冷やしワカメ始めました。 作:ブラッ黒
まだしばらくは、エタる気はないので、安心してください。
僕の名前は
まぁ、自分でも言うのは何だけど、容姿端麗、頭脳明晰、おまけに魔術師の血まで引いている生粋の『選ばれし存在』なのさ。
普通なら、僕と話すことさえ憚られる馬鹿どもに対しても、にこやかに過ごす僕……
ああ、なんて僕は慈悲深いんだろう?なんて僕は完璧なんだろう……
思わずうっとりしてしまう……
さてと、この物語は僕の華麗にして、優雅な日々を綴ったものだ。
庶民の君たちは、感涙に目を濡らしながら読むといいよ!
きゅっ……きゅっ……
僅かに音を鳴らす、雪を踏みしめ臓硯が進んでいく。
ここは間桐が根を下ろした地。日本ではない。
深く積もった雪に、まるで来るものを拒むかのような森。
「やれやれ、こう寒いと歩くのも一苦労じゃわい」
荷物を持ち、防寒具を着込んだ臓硯の吐いた息が白く、空に消えていった。
「むっ?」
臓硯が何かの音に気が付く。
パタパタパタ!
深い森の中を道行く臓硯の前に、数羽の鳥が現れる。
だがそれは鳥の形をした別の物だった。
嘗てとある魔術師が「小型の魔術師」と呼んだように自ら魔力を精製する、小型のゴーレムだった。
それらは臓硯を威嚇する様に、その周囲を回り始める。
「ふん、この様な物。児戯にもならんわ……!」
臓硯が杖を突いた瞬間、地中から姿を見せた数匹の蟲がゴーレムを仕留め地に落とした。
「せっかく儂が出向いたのだ。姿を見せたらどうだ?アインツベルンの」
虚空をにらんだ臓硯の前に突如、城が現れる。
いや、そこはすでに城の玄関口の中だった。
どうやらあの、使い魔は臓硯を此処におびき寄せる役目を持っていたらしい。
「よく来たな、マキリの」
中央の階段の上、そこに一人の老人が佇んでいた。
彼こそが一応のアインツベルンの当主、ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルン。
通称アハト爺だった。
「おお、アインツベルンの。
本国で、貴様の孫とあったわい。まさかあれほどとはな」
「ほう、早速決着はついた様だな」
「何を言うか!まだまだよ」
二人の老人の鋭い視線が交差する。
この二人は、魔術の御三家の内の二人。
そのトップ同士の会話に、ただの魔術師が入る余地など無いに等しい。
「今年こそ、決着をつけるか?」
「かかか!すでに勝敗は決した様な物よ!!
見るがいい!!我が孫たちの雄姿を!!」
臓硯が懐から、数枚の写真を見せる!!
「くくく!アインツベルンの孫の力をおもい知れ!!」
同じくアハト爺も数枚の写真を見せる!!
「どうじゃ!!我が孫慎二は!!勉強もスポーツもそつなくこなし、若いころの儂ににて美形じゃ!!
そして、秘蔵の愛孫桜!!兄を優しく支える、よくできた孫娘じゃ!!」
「何を!?我が孫イリヤも愛嬌が良くて、雪の妖精の様で……もはやたまらんわ!!」
異国の地で、今日も二人の魔術師たちの孫自慢が行われている。
そんなこんなで、日本。
「ふんふふ~ん♪」
自身の部屋、桜が日記をつけて鼻歌を歌う。
冬休みも近く、みな何処か浮足立っている生徒たちを自宅の窓から桜が見送った。
「長期休暇だし、兄さんを誘って何処かいきたいなぁ……
兄さんどこに行くと喜んでくれるだろ?
こう……山奥の、小屋で二人っきり、とか……」
気だるい気分を払う様に、桜の口角が吊り上がっていく。
そして、両腕で自身を抱きしめ……!
「兄さん、兄さんダメです!!だれも見ていないからって!!
ああ、二人きりだからって!!そんな、あぁああ!!
…………なります、桜は、なります!!桜は兄さんのお嫁さんに……いえ、最早性奴――」
「何をしているんですか?サクラ」
椅子からのけぞった桜が見たのは、酷く困惑した表情のライダー。
肝心の桜は、顔を赤く染めて、酷く興奮した様子で幸せそうに、歪んだ笑みをこぼしている最中。
ライダーにとってひどく、気まずい!!
「兄さんとの冬休みの計画を立ててたのよ。
人のあんまりいない山小屋とか良いかな~って。
一応、尿瓶とロープと、食料としてチョコレートと……思いつく物は準備したんだけど……」
桜の部屋の隅に積まれているグッズを、ライダーが見る。
「ああ、なるほど」
「なにか、あったのライダー?」
「いいえ、なにも。
そう言えば、バイトの時間なので、では!」
そう話すとライダーは逃げる様にその場を後にした。
「ライダーも忙しいのね……さてと、夕飯まで時間があるけどちょっと早めに――!?」
その時、桜がとある事に気が付く!!
そして、自らの机の引きだしにしまってある予定帳を取り出す。
そしてペラペラとめくり……
「お爺様はお出かけで、しばらく帰ってこない……
アサシンは柳洞寺にいる小次郎さんの所で世間話をしに行ってる……
ライダーはたった今、バイトに行った……つまり、この家には兄さんと私だけの二人きり!?」
その真実を理解して、桜は自身の体温が跳ね上がるのを感じた。
そう、ここは間桐家にして、最早間桐家にあらず!
ここはもはや、自分と兄の愛の巣!!
「はぁ、はぁ……兄さん、兄さん……!」
高揚する気分を何とか抑えて、桜が立ち上がる。
僅かに聞こえるTVの音。
おそらく兄は、今リビングで何かの番組を見ているのだろう。
「兄さんと、二人きり……兄さんと……」
桜は幽鬼の様に揺れながら、リビングへと向かっていく。
「アンアン!!」
TVを見る慎二の座るソファーの下で、茶色い毛をした犬――ライカが吠えた。
「ん~?どうしたライカ?撫でてほしいのか?
いいぞ、おいで」
誘う様に、自身の腿を叩きライカを呼ぶ。
「あうぅん!!」
ライカはその誘いに乗り、その場で飛び跳ね慎二の膝の上に乗る。
「へぇ?小型犬の癖になかなかのジャンプ力じゃないか。
流石は僕のサーヴァント」
「はっはっは!!」
褒められたライカは嬉しそうに、慎二の足に頭をこすりつける。
パタパタと尻尾が揺れる。
「いいねぇ、程よく鍛えられた足っていうのは……」
ライカの後ろ脚を撫でながら慎二が再度テレビに視線を戻す。
「兄さん」
「ひぇえ、うぇぇあぇええ!?」
「わぁうんぅ!?」
僅か数ミリ先に、突如現れた妹に慎二が驚き飛び上がる!!
主人と同じように、ライカも驚く。
「ああ、そう言えば、そのメスイヌもいたんですね……
邪魔なイヌ……」
最後の方は慎二には聞こえなかったが、何かよからぬことを考えていたのは分かる。
「お、おまおま、おまえ、一体、何時から!?」
「え、普通にいましたよ?」
何でもないと言いたげに、桜が話す。
完全に気配を消しての行動、一体いつアサシンになったのだろうか?
「ああ、心臓まだバクバク言ってる……一体どうしたんだよ?」
「いいえ、ただ私も兄さんとTVが見たくて……
それに、今日。夕飯食べるの私たちだけなんです。
お爺様はお出かけしてるし、ライダーはバイトの終わりに先輩の家に行くって言ってたし、アサシンは今日は柳洞寺の小次郎さんともつ鍋を食べるって言ってたし……
私たちも何処か、偶には食べに行きませんか?」
「あ、ああ、それも良いな……」
ナチュラルに隣に座る桜に、慎二が微妙にいずらそうな顔をしながら答える。
「兄さん、コレなんの映画ですか?」
「え、あ……確かタイトルは……」
しどろもどろになりながら、慎二がTVの映画の説明をする。
「で、まず、このキャラクターが主人公で――」
「そうなんですか……」
「それでな――こいつが…………て、それ………の…………んで――――」
(あれ?兄さんの声が……遠い……)
桜がぼんやりと、する頭を押さえる。
(兄さんの声が……遠い……兄さん……)
「んで、こいつが……桜?」
横に並んでいた、桜が慎二の肩に、顔を乗せる。
その頬は何処か赤い気がした。
「おい、桜?桜!!」
驚き、慎二が額に手を当てると――
「熱が有るじゃないか!?なんで、休まないんだ。
っ!来い!桜!!」
「はい、にいさん……」
半場意識が朦朧とした、桜が慎二の命令口調に反応する。
「階段上るぞ?」
「はい……はい……」
慎二の言葉はかろうじて聞こえているのか、うつろな声で何度も「はい、はい」と力なく桜が答える。
存分にてこずりながらも、慎二は何とか桜を本人の部屋まで、連れて行った。
「ほら、寝ろ。そんでじっとしてろ」
「兄さん……」
少し乱暴だが、桜の上着を脱がせ眠りやすい恰好にさせてベットに放り込んだ。
「困ったな、誰も居ないって言うし……」
桜の部屋から出た慎二が、ため息をつく。
正直な話、慎二はあまり家事をしたりはしない。
何時もは桜にまかせっきりであり、どうすべきか困ってしまうのだ。
「すんすん……いい匂い……」
桜が自身のベッドの上で、よい香りに誘われ目を覚ます。
しばらくなぜ、自分が寝ているのか理解できずに混乱する。
「ん、起きたか」
その時、部屋の椅子に慎二が座ってこっちを見ているのに気が付く。
「あれ、兄さん?私……え?夕方?」
「ああ、もう6時近いかな?どっか行こうかと思ってたけど、その計画は全部お前のせいで台無しだよ」
慎二の目が桜をにらむ。
「あ、えっと……」
「ここで待ってろ。良いな?動くなよ」
桜に命令すると、テーブルの上の携帯ガスコンロの火をつける。
「兄さん、それ……」
「待ってろって言ったろ?」
数分後、慎二がガスコンロの上の土鍋から、何かを持ってやってくる。
「お雑炊、ですか?」
「……言っとくが、衛宮と比較なんかするなよ!
アイツとは違って僕は料理なんか、しないんだからな!
その、薄かったり、したら塩足せよ……」
前半は言い切る様に、後半は心配そうに慎二が目を向けてくる。
「いただきます……」
一口、二口と桜がレンゲを動かす。
その間に、慎二は水差しから水を汲み、桜のベットの横に置いた。
「…………」
「なんだよ、気に入らないなら今からでも、コンビニとかでサンドイッチでも――」
桜の視線に気が付いた慎二が、声を漏らす。
正直な話、慎二の作った雑炊は素晴らしくおいしい物ではなかった。
溶き玉子も微妙にダマになっているし、米も粒がつぶれてしまっている。
決して不味くは無いのだが、士郎の作る雑炊の出来と比べるとどうしても下としか言いようがない。
だが――
「おいしいです。兄さんが私の為に作ってくれた、料理……先輩のよりもずっと美味しいです……」
桜が小さく微笑んで見せた。
「ふん、僕が作ったんだ。当たり前だろ!」
僅かに慎二が口角をあげながら、桜にそっぽを向く。
「兄さん、私を看病してくれたんですね?」
辺りを見回すと、絞ったタオルに加湿器、体温計に額には熱さましシートが張られている。
「誰も居ないってんだ。仕方ないだろ。風邪が長引くよりはずっと良いからな。
治り次第、たまった家事をやっておけよ!」
「はい、兄さん。兄さんの為にも、早く治しますね」
未だに熱で揺れる頭を、押さえながら桜が微笑んだ。
「兄さん、その……汗をかいちゃったので……体をふいてくれますか?」
「桜!?」
桜が服のボタンを外し、前をはだけさせる。
「着替えは、そこのクローゼットの中にありますから」
「いや、これくらい一人で、出来る――」
「出来ません。今私は重病人です。
兄さんの情けが無ければ私、着替えもまともに出来ないんです。
それどころか、このままじゃ汗を吸い込んだ服が体を冷やして、更に重い風邪に……」
泣きまねをして、桜が話す。
「ああ、もう!!分かったよ!!まずは着替えだな?
えーと、クローゼットの中に――」
ガラッ!
「あ」
「ひぇ!?」
クローゼットの中にいた、ライダーと目が合い慎二が驚く!!
「ライダー!?何をやってるんだ!?」
「サクラの部屋にマフラーを忘れたので、取りに来ました。
バイト中は店内なので、温かいのですが。
衛宮庭に行くまでどうしても耐えられそうにないので、バイト先から近い家に戻りマフラーを回収しに来たんです」
慎二の疑問に、ライダーが答える。
その言葉を真意を伝える様に、手に持ったマフラーを見せる。
「そうか、だが丁度良かった、桜の調子が悪いらしいから、その相手をしてやってくれ」
「調子が悪い?わかりました。ここからは私が――」
ライダーがクローゼットの中から出てきた時、中にあった袋が引っ掛かり中身が、床にこぼれる。
「あ、え、なんだ、コレ?なんでこんな物が有るんだ?」
慎二が床に落ちた道具。縄や尿瓶、更に蝋燭を見る。
到底年頃の女の子の部屋にある物とは思えないラインナップばかりだ。
「それはサクラの私物です。こんどの長期休暇にそれを貴方に使う予定だそうです」
縄、尿瓶、蝋燭ets……様々な道具の用途を、慎二が思い浮かべ顔を真っ青にする。
「ひ、ひぃえぇええええ!!!か、監禁されるぅううううう!!!
うわぁあああああああああ!!!!いやだぁあああああああ!!!
ら、ライダー!!後は任せたぞ!!うわぁあああ監禁はいやだぁああ!!」
慎二は身の危険を感じて、即座にその部屋から逃げ出した!!
「ライダー!なんて、事を言うの!兄さん、警戒しちゃったじゃない!」
「いえ、真実ですので」
「ああ、あと一歩、だったのに……もう、タイミング悪いんだから……」
桜はだるい体を、休ませるようにベットに寝転んだ。
頬に一粒ついていた米を拾うと、舌で舐め取った。
この作品では、慎二は結構お兄ちゃんしています。
しかし、同時に桜が完全にケダモノなので、安心はできない不思議!