オーバーロード -死の支配者と古竜の王-   作:佐賀茂

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しょっぱなから詰め込みすぎた感。皆様のお口に合うかどうか。
よろしければご賞味ください。


00 -死の支配者と古竜の王-

 コツ、コツ、コツ。

 広く、長く、美しく。豪華絢爛という言葉すら役者不足であるような厳か極まりない空間を、規則正しい一つの足音、その音とともに歩みを進める異形の偉丈夫が一人。全長2メートルは下らないその逞しい身体には、健康的な黄色肌の代わりに、蒼銀に煌く鱗を。両の手足には細長い、きわめて脆弱な五指に代わり、獰猛な爪を。威圧感溢るその背中には、筋骨隆々の肉体と鱗に加え、一対の大翼を。全身余す箇所なく、清く正しく異形を体現した一人、まさに竜王とも呼ぶべき異形は、ようやく辿り着いた大扉を前に、常時であれば微塵も感じることのない、僅かばかりの緊張と幾分の高揚感を覚え。その余韻を味わうことも躊躇うこともせず、静かにその扉を開いた。

 

「こんばんはーです、モモンガさん。遅くなっちゃいました」

 

 扉を開けて目に入るのは、数十人は楽に入場出来そうな空間。その中央にこれまた巨大な円卓(ラウンドテーブル)が座し、円卓を囲むように等間隔で数十席の椅子が座すべき主人を只管に待つかのように、静かに佇んでいる。

 一席を除き空席となっている円卓の中で先程遅ればせながらの入場を果たした異形は、ただ一人、その円卓に座している同じく――見た目は著しく異なるが――異形の種へ朗らかに挨拶の言葉を投げかけた。

 

「こんばんです、ハンザさん。今日来ないのかと思っちゃいましたよ」

 

 投げかけられた言葉に対し、座した異形は表情こそ変わらないものの、その喜色を声色に乗せ、大翼の異形へ返しの言葉を送る。

 

 モモンガと呼ばれた座す異形、その(かんばせ)には本来ヒトとして在るはずのものが一切無く、ただただ無表情の白磁が存在するのみ。顔から手足の先に至るまで、そこには一切の受肉を認められず、漆黒のローブを身に纏う様は正に魔王と呼ぶに相応しい様相であろう。しかしその異形から発せられる声には、とてもではないが魔王と見られる容姿から想像出来るものではなく。勝手知ったる友人と出会った青年そのもののような雰囲気を漂わせていた。

 

 返しの言葉による歓迎を受けた大翼の異形も、その威圧的な全身からは想像も出来ないほどの柔らかい音色を言の葉に乗せている。

 こうして、魔王と竜王、二人の異形は無事邂逅を果たし、見るもおぞましい外観にはあまりにも似つかわしくない歓談の時に、しばしの間繰り出すのであった。

 

 

 

 

 DMMO-RPG《ユグドラシル》

 2126年、これまでの歴史で蓄えられた技術、知識、そして情熱をふんだんに盛り込みリリースされた、日本国渾身のオンラインゲーム。

 DMMO、ダイブ型MMOと呼ばれるこのゲームはそのジャンルの名称通り、サイバー技術とナノテクノロジー技術を融合させた体験型ゲームの総称である。ニューロン・ナノ・インターフェイスと呼ばれる演算器を埋め込み、脳の処理能力を大幅に活性化させる技術を応用した体感型ゲームは一世を風靡し、荒廃した現実世界から逃れられる一種の麻薬にも近い快感と没入性を一般社会へ齎していた。

 

 各国、各メーカーから数多くのDMMO-RPGがリリースされているが、その中でもこのユグドラシルというタイトルは、他に類を見ない程の拡張性、自由度を有しており、それが職人気質な日本人ゲーマーのニーズにがっちりと食い込み、一時期はDMMO-RPGと言えばユグドラシル、と謳われるほどの隆盛を誇っていた。DMMO-RPGの中でも比較的早いリリースタイトルということもあり、本ジャンルにおける金字塔的ゲームと言っても過言ではない。

 

 そのような一大ブームを巻き起こしたゲームである以上、当然ながらユーザー数も莫大な数に上り、ユグドラシルの中では多種多様なキャラクターが跋扈し、多種多様なクランやギルドが乱立し、そして多種多様な事件、抗争、トラブル、ニュースが絶えなかった。

 そしてその中でも一層異彩を放ち、話題が絶えず、ある種伝説的な立ち位置にあったのが二人の異形が属するギルド、アインズ・ウール・ゴウンであった。

 最大100名まで所属出来るギルドシステムの中で、総勢41名という極少数でありながら、絶頂期には数千とも云われるギルドの中で公式ギルドランキング9位にまで上り詰めた、伝説のギルド。それがこのアインズ・ウール・ゴウンである。

 中でも、僅か41名という手勢ながら、NPCを含めてではあるものの総勢1500名からなる討伐隊を退けた事件は、ユグドラシルユーザーの間ではあまりにも有名な話だ。むしろ、この事件こそがアインズ・ウール・ゴウンの名を不動の伝説へと昇華させたと言ってもいい。

 

 伝説的偉業を成し遂げたユグドラシル史上最高十大ギルドに数えられるアインズ・ウール・ゴウン、その本拠地となるナザリック地下大墳墓第九階層、円卓に座するプレイヤーが僅か2人……というのは、意外にも思われるが別段おかしいことではない。

 

 

 盛者必衰。

 どれほどの勢いのある者も、いつか必ず陰りが訪れる。伝説と呼ばれたアインズ・ウール・ゴウン、ひいてはユグドラシルという世界そのものも、その理から逃れることは終ぞ出来なかった。

 

 ユグドラシルというゲームが一大ブームを巻き起こしたのは純然たる事実だが、その隆盛が永遠に続くことは無かった。絶頂期と呼ばれた時期はもう何年も前に通り過ぎ、残ったのはその数を随分と減らした古参ユーザー、極々少数の新規ユーザー、その場凌ぎの単発イベント、それくらいのものだった。

 そして、陰りを見せ、その巻き返しがもはや不可能、あるいはコストに見合わないと判断されたゲームタイトルが行き着く先は一つだ。

 即ち、サービス終了。ユグドラシルという九つの世界樹の葉から生み出された広大な世界は、世界を生み出した者たちの損得という名の我侭でその生涯を、今日、終えようとしている。

 

 

 世に生み出されてから、実に12年の歳月が経っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「いや本当、遅くなってすみません。もう少し早く来る予定だったんですけど……」

 

 円卓を囲むように並ぶ席の一つに腰を掛け、ハンザと呼ばれた大翼の異形は申し訳なさそうな声色――表情は変わらないが――を浮かべる。

 ユグドラシルには、比較的早い時期にリリースされたという点、ゲームとしてのリソースをほぼ世界拡張とアイテムやスキル、魔法などのシステムに割り振ったという点から、表情が無い。厳密に言えばパターン化されたエモーションシステムがあるにはあるのだが、700種にものぼる種族の外観に対しプレイヤーの表情を読み取り、それをキャラクターの外観にリアルタイムに反映させるだけのリソースも必要性も、ユグドラシルに残っていなかった。そして件のエモーションにしても、機械的に割り当てられたそれを見た目上好むユーザーは少なく、また態々それらをショートカットから呼び出す手間等の問題もあり、ほぼ使われていない。それよりもワンタッチで今現在の感情を幾分か正確に伝えられるエモーショナルアイコンの方がまだ実用的だ。

 

 現在の時刻は、23時を少し回ったところ。本日の日付変更時にサービスが終了することを思えば、確かに少しばかり遅い登場とも言える。

 

 「いえいえ、こうして来て頂けただけでも嬉しいですよ。先程まではヘロヘロさんも来てたんですけど、睡魔がやばいからってアウトしちゃいまして……」

 

 白磁の魔王モモンガは謝罪に対し、何も気にしていないですよと言わんばかりに言葉を返す。

 

 ユグドラシルが徐々に衰退の兆しを見せ始めた頃、41名が所属していたアインズ・ウール・ゴウンにも少しずつその構成に皹が入っていた。一人、また一人と姿を見せなくなっていくかつての仲間たち。しかし、そこはこのギルドの絆故か、誰一人として突然居なくなるということはなく。皆が皆それぞれの事情で継続的にログインが出来なくなる旨を伝え「売っても構わない」と自分たちの最終装備をすべてギルド長であるモモンガに預けてから去っていった。

 歯が抜け落ちるかのように加速度的にその穴を増していく円卓の席。最終的に、サービス終了のこの時までログインを続けていたのはギルド長たるモモンガと、散発的ながらゲームへのログインを続けていたハンザ……ハンザレイ・エバー・フラウの2人だけという状態にまで落ち込んでいた。

 

 そんな中、ユグドラシルのサービス終了が告知され、モモンガはかつての仲間たちに「最後の1日に皆で集まりませんか」というメールを送信したのだ。丁寧な謝辞とともに返事を返した者、メールは届いたものの返事が無かった者、そもそもメールが届かなかった者。三者三様のリアクションではあったが、集まった人数は余りにも少ないものだった。

 先程の言葉に出てきたヘロヘロ、という名のプレイヤーも、そんなモモンガの召集に応えた数少ない一人だ。もっとも、彼は凡そ2年振りのログインだったらしく、久方ぶりの挨拶と現実世界の愚痴も程々に、早々にログアウトをしてしまったようだが。

 

「うわぁ、マジかあ。相変わらずドブラックな感じですね、それ。身体大丈夫かなあの人……」

 

 ハンザレイは今はもう自宅のベッドでそれこそキャラクターの外観通り、泥のように眠っているであろうかつての仲間を偲ぶ。彼自身、モモンガからの召集で何だかんだそこそこの人数は来てくれるんじゃないか、という淡い期待もあっただけに、今の結果に対し幾ばくかの落胆を見せ、同時に最後に睡魔をおしてまで来てくれた友人に会えなかった大きな無念を心に宿らせていた。

 

 

「――いやしかし、いつ見ても綺麗ですよね、ハンザさんの外観。今更感半端無いですけど、こうやって見てるとちょっと羨ましいですよ」

 

 沈黙と、そこに漂う若干の侘しさを嫌ったか、モモンガは努めて明るい声色を以って話題を変える。

 

 ハンザレイの外観。フォルムだけを言えば、蜥蜴人(リザードマン)の背を伸ばし、筋骨をより逞しくさせた、というのが正解ではないが比較的近い表現だろう。勿論、蒼銀に輝く鱗といい、背から伸びる一対の翼といい、ただの蜥蜴人とは決して比較できないものも多数あるのだが。

 

 彼は、ユグドラシルの世界では――いくつかの理由から――非常に稀有な種族を取得している。(ドラゴン)竜王(ドラゴンロード)古竜の王(エンシエント・ドラゴンロード)などがそれに当たる。

 

 ドラゴン。古今東西ありとあらゆるファンタジー世界に於いて、その存在は無くてはならない程にメジャーな種族だ。それはこのユグドラシルにおいても例外ではなく、当然、ドラゴンという種に対するユーザーの情熱、勢いはそれなり以上のもので、リリース当初はかなりの数のユーザーが種族クラスの取得を目指し、さらには実用的なクラス、職業構成を研究していた。

 

 しかし、その流れは極僅かな期間を経て、一気に下降の一途を辿ることとなる。

 

 結論から言えば、あらゆる方面から見て不遇が過ぎるのだ。そう、繰り返すが、あらゆる方面から見て、だ。

 

 

 ドラゴン種の種族レベルの取得についてだが、通常のキャラクターメイキングからは選ぶことが出来ない。所謂転職アイテムというものが必要で、ドラゴン種の場合は「竜の心臓」と呼ばれるアイテムが必要になる。

 このアイテムの取得自体は、そう難しいものではない。各ワールド、各フィールドにPOPする敵対モンスターであるドラゴン、あるいはドラゴン種であるプレイヤーをPvPで倒すことにより、一定確率でドロップするというものだ。

 

 第1の問題。

 ドロップテーブルの設定が渋すぎる。

 ただでさえ、ドラゴン種は貴重なドロップアイテムの宝庫だ。牙、鱗、皮……すべての部位が、それこそ余すことなく高級スクロールや高級アイテムの原材料となる。そして、竜の心臓はそれらと同じドロップテーブルの中に、極低確率で設定されている。

 つまり、竜の心臓を手に入れる為にドラゴンハントを敢行するはいいものの、数多ある原材料アイテムとドロップテーブルが同じ所為で、ただでさえ低いドロップ確率が輪を掛けて低くなっている。竜の心臓一つ手に入れるために野良のドラゴンを狩り続けた結果、無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)が幾つも他のドロップ素材だけで満杯になるなど別段珍しくない問題だった程に。

 

 そしてさらにダメ押しとも言える問題。数あるドラゴン種のドロップアイテムの中で、竜の心臓のみがユニークアイテム扱い……つまり他プレイヤーとのトレードが出来ない設定になっている。

 これにより、竜の心臓がユーザー市場に出回ることがなく、ドラゴン種に成りたいプレイヤーは自力での苦行とも言える狩りを断行せざるを得ない。誰が呼んだか「クソ運営」と呼ばれるに相応しい、非常にアグレッシブな設定だったわけだ。

 

 第2の問題。

 モンスターのドラゴンを狩るより、ドラゴン種のプレイヤーを倒した方がドロップ率がいい。

 ユグドラシルは、他の数多あるDMMO-RPGと比べ、いわゆるPK……プレイヤー同士の戦闘について非常に寛容な運営スタンスを貫いている。

 PKをされた側は、装備アイテムのドロップ、規定値のレベルダウンなどのペナルティの他、亜人種や異形種だった場合、その種族に応じたアイテムを一定確率でドロップする。このドロップ自体はそれが起こったからといってプレイヤーの所持品から何かが落ちるというわけではないので、直接的な被害とはならない。しかしながら、ユグドラシルの世界では、異形種を一定数PKすることでしか手に入らないアイテム、称号、また就けない職業などがあり、PKに寛容な運営のスタンスも相俟って、長きに渡る間「異形種狩り」が流行していた。

 

 それらの煽りを十二分に受けた結果、苦労して竜の心臓を手に入れ念願のドラゴン種の取得が叶ったプレイヤーに待ち受けているのは、理不尽極まりないPKの連続という事態に陥った。

 

 ファンタジー世界最強種族の誇りとは何処へやら。無常にも人間種に狩り殺され続ける新米ドラゴンが多発し、中には余りの理不尽さに耐えかね、事態改善を建前に散々な罵詈雑言メールを運営に送りつけたユーザーも複数居たらしいが、終ぞこの設定が変更されることは無かった。

 

 

 第3の問題。

 弱い。

 

 これが根幹の問題といっても過言ではない。

 元々、人間種と亜人種、異形種では様々な違いが設定されている。人間種は基礎能力の伸びが異形種に比べて悪く、単純に同レベルのプレイヤーがパラメータのみで争った場合、大体は異形種が勝つ。しかし、代わりに人間種は亜人種や異形種が就けない一部の高位職業に付くことが出来、そして大体の場合、異形種によるパラメータボーナスよりも、職業によるパラメータボーナスの方が伸びが良い。

 異形種も異形種でメリットはあり、基礎能力値の高さ、種族に応じた多彩なスキルの取得、状態異常耐性など異形独自の強みなども、確かにあるにはあるのだが、種族スキルは大抵の場合、高位職業が持てるスキルと同等以上の効果は発揮せず、各種耐性なども装備品で十分に補完可能だ。また、ユグドラシルの設定上、全属性に対する完全耐性はどのようなビルドを組んでも、どのような装備品で固めようとも絶対に不可能となっている。

 これらの事情が重なり、同レベル、同程度のプレイヤースキルを持ったプレイヤー2人が戦った場合、概ね人間種に軍配が挙がる。ユグドラシルでいわゆる"強キャラ"を作りたいといった場合、種族レベルは上げるな、が定説な程にその差は大きく、また常識となっている。

 

 では、ドラゴン種にはどのようなメリット、デメリットがあるのか。

 メリット……高いHP、物理攻撃力、物理防御力、魔法防御力。低くないMP、魔法攻撃力。炎、冷気耐性Ⅴ。状態異常耐性Ⅴ。精神作用耐性Ⅴ。デバフ耐性Ⅴ。斬撃武器耐性Ⅳ。刺突武器耐性Ⅳ。殴打武器耐性Ⅱ。

 デメリット……やや低めの敏捷性。電気属性脆弱Ⅳ。

 

 これだけを見れば、決して弱くはない。デメリットはあるもののむしろ、全体的に手広く手堅く纏まっている、バランスの良い種族という見方も出来るだろう。

 しかし、初心者や気軽にゲームを楽しむ層にとってはいざ知らず――もっとも、気軽に楽しむ層がドラゴン種へ成る難易度がそもそも極めて高いのだが――強さを求めるヘビーユーザー、いわゆる"ガチ勢"と呼ばれるプレイヤーにとって、この性能は一言で言ってしまうと「お話にならない」ものである。

 

 目ざといプレイヤーは真っ先に気付くのだが、メリットに挙げられているものに何一つとして「無効化」が存在していない。

 例えば、アインズ・ウール・ゴウンのギルド長であるモモンガの種族、死の支配者(オーバーロード)は、メリットとして毒・病気・睡眠・麻痺・即死無効などを備えている。これら無効の属性を通すには、「無効を無効化する」しかない。そしてその手段は極めて限られており、かつ容易ではない。

 反して、所謂耐性はそのままでは極めて通りが悪いが、「耐性を低下」させることによって、その属性の通りを良くすることが可能になる。そして、その手段は極めて多岐に渡り、場合によってはアイテムやスキルによって簡単に低下、または突破することが出来る。

 

 そして、異形種に必ず設定されているデメリット。ドラゴン種に限って言えば電気属性脆弱Ⅳのみである。

 このデメリットの少なさは転じてメリットと呼べるかもしれない。しかし、逆を言えば電気属性への対策は必須級であり、更にはユグドラシルの成長上限であるレベル100に到達したユーザー、いわゆるカンストプレイヤーにとって、時間対策、即死対策も同じく必須だ。

 更に、メリットにもデメリットにも挙がっていない属性や攻撃に対しては、脆弱でこそないものの普通に「効く」のだ。

 

 結果、様々な要因を考慮し、各種耐性や無効化を装備品によって補った末に、そちらにリソースを食った挙句、本来伸ばさなければならない攻撃力やクリティカルボーナス、防御力を十全に仕上げることが出来なくなる。逆にそれらの備えを疎かにし、尖らせる性能に仕上げるのであれば、他の種族や、そもそも人間種で別のクラスを取得しまくった方が遥かに強く、融通が利く。

 

 

 どう足掻いても器用貧乏。ファンタジー世界の王者にあるまじき雑魚。

 

 

 これがドラゴンという種族に対し、ユーザーが下した評価であった。

 

 

 

 当然、ハンザレイはこれらの問題をすべて理解、そして乗り越えた上で、古竜の王という種族レベルを取得している。

 いや、理解はまだしも、乗り越えたというのは少々語弊があるかもしれない。そもそも、彼がアインズ・ウール・ゴウンの一員として活動出来ているのも、かつてPKからモモンガたちが救ってくれたからだ。ドラゴンという種族に対して並々ならぬ情熱を持ち続けていた彼でも、モモンガからの救いの手が無ければそう遠くないうちにユグドラシルの世界から去っていたかもしれない。それほどまでに異形種狩りというのは横行していた。

 しかし幸か不幸か、彼はアインズ・ウール・ゴウンの庇護下に入り、その末席に加わる栄誉を賜り、ある種最強の後ろ盾を得た彼の情熱を止める障害がほぼクリアとなり。他のメンバーに負けず劣らずの"変人性"を発揮していくこととなった。

 

 

 

 

 

「いやー、そうでしょうそうでしょう! この鱗! この光沢! キャラクリと外装データに時間と金をブチ込んだ甲斐があるってもんです。デフォルトだとダッサいやつしかなかったですからね。この一見銀っぽいけど薄っすらと青みがかったこの艶を出すのにどれだけ苦労したか……!」

 

 モモンガに不意打ちにも近い形で外装データを褒められたハンザレイは、先程までの若干気落ちしたような雰囲気は何処へやら、エモーショナルアイコンを連打し一気にまくし立てた。

 PKの嵐から救われた彼は、先ずはギルドの先人たちとともにキャラクターレベルを上げることにした。度重なるPK、満足に行えないレベリングから解放された竜王はこれまで以上にユグドラシルへのめり込み、取得したいクラス、戦闘スタイルなどを相談しつつも、あっという間に100レベルに到達した。

 

 そんな彼が仕上げたレベル100のキャラクター、ハンザレイ・エバー・フラウの戦闘スタイル。それは種族メリットでもある全体的に高い数値で纏まったパラメータを最大限活かす基本方針を基に固められた。

 

 取得クラスとしては戦士(ファイター)騎士(ナイト)僧侶(クレリック)聖騎士(パラディン)竜騎士(ドラゴンナイト)神官戦士(バトルクレリック)などを選択。防御力を主軸とした前衛職と神官系魔法詠唱者(マジック・キャスター)を両立したスタイルだ。ここに種族メリットである高いHPや防御力が合わさり、中々にしぶとい仕上がりとなっている。比較的柔軟な対応が取れるクラス構成ではあるが、あえて言えば盾役(タンク)が最も近いロールになるだろうか。

 

 そして、ユグドラシルを真に楽しむための準備運動――レベル100到達――を終えた彼は、理想装備のための狩りや外装データの調整に目いっぱいのめり込むこととなる。彼が今でもログインを続けている理由……勿論自身を救ってくれたモモンガへの恩返しという面も多分にあるが、その恩義と同等以上に、彼は自分自身のキャラクターの出来栄えを気に入り、アインズ・ウール・ゴウンを気に入り、ナザリック地下大墳墓を気に入り、そして、費やした時間とキャッシュに縛られていた。

 

 

「――あっと、もうあんまり時間がないですね……。ハンザさん、最後は玉座の間で締めようと思うんですけど、どうでしょう?」

「お、いいですね。……じゃあ、折角ですしギルド武器も持って行きましょうよ」

 

 くだらない――当人たちにとってはかけがえの無い――雑談も程々に、モモンガは残された時間が少ないこと、そして最期の時間をナザリックの象徴たる玉座の間で迎えたい旨を伝える。当然の了承を返したハンザレイは、ついでと言わんばかりに円卓に安置されているギルド武器、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを持ち出すことを提案。数瞬の間、逡巡したモモンガではあるが、もう間もなくユグドラシルという世界が終わりを迎えること、ギルドの決定事項は多数決とはいえ、今ここに居るのは2人だけ、その2人が賛成すれば立派な可決ですというハンザレイの言葉に押されたことを受け、ギルド武器を作られてから初めて持ち出す決意を固めた。

 

 玉座の間への移動中、第九階層に控えていたNPCたちにも、最初で最後の仕事と言わんばかりにプレイヤーへ付き従う命令を出すモモンガ。超一級のギルド武器を携え、漆黒のローブに身を包み、邪悪なオーラを迸らせ、複数のNPCを付き従わせるその様は正に堂に入っており。図らずしもギルド、アインズ・ウール・ゴウンの支配者然とした佇まいを今ここに完成させていた。

 

 

 

 

 

 

 

 玉座の間。

 ナザリック地下大墳墓、第十階層最奥の場。最下層、最深部にして、心臓部。全体的に白を基調とした壁に、金の装飾がさりげなく、かつ品を損なわない塩梅で飾られている。見上げるほどに高い天井部には複数のシャンデリアが七色の輝きを放ち、壁から掲げられた41の旗、アインズ・ウール・ゴウンメンバーのギルドサインを模した、床まで伸びる長大かつ豪奢な旗に虹色の色彩を添えていた。

 

「う、おぉ……久々に玉座まできましたけど、やっぱり凄い完成度ですね……」

 

 とてもゲーム内データとは思えない、計算され、完成され尽くした最上の贅沢に対し、ハンザレイは思わず感嘆の声を漏らす。建築や設計といった分野には明るくないハンザレイだが、その完成度たるや、素人目に見ても尋常ならざる出来栄えだということは即座に理解出来る。見るのが初めてではないとはいえ、長らく目にしていなかった天上の美に驚きを隠せないのも無理からぬことと言えた。それほどまでにナザリック地下大墳墓は、第十階層は、玉座の間は、極度の芸術性を持って完成されていた。

 モモンガはと言うと、皆で作り上げたナザリックですから、と至極短い返しを発するにとどまる。とどまるがしかし、その声には最上級の喜色が多分に含まれていた。

 

 

 そんな玉座の間には、一人の例外を除いてNPCを配置していない。拠点内をランダムに歩き回るよう設定されているNPCはいくつか存在するが、それらの進行ルートにも、この玉座の間だけは設定されていなかった。

 玉座の間の更に最奥に位置する玉座。栄えあるギルド、アインズ・ウール・ゴウン。そのメンバーの中でもギルドマスターたるモモンガのみが座することを許された――という設定――至高の椅子の傍ら、微動だにせず佇む妖艶な美女が一人。

 

 

 守護者統括、アルベド。

 

 

 NPC唯一の例外にして、守護者統括という地位を頂く、ナザリックにおける全NPCの頂点に当たる人物。

 アインズ・ウール・ゴウンのメンバー、タブラ・スマラグディナによって創造された悪魔(サキュバス)である。

 

 見目、妖艶。非常に麗しい。

 服装、穢れ一つ無い純白のドレス。

 表情、その微笑、女神の如し。

 所作、極めて流麗。

 

 正に完璧。それ以上でも以下でもない佇まいを見せる3Dデータの塊に、ハンザレイは思わず息を呑む。腰まで伸びる艶やかな黒髪に加え、腰から生える漆黒の翼や、頭部に生える突き出した角、一見デメリットにも見えるそれらさえも彼女の美に一役買っているかのような完成度。傾国の美女という例えがあるが、もし彼女が現実に存在していたならば、それは例えでなく実例として世の歴史に名を刻むことに間違いは無いだろう。

 

「いやぁー……こうやってまじまじと見ること無かったですけど、アルベドの出来すっごいですね……。タブラさんどんだけ時間かけたんだろうなこれ……うわーすげぇなこれ……」

「はは、語彙力無くなってますよハンザさん。でもまぁ、確かに凄い美人ですよねアルベド。あ、タブラさんのことだから多分見た目以外も凝ってるでしょうし、ちょっと覗いてみましょう」

 

 

 人は余りに想定外の出来事に遭遇すると言葉を失うというが、その一歩手前まで精神状態を追い詰められたハンザレイを横目にモモンガは一定の理解を示しつつ、残された時間も加味して早速アルベドの設定テキストを表示させる。

 ユグドラシルでは、自身のキャラクタープロフィールや、作成したNPCに対して自由にフレーバーテキストを書き記すことが出来る。勿論、この中にどんな言葉を並べ立てようがそれはフレーバー以上の意味を持つことは無く、実装されることもない。あくまで香りつけ(フレーバー)だ。しかし、このアルベドというNPCを作成したタブラ・スマラグディナと呼ばれるプレイヤーは、ギルド内でも屈指の凝り性……設定魔としてその名を轟かせていた。そんな彼が自ら手掛けたNPCであれば、その一面が惜しみなく発揮されたフレーバーテキストに仕上がっていることだろう。

 ちょっとした好奇心からアルベドの設定を覗いたモモンガ、そしてそれを更に横から覗き見したハンザレイであったが、2人ともその行動を2秒後には後悔することとなる。

 

 

「長っがッ!!」

 

 魔王と竜王、2人の異声が重なる。

 

 アルベドに記されたフレーバーテキスト。それは一大叙事詩と呼んでまったく差し支えがないような、長大な文章量であった。流石に今からこれらを読破する時間はとても確保できそうに無い。かといって一度開いて見てしまった手前、すぐに閉じてしまうのも何だか微妙にばつが悪い。やってしまった後悔と奇妙な罪悪感に苛まれたギルドマスターは、とりあえず、と言った体でテキスト画面を下へ下へとスクロールさせていく。絶え間なく新たな文字列が流れ出てくるが、読んでいる暇はない。流し読みとも言えない雑さで勢いよく弾いていく。そしてようやく到達したテキストの最下段。そこに来てモモンガの指は、2つの意味でピタリと止まった。

 

 

 ちなみにビッチである。

 

 

「えぇ……」

「ああ……そういえばタブラさんってギャップ萌えでしたっけ……?」

 

 最下段に記されていた一文。その文字を読み、脳に染み渡らせ、理解という名の現象が起こった時。死の支配者は盛大に呆れの混じったため息をつき、古竜の王は創造主の性を思い出していた。

 

「いや、でもこれは……うぅん……ビッチって……」

 

 どうにもしまりが悪い。週末の追い込みを終え、さて明日は休みだ、と意気揚々と職場を後にした直後、取引先へのちょっとしたお礼メールの送信ボタンを押し忘れていることを思い出した時のような、そんな居心地の悪さが全身を支配する。

 別段、何か問題があるわけではない。所詮今日の日付が変わる頃には1バイトも残らず破棄されるただのテキストデータだ。取引先へのお礼メールにしても、何も今日急いで送る必要性はない。週明け一番に先日は、と頭言葉を若干変えて送ればいいだけの話。何も問題はない。しかし見てしまった以上、気付いてしまった以上は何とも放置し難い。

 

 大したことではない、しかし何故か無視できない事象を前にモモンガは少しの間思考の海に沈み、そして意を決したように「よし」と呟くと、手に持ったスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを翳し、NPC設定の編集コンソール画面を開いた。

 本来であれば外付けのクリエイトツールが必要な動作だが、ギルド武器であるスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使えば直接編集が出来る。その機能を開放させ、アルベドのフレーバーテキストから最下段の11文字を削除していった。傍らで見守っていたハンザレイも、声には出さないが気持ちは同じだったようで、モモンガの一連の動きに口を挟むことはなかった。

 

 しかし、消したは消したで何かしまりの悪さを感じる。タブラが熟考に熟考を重ねたフレーバーテキストであることは見誤りようが無いだろう、この一大叙事詩。文字数制限ギリギリまで綺麗にねじ込まれた文字と言う名の熱量を、僅か11文字だけとはいえ削り取ってしまったその画面に映る空白は、余りにも寂しく見えた。

 

「何か、足した方がいいですかね……?」

「んんんん…………。あっ『ちなみに初心(ウブ)である』とかどうですか? これならギャップ萌えにもなりますし、サキュバスがウブって何かこう、クるものありません?」

 

 助け舟を求めたモモンガであったが、思いの外すぐに代替案を出してきたハンザレイを思わず見やる。前半こそ真面目な口調ではあったが、サキュバスのあられもない心を自由気ままに語る様は、何だかんだで彼もアインズ・ウール・ゴウンの一員であることを思い出させるには十分な証左であった。

 

 「えぇー……」と、主に後半の発言に対しまたしても呆れた声色を発するモモンガではあったが、他に良い代案が浮かばないこと、時間も差し迫っていること、ビッチよりはマシか、と思い直したことなどもあり、そのまま彼の案を採用し、11文字には足りないが追加の10文字を淀みなく入力し、編集画面を閉じた。

 

 

 

 

 

 そんな守護者統括に関する一悶着もあったが、現在の時刻はもう間もなく0時を回ろうかというところ。最後まで残った2人に残された時間は、もう幾ばくもない。

 

 ギルドマスターたるモモンガはスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを手に、玉座へとその腰を下ろす。ハンザレイはそのすぐ傍ら、アルベドと反対の位置に静かに佇んでいる。

 

 

「楽しかった……。ああ、本当に……楽しかったんだ」

 

 

 ユグドラシルでは、表情は分からない。言葉を発した死の支配者たるギルド長が、今どんな顔をしているのか。ハンザレイに知る由はない。

 

 

「そうですね。楽しかった。モモンガさんたちに助けられて、アインズ・ウール・ゴウンに入ることが出来て、色んなことがあって。本当に、楽しかったです」

 

 

 ユグドラシルでは、表情は分からない。返しの言葉を発した、最後まで残ってくれた竜王が、今どんな顔をしているのか。モモンガに知る由はない。

 

 

「ハンザさん。最後までお付き合い頂いて、今まで本当にありがとうございました」

「こちらこそ、色々と助けて頂いて、感謝しています。本当にありがとうございます」

 

 

 ユグドラシルでは、表情は分からない。しかし今この時この瞬間に於いては、表情も、エモーショナルアイコンも、必要なく。無機質無表情な外観データからは、お互いにお互いの表情、感情が確かに感じ取れていた。

 

 

 

 

 0:00

 

 

 

 

 最後の謝辞を互いに述べるとほぼ同時、一日が一周し、新たな一日を迎える。

 

 

 

 その瞬間、DMMO-RPG『ユグドラシル』は確かに終わりを迎えた。

 そして同時に、始まってはならない新たな一日を、世界は刻み出す。

 

 

「……あれ?」

「……うん?」

 

 

 何とも言えない、気の抜けた2人の声色とともに。

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