していたのである。

 結局、結論が出ないままイゼルローン要塞をルッツに任せたロイエンタールとレンネンカンプが合流した。

 

「やはり、ヤン・ウェンリーが最大の難関となっていたか」

 

「うむ、ヤンさえ叩く事が出来れば同盟を有名無実化する事が出来るがヤンが健在な限り征服は完成しない」

 

「そして、肝心のヤンの居所も分からんままか」

 

「ヤンにして見ればウルヴァシーを監視していれば我等の動きは把握が出来る」

 

「故に迂闊に動けば各個撃破の対象になるか」

 

「何かヤン・ウェンリーを誘い出す餌が必要だな」

 

「ああ、問題は何を餌にするかだな」

 

 双璧と呼ばれる二人でさえ結論を出せないままである。

 それとは別にウルヴァシーを恒久基地化する為と二千万人の将兵を養う為に本国からフェザーン経由で大量の物資を輸送する必要があった。

 

「軍では補給を軽視する傾向がありますが敵にしたら補給を絶つことは当然な事です。ミッターマイヤー提督に補給の警備をお願いします」

 

 キルヒアイスもミッターマイヤーを動かす事を大袈裟かと思ったがハンスの熱心な勧めでミッターマイヤーを指名した。

 

「御意。しかし、帰りは大量の物資を抱えて不測の事態が起きた時が不安です。帰りは近くまで誰かに迎えに来て頂きたい」

 

「当然の話ですね。では、ミュラー提督に迎えに行ってもらいましょう」

 

(さて、これで補給は安心だがヤン提督が、どう出るか?)

 

 ハンスは補給線の防御を強化してヤンの行動を封じたがヤンの次の行動は見当もつかないのであった。

 ハンスから先手を打たれたヤンは感嘆していた。

 

「流石だな。此方の目論見を看破してミッターマイヤーに補給の警護をさせるとは!」

 

「感心ばかりしてられませんぞ。補給線を絶つ事が出来なければウルヴァシーに基地を作られてしまいます」

 

 ヒューベリオンの艦橋で紅茶を片手に敵を称賛するヤンを相手にムライの反応は常識的であった。

 

「別に無人の惑星に基地を作られても構わないよ。負けたら基地を作られる事になるし勝てば無料で基地を貰える」

 

 帝国が人手と費用を掛けて作ったイゼルローン要塞を奪った前科のあるヤンらしい言葉であった。

 

「確かに困るね。基地に籠城されると此方は各個撃破しか策が無いのにね」

 

「何か帝国軍が出てくる餌が必要ですな」

 

 餌と言えば最大の餌が目の前で紅茶を呑気に飲んでいるのだが、目の前の餌を出した場合は帝国軍が全力で出撃してくるので各個撃破が出来なくなるのである。

 

「仕方ない。あの手を使うか」

 

 ヤンが新たに作戦を決めた頃、ウルヴァシーの帝国軍は驚愕していた。

 ラインハルトがミッターマイヤーとは別の航路でウルヴァシーに到着したのである。

 

「何故、ローエングラム公が此方に?」

 

 一同を代表してロイエンタールが質問する。

 

「ウルヴァシーに進駐した時にキルヒアイスがヤンの餌として私を呼んだのだ」

 

「しかし、ヤンを誘き寄せる餌としては有効なのは認めますが危険が過ぎます!」

 

 今度はミッターマイヤーが一同を代表してラインハルトに諫言する。

 

「ヤン・ウェンリーを誘き寄せる餌の役をするが戦う気は無い!」

 

 ラインハルトらしくない発言に一同は驚いていたがハンスだけは頷いていた。

 

「二人が戦ったら被害甚大だからなあ。上の無駄なプライドで死にたくないからな。閣下、ご立派です!」

 

 ハンスだけではなく全員がラインハルトがヤンとの戦いを渇望している事を知っていたが、どちらが勝利してもハンスの言葉通りに犠牲者の数が大きくなるのは事実である。

 それが分かるだけにラインハルトもハンスの反応に腹が立つのだが文句も言えないのである。

 ラインハルトはハンスの頭に拳骨を食らわせたい衝動を抑えて作戦の説明を始めた。

 

「全艦隊が分散して八十四箇所の補給基地を制圧に向かう。当然の事だが、これは擬態だ」

 

 提督達の顔に緊張が走る。

 

「私とヤンが遭遇した時点で全艦隊が反転してヤンを包囲殲滅する。キルヒアイスとロイエンタールとミッターマイヤーの三人は反転せずにハイネセン攻略に向かう。同盟を攻略して同盟政府からヤンに降伏をさせる」

 

「二段構えの作戦ですか」

 

 オーベルシュタインの声には珍しく感嘆の成分が混入している。

 

「うむ。相手がヤン・ウェンリーなら反転しての包囲網などは計算済みで何か奇策を用いるかもしれんからな」

 

 ラインハルトも自身のヤンとの戦いに対する情熱と別にヤンの才能を評価しているのである。

 ハンスもヤンを過小評価してはいなかった。むしろ過大評価をしていてヤンに対しては最大限の警戒をしていたが、ハンスは所詮は凡人で歴史に名を残すヤンから出し抜かれる事になる。

 


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