銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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エゴイストの最期

 

 9月に入り大本営移転の為に各艦隊が準備に多忙を極めていた。

 その様な時期に社会秩序維持局からの報告が全宇宙を震撼させる事になる。

 地球教本部から持ち帰った資料を検証していた局員がヨブ・トリューニヒトが国防委員長時代に地球教団から金銭授受を受ける見返りにサイオキシン麻薬の密売に便宜を約束する盗撮映像を発見したのである。

 国防委員長となれば政府の高官中の高官である。発見した局員は事の重要さに驚きながらラングへと報告をした。

 

「他にもあるかもしれん。急いで他の資料も検証せよ」

 

 自身も事の重大さに驚きながらラインハルトに報告したのである。

 報告を受けたラインハルトも事の大きさに驚きを隠せないでいた。

 

「にわかに信じ難い話であるが証拠を見せられたからには信じざるを得まい。念の為に問うが捏造の可能性は無いのか?」

 

「私も長年の間、捏造した映像などは見て来ましたが捏造の可能性は無いと思われます。念の為に専門家にも解析を依頼している最中で御座います」

 

 ラングの顔にも緊張が走っている。帝国でも門閥貴族がサイオキシン麻薬の密売に手を染めた事はあるが現役の閣僚がサイオキシン麻薬の密売に手を染めた事はない。

 ラインハルトの反応もラングの緊張も当然の事であった。

 

「ふむ。至急、憲兵総監と司法尚書と国務尚書に連絡しろ。それとハンスも呼び会議を開く。卿も同席せよ」

 

 急遽、開かれた御前会議には軍務尚書であるオーベルシュタインもハンスの要請で出席をした。

 

「相手が陰謀の専門家ですから軍務尚書の意見も必要だと思います」

 

 考え様によってはオーベルシュタインに失礼とも思える発言であるが出席者全員が納得したのであった。

 

「まずはお手元の資料をお読み下さい。会議を開く間にも新しい証拠が発見されました」

 

 ラングが会議の最初の発言をして全員が手元にある資料に目を通す。

 

「なるほど。地球教がトリューニヒトの政治資金を提供していた訳か」

 

 ハンスも驚くしかなかった。地球教がトリューニヒトに政治資金を提供して見返りに地球教のサイオキシン麻薬の密売に便宜を図っていた。

 

「地球は帝国領に有るから地球を取り戻す事と主戦派のトリューニヒトだと誰も疑わん」

 

 ハンスの感想に司法尚書のブルックドルフが疑問を投げた。

 

「しかし、この様な証拠を残すとは考えにくいですな」

 

「恐らくはトリューニヒトが裏切った時の報復手段として地球教が残したと思います」

 

 ラングの意見にブルックドルフを始め全員が納得する。

 

「では、トリューニヒトは地球教が証拠を手にしている事を知らないのですかな?」

 

 マリーンドルフ伯の質問にケスラーが代わりに答える。

 

「知らないだろう。知っていれば地球教が逮捕された時に逃亡していただろう」

 

「問題は逮捕するにしても同盟時代の犯罪を帝国の法で追及する事が出来るのかですな」

 

 マリーンドルフ伯が会議の要点に言及する意見を述べる。

 マリーンドルフ伯の意見を聞いて、会議の出席者全員が司法尚書であるブルックドルフに視線を向ける。

 

「前王朝から同盟からの亡命者の例は少なく。刑事犯が亡命した例は有りません。稀に刑事犯として指名手配された者も調査したら冤罪もしくは濡れ衣を着せられた者ばかりでした」

 

 ブルックドルフも会議に出席する前に事前調査をしていた様である。

 

「過去は兎も角、このままトリューニヒトを不問にしたら悪しき前例を作る事になる」

 

 オーベルシュタインが誰も反論が出来ない正論を述べる。

 

「この際、トリューニヒトは死刑で構わんでしょう。同盟を裏切り保身に走った人間です。死刑にしても問題は無く、同盟人も帝国人も納得するでしょう」

 

 ハンスの意見にケスラーとブルックドルフ以外は納得していたがケスラーがハンスの意見に反論した。

 

「どの様な法的根拠で死刑にするのだ。同盟で犯罪を犯しても帝国では無辜である」

 

 ケスラーの意見にハンスは鼻で笑った。

 

「軍人であるケスラー総監の意見とは思えませんな。我々、軍人は戦争の名を借りて殺人を生業にしているのに、犯罪者を死刑にするのに法的根拠を必要とするのですか?」

 

 ハンスの意見は露骨な軍人批判である。そのハンス自身が軍人であり軍人として若くして高位高官に登り詰めたのは大量殺人の結果である。

 

「卿は酔っているな」

 

 ケスラーの意見は的を射ていた。ハンスは酔っていた。酒ではなく復讐に。

 

「まあ。死ぬまで醒めないでしょうよ。それに私を酔わせたのはトリューニヒト自身ですけどね」

 

 ハンスの開き直りとも取れる反論にケスラーも頭を抱え込んでしまった。

 

「ハンス、その辺で止めよ!」

 

 それまで臣下の議論を黙って聞いていたラインハルトがハンスを制止した。

 

「陛下。ミューゼル上級大将の意見の動機は別にしても結果としては正しいと思えます」

 

 オーベルシュタインがハンスの意見に支持を表明した。

 

「私も軍務尚書とミューゼル上級大将の意見に賛成です」

 

 ラングも賛成の意を表明した。

 

「陛下。私もトリューニヒトの死刑はやむを得ないと思います」

 

 温厚で誠実なマリーンドルフ伯もトリューニヒトの死刑に賛成をする。

 残ったブルックドルフとケスラーは法律家として複雑な表情をしていたが刑事犯を野放しに出来ないとの意見に反論も出来ずにいた。

 

「では、トリューニヒトの死刑に反対は無い様だな」

 

 ラインハルトも内心はトリューニヒトの死刑に賛成であったが皇帝である身では軽々しく意見を述べる訳にもいかなかったのである。

 

「では、明日にもトリューニヒトの死刑を執行する。執行の実務はハンスが行う様に」

 

「御意」

 

 本来なら司法尚書であるブルックドルフの仕事であるが迷いのある人間にやらすよりは迷い無い人間にやらすべきと考えて出した指示であったが、ラインハルトは翌日には後悔する事になる。

 

 翌日、早朝からトリューニヒトは機嫌が良かった。

 前日の夜にミューゼル上級大将から翌日の正午にジークリンデ・エンヴィーゼ公園に来る様に連絡があったからだ。

 ジークリンデ・エンヴィーゼ公園は晴眼帝マクシミリアンの皇后ジークリンデが私財を投じて作った公園である。

 ジークリンデの緑地という意味の公園で緑が豊な公園でありオーディン市民の憩いの場で季節が変わる度に広場では何かの催事が行われていた。

 

 古来から政治家とは関係も無いのに催事には顔を出したがる生物である。

 西暦が使われていた時代に子供向けのフィクションのキャラクターの葬儀が執り行われた時に「作品を読んだ事は有りませんが」と言って葬儀に参加した政治家が作品のファンである子供から追い返された事もある。

 トリューニヒトも例外でなく、顔を売るチャンスとばかりに出掛けたのである。

 トリューニヒトが公園に到着すると既に壇上でハンスがスピーチなのか漫談なのか判断が難しいを話していて見物客を笑わしている。

 

「ヘル・トリューニヒト。マイクを付けさせて頂きます」

 

 スタッフにワイヤレスマイクを付けてもらいながらトリューニヒトが何の催事かと尋ねる。

 

「フェザーン遷都記念らしいですよ。急に決まった催事らしく、自分達も詳しくは聞いてないのです」

 

「そうですか」

 

「ヘル・トリューニヒトの準備は終わりました」

 

 スタッフが無線で報告すると壇上のハンスから声が掛かった。

 

「本日の主賓をお呼びします。ヨブ・トリューニヒト氏です」

 

 打ち合わせも無しにトリューニヒトは笑顔で手を振りながら悠然と壇上に上がる。

 ヘッダが居ればトリューニヒトの舞台度胸に舌を巻いた事だろう。

 

「遷都でお忙しい時に来て頂いて有り難う御座います」

 

「ミューゼル上級大将閣下に呼んで頂ければ何処にでも馳せ参じます」

 

「そうですか」

 

 次の瞬間にはハンスが余所行きの声から残忍な声に変わる。

 

「では、先ずは跪け!」

 

 ハンスが拳銃を抜き、トリューニヒトの両方の太腿を撃ち抜く。

 トリューニヒトが血と悲鳴を撒き散らしながら倒れる。

 

「何をする!」

 

「何をするも、本日は貴方の死刑執行のイベントですよ」

 

「何だと?」

 

「国防委員長時代に地球教からサイオキシン麻薬の密売に便宜を図る見返りに政治資金を受け取った罪ですよ」

 

 ハンスは説明しながらも今度はトリューニヒトの両手を撃ち抜く。

 

「地球教本部から押収した資料に証拠が有りました」

 

 ハンスは痛みに苦しみ転げ回るトリューニヒトを壇上から蹴り落とす。

 

「その出血では一時間も持たん。ゆっくりと見物させて貰うよ」

 

「だ、誰か助けて」

 

「無駄だ。ここに居るのは同盟からの亡命者とサイオキシン麻薬の被害者ばかりだよ」

 

 トリューニヒトの顔が絶望に染まる。

 

「それから、家族の心配は要らないよ。既に自裁された」

 

「き、貴様!」

 

「遺体はハイネセンで同じ墓に入れてやる」

 

 三十分後、トリューニヒトは絶望と怨嗟の血の池に浸かりながら、ゆっくりと絶命した。

 

「残念だな。今、報告があったよ。家族の要望は同じ墓は嫌だとよ」

 

 稀代の保身の天才だったエゴイストはハンスの奸計に嵌まりオーディンでの死を余儀なくされた。

 一国の国家元首であった男の死としては余りにも惨く悲惨な死に方であった。

 しかし、トリューニヒトが作り出した死は自身の死の数百万倍に及ぶのであった。

 

「ふん。引っ越しの前にはゴミなど残さずに綺麗に掃除をして出るもんさ」

 


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