ハンスはハイネセンの地を再び踏んでから忙しい。
まずはラインハルトを入院させると以前から気に食わなかった接収したホテルのオーナーを強引な別件逮捕による令状無しの捜査で塀の中に送り込んだ後にハイネセンの病院の入院患者を調べさせる。
その間に、ハイネセンの大火になるゼッフル粒子発生装置の探索を始めるが、無聊を託っているビッテンフェルトを「都市伝説」を理由に冗談半分で誘ったら乗って来たので二人で噂の場所に探検してゼッフル粒子発生装置を発見する。
何時、誤作動しても不思議では無い状態だった為に慌てながらも同盟政府に通報するが既に五十年の年月を経過しており持ち主の会社は倒産して当事者は無く何処にどれだけの数量が有るかも分からずに帝国軍も協力して撤去作業をする事になった。
「お手柄ですね。ミューゼル大将」
ラインハルトなら皮肉かと思うが相手はキルヒアイスなので純粋な称賛であろう。
キルヒアイスもハンスの持ち込んだ問題とは別に忙しいのである。
ラインハルトが検査入院中にラインハルトの代行をしながら帝国の本土からの書類に目を通して決済しなければならない。
幸いにもヒルダが鬼気迫る勢いで書類を処理してくれるのでキルヒアイスも助かっている。
ラインハルトは退院後も暫くは通院する事を医師から指示されているのでキルヒアイスも忙しいままである。
そして、ヤン夫妻が新婚旅行から帰ってきた時にラインハルトはヤン夫妻との晩餐会を開いた。
出席者は帝国側はラインハルト、キルヒアイス、アンネローゼ、ヒルダ、ハンス。ヤン夫妻側はユリアンとシェーンコップである。
最初、ラインハルトは自身とキルヒアイスとハンスにヤン夫妻だけの少人数での晩餐会を考えていたのだが、ハンスが女性がフレデリカ一人だとフレデリカが困ると言ってアンネローゼとヒルダも追加したのだが帝国側が多くなり過ぎたのでユリアンとシェーンコップを追加したのである。
晩餐会はハンスの僻みから始まり一同を呆れさせていたが意外な事にヒルダがハンスに応戦をした。
「あら、大将閣下も今は姉君を大事にしてますけど、恋人が出来たら姉の事など無関心になるのでは?」
「我が家の場合は姉に弟離れして欲しいと思っていますけどね」
「ハンスは偉いわ。私も弟に姉離れして欲しいですけどね」
「あら、そんなもの何ですか。私はユリアンには何時までも姉離れして欲しく有りませんけど」
(ユリアンは私の息子だからフレデリカだと母親じゃないのか)
思っていても口には出さない程度の思慮はヤンにも有るのである。
ヤン同様に男性陣は思う事があっても口に出さないで専ら軍事や酒を話題にしていた。
「バーミリオンの時の新型のミサイルには驚いた。まさか、卿がハードウェアに頼るとは予想もしてなかった」
「イゼルローン要塞に赴任していた時に口の悪い部下が私の事を良く言って給料泥棒とか言いますからね。給料分の仕事をしないと思いまして」
横では口の悪い部下とやらがワインの味をキルヒアイスと論評している。
ユリアンは吹き出しそうになるのを耐えて料理を口に運んでいる。
「しかし、フロイラインは珍しく男性不信の様子ですね」
ハンスがヒルダを面白半分で突っつくと意外な応えが返ってきた。
「大将閣下にお世話になったハインリッヒですが入院中に看護婦と恋仲になった様なんです!」
「それは……」
「あの子ったら、私の事なんか忘れているんですから!」
ヒルダは罪も無い皿のステーキに八つ当たりする。これには一同も苦笑するしかない。
「まあまあ、キュンメル男爵が姉離れした事を喜ばないとフロイライン」
ハンスが弟代表としてヒルダを宥める事になる。宥められるヒルダにしてはハンスの言う事は理性は理解しているが感情が追いつかない。
「理解はしてますけど、いきなりは酷いと思います!」
ヒルダの反応を見てフレデリカもユリアンを横目で見る。一人っ子のフレデリカにしてはみればユリアンは弟の様な存在でユリアンに恋人が出来た時の自分の反応に自信がない。
実際に実弟の立場のラインハルトは姉から姉離れが出来ないと言われて、こちらも理性では理解しても感情が追いつかない状態である。
ラインハルトとヒルダ、意外と似た者同士の二人であった。
「まあ、真面目な話をするとキルヒアイス元帥に弁務官をして貰う事になりますが何か留意する点はありますか?」
ハンスが真面目な話をヤンにふる。ヤンも突如としての真面目な話に表情を変えて話をする。
「同盟の場合は大企業が政治家に政治献金して自分達に都合が良い法を作らせています。そこが一番の問題点ですね」
ヤンの返答にキルヒアイスが要点を確認する。
「つまり、ミューゼル大将の様な強引さも必要なのですね」
「まあ、私が口を出す事では無いが権力者の下で無辜の民衆が犠牲になるのは許せんな」
不正を嫌うラインハルトにしては大人しい意見であるのは自身の立場を考慮しての事である。
「最初に企業の傀儡となる政治家に投票した国民が悪いのですが……」
ヤンにしたら帝国軍の手を借りる事に忸怩たる思いがあるが国の財政が逼迫している時に一部の者に富を独占させるわけにはいかない。
ラインハルトの脳裏ではロイエンタールとキルヒアイスの二人が弁務官の候補としているがハンスもオーベルシュタインもロイエンタールの弁務官を却下している。
ハンスは裕福な貴族出身のロイエンタールでは行政問題に対して最下層の人間まで目が届かないと言っている。最下層出身のハンスが言うのだから間違いは無いと思える。
オーベルシュタインはロイエンタールには帝都にて軍部を掌握して貰わないと困るとも言っていた。
「ふむ。ヤン元帥。ハンスの言う通りにキルヒアイスにはハイネセンで弁務官職をして貰うべきか?」
「それは同盟市民として人望のあるキルヒアイス元帥に弁務官を務めて貰うと安心でしょう」
ヤンもキルヒアイスの為人を高く評価しているので正直に応える。
「では、キルヒアイスは悪いがハイネセンに残り弁務官職を務めてくれ」
「了解しました。宰相閣下」
「それなら、キルヒアイス元帥には忘れものが有りますよ」
ハンスの言葉に何か帝都本土に仕事を残していると一同が思うのは当然の成り行きであった。
「ミューゼル大将。私は何か忘れてましたか?」
「はい。元帥閣下としてでは無く、男としてアンネローゼ様を忘れてますよ。女性を待たせるのは感心しませんな」
ハンスの言葉にキルヒアイスとアンネローゼとラインハルトが硬直する。
「女性は若く美しい時に好きな男性と一緒になりたいものです!」
ハンスの目は珍しく真剣である。それが分かるから誰もハンスを咎める事が出来ない。
「キルヒアイス元帥。私もミューゼル大将の言う通りだと思います」
フレデリカがハンスの援護射撃をした。フレデリカにはキルヒアイスとアンネローゼの関係は分からないがハンスの言葉は女性の本音である。
「私もヤン夫人と同意見です!」
ヒルダもハンスの援護射撃を始める。ヒルダの場合は後でラインハルトに恨まれるかもしれないリスクがあるにも関わらずには勇気がいる発言であった。
当のアンネローゼは顔だけでは無く耳まで真っ赤にして俯いている。
キルヒアイスはアンネローゼの様子を見て一つだけ深呼吸をする。
「分かりました。私も男です!」
キルヒアイスが席を立ち、アンネローゼの前に行き片膝をつきアンネローゼの手を取る。
「アンネローゼ様。愛してます。私と結婚して下さい」
キルヒアイスが万感の想いを込めてプロポーズをするとアンネローゼが小さく頷いて返事をする。
「ヤー」
簡素な返事だがアンネローゼがキルヒアイスのプロポーズを受け入れたのである。
キルヒアイスはアンネローゼの手を持ったまま立つとアンネローゼも一緒に立つ。
二人は無言で見つめ会うと二人は全員が注目する中で口づけをする。
ユリアンとヒルダは二人から目が離せなく顔を真っ赤にしている。
ヤンは明後日の方向を見ている。フレデリカは嬉しそうな顔をして二人を見ている。
シェーンコップは生温かい目で見ている。ハンスは二人を見て感動して泣いている。
ラインハルトは完全な無表情で二人を見ている。
二人の唇が離れるとラインハルト以外の全員が拍手をする。
「おめでとう!」
「おめでとうございます!」
「おめでとう!」
「このまま、ハイネセンで結婚式を挙げる方向で
……」
皆が祝福していた時にハンスが結婚式の事をラインハルトに相談する為に顔を向けると絶句してしまった。
ラインハルトは背筋を伸ばして席に座った状態で放心していた。
「あのう。ローエングラム公……」
ラインハルトの眼前で手を振って見せるが反応が無い。
「どうしよう」
十数分後に再起動を始めたラインハルトは二人を祝福するとヒルダを二人の結婚式の責任者に指名する。
「ハンスもハイネセンに残留してキルヒアイス元帥を補佐する様に」
(仕返しだな)
その場に居た全員の感想である。元同盟人のハンスに補佐をさせる事は適材適所であるが大義名分を借りたラインハルトの意趣返しなのは明白であった。
キルヒアイスを焚き付けてアンネローゼと結婚させた事をラインハルトが面白く思う筈がない。
「了解しました」
ハンスが抗議もせずに命令を受け入れた事は最初から覚悟があっての事と全員が思ったのだが、まさかの展開が待っていたのである。