冷やしワカメ始めました。 作:ブラッ黒
仕方ない、パロディで行きましょうかね。
僕の名前は
まぁ、自分でも言うのは何だけど、容姿端麗、頭脳明晰、おまけに魔術師の血まで引いている生粋の『選ばれし存在』なのさ。
普通なら、僕と話すことさえ憚られる馬鹿どもに対しても、にこやかに過ごす僕……
ああ、なんて僕は慈悲深いんだろう?なんて僕は完璧なんだろう……
思わずうっとりしてしまう……
さてと、この物語は僕の華麗にして、優雅な日々を綴ったものだ。
庶民の君たちは、感涙に目を濡らしながら読むといいよ!
カリ、カリ、カリカリ……
桜が自室で何時もの様に日記をつける。
自身の兄と昨日あった事に始まり、自身の兄の昨日聞いて感動したことや、自身の兄の何気なくした仕草についてのコメントや、兄の観察結果など等。
何時もは寝る前に書いているが、昨日はやることが有ってすっかり忘れてしまっていた。
もう夕方だが、昨日の分を思い出しながらつけていた。
まぁ、もはやこれは桜の日記というより、慎二の観察日記であるし、何よりそれを日記と呼ぶには狂気すぎる代物である。
人によってはルルイエ本の様に狂気に引き込まれてしまうだろう。
「うん、うん」
口角を上げた桜が自身の日記の完成に、満足してシャープペンをかたずける。
「今日は少しひかえめにして5ページくらいかな」
霊体化して後ろで待機していたライダーがため息を密かに吐いた。
満足気に椅子に座ったまま背筋を伸ばす。
「あ!もうこんな時間!」
何気なく時計を見た後で椅子から立ち上がる。
「お夕飯の準備をしなきゃ!」
財布を取り、パタパタと部屋をかけていく。
「兄さーん!お夕飯のお買い物に――あれ?」
声を出した瞬間、桜の目からハイライトがきえる。
家の中に居るハズの自身の最愛の
桜がとある事象に思い至る。
「まさか、兄さん……お出かけ!?」
桜が茫然とする。
買い物という二人きりでデートする大義名分を手にしたのに肝心の兄が居ない!
その(桜にとっては)残酷すぎる運命に打ちひしがれ廊下に両手をついてうずくまる。
「そんな、兄さん……義妹とのドキドキお買い物デートを逃すなんて……」
自身の不幸、そして兄の不幸を桜が嘆く。
「何をしとるんじゃ桜?腹でも痛いのか?
ふん!軟弱な孫娘め、仕方ない。
今日は儂がこの後の家事を引き継ぐとするか……」
いつの間にか姿を見せていた臓硯が、邪悪に笑った。
「あ、お爺様。大丈夫です。
これ位大した事ありませんから」
「そうか、ならばよい。だが、無理はするなよ?
お主が倒れた方が我らにとっては不都合じゃからな」
ツンデレたっぷりに臓硯が心配したまま去っていく。
まさかの兄の不在に打ちひしがれる桜、しかしこのままでいる訳には行かない。
「さてと、気を取り直して兄さんに美味しいご飯作るためにお買い物行かなくちゃ!
お爺様、しばらく出かけてきますね」
「ふむ、車に気を付けるのだぞ。
そうそう、今日は儂はPTAの寄り合いが、アサシンは用事があるから出かけるそうじゃ。
夕飯はお主らだけで喰え」
臓硯の言葉を背中に受けながら桜が走り出した。
夕飯のセール時。それは主婦たちの戦場。
スーパーの商品コーナーには、本日の特売を求めて『主婦』という名の魑魅魍魎達がひしめいている。
そんな中に、一人の女性が居た。
日本では珍しい髪と瞳の色。
そして、その耳は外国の血がそうさせるのか、エルフの様に長く尖っていた。
左手の薬指に真新しいリングが光る。
彼女の名はメーディア、より正確にいうなら『葛木 メーディア』だが今はキャスターと呼ぶ方が寄り分かりやすいかもしれない。
「宗一郎様……」
キャスターの手には一枚のチラシ、本日寺のポストに入っていた物だ。
そこには本日の特売品が描かれている。
思い出すのは、本日の朝の会話。
『宗一郎様、本日の夕飯は何が良いですか?』
『特に希望は……いや、そうだな。久しぶりにトンカツが食べたいな。
揚げ物だし、無理はするな』
あっさりとした夫婦の会話。だが――
「宗一郎さまが食べたいというなら必ずご用意しなくては!!」
キャスターは使命感にも似た感情に駆られ、チラシにデカデカと書いてある『カツ肉スペシャル特価!』の字を穴が開くように見る。
「すこし遅れちゃったけど、ま、大丈夫よね」
そう言いながらキャスターが精肉コーナーに行くが……
「無い、カツ肉が一切無い!?」
目当ての肉は物の見事に空っぽ。
そこに肉があったであろうコーナーがぽっかりと穴が開いていた。
「そんな、宗一郎……」
その事実にキャスターが唇に手を当てる。
何時もは夕食に何が食べたいか聞いても「用意できる物で構わない」「あり合わせで十分」などと積極的に何かを言ってくれることの無い宗一郎。
だが、今日は珍しく何が食べたいか言ってくれた。
言ってくれた、言ってくれたのだが……
「売り切れだなんて……」
膝から力が抜け転びそうになる。更にトドメの様に安売り以外のカツ肉までもが全て売り切れとなっていた。
よろけた拍子に、近くにいた女性にぶつかってしまう。
「きゃ!」
「あら、すいません……
あら。アナタ、間桐の――」
「キャスター、さん?」
キャスターがぶつかった相手は偶然買い物に来ていた桜だった。
「お久しぶりですね」
「そうね、間桐のお嬢ちゃん」
美女二人がにこやかに話す。
「葛木先生のお弁当ですか?」
「ええ、そっちもあるのだけど――」
言いよどむキャスターが視線を泳がす。
そして、泳いだ先に――
「そ、それは――!?」
キャスターが驚きの声を上げる。
「そのお肉……そのカツ肉を譲ってくれないかしら!」
キャスターが桜のカゴの中にあるカツ肉を譲ってくれと懇願する。
「え、あ、キャスター、さん?」
そのあまりに必死な姿に桜が困惑した。
「なるほど……葛木先生の為に……」
「ええ、そうよ。宗一郎様が食べたいと言った以上、叶えて上げたいの」
しっかりとした意思を持ってキャスターが告げた。
「キャスターさん、分かります!
私も、私も兄さん……大切な人にお願いされた夕飯のメニューは絶対に用意しよう!って思っちゃいます!」
桜がキャスターの手を取る。
愛に生きる女性同士、分かり合う物が有るのだろう。
「なら、譲ってもらえるかしら?」
「構いませんよ。けど、一つ条件があります」
キャスターに桜が一つ条件を出した。
「じょ、条件?」
キャスターが桜の表情を見て、怯えながら答えた。
十数分後……
桜はキャスターの魔術工房に来ていた。
怪しげな魔法陣や、用途不明の道具などが所狭しと並んでいる。
なぜか、セイバーのフィギュアがあったりするが、おそらく魔術に必要な道具なのだろう。
キョロキョロと桜が周囲を見回していた時、キャスターが再度姿を見せた。
そして、その手には小瓶が握られていた。
「キャスターさん、ソレが……」
桜がキャスターに頼んだのは、所謂媚薬。
飲み干せば、元気(意味深)に成って近くの女の子を孕ませずにはいられなくなるような、危険なアイテム!
「そう言う条件だから用意して上げたわ。
けど、そんなの使って本当に良いの?
確かにこれさえ使えば、簡単に意中の人を自分の物に出来るわね……
いえ、私はあくまで約束を守ったのみ……
聖杯という万能の願望具も使用者しだい。
ここからは貴方に任せるわ。
これをどう使うかは――――あら?」
「ひゃほほい!これでケダモノ兄さんと孕ませ子作りプレイです!!」
キャスターが気が付いた時には、桜はスキップをしながらあまり女子高生の女の子が言うべきでないセリフを発しながら上機嫌で帰っていく。
その姿は非常に、非常に醜い!!
「……聖杯戦争が中止にならず、あの子がもし聖杯を手にしていたら……」
キャスターの背中に薄ら寒い物が走るが、悲しい事にキャスターは桜を止める事が出来なかった。
「コジロー殿。差し入れです」
「おお、アサシン殿。毎度かたじけない」
階段の中腹でアサシン二人が簡単な晩酌をする。
コンビニおでんとカップ酒といういかにもくたびれたサラリーマン風だ。
怪しい見た目のアサシンが何処でこれらを手にしているかは不明だが、まぁ、良いだろう。
困ったときはガス会社のせいにすれば良い。
その時、上から降りて来た桜が通りかかる。
「あ、アサシンさん」
「やや、孫娘殿。晩酌中を見られるとは、これはお恥ずかしい……」
カップを手にアサシンが頭を掻く。
「良いのよ。アサシンさんの分の夕飯は少な目にした方がいいですか?」
「いやいや、お心遣い感謝します。しかし、本日は魔術師殿に外食する旨をお話したハズですが……」
アサシンの話を聞いて、桜がそう言えばそんなことを言っていたと思い出した。
「ああ、そうだったわね……ライダーもバイトだし、お爺様はPTAの会合って言ってたから……
夜は兄さんと二人、ね。
そっかぁ、兄さんと二人きりかぁ……」
顔を赤くしながら桜が上機嫌で帰っていく。
「やれやれ、女を見る目には自信があったが……化生の類であったか……」
小次郎の指先が震える。
「孫娘殿は、こう……困った意味での兄妹愛が強いタイプでして……」
アサシンクラス二人が、去っていった脅威の残響を聞いていた。
「ただいまー!!兄さん?アレ、兄さん……?」
突き破るかのような勢いで桜が扉を開けようとする。
だが、ドアは施錠されていて家の中に兄がいる様子が無い。
鍵を開けて入るが、やはり靴が無いし、忌々しい
「ライカちゃんの散歩か……」
リビングでキッチンで買った物を冷蔵庫にしまいながら桜がつぶやく。
ガチャ
『ただいまー』
その時玄関から、慎二の声がする。
どうやら帰ってきたようだ。
そして、そのまま足音がこっちに向かってくる。
「お、桜。ただいま」
桜の姿を見た慎二が、挨拶をする。
「兄さん、お帰りなさい。
ライカちゃんの散歩ですか?」
「ん、まぁ、日課だしな……」
そう言ってグラスを取り、冷蔵庫から水を注ぐ。
「あ”しまった、リードを持って来ちゃったか」
その時、慎二は自身が手にライカのリードを持ったままだという事に気が付く。
考え事でもしていて、持ってきてしまった様だった。
「桜、そのコップそのままにしておいてくれ。
リードを玄関まで返してくる」
そう言って慎二がキッチンを後にする。
「コップ……兄さんの……」
千載一遇のチャンスがやって来た。
自身の目の前には、慎二が水を入れたコップ。
そして、その慎二は玄関に向かった。
今、誰も見ていない。
桜は自身のポケットに手を入れた。
キャスターから貰った小瓶の固い感触がする。
「…………いれちゃえ……ば、良いんだ……」
無意識に口角が吊り上がり、きゅぽっという音がして小瓶のキャップが開かれる。
無味無臭おまけに無色の液体が、慎二にコップにこぼされる寸前――
『けど、そんなの使って本当に良いの?』
瞬間、キャスターの言葉がフラッシュバックする。
キャスターは神代の魔術師、その手腕により生み出されたこのポーションの効力は絶大であることは、試す前から分かっている。
このポーションさえ使えば、自身の兄は絶対に自分の物になる。
だがそれは本当に『愛』と呼べるのだろうか?
たとえ、たとえ本当に恋人になったとして、他人に自身の兄を胸を張って紹介できるだろうか?
いや、出来ない。絶対に出来ないだろう。
世界に数多居る恋人たちとは皆、自身の魅力で恋人を作った。
そんな中で魔術の力で作った恋人を同列に扱える訳が無い。
「そうだわ、私は間違っていたわ!私はなんという事を……」
そう言ながら、桜は慎二のグラスにポーションの中身を投げ入れる。
「あ!しまった!つい手が滑って……こうなったのは仕方ないわよね。
不可抗力よね?
ヤダな~、不運だな~。
けど、仕方ないな~、兄さんが間違って飲んだりしないと良いな~」
ワザとらしい良い訳を並べて、桜がリビングを所在なさげに歩き出す。
「ハッ!?待って、すこし待って!
もし兄さんがこれを飲んだら、思わずムラムラして私に襲い掛かるのは確定よね。
それなら、まず先にお風呂に入って体を清めないと!
あと、タンスの奥に買っておいてセクシーなランジェリーを用意して……
待っててね、兄さん。いいえ、私の旦那様!!」
顔を押えながら桜が自室へ向かう。
その途中で慎二とすれ違う。
「あ、兄さん……兄さんじゃないですか。
うっふっふふふふふ……」
しずかに笑みをこぼしながら桜が走っていった。
「ん?なんだ、桜の奴……不気味だな」
怪しく笑みを浮かべ去っていった桜を見て、慎二が不思議に思った。
そして、桜が惚れ薬を入れたコップを手にする。
「またおかしなこと考えてないと良いんだけど……あ、そんなことより、ライカー」
「あうん!!」
自身を呼ぶ声を聞きつけ、ライカが慎二のもとにやってくる。
「おお、来たな。ほら、散歩で疲れただろ?
水だぞ~」
慎二がコップの中身を水入れに入れた。
「わふん!」
散歩につかれたライカが尻尾を振って、その水を飲んだ。
そうとは知らず……
「兄さん、そろそろ飲んだ頃よね?」
浴室から桜が姿を現す。
見えない所まで準備完了。
後はこのまま――
『ふん、我の目的はこやつの胎盤のみ』
桜の脳裏に臓硯のセリフが蘇る。
「はい!お爺様!願い通り兄さんとの元気な赤ちゃん沢山産みます!
二人で間桐の次世代を担う子を作りますからね!」
桜の脳裏の臓硯が親指を立てて笑った。
「さぁ兄さん、今行きますよ!!」
桜が走り出した。
慎二の声のする扉、その先で――
「わふぅん!わっふ!!わっふっふ!!」
ライカが慎二の足に飛びついた!
「お、どうした?急に甘えて……なんだー、遊んで欲しいのか?
よしよし、たっぷり遊んでやるからな?」
甘えるライカに慎二が優しく微笑む。
「くぅーん!くぅーん!」
慎二に抱かれてライカが連れていかれる。
桜は何が起きたのか、一瞬で理解した。
そして、自身の敗北も……
「に、兄さん?」
「ん?どうしたんだ?」
一縷の望みにかけて兄の名を呼んだが、全くと言っていいほど変化は無かった。
つまりキャスターのポーションは全く効果を発揮していなかったという事だ。
「よしよし、それじゃ、部屋で遊ぼうなー」
「わっふ!わっふ!」
ライカを連れ、部屋を出ていく慎二を桜はむなしく見送った。
Qお爺様のあのセリフはそういう意味だったの?
Aそういう意味だよ
臓硯「儂の目的はあくまで胎盤のみ」
→臓硯解釈「その孫娘をウチに家に引き取ろう」
→慎二解釈「魔術の存続のための道具に過ぎない」
→桜解釈「儂の孫の慎二といっぱい赤ちゃん産んで欲しいぞい!」