冷やしワカメ始めました。 作:ブラッ黒
僕の名前は
まぁ、自分でも言うのは何だけど、容姿端麗、頭脳明晰、おまけに魔術師の血まで引いている生粋の『選ばれし存在』なのさ。
普通なら、僕と話すことさえ憚られる馬鹿どもに対しても、にこやかに過ごす僕……
ああ、なんて僕は慈悲深いんだろう?なんて僕は完璧なんだろう……
思わずうっとりしてしまう……
さてと、この物語は僕の華麗にして、優雅な日々を綴ったものだ。
庶民の君たちは、感涙に目を濡らしながら読むといいよ!
「うむ、分かった。ではその様に、ああ、了解じゃ」
間桐家の書斎で、臓硯が電話での会話を終え受話器を電話本体に置く。
その顔には若干の疲れが見えていた。
「やれやれじゃわい。
PTAの役員なぞ誰でも出来る簡単な仕事じゃが、鬱陶しい位の確認いちいちを取るのが面倒くさいのぉ……簡単じゃが手間がかかるというのが一番煩わしいわい」
そう言いつつ年期の入ったタイプライターで、書類を作っていく。
「文句を言いつつも、しっかりと余分な仕事までこなすのは、当主としての責任感からですかな?魔術師殿」
臓硯以外いないハズの部屋で、臓硯以外の声が聞こえる。
「なんじゃ、お主もずいぶん暇を持てましておるようじゃな。
アサシンよ」
臓硯の呼びかけに答える様に、長身痩躯の男が姿を現す。
黒い体に両目を覆う白い仮面が闇に浮かぶ。
「仕方ありますまい、お孫様があの様な事をして聖杯戦争が中断してしまったのですから」
「カッカカカ!!我が孫ながら慎二は大した奴じゃわい」
臓硯が楽しそうに笑う。
本来ならば笑ってなど居られないハズだが、臓硯にとってはそうでもないらしい。
「さて、PTAの話も終わった事じゃし、少し遅めの朝食にするかの」
臓硯が立ち上がり、キッチンへと向かっていく。
「ん、じゃーなー!僕は出かけるからな!」
何処かで慎二の声が聞こえた。
それとほぼ同時に――
「おっと!」
キッチンへの廊下の途中で慎二が飛び出してくる。
とっさに臓硯は孫をハグしようと両手を広げた。
「とと、爺さん大丈夫か?当たってないとは思うけど、ケガは無いか?」
臓硯の胸の飛び込む寸前の所で、慎二が立ち止まり心配そうに臓硯に尋ねる。
「なにぃ?慎二貴様、儂を舐めておるのか?
小僧程度の不意打ちで、どうにかなるほどヤワではないわい」
ハグをしてくれなかった不満から、臓硯の言葉にトゲが混じる。
「ひっ……そ、そうだよな……じゃ、僕はこれから約束があるから、失礼します!!」
一瞬だけ出した臓硯の気を受け、慎二がすっかり怯えて逃げるようにその場を後にした。
自分から遠ざかっていく足音を臓硯が黙って聞く。
「ま、またやってしまった!!なんという事じゃ……
何故儂は、素直に慎二に接する事が出来ないんじゃ!
くぅ、それもこれも当主の威厳を保つ為……
すまぬ、慎二、儂は儂は……」
臓硯がその場で跪き、大粒の涙を流し拳を床に叩きつける。
威厳と愛情その狭間で今日も臓硯はツンデレ爺を貫いていた。
「魔術師どのはツンデレなのですな……」
アサシンがしみじみとつぶやく。
だがいつまでも、そんな事をしている暇など無かった。
キッチンから聞こえる水音と、食器を洗う音。
それが誰の物か理解している臓硯は、すぐさま立ち上がり再び当主尊厳フェイスを発動した。
「兄さん、まだ――あ、お爺様」
「儂じゃよ、慎二と間違えたか?」
キッチンで洗い物をしていたと思われる桜に臓硯が話しかける。
「お爺様、兄さんを見ていませんか?」
よほど慌てたのか、洗いかけの皿を持ったまま持って桜が臓硯に尋ねる。
「慎二なら、約束があると言って出ていったが?」
「え……」
その言葉と共に、桜の動きが止まる。
「桜?」
みるみるうちに桜の背が震え始める。
「に、兄さんが、兄さんがあの売女の餌食になってしまいます!!」
桜から悲鳴にも似た声が上がる。
すぐさま、洗い物を終わらせようと素早く手を動かし始める。
まさかの廊下でのエア皿洗いである。
「なんじゃ、一体どうしたんじゃ?」
「この前、引っ越してきたお隣さんです!!
昨日兄さんがあの女に、町の案内を頼まれたって……
それって事実上のデートじゃないですか!!
私だって兄さんと二人っきりでデートなんてしたこと無いのに!!
このタイミングでのお出かけなんて、100%デートです!!
このままじゃ、兄さんがパパにされちゃいます!!」
苛立たし気に桜がエア洗い物を続ける。
ガシャガシャと皿とスポンジがぶつかり合う音がする。
「この、愚か者めが!!」
「お爺様!?」
滅多に声を荒げない臓硯の言葉に、桜が驚きの声を上げた。
「欲しいものを妥協するなど、貴様それでも間桐の人間か!!
たとえそれが自身の兄であろうとも、手段など選ぶではない!!」
「お爺様……」
臓硯の言葉に桜が手を止める。
「貴様と慎二は次世代の『間桐』を担うモノじゃ。
それを後から来たモノにかすめ取られては、末代までの恥じゃ!!」
「け、けど、まだ家事が何も……」
桜が困惑する。
「構わん!!行け!!慎二を追うのじゃ!!
ほれ、小遣いじゃ、いろいろと入用じゃろうしの」
臓硯が財布から一万円札を取り出し桜に渡す。
「急げ、だが焦るな。
おしゃれをして、慎二に意識させるのじゃ」
「はい、お爺様!!」
臓硯から万札を受け取った桜が、急いで自室に走っていく。
これから徹底的にめかしこんでから、慎二を追うのだろう。
「うむうむ……桜と慎二が居れば我が間桐家は安泰じゃな……」
一抹のさみしさも覚えながら、臓硯が深くうなづく。
「さて、孫娘の代わりに家事をするか!
昼の来客までには済むじゃろうて」
かかかと笑い臓硯が袖まくりをした。
「……魔術師殿?そのよろしいのですか?血が繋がっていないとは言え兄と妹では……」
いつの間にか姿を見せていたアサシンが、小声で尋ねた。
「アサシンよ、今は多様性の時代なんじゃぞ?
っと、皿洗いの前に儂の朝餉を忘れておったな。
お主もなにか、食べておけ」
「さいですか……はい。
では私もお手伝いいたしまする」
臓硯のセリフにアサシンが一瞬だが呆れ、次にうなづいた。
ドタドタドタ!
「兄さーん!!あなたの愛しの妹が今行きますよー!!待っててくださーい!!」
服を着替え、軽く化粧をし小さなカバンを持った桜がキッチンの前を走っていった。
「あ、お爺様、申し訳ありませんが家事を……」
桜がひょっこり戻って来て、顔をのぞかせる。
「分かっておる。楽しんでこい」
「はい、お爺様!」
再度桜が走り出すと、しばらくして玄関のドアが開く音がした。
どうやら今度こそ、慎二を追って出かけた様だった。
「さて、今日は忙しくなりそうじゃわい」
臓硯が気合を入れる様に宣言した。
「にーさん!!にーさん、探しましたよ!!」
遥か前方、桜が慎二の姿を見つけ走り寄る。
「ひっ!?なんで、ここに!場所教えて無いだろ!?」
突然姿を見せた桜に慎二が小さく悲鳴を上げた。
「兄さんの行きそうな場所は凡そ把握済みですから!」
全く曇りの無い瞳で桜が誇らしげにうなづく。
「まだ、あの女は来てないんですか?
せっかくの休日の兄さんを待たせるなんて、ロクな女じゃありませんね!
そんな相手さっさと絶縁して、私と出かけましょうよ!!ね?ね?」
桜が慎二の腕に手を回し、グイグイと引っ張る。
相手が来る前にさっさと場所を変えようというのが桜の作戦である。
「おーい、慎二ー!」
「な、もう呼び捨てにする仲なんですか!?
ダレであろうと、兄さんは渡しませんよ!!」
咄嗟に慎二を呼ぶ声に、反応して桜が威嚇を始める。
「あれ、桜じゃないか?」
「衛宮……先輩?」
久しぶりに見た気がする、士郎に桜が首を傾げた。
「まったく、いきなり来るから計画が狂ったじゃないかよ!」
「まぁまぁ、おちつけよ。
別に一人増えたって問題は無いだろ?」
気を悪くする慎二を士郎が宥める。
「今日はデートに行くんじゃなかったんですか?」
「デート?僕が?誰と?
今日は町をブラブラするだけの予定だよ。
衛宮とは本当に偶然、そこで会っただけだ」
「まぁ、約束の時間を決めて二人で会うのをデートと呼べばデートか?」
「げげ、衛宮お前そう言う趣味かよ!」
士郎の言葉に慎二がややオーバーに反応する。
「んな訳無いって」
どちらともなく二人が笑い出す。
それに釣られて桜も笑みを零した。
(問題なら大アリなんだよ!)
心の中で慎二が反論する。
(最近何してても桜が近くにいる気がして、心が休まらないんだよ。
特にこの頃は、監視というか目が合うタイミングが多くなったというか……)
今回の休みの目的は桜から逃げて、静かに過ごすのが慎二の作戦だったのだ。
だがその目論見は桜が現れた瞬間に、夢と消えた。
「んじゃ、俺は別の方向だから、せっかくの兄妹水入らずなんだ、楽しんで来いよ」
士郎が気を利かせ、手を振りながらその場を後にした。
「さ、兄さん、私と出かけましょうね?」
「ぐぐぐ……わかったよ!一緒に連れてってやるよ!」
仕方ないと、諦めた慎二が桜に言い放った。
「おお、シンジではないか」
金髪の青年が慎二に声をかける。
「オマエ、ギルガメッシュ!」
「ほほぉ、義理とは言え自身の妹を連れてデートとは……
良い!許す!神代の時より、兄妹はしばし男女の仲になるモノよ。
では、さらばだ!」
そう言ってギルガメッシュが走り去る。
その姿は何かに怯えている様にも見えた。
「なぁ、なんか今のアイツおかしく無かったか?」
「あの人は何時もおかしいから、コレが普通なんじゃないですか?」
二人っきりの時間を邪魔された桜が軽く毒を吐く。
「とーう!!優雅着地!!」
茫然と見送る慎二の横に、近くの家の屋根から優雅な仮面とマントを装着した男が飛び降りて来た。
「ひっ!?」
「兄さん!!変態です!!」
慎二の腕に桜が抱き着いた。
「おやおや、怯えさせてしまったかな?これは優雅ではないね」
その仮面の紳士はマントの中からワインの入ったグラスを取り出すと、香りを楽しんだ後に口を付けた。
「申し遅れた。私の名は優雅仮面――通りすがりの優雅なだけの魔術師さ」
「白昼堂々変態か!?」
慎二の声に、優雅仮面が僅かに機嫌を悪くする。
「少年よ、私は変態ではない」
「兄さん、この人は優雅仮面さんですよ、見た事無いですか?
遠坂先輩と偶に追いかけっこしてるでしょ?
急に現れたからびっくりしちゃいましたよ」
「え、いや……マジか?」
脳が情報過多により、処理落ちする。
そんな慎二を守る様に、腕を回す桜を見て優雅仮面は目を細める。
「そうか……君にも好意を抱く相手が出て来たのか……」
優雅仮面の仮面の隙間から見える目が優しさを帯びた。
そしてかみしめる様に何度も頷く。
「あー!ついに見つけたわよ!!この変質者!!
今日こそ、お縄をちょうだいしなさい!!」
遥か彼方から、優雅仮面を指さし叫ぶ声が聞こえる。
その声に優雅仮面は、口角を嬉しそうに上げた。
「遠見の魔術か?その精度は見事だ、だが!!ゆ~がっがっがっがっがっが!!!!!!まだまだだな少女よ!!!
だが、技が良くなっている。その調子で鍛錬に励むが良い。
さらばだ!!ゆ~がっがっがっがっがっがっ!!!」
「あ、ちょっと待ちなさいよ!!」
優雅仮面は声の主がこっちに追いつくより早く、建物の天井の飛び上がり姿を消した。
「まだ、予定の半分も過ぎていないのに、ずいぶん疲れた気がする」
去っていく声を聴きながら慎二がため息をこぼした。
「そう言えば、聖杯戦争はなぜ中断したんだ?
今まで聞こうとしていなかったが、僅かに興味が湧いた。
オマエは何か知らないか?」
とある寺の離れで、葛木先生がキャスターになんとなしに尋ねた。
「聖杯戦争、そう言えばそんな事も有りましたね。
ゆっくり過ぎていく日々にそんな事、忘れてましたね」
どうぞ、といいながらキャスターが机の上に和菓子とお茶を置く。
お茶の香りに葛木が僅かに、頬をほころばせた。
「たしか……間桐ボウヤ神父さんに『呼び出すのに生贄が要る時点で大したことないな』って言って神父が『できらぁ!生贄なしで聖杯を呼び出せば良いのだろ?』って売り言葉買い言葉で。
けどそのあと、神父の着服やら汚職がバレて、結局なぁなぁになっちゃったんですよね」
「それで良いのか?お前にも叶えたい願いがあったはずだ」
「いいえ?私の願いはもう叶ってるんですよ」
キャスターがそう言って微笑んだ。
「そろそろ、僕は帰るからな!!」
慎二がその言葉を残し、逃げるように歩を進める。
行く先々で桜の奇行に付き合わされ、挙句の経てにランサーとアーチャーのバスケ勝負に巻き込まれて、遂に嫌になった慎二が、手にしていたバスケットボールを地面に叩きつける。
「ちっ、慎二が抜けたんじゃ勝負はお預けだな」
「悔しいぜ、お前の吠えずらが見えると思ったのによ」
赤青二人のサーヴァントが、尚も公園のバスケゴールで火花を散らす。
「アイツら、一周回って絶対仲良しだろ!!」
捨て台詞を吐いて、慎二がその場から脱出する。
桜はその後をニコニコしながらついていく。
「待ってください兄さん。
今日の夕飯の買い物をしなくちゃならなんです。
兄さんも付き合ってください」
「あーもう!!お前もか!!ったく、めんどくさいな……
わかったよ、付き合ってやるよ!!」
桜の言葉に慎二が嫌そうに答えた。
「……兄さん、今のもう一回言ってください」
桜がポケットから携帯を取り出し、録音モードを起動する。
「買い物に付き合う?」
「前半要りません、後半だけでもう一回お願いします」
「……付き合う?」
「はい!ありがとうございます!!
桜は幸せモノです!!」
大切そうに携帯を胸の前で桜が抱きしめる。
その顔は、自身の言葉通りすさまじく幸せそうに見えた。
「叶えたい願い……そう言えば間桐のお嬢ちゃんの願いも、もう叶ってるんじゃないですか?
私と同じく……」
今までさんざん迷惑をかけて来た、桜の事を思いながらキャスターがつぶやいた。
離れの外から見る町は、夕焼けで赤く染まっていた。
「さっさと行くぞー」
夕焼けに染まる道を慎二が両手を頭の後ろで組んで歩いていく。
「兄さん、今日の夕飯な何に――」
その瞬間桜が強烈な違和感に襲われる。
いや、それは違和感ではない、強烈な
良くない事が起きる。この道の先へ進んではいけない。
桜の脳裏でそう、誰かが警告する。
そんな桜の気持ちなど知りもしない慎二が、尚も歩を進める。
「さくらー?」
「兄さん、それ以上は――」
気が付くと慎二の隣に、一人の少年の少女が立っていた。
「見つけた。行くよ?」
黒髪の少年が右腕を、手の甲をこちらに見せつける様に構える。
そこには赤い3画の紋章――『令呪』が刻まれていた。
「はい、先輩」
その声と共に、横にいた少女の姿が変わる。
何処かの制服を思わせる姿から、黒いそれでいて露出の高い鎧の様な姿へ。
その手には、自身を覆い隠すほど大きな、十字架を思わせる盾を握っていた。
「この特異点を修正する!!」
「はぁああああああああ!!」
少女が盾を振り上げる。
本来守りに使われるハズのソレは、重量と少女の腕力により十分な凶器と変化した。
桜は自身に、振り下ろされるその十字架を茫然と見ていた。
「桜!!何をしてる!!」
少女と桜の間に、慎二が割り込んだ。
そして――
ガっ!!
鈍い音がして、慎二が地面に叩きつけられた。
「え……?」
桜が一瞬、呆ける。
いや、まだ脳がその現実を直視しきれていないだけだった。
「にい……さん?」
桜の声に慎二は答えない。
代わりに横たわるアスファルトから、赤黒い液体がその頭を中心に広がっていく。
そして再度訪れる、既視感。
そうだ、知っている。この光景を
心が張り裂けそうになり、
目の前の悲劇を必死に否定し、
自身の口からあらんばかりの絶望を絞り出し、
この世界で最も愛している人物を、滅ぼさんとした時
自分の中にずっと渦巻いていたナニカが、ドロリとあふれ出したのを――
桜は
ごぼっ……
(まただ、また目を覚ましちゃった……)
上も下も無い黒の世界の中で、
不都合な現実など何も聞きたくない。
受け入れがたい真実など何も知りたくない。
悲しみも怒りも憎しみも何も感じたくない。
聞きたくない、知りたくない、感じたくない。
この黒い世界はそれに丁度良かった。
だから――
ただ、ただ過去の思い出を何度も何度も思い出す様に、優しかった世界を思い出す様にソレは静かに目を閉じた。
(兄さん、朝ですよ……はやく、ごはんを食べて学校に……)
暗闇の中、一人閉じこもった少女は優しい世界を夢に見た。
冷やしワカメ次元が普通のルートな訳ないんだなぁ……
もうちょとだけ続きます。