オーバーロード -死の支配者と古竜の王-   作:佐賀茂

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やっとこさ少しばかり話が進んだ気がします。
ちなみに、ハンザレイくんはユグドラシル時代、ヘロヘロさんと同じくらい他プレイヤーに嫌われていました。当然ですね。
ピンボールマシン、ホームランバッター、四番サード竜王、とか色々言われてたみたいです。

あと、誤字報告を頂きましてありがとうございます。
非常に便利ですね、あれ。見直してはいるのですが、中々撲滅は出来ず助かります。

それでは第4話、よろしければご賞味ください。


04 -異世界-

「ナザリックの周辺で御座いますが、見渡す限りは草原地帯となっておりました。遠方に森林地帯や平野なども見えましたので、恐らくなだらかな丘陵のような立地かと思われます。ソリュシャンのスキルを用いて索敵も行いましたが周囲1キロ圏内に於いては敵対モンスター、知的生命体、人口建築物などは見当たりませんでした」

 

 玉座の間より周辺の偵察任務へと赴かせた家令、セバス・チャンから齎される帰還報告。その口から紡がれる内容は、気持ちよく運動が出来て気分の良いハンザレイ、それを近場で眺めご機嫌であったモモンガ両名の思考能力を奪うには十二分な破壊力を持っていた。

 

 ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの本拠地であるナザリック地下大墳墓はユグドラシルの世界において、グレンデラ沼地と呼ばれるエリアに位置していた、"ナザリック地下墳墓"という名の元はダンジョンである。墳墓の周辺は毒沼で囲まれており、その中に毒耐性を持ったツヴェークと呼ばれるモンスターが闊歩しているような、まさしく悪の居城に相応しい様相を呈していた。そしてギルドメンバーの一人、弐式炎雷が変態じみたプレイヤースキルと行動力で以ってその墳墓を発見。当時のメンバーの奮闘の末見事攻略し、アインズ・ウール・ゴウンのギルド拠点として活用されるに至った。

 つまり、ユグドラシルの世界が現実化したという予測が正しければナザリックの地表は沼地であって然るべきであり、間違っても害一つない草原が広がっているなどあってはならないはず。想定していた大前提が脆くも崩れ去り、至高の絶対者たる死の支配者と古竜の王はしばしの間、沈黙を保たざるを得なかった。

 

「……もう一度聞くが、空に浮かぶ天空城や、草木を踏むだけでダメージを受けるようなフィールドエフェクトの類も一切無かったのだな?」

「はい。御座いません」

 

 信じられないといった心情をどうにか落ち着かせ、再度状況の確認を取るが返されたのは至極短い肯定の言葉。ふむ、と鷹揚に相槌を打ち――実際は大混乱――ながらモモンガはさてどうするかとそのまとまらない思考を動かせる。そこに一筋、伝言による受信を知らせるサインが脳内に響いた。

 

『モモンガさん、これ俺らが一度直接外を見に行くべきだと思います。ちょっと全然訳わかんない状態ですが、まずは見てみないことには。セバスの言うことが確かなら、そんなに危険ってことはないでしょうし』

 

 冷静沈着たる古竜の王から一本の打診が入る。彼も同じ報告をすぐ傍らで受け取っている以上、同じような困惑に苛まれていておかしくないはずだが、そこは精神作用耐性の成せる業か。まずは容易く、そして確実に打てる一手の提案を受けたモモンガは二つ返事で了承し、その旨を伝えるべく守護者たちへと声を発する。

 

「……うむ。セバスよ、重ね重ねご苦労であった。やはり私の予想通り、このナザリック全体が異常事態に見舞われていることは確かなようだ。そこでまずは一度、私とハンザさんで直接外部の様子を確認する。草原ということであれば危険もないだろうしな」

「畏まりましたモモンガ様。それでは供回りの軍を至急編成致します」

「えっ」

 

 今危険はないって言ったよね? 話聞いてた?

 そんな心情を吐露するかのような、短い一言がついつい漏れ出してしまう。幸いながらその一言は誰の耳にも入らなかったようで。意見具申したデミウルゴスはその微笑を湛えたまま、守護者統括を交えて供回りの編成案を物凄い速度と精度、そして規模でもって練り上げようとしていた。

 

 御方の近侍は我ら守護者が務めるとして、その外縁は我々の直下かつ高レベルのシモベが望ましい。私からは三魔将を出そう。コキュートス、君の守護階層から雪女郎(フロスト・ヴァージン)は呼べるかい? そうか、それは重畳。アウラ、君には魔獣の選定を頼むよ。アルベド、どうしました? ……ふむ、確かに。であれば八肢刃の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)影の悪魔(シャドウ・デーモン)なども加えるべきだろうね。ああセバス、モモンガ様も仰られていたが偵察の任、誠にご苦労だった。君はプレアデスの指揮に戻ってくれて結構。後は任せてくれたまえ…………。

 

「ま、待て! 待つのだ! ……今回は供回りは必要ない。セバスから危険はないとの報告もあった。それにあまり大仰にしていては悪目立ちしてしまうだろうからな。だがデミウルゴス、お前の私たちを想う気持ちとその采配は嬉しく思うぞ」

 

 とんでもない方向に舵を切り出していた編成案を、これは不味いと慌てて制止する死の支配者。彼としてはデミウルゴスをはじめとした守護者たちの気持ちは有り難くはあったがしかし、しかしだ。ここは絶対に譲れないモモンガの強い思いがあった。

 

 ユグドラシルの世界には、未知が溢れていた。そしてそんな未知なる世界への大冒険に、かけがえの無い仲間たちとともに歩んでいくことこそが、モモンガの生き甲斐(すべて)であった。誠に遺憾ながらそのユグドラシルは最早潰えてしまったが、何の偶然かはたまた神の悪戯か、こうして新たなる未知にその一歩を踏み出せるチャンスが舞い降りてきた。それも、ユグドラシルの世界で最後までともに在り続けた友人と一緒に、だ。

 そんな何物にも替え難いいっとうの瞬間を、如何に大切なナザリックのNPCたちと言えども邪魔されたくなかった。モモンガにこびり付いた鈴木悟の残滓が、けたたましく声高にその主張を張り上げる。

 

「畏まりました。先走った非礼を何卒お許しください。……しかしながら、供を一人もつけず、ということには承服致しかねます。せめて我ら守護者だけでも、その御身をお守りし盾となるためにも随伴の許可を頂けませんでしょうか。モモンガ様のお言葉に抗った無礼、この命を以って償いたく存じますがしかし何卒!」

 

 流麗な所作とともに、デミウルゴスは己に定められた使命を全うせんが如く訴えかける。彼ら守護者からしてみれば、いくらセバスが確認を行ったとはいえ、その外は完全に未知なる世界。何が起きても不思議ではない状況下に於いて、崇拝すべき偉大なる御方に護衛もつけず送り出したとあっては守護者の名が廃るというもの。これで万が一何事かが起こってしまえば、末代まで語られても何らおかしくない特大の恥である。モモンガの真意とは些かかけ離れた心意気ではあるがしかし、彼らには彼らで絶対に譲れない強い想いがあるのもまた確かだった。

 

「……分かった。お前の言い分も尤もではある。ならば、一人だけ同行を許す。それ以上は許可しない。1分の猶予を与える。その間に決めよ」

 

 そしてモモンガもそんな悲痛な願いに気付けないほど、そしてそれを無碍にしてしまうほど狭量でも、愚鈍でもない。だがしかしそれを勘定した上でなお、大仰な供回りなどはとても許可出来るものではなかった。一人、というのは彼が現状で最大限に譲歩できる妥協案であった。

 更にここでモモンガが優秀だったのは、1分という時間制限を設けたことである。彼も今までのやり取りの中で、NPCたちが尋常でない忠誠心を持っていることは容易に感じ取れていた。彼らの中での優先順位は完全に自分たち、至高の御方と呼ばれる二人に集約されている。そんな偉大なる御方の傍に侍り、護衛の任に就く。NPCからすれば垂涎ものの栄誉であった。そしてそれを予想出来ないモモンガではなく――先ほどの模擬戦相手を決める際の出来事もあって――余計な時間を取られたくないがため、揉めることなく早急に決めろ、と言外にその意図を込めたのだ。

 

「それでは、僭越ながらこの私、アルベドが護衛の任を拝命致します」

 

 恙無く、それは決定された。

 居並ぶ守護者に――主にその意図を察したデミウルゴスとアルベド――よって、粛々と進められた至高の御方供回り選別会議であったが、コキュートスは模擬戦相手という栄誉を既に賜ったため今回は除外。これには本人も納得した。アウラはその特性上、単身での特定個人の防衛には向かないため一歩譲った。マーレも同上ではあるが、それ以上にアルベドから向けられた視線の圧力に屈し、沈黙。残るはシャルティア、デミウルゴス、アルベドであったが、デミウルゴスは先程無礼を働いた件と、能力的な差異を考慮し辞退。シャルティアとアルベドの一騎打ちと相成ったが、今度こそアルベドはその叡智を最大限に発揮し如何に自身が護衛に向いているか、これでもかと言わんばかりにその論を浴びせ付け、シャルティアを精神的にボコボコにした。

 かかった時間はきっかり1分。まさしく完璧な守護者統括の一言で以って、この選別会議は終了――となるはずであったが、またしても鮮血の戦乙女、シャルティアがその顔に焦りを羨望を張り付けて追い縋る。

 

「ま、待ちなんし! 確かにモモンガ様の護衛はアルベドで問題ないでありんしょうが、ハンザレイ様の供回りは未だ決まっていないでありんす! 今度こそわらわ、シャルティア・ブラッドフォールンの出番にありんす!!」

 

 1日1回の切り札、一人称わらわを持ち出してまで放たれた必殺の一撃。それにはさしものアルベド、デミウルゴスの両者も幾ばくかの衝撃と、沈黙を持ち出さざるを得なかった。

 

 確かに。

 モモンガは先程、一人までは供回りを許す、と言ったが、その一人の範囲までを定められてはいなかった。屁理屈とも取れるが『御方一人につき一人の護衛』と捉えることも、可能。また一般的に考えて、二人の護衛対象を一人で守り切るのには若干の無理がある。それで万全の体制と果たして言い切っていいものか。

 僅かな光明が、現実的な光となりシャルティアへと降り注ぐ。アルベドが護衛に一番向いていることは悔しいが認めよう。だが、次点は譲らない。デミウルゴスは既に辞退、コキュートスは今回は除外。アウラとマーレは確実とは言えないが、流石にアルベドを除いた各員の中、誰が護衛に向いているかくらいは分かるだろうし、それくらいであれば言い包める自信が彼女にはあった。

 勝った。先程の必死の形相は何処へやら、見た目相応の可愛らしい屈託の無い笑顔を浮かべて、彼女は小さくガッツポーズを握る。

 

「あー……まぁ、そうも取れるよな、うん……。デミウルゴス。第七階層からヴァネスティアを呼んで……いや、地表部入口で待機するよう伝えておいてくれ。彼女に任せる」

 

 そうして放たれた起死回生の一手は、偉大なる御方ハンザレイ本人の一言によって、見事に、完璧に、呆気なく防がれた。

 ナザリック地下大墳墓、第一、第二、第三階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールン。第六階層円形闘技場にて堕つ。

 

 

 

 

 

 

「シャルティア、落ち込むのもそれくらいにしなさいよ。いやそりゃ、気持ちは分かるけどさ」

「シャ、シャルティアさん、げ、元気出してください……」

「う、ううぅぅぅうぅ……同情は要らないでありんすぅ……」

「いやはや、しかし今思い返してみても素晴らしい模擬戦闘だった。コキュートス、実際にハンザレイ様と刃を交えてみてどうだったかね?」

「ウム……互イニ全力デハナカッタトハイエ、アノ防御ヲ貫クニハ並ノ手段デハ極メテ難シイ。ソシテアノ衝撃。マサシク偉大ナル御方ニ相応シイ、素晴ラシイ力ダッタ」

 

 三者と二者に別れ、それぞれの思いが吐き出される第六階層、円形闘技場。モモンガ、ハンザレイ、そしてアルベドの3人は外部視察のため、既にこの場を後にしている。偵察の任を終えたセバスはそのまま第九階層の守護、プレアデスの指揮のため持ち場に戻っており、残された階層守護者たちは各階層の警備体制や連絡体制の見直しを命じられてはいるが、それらはアルベドが戻ってきてから詰めた方が良いだろうとのことで、こうやってしばしの間、歓談に耽る余裕が生まれるに至った。

 

「あ、そういえばさデミウルゴス。ハンザレイ様の仰っていたヴァネスティアって確か第七階層の領域守護者だよね? あたし詳しくは知らないんだけどどんな感じなの?」

「ハンザレイ様自らが御作りになったシモベの一人だよ。レベルは90、我々に比べれば少しレベルは劣るが……まあ、護衛という任に於いては適任ではあるだろうね」

 

 いつまで経っても一向に回復の兆しを見せないシャルティアを早々に諦め、アウラは先程話題に上っていた一人の名を思い浮かべ、その疑問をデミウルゴスへと投げ掛ける。

 基本的に階層守護者たちの情報網は、自身が受け持つ階層に限る範囲で完結している。無論、最低限の情報共有はしているしある程度のことは互いに把握しているが、各階層に階層守護者という名の責任者が定められている以上、その統治や詳しい内情について態々口を出したり調べたりはしない。それは各階層とその守護者を定めた至高の御方の方針に背くことに他ならないからだ。アウラがある意味で他人の家の住人とも言える、第七階層の領域守護者のことを詳しく知らないのは無理からぬことと言えた。

 そんなアウラに対し、優しい口ぶりで己が持つ情報を伝える第七階層の階層守護者。彼は最上位悪魔(アーチデヴィル)という種族にある通り非常に老獪で、冷徹で、残忍で、情け容赦がない。しかしそれはあくまで、ナザリックの外に向けられるものだ。ナザリック内の同胞に対しては非常に優しく、悪魔らしからぬ慈悲深さを発揮する。一方でただ一人、ナザリック地下大墳墓の家令たる例外が何故か存在するのだが。

 

 そんな平和なやり取りが行われている一方、モモンガ、ハンザレイ、アルベドの3人は無事ナザリック地下大墳墓の第一階層を抜け、その地表部へと足を運ばんとしていた。地表へと抜ける階段を歩み、その終わりに間もなく差し掛かろうというところ。こちらに向けて膝を折り、その顔を伏せたまま微動だにしない一体のNPCが目に入る。

 そんな3人の気配を察知したかそのNPCは顔を上げ、他の例に漏れず絶対の支配者たる2人と、守護者統括たる1人に向けて恭しい程の挨拶の言の葉を紡ぐ。

 

 

「御待ちしておりました、モモンガ様、アルベド様、そしてお父様。この私、ヴァネスティア・フラウがお父様の護衛の任、完璧にこなして見せましょう」

「……くっふぅッ!!」

「ハ、ハンザさん!?」

 

 絶対の鉄壁を誇った古竜の王の精神作用耐性が今、無残にも砕け散る。

 ナザリック地下大墳墓、ギルド、アインズ・ウール・ゴウン至高の四十一人が一人、ハンザレイ・エバー・フラウ。第一階層地表部間近にて堕つ。

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓第七階層、『黒焦げた廃村』領域守護者、ヴァネスティア・フラウ。

 ハンザレイが自ら作り出したNPC、計3体のうちの1体である。そのレベルは90に上り、ナザリック内全NPCの中でもその実力は、上位とは行かないまでも上から数えた方が早い位置にいる。

 身長は170センチ半ば、女性としてはやや高めの体躯を持ち、浅黒い褐色の肌が夜の帳によく馴染んでいる。手入れされているとはお世辞にも言い難い乱雑な黒髪は、肩口程度の長さで揃えられていた。その黒髪に埋もれることなく左サイドの辺り、一束の純白のメッシュがその存在を主張している。そしてその顔から一層輝く、二つの光源。吊り目がちの瞼から漏れ出す、深紅に彩られた双瞳からはデミウルゴスより伝えられた大任を全うせんが如く、その心意気と熱意を分かりやすく覘かせていた。

 有体に、勝気な美人、と評して差し支えない容姿。たわわとは呼べないものの、ほどほどに実らせた胸部と臀部。胸甲鎧(ブレストプレート)に身を包み、大戦斧(ポール・アックス)を携えた戦士然とした佇まいにはやや似つかわしくない、女性らしいプロポーションを併せ持つ。がしかし、女性らしからぬ獰猛な顔付きは勿論、それ以上に主張するパーツが、彼女をただの女性ではないと思わせるに十分なインパクトを誇っていた。

 背中から伸びるは一対の翼。臀部からは逞しい一本の尾がその顔を覗かせており、引き締まった表情を彩るかのように、赤く染まった鱗が輪郭に沿って居並んでいる。

 

 原始の赤竜(レッド・ワイルド・ドラゴン)。ヴァネスティアの種族である。通常であればハンザレイと同じような様相を持って然るべきであるが、ここに竜人(ドラゴニュート)の種族レベルも加え、人間の女性に近い出で立ちを設定している。

 そして彼女のビルドは、ハンザレイが好んで用いるノックバック戦術をNPCで再現出来るかどうかということを念頭に置いて組み上げられた。ハンザレイのビルドからMPや魔法といった要素を削ぎ落とし、さらには攻撃力をも切り捨てて、防御力とタフネスに純特化させた仕様である。レベルは90ながら、その体力と防御力に於いてはレベル100の一般的な前衛職のパラメータをゆうに凌ぐ程高められていた。そして、ハンザレイの剣と違い得物を大戦斧とすることで長大なリーチを獲得。ここにヘロヘロ謹製の戦闘AIが加わった結果。敵の残り体力を無視し、一定以上近付いた敵、または状態異常を受けていないにも関わらず一定時間静止状態――高確率で詠唱時間の長い魔法を準備中――にある敵を優先的に狙い、ところ構わず弾き飛ばすという、中々に迷惑な仕様が出来上がった。彼女が居を構える第七階層では溶岩やマグマがそこかしこを這い回り、フィールドダメージには事欠かない。また、階層守護者であるデミウルゴスはどちらかと言えば後衛のため、その相性も良かった。

 

 そんな彼女であるが、当然他の例に漏れずハンザレイ自身の手によるフレーバーテキストが設定されている。

 曰く、歯に衣着せぬ快活な性格。曰く、戦うことが好きで乱戦防戦にめっぽう強い。曰く、頭は悪くないが直接戦闘以外に興味がないため、戦略を練ったりは苦手。曰く、プライベートは割と無頓着。曰く、意外と初心である……等等。ハンザレイの趣味趣向が結構な割合で練り込まれたテキストとなっていた。そんな設定の中でヴァネスティアに限らず、彼が作成したNPC3体ともに共通して書き記されている文言がある。

 

 曰く、彼女たちはハンザレイが冒険の途中で出会い、保護した竜たちであり。彼女たちが幼竜の頃から面倒を見ていた、そんな彼と彼女の関係は、いわばハンザレイを大黒柱とした家族と言って差し支えない間柄である――。

 

 自らがゲーム時代、その妄想を存分に働かせて書き殴った設定にあろうことか命が吹き込まれ。そして今、特大の爆弾となって猛然と襲い掛かっていた。

 

 

 

『ちょっと! ちょっとハンザさん! しっかりしてください! 大丈夫、傷は浅い!!』

『ああ……もうたまらん……俺の、俺のヴァネちゃんが喋ってる……しかも"お父様"て。"お父様"て!! あぁーやべぇ……おいちゃんは今、猛烈に感激している……ッ!』

『おい! 悦に浸ってるんじゃない! アルベドも居るんですよ!?』

『うるせえ骨! もうちょっとこの余韻に浸らせろ!!』

『アンタ自慢の精神作用耐性どこにやった!?』

 

 素っ頓狂な声を挙げたのも束の間。一瞬にして外面だけはどうにか整えたハンザレイではあるが、その心は大海原に突如到来したハリケーンが如く荒れ狂い、のたうち回っていた。モモンガの必死の説得もむなしく、しばしの間彼の精神は、耐性など知ったこっちゃないと言わんばかりに世界の向こう側へと旅立ってしまうこととなる。

 

「……ハンザレイ様と貴方の関係をとやかく言うつもりはないけれど……油断無くハンザレイ様をお守りしなさい。もし万が一があれば……分かっているわね?」

「無論、この命に代えても」

「そう。ならいいわ」

 

 ギャーギャーと伝言の魔法で言い争っている絶対の支配者二人を他所に、シモベたるアルベドとヴァネスティアの間では至極真面目なやり取りが行われていた。

 

 

 

 

 どうにかこうにか事態を収束させたモモンガとハンザレイ――主にハンザレイの暴走が原因だが――は、それぞれのシモベを連れてナザリック地下大墳墓より地表部へとその顔を覗かせる。

 

 初めて目にする自然の営み。

 初めて感じる心地の良い風。

 初めて踏み締める人工でない大地。

 初めて香る土と草の匂い。

 初めて見通す澄んだ空気の向こう側。

 

 支配者二人はその情景に、情けない感嘆の声を挙げざるを得なかった。

 そして驚きの感情そのままに、モモンガは<飛行(フライ)>の魔法を唱える。同じくハンザレイもその大翼を振るい、死の支配者と古竜の王は、瞬く間に夜空の先へと飛び出していった。アルベド、ヴァネスティアの二人も大慌てで彼らの後を追う。

 その高度をぐんぐんと上げ、散在する雲の隙間を縫い、到達した雲庭の上。視線を上げればそこには夜空に輝く満天の星空が煌びやかにその存在を主張し。視線を下げればそこには大いなる緑と青が、どこまでもどこまでも延びていた。

 

「……すげえ……」

「……美しいな」

 

 絶対の支配者二人は改めて、極短い感嘆の声を漏らす。

 クソったれた現実世界では、如何なる上位者であろうと絶対に拝むことは出来ないであろう、大自然が齎す奇跡。この光景を自身の目で見られた、その事実だけで、突如起こった異常事態への帳消しどころかお釣りがくる。人一倍自然というものに入れ込んでいたギルドメンバーの一人、ブルー・プラネットであれば、余りの出来事に発狂していたかもしれない。それ程までに現実世界では見られることのない景色であったし、また同時に彼の入れ込み様を理解出来てしまうくらいには素晴らしい景観であった。

 

「お望みとあらば、ナザリック全軍を以ってこれら全てを掌握し、献上致します」

 

 そんな二人の傍らに佇む守護者統括から言葉が発せられる。無音の感動に入っていたモモンガからすれば、突然の横槍とも言えるそんな発言に少々の苛立ちを覚えたものの、それを罰するというのはあまりにも我侭に過ぎる。だから彼は、アルベドの言に無視することなく応えた。

 

「ふはは、まだどんな存在が居るかも分からないこの状況でか? しかし、そうだな……世界征服なんていうのも、面白いかもしれないな」

「いや、いきなり何言ってんですかあんた」

「えぇー……」

 

 支配者然とした立ち居振る舞いと口調でもって今の感情を吐き出すモモンガであったが、その言葉に今度こそ無粋な横槍が突き刺さる。

 

「お父様は、お望みでないと?」

「うーん。いや、面白そうだなとは思うよ? でもなぁ……ていうかヴァネスティア、普段通りでいいよ。ここにはモモンガさんとアルベドしか居ないし、正式な場でもないからさ」

 

 つっこみを入れたハンザレイに対し、傍に控えるヴァネスティアが疑問を投げ掛ける。彼女もまた主に絶対の忠誠を誓うシモベの一人として、偉大なる御方が望まれるものがあれば全力で以ってご用意する所存であったが、返ってきたのはいまいち要領の得ない、煮え切らない回答であった。直ぐの納得とは行かなかったがしかし、それとは別に投げ掛けられた言葉に彼女は満面の笑みを浮かべ、肩の力を一気に抜いた。

 

「あ、ほんと? あ゛ぁぁーよかった。あれ疲れんのよマジで。父さんも大変だよねえ」

「……っ! 貴様……! ハンザレイ様に対しなんという……ッ!!」

「はいアルベドストーップ。ステイステイステイ。俺が許可したから、大丈夫だから。これは不敬じゃないから。ね?」

 

 その態度と口調を一気に軟化させたヴァネスティアに対し、許し難いと憤るアルベド。そしてその反応を十分に予測出来ていたハンザレイはすぐさま彼女の暴走を止める。シモベらしからぬ態度を取った本人は守護者統括のいきなりの怒気にびくりとその肩を震わせ、至高の御方であると同時、偉大なる父上によって齎された平和に、安堵の息を漏らす。

 

「ふむ。しかし、これからどうしましょうか」

 

 ちょっとした寸劇をすぐ横で見ていたもう一人の支配者は、それらが一段落ついた頃を見計らい、声をかける。その声色には大自然を目にしたことによる感動、寸劇を目にしたことによる呆気、そして今後の展望を見通せない若干の不安が綯い交ぜとなって込められていた。

 

「うぅーん……。先ずはこの世界を見て回りたいですよね。人は住んでいるのか、居るとしたらどれくらいの規模で、どれくらいの文明レベルなのか、モンスターなんかも居るのか。具体的にどうしていくのかってのはもう少し情報が集まってからでもいいでしょう。差し当たっては、もっと広範囲の周辺情報を集めて……いやぁ、夢が広がりますね。俺ちょっとワクワクしてますよ今」

「そう、ですね。ひとまずは情報を集めて、それから決めますか。……ふふ、実は俺もワクワクしてます。ユグドラシルとはまったく違う世界……上等じゃないですか。俺たち二人の手で全ての未知を解き明かしてやりましょうよ」

 

 モモンガにも、ハンザレイにも、ユグドラシルが現実になったという予測を大幅に越え、まさか異世界に迷い込んでしまったことに対する不安や不満は、もはや微塵も残っていなかった。

 

 だって、モモンガにはハンザレイが居る。ハンザレイにはモモンガが居る。そして二人には、ナザリックがある。一体全体これのどこに不安を感じようか。彼らの胸中には友と、そしてナザリックとともに歩む新たなる世界への一歩に向けた、期待と希望と歓喜のみが、爛々と灯っていた。

 

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