銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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ジーク・カイザー

 

宇宙歴799年 新帝国歴001年 6月22日

 

 ラインハルトは銀河帝国皇帝に即位した。

 残念な事にラインハルトが最も欲する二人が居ない事に頬を膨らませながらの戴冠式であった。

 先帝となるエルウィン・ヨーゼフ二世の親権者であるベーネミュンデ侯爵夫人は退位宣言書と帝位をラインハルトに譲渡する宣言書にサインした。

 代償としてエルウィン・ヨーゼフ二世には公爵の地位と生涯年金として毎年150万帝国マルクの年金が支払われる。

 これ以降、エルウィン・ヨーゼフ二世が政治の表舞台に立つ事はなく平穏な生涯を送る事になる。

 そして、オーディンから全宇宙に向けて戴冠式の模様は中継放送されたのである。

 

「折角の戴冠式で軍服を着る事はないだろう」

 

 ハイネセンでキルヒアイス夫妻と一緒に中継を観ていたハンスの言にアンネローゼも苦笑するしかなかった。

 

「陛下には軍服が最も似合います」

 

 キルヒアイスが苦しいフォローをする。

 

「まさか、似合うからって、結婚式も軍服で済ますつもりじゃないよなあ」

 

 このハンスの言葉にアンネローゼとキルヒアイスの二人が真剣に考え込み出したのには、今度はハンスが苦笑するしかなかった。

 

 ハンスが苦笑していた頃にラインハルトの即位と合わせて考え込むヤン夫妻とシェーンコップ親子が居た。

 原因は昨日の事である。ラングが空港に現れたのはヤンに注意を喚起する為であった。

 ラングは一行を空港の談話室に連れて行き、自分がハンスの依頼で動いている事を伝えた。

 

「ミューゼル大将の懸念は三つありました。一つ目はヤン提督を家族の仇と狙われる可能性。二つ目がヤン提督の家族を人質に取る等してヤン提督に反帝国軍の指揮官をさせる可能性。三つ目は帝国内部の権力闘争の道具にされる可能性です」

 

 ラングが示した可能性も一つ目は誰もが思い当たる可能性であった。二つ目の場合はヤンも考えていた可能性ではあった。

 しかし、三つ目の可能性となると軍事の戦略では無いのでヤンとしたら何とも言えない。

 

「しかしですなあ。その為に小官が同盟から護衛役を買って出ているのですよ」

 

 シェーンコップにしたら社会秩序維持局の肩書きに嫌がらせをしているだけの発言である。

 

「その事についてはミューゼル大将も指摘してますが、シェーンコップ閣下だけなら問題が有りませんが、シェーンコップ閣下にはお子様が二人も居ます。ミューゼル大将も自分なら子供達を人質にすると言ってます」

 

 これには、シェーンコップも黙るしかなかった。

 

「それに、先程のフロイラインがミューゼル大将に預かった手紙には、もし、シェーンコップ閣下の親子の仲が不調の場合は速やかにフロイラインを保護する様にと書いてました。それから、自分が妹として引き取るからとも書いてました」

 

 全員がカリンの顔を反射的に見た。

 

「更に言わせて貰えば、軍を辞めても直ぐに引き取りに行くとも書いてました」

 

 ハンスの決意もだが、それ以上にシェーンコップの父親として責任感の低評価も並大抵ではない。

 思わずヤンもシェーンコップを弁護したくなった。

 

「シェーンコップは不肖の父だがね。そこまでミューゼル大将が心配する事はないよ」

 

「だったみたいですな。因みに坊やの手紙には姉と仲が良い場合は必ず二人を引き裂かない様にとも書いてますな」

 

「その心配も無いみたいだよ。先程は見事なコンビネーションだったからね」

 

 ヤンの応えにはシェーンコップ以外の全員が笑ってしまった。

 その場は笑って済ませたが問題はハンスの危惧の可能性である。

 

「しかし、昨日のミューゼル大将閣下の危惧した二つ目と三つ目は、私には杞憂に思えますが、私より貴方の方が事が見えているでしょう?」

 

 シェーンコップはヤンに見解は聞いてみた。

 

「まあ、一つ目は当然だろうし、二つ目も十分に有り得る話だね」

 

 フレデリカの前で口に出来ないが自分が指揮官を引き受け無い場合は無差別テロを行うと脅迫されたら引き受けざる得ない。

 現にフレデリカの父が改革派の若い者に担ぎ上げられてクーデターの首謀者になった事もある。

 

「三つ目は、流石に貴方にも予測が不可能ですか?」

 

「私は軍人だったからね。戦略なら分かる事もあるけど、専制国家の内部の権力闘争となるとね。それに、ミューゼル大将は情報畑の人だから私達が知らない情報も掴んでいるかもしれない。彼の指示に従うのが賢明だと思うよ。何より彼は信用が出来る人物だと思う」

 

 結論としては、ヤンは真実の一部を突いていた。ハンスが情報を掴んでいたのは事実である。しかし、情報源が未来から来た未来人の知識だとは思いつかない。

 

「それより、私達より後に出た二人にハイネセンの様子を聞きたい」

 

 カリンにしたら元とは言え、雲の上の地位にいた人物から質問に驚きと緊張を混ぜ合わせながらも応える。

 

「そうですね。ミューゼル大将が企業の社長や役人を逮捕令状も無しに逮捕してましたね」

 

「令状も無しに逮捕とは戦勝国だからと言って無茶をするなあ」

 

「でも、逮捕した後から証拠を探して出て来てますから、ハイネセンの一般の人は喜んでましたよ」

 

 更にエドワードが情報の追加をする。

 

「僕がハイネセンを出る時は軍人さんも逮捕されてましたよ」

 

「名前は分かるかしら?」

 

「ロックウェルさんとベイさんです」

 

 エドワードの返答に大人三人は何となく納得してしまった。

 

「まあ、露骨な人気取りですが、確かに効果的でしょうな」

 

 シェーンコップの評にヤンも賛成だが自分もハイネセンに居たらミューゼル大将を応援しただろうと思った。

 

「既に私達は皇帝ラインハルトを信用して全権を委ねてしまったのだから、彼を信用するしかない」

 

 ヤンの本音としたらバーミリオンの会見でハンスにシャーウッドの森を看破されてからは俎板の鯉の気分であった。

 そして、その俎板の居心地の良さは危険と思いつつも抗え切れないのであった。

 

 ヤンが俎板の鯉になる事を受容していた頃、それに必死に抗う暗い存在達が居た。

 

「総大主教猊下に報告を致します。ラインハルト・フォン・ローエングラムが銀河帝国を簒奪して自由惑星同盟を征服しました」

 

 暗い地下で松明型の照明を使っている事に馬鹿らしく思いながらも、ド・ヴィリエは報告する。

 

「ふむ、それで腐った林檎は潜り込んだのか?」

 

「はい。ヨブ・トリューニヒトは既に帝国に潜り込みました」

 

「それで、ルビンスキーは如何した?」

 

「昨年末には退院して自宅療養をしてましたが新帝国発足と同時に財務尚書として帝国に潜り込みました」

 

「奴とは連絡は取れているのか?」

 

「一応は。しかし、ルビンスキーの心底が掴めません。場合により新体制に懐柔される可能性も」

 

「それは、別に宜しい。既に奴の役目は終わっている。ルビンスキーに付けていた鈴のデグスビイの不信者は如何した?」

 

「既に死亡した事が確認されました。ルビンスキー不在時の代行役に俗物としての快楽を教え込まれた挙げ句に溺死しています」

 

「愚かな背信者め!」

 

 報告をしていたド・ヴィリエは笑止と思わざる得なかった。

 

(デグスビイも愚かなら狂信者である自分達も愚かだろうに)

 

 ド・ヴィリエは内心は暗い歓喜を抱いていた。

 ルビンスキーから皇帝ラインハルトの下で経済を抑える事で宇宙を裏面から支配する提案をされた時には自身の野心が終わったと絶望した。

 しかし、地球教による全面支配を望みルビンスキーの案が却下された時は総大主教と周囲の取り巻きの愚かさに感謝したのである。

 

(ルビンスキーが地球教を裏切る事は分かっている。問題はタイミングだな)

 

 ド・ヴィリエはトリューニヒトと協力して宇宙の表と裏を分割支配する計画をしていた。

 ルビンスキーに比べればトリューニヒトの方が組み易いのである。

 

(しかし、トリューニヒトに表面を支配させるには金髪の孺子の周囲が邪魔だな。金髪の孺子も所詮は戦争が上手いだけの青二才よ)

 

 人は生まれる環境を選ぶ事が出来ない。自分の夢や野心を満足させるには生まれた環境を利用するしかないのである。

 ヤンが歴史を学ぶ為に士官学校の戦史研究科を利用した様にラインハルトがアンネローゼを取り戻す為に軍隊を利用した様にド・ヴィリエには地球教しかなかった。

 ド・ヴィリエは本心から地球の過去の栄華を取り戻す熱意などは皆無であった。地球教は自分の野望を満足させる為の道具に過ぎなかった。

 必要な間だけ使い不必要になれば処分するだけであった。

 しかし、ド・ヴィリエは自身が道具であり処分される可能性には全く気づいていなかったのである。

 

(ド・ヴィリエの小才子めが、大人しくして居れば我の地位を継がせたものを痴れ者が!)

 

 総大主教も彼の野心を見抜いていたのである。互いに互いを利用していたが彼らの共通点は他者も情報を集めて分析をして対応する事に気付いていなかった。

 常に自分達が計画を立て実行して狩る側と信じていた。

 ハンスとラングの共作による地球教殲滅作戦の序曲は既に始まっていたのである。

 ローエングラム王朝が興り表面上は平和が訪れたかに見えが、全宇宙を震撼させる出来事が起きるまで、幾何の時間しか残っていなかった。

 


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