銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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三人の陰謀家

 

 ハンスの要請で開かれた会議に出席者は頭を悩ます事になった。

 意外な事にルビンスキーも地球教の内部には精通してなかったのだ。

 

「この資金の隠し方と資金の紛失の仕方から典型的な組織的な犯行ですな」

 

 経済の専門家としてのルビンスキーの意見には説得力があった。

 

「私も財務尚書閣下の意見に賛成です」

 

 ルビンスキーに続きラングも組織的な犯行だと断定した。

 

「陛下。この両名は経済犯罪の専門家です。その両名が組織的犯行と断定するからには地球教の残党は存在すると臣は判断します」

 

 オーベルシュタインがルビンスキーとラングの判断を信用したのである。

 

「卿らの意見に余も賛成である。問題は地球教の残党の規模である」

 

「臣が地球教と誼を結んでいた頃も資金難でしたからな。僅かな金額の隠し資金を回収する程に困窮しているという事は残党の規模も少ないと思えます」

 

 ルビンスキーが片手で何かを計算している様である。

 

「簡単に計算して規模は百人程度になります」

 

 流石はルビンスキーと言える。地球教残党の隠し資金から人数を割り出した。

 

「しかし、これは資金源がサイオキシン麻薬だけと仮定した場合です。他に何かの資金源があった場合と官庁や一般企業に潜入した地球教徒の人数は除外するべきです」

 

「つまり、最低でも百人規模の地球教の残党が存在すると卿は言いたいのだな」

 

「御意」

 

「恐れながら陛下。地球教徒の資金源はサイオキシン麻薬だけとは限らないと思えます。地球教の資金の収支を調べるとサイオキシン麻薬以外の資金源があると思われます。恐らくは一般企業の不法行為の証拠を押さえて脅迫していたのかもしれません」

 

「では、一般企業にも地球教のシンパが存在すると卿は言うのか」

 

「御意」

 

「陛下。しかし、地球教本部が壊滅した後では本体が潰れては一般企業に潜入したシンパも孤立したままだと言えます」

 

 オーベルシュタインが地球教の残党の現状を分析してみせる。

 

「元帥閣下。現状は孤立していても残党がシンパと連絡や連携を取る可能性が将来的に有るのでしょうか?」

 

 会議が始まってハンスが初めて口を開いた。

 

「その可能性が無いとは言えまい。残党の頭目の器量次第だと言える」

 

 オーベルシュタインも正体不明の敵の実力を計れないでいる。

 

「つまりは残党共に時間を与えれば勢力が増すばかりか」

 

 ラインハルトの意見に全員が賛成をする。

 

「では、社会秩序維持局は逮捕した地球教の取り調べを司法省に任せて地球教残党の捜査に専念せよ。ハンスは地球教の次なる行動の予測を立てよ。軍務省は両名のバックアップに協力せよ」

 

 ラインハルトの断が下された。これより帝国政府と地球教残党の水面下の戦いが始まる事になる。

 

「陛下。地球教の行動は既に予想されています」

 

「ほう。流石だな。では、拝聴するか」

 

 ハンスはカンニングした知識を分析して地球教の次の陰謀を予測していた。

 

「御意。奴らが打つ手は陛下自身が過去に使った策で有ります。恐らくは流言を使いキルヒアイス大公に反乱を起こさせる事でしょう」

 

 それまで冷静沈着だったラインハルトの様子が一変する。

 

「ハンスは卿はキルヒアイスが余に叛くと言うのか!」

 

「まさか、陛下が信じる様にキルヒアイス元帥が叛く事は有りませんよ。しかし、臣下達に信じ込ませる事は可能ですし連中にしたら臣下を騙した時点で成功でしょうよ」

 

 ラインハルトの怒気を予想していたハンスは恐れる事なくラインハルトに進言する。

 

「歴史上、当人同士は何とも思っていなくとも部下同士が啀み合い戦争になった事は腐る程ありますよ」

 

 ラインハルトもハンスの軽い口調に逆に冷静さを取り戻した。

 

「では、連中は余とキルヒアイスを、どの様に噛み合わせるつもりか?」

 

 冷静になったとは言え、ラインハルトの言葉には怒りの微粒子が紛れている。

 

「そりゃ、来年になると思いますが噂が流れるでしょうね。キルヒアイス元帥が反乱を企んでいると」

 

 ラインハルトの表情が無表情になる。怒りを隠している証拠である。

 

「その噂を否定する為にキルヒアイス元帥は陛下にハイネセン行幸を要請するでしょう。陛下も要請に応じて行動で噂を否定してみせます。恐らくはフェザーンからハイネセンに行く道中で陛下の暗殺を行います。この暗殺は成功すれば良し、失敗しても両方の陣営に不信の種を植え付ける事になります。そうすれば連中が種に水や肥料を与えるだけで戦争になりますよ」

 

 ハンスは喋り疲れたのか目の前の水を一気に飲み干す。

 ラインハルトは先程の怒りを忘れてハンスの予測した未来像を分析する。

 

「陛下。ミューゼル上級大将の予測は恐らくは正鵠を射ていると臣は判断します」

 

 オーベルシュタインがハンスの意見を支持を表明するとルビンスキーも同様にハンスの意見を支持する。

 

「卿ら二人の意見が合うのなら間違いがないであろう」

 

 ラインハルトも稀代の陰謀家二人の意見を無視する訳にはいかない。

 

「では、具体的な対策は?」

 

 ラインハルトの問いに応えたのはハンスであった。

 

「基本は敵が仕掛ける前に先制攻撃を加える事ですが、敵が地下に潜っているので地道な捜査は当然として、陛下に囮になって頂くしか無いでしょう」

 

 ハンスが囮という言葉を使ったのは、ハンスの警告を無視してヤンとの直接対決をして無駄に犠牲者を出した事の皮肉であった。

 

「敵の暗殺部隊を叩き伏せてキルヒアイス元帥と堂々と友誼を見せつけてやれば宜しい。次に敵は陛下の暗殺を残った全戦力を出して企てるでしょう。これを叩けば地球教の復活は無いでしょう」

 

「軍務尚書と財務尚書の意見は?」

 

「ミューゼル上級大将の策しか無いと思われます」

 

「私も軍務尚書の意見と同じです」

 

 オーベルシュタインとルビンスキーの意見が一致したのでラインハルトはハンスの策を採用した。

 

「では、ラングは地味な仕事になるが敵の所在を探れ。判明したら監視をして奴らを一網打尽にする」

 

「御意」

 

「軍務尚書は軍務省内部の地球教シンパの調査を内密に行え判明しても監視するだけで良い」

 

「御意」

 

「では、本日の会議は閉会する。尚、ハンスは地球教撲滅の褒美として、今晩、余に同伴して卿の姉君の演劇を観賞に随行せよ」

 

「ぎ、御意」

 

(こいつは!)

 

 どさくさ紛れにハンスにサービス残業を言い渡すラインハルトであった。

 

 ラインハルトはハンスの要望で二階の特等席を用意した。

 

「自分の姉の芝居を観劇する姿を他人に見られたくないので陛下と二人きりになれる席を用意して下さい」

 

 ラインハルトにしたら、そんなものなのかと思いハンスの要望に応えたがラインハルトはハンスの性格を完全に把握していなかった。

 劇場に到着するとハンスは姉に挨拶をして来ると言って姿を消したのである。

 ラインハルトも一緒にと思ったがシュトライトを筆頭に開演前に陛下が行かれたら役者に余計なプレッシャーを与えると言われてラインハルトは先に特等席に入って開演を待っていた。

 

 開演五分前に特等席のドアが開いたのでハンスかなと思い振り向くと一人の美女がいた。

 

「遅くなって申し訳ありません」

 

 一瞬、誰かと判別がつかないラインハルトであったが謝罪する声でヒルダだと分かった。

 

「その、フロイラインは実に美しい」

 

「もう、陛下。冷やかさないで下さい」

 

 ヒルダは頬を朱に染めて抗議する。

 

「いや、冷やかしではない。本当に美しい」

 

 ラインハルトの言葉は社交辞令ではなく真実の声であった。

 今日のヒルダは淡い青色のドレスに控えめなイヤリングに艶があるが上品な化粧をしていた。

 

「使いに来たミューゼル上級大将が特等席で観劇するなら普段の格好だとマナー違反だと言って用意して下さったのです」

 

(ハンスの奴め!)

 

 ヒルダの言葉でラインハルトはハンスの陰謀だと看破したが後の祭りである。

 ヒルダをエスコートして席に座らせると開演のブザーが鳴り開幕した。

 

(ハンスめ覚えていろ!)

 

 そして、芝居が始まるとハンスへの怒りも消えて芝居に集中するラインハルトであった。

 ヒルダも最初は慣れぬ格好とラインハルトを意識していたが芝居が始まるとラインハルト同様に芝居に集中してしまった。

 芝居が佳境に入るとラインハルトとヒルダは互いの存在を忘れて芝居に夢中になっていた。

 感動のラストシーンが終わり閉幕した後にカーテンコールが始まり役者が一礼していく途中でヒルダが小さな悲鳴を上げた。

 

「何事だ。フロイライン?」

 

「陛下。舞台の上段の左から二番目の役者はミューゼル上級大将ですわ!」

 

「何!」

 

 ヒルダに言われてラインハルトが改めて注意して見ると確かにハンスが衛兵の姿で舞台に立っている。

 

「完全にハンスにして遣られた!」

 

「ミューゼル上級大将も悪戯好きですわね」

 

 この時、ラインハルトとヒルダは互いに意識していた緊張感をハンスの悪戯に驚かされた者同士の共感が消していた。

 

「奴には上級大将である自覚があるのか。困ったもんだ!」

 

 ラインハルトの言葉には怒りも無く呆れと笑いのカクテルであった。

 

「でも、ミューゼル上級大将らしいですわ」

 

 ヒルダの感想にラインハルトも笑ってしまう。

 二人が笑い合うのは数ヵ月ぶりの事である。ラインハルトは笑いながらハンスの悪戯の意味を悟っていた。

 ラインハルトは笑い終わると勇気を出してヒルダに向き直る。

 

「フロイライン。この数ヵ月、貴女が私に必要な女性であると思い知った。改めて余と結婚して頂けないだろうか?」

 

「はい。不束者ですが謹んでお受け致します」

 

 その場でラインハルトはヒルダの手を取り立たせると優しく抱き締めた。

 抱き合う二人を舞台衣装を着たままのハンスとシュトライト、リュッケ、キスリング、ドミニクの五人がモニター越しに見ていた。

 

「何でキスしないかね?」

 

「情けない」

 

「この場合は正解では?」

 

「結果オーライでは」

 

「そんな事はないわ。立派なプロポーズよ」

 

 ハンス、シュトライト、リュッケ、キスリング、ドミニクの順での感想である。

 

「劇場に招待されたと思ったらフロイラインのドレスアップにメイクをさせられたと思ったら覗きとは呆れるわ。この人達は本当に軍人なの?」

 

 ドミニクの疑問は当然すぎる疑問であった。

 

 


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