そう考えていた時期が、俺にもありました。どうしてこうなった。
相変わらずの遅々ですが、よろしければご賞味ください。
アルベド、セバス、そしてプレアデスたちに指示を出し、結果的に人払いを済ませた玉座の間。残るは白磁の顔を覘かせる
「はあ……。とりあえず、現状の把握をしましょうか」
そう漏らした墳墓の王は力なく、傍らに立つ竜王を覗く。
0時を過ぎても終わらないユグドラシル。
突如自我を持つかのように動き出したNPC。
感情が大きく振れたかと思えば、次の瞬間には細波一つ立たないまでに抑圧される、謎の仕様。
分からないことの方が多いどころか、分からないことしかない。正真正銘、嘘偽り無く全てが未知の状態だ。しかし一方で、モモンガは現状に混乱と困惑こそすれど今自身が置かれている状況、それ自体はそれ程悲観的に捉えてはいなかった。
アインズ・ウール・ゴウンギルド長、モモンガ。本名、鈴木悟には、ユグドラシル以外が無い。両親とは遥か昔に死別し、近しい親族や気の置けない友人なども居ない。小学校を卒業してからは、大気汚染に対応するためのガスマスクを装着し、只管に職場と自宅を往復するだけの毎日。その仕事に遣り甲斐も、キャリアアップも何も感じられない、ただただ日々を凌げるだけの金銭を得るだけの毎日。彩の無い、灰色の繰り返しの中で唯一楽しみとしていたのがユグドラシルだった。
モモンガ自身、このユグドラシルのサービスが終了してしまった後、何を生き甲斐にしていけばいいのかさっぱり分からなかった。それほどまでにのめり込んでいたのだ、ユグドラシルというたかがゲームに。
そんなモモンガから見れば、終わるはずの生き甲斐が終わらず、心血を注いだナザリック地下大墳墓は未だ健在。そしてかけがえのない友人たちの子供とも言えるNPCたちが、自我を持って動き出している。そして自身の傍らには最後まで残ってくれた、頼れる竜王。今の状況は彼にとって――突然の事態における混乱を除けば――正に願っても無いと言えるほど、理想の環境だった。
だが、それはあくまでモモンガ個人の感情だ。最後まで残ってくれたとは言え、傍らに立つ古竜の王が今のモモンガと同じ気持ちなのかと問われれば自信が無い。自身はこの世界に残れたことをむしろ幸運だと思えるがしかし、前代未聞の異常事態であることは純然たる事実。そして同時に、例えモモンガが望んだとしても叶わない、この異常事態からの自力脱出。友人ハンザレイ・エバー・フラウが同じくこの事態を歓迎しているかと言えば、今はまだ未知数という外無かった。
「……ええ、そうですね。そういえばモモンガさん、何かパニクったかと思えばいきなり落ち着いたりしてませんでした? スキルか何かですかね?」
死の支配者の言葉を受け、返しの言葉を発する古竜の王。そして彼は同意の旨を伝えるに留まらず、一つでも疑問を解消しようと意欲的な姿勢を見せる。
「あー……多分、アンデッドの基本特性にもある精神作用無効化が効いたんだと思います。何というか、一定以上に感情が揺れると強制的にフラットに戻されるんですよ。でも、ハンザレイさんもよく落ち着いていられますよね? 確かドラゴン種って精神作用無効化は無かったと思うんですが」
自身の推測とともに、新たなる疑問を投げ掛けるモモンガ。
精神作用無効化のスキルを持つモモンガから見ても、そして、どれだけ贔屓目に傍に立つ竜王を好意的に評価したとしても。彼の落ち着き具合は通常では考えられなかった。その疑問を受けた竜王はしばし考える仕草を見せた後、思考の海の果てに辿り着いた推論を述べる。
つまるところ、精神作用無効化と、精神作用耐性の違いであるらしい。
日付変更と同時に全ての理がぐちゃぐちゃに揺れ動いてしまった今、確固たる確信は持てないが、少なくともハンザレイ自身は自分をそこまで図太い人間だとは思っていない。あんな異常事態に事前情報も無く突然出くわしたとあっては、もっと盛大に慌てふためいて然るべきなのだ。しかし実際にはそれは起こらず、彼は終始、至極冷静な状態を保つことが出来た。それは何故か。
モモンガ曰く、精神作用無効化のおかげで一定以上に感情が昂った場合、それが強制的に抑制されてしまうという。つまり、"無かったことにされる"。その一定というラインがどの辺りに在るのかはまだ分からないが、兎に角この特性のおかげで彼は突然のアルベドの所作に対しても、一瞬の空白は生まれたものの冷静に対応することが出来た。
一方で無効化と違い、耐性というものは言ってしまえばその属性に対する免疫力となる。無効にするわけではないため、無かったことには出来ない。感情の揺れも精神作用という範疇に収まるのならば、喜怒哀楽をはじめとした感情の動きは確かに精神に作用を及ぼすのだ。そして、その精神作用に高い耐性があるのだから、簡単に影響を受けるわけが無い。ハンザレイが冷静にいつつもなお、感情の波に揺れ動く自身を認識出来た理由はここにあると彼は踏んでいた。
見様によっては世界の理が変わってしまった今、無効化よりもある種使い勝手のいい特性とも言える。モモンガの持つ無効化の場合、精神作用に変異が起こってから無かったことにされるまでの間は、どうしても僅かながらのタイムラグが存在してしまう。しかし、耐性にはそれが無い。精神作用の変異に対して真っ向から立ち向かい、そして競り勝っている。そこに伴うはずの混乱も、困惑も、驚愕も、それを収めるまでのタイムラグも、耐性が上回った以上、発生しようがない。
勿論、ここで考察を終わらせることなく、一体どのレベルまでの精神作用なら耐えられるのかといったような実験は不可欠だろう。だが、最上級の異常事態とも言える今の状況に真っ向から立ち向かえているのだから、相当に強固なものであるだろうと推測は出来る。その鉄壁とも言える精神の要塞が容易に陥落するような事態は早々起こらないはずだ。むしろ、そうであって欲しい。
「とまぁ、ゲーム時代は不遇の極みでしたけど、今は何か結構便利っぽいですね。
最後に自身のパッシブスキルの一つを説明し、ハンザレイは言葉を区切る。
正直、今の段階でパッシブスキルや特性についての情報が集まったのは、かなり大きい。それはつまり――魔法やアクティブスキルなどはまだ分からないものの――ユグドラシルをプレイしていた時とほぼ同じ感覚で物事に対処出来る可能性が高まったことを指す。それこそ外装データだけが引っ張られ、実際の中身はただの人間、スキルなんて出せるわけがありません、などという状況に陥ったとあれば目も当てられない。
ひとまず、最悪の事態は回避出来たと言ってもいいだろう。玉座の間にて突如発生したチュートリアルイベントは恙無くクリアといったところか。無論、このイベントも、そして恐らくこれ以降も、運営からのポップアップヒントや、お助けNPCからの助言などは一切期待出来ないわけだが。
「……ふむ、こんなところですかね。ここで出来る限りはやったと思いますから、そろそろ第六階層に行ってみますか? 本格的に色々と試したいですし」
現段階で分かる限りの確認と共有を終え、次なるイベントに向かうためモモンガは自身の指に嵌められている指輪……リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを翳す。
パッシブスキルや種族特性の確認は勿論だが、その他の部分に関してもこの玉座の間にて、時間と手段が許す限りの検討と考察は終わっていた。ちなみにモモンガのパッシブスキルである
そしてそれらの確認を終えた後、彼らは各々の主義思想部分でのすり合わせを行っている。
第1に、今の状態をどう見るか。
これについてはモモンガ、ハンザレイ両名ともに意見は一致しており、ゲームであったはずのユグドラシルが現実になった可能性が高い、と踏んでいる。のっけからぶっ飛んでいると思われても致し方ない結論だが、先程まで繰り広げられていたNPCとのやり取りをはじめ、ゲームの延長線上という括りではどうしても説明が付かないことが多すぎるのだ。そして、どのような推論を立てたとしても現状を打破する手段がない以上、いっその事まるっとそのまま受け入れてしまおうぜ、と言うのが両名共通の思考であった。
第2に、今後のNPCとの接し方について。
ここでは二人の意見が割れた。先だってアルベドとセバスに実施した質疑応答の結果から、NPCには創造されてから今現在に至るまでの記憶――アルベドが際立って優秀だっただけという可能性もあるが――を持っているはず。そしてその記憶がある可能性が高い以上、今更無理に取り繕ってもあまり意味がないのでは、というのがハンザレイの主張。無論、忠誠を受ける身として最低限の礼節は持って然るべきだが。と言うのも、今残っている二人にしろ、その他のギルドメンバーにしろ、彼らは幾度と無くNPCが居る前でくだらない雑談に耽っていたのだ。そういう一面もNPCたちが記憶として保持している限りは、それらを全て無かったことには出来ない。
対してモモンガはハンザレイの言に一定の理解を示しつつも、やはり威厳ある支配者然とした態度を取った方が良いのではないかと主張。今までゲームだったユグドラシルと違い、NPCたちは自分で動き、考えることが出来る。そして先程のアルベドやセバスたちの反応を見るに、明らかに二人を上位者として見立てている。であるならばそれ相応の対応を取り、最大限彼らの忠誠に応えるべきではないか、というロジックだ。
双方それぞれに理のある、そして対となる主張にはなったが、そこは長年ユグドラシルで交友関係を築き上げてきた二人、不毛な言い争いなどに発展することはなく。折衷案として、ギルドマスターでもあるモモンガは支配者然とした態度でNPCたちの忠誠を受け、ハンザレイは威厳溢れるモモンガとNPCたちとの間の緩衝材として、先程の質疑応答のように友好的――つまりは概ね普段通り――なスタンスを取り、しばらく様子を見ることとした。
第3に、自分たちの今後について。
モモンガとしては何としても判明させておきたい一方で、非常に慎重にならざるをも得ない議題である。しかしそんな心配など何処吹く風と言わんばかりにハンザレイは「別にこのままでもいいんじゃないですかね」と、実にあっさり言ってのけていた。
ハンザレイにはそれなりに付き合いのある友人も居るし、モモンガと同じく両親と死別こそしているものの、親族などは今も普通に生活している。現実世界に残してきた繋がりは少ないとは言え、モモンガよりも遥かに多い。
しかしながら、現実世界そのものに対して魅力を感じているかと問われれば、それは否だ。無論、決して簡単に切って捨ててよいものではないが、彼とて今生きている時代に魅力を感じなかったから、そして何より、ユグドラシルが好きだったから、モモンガとともにサービス終了のその時まで玉座の間に居たわけだ。今のナザリックと現実世界を自由に行き来することが出来れば文句なしの理想形だが、どちらかを選べる分岐点に自身が立っているのなら、彼は
これにはモモンガも、最大限の驚愕と歓喜で以って彼の言を歓迎する。もし、我が身一つでこの事態に巻き込まれていたら。想像するだけでも度し難い恐怖と孤独感が押し寄せてくる。だが、この夢とも言える現実がいつ醒めるやも分からないが、少なくとも醒めるまでは頼れる竜王が傍に居てくれることが確定したのだ。これほど喜ばしいことはない。鈴木悟の残滓に燻る最大限の重荷が、綺麗さっぱり取り除かれた瞬間であった。
「そうですね、行きましょうか。……ワープって、どんな感じなんでしょうかね……」
モモンガからの問い掛けに肯定を告げながら、一抹の不安と興味が綯い交ぜになった感情を付け足す。同じく、自身の指に嵌められたリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを眺めながらしばしの逡巡を経た後。ええいままよ、と2人は指輪に意識を傾け、そして玉座の間からその姿を消した。
ナザリック地下大墳墓第六階層、大森林。
地下に続く全十階層から成るエリアの中でも、最大の面積を持つエリアとなる。その大半は鬱蒼と生い茂った森林地帯で占められており、まさしく樹海という表現が最も適切であろう。そしてその樹海の遥か上空からは、ここが地下であることを思わず忘れさせてしまうほどの夜空の帳を、階層全体にかけて静やに降ろしている。
そんな大森林エリアのやや外縁寄りに位置する、樹海から切り開かれた空間。長径188メートル、短径156メートル、高さ48メートルの長大な空間――
第六階層の地に足を運んだ目的は2つ。
広く、障害物も無いこのエリアで、魔法やスキルなどのより本格的実践的な実験を行うことと、先だってアルベドへ指示を出した、各階層守護者の集合先に指定していたことに拠る。
リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンによる転移機能が問題なく発動したことに2人は僅かながらの安堵を覚えていたところ、闘技場の観覧席から突如、一個の生命体が勢い良く飛び出した。
「モモンガ様! ハンザレイ・エバー・フラウ様! あたしたちの守護階層へようこそ! 本日はどのようなご用件でしょうか?」
アウラ・ベラ・フィオーラ。アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーぶくぶく茶釜謹製、ナザリック地下大墳墓第六階層守護者の
モモンガとハンザレイは、元気よく人懐っこい階層守護者にその警戒心を緩め、ナザリック全体が異常事態に見舞われている可能性が高いため、魔法やスキルの実験に来たこと、今後の基本的方針を固めるため、各階層守護者に対しこの第六階層へ赴くよう招集を掛けていることを告げる。
「ちょっとマーレ! 早く来なさいよ! 至高の御方々に失礼でしょ!?」
途中、もう一人居るはずの階層守護者が姿を現していないことに気付いたハンザレイがその事を問いかけると、アウラはすぐさま自分が飛び降りてきた観覧席に向けて檄を飛ばす。その檄を受けた闇妖精の片割れは、観覧席から頭一つを覗かせると、意を決したように――アウラとは大きく異なる格好で――飛び降り、その姿を現した。
「お、お待たせしました、モモンガ様、ハンザレイ・エバー・フラウ様」
マーレ・ベロ・フィオーレ。アウラと同じく第六階層の階層守護者であり、アウラの弟として設定されているNPCだ。双子として創られたからか、服装こそ違えど2人の見目は非常に似通っており、身体的な違いとしては髪型、長く尖った耳の角度、そして瞳の色くらいか。しかし外見こそ瓜二つなものの、その性格は一目見ただけでも分かるくらいに両極端だ。
姉のアウラは快活という言葉がそれ以上無いほどに似合っており、対照的に弟のマーレはやや引っ込み思案、非常に大人しいキャラクターに見える。恐らく、この辺りもぶくぶく茶釜が設定したフレーバーテキストの影響だろう。アルベドの取り乱した様もそうだったが、どうやらNPCにとってはフレーバーテキストの設定がかなり強固な鎖となっているらしい。
2人とも性格に違いはあれど、玉座の間で初めて邂逅したNPCたちと同様にナザリック、ひいてはアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーに対して並々ならぬ忠誠心を持っていることが伺える。この様子であれば、他のNPCに関しても大きな問題にはなるまい。未だすべてが確定したわけではないが、少なくともこれまでのサンプルから得られた傾向で行けば、早々にイレギュラーは起こらないだろうと思える程度には情報が出揃い始めていた。
そして、それとは別に。冷静に考察を続けている落ち着いたハンザレイの中にもう一人、なんてこったいと心中で天を仰ぐハンザレイが居た。
繰り返すが、アウラとマーレは双子の姉弟であり、アウラが姉で、マーレが弟である。
しかしながら、彼らが身に付けているその服装。アウラは姉でありながら、体格にフィットした軽鎧を着込み、その上から純白に金糸の彩が映えるベスト、下半身は同じく純白の長ズボンを拵えている。対してマーレは弟でありながら同じく軽鎧にベスト、そして下半身にはあわや翻らんと見ているこちらの方が心臓に悪い程にギリギリを攻めたミニスカート。そして白のストッキングという出で立ちである。
詰まるところ、いわゆる男装女装である。
ぶくぶく茶釜の
アウラとマーレ2人の協力の下で、魔法とスキルの実験は恙無く行われた。
結論から言えばほとんどの魔法、スキルについてはユグドラシル時代の頃と変わりないものであった。むしろ、発動毎にショートカットから対象の動作を選ぶ必要が無くなり、出したい時に自由に出せるようになったのはメリットと捉えてもいい。コンソールもステータスバーも見えない状態であっても、自身に意識を集中すれば現在のHP、MP、保持する魔法、スキル、それらの効果範囲、射程距離、リキャストタイム、クールタイムまで浮かび上がってくるという、喜ばしくも極めて不可解な謎は増えてしまったが。
そして、各種魔法の実験の中で通信系魔法である
そうこうしているうちに、間もなく守護者統括に指示した時間が差し迫ってくる頃合か。一人、また一人と新たなNPCがその顔を覗かせる。
「おや、わたしが一番でありんすか? モモンガ様。ハンザレイ・エバー・フラウ様。ご機嫌麗しゅう存じんす」
ペロロンチーノ謹製、鮮血の戦乙女。名をシャルティア・ブラッドフォールン。
ナザリック地下大墳墓第一、第二、第三階層守護者、
煌く銀髪、白磁の柔肌、燃え盛るが如き深紅の瞳。その笑顔から僅かに覗く、鋭い犬歯は真祖足り得る一端か。漆黒のボールガウンが奏でる対照的な彩りは、彼女の溢れる気品をより一層の高次元へと押し上げる。
「モモンガ様。ハンザレイ・エバー・フラウ様。命ヲ受ケ馳セ参ジマシタ」
武人建御雷謹製、凍河の支配者。名をコキュートス。
ナザリック地下大墳墓第五階層守護者、
真っ先に目に飛び込むは、ライトブルーに輝く強靭な外骨格。後背より覗く天を突く無数の氷柱、天武を司る四本の豪腕を携えたその様は紛うことなき威風堂々、正に阿修羅が如く。極寒の地にて研ぎ澄ませるは、熱く猛る武人の魂か。ナザリックが誇る最強の懐刀、満を持しての推参である。
「お待たせしてしまい申し訳ありません、モモンガ様。ハンザレイ・エバー・フラウ様」
ウルベルト・アレイン・オードル謹製、炎獄の造物主。名をデミウルゴス。
ナザリック地下大墳墓第七階層守護者、
極めて高い知力と智力を体現せんとした佇まい。その声色から奏でられる極上の調べは天への誘いか、はたまた地獄の業火へと続く大蝦蟇口か。灼熱を思わせる三つ揃いのスーツに忍ばせる、冷淡冷酷なる深慮遠謀。その深淵知の果ては、硝子細工が如く光を放つその眼石から僅か足りとも読み取らせない。
各階層守護者は第六階層の円形闘技場に現れると同時、一人の例外もなくモモンガ、ハンザレイ両名に対し、挨拶の辞とともにその忠誠心を遺憾なく発現させている。予測通り、彼らに対してもフレーバーテキストによって設定された忠誠という文字がその効力を発揮しているのだろう。自身の推測をより磐石にしていく一方、コキュートスも喋るんだ、と妙なところで感心しているもう一人の自分がざわめくが、そんなものは努めて無視する。
「ご指示の通り、第四、第八階層を除く全階層守護者の召集を完了致しました」
デミウルゴスと同時、円形闘技場に姿を現せた守護者統括は、死の支配者より賜った命を無事遂行したことを告げる。そしてその僅かな間に階層守護者たちは誰が指示したでもなくその配置を終え、モモンガとハンザレイの前での整列が完了していた。
集まってくれたことにとりあえずお礼でも言っておいた方がいいかな、などと暢気なことを考えているうちに、アルベドが各階層守護者へ何事かを呼びかけている。何やら忠誠の儀なるものを行うらしいが、モモンガは勿論ハンザレイにも、当然そのようなテキストを記した記憶は無い。名称からして攻撃的なものではないように思えるが、一体何が始まろうと言うのか。疑問と不安は絶えなかったが、かといっていたずらにやめさせるのも憚られた。
そんな支配者2人の思惑を他所に、忠誠の儀は恙無く開始される。
内容としてはシャルティアから順に階層守護者が跪き、最後に守護者統括であるアルベドが締める、宣誓のようなものだった。言ってしまえばたったそれだけの儀式ではあったがしかし、突如動き出したNPCに対して未だ僅かばかりの猜疑心を残していた2人にとって、レベル100足る守護者総勢6名から発せられる暴力的なまでの忠誠心は、彼らに途方も無い圧力を掛けるに十二分に足るものであった。
忠誠の儀を受け、モモンガは思わず精神作用無効化が発動。ハンザレイは自前の耐性によって鋼の表情を堅持していたが一方で、やべぇ、ぱねぇ、と騒ぎ立てるもう一人の自分をどうにかこうにか押さえ込んでいた。
「……ンッン゛ンッ! お、お前たちの忠義、確かに受け取った。皆、見事であったぞ。そして急な呼び立てにも関わらず、こうして集まってくれたことに感謝しよう」
モモンガは意図的に声のトーンを落とし、自身が考える最高の支配者っぽい声色を最大限表現したつもりの支配者ボイス第一声を発する。そして台詞とあわせて声色の脳内自己採点を行おうとしたがしかし、それよりも早く守護者統括の声が届いた。
曰く、感謝などとんでもない。我らシモベに対して遠慮や配慮など不要。至高の御方に忠義を尽くすことこそが喜び云々。
たとえフレーバーテキストによって忠誠心を持たされているにしても、幾らなんでもその心意気は些か高過ぎやしないか。絶対の上位者として扱われている2人はさりげなく視線を巡らせるものの、他の階層守護者もその通りだと言わんばかりの表情。誰も彼もがその忠誠心を天元突破させていた。逆に言えばこれ程の忠誠心があれば早々に敵対したりはしないであろうという安心もあるが、高過ぎる忠誠を絶え間なく受けなければならない身としてはそのプレッシャーが半端ではない。しかも、いつの間にやら至高の御方といった大層な呼ばれ方をされているが、中身は至って平凡な社会人2名である。どれほど支配者らしく振舞おうとも彼らは所詮、現実世界に於けるヒエラルキーでは下層の存在だ。化けの皮が剥がれてしまった時の落差も怖い。
先程とは毛色の違う新たな緊張感を胸にモモンガは、現在ナザリックが原因不明の異常事態に見舞われていること、そしてセバスとソリュシャンをナザリック周辺の調査のため偵察に当たらせている旨を告げた。その内容を受け、アルベドを除く守護者たちに小さいながら動揺が走る。
セバス・チャン。家令という役職に就いているものの、そのレベルは上限である100。こと戦闘力という面では各階層守護者に勝るとも劣らない実力の持ち主だ。特に小細工無しの近接戦闘に於いては極めて高い格闘能力を有する。そんなナザリック有数の手駒を初手から、しかも周辺の偵察などと言う任務に駆り出している事実が、彼ら階層守護者に僅かばかりの動揺と大いなる警戒心を植え付けた。
「さて、セバスが帰ってくるまではまだ猶予がある。それで、その間ちょっと手伝って欲しいことがあるんだ。そうだな……コキュートス」
「ハッ」
モモンガと違い、ハンザレイは忠誠の儀をはじめとした彼らNPCの途轍もない忠誠心に驚きの感情こそ覚えたものの、その心持はギルド長よりも幾分以上、楽観的であった。
玉座の間にてモモンガと認識のすり合わせを行った時も思っていたが、NPCたちは恐らく――テキストに設定された個性や能力の差はあれど――ゲーム時代の記憶を、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーが健在だった頃の記憶を少なくない数で有している。当然、その記憶の中には支配者然としたメンバーなど居るわけがなく。今よりも随分と砕けた口調で、時に笑い、時に喧嘩し、時に鼻の下を伸ばし合っていた連中だ。しかし、そんなゲーム時代の飾らないプレイヤーたちを見続けていてなお、彼らはその溢れんばかりの忠誠心を向けている。フレーバーテキストによる影響で記憶などに関係なく忠誠心を持たされている可能性はあるが、逆に言えば、そこまでの影響力が設定テキストにあるのならば多少のことでその忠誠が揺らぐとも考えにくい。その推測は、先程忠誠の儀を見たことにより図らずもハンザレイの中でより有力な仮定として結論付けられていた。更にモモンガとも話し合った通り、ハンザレイ自身はギルドマスターよりもNPCたちと近い距離で接することを決めたこともあり、もう一歩踏み込んでみることとした。
何より、完全な後衛職であるモモンガと異なりハンザレイのビルドは魔法こそ扱えるものの、基本は前衛職だ。先程の実験で信仰系魔法や単発のアクティブスキルなどは感覚で理解出来たが、それだけで十分な検証をしたとは言い難い。やはり直接動き、自身の感覚と今の肉体がどこまでリンクしているのか、それを知ることこそが何よりも重要だと考えていた。
「コキュートスさえよければだけど、模擬戦でもしてみないか? 俺自身、今の状態でどれだけ動けるのか把握しておきたいんだ」
フシュウッ!
名を呼ばれた凍河の支配者、ライトブルーの蟲王から、一層の気勢を孕んだ冷気が噴き出した。