銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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バーミリオンの死闘 前編

 

 宇宙歴799年 帝国歴490年 3月24日

 

 バーミリオン会戦の開始は平凡な形であった。ラインハルトもヤンも互いに相手が奇策で攻めて来ると疑い対処が出来る様にした為である。

 しかし、開始された戦闘は苛烈であった。両軍の将兵にしたら味方の指揮官が認める不世出の用兵家が相手である。

 

「怯むな。反撃しろ!一気に崩されるぞ!」

 

「臆せず攻めろ!」

 

 双方の牙が折れんばかりの激しい攻撃応酬であった。

 特にラインハルト麾下の古参の者はヤンに対しては過大評価していたので必要以上の攻撃をした。

 

「艦載機を出せ。戦力を出し惜しみをするな!」

 

「此方も空戦隊を出せ!」

 

 艦載機同士の戦いも異例な程に苛烈を極めていた。艦砲射撃の密度が高い為に両軍とも味方の艦砲射撃を避けながらの戦いであった。

 

「同盟軍め、何度も同じ手が通用すると思うなよ!」

 

 ホルスト・シューラー中佐の率いるワルキューレ部隊は三位一体の攻撃で味方の艦砲射撃の射程にスパルタニアンを追い込む戦術でスパルタニアンを撃破していく。

 

「隊長!此方はモランビル。敵は駆逐艦の艦砲射撃を使い味方を撃破してい、うわぁ!」

 

「モランビル大尉、どうした?応答しろ!」

 

 ポプランの呼び掛けも虚しくモランビルの副官からの通信が入る。

 

「此方はサイモン中尉。モランビル大尉は敵の艦砲射撃により戦死なさいました」

 

 無言のまま、ポプランの操縦桿を握る手に力が入る。

 

「全機、一時帰投せよ!」

 

 ポプランの指示で同盟軍空戦隊は味方艦への撤退を余儀なくされた。

 同盟軍の空戦部隊が退却した後を勢いに乗ったワルキューレが追跡をする。

 

「提督。味方の空戦隊が形成不利の為に退却して来ました」

 

 ヤンはムライの報告に頷くとパトリチェフに指示を出す。

 

「副参謀長。例の物を試してみてくれ」

 

「了解しました」

 

 ヒューベリオンの艦橋でヤンが指示を出している事も知らずにワルキューレ部隊は同盟軍艦艇に肉薄して行く。

 

「全機、編隊を崩さずに艦砲射撃に気を付けろ。焦らずに確実に一隻ずつ仕止めよ!」

 

 ホルスト中佐が部下に命令を出した直後に同盟軍艦艇から等身大のミサイルが発射される。

 通常のミサイルではワルキューレの運動能力と速度に追い付く事は出来ないのだが等身大のミサイルだとワルキューレに肉薄する事が出来た。

 

「全機、対宙ミサイルに注意しろ!」

 

 ホルスト中佐の指示は正しかった。だが、それ以上の性能を持ったミサイルであった。

 ヤンはイゼルローン要塞に赴任してクーデター以降はシェーンコップから「良く言って給料泥棒」と言われていたが仕事はしていたのである。

 

「避けたミサイルが追い掛けて来ます!」

 

 ヤンはワルキューレを完全破壊する事を捨てワルキューレが航行不可になればよいと命中率を上げる事を優先して兵器廠に開発させた対宙ミサイルであった。

 ワルキューレのエンジンの熱の温度に反応してワルキューレを追跡するのである。

 このミサイルを回避するにはワルキューレの速度を落としてエンジンの熱を下げるしかないのだがワルキューレの速度を落とせば艦砲射撃の的になるのだ。

 

「全機、撤退!」

 

 ホルスト中佐が部下に出した命令は最後の命令となった。

 対宙ミサイルに肉薄された部下を救う為に対宙ミサイルに体当たりをしたのである。

 

「閣下。味方のワルキューレ部隊が敵の新兵器により総崩れで退却して来ました」

 

「ペテン師め、セコい真似を!」

 

 ラインハルトとヤンは互いの空戦部隊を回収すると期せずして後退して艦隊を再編したのである。

 これが3月26日の事である。

 

「不味い戦いをしたもんだ。あと少し戦力が有れば……」

 

 ヤン自身が非建設的だと自覚して途中で愚痴を止めて当初の予定通りの指示を出す。

 

「全艦、紡錘陣形を取れ!」

 

 ヤンの命令の下で実際はフィッシャーの指示でヤン艦隊が紡錘陣形を取る。

 

「突進!」

 

 簡潔で間違えようの無い命令をヤンが出す。

 

「敵は紡錘陣形を取り、此方に向かって来ます」

 

 オーベルシュタインがスクリーンに映るままをラインハルトに報告する。

 

「迎撃せよ」

 

 ラインハルトの命令も簡潔であり、帝国軍は当初の予定通りの行動をとる。

 そして、ラインハルトの思惑を知らないヤン艦隊はラインハルトが用意した薄い防御陣を突破して行くのである。

 当初は防御陣を突破する度に歓声を挙げていた同盟の将兵も五枚目からは事の異常さに気付き始て八枚目には苛立ちを覚えていた。

 

「大昔のペチコートじゃ有るまいし!」

 

 先鋒を指揮していたマリノ准将が吐き捨てる。

 ヤンも既にラインハルトの策を看破していたが対抗策が浮かばないまま九枚目の防御陣に突撃していた。

 本来の歴史より同盟軍の損失率は低かったが、それ以上に帝国軍の損失率も低かった。

 これは、空戦隊の戦いを契機に本来の歴史より一日早く双方が艦隊の再編に動いた為にトゥルナイゼンが失策しなかった為である。

 元々が本来の歴史より戦力差が大きく、トゥルナイゼンの失策が未発の為に更に戦力差が大きいのである。

 ヤンとして真綿でゆっくりと首を締められる気分であった。

 九枚目の防御陣を突破した時にヤンは全艦に後退命令を出す。

 

「皆も気づいていると思うが、ローエングラム公の狙いは薄い防御陣を幾重にも重ねて我々の物心の両面の消耗させる事が狙いである」

 

 ヤンがベレー帽を取り髪を掻き回すとベレー帽を被りなおす。

 

「ローエングラム公らしく無い消極的戦法だが、今の我々には有効な策である。其処で我々は一旦、後退して仕切り直す」

 

「仕切り直してローエングラム公の戦法を打破する事が出来るのですか?」

 

 遠慮の無い質問をシェーンコップがする。

 

「普通に仕切り直すだけでは駄目だろうね」

 

 ヤンの表情を読んでシェーンコップが再び遠慮の無い言葉を口にする。

 

「また、ペテンに掛けるのですか?」

 

 シェーンコップがイゼルローン要塞の攻略の度にペテンの片棒を担いだ自覚も無い発言をする。

 

「犬は噛みつく猫は引っ掻くと身の丈に合った戦い方をするだけだよ」

 

 言外にペテンに掛けるとヤンが明言するとシェーンコップが人食い虎の微笑みを見せる。

 シェーンコップの微笑みに釣られてヤンも微笑みを見せる。

 ユリアンは二人の会話と微笑みを見て「ヤン提督もペテン師ならシェーンコップ中将もペテン師の片割れでしょうに」とペテン師の弟子の自覚が無いまま心の中で論評していた。

 

 黒髪のペテン師が後退した事を報告されたラインハルトは逡巡していた。

 

「あのペテン師が意味も無く後退する筈が無い」

 

「敵は後退して小惑星群に紛れ込みました。一時的な休息でしょうか?」

 

 シュトライトが一般論を口にする。ヤン艦隊は全艦で行動している。兵士が疲労するのも当然であり、兵士に休息を取らせるのも当然である。

 

「ふむ、あのペテン師の事だ。何か策を弄するつもりなのだろう。その様な暇を与えるものか!」

 

 ラインハルトは即断した。部下の手前、自信に満ちた声と態度だったが、内心は傍らにキルヒアイスかハンスが居れば有効な助言を貰えたと悔やんでいた。

 

「全艦、集結せよ。敵に策を弄する暇を与えずに攻撃する!」

 

 ラインハルトの命令は速やかに実行された。麾下の将兵達もヤンに時間を与える事に危険を感じていた。

 

「敵が小惑星群から出て来ました。我が軍の左翼方向に移動中。数は、およそ一万!」

 

「ふむ、全艦にしては少ない。ヤン・ウェンリーが悪戯に兵力分散すると思えん」

 

「どちらかが囮である事は明白ですが……」

 

 傍らのオーベルシュタインも歯切れが悪い。ラインハルトも艦隊戦に関しては畑違いのオーベルシュタインに期待していない。

 

「いずれにしても、此方が兵力を分けるのは愚策です」

 

「うむ、問題はどちらが本隊だが……」

 

 この時、ラインハルトはハンスをウルヴァシーに送り返した事を本気で後悔していた。

 

「敵の本隊は左翼の部隊だと思われる。移動中の敵の横腹を食い破れ!」

 

 ラインハルトの命令は迅速に実行されたヤンが不敗の名将ならラインハルトは常勝の名将なのだ。

 しかし、先頭を行くアルトリンゲンが移動中の同盟軍に違和感を感じた。

 

「最大限に拡大してみろ」

 

 最大限に拡大したスクリーンには同盟軍の艦艇が小惑星の隕石を牽引している姿が写し出された。

 

「しまった。此方が囮か!」

 

 アルトリンゲンが舌打ちした時にオペレーターからの叫びが聞こえた。

 

「後方から別の敵影が急進しています!」

 

 グエン・バン・ヒューを先頭にヤン艦隊の本隊がブリュンヒルトに突撃していた。

 帝国軍がラインハルトに敵を近づけるものかと急速回頭するが、囮部隊を率いたマリノ准将が後方から攻撃してくる。

 

「行かせるか!」

 

 特に牽引していた隕石郡を勢いに任せて後方から帝国軍の群れに飛び混んで来ると帝国軍の被害も大きくなった。

 

「後方の敵に構うな。前方の敵を止めろ!」

 

「足を止めるな。この機を逃すな!」

 

 両軍の指揮官の命令が交錯して通信回路を満たす。

 しかし、マリノ准将の攻撃で兵力的には互角になったとはいえ直進する帝国軍に勢いがあった。

 

「敵の足が止まったぞ!」

 

「艦列が乱れたぞ!」

 

「このまま、分断せよ!」

 

 帝国軍がヤン艦隊の本隊の中央から分断が出来ると喜んだ。

 

「全艦、右翼方向の敵に回頭せよ!」

 

 ヤンの艦隊の特長である芸術的な艦隊運用が帝国軍が気づいた時は完全包囲していた。

 帝国軍は前後左右から攻撃をされて次々と火球へと変化してゆく。兵力差も既に逆転している。

 

「密集しろ。直ぐにローエングラム公が救援に駆け付けてくれるぞ!」

 

 帝国軍の提督達もラインハルトに救援に出せる程の兵力が無い事は知っていたが部下の心を折るわけにもいかずに分散した兵力が戻る事に一縷の望みを賭けるしかなかった。

 そして、ブリュンヒルトの通信回線は救援を呼ぶ悲鳴に満ち溢れていた。

 

(してやられたか。ここまでの男だったのか俺は、ハンスの警告を無視した報いか!)

 

 本来の歴史より一日早く窮地に陥るラインハルトであった。ハンスの逆行してからの小さな工作が積み重なり、今、ラインハルトに襲い掛かっていた。

 


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