オーバーロード -死の支配者と古竜の王-   作:佐賀茂

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さすデミ。

よろしければご賞味ください。


05 -赤熱神殿-

「――それで? 一体何です? 改まっての話というのは」

 

 ナザリック地下大墳墓第七階層、赤熱神殿。かつて存在した、古代ギリシャ風の趣が随所に感じられる文字通り神殿のような領域。しかしその様相は聖なる場所というには余りにも冒涜的で。そこかしこが破壊され、僅かに残る白く長大な円柱も、見るも無残に荒廃した全体像からすれば、かつての威容を体現するには少々どころではなく役者不足であった。

 そんな悪魔的な領域に居を構えるは、第七階層守護者、デミウルゴス。廃墟となった神殿にこそ相応しいと言わんばかりの鷹揚とした態度の最上位悪魔は、予定されていたとはいえ少々不可解な来客を相手にしかし、普段湛える微笑は鳴りを潜め、眼光鋭く来訪者を見据えていた。

 

「ええ。貴方の耳には先に入れておこうと思って。……モモンガ様とハンザレイ様に関わることよ」

 

 悪魔の見据える先、純白のドレスに身を包み黒翼を悠々とはためかせる、守護者統括という地位を賜る女淫魔、アルベド。彼女も同じく、普段は女神が如く覗かせる微笑をその奥に静かに仕舞い込み、神妙な表情で以って最上位悪魔の視線に応える。

 そしてアルベドの傍ら。本来であれば第七階層守護者と守護者統括という、ナザリックが誇る二大頭脳の情報交換の場にはあまりにも似つかわしくない、もう一人の来訪者。否、来訪、というには少々語弊があるかもしれない。彼女は赤熱神殿へ足を運ぶことが珍しいとは言え、デミウルゴスと同じく第七階層を守護するうちの一人なのだから。

 第七階層、黒焦げた廃村領域守護者、ヴァネスティア。彼女もまたアルベドに倣いとある話を持ち出すべく、デミウルゴスの下へと馳せ参じていた。

 

「……聞きましょう」

 

 デミウルゴスからすれば、これは少々の想定外。しかしながら、来訪者の顔ぶれとそのトピックスを伝えられた今となっては、話の核は十二分に予測が付く。まるで場を整えるかのように眼鏡のブリッジをくいと持ち上げ、彼はその姿勢を正した。

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓、第六階層、円形闘技場。そこには外部視察を終えたモモンガとハンザレイ、護衛として付き従ったアルベド、ヴァネスティア。そしてアルベドを交えて今後の警備体制および連絡体制を見直す話し合いのためその場に残っていた、各階層守護者の姿があった。

 

「さて。私とハンザさんとで改めて外部を確認したところ、セバスの言うとおりの景色が広がっていた。俄かには信じがたいことだが……このナザリック地下大墳墓全体が、どこかユグドラシルとは違う異世界に転移してしまったことは確実だな」

 

 居並ぶ守護者たちを前に、重い口を開く死の支配者。その言葉を受けたアルベド、ヴァネスティアを除く守護者らは改めて警戒心を強める。見知った大地ではない、まったく新しい世界。敵対者の有無、規模、レベル。それらすべてが未知数。何としてでもこのナザリックを、そして至高の御方たるお二人をお守りせねば。警戒心を遥かに上回る、より一層の使命感が彼らの心を燃やす。

 一方のモモンガはといえば、一言で言ってしまえばかなりの楽観視をしていた。先程の重い口調も、それを意識しなければこれからの未来に馳せた想いそのままに、思わず浮ついた口調で喋りかねなかったからだ。早くも支配者モードが板に付き始めているあたり、彼の順応性の高さ、そしてNPCに対する高い意識が伺える。無論、未知の世界であるがために警戒や調査は絶対に必要だ。流石にそこまで抜けてはいない。しかしそれでも、彼の脳裏には先程見た、見てしまった素晴らしい景観が強くこびり付いていた。

 そんな彼は、先程この場に戻ってくるまでに傍らに立つ友人と、ひとまずのところ練り上げた案をNPCらに伝えていく。極めて高い知力を持つアルベドも特に反対はしなかったことから、凡そ的外れな策でもないはずだ。

 

「今後の方針だが、当面は軸を2つとする。ナザリックの隠蔽と、情報収集だ。上空からも確認したが、今の立地ではこの墳墓はあまりにも目立ちすぎる。このままではそう遠くないうちに何者かに発見される可能性が高い。我らが誇るナザリックが簡単に堕ちるなどとは考えていないが、すべてが不明な今、避けられるリスクは避けるべきだ。そしてナザリックの隠蔽工作はマーレ、お前に一任したいと思う。私やハンザさん、他の階層守護者などに相談しても構わない、お前なりの隠蔽策を考案せよ。ただ、上空部分に関しては私が後ほど幻術を張ろう」

 

 アルベドをはじめとしたNPCには伝えていないが、モモンガとハンザレイとの間で決められたもう一つの方針がある。

 それは、各NPCの考える力を確認すること。そして、成長の余地を判断することだ。

 先だって、アルベド、そしてデミウルゴスに関しては既に高い能力を持つことが判明している。これは前者がナザリックを統括する内政官であり、極めて高い実務能力を持つこと、後者が有事の際の防衛指揮官として、軍略、策略について非常に深い知見を有すると、それぞれがフレーバーテキストに設定されていることが大きい。ナザリックを司り、そして守る頭脳たれと設定された二人が、非常に高い知力を有しているのは道理だろう。

 では、その他の者はどうか。例えばシャルティアなどは生みの親であるペロロンチーノがテキストに書き記した通り、見目こそ非常に可愛らしいものの頭脳面ではやや劣る。コキュートスなどは武人たれと設定されている通り、こと近接戦闘に於いては高いポテンシャルを発揮するが、思考面では果たして。アウラやマーレも戦闘特性やその性格などは設定されているものの、知力に関しては目立った記述は無かったように思う。

 そんな彼らがテキストに記されていないことを、そしてテキストに記されている以上のことを考え、実行に移すことが出来るのかどうか。つまり、一個の生命体として経験という知識を蓄えることが可能なのかどうか。

 ただ機械的にかくあれかしと定められたNPCとしての枷を壊し、真に「生命体」として成長という糧を手にすることが出来るのか否か。今後恐らく、末永く付き合っていくであろうNPCたちの真髄を見極めることは極めて重要なことであると両者ともが位置付けていた。

 

「情報収集に関しては俺から話そう。その前にちょっとした確認なんだけど、デミウルゴス。影の悪魔(シャドウ・デーモン)の召喚は出来るかな」

 

 モモンガの講じた策に対して、特に異論がないことを確認したハンザレイは言葉を継いで案を発する。デミウルゴスからの仔細ないという返答を受け取ったハンザレイは続けて、情報収集のプランを彼らに共有した。

 

 この世界ではユグドラシルの時と違い、召喚した者と召喚された者との間では奇妙な繋がりというものが脳内で把握出来るようになっている。その理屈までは不明だが、両者の間では伝言の魔法ほどの詳細は伝達出来ないものの、お互いの凡その位置関係と、繋がりの有無――召喚した者、あるいはされた者が生きているかどうか――を確認することが出来る。その仕組みを利用し、ハンザレイが考案した情報収集案がこれだ。

 まず、デミウルゴスが生み出した影の悪魔をナザリックから八方へと等間隔に飛ばす。その際、伝言の魔法を行使できるスクロールを一つだけ持たせておく。その間影の悪魔には隠形を徹底させ、どのような事態があってもその姿を許可無く表に出すことは許さないことを厳命する。そして、伝言の魔法を許可する事態を二つに絞る。

 一つ、人工建造物を伴った知的生命体の集団を発見した時。

 一つ、何者かにその存在を感知された時。

 

 こうすることでナザリック(こちら)の存在を知られることなく、より広範囲の情報を掴もうという算段だ。影の悪魔はレベルで言うところの30弱と、決して強いモンスターではない。しかし、影に潜む能力を持ち隠形に特化したモンスターであり、それの先手を取って発見、殲滅するということはレベル以上に難しい。仮に倒されたとしても、デミウルゴスとの繋がりによりどの方角でどの程度の距離で倒されたかは粗方見当が付く。何より単なる召喚モンスターのため実害がない。スクロールを失うというのは多少の実害と言えるかもしれないが、この程度のアイテムならモモンガやハンザレイのインベントリ、私室のアイテムボックス、ギルドメンバーの共有倉庫、そして宝物殿の中に文字通り腐るほどある。

 更に、もし第三者に感知されたという伝言が届いたとすれば、その相手は影の悪魔の隠形を見破れる程度には優秀で、しかし即座に殲滅出来るほどの力は有していない、あるいはその意思がない相手となる。ならば、力や話術を用いた交渉を前提とした接触も可能だろう。

 そして、もし影の悪魔が伝言のスクロールを行使する暇もなく殲滅された場合――それを容易く行える強者の存在を意味する。そうなればその方角へより強力な二次偵察隊を飛ばし、詳細を把握する。

 また、何の被害も無く情報収集が終わればそれこそ御の字だ。少なくともナザリックの周辺には影の悪魔を発見する力を持つ者も、滅ぼす力を持つ者も居ないことになる。後は墳墓の隠蔽さえ出来れば当面の安全は確保されたも同然である。最後に、あまり無尽蔵に範囲を広げても情報が多すぎた場合整理が付かなくなる恐れがあるので、ひとまずはナザリックより周囲10キロ圏内を想定した探索網とする。

 

 デミウルゴスをはじめ各階層守護者にこれらの策を説明し、一応本人にそれが可能かと問うたところまったく問題ない旨の返答、さらには八方ではなくより密な十二方向へ影の悪魔を飛ばす案を逆に提案してきた程である。まったく優秀な部下というのは有り難い。

 こうしてデミウルゴスの追加案は二つ返事で採用され、ナザリックより等間隔に十二方向へシャドウデーモンを走らせる「ブラックカーテン作戦」が決行されるに相成った。

 

 

 

 

 

 

「ナ、ナザリックの隠蔽、かぁ。ど、どうしよう……」

 

 モモンガとハンザレイが、今後の方針をより細部に渡って調整する話し合いを行う、として席を立った後の第六階層。アルベドもそれに付き従おうとしたが、二人のみでの話し合いのため供は不要とされたため、こうしてこの場に留まっている。警備や連絡体制の強化見直しのためにもアルベドを交え、守護者同士で話し合いを行う必要性は確かにあるのだが、その中で一人、先程至高の御方より大任を賜ったマーレはその任を全うせんと思考を回転させるが、直ぐに妙案が思い付くはずもなく。緊張と不安を前面に押し出した弱気な呟きを漏らさずには居られなかった。

 

「元気出しなってマーレ! あたしも考えてあげるからさあ!」

 

 そんな弟を見て何とか元気付けようとアウラが努めて明るい口調で話しかけるものの、当の本人の表情は優れない。参ったなぁ、と内心呆れつつも、同時にその心情は痛いほどに理解出来るため、そしてアウラ自身にも良い案は思いつかず、彼女はそれ以上の言及を避けた。

 

「ふむ。偉大なる御方のその御心までは分かりかねますが……ナザリックの隠蔽という大役の実行者を、あえてマーレただ一人に指定した。そこに何がしかの考えがあるとみて良いだろうね。君だからこそ出来る何かがあるのではないかな」

 

 意気消沈する闇妖精の弟に、救いの手を差し伸べるは炎獄の造物主デミウルゴス。ナザリックの仲間に対してはこれ以上なく優しい紳士となる最上位悪魔がその叡智から導き出される予測を踏まえ、慈悲深いヒントを与える。

 類稀なる頭脳を持つデミウルゴスには、既に一つの案が明確に浮かび上がっていた。しかし、それの考案を任されていない自分が率先して話すのも憚られる。それは至高の御方のご意思に反する。何よりこの案は効果的ではあるものの、ある意味で最大の不敬とも取られかねない。だが、きっと御方々はその思考回路すらも想定してあのようなご指示を発しているに違いない。突如異世界へと転移してしまった不測の状況下にある今、正しく優先すべき事柄は何か。それを問うておられるのだ。

 このご指示によって推測される御方々の真意――恐らくは、我々シモベらの意識改善。臣下が守るべきは、そこに在る城か、はたまたそこにおわす人か。つまりはそういうことだろう。

 頭脳明晰なる最上位悪魔は、この僅かな間でここまでの思考を完了させていた。

 

「え、えっと……ぼ、僕が出来ること……魔法……草原…………、あっ! ナ、ナザリックの壁に土を盛って隠す、とか……?」

 

 デミウルゴスの助言を受けしばし思考の海に沈んでいたマーレだが、程なくして一つの案を思い至ったのか、想い付いたそれをそのままに零していく。

 マーレの発言を受け、双子の姉はなるほど、と理解を示し。鮮血の戦乙女はふぅん、と一呼吸を発するに留まり。凍河の支配者はフム、と考えに耽り。紳士たる悪魔は無言のままその顔に微笑を湛え。守護者統括たる女淫魔は、怒りの感情も顕にその肩と翼を震わせていた。

 

「栄えあるナザリックの壁を……土で汚すと……?」

 

 明らかな怒気を孕んだアルベドの地に響くかのような声。思わず肩を揺らしたマーレの代わり、その口を開いたのは第七階層守護者であった。

 

「アルベド、落ち着きたまえ。何もそれが決定したわけではないだろう? モモンガ様はマーレに案を持って来いと仰っていた。ならばその考えを素直に献上するのもまた忠義であると思いますがね。それとも守護者統括殿には他に素晴らしい代案があると?」

 

 至極冷静に、アルベドの怒気を鎮めるように語りかけるデミウルゴス。マーレがこの答えに行き着くようなヒントを与えたのは他ならぬデミウルゴス自身であったし、同時にその案に対してアルベドの反応は容易に想像出来るもの。であれば、この場の尻拭いはある種発破を掛けた我が身が請け負うべきだ。彼は別段、アルベドよりもマーレを重用すべきと考えているわけではない。ただ純粋に、ナザリックの同胞らが不毛な争いに呆ける事態を防ぎたいという想いと、自身が放った言葉に責任を持ちたいがための行動であった。

 

「…………そうね。効果的な案であることは確かだわ。けれど、私も見た限りそんなに目立つ丘は周囲には無かったわ。本格的にその手段を用いて隠すなら、周辺に同様のダミーを作るべきね」

 

 数瞬の沈黙。それを破ったのは、己が内に燻る気勢を発散させるかのように漏らされた短い嘆息。無論アルベドも先程のデミウルゴスの発言から汲み取れる意図、そしてそこから編み出されたマーレの案に、いつまでも気付かないどころか子供の駄々よろしく否定し続けるほど愚かではなかった。

 

「まあ、何にせよ最終的にお決めになられるのはモモンガ様とハンザレイ様だ。マーレ、君が思い付いた案は私も悪くないとは思っているよ。モモンガ様に意見具申してみてはどうかな?」

 

 柔らかな微笑みとともに語り掛けるその様は、まるで一人の生徒を正解へ導く慈愛に溢れる教師のような、そんな情景を幻視してもおかしくない程に優しさに溢れていた。

 ありがとうございます、とたどたどしくお礼の言葉を発する闇妖精の弟は、早速皆の協力もあって築き上げられたその案を至高の御方に伝えるべく、その足を第六階層転移門へと向けた。

 

 

『デミウルゴス、聞こえるかしら』

 

 その後姿を無言で見守っていたデミウルゴスのもとへ、一通の伝言が届く。態度に出ないよう、自然な振る舞いで視線を巡らせればそこには神妙な顔付きを蓄えた守護者統括。この場所、この距離であえて直接ではなく、伝言の魔法を使ったことを訝しむような愚を聡明たる彼は犯さない。誰かから伝言の魔法を受け取ったことなど微塵も感じさせない態度のまま、彼は発信主へと聞こえている旨を胸中から返した。

 

『後で赤熱神殿の方にお邪魔するわ。少し、相談が』

 

 何とも珍しい。彼は素直にそう感じた。

 アルベドとデミウルゴスは、決して仲が悪いわけではない。廊下ですれ違えば挨拶はするし、二言三言、ちょっとした雑談に加えて現状の確認と情報共有を欠かさない程度には、仲良くやっている。そしてお互いに、その能力は十分に把握しており、十二分に認めていた。

 しかし同時に二人の間には極薄く、だが確実に存在する一枚の壁が張られていた。何も相手を拒絶しているわけではない。例えるならば、同じ職場で切磋琢磨する同僚ではあるものの、その付き合いはあくまでビジネスパートナー以上には決して成り得ない、そんな壁であった。別に彼はそこに不満を持っているわけではない。人それぞれ適切な距離感というものは異なってくる。アルベドの場合はこれがそうなのだろう程度にしか感じていない。

 だからこそ彼には、そんな彼女から持ち掛けられた相談という言葉に若干ながらの物珍しさを感じざるを得なかった。

 ただ、繰り返すが彼は、別に彼女を嫌っているわけではなかった。むしろ至高の御方のため、ともに尽くす大事な同胞だと思っている。そして大事な同胞から持ちかけられる相談というイベントを彼は無碍に断るつもりもなかったし、断る理由も持ち合わせていなかった。

 

 

 

 

 

 

「モモンガ様は上空から大地を見据え、こう仰っていたわ。『世界征服なんていうのも、面白いかもしれないな』と。ただ、対してハンザレイ様は直ぐに否定のお言葉を紡がれていたの。『何を言っているんだ』と」

 

 ナザリック地下大墳墓、第七階層、赤熱神殿。その統治者であるデミウルゴスに加えて守護者統括アルベド、そして第七階層領域守護者ヴァネスティア。三者を交えた秘密裏の会談は、先ほど外部視察に出向いた至高の御方々二人の発言内容を共有するところから始まっていた。

 

「ちょっと待ってくださいアルベド。それはつまり……モモンガ様とハンザレイ様のご意思が対立している、と……?」

 

 何とも不穏な、そして不敬な予測である。デミウルゴスは自分自身がその言葉を発しておきながら、言い表しようの無い恐怖に人知れず身を震わせる。

 

「いえ、そうとも限らないと思います。お父……ハンザレイ様に改めてその真意を聞いてみたところ、『面白そうだなとは思う』と、モモンガ様のお言葉に一定の理解は示されていました。ただ、具体的なお言葉は発せられておりません」

 

 そんな炎獄の造物主の不敬極まりない予測に対し、待ったを掛ける領域守護者ヴァネスティア。流石に本人の居ない空間で、それも自分が一番下位の存在としてこの場に居る以上、要らぬ諍いを起こさないためにもその呼び方を正式な物へと戻していた。そして、偉大なる御方二人の意見が完全に対立しているわけではないと知ったデミウルゴスは、思わず安堵の息を漏らす。

 

「なるほど。相談とはそういうことでしたか」

 

 アルベド、そしてヴァネスティアの報告を受け、彼はその頭脳を最大限に働かせる。眼光をより一層鋭く輝かせ、超高速でその思考を回転させていく。

 

 モモンガ様、そしてハンザレイ様お二人のお言葉をまずは額面通り受け止めるとしよう。そこから真意を解析していく。その言葉の内にどれ程の百謀千計が張り巡らされているのかは、私程度の矮小な身ではとても察し切れるものではないが、少なくともその知謀に少しでも近付くための努力を怠ってはならない。

 まず比較的精度の高い予測として言えるのは、お二方とも世界征服を否定的に捉えているわけではない、ということだ。だが、仮にそれを望まれるのであれば、それこそ我らシモベにその命を下せば済むはず。至高の御方からの勅命とあらばナザリックに属する誰もが持てる力の全てを発揮し、遂行するだろう。しかし、そうはされなかった。そこには確かな理由が存在するはず。それは何だ。

 至高の御方々のまとめ役であらせられるモモンガ様は、深い洞察力と瞬時の判断力を併せ持つ、まさに端倪すべからざるという言葉が最もお似合いになるお方。そんな絶対支配者の傍らに常にあった、モモンガ様の懐刀とも言うべきハンザレイ様も常に冷静沈着、極めて高い状況判断力をお持ちのお方だ。そんなお二人が、世界征服という目的に対し肯定的ながらも、その一手を打とうとしない。

 考えられるのは、お二人ともが非常に慈悲深いお方だということ。現地の勢力が未だ不明な状態で号令を発したとあれば、場合によってはナザリックの手勢に少なくない被害が出る可能性もある。それをご心配なされたのではないか。確かに至高の御方々に比べれば、我らシモベなど取るに足らない存在。そう簡単に負けるつもりはないが、不覚を取ることも十分に有り得る。

 そう考えれば、先程ハンザレイ様がご考案なされた、影の悪魔を使った情報収集作戦にも納得が行く。手っ取り早く情報を集めるのであれば、ナザリックの防衛組と外部索敵組とで分け、大々的に調査を行えばことは簡単に運ぶはずだ。しかしそうはせず、ハンザレイ様は召喚モンスターである影の悪魔を主軸とした偵察案をご提案なされた。無論、反論など在るべくもないが、今にして思えばその案は我らシモベを慮ってのことではないのか。不慮の事故で我々を失ってしまうことがないよう、最大限の慈悲でもってご提案なされたのではないか。影の悪魔などという低級のシモベに、至高の御方のお持ち物であるスクロールをお渡しになるというのも、一見過分に過ぎる褒美だがしかし。恐れ多くも至高の御方がお持ちのアイテムよりも、我らシモベのことを想って頂けているのであれば。

 思い返して見れば、モモンガ様もハンザレイ様も、我らシモベが如何に無礼を働こうとも決して罰したりはしなかった。当然、そこに甘えるわけにはいかない。大いなる反省と自戒の念をもって任務に当たるべきだろう。しかし、逆に許されている今の状態からお二人が如何に慈悲深く、そして如何に我々ごときを大切に想って頂けているのかが分かる。

 

 何ということだ。至高の御方々は世界征服という、文字通り世界全てを手中に収める壮大なご計画を思い付きながらも、あろうことか我らシモベがその足を引っ張り、手を打たせずにいる。何と役立たずなのか。これ程の無念が他にあるだろうか。嗚呼、卑小なる我が身が恨めしい。かくあれかしと作られた以上、その感情すらも不敬に当たってしまうが、このどうしようもない気持ちばかりは止められない――――!

 

 

 

「――……おっと、失礼。あくまで推測だが、つまりはこういうことだと考えられるね。恐らくハンザレイ様がモモンガ様のお言葉を遮ったのは、我らを慮ってのことだろう……ああ、なんと慈悲深い……っ!」

「なるほど、ね……。ありがとうデミウルゴス。相談して正解だったわ。ただ、この件は他の皆にはしばらく伏せておいた方が良さそうね」

「ああ、その方がいいだろうね。真相を知ろうものなら、逆に暴走してしまうような愚かなシモベが居ないとも限らない。……念のために聞くが君は大丈夫だろうね、アルベド?」

「勿論よデミウルゴス。至高の御方々のお慈悲を無碍にするような不敬な輩に成り下がるつもりはないわ。ただ……準備はしておくべきだと思うけれど」

「それには同感だよアルベド。御方々のお手を煩わせることがないよう、我々で出来る限りは下準備を進めていこう」

「ええ、そうね。ヴァネスティアも、この件は他言無用。私とデミウルゴス以外には漏らさないように」

「畏まりました」

 

 

 こうして、赤熱神殿にて開催されたその密談は幕を閉じる。

 

 モモンガとハンザレイは、甘く見ていた。

 彼らの舌を巻くほどの有能さを。

 彼らの盲目的なまでの忠誠心を。

 そして、彼らから向けられる崇拝の念を。

 

 

 

 

 

「おぅわっ!? モモンガさん! モモンガさんちょっと! これメッチャ美味い! メッチャ美味いよこれ!! やばい! モモンガさんも食べなよ!!」

「うるせえぞクソザコポンコツ竜が!! 俺が食事出来ないの知っててやってますよねそれ!?」

 

 

 絶対の支配者と呼ばれる二人が、その言葉に隠された使命を全うせんがため動き出した優秀なるシモベに気付くことは、ない。

 

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