冷やしワカメ始めました。   作:ブラッ黒

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早速ライカの真名を見ぬこうとする人が……
いや、別に深くかかわることは無いんですが……
むしろ、サーヴァント扱いされることが……


嫉む義妹

僕の名前は間桐(まとう) 慎二(しんじ)

まぁ、自分でも言うのは何だけど、容姿端麗、頭脳明晰、おまけに魔術師の血まで引いている生粋の『選ばれし存在』なのさ。

普通なら、僕と話すことさえ憚られる馬鹿どもに対しても、にこやかに過ごす僕……

ああ、なんて僕は慈悲深いんだろう?なんて僕は完璧なんだろう……

思わずうっとりしてしまう……

さてと、この物語は僕の華麗にして、優雅な日々を綴ったものだ。

庶民の君たちは、感涙に目を濡らしながら読むといいよ!

 

 

 

 

 

時刻は午前5時47分。

太陽の光が差すがまだ多くの人間は眠っているであろう時間帯。

それは間桐の家も同じで――ではない。

 

家の廊下を一人の少女が歩んでいく。

長い髪を翻し、音もなく廊下を足の指先で蹴って進む。

この家の長女、間桐 桜その人だ。

 

音もなく走る桜、そしてその歩みはとある部屋の前で止まる。

そしてまるで神聖な儀式を始めるかのように、浅く呼吸を整え……

 

「にいさん……」

うっとりとした表情で、慎二の部屋のドアに耳をピッタリくっつける。

中からわずかに呼吸が聞こえる気がする。

この中に、愛する兄いると思うと、胸が騒ぎだす。

 

その精神はミュージシャンや野球選手の、『ファン』に似ていた。

ミュージシャンが使う楽器や、野球選手の愛用するグローブなど、冷静な視点で見れば『同じ商品』にすぎないハズの物でもファンたちはそれに対して、自身の憧れを持つ存在を重ねる。同じ商品というだけでだ。

或いは、アニメで物語の舞台となった地。

ただそこで描かれただけだというのに、ファンは実際にその土地に向かい存在しないハズのキャラクターたちの息吹を感じる。

 

話は逸れたが、要するにこの慎二の部屋の前は桜にとっては聖地であり、同時に慎二を感じられる場所であるという事だ。

 

「ああっ……兄さん……!」

感極まって、声を漏らす桜。

その時――!

 

「な、なんだよ、こんな時間から……」

不意に慎二の部屋の扉が開き、寝間着姿の慎二が姿を見せる。

 

「あ、兄さん!?」

まさかのご本人登場に、桜が後ろへ後退する。

 

(兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん……寝間着のレアな兄さん兄さん……けど、どうしてこんな時間に?

この時間兄さんはまだ寝ているハズ。どうして?寝間着姿が見れたのはすごく、すごくすごく良いけどなんで兄さんが!?)

 

「あー、桜?どうしたんだこんな時間に?」

一歩下がり、フリーズしたままの桜に慎二が声をかけた。

 

「あ、えっと……早めに眼が覚めて……家の中を散歩?」

 

「へ、へぇ……そうなんだ……俺は、起こされてな……」

露骨なまでに、視線をそらしながら慎二が、ぎこちなく話す。

その態度には明らかな怯えが有った。

 

()()()()()?私、起こしちゃいましたか?」

 

「いや、桜にじゃないぞ?ライカにだ」

 

「え?」

桜が、慎二の足元を見ると茶色い毛の犬と目が合った。

慎二が召喚したサーヴァントのライカだ。

そのライカが、慎二の部屋から出てくる。

 

「な、なんで、ライカちゃんが?」

 

「なんでって、一緒に寝たからさ」

何でもないという風にして、慎二がライカを撫でる。

 

「こいつ散歩に行きたがってるみたいだし、少し出かけてくるわ。

んじゃな!」

慎二は手に犬用のエチケット袋を持ち、その後ろをライカが散歩用のハーネスを咥えて尻尾を振りながらついていく。

 

「あ、……あ、ああ……え?」

桜は去っていく慎二とライカを茫然と見ていた。

 

 

 

「なんじゃ、慎二……今日はやけに早起きじゃな。今日は日曜じゃぞ?」

 

「あ、爺さん……」

入口付近。臓硯がすがたを見せるが、一瞬ライカを見て何かを察した様だ。

小さく笑みを浮かべると、しゃがみ込んでライカに手を伸ばす。

 

「なるほどな、サーヴァントとの絆か……

うむうむ、信頼関係はなるべく育てておいた方が良いからな」

臓硯の手の先で、ライカが目を細め大人しく撫でられている。

 

「おぉう……ライカがこんなに……」

 

「くっくっく。儂は鳥や虫の飼育を得意とする。

儂が直接、手を下せばサーヴァントと言えこんな物よ」

臓硯の手元では、ライカがなすが儘となっている。

 

「流石、爺さん……!」

 

「くっくっく……お前たち、来い」

臓硯が杖で、床をついた瞬間、ぞぞぞっと壁や床から蟲たちが這い出てきた。

間桐の家のあらゆる場所には、臓硯の使役する蟲たちが隠れている。

 

「どうじゃ、慎二。儂の蟲たちは?」

皆、一様に臓硯を囲み、指示を待っている様だった。

だが――

 

「お、おう。じ、爺さんライカが……行ってくる」

臓硯の言葉を受けて慎二が扉を開けて、逃げる様に出かけていった。

正直な話、蟲たちが無数に集まっているのを見るのは、蟲の見た目も相まって非常に気分を害する物が有る。

慎二が逃げるのも、実際は無理のない話だった。

 

「むふふふ……良いなぁ……あの慎二の儂を見る『頼れるおじいちゃん』感は素晴らしいな……!

かぁっかっかっか!!かぁ~かっかっかっか!!」

だが、そんなことに気が付かない臓硯は楽しそうに笑う。

その声は、アサシンが止めに来るまで続いた。

 

「魔術師殿、まだ早朝故、その笑い声は……」

 

「馬鹿者!抑えきれる訳なかろうが!!この愉悦!!この幸福が!!

かぁっかっかっか!!」

早朝の間桐家の家に臓硯の笑い声が響く。

蟲たちが、それに続く様に騒ぎ玄関先は正に地獄絵図!!

 

 

 

 

 

「はぁ、なんで桜も爺さんも、朝からあんなにテンション高いんだよ……」

あくびをしながら散歩する慎二が震える理由は、寒さだけではなかった。

思い出すのは、早朝の自身での部屋。

 

昨日の夜、眠ろうとする慎二の部屋のドアをライカがひっかいた。

 

「なんだよ。お前、僕と一緒に寝たいのか?」

慎二はそのライカを一目見て、サーヴァントとその主人(マスター)の絆によってライカの伝えたいことを理解し、部屋に招き入れ何も言わずベッドの上に寝かせた。

慎二も寝転ぶと、ライカは甘えて顔を舐めてきた。

 

「よしよし、あ、こら……仕方ない奴だな……」

のんびりと微睡んでゆく、一人と一匹の時間。

そこまでが、慎二のもっとも幸せなタイミングだったに違いない。

翌日からは、恐怖のラッシュが待っていた!!

 

(兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんニイサンニイサンニイサンニイサンニイサン)

 

「ひぇ……」

早朝、自身の部屋のドアの外から発せられるプレッシャー!!

小さく、しかし絶えず聞こえ続けるこの声は、自分の義理の妹である桜の声に他ならなかった!!

 

(呪ってる!?明らかに呪に来てるぞ!!まだ起きてないと思って、こんな行動を……

ってか、僕が知らないだけで、桜は毎朝こんな事してるのか!?)

余談だが、桜が慎二の部屋の前でリラックスタイムを満喫するのは、割と良くあることである。

 

何はともあれ、桜の歪みのない歪み切った一方的な愛情は慎二にとって、十分恐怖の対象だった。

 

(ドアはアレ一つだし、窓から飛び降りる!?

いや、ここは敢えて正面を、そう、今一番危険なのは『呪い』から逃げる事!!)

 

「ライカ、準備しろ!!」

 

「アン!」

慎二が着替えを手にすると同時に、ライカが口にリードを咥える。

 

「なるほど、散歩に見せかけるのか」

 

「あう、う~ん!」

ライカがただ散歩に行きたいだけなのか、解りはしないが慎二は散歩に行くという()()で部屋を出た。

問題はうまく桜の前で普通を装えるかだ。

 

「な、なんだよ、こんな時間から……」

 

「あ、兄さん!?」

今にも爆発しそうな、心臓をしながら慎二がドアを開ける。

やはりというか、扉のすぐ前に桜が立っていた。

今十分飛び掛かられたら、危険な距離だ。

桜の内心を表すかの様に、桜の目に何か慎二には理解できない感情が宿る。

再度慎二の動悸が上がるが、慎二の目論見が成功してその場から桜は去っていた。

 

「僕は大学に入ったら、絶対県外に行ってやるからな……!」

前向きに桜から逃げる算段を立てながら、慎二がライカの散歩の準備をする。

途中、臓硯に絡まれ、屋敷を出た瞬間急に笑い出すなど、不可解な行為に慎二は怯えながら屋敷を後にした。

 

 

 

「ねぇ、ライダー……アサシンじゃないけど、暗殺って出来ないかな?」

ベッドにうつ伏せになり、桜が枕に顔を押し当てる。

 

「暗殺……珍しいですね。しかし、いつも言っている様に私はサクラの味方です。

たとえ義理の兄であろうと、ツンデレ妖怪ジジイだろうと見事に仕留めてみせます」

ライダーが杭の様な短剣を取り出す。

 

「ライダー……頼りになるね……

じゃ、兄さんが気づかない様に、ライカちゃんを処分できる?」

ベットに仰向けになって、桜が今度は布団に顔を押さえつける。

 

「サクラ!?なぜ、ライカを?むしろジジイでは?」

 

「おじいちゃんは良いのよ、なんだかんだ言って兄さんにやさしいし……

けど、あの犬は別よ!!」

ボフン、ボフンとベットの中で暴れる桜。

不意に、起き上がり自身の服についた、茶色い毛を指でつまむ。

 

「ほら、こんな所にあの犬の毛が……兄さんと私の楽園に異物が!!」

そう言って、桜が再度ベッドに飛び込む!!

 

「あの……そろそろ……()()()()()()()から出ませんか?」

 

「いやよ!!私だって、私だってね!?兄さんのベッドで寝た事なんて無いんだから!」

そう言って叫ぶ桜は再度、慎二のベットに顔を埋める。

その様子をみて、ライダーはため息をつく。

 

「サクラ?ワカメが勝手にサクラの部屋に入ってたならどう思いますか?」

 

「え?別に構わないけど?むしろ、兄さんに私の思いを集めたノートとか読ませたいかも……えーと、この前32冊目に突入――」

 

「え、こわ……」

諭そうとしたが、斜め上の回答を貰いライダーが委縮する。

 

「大体、何時から聖杯戦争は、恋人召喚システムになったのよ!!

先輩もセイバーさんとヨロシクやってるし、遠坂先輩も呼び出した英霊とヨロシクやってるのよ!?挙句の果てに先生まで!!

そして、今度は兄さんまで!!」

桜がヒステリーを起こす。

 

「あ、いえ……別に恋人召喚システムという訳では……」

 

「くすっ……兄さんのベッド。私もそんなにもぐりこんだことなんかったのに!!」

 

「あ……今回が初犯じゃないんですね……」

 

「あの泥棒猫は、兄さんと一緒に寝て!!今度は二人きりでデートなんて!!」

ボフンボフンと桜が、枕を殴る。

 

「犬です。後『寝る』の意味も違いますし、ただの散歩です……

あああ、ツッコミがめんどくさくなってきた……」

遂にツッコミを放棄した、ライダーがため息をこぼす。

 

「……あー!!今、兄さんを追えば、これってデートじゃないかしら!?

あの雌犬なんかに、兄さんを取られて溜まるもんですか!!そうよ!!義理の妹こそヒロイン!!私がメインヒロインなのよ!!

こうしちゃいられないわ!!ライダー、私出かけてくる!!」

慌てた様子で、桜が部屋から飛び出していった。

 

「……忙しい人……」

 

 

 

『にーいーさーん!!今行きますー!!』

桜が叫びながら家を飛び出していく様子をライダーは、見送った。

何処か遠くで、誰かが怯える声がしたがきっと気のせいだろう。




個人的には、作中で慎二は最低3回は驚かせたいです。
※「ひえ……」「ひぃ……」「ひぃぃい!?」「ひぎぃ!?」を含む。
タイトルにある通り、定期的に慎二の肝は冷やさなければ……
タイトル詐欺になってしまう……

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