銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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ハンスの帰宅

 

 後世、皇帝ラインハルトは質素倹約を美徳としたと評されているが、これは間違いである。

 ラインハルトは意識して質素倹約をしていたのではなく、少年時代の貧しさ故の質素倹約が身に染みているだけである。

 その他の要因としては奢侈に流された為に末期には常に予算不足であったゴールデンバウム王朝を直視した事も関係するだろう。

 しかし、この日の祝宴は少々、趣きが変わっていた。

 ラインハルトが祝宴会場に入ると大広間には屋台が並んでいた。

 そして、礼服を着た武官達と武官の家族が屋台見物していて、大広間の壇上では婦人警官が腹話術を披露している。

 

「信号が黄色になったら、テディ君はどうするのかな?」

 

「信号が黄色になったら渡らない!」

 

「テディ君は偉いねえ。そうだよ。信号が黄色になったら危険だから横断歩道は渡っては駄目なんだよ」

 

 暫くは呆然としたラインハルトであったが視界にマリーンドルフ伯を見つけると当然の如く説明を求めた。

 

「マリーンドルフ伯。これは何の真似だ。説明をして貰おう」

 

「実はミューゼル大将の提案でして、武官は家を空ける事が多いですから、家族と触れ合う機会を作りたいと言われましてミューゼル大将が計画書を送って来たのです」

 

 説明しているマリーンドルフ伯の後ろでワーレンが息子を肩車しているのが見えた。

 ワーレンは妻を亡くして幼い息子を両親に預けての遠征であった。

 

「私の不明であった。武官達の家族の事を失念していた。ハンスは私が至らない所まで気を回してくれる」

 

 ラインハルトも嘗ては遠征から帰る度にアンネローゼとの面会を楽しみにしていた。

 今回の遠征は過去に無い程の長旅になったのだ。武官達には家族と過ごす時間は貴重である。

 

「しかし、お祭り騒ぎは、これで最初で最後にして欲しいものだ」

 

 だからと言って派手な祝宴を認めないのがラインハルトである。

 

「そうですな。これが最初で最後にしたいものです」

 

 マリーンドルフ伯の言葉は帝国人の本音であった。年頃の娘を戦場に出したがる親など貴重な存在であろう。

 

「忘れていました。陛下、これをどうぞ」

 

 マリーンドルフ伯がラインハルトに一冊の紙の束を渡した。

 

「何だ。これは?」

 

「これは屋台で使える引き換え券です。これが無いと屋台の品は買えません」

 

「配給の券か?」

 

 ラインハルトが本当に二十代なのか疑わしい事を言う。

 

「子供を甘やかさない様にとミューゼル大将の指示です。このチケットと一枚で商品と交換が出来ます。チケットは一人十枚ですから食べ過ぎる事は無いでしょう」

 

「一人十枚は多くないか?」

 

「発案者がミューゼル大将ですから」

 

「奴が基準なのか」

 

 発案者の意見を聞いて納得したラインハルトであったが、突然に笑い出した。

 

「陛下。いくら何でもミューゼル大将に失礼です」

 

 ラインハルトは片手を挙げてマリーンドルフ伯を制してた。

 

「いや、ハンスの事では無い。別件だ」

 

 マリーンドルフ伯はラインハルトが思い出し笑いをしたと思っていたが、ラインハルトの笑いの原因は自分の娘だった。

 両手に屋台の料理を持ったヒルダが父を発見した途端に踵を返して逃走したのを目撃したからである。

 どうやら、ヒルダは貴族の姫君らしく屋台の食べ物等は禁止されているらしい。

 

「せっかくだ。私も楽しんで来よう」

 

 ラインハルトも交換チケットを片手に屋台を見て回った。

 ラインハルト自身も幼い頃は貧しく屋台で買い食い等は出来なかった。ヒルダとは違う意味で祭りの屋台とは無縁だった為に、目の前の屋台に気分は高揚する。

 

「たったの十枚とはケチくさい」

 

 ラインハルトは数分前の自分の発言を遠くの棚に投げ上げて勝手な事を言う。

 

「ふむ、普段の屋台と違う物も多いな」

 

 幼年学校時代は成長期の食欲を屋台で満たしていた。特に冬になると川魚のホイル焼きが生徒達に人気でキルヒアイスと一緒に教師の目を盗んで買いに行ったものである。

 少年時代を思い出してホイル焼きを買うと少年時代には別の意味で縁の無かったグリューワインを買う。

 

「ワインよりビールの方が良かったかな」

 

 屋台の料理で食欲を満たして後にラインハルトは会場を見物した。

 ケンプにアイゼナッハやレンネンカンプが家族サービスをしているのを見掛けた。

 

「ハンスは気が回る奴だ。キルヒアイスに悪いが返してもらうか」

 

 ハンスの庶民感覚は貴重である。ヒルダと違った意味でラインハルトに助言してくれるだろう。

 ラインハルトがキルヒアイス以外に他言していないフェザーンへの遷都にも貴重な助言をしてくれるに違いない。

 

 翌日、ラインハルトはキルヒアイスにハンスについて相談をした。

 

「私は構いませんが本人が何と言うか」

 

「ハイネセンで恋人でも出来たのか?」

 

「まさか。毎日の様に同盟の役人やら企業の不正を暴いていますよ」

 

「そう言えば奴は国を捨てた男だったな」

 

「同盟時代に不正や不法行為をして司法当局に圧力や買収で逃げた連中を捕まえてます」

 

「復讐に酔っているのか」

 

 ラインハルト自身も身に覚えがあった。リヒテンラーデ侯の一族の十歳以上の男子に死刑を宣告した事があった。

 

「同盟市民からの人気は凄いですけどね」

 

 ハンスが摘発した結果、警察から裁判官までが買収されていた事が発覚したのはキルヒアイスも驚きを隠せなかった。

 当然の如く市民の怒りは最高潮に達していた。それに反比例してハンスの人気と帝国の信用は増すばかりである。

 ある政治家の贈収賄事件の裁判では渡された現金に対して領収書が無い事で賄賂とは認められ無かった。

 ある集団レイプ事件の裁判では意識不明の被害者が拒絶しなかった事で合意とされた。

 ある暴力事件では被害者の被害届けを警察が再三に渡り受理をせずに絶望した被害者が自殺をした。

 ある役所では病気の為に働けない人の生活保護を打ち切り、病人を餓死させた役人は法的な処罰をされないままであった。

 

 報告を受けたラインハルトも呆れながらも怒り心頭であった。

 逮捕した犯罪者が抵抗した為に仕方なく射殺したとハンスは公表した。

 誰も信じる者はいなかったが批判する者もいなかったのである。

 

「もう既に同盟の役人は怯えきっています。役人を辞めても疚しい事があるから逃げたと言われて迫害されてます」

 

 ラインハルトもキルヒアイスもハンスが同盟政府に何やら恨みがある事は察していたが、これ程とは予想していなかった。

 

「分かった。明日にも辞令を出そう」

 

「はい、お願いします」

 

 こうして、ハンスの帰宅が決まったのである。

 

「了解しました。それと、戦災孤児育成の制度も出来たばかりなので実際に運用すると不都合が出ると思いますので、私が始めた仕事を押し付ける様で心苦しいのですが宜しくお願いします」

 

「後は任せて安心して下さい」

 

 意外と素直にハンスが了承した事に拍子抜けしたキルヒアイスであったがハンスにも事情があった。

 

(帝国に居る地球教の始末があるからな)

 

 同盟を征服したハンスは地球教の資金源である麻薬の取り締まりも徹底的に行ったのである。

 結果、同盟内の麻薬組織は壊滅したと言って良い状況になった。

 帝国に比べて建国からの歴史も短く国力が落ちた同盟では麻薬密売がビジネスにならなかった事も壊滅が容易だった一因であった。

 ハンスが敵と戦う手法は一貫している。相手の資金源や人材を削り取った後に攻撃するのである。

 そして、数年の年月を掛けて帝国の麻薬販売網は壊滅状態にした。

 地球教の唯一の資金源と言えた同盟の麻薬販売網も壊滅させたのである。

 地球教という蟹の両手の鋏は切り落としたのである。

 鋏を無くした蟹は左右にしか移動が出来ないのである。

 

(地球の亡霊を始末してやる。そして、心置き無く退役が出来る!)

 

 キルヒアイスとアンネローゼを見ていると早く結婚がしたいと思うハンスであった。

 辞令を受けた三日後には既にハイネセンを発ったハンスである。

 

 フェザーンに補給の為に寄港した時にハンスはユリアンに連絡をしてみた。

 ユリアンは数ヶ月前まで軍人だったハンデも無くフェザーンの大学で歴史を勉強している。

 どうやら、友人も出来た様で待ち合わせ場所には友人達も来ていた。

 

「煩い連中まで来てしまって、すいません。閣下!」

 

 ユリアンの友人達はハンスを珍獣の様な目で見ている。

 

「うわ、本当に本物じゃないか!」

 

「大将閣下なのに、一人で出歩けるんだ!」

 

 ハンスも苦笑するしか無い。自分も亡命した頃は歴史上の人物達に会う度に内心は同じ反応をしていた。

 

「お前達、大将閣下に対して失礼だろ!」

 

 ユリアンが同世代の友人と戯れるのを見ていると如何にユリアンが特殊な状況にいたかが分かる気がする。

 

「ユリアン。友達も出来て結構な事だが浮気はするなよ!」

 

 慌てるユリアンを見て友人達もユリアンをからかう。

 

「やっぱり、ミンツは彼女がいるじゃんか!」

 

「違うって、大将閣下の冗談だよ」

 

「ほれ、証拠写真!」

 

 ハンスが准将時代の記念写真を見せると全員が爆笑したのであった。

 

「この子が大人になった時はミンツはおじさんじゃないか!」

 

「シャルロットは妹みたいなもんだよ」

 

「なら、シャルロットに恋人が出来た時のユリアンが見物だな」

 

「僕は兄馬鹿になりませんよ!」

 

 この世界でユリアンとカリンが結ばれるかは分からないが、各々が幸せな生活をしている様である。

 この幸せな世界を守りたいとハンスは思った。

その為に亡命以降も軍人を続けて良かったと思えた。

 軍人生活も残り僅かである。この時のハンスは本気で思っていたのだが、後に大きな見当違いだと思いしる事になる。

 


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