銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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議事録

 

 ラインハルトはハンスの見舞いを終えると議事録と副官のシュトライトを残して戻って行った。

 ヘッダもハンスの顔を見て落ち着いたらしく仕事に戻って行った。

 

「昨日の事は既に憲兵が処理をしていますので安心して下さい」

 

 シュトライトが昨晩の事後を説明する。

 

「憲兵隊には迷惑を掛けたなあ」

 

 ハンスの感想にシュトライトも苦笑しながら諫言をした。

 

「閣下は帝国の大事な要人ですぞ」

 

「まあ、それも地球教を殲滅するまでの話だけどね」

 

 シュトライトは軽い眩暈がした。ハンスは自分の立場を理解していない様である。

 

「閣下は御自身の立場を何だと思っていらしゃるのですか?」

 

「給料泥棒!」

 

 間髪入れずに即答するハンスに呆れるシュトライトであった。

 

「私の取り柄は同盟軍内部に詳しい事だけだよ。同盟が有名無実化したら無用の存在だよ」

 

「無用の存在なら命を狙われたりしません。閣下は国家の重要な人物です」

 

 シュトライトはハンスの存在が帝国にもラインハルトにも貴重な存在である事を主張するがハンスは半信半疑である。

 

「命を狙われたのは麻薬組織の腹いせさ。そこまでの実力のある麻薬組織と言えば宇宙に一つしか無いだろう」

 

 ハンスは話を本筋に戻した。

 

「その件につきましては憲兵隊が捜査中ですが、本日の会議にも議題にもなりました」

 

 ハンスはシュトライトから渡された議事録に目を通す。

 

「流石に全員が同じ考えか!」

 

「タイミング的には地球教以外の組織の犯行は無いでしょう」

 

 シュトライトに議事録を音読して貰い分からない単語はシュトライトに解説してもらう。

 軍事用語は問題ないが官庁用語になるとハンスには分からない単語が出てくるのでラインハルトもシュトライトを残したのである。

 

 会議の流れとしてはハンス襲撃事件から始まり元フェザーン自治領領主のルビンスキーからの地球教の歴史の説明が第一段階である。

 

「そうか。地球教が温存していたシリウス戦役の時の隠し財産は既に無いのか」

 

「宗教組織等は出費が多く表面上は収入は無いですからね」

 

 帝国では宗教法人にも課税をしている。数少ないルドルフの英断と後世の歴史家も賞賛をしている事である。

 銀河帝国の樹立以前の人類の歴史では宗教が大きく力を持ち一国を支配する事も珍しくなかった。

 その力の背景には豊富な資金力があった。清貧を旨とする宗教が蓄財に走り本来の教えに反して社会を混乱させた過去をルドルフも知っていたのである。

 ルドルフは宗教を弾圧する事はなかったが決して宗教を甘やかす事はなかったのである。

 

「まあ、真面目に孤児院や災害時の炊き出し等の善行を積んでる司祭さんとか居るからなあ」

 

「だから、ルドルフも宗教を弾圧する事は無かったのでしょう」

 

 シュトライトもルドルフの宗教に対する政策は否定しないでいる。

 

「額面上の教えを信じている敬虔な信者や司祭さんは助けたいからなあ」

 

 地球教との戦いで一番の問題は一般信者の存在である。

 ハンスは逆行前の世界で地球教摘発に従事した憲兵の回顧録を読んだ事があった。

 キュンメル事件の際には幼子を道連れに自決した母子を見た時は涙が止まらなかったそうである。

 

『その時、私は不敬ながら皇帝弑逆の罪より無力な母子を自決させた教えに怒りを覚えた』

 

 ハンスも全くの同感である。議事録でも地球教の表面上の活動を知っている者も多く一概に摘発する事を危惧する声も多い。

 

「財政尚書も司祭レベルで裏面の事情を知る人間は数が少ないと証言しています」

 

「それじゃ、地球を制圧した後に、宇宙の彼方此方にある地球教の教会を虱潰しに調べないと駄目じゃないか」

 

 ハンスの感想にシュトライトも表情も苦い。

 

「議事録に書いて有りますが会議でも同じ結論です。調べた結果、無罪となった司祭達の話し合いで地球教を再興させる事を約束する提案がヤン元元帥から出ています」

 

「確かに彼らの宗教家としての努力を無にするのは惜しい。それに人望のある司祭さんも処罰すれば帝国に対して恨みを持つ者が出るかもしれない」

 

 15世紀に初頭にヤン・フスという人望のある宗教改革者が死罪にされた事からフス戦争と呼ばれる戦争が二十年近く続いた事もある。

 

「戦争とは別にテロとなると我ら軍人だけでなく一般市民にも犠牲者が出るでしょうな」

 

 シュトライトの意見も尤もである。ハンスと同様にシュトライトも一般市民の犠牲を嫌う人物である。犠牲を出す事を嫌うあまりにラインハルトの暗殺を提案した過去を持つ人でもある。

 

 会議の第二段階は地球教の摘発と摘発する範囲に議論が集中していた。

 第三段階になると地球教摘発の方法論に議論が集中するのである。

 

「やはり、地球に対して艦隊を派遣する事になるか」

 

「閣下も最初から考えていたのでしょう?」

 

「うん。だから、ラグナロック作戦が始まった時に地球行きの航路を宇宙海賊が出没しているからと封鎖させた」

 

 ハンスは地球行きの航路を封鎖すると同時に地球から外に出る船には護衛を口実に監視もさせていた。

 

「地球に行かない事で生活に支障は出ないが、地球から帰れないと生活に支障が出るからな」

 

 シュトライトはハンスの先見の目に驚嘆するが例によりカンニングの結果である。

 

「実際には陸戦部隊を突入させる事になるんだろうけど」

 

「その件につきましては、ヤン元元帥からの意見で会議が紛糾しました」

 

「何処、何処?」

 

 ハンスは慌て気味に議事録に視線を移した。

 

「この部分です」

 

 シュトライトが紛糾の原因となったヤンの意見を記した部分を示した。

 

『人命が掛かった事ですので判断が難しいですが、シリウス戦役の時の隠し財産の中で貴重な美術品等が地球にあるかもしれません。その事も念頭に入れて頂きたい』

 

 ヤンの意見を読んでハンスにも理解が出来た。

 

「確かにね。有名な美術品なら出所が問題になるから金に換えられないまま死蔵している可能性もあるな」

 

「そうなると陸戦部隊の行動にも制限が掛りますな」

 

「しかし、地球時代の美術品となると貴重だよなあ。金銭的な価値にすると幾らになるんだろう?」

 

 金銭的な価値となるとルビンスキーが何か知っていると思い議事録に再び目を通すハンスであった。

 

「なんだ。ルビンスキーも地球教の隠し財産の事を知らないのか。逆に資金を無心されているのか」

 

 ハンスには地球教が隠匿している美術品とか聞くと宝探しを連想してしまう。

 宝探しとなると、中身は八十近い老人のハンスでも子供の様に目を光らせるのである。

 

「会議に参加した人達も閣下と同じ様な目をしてました」

 

 因みに会議をラインハルトの側で傍聴していた唯一の女性であるヒルダが頭を抱えたくなる衝動を抑えるのに苦労したものである。

 

「宝探しは別にして地球教の本部には聖地巡礼の一般信者もいるから陸戦部隊を突入させるしか策は無いだろう」

 

 ハンスも流石に恥ずかしいと思ったらしく、真面目に話を軌道修正する。

 

「そうなる事を想定して既にスパイを社会秩序維持局が潜らせてはいますが、一般信者を巻き込まない様に戦闘となると難しいでしょう」

 

 ハンスにしてもシュトライトにしても一般信者を巻き込みたくないが、流石に無理な注文だと理解している。

 

「まあ、地球教の本部を制圧しても散発的なテロが起きるだろうなあ」

 

「それこそ、社会秩序維持局の働きに期待するしか無いですな」

 

「連中はヤン提督と違い餌に食いついて来ないだろうからね」

 

 ハンスが言外にラインハルトを囮にする策を示唆する。

 

「閣下!言葉に気を付けて下さい!」

 

「大丈夫だよ。釣れるなら餌役を喜んでする人だからね」

 

 シュトライトもハンスが退役を希望している事を知っているが流石に大胆過ぎる発言である。

 

「閣下。閣下が退役になる程度なら宜しいですが罰の可能性として書類仕事を押し付けられるかもしれませんよ」

 

 シュトライトの言葉に流石のハンスも慌てる。

 

「分かった。私も言葉を慎もう!」

 

「分かって頂いたら結構です」

 

 ハンスもシュトライトも互いにハンスが言葉を慎むとは一ミリグラムも思ってはいない。もはや社交辞令である。

 話題を逸らす為にハンスは議事録に目を落とす。

 

「結局はメックリンガーとケンプの両提督が実行部隊を率いるのか」

 

「美術品に詳しいメックリンガー提督なら美術品の扱いに間違いは無いだろう。それと元ワルキューレのパイロットのケンプ提督は地球から脱出するシャトルとかも見逃さないだろう」

 

 ラグナロック作戦に不参加であった二人を起用して更に人事のバランスを取るラインハルトの英断にハンスも感心するばかりである。

 

「アイゼナッハ提督も既にイゼルローン要塞に司令官として着任しています」

 

 ハンスの考えを読んで同じくラグナロック作戦では戦闘に不参加なままだったアイゼナッハにも司令官職を用意している。

 

「あれ、アイゼナッハ提督は家庭持ちだった筈だが……」

 

 独身の自分でも姉と離れるのは耐え難いものであった。まだ、子供も幼いアイゼナッハに単身赴任は可哀想だと思うハンスであった。

 

「アイゼナッハ提督は妻子も連れられて赴任する様です。イゼルローン要塞に赴任すれば赴任手当ても付きますからな。子供が居ると色々と物入りですから」

 

(ラインハルトも下の人間に気を使える様になったじゃないか)

 

 内心の偉そうな声は口に出さずに実際に声に出したのは模範的な言葉である。

 

「温情人事で理に叶っている。地味な仕事をする人間の功績も評価するとは流石、我らの陛下だ!」

 

 数分後にはラインハルトの評価を180度転換する事になるハンスであった。

 


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