銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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華燭の典

 

 キルヒアイスとアンネローゼの結婚式が占領下とは言え、二人の地位から言えば質素と言える規模で行われた。

 それでも、招待客の顔ぶれは豪華と言える。前最高評議会議長と現最高評議会議長に前宇宙艦隊司令長官、統合作戦本部長代行等、肩書きに長の文字が付く人達ばかりである。

 在野からはヤン夫妻にシェーンコップにユリアン等も参列している。

 帝国側は軍服姿の参加者が多いのは仕方がないだろう。

 その軍服姿の参加者の中で異彩を放っていたのはハンスであった。

 キルヒアイスの姿を見ては泣きアンネローゼの姿を見ては泣き二人が揃って歩けば泣きで式の間中、泣いていた。

 更にヒルダとフレデリカも貰い泣きしておりキルヒアイスの母親まで泣き出す始末である。

 ラインハルトにして見れば違う意味で泣きたくなったものである。

 ヒルダにはラインハルトがキルヒアイスの母親には父親がフレデリカにはヤンがハンスにはユリアンが世話をしていた。

 因みに、この光景は全宇宙に中継されている。

 

「しかし、意外とハンスも涙脆いなあ」

 

 ミッターマイヤーが横に居たロイエンタールに囁いた。

 

「独身主義の俺からは理解し難い事だがな」

 

 ミッターマイヤーは自分が囁いた相手を間違えた事を悟った。

 ハンスにしては泣けて当然の事である。本来の歴史ではキルヒアイスは非業の死を遂げて、アンネローゼはラインハルトが結婚するまで完全な世捨人となる。

 弟の結婚の時に世に復帰して夫を亡くした義妹を支えて本人は生涯を独身のまま終える事になる。

 その事を知るハンスは幸せそうな二人を見れば涙が出るのも仕方ない事である。

 逆行以来の苦労が二人の晴れ姿を見て報われた気がする。

 二人の式が終わると披露宴となるが新郎と新婦の地位にしては異例な立食形式の披露宴となる。警備態勢と準備期間の問題であるが単にアンネローゼが堅苦しい形式を避けた為だと言える。アンネローゼとしたら夫となるキルヒアイスの為に多くの人と誼を結ぶ必要があり、立食形式の方が都合が良いのである。

 以前は壁の華としてパーティーでは人と話す事が無かったアンネローゼが積極的に人と話をしているのを見るとハンス等は胸が締めつけられる思いである。 

 

(アンネローゼ様。暫くの間は大変ですけど頑張って下さい!)

 

 ハンスがワインを飲みながらアンネローゼを応援するのであった。

 

「珍しいな。卿が食より酒を優先するとは」

 

 翌日には高等弁務官代行を務めるロイエンタールが羨ましそうな口調である。

 

「煩く言わんが程々にしておけよ」

 

 ハンスの酒量を知らないミッターマイヤーが生真面目に釘を刺す。

 

「安心して下さい。明日は休みですから」

 

「そういう問題では無いのだが……」

 

 ハンスのズレた返答に苦笑するミッターマイヤーであった。

 双璧の二人が会話している間にも各所で会話の花が咲き乱れていた。

 

「卿の様な柔軟な艦隊運用が出来るからの用兵だな」

 

「私の部下に艦隊運用の名人が居たからですよ」

 

 ビッテンフェルトは以前に宣言した言葉を裏切りヤンと用兵術談義をしている。

 

 ファーレンハイトはビュコックを見つけては何やらビュコックの言葉をメモしている。どうやらファーレンハイトは老人に弱い様である。

 

「えっ、最初は私も同じ様にしてましたわ」

 

「そうなんですか。でも、時折、とんでもないのが上がってくるので止めましたわ」

 

「そうなんですよね。私も同じでしたわ」

 

 ヒルダはフレデリカと書類整理の仕方で意見交換をしている。

 

「帝国に来るなら私の娘と結婚しないかい」

 

「あら、娘さんの方が年上でしょう。私の妹は同い年よ」

 

 参列者の中でも比較的若いユリアンは数少ない女性参列者から声を掛けられている。

 

「妹さんより、君の方が魅力的だね」

 

 その横でシェーンコップが妙齢の女性を口説いている。

 

「やはり、ダイヤが良いのか。それに立食の方が費用も安いのか」

 

 シュタインメッツは取り仕切る係員に何やら相談をしている。内縁の妻との結婚式の相談らしい。

 シュトライトはハンス同様に泣き出している。どうやら、アンネローゼと自分の娘が重なった様である。

 

「自分達の学校だと水泳が必修科目でしたよ」

 

「そうか。私達の学校ではプール自体が無かったからなあ」

 

 リュッケは珍しくラインハルトと会話をしている。どうやら同い年の二人は少年時代の事で話が弾んでいる様である。

 

「だから、左に移動しながらだと脇が締まった状態になるから右方向に逃げてだな」

 

 その横ではキスリングとルッツがブラスターについて話をしている。銃の名手であるルッツが銃撃戦についてレクチャーしていた。

 オーベルシュタインは警備担当者のミュラーと打ち合わせをしている。

 

 同盟側の人間ではトリューニヒトとレベロが陰険漫才をしている。

 その間でロックウェルがオロオロしている。

 

 その、一方ではアンネローゼのウェディングドレスが若い女性の間で既に話題となっている。

 ドレスを一般公募してアンネローゼに似合うドレスを数少ない女性行政官達が選んだ一品である。デザイナーにして見れば名を売る千載一遇のチャンスである。

 そして、採用されたデザイナーが名刺を片手に営業を掛けている。数年後、彼は売れっ子デザイナーとして自身のブランドを立ち上げる事になる。

 

 披露宴会場ではアンネローゼ監修のウェディングケーキも話題になっており、遠く離れたオーディンではアンネローゼの弟子達にウェディングケーキの注文が殺到する現象まで起きていた。

 高等弁務官事務所にもウェディングケーキやドレスについての問い合わせが殺到していた。

 この事態を予期していたハンスがハイネセンのテレビ局に既に資料を渡していて、テロップで申し込み先を表示して回線がパンクする事を避ける対応をしていた。

 

 披露宴が終わるとキルヒアイスとアンネローゼの二人はハイネセンでも風光明媚な事で有名な別荘地に新婚旅行として訪れる予定である。

 キルヒアイスとしてはアンネローゼの手料理を味わえるチャンスである。

 二人の新居は高等弁務官事務所として接収されたホテルの最上階のスウィートルームである。

 一応は防犯の為に改装もされている。誰も指摘しなかったが一つ階下のレストランも何故か改装されている。

 オーディンに続き同盟でもケーキ中毒になる将兵が出る事になりそうである。

 

 披露宴が終わるとキルヒアイスとアンネローゼは新婚旅行先に旅立った。

 新婚旅行先では親衛隊が二十四時間態勢で二人を護衛する事になる。

 

 ハンスは残った料理を例により使い捨てのタッパーに入れて会場の内外で警備する兵士達のお土産にする様に係員に指示を出している。

 その為に冷めても味が落ちたり食中毒の心配の無いメニューを指定していた。

 

 帝国軍は留守番役のロイエンタールを残して翌日には帝国本土に凱旋する事になっている。

 例外はシュタインメッツで彼は任地であるウルヴァシーに帰投する事になっている。

  

 翌日、ラインハルト達がハイネセンを離れる日にキュンメル男爵がヒルダに別れの挨拶をする為に訪ねて来た。相変わらず恋仲の看護婦も一緒である。

 ヒルダは顔色も変えずに微笑みを浮かべてキュンメル男爵を迎える。

 

「閣下。女性って怖いですよね」

 

「内心は別にして微笑みが出せる事が凄いな」

 

 ハンスとラインハルトが小声で会話する。ラインハルトは嫌いな人間には態度に出る為に完璧な礼節で誤魔化すのが常であった。

 それでもフレーゲル男爵と陰険漫才をしてイゼルローン要塞から追い出され事もある。

 ヒルダが何やら会話をすると笑顔でキュンメル男爵を帰す。

 二人の漏れ聞こえる会話からリハビリ中に病院を抜け出して来た様である。

 キュンメル男爵が別れの挨拶を済まして地上車が見えなくなった途端にヒルダが泣き始める。

 

「おい、ハンス!」

 

 ラインハルトがハンスを呼ぶがハンスの姿は既に消えている。仕方なくラインハルトはヒルダを慰めに行く。

 ラインハルトは不器用にも泣いてるヒルダに悪戦苦闘している。

 その姿を遠くから見ていたキルヒアイスの両親が呆れていた。

 

「ラインハルト君は勉強の出来る子だったけどなあ。アンネローゼさんが居て女を慰める事も出来んとは」

 

「だから、ジークフリードも心配で一緒に居たんでしょう」

 

 宇宙で最高の権力者もキルヒアイスの両親に掛かれば実年齢以下の子供扱いである。

 ハンスが苦笑しながらも読唇術で読んだキュンメル男爵の言葉を口にする。

 

「ヒルダ姉さん。もう僕は大丈夫だから、これからは姉さんは自分だけの幸せを考えてね。長い間、僕とキュンメル家を支えてくれて本当にありがとう」

 

「ほう。キュンメル男爵も大人になった訳か」

 

 ハンスが読んだキュンメル男爵の言葉を聞いてシェーンコップが偉そうに論評する。

 

「しかし、キュンメル男爵はともかく我らの上司殿は情けない!」

 

「何故、情けないか分かるのかね?」

 

 シェーンコップが偉そうにハンスに問う。

 

「そりゃ、馬鹿でも分かる」

 

「では、お答えを聞きたいですな」

 

「坊やだからさ」

 

 実年齢は八十過ぎのハンスにしたらラインハルトはもとよりシェーンコップも若造に過ぎないのだが、そんな事を知る筈も無いシェーンコップはハンスの返答に声を殺して笑うだけであった。

 


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