オーバーロード -死の支配者と古竜の王-   作:佐賀茂

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いざ書き始めてみると、色々と書きたい要素がもりもりと沸いて出てきて大変です。
物語は遅々として進んでおりませんが、何とか進めていきたいですね。
よろしければご賞味ください。


01 -玉座の間-

 

 

 玉座の間。

 ナザリック地下大墳墓が誇る荘厳という言葉が相応しい空間は今、困惑と混乱の空気によって大いに揺れていた。

 困惑の原因は明白。今夜0時をもってサービスを終了するはずのゲームが未だに続いている。通常、メンテナンスやサービス終了などで接続が出来なくなった場合というのは、その殆どがサービスを提供しているサーバー自体の停止によって行われる。つまり、未だ接続が保たれている現状では、そのサーバーダウンの処理に何らかの不具合が発生した可能性が極めて高いと判断出来る。

 

「サーバーダウンの延期……? えぇー……最後までクソ運営ってことかよ……」

 

 ただ2人、アインズ・ウール・ゴウンが本拠地、ナザリック地下大墳墓に残ったうちの1人、ギルドマスターたる死の支配者モモンガが呟く。その声色には先程から続いている困惑の他にほんの少し、怒りがにじみ出ているようにも感じられた。

 しかし、それも無理からぬことだろう。完全に0時丁度にシャットダウンされると踏んでいた2人は、これ以上はないというタイミングでお互いに最期の謝辞を述べ、事前に一悶着あったものの時間配分も完璧、まさに有終の美を飾るに相応しいやり取りをつい先程行ったところである。12年の歳月を費やして完成したお涙頂戴の超大作が、まさかエンドロールが終わった後に「あっ尺余っちゃいました」なんておふざけをするだろうか。さしずめ超大作の主人公と言ってもいい立ち位置にいたモモンガにとって、このまったく有難くない無駄な余韻は、じわじわとした怒りの感情を生み出させるに十二分に足るものだった。

 

「モモンガさん……コンソール開けます? あと、GMコール」

 

 静かな苛立ちを胸に抱えているモモンガのすぐ横、玉座の傍らに控えていたもう1人、古竜の王ハンザレイ・エバー・フラウがギルド長へとその言葉をかける。その声からは焦りや困惑などを――少なくともモモンガが聞いた限りでは――一切感じさせず、ただ淡々と無機質に質問を投げ掛けているかのように感じた。

 

「馬鹿な……コンソールが開かない。GMコール……ダメか……ッ! クソッ! どういうことだ!!」

 

 隣に立つ友人の声に従い、何千回何万回と繰り返した操作を行う。がしかし、常時であればすぐに自身の状態や現在位置、簡易マップ、魔法のショートカット等など、あらゆる基本情報が開示されるコンソールは、いくら操作を繰り返しても浮かび上がらず、沈黙を保つままであった。だが、コンソールが開かなければ通常それ以上の操作は行えないが、緊急時のGMコールだけは別だ。一縷の望みを胸に緊急コールを敢行するも、感触無し。当然ながらログアウトも行えない。これは完全に電脳空間に取り残されたこと、また同時に、自力での脱出がほぼ不可能となったことも意味していた。

 あまりの事態に思わず声を荒げ毒づく。確かに、これまでもクソ運営と罵り、馬鹿にしてきたことは否定しまい。しかしそれはあくまでユグドラシルというゲーム内の出来事に限ってのことだ。サーバーダウンの延期だけであればまだ100歩譲って笑い話にも出来ようが、コンソールは開かない、GMコールは通じない、ログアウトは出来ないとあっては、これはただの不具合として飲み込めるレベルを遥かに超越してしまっている。ユグドラシル運営の落ち度であるのは明らかであり、しかも重大な法令違反を犯している。これが罵らずに居られようか。答えは断じて否だ。

 

 感情の整理もままならない中、じわりとした怒り、困惑、焦燥といった様々なモノに苛まれつつも、モモンガは隣に立つ古竜の王へと視線を送る。彼は先程の発言以降、一言も発することなくただ静かに手を口に添え、思案に耽っているように見えた。

 

 

「どうか、なさいましたか? モモンガ様、ハンザレイ・エバー・フラウ様」

 

 

 モモンガを苛立ちの渦から、ハンザレイを思考の海からそれぞれ引き上げたのは、この場で聞こえるはずがない、傍らに立つ女性が発する声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハンザレイは極めて冷静な精神状態の下、いくつかの疑問に対して脳内格闘戦を繰り広げていた。

 0時を回ったはずなのに、ユグドラシルが終了しない。これについてはサーバーダウンの延期、あるいは何らかの運営の不手際という線が最も濃厚だ。そして何より、可能性として大いに有り得る、極めて単純かつ現実的な想定である。もし問題がそれだけであれば、多少尻切れとんぼ感はあろうが、翌々日あたりには笑い話として一笑に付している程度であろう。

 しかし、コンソールが開かない、GMコールが利かないといった問題は現状笑い飛ばせるものではない。サーバーダウンが正しく行われていないだけであれば、その他の操作は問題なく機能して然るべきなのだ。であれば、ユグドラシル内で何か重大なエラー、またはバグが発生し、その影響でコンソール操作などが効かなくなっていると読める。だが、今日がサービス終了時であれば、当然運営にはエンジニアが控えているはずであるし、そもそもゲーム内で今更重篤なエラーが起きようが、サーバーを落としてしまえば何も問題はないはずだ。今日で終わるのだから。取り残されたユーザーは他にも居るかもしれないが、強制ログアウトでどうにでも出来る。事実、ここに残っている2人はその強制ログアウトの瞬間までナザリックに居ることを決めていた。もし何か強制ログアウトに問題があると分かっていれば、2人ともその時まで残るなんて愚行を犯すことはなかっただろう。

 

 つまり、現状考えられる候補として一番有り得るのは「何らかの理由でサーバーが落とせない」可能性。

 もしかすると、ユグドラシル自体がサービス終了のタイミングを狙われて電脳ハッカーにサーバーごと乗っ取られた、なんてことも有り得るかもしれない。何ともふざけた想定だが、今の荒廃し切ったそれこそクソのような現実世界であれば、その可能性を安易に切り捨てることも出来ない。

 この憶測が当て嵌まっているとなれば、なるほど非常に不愉快だが今の現状にも最低限の辻褄は合う。合ってしまう。

 となると、ログアウトが出来ない今、自力での脱出は不可能だ。電脳法に則って警察側が動いてくれるのを待つしかない。あまり悠長にしていると脳内ナノマシンの排出許容量を超えてしまうが、こればかりは警察の迅速な動きに期待するしかなかった。

 

 

 一通りの疑問に対し仮説と推論を立てたところで、彼は何とも不思議な音色の言葉を耳にする。

 

 

 モモンガを挟んで自身と反対側、玉座から見て右に位置する場所から聞こえる声。この場には、プレイヤーは2人しか居ない。モモンガとハンザレイ、それだけだ。それ以外の存在が声を発するなど本来有り得ない。

 そのような設定は、誰もしていない。

 

 

「どうか……なさいましたでしょうか?」

 

 

 守護者統括、アルベド。

 ナザリックの全NPCの頂点に立つ"NPC"が、動き、喋っている。あまりに有り得ない光景を目にし、モモンガはその白磁の口をがぱりと開け呆け、ハンザレイはほんの僅か、目を細めるに留まった。

 二度に渡る問いかけに対し返答を得られなかった守護者統括は、その身を揺らし玉座に座るモモンガへと歩みを進める。先程よりも随分と距離が近くなったモモンガの座す玉座の前、それこそ少しばかり腕を伸ばせばすぐにでも触れ合える程の間近で、彼女――アルベドは膝を折り、その瞳を震わせ、墳墓の王を見つめていた。

 

 

「は? え? あ……。……GMコールが、利かないようだ」

 

 

 アルベドの所作に大いに慌て、極度の混乱状態に陥ったものの、モモンガは数瞬後には従来の落ち着きを取り戻し、冷静かつ簡潔に現状の問題点を吐露する。

 

「……申し訳ありません。私にはモモンガ様の仰る"じいえむこおる"なるものについてお答えする術を持ち合わせておりません。守護者統括という身でありながら至高の御方のお役に立てぬこの失態、如何様にでも罰をお与えください」

 

 しかして、その問題点を聞き及んだ守護者統括たるNPCから語られる返答は、呆気なく、仰々しく、清々しく現状への疑問を加速させるだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 一連の流れをすぐ傍らで傍観していたハンザレイは、絶え間なく流れ出る疑惑疑問の渦に抗う術を持っていなかった。思考に身を預け、脳のリソースを全て当て込み、渦からの脱却をもがくが、それでもなお、彼は冷静だった。

 

 表情が動いている。

 NPCが動いている。

 NPCが言葉を発している。

 NPCとの会話が成立している。

 

 極度の異常事態下に於いて、自身は極めて冷静である。

 

 

 そのどれもが、異常であった。

 勿論、驚きの感情は在った。しかし、どう表現すれば良いのか。驚愕している自分を第三者視点から眺めているような、心の中に波風一つ立たぬもう一人の自分が存在しているかのような、そんな感覚。一切合財分からないことだらけだが、今はこの冷静な自分に感謝しよう、と心を切り替える。

 

 

「アルベド。今、ナザリック地下大墳墓は原因不明かつ前代未聞の異常事態に見舞われている。そのため、いくつか君……と……えー……セバス。君たち2人に質問をしたい。構わないかな?」

 

 

 出来うる限り温厚な声色になるよう努力し、NPCへ声を掛ける。

 認めよう。異常であると。であれば、今ここで成すべきことは混乱と困惑を撒き散らすことではない。少しでも情報を集めることだ。

 NPCたちが勝手に動き出し、あまつさえ会話も成立するとなれば、最早慣れ親しんだナザリックでさえも未知の領域となる。全てが謎の状態だ。であるならば、少なくとも手の届く範囲――ナザリックに関することは早急に既知とせねばならない。

 しかし、この発言一つとっても、至極冷静に高い可能性を判断する自分と、おいおいおい大丈夫か、とたたらを踏む自分が居る。

 アルベドに関しては先程の発言――モモンガとハンザレイを様付けで呼んだこと――から、少なくとも敵意や害意といったものは無いとみていいだろう。どれだけ悲観的予測を立てたとしても、今すぐに襲い掛かってくるようなことは無いと信じたい。

 一方、第九階層から付き従えと命令していた他のNPCは完全に未知数だ。ただ、守護者統括という立場にあるアルベドがああなのだから、いきなり180度展開が引っくり返ることはないだろうと踏んでいた。

 

「許可など! そんなものを求める必要など御座いません。至高の御方たるハンザレイ・エバー・フラウ様はただ一言、質問に答えよと命じるだけで良いのです」

「アルベド様の申す通りで御座います。我々は至高の御方々に忠誠を尽くす身。如何様にでもお命じ頂ければと存じます」

 

 希望的観測も多分に混じっていた推測だが、少なくともこの玉座の間に於いては杞憂と見て良いほどの返答。それどころか、両名から溢れんばかりの忠誠心を肌で感じ入ることが出来る。ふと視線を奥にずらすと、セバスの後ろに並んでいた戦闘メイド(プレアデス)の面々からも同じような気配を感じる。皆、声を発することこそないが、その視線はモモンガ、そしてハンザレイを見据えており、その視線からは敵意はおろか、ネガティブな感情は一切読み取れなかった。

 

「ありがとう、2人とも。それと俺のことはハンザレイでいい。長いでしょ? ああ、セバスはもっと楽にして」

「はっ。お心遣い感謝致します、ハンザレイ様」

 

 

 何故、気配と感情を察知出来たのかは直ぐに思い当たった。というより、ハンザレイの身体が実感した、と言うべきか。

 ドラゴン種が持つパッシブスキル、竜の超知覚(ドラゴン・センス)の影響だ。これは敵感知(センス・エネミー)と呼ばれるユグドラシルの魔法と似た効果を持つスキルで、敵感知に比べ、より広範囲を察知することが可能だ。また、魔法ではなくスキル扱いのため、各種妨害魔法や探知阻害魔法にかかりにくいというメリットも存在する。勿論、隠形に特化したプレイヤーを残らず炙り出せるほどの性能はとても有していないが、一般的なモンスターや探知対策を怠っているプレイヤーなどには十分効果的だ。このスキルもあって、彼はパーティ内では場合によって探索役(シーカー)の真似事も出来る。

 

 想定外ではあったが嬉しい情報が手に入り、ハンザレイは心なし警戒の糸を緩めた。先程よりも言葉遣いが柔らかくなっていることがその証左であろう。そしてその言葉一つに対しても、過剰とも言える礼を尽くすNPCに僅かながら面映い気持ちを抱きつつも、さてここからが本番だと言わんばかりにその心と表情を引き締める。

 

「それじゃ、いくつか聞いて行くよ。何を、と思うような内容もあるだろうけど、大事なことだから正直に答えて欲しい」

 

 そう言って、目の前で膝を付く2人の表情を確認するがその顔は真剣そのもの。ただ、彼らNPCがどう思っていようがその心情自体は関係がない。こちらからの質問というのは、ただの事実確認に過ぎないのだから。

 

「では。2人とも、先ず自身の名前、創造主、ナザリックに於ける役職を答えて欲しい」

「はっ。先だって御呼び頂きました通り、名をアルベドと申します。至高の御方が一人、タブラ・スマラグディナ様の手により創造されました。大変僭越ながら、守護者統括としてナザリックのシモベらを統括する役を賜っております」

「名をセバス・チャンと申します。至高の御方が一人、たっち・みー様の手により創造されました。ナザリック地下大墳墓内では家令(ハウス・スチュワード)として、墳墓内のメイドたちの管理、またプレアデスの指揮役を仰せつかっております」

 

 ハンザレイの問に対し、一切の淀みなく答えていくNPC。

 

 

 確定事項その1。

 彼らNPCは、ナザリック内で定められたNPCデータを正しく認識出来ている。

 自身の名や創造主、またフレーバーテキストによって与えられた役職を認識していることから、彼らは――実に非現実的だが――ユグドラシルというゲーム世界で創られた設定に沿って動いている。ハンザレイが勝手に動き出したNPCに対し、まず第一に確認したかったことがこれだ。

 

 彼らは果たして()()()()()()()N()P()C()()()()

 

 NPCがいきなり生命を持ち、勝手に動き、勝手に思考するなど本来であれば有り得ない。そんな事実を証拠も無しに言われようものなら、サービス終了予定時刻と同時にNPCの外装データだけを引き継ぎ、誰かが代わりに操っていると言われた方がまだ納得出来る。いくら天文学的確率と言えど、その方がまだ「現実的に有り得る」からだ。

 無論、この問があったからとてこの推論は完璧ではない。NPCの外装データを乗っ取る前に、キャラクターデータやフレーバーテキストを隙間なく網羅すれば、偽ることは可能だ。

 だが、そこまでする理由がない。それこそNPC自体は何もナザリックだけでなく、ユグドラシル全体にごまんと居る。しかも街中のNPCならともかく、ナザリック地下大墳墓をはじめとしたギルド拠点型NPCは、普段誰の目にも入るものではない。それら全てのデータを余すところなく把握し、万全の体制でサービス終了時のゲームサーバーを狙い、NPCを乗っ取り、設定された通りの言動を行う。

 

 まったくもって、行う意味がない。ましてや、それらが可能な程の豊富な人員、技術、リソースがあればそれこそ他にいくらでもやりようがあるし、やれることがある。たかだか「NPCごっこ」のためにそんな一大事件を起こす世界級の馬鹿――それも複数人――が居てなるものか。

 

 つまり、些か逆説的ではあるが――彼らはユグドラシルの、ナザリック地下大墳墓に居たNPCが、そのまま動き出した、と考えるのが巡り巡って一番納得出来る答えとなってしまう。

 

 

「……ありがとう。それじゃ、次の質問だ。君たち2人の一番古い記憶を教えてくれないか」

 

 

 出鱈目にも程がある。

 一瞬よりも長い、しかししばらくよりは短い間に、彼は気持ちの整理を半ば無理やりに区切らせて次の質問に移る。

 

 

「はっ。この玉座の間にて、タブラ・スマラグディナ様に創造されました瞬間に御座います。以降、移動はしておりませんが、玉座の間にて起こった出来事については全て記憶しております」

「同じく、たっち・みー様の御手により創造された瞬間に御座います。たっち・みー様の自室にて命を賜ったと記憶しております」

 

 

 2度目の驚愕。ハンザレイは第2の質問の答えを聞きながら、思わず数瞬の間アルベドへ視線を固定せざるを得なかった。勿論、その感情に揺さぶられることこそ無かったが、この謎の精神状態維持が発揮されていなければどうなっていたことか。今この瞬間のみならず、0時を回ってから至極短い間で何度も助けられている。

 冷静な自身を失わない一方で、心の片隅では驚きの連続により半ばフリーズしているであろう本来の自分がちらりと感じ取れるが、そこは努めて無視する。

 彼は僅かに目を細め、セバスへと視線を揺らし、そしてまた直ぐにアルベドへとその視線を戻した。

 

 

 アルベド。彼女は特に不味い。

 

 

 先程ハンザレイはNPCに対し、自身の持つ最古の記憶は何かと問うた。問いへの答えという観点のみで考えれば、セバスの答えが最も適切であると捉えられるだろう。

 しかし、アルベドは違う。問いに対する答えのみならず、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 NPCたちがいきなり動き出し、あまつさえ会話が成立している。そこまでは認めよう。現実世界のAI、いわゆる人工知能がどこまで発達しているのか。具体的なラインは分かり得ないが、忠誠心を持ち、丁寧な言葉遣いを徹底し、質疑に対して応答する。それらが出来るレベルにあると――既に大分滅茶苦茶だが――仮定しよう。

 だが、仮に100歩、いや10000歩譲ってそれが技術的に可能だと仮定しても、アルベドのような『言外に隠された意図を捉え、推測する』なんて芸当は不可能だ。0と1の羅列の塊にそんなことが出来てしまってなるものか。そんなことが可能な存在は、自我と自己を持つ生命体に他ならない。それも極めて高度な知性と理性を有した人間種にしか有り得ないことだ。少なくとも、現実世界では。

 

 

 確定事項その2。

 彼らNPCは、"創造されてから今現在に至るまでの"記憶を持っている。

 本来は、彼らに創造された記憶があるのかどうかが分かれば及第点といった内容の質問だった。しかし、アルベドの返答によって確定事項が更に具体的かつ破滅的な方向へと肉付けされてしまった。

 

 彼らはNPCである。NPCではあるが、既にNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)の域を大きく逸脱している。これはもう、一個の生命体だ。そう思って接する方がいいだろう。書き記されたフレーバーテキストがどこまで効力を発揮するのかは未だ不明――彼らNPCはそのほとんどが、ナザリックへの忠誠心を書き込まれている――だが、少なくとも、絶対的な効力を持っている前提で動くのは危険極まりない。彼らに考える力がある以上、その上に胡坐をかくような愚は冒せない。

 

 

「……うん。それじゃ、最後の質問。君たちはナザリック地下大墳墓から外出は出来る?」

 

 

 聞いておきながら何だが、正直この質問の答えは分かり切っている。いや、先のアルベドとの問答で分かり切ってしまったと言うべきか。

 ユグドラシルにおいては、拠点NPCを拠点外に連れ出すことは出来ない。そう、ユグドラシルというゲームシステムの中では。

 

「可能で御座います」

「はっ……可能、に御座います」

 

 妖艶たる守護者統括は全てを見通した声色で。老練たる家令は質問の意図が読めず、やや遠慮がちに。それぞれが問いに対する返答を唱えた。

 

 

 確定事項その3。

 彼らNPCは、ユグドラシルのゲームシステムに縛られていない。

 まあ、勝手に動き出した上に一端以上の思考力まで見せ付けられた以上、今更に何をいわんや、である。しかし、これでナザリック内のNPCについては凡その予測を立てることが出来る。

 基本的に彼らはフレーバーテキストによって、程度の差はあれどそれぞれ創造主から性格付けをなされている。無論、全てのNPCのフレーバーテキストを覚えているわけではない――むしろフレーバーなんて覚えている方が少ない――が、ナザリックに属するほとんどのNPCは、このナザリック地下大墳墓への忠誠を最初に記されているはずなので、直ちに大きな問題となることは無いと見ていいだろう。

 むしろ問題は、その設定を覆してしまうほどの何かが起きてしまった場合だ。今のところテキストの設定通りに動いている彼らではあるが、繰り返すがそれらが絶対的な効力を持っているとは考えにくい。つまり、今でこそテキストに記されている忠誠心を発揮してはいるが、何かの拍子でその忠誠心が低下、またはなくなってしまうことも十分に考えられる。

 

 一般論として、忠誠を誓う者がその忠義を失う時。それはやはり、忠誠を誓う主そのものが、それを捧ぐに値しないと判断された時だろう。となれば、身勝手や短絡的な行動は出来る限り慎まなければならない。少なくとも、未だ不明点が多い現段階ではっちゃけてしまうのは愚の骨頂。いったい何の悪戯か、NPCたちが自身で考えて動くようになってしまった以上は早々に見限られるような事態は最大限に回避していくべきだ。

 

「うん、色々とくだらないことを聞いてしまって悪かった。ありがとう」

 

 つまりは、忠誠を尽くしてくれる――多分――相手に対しては、こちらも礼儀を尽くさねばならぬのが道理。言葉一つ、身振り一つ取っても油断は出来ない。はっきり言ってかなりのクソゲー感をひしひしと感じるが、事態が訳の分からないまま進んでしまって、しかも後戻りは出来ないとなればもうどうしようもない。

 意味わかんねーよふっざけんな、と焦りに焦りを重ねているもう一人の自分が感じられるが、そんなものは努めて無視する。

 

 

「ふむ……ありがとうハンザさん。大体は……恐らく、理解した」

 

 

 守護者統括、家令との質疑応答をハンザレイが終えた頃、玉座に座したままの死の支配者が、その骸の奥に秘めた光源を振るわせる。

 

 アインズ・ウール・ゴウンのギルド長たるモモンガは、本人は否定しているが中々に頭が切れる。少なくとも、モモンガ以外のメンバーは皆そう思っているし、当然ハンザレイも同じように感じている。ただ、他の個性的なメンバーと比べて頭の回転力のベクトルが異なっていたために、それが分かりやすい形で発揮される機会にあまり恵まれていなかっただけだ。

 0の状態から1を生み出す発想力、構成力はぷにっと萌え、ベルリバー、タブラなどに軍配が挙がる。咄嗟の判断力、パーティ戦での指揮能力など、思考の瞬発力で言えばぶくぶく茶釜を筆頭に前衛職が――ついでにハンザレイもこの部類にあたる――、また、ウルベルト・アレイン・オードル、ガーネットなどは長期的な戦略面での造詣が深く、軍略にも強い。

 しかし、モモンガの強みは0の状態から1を生み出す能力ではなく。0から1,2,3……と新たな情報が出始めた時、それらを効果的効率的に組み合わせ、3から5の情報を構成し、5から10の情報を構成し……と言った、断片的な情報からの構築力にかけては群を抜いている。また、長きに渡る間個性的なメンバーを纏め上げていた故か、出揃った情報や主義主張を整理し、折衷案を生み出すのも上手い。彼は決してただ単に祭り上げられたのではなく、名実ともにアインズ・ウール・ゴウンの立派なギルド長であったわけだ。

 

 そんなギルド長はハンザレイがNPC2人に質問をしている最中リスナーに徹していたが、新たに出始めた情報を基に自分なりの結論を立てられたようだ。そしてそれはおそらく、ハンザレイが導き出した推論とさして大差はないようにも感じられた。それはモモンガも同じ思いであったろう。それくらいの思考の連携が出来る程度には二人の付き合いは短くなかったし、何より互いが互いを信用していた。

 

 

「セバス。ソリュシャンを連れ、ナザリック地下大墳墓より半径1キロ圏内を捜索せよ。知的生命体と接触した場合、出来る限り友好的に接し、可能であればナザリックの地表部まで連れて来い。その際、相手側から何か要望があれば余程のことで無い限りは受け入れて構わない。許可する。また、万が一戦闘となった際はソリュシャンを帰還させ、情報の持ち帰りを最優先しろ。期限はこれより1時間とする。その他のプレアデスは第九階層の警備に就け」

「はっ! 直ちに!」

 

 

 モモンガは家令たるセバスと、プレアデスが一員であるソリュシャン・イプシロンに矢継ぎ早に指示を飛ばす。勅命を受けた彼らはすっくと立ち上がると、気勢良い返答とともにすぐに行動を開始した。その目、その表情、その動きには僅かすらの逡巡も無く、使命を全うせんと言わんばかりの勢いのみが、ただ只管に感じられた。ハンザレイも、出された指示に対し特別思うことは何も無い。細部は違えど、同じようなことを考えていたからだ。

 

「モモンガ様。ハンザレイ様。私は如何いたしましょう」

 

 メイドたちへの指示を聞き終えた守護者統括は、その顔に微笑を浮かべ、言葉を投げ掛ける。ハンザレイとしては玉座の間以外の状況も早急に確認したかったところであるが、ギルド長たるモモンガはそれとは別にいくつか確認しておきたいことがあったようだ。

 

「アルベド、触れるぞ」

 

 その一言とともに、モモンガの白磁の腕が伸びる。冒涜的なまでにおぞましいその指が、絹肌といっても過言ではない守護者統括の、戦いという場にはとても似つかわしくない細腕へと触れた。

 

 

「きゃっ」

 

 

 瞬間、身を捩り、あられもない短い嬌声をあげる守護者統括が、そこに居た。

 

 

 

 

 

 

 

「んんッ!? あれぇっ!? す、すまん! 嫌だったか!?」

「はっ!? い、いえ! 決してそんなことは!! も、申し訳ありません!!」

 

 

 盛大に取り乱す死の支配者と、盛大に取り乱した後に取り繕う守護者統括。ああ、何かこんなシーンが載ってた恋愛漫画がどっかにあったような気がするなあ。と、至極冷静な視線とともにハンザレイは無言で観察を続けていた。

 

 

 先程までの問答から読み取れる限り、彼女――アルベドは非常に優秀だ。フレーバーテキストに設定された部分も多分にあるだろうが、幸か不幸かそれらの設定は今のところ良い方面で発揮されている。しかし、そうであればあるほど、今のやり取り程度で取り乱す要素が見当たらない。ほんの少し、それこそ掴むまでは行かず、触れる程度の接触でああも見事に取り乱すなど、容易には考えられない。そしてそれはモモンガも同じ考えだったようで、まさかの事態に完全に泡を食っていた。

 そこまで思考を巡らせたところで、冷静沈着たる竜王は一つの原因に思い当たる。そしてちらり、とアルベドへ視線を泳がせたのち、今までとはまったく違う心情から彼は静かに手を額に当て、視線を落とした。

 

 

 

 

 ちなみに初心である。

 

 

 

 これだ。

 完ッ全にこれだ。むしろ、これ以外の原因が考えられない。ほんのちょっとした悪戯心で新たに書き加えられた10文字。その僅か10文字がたった今、絶大な効力を発揮し、完璧たる守護者統括の牙城を突き崩さんとしている。

 

 しかし、かといってここで折れる死の支配者ではない。大いに慌てたのも僅か数瞬。読んで字のごとく瞬く間に冷静さを取り戻した偉大なる支配者は、場を仕切りなおすためか一つ咳払いを入れると、その骸の最奥に光る瞳を一層際立たせ、言の葉を紡ぐ。

 

 

「ア、アルベド。む……胸を、触っても、よいな?」

 

 

 何言ってんだこの骨。

 言葉にこそ出さなかったものの、その心情を最大限視線に宿し、玉座に座すモモンガへと刺し投げる。しかし、その視線から何かを感じ、そして弁明を持ち出すよりも先に、守護者統括の口と身が動いた。

 

 

 

 

「むゅッ!? む、むむ胸、で御座いますか!? そ、それは勿論至高の御方たるモモンガ様のごめッご命令とあらば直ぐにでもいえ!!! そ、そんな殿方たるモモンガ様が我がッ我が身に触れるなどそんな不敬な……はっ! そ、そうです! 湯浴! ゆあっ湯浴を! なに、何卒! 身を清めるお時間を頂戴したく!!」

 

「えぇ……あぁ、うん……そのー、何と言うか……。すまん……」

 

 

 人というものは、慌てふためくような事態に直面した際、すぐ傍らで自分以上に慌てふためいている者を目にすると、その様を見て逆に落ち着くらしい。アルベドの痴態とも言える様に完全に呆気に取られ、そして平静を取り戻したモモンガは、実に申し訳ないといった様相で謝罪の言葉を口にしていた。

 3分の1どころか3分の3全てが純情な感情に支配されている守護者統括。結果、彼女の落ち着きを取り戻し、ギルドマスターの意図を正しく――NPCに余計な情報を与えないよう――理解させるために、幾ばくかの余計な時間を要した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、もうちょっと他に何かあったでしょう……いやマジで……」

「あの、ハイ。ほんっとすみません……」

 

 

 ようやく本来の姿を取り戻したアルベドに各階層守護者への伝達事項を伝え退室させた後の、玉座の間。

 ナザリック地下大墳墓が誇る絶対の美に彩られた空間にて、見るもおぞましい隔世の存在2体による、異形種大反省会が粛々と執り行われていた。

 

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