フェザーンに補給の為に一時寄港したラインハルトとヤン夫妻に極秘でハンスからカリンについて連絡があった。
「それは、分かったがヤン夫妻に事情を話すのは理解が出来るが何故、私にも話す」
ラインハルトにしたら個人のプライバシーを吹聴するなとハンスに言外に注意したつもりである。
「それは、閣下にもカリンの相談相手になって欲しいからですよ。閣下も父親とは不仲だったでしょう」
「卿も言いにくい事を平気で言うなあ」
ラインハルトもハンスの遠慮の無さに呆れ気味だがハンスがカリンの事を考えての事なので諦めるしかなかった。
「父親と不仲な先輩として、年齢も近いでしょうからね」
二人の会話を聞いていたヤン夫妻はハンスの不器用な優しさに苦笑していた。
「それから、ヤン夫人には同じ同盟の女性同士という事でお願いします。ヤン提督には将来のユリアンの嫁候補を宜しくお願いします」
ハンスの言葉にヤンも苦笑しながら反論する。
「あれには、キャゼルヌの娘が居ますよ。しかし、キャゼルヌの娘とシェーンコップの娘がユリアンの取り合いになったら不肖の父親同士がどうするか見物だな」
横で聞いていたフレデリカも夫の発言に呆れながら夫に釘を刺した。
「どちらにしても、ヤン家には素敵な親戚が出来ますわね」
フレデリカの言葉に急に深刻に考え始まるヤンの姿を見てラインハルトは笑いの発作を抑える苦労をする事になる。
そして、当事者のシェーンコップはヤンからカリンの事を伝えられる事になる。
「美人でしたか?」
「いや、名前と年齢しか聞いてないけど、ミューゼル大将の話では美人らしいよ」
「なら、私の娘に違いは有りませんな!」
ヤンもシェーンコップの態度には呆れたのだがヤンも黙ってはいない。
「父親似になる事を考慮してないだろう」
「提督は御存知ないでしょうが、私も若い頃は美少年で芸能事務所からスカウトされたものです」
「それなら、何故、軍人なんかになったのかね?」
「それは、あの頃から愛国心に溢れてましたからな。当然の結果ですな」
横で聞いていたフレデリカも我慢が出来ずに吹き出してしまった。
「バーミリオン会戦が終了してハイネセンに帰還した時に手紙が来ていました。母親の死と自分の名前と年齢だけを記してました」
それまで笑いの発作を止めるのに悪戦苦闘していたフレデリカが途端に顔色が変わる。
「もしかして、中将は存在を知っていて、今まで放置していたのですか?」
フレデリカの表情と声から危機を感じ取ったのは色事師として見事であったが危機を感じても対処法が分からない。シェーンコップには何がフレデリカの地雷だったか見当がつかないのである。
「まあ、放置していた訳ではない。先方が住所を書いて無かったのだ」
豪胆不敵なシェーンコップが慌てるのは稀有な事であるが、それ以上にフレデリカの怒りが凄まじいかった。
「中将。言い訳は見苦しいですよ。名前と年齢さえ分かっていたら探すのは簡単です」
別にシェーンコップ自身が探す必要も無い。ヤン艦隊には腕利きの情報部員であるバグダッシュもいる。バグダッシュに依頼すれば良い話である。
焦るシェーンコップに救いの神かユリアンが部屋に入って来た。
「ただいま戻りました」
「あら、早かったわね。ユリアン」
何時ものフレデリカになり優しくユリアンに声を掛ける。横にいたヤンも驚く程の変り身である。
「はい。アパートも意外と簡単に見つかりました」
ユリアンはヤンの結婚に伴い独立を宣言して、フェザーンの大学に進学する事にした。
幸いにフェザーンの大学は入学が容易だが卒業が難しい事で有名だがユリアンなら問題が無いと思えた。
そして、アパートを探しに不動産屋に出向いて帰宅したのだが部屋の空気の異常さを敏感に感じ取った様である。
「貴方、今日はユリアンと男同士で語り合って下さい。明日の出港までに帰って来てくれたら構いませんから」
シェーンコップにはフレデリカが死刑執行書を読み上げている様に思えた。
「それじゃ、フレデリカの言葉に甘える事にしょう。ユリアン、行くぞ!」
「はい。提督!」
ある意味、名コンビである。上司と弟子はシェーンコップを見殺しにする事を瞬時に決定した様である。
シェーンコップは顔は何時もの大胆不敵の表情だったが、内心は覚悟を決めていた。
結局、フレデリカの説教は朝まで続いたのである。
シェーンコップがフレデリカに説教されている頃、ハイネセンではシェーンコップの新たな説教の種をアッテンボローがハンスの前に連れて来ていた。
「今日、恩給の手続きに統合作戦本部に行ったら、この子、エドワード・マスが受付で職員と揉めていたので仲裁に入ったら、自分はシェーンコップの息子かもしれないので調べて欲しいと言うんだ」
ハンスは本来の歴史に登場しなかった少年の顔を思わず直視した。
十歳前後の少年にはシェーンコップの面影は無い。髪も瞳も黒く、ヤンの息子と言われた方が納得が出来る。
(自分が歴史に介入した事で色んな所で迷惑を掛けてるみたいだな)
「どうやら、幸いな事に母親似らしい」
「了解した。シェーンコップのDNAデータは我が軍にもある。坊やは医務室に行ってDNAの検査を受けて貰おう」
ハンスは部下にエドワードを医務室まで連れて行かせるとアッテンボローに詳細を聞く事にした。
「俺も詳しくは知らんのだが、母親は随分と前に亡くしていて祖母と二人で暮らしていたらしい。祖母は帝国軍が統合作戦本部のビルをミサイルで吹き飛ばした音に驚いて階段から落ちて入院したのだが病院から老人ホームに転院となって、あの子も施設に行く事になったので慌ててシェーンコップを頼ろうとしたらしい」
ハンスはアッテンボローの話を聞いて想像がついた。
「恐らく祖母を一人に出来ないから、シェーンコップに連絡もせずに祖母と一緒に暮らしていたんだろうなあ」
ハンスの推察にアッテンボローも同意をした。
「恐らくな。まあ、本当にシェーンコップの子供なのかが、あの子も半信半疑だから分からんけどな」
「もし、シェーンコップの息子なら帝国に行く事になるが、あの子は承知するだろうか?」
「多分、承知すると思う。祖母は階段から落ちた時に腰と頭を打っていて、あの子の事も分からん状態らしい」
「それは、辛かっただろうなあ」
「正直、俺には何もしてやれんからなあ」
「ふん。普通は元軍人が帝国軍の大将の所まで押し掛けて来たりはせんよ」
ハンスは言外にアッテンボローの優しさを皮肉るが、あっさりと反撃されてしまう。
「まあ、ミューゼル大将相手だからな。あんたも子供相手には随分と優しいからな。なにせ、幼年学校の生徒の実地研修を禁止にする程だからな」
「俺みたいに現場に行かないと食えない連中じゃないからな。帝国も同盟も戦災孤児のケアが課題だからなあ」
「ヤン先輩も言っていたが軍隊に入れば衣住食が得られるからな」
「その軍隊も縮小される。お互いに大変な事になるぞ」
特に同盟はラインハルトが台頭してから負け続けて戦災孤児の人数は帝国を遥かに凌駕する。
ラインハルトが台頭する前からトラバース法という悪法を施行する程の悪状況だったのだから現状については押して知るべし。
ハンスとアッテンボローは戦災孤児を増やした原因の責任があるので他人事とは言えない。
「まあ、一人でも救える子は救いたい」
「手始めにエドワードだな」
(まあ、エドワード君も本来の歴史では父親を亡くす事になっていたから自分のした事に意味は有ったかもな)
ハンスとアッテンボローの会話がエドワードに戻った時にエドワード本人も戻って来た。
「はい。お疲れ様。ところで二人とも結果が出るまで食事でも如何かな?」
「「ありがとうございます!」」
二人が異口同音に礼を言うのに苦笑したハンスであった。
ハンスが苦笑していた頃に苦笑どころでは無く批難の集中砲火を受けていたのは、帝国の色事師のロイエンタールである。
「信じられない。初めての女の子を相手にして捨てるなんて!」
大尉時代に大尉から降格させられた話をしたら、カリンから批難されてしまった。
「別に騙した訳では無いし、その後に三人から決闘を申し込まれたぞ」
「それで大尉から中尉に降格するのも道理に外れているでしょう。三回も決闘したなら准尉まで降格しないと」
若い士官などはカリンの後ろで何度も頷いている。
「おい。卿はフロイラインじゃなく上官である俺の味方をするべきじゃないのか?」
「私は閣下の事を軍人として尊敬してますが、閣下みたいな人がいるから私の所まで幸せが回ってきませんので」
「それは俺のせいでは無いと思うぞ!」
周囲に居た部下達は笑いの発作を必死に抑えてるのがロイエンタールには分かる。
カリンは聡明な娘だが、父親が父親だけに男性に偏見を持っているとロイエンタールは思っている。
「まあ、フロイライン。世の中には若い男を騙すタチの悪い女もいるし提督の様な男もいる。互いに気をつけるべきだよ」
今度は古株の士官までがカリンの味方についた事にロイエンタールも焦った。
「ブルータス。お前もか!」
「年齢を無視して勝手に息子にしないで下さい。私も年頃の娘がいますから、心情的にはフロイラインの味方です!」
ロイエンタールが何か反論してやろうと考えた時に通信士官からの報告があった。
「ハイネセンのキルヒアイス元帥から極秘通信が入っています」
「うむ。では、私の執務室で受ける。回線を繋いでくれ」
十五分後、ロイエンタールは部下達にフェザーンでの補給と三日間の休暇の発表をした。
喜び声が出る艦橋で一人だけ自身の不幸を呪うロイエンタールであった。
(弟が居た事をフロイラインに何と言って伝えればいいんだ?)
ロイエンタール氏の受難は続くのである。