銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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ベビーブーム

 

 新年休暇開けにラインハルトとヒルダの婚約発表がされた。

 帝国中が二人の婚約を祝う中で帝国の司法関係者を悩ませる事になる。

 皇妃の立場の法的な扱いについてである。

 皇帝の配偶者とするのか。それとも皇帝共に帝国の統治者とするのか。ヒルダ個人なら後者でも問題が無いのだが将来的な事を視野に入れると、皇帝の皇妃の全てがヒルダの様に聡明な女性とは限らないからである。

 学者達が悩む以上に大変だったのは大本営である。

 結婚式場から披露宴に皇帝夫妻の新居等の手配に追われる事になる。

 特に問題になったのは新居の問題である。本来なら皇宮で暮らす事になるのだが新皇宮の「獅子の泉」は建設途上であり完成までの間、ラインハルトと一緒にホテル暮らしをさせるわけにもいかず、マリーンドルフ邸に皇帝を居候させる事も出来ない。

 関係者が頭を抱えていた時に朗報が入る。ミッターマイヤー夫妻がフェザーンに引っ越した時に不動産屋に最初に紹介された屋敷である。元はフェザーンの豪商の引退後の屋敷で豪商にしては質素な屋敷であったが庶民感覚の抜けないミッターマイヤーの好みに合わずに断った屋敷である。

 皇帝夫妻の住まいとしては質素であるがラインハルトの好みに合い大本営からも近く立地条件も良いので仮皇宮として買い上げた。

 買い上げた後にハンスが関係者に命令してテロの可能性を考慮しての防犯設備の工事をさせた。ついでに屋敷の玄関に彫られた柊の紋章も黄金獅子に取り替えさせた。

 

 マリーンドルフ伯は娘を嫁に出す感慨に浸る暇もなく国務尚書として式場と披露宴会場の視察から招待客のリスト作りに招待状の準備に新婚旅行先の選定と忙しいのである。

 ヒルダも婚約した後もラインハルトの秘書官として勤務している。

 ハンスに言わせたら「一般市民の若いのと変わらん。夢が無いなあ」である。

 現実問題として、フェザーン遷都の為に人手不足という問題もあった。

 

「まさかと思うが子供が出来るまで秘書官をさせる気ではないでしょうね」

 

「……まさか、そんな事は考えては無い」

 

 ハンスの問いに明確に否定したラインハルトであったが、返答に僅かな間が存在した。

 

(おいおい、大丈夫かよ)

 

 式場の予約や警備の問題で結婚式は六月に決定した。

 随分と間があると多くの人が思ったが一人娘を嫁に出すマリーンドルフ伯の心情を考えると口にする事はなかった。

 婚約発表で関係各省庁の準備が終わった二月に入り、ハンスが特別休暇をラインハルトに申請した。

 ラインハルトも渋い表情であったが何も言わずに申請書に許可のサインをする。

 新年休暇中に、ヒルダがラインハルトの勘違いを真に受けてヘッダに謝罪をした為にヘッダから色々と邪推をされて機嫌取りをせざる得なくなったのである。

 これに関してはヒルダからも謝罪されたのだが元凶はラインハルトなのでハンスもヒルダの謝罪の必要は認めなかった。

 ヒルダも謝罪の代わりに旅行先の情報を集めて休暇申請に口添えをしてくれた。

 

「まあ、私の不在に合わせて連中が軽挙する期待が出来ます」

 

 ラインハルトはハンスの意見に懐疑的であった。地球教がハンスの不在に合わせて軽挙する程にハンスを評価しているとは思えなかった。

 

 ラインハルトの見解は見事に正解であった。婚約発表を聞いたデグスビイは焦りの表情を隠せずにいた。ラインハルトとヒルダの婚約の前ではハンス等は路傍の石に過ぎなかった。

 

「金髪の孺子が結婚するだと!」

 

 ラインハルトが独身ならラインハルトさえ殺害すればローエングラム王朝などは砂上の楼閣になり銀河は再び戦乱の時代に突入して地球教が暗躍する機会を得る事が出来る。

 しかし、ラインハルトが結婚して子を得れば話は違ってくる。

 例えラインハルトを殺害しても子供を皇帝に担ぎ上げローエングラム王朝を継続する事が出来るのである。

 ラインハルトと違い皇宮の奥深い場所にいる幼児の暗殺などは不可能に近いのである。

 デグスビイはサイオキシン麻薬やアルコール中毒の後遺症とは別に胃の痛みに耐える事になる。

 

 デグスビイが胃の痛みに耐えていた頃にハンスはヘッダのご機嫌取りに苦労していた。

 旅行先ではヘッダが望むままに料理を作り挨拶代りに愛の言葉を囁き部屋の移動もハンスが抱き上げて移動をさせていた。

 流石にハンスから部屋の移動は老人介護みたいだと言われて自分の足で移動する様になった。

 

「陛下が結婚した後にハイネセンに出掛ける事になるから、その後にね」

 

「ハイネセンね。今年中に帰って来れるの?」

 

「多分、大丈夫だと思うよ。だから、今年の年末は仕事を入れないで欲しい」

 

「分かったわ。帰ったら会社に言っておくわ」

 

 役者馬鹿のヘッダもラインハルトとヒルダの婚約に刺激されたのか浮わついていた。

 

 二週間の旅行から帰って来ると大本営ではミッターマイヤーが事務局の女性事務員相手に色々と話を聞いて回っていた。

 旅行先の土産を手に事務局を訪れたハンスは稀有な光景に驚きながらも皮肉を言う。

 

「ミッターマイヤー元帥。御友人の真似をして不倫相手でも物色しているのですか?」

 

「馬鹿を言うな。家内が妊娠してな。色々とアドバイスをして貰っているのだ」

 

「それは、おめでとうございます!」

 

「ありがとう。両親もフェザーンに向かっているのだがな」

 

「そりゃ、親御さんが来てくれたら奥方も安心ですな」

 

「その間は俺が気を配らないとな」

 

 帝国元帥でもなく、単なる愛妻家となったミッターマイヤーは事務局の女性事務員のアドバイスをメモに取り終わると急いで事務局を出て行く。

 次はレンネンカンプに話を聞きに行く予定らしい。

 

「元帥とは言え。奥さん相手だと名将も形なしだね」

 

 ハンスも自分の将来を見ている様で笑うに笑え無い状態であった。

 その頃、オーディンではヤン・ウェンリーもフレデリカの懐妊にパニックになっていた。

 残念ながらヤンは妊婦について知識も無く。部下のシェーンコップも頼りならない状態で学芸省の女性事務員にメモを片手にアドバイスを受けていた。

 何故か、その傍らにカリンも真剣な表情でアドバイスを受けていた。

 

「この件については、うちの父親も頼りになりませんから」

 

 妊婦、出産には芸術と呼ばれる戦術も疾風と呼ばれる艦隊運用も驍勇と呼ばれた武勇も役に立たない様である。

 オーディンとフェザーンにハイネセンと名将達の妊娠ブームである。

 遠くから帝国の主要人物を監視させていたデグスビイも妊娠ブームに不安が隠せないでいる。

 まだ、婚約しかしてないヒルダも結婚直後に妊娠するのではと恐怖に駆られる。

 ヒルダの懐妊は地球教に取っては致命的である。

 デグスビイは資金不足ながら計画を実施する断を下した。

 フェザーンとオーディンを中心に噂を流し始めたのである。

 

「キルヒアイス元帥に叛意有り」

 

 最初はローエングラム体制とキルヒアイスに反感を抱く者達の間に流れ始めた。

 

「キルヒアイス元帥に叛意が有り、その証拠にオーディンに居た両親をハイネセンに呼び寄せた」

 

 キルヒアイスが両親をハイネセンに呼び寄せたのは事実だが母親に妊娠中のアンネローゼの世話をしてもらう為に呼び寄せたのである。アンネローゼにして見れば子供の頃に母親代わりに色々と相談に乗ってくれた旧知の人物であり安心が出来る存在である。父親も下級とは言え司法省の官吏であり信頼が出来る文官が一人でも欲しかった為である。

 しかし、噂とは真実と関係なく流れ、特に悪意が有る人間が悪意を持って流せば広まる物である。

 噂がラインハルトの耳に入るまで、僅かな時間しか必要としなかった。

 

「しかし、ハンスの言った通りの噂が流れるとは!」

 

 ラインハルトの口調には不快感が溢れていた。

 

「しかし、ミューゼル上級大将の予想では敵は準備不足のままの軽挙となります」

 

 オーベルシュタインがハンスが予測した地球教の裏事情まで言及する。

 

「敵の罠と知りながら罠に飛び込み噛み破れとは、思考がビッテンフェルトではないか」

 

 ハンスの対応策に不満があるが、それ以外の策が無いのも事実である。

 地球教の罠の悪辣なのは単純なだけに策に乗らなければキルヒアイスをラインハルトが警戒していると新しい噂を流される事である。

 

「まあ。良い。提案者のハンスも連れて行く」

 

 三月に入りアンネローゼが無事に女児を出産したのに合わせてラインハルトはアンネローゼの見舞いの為にハイネセンへの行幸が決定した。

 

「今回はフェザーンで留守を頼む。余が帰って来るまでお父上に親孝行をする様に」

 

「はい。陛下」

 

 ヒルダも今回は地球教を誘き出す旅だと理解している。自分が居れば足手まといになる事も自覚している。

 随行するのはハンスの他にも若いミュラーと射撃の名手のルッツである。テロに対しては完璧な人選と言える。

 

「陛下。どうか、ご無事で」

 

 一抹の不安を覚えたヒルダは自分が婚約した事により弱くなったのではと思う。

 

「余は地球教程度の敵に余を倒す許可を与えた覚えは無い。安心して待っていて欲しい」

 

 本人達には自覚が無いが周囲から見れば婚約者同士でイチャついている様にしか見えない。

 

「はあ。私も結婚したくなりました」

 

「卿は俺よりはマシだろ。俺はハイネセンに到着しても同じ目に合う事になる」

 

 ミュラーの愚痴にルッツが応じる。ルッツには既に結婚した妹がハイネセンに居るのである。

 地球教の残党を誘い出す為の旅であるが緊張感が皆無の一行であった。

 

 

 

 


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