オーバーロード -死の支配者と古竜の王-   作:佐賀茂

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ちょこちょこと書き進めているんですが、日によって進んだり進まなかったり、巻き戻ったり。差が激しいですね。

また、場面進行に伴い残酷な描写タグを一応追加しました。
オバロちゃんの二次創作はこのタグから逃れられぬ運命なのだ……。
今章は、もしやすると好き嫌いが別れるやもしれません。

それでは、よろしければご賞味ください。


07 -人と異形と-

 本来であればこの場にはあまりにも似つかわしくない、剣呑な雰囲気。至高の御方々がその身を休ませ、羽を伸ばすための地。厳かな、そして和やかな空気が流れて然るべきその場所は、些か無粋とも言える程の慌しさを醸し出していた。しかし逆を言えば、それ程の事態か。モモンガとハンザレイ、二人の異形が忙しなく言葉と情報を取り交わす中、ナザリックの忠臣が一人、家令セバス・チャンはこれから訪れるであろう危機に際し何があろうとも御方々をお守りする、そんな気概を目と拳に宿し。その姿勢を微塵も乱すことなく、主人の号令をただ静かに待っていた。

 

『ナイスだデミウルゴス、よくやった。そのままアルベドへ情報を共有して、一緒にニグレドのところに向かってくれ。集落の位置、そして3種の集団の位置をそれぞれ水晶の画面(クリスタル・モニター)へ投影するよう頼む。場所は第六階層の円形闘技場でいいかな。他の守護者とプレアデスには第六階層へ集合するように言っておいてほしい。ああ、セバスはすぐ傍に居るから大丈夫。集落を捉えたら6番、7番、8番には各集団の尾行を。折角見つけた現地民第一号たちだ。逃さず大事に行こう』

 

 デミウルゴスより齎された第一報。そこからのモモンガとハンザレイの動き出しは早かった。モモンガはアイテムの整理、調査を早々に切り上げアルベドへ伝言で指示を。ハンザレイはそのままデミウルゴスとの通信から追加の指示を出し、セバスを連れて第六階層へ急ぐ。

 ニグレドへの指示をアルベドとデミウルゴスに任せたのは、単純に効率を考えてのこと。リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの力を使えば二人の方が遥かに到着は早いだろうが、きっとそれ以上の理由があったのだろう。決して、決してニグレドの相手が面倒くさいなどという、偉大なる支配者らしからぬ理由ではないはずである。

 

 ニグレド。守護者統括であるアルベドと同じく、タブラ・スマラグディナの手によって創造されたNPCの一人であり、アルベドの姉という設定を持つ、探知特化型のNPCである。第五階層、氷結牢獄の一室にその居を構える彼女は、アルベドと同様の見目麗しい容姿を誇る――などということはなく。黒い喪服に身を包み、長い黒髪に隠された表情には皮というものが存在しない。その顔は瞼、唇といったモノを持たず、筋肉のみで構成されていた。

 そのような特異な外見もそうであるが、何より彼女の奇異を決定付けているのは、その独特なギミックにある。

 彼女が居を構える一室は、タブラ・スマラグディナの趣味が全開に発揮された、さながらホラー映画顔負けな程の異質っぷりを誇る。所狭しと腐肉赤子(キャリオン・ベイビー)が配置され、彼女――ニグレドはその腐肉赤子の一人を抱えているのだが、誰かがその部屋へ入室した瞬間『違う違う違う違う』と最初は呟きから、徐々に喚くようになり。その筋肉のみの形相を醜く歪ませ、『自分の赤子を還せ』と入室者へ襲い掛かるような素振りを見せるのだ。そんな彼女と会話を行うためには、赤子のカリカチュア人形を用意し、錯乱したニグレドに手渡さなければならない。ゲーム時代、タブラに案内されて初めてニグレドと対面したモモンガやハンザレイはそれはもう酷く驚き、ビビりまくり、挙句全力で彼女を攻撃してしまう程だった。

 ただの仕組まれたAIに過ぎなかったゲーム時代でさえ、それ程の破壊力を持っていたのだ。そんな極大のホラーギミックにあろうことか命が吹き込まれ、自由に動き回るようになった今、彼女との寸劇に平静をもって付き合える自信が、少々湧かなかったのである。種族特性である精神作用耐性が頑張ってくれるかもしれないが、もしかしたら負けるかもしれない。詰まるところ、ハンザレイはニグレドが苦手であった。

 ただ、彼女はあくまでそうあれとタブラに設定されただけであり、彼女自身が悪であるわけではない。事実、そんな奇特な姉ではあるが、アルベドとの姉妹仲は良好と聞いている。ただ一つ、もう一人の末妹に対してだけは、その評価が分かれるようであるが。

 

「いやぁ、まさかこんな早く人間を発見出来るとはツイてますね。ワクワクしてきましたよ」

 

 そんな感情をおくびにも出さず、ハンザレイは今起きている出来事に対しての心情を素直に声に出す。デミウルゴスの生み出した影の悪魔が、恐らくはその存在を悟られることなく順調に任務を遂行出来ている時点で、奴らのレベルはたかが知れている。あえて無視している可能性も考えたが、武装した集団、ということは何らかの戦闘行動を想定した集団なのだろう。そんな連中が、自らを監視しているモンスターをみすみす逃すわけがない。影の悪魔の存在そのものに気付いていない可能性の方が遥かに大きい。だからこそ彼は、緊張よりも楽しみの方向へその感情が大きく傾いていた。

 

「そうですね、この世界の基準を図るにはいい材料です。けど、くれぐれも油断せず行きましょう」

 

 モモンガはその気持ちに理解を示しながらも、やや浮かれがちなハンザレイに少しばかりの釘を刺しておくのを忘れない。ギルドきっての慎重派は、こと圧倒的有利な状況下であってもその上に胡坐をかくような無様な真似はしないのだ。ロールプレイ重視のドリームビルダーでありながら、PvPの通算勝率5割超を誇るその手腕は伊達ではない。モモンガとハンザレイ、理想的な前衛後衛と別れたこのコンビであれば早々遅れは取らないであろうが、決して臆病にならず、だが慎重に事を運ぶ。その絶妙なさじ加減を心得ている死の支配者は、万全の体制でもって、異世界へのファーストコンタクトを図ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓、第六階層円形闘技場。その名前にあるとおり、本来の闘技場としての役目を果たすことなく、ことあるごとに集会場のように使われている場所ではあるが、如何せんナザリックには他に適した場所がないため致し方ないことでもある。適度な広さを持つ、という点だけで見れば第九階層の円卓、第十階層の玉座の間など候補はあるのだがしかし、それらの場所ではどうしてもNPCたちが必要以上に縮こまってしまうのだ。モモンガとハンザレイが上位者として振舞いながらも、その過剰とも言える崇拝に若干ながら辟易とした感情を持たざるを得ないほどに。NPCたちの意識改善が先か、支配者二人が慣れてしまうのが先か。未だオッズは判明しない。どちらも未知数だから故に。

 

 現在、闘技場に影を落とす存在は計12名。モモンガ、ハンザレイ、セバス、アルベド、デミウルゴス、コキュートス、プレアデスの面々だ。そしてその闘技場の上空にはニグレドの能力によって発現された水晶の画面(クリスタル・モニター)が複数枚並んでいる。一つの画面は引いた俯瞰視点から、複数の集落を捉え。三つの画面はそれぞれの武装集団を適度な距離を保ちつつ追随している。そして最後の一つ、一際大きな水晶の画面に映るのは、それらを一画面に収めようとしてその視点距離を大きく引き離した風景画とも取れる一面であった。その画面では数十名規模と思われる集団も、最早点の如し。3つの集団の間には結構な距離があり、また様相も異なることから、それぞれが違う目的を持って動いていることが察せられる。少なくとも、この集団すべてが同一の指示のもとで動いているとは考えにくい。

 複数の画面に視線を泳がせながら、何の気なしに眺めていることしばし。デミウルゴスの助言もあってその案を採用され、ナザリックの隠蔽工作に勤しんでいたマーレ。その手伝いを買って出たアウラ。集合の指示が出た際に丁度湯浴みを楽しんでおり、身支度に時間がかかってしまったシャルティア。それぞれが顔を覗かせ、総勢15名の集合が漸くのこと完了した。

 

「皆、急な命令にも関わらずよく集まってくれた。今、ニグレドの能力によってこの地で発見された集落、および行軍中と思われる武装集団を監視している。そして武装集団にはそれぞれ、影の悪魔が尾行を続けている。折角の異世界とのファーストコンタクトだ。皆と一緒に経緯を見守って行きたいと思ってな、こうして集まってもらった」

 

 代表してモモンガが、集まったNPCたちへの謝辞と現状、そしてその意図の説明を行う。その言葉にNPCたちはまたしても感謝など勿体無い、と跪こうとするが、その行動を容易に予測出来ていたモモンガはその御手を振るうことで制し、言葉を続ける。

 

「この偵察案、ブラックカーテン作戦は皆知っての通りハンザさんの考案によるものだ。よって、ここからのアクションはハンザさんに一任している。彼の手腕をともに楽しもうではないか」

 

 あ、こいつメシ食った時のこと根に持ってやがるな。

 愉快そうな口振りでちらりとハンザレイに視線を流す死の支配者。すべての肉が削がれたその白磁の御尊顔からは何の表情も窺い知れないが、少しばかりよろしくない方向での仕返しをしようとしているのは手に取るように分かった。ハンザレイは誰にも悟られないように小さくため息を吐くと、まあいっか、と――モモンガもどうせ本気で陥れようとしているわけではない――気持ちを切り替えて。NPCたちへ普段どおりの冷静沈着、絶対支配者の懐刀、ハンザレイ・エバー・フラウとしての顔を向ける。

 

 上空に掲げられた水晶の画面に映る集団は、それぞれ分かりやすくその趣を異ならせていた。

 進行方向順に一番先頭を走る集団は馬を翔らせ、全員がおそらく鉄製と思われる全身鎧(フルプレート)に身を包んだ集団。全て同じような見た目であることから、統一された規格の装具であることが予測される。その装いからして、どこかの国家、またはそれに準ずる母体に属する騎士団のようにも見受けられる。

 その騎士団から距離を置き、まるでそれらを追うように動いているのは同じく馬上にあり、数こそほぼ同数だが、全身鎧に始まり革鎧(バンデッドアーマー)鎖帷子(チェインメイル)など、先程の一団とは対照的に各々が違った武装で身を固めている。先程の集団が騎士団であれば、こちらはさながら傭兵団といったところか。

 そして騎士団、傭兵団とも大きく離れた位置で動いている最後尾の集団。それは前者二つと違って一際異彩を放つ集団であった。身を隠すように――こちらにはばればれであるが――徒歩でその歩みを進めている。全員が同じような服装であることから騎士団と同様にも思えるが、その全身を青白い紋様のローブで包み込み、顔付きや表情の一切を悟らせないフードマスクを被っており、その様相は大きく違えていた。さながら魔法詠唱者(マジック・キャスター)の集団、と呼ぶのが恐らく正解に近いだろう。

 

「……この世界では単一クラスでのパーティ編成制限でもあるのか?」

 

 そんな素っ頓狂な予測が思わず声となって出てしまうくらいには、それぞれの集団はユグドラシル時代の常識に当てはめれば思わず首を傾げる程の個性を放っていた。

 

「デミウルゴス。念を押すようだけど、どの集団も影の悪魔に気付いた様子はないんだよな?」

「はい。それぞれの影の悪魔と伝言の魔法にてやり取りを行っておりますが、そのような素振りは一切見受けられないとのことです」

 

 最初の一手を打ち出す前に、ハンザレイはデミウルゴスへ最終確認を取る。水晶の画面は、その様子こそ事細かに観察出来るものの音声出力の機能までは持ち合わせていない。彼らがどのような会話を行っているのかは流石に分からないのだ。水晶の画面での監視自体に気付き、余計な素振りを見せないためとも考えられなくはないが、この監視網を構築しているニグレドはナザリック最高の手札の一つ、探知特化型NPCである。当然その隠蔽は勿論、見破られた際のカウンター策に至るまで十重二十重に張り巡らせている。このクラスの探知を看破することが出来るレベルであれば、それこそ影の悪魔の尾行程度容易く見破ってくれなければ困る。それに、最後尾の魔法詠唱者の集団であればまだ可能性はあるかもしれないが、いかにも前衛職ですといった容貌の集団にそのレベルの探索役(シーカー)が居るとも考えにくい。もしも全てを見越した上での無視であれば、それこそ彼らのレベルは計り知れない高さにまで上ってしまう。希望的観測ではあるが、流石にそんな事態は勘弁願いたかった。

 影の悪魔の尾行、ニグレドの監視、双方に気付いていない。先ずはその前提で一手を打つしかない。多少博打要素も含むが、ニグレドのカウンター魔法が発動していない以上、少なくともナザリックの存在や位置までがばれている可能性は無いはずだ。ならばここは打って出るべき。出来る限り慎重に、かつ効果的に。

 

「ふむ……。デミウルゴス。影の悪魔それぞれに、集団の最後尾に対して出来る限り隠密に手を出させてみてくれ。何も殺す力を入れる必要は無い。そうだな……前の二つには馬上から落とす程度、最後尾の集団はちょっと転ばせる程度でいい」

 

 おや、意外と慎重だな、と傍らに立つモモンガは感じていた。確かに現状の圧倒的有利とも取れる状況からは些か慎重に過ぎる案にも思えるが、ばれていない確信が持てない以上、ハンザレイとしてはこれ以上の強攻策に初手から出るのはやや躊躇われた。

 しかして、この一手は恙無く実行され。そして余りの様子に円形闘技場に集った異形たちは揃って声を失う結果となる。

 

 

 先頭を行く騎士団風の集団。彼らの最後尾に影の悪魔がそろりと忍び寄る。そして、デミウルゴスの命によってくれぐれも殺さないような威力に抑えられたはずの一撃は、あろうことか馬上の一人を容易く弾き飛ばし。駆けていたその速度のまま放り出された人間はまともに受身を取ることも出来ず、派手な土煙を上げながら転がり去って行った。水晶の画面には、突然の出来事に行軍を止め慌てふためく集団と、不可視の力で落馬を強要され、その手、足、首をあらぬ方向に曲げ散らかした物言わぬ肉塊が鮮明に映し出されていた。

 

 二番目を行く傭兵団風の集団。同じく力をセーブされたはずの一撃で容易く馬上から叩き落された一人であったが、彼は突然の衝撃に身体をくの字に曲げながらも僅かばかり残った力で手綱を握り、その落下速度を低減させていた。着地こそ無様なものにはなったが、衝撃以外に目立った怪我はなさそうだ。同じく行軍を止めたものの、恐らく隊長格の指示によりその陣形を整え、全方位警戒。落馬した者を中心とした輪形陣が組まれていた。

 

 最後尾、魔法詠唱者風の集団。こちらも同じく影の悪魔の一撃により、最後尾の人間が突然弾き飛ばされた。しかし、馬上と比べ進行速度に差があった故か、はたまた実力差か。その体勢を瞬く間に整え、警戒。他の連中もそれぞれが独立して、しかし組織的に警戒態勢へと移行しており、そのうち何名かは召喚モンスターと思われる天使のような存在を出現させていた。

 

 

「え、えぇー……」

「よ、弱すぎでは……?」

 

 支配者二人はあまりの光景に、思わず素の声を漏らしてしまう。

 まさか、レベル30にも満たない影の悪魔の、それも手加減した一撃でこんな結果になろうとは、いったい誰が予測出来ただろうか。先頭の集団に比べれば後ろの二つはまだマシだが、あくまで「まだマシ」程度だ。どちらにせよ、影の悪魔程度の一撃を防ぐことも出来ず無様に食らってしまった時点で、その後のリカバリーをどうしようが所詮どっこいどっこいだ。ナザリックの面々にとっては歯牙にもかけぬ雑魚である。彼らを殲滅するのにNPCが出るどころか、自動湧き(POP)モンスターであるナザリック・オールドガーダーだけでも十分に事足りるだろう。

 

「はあーぁ……人間とはこうも貧弱でありんすかねぇ……」

 

 思わぬ結果に、シャルティアがその表情を驚きから呆れへと変貌させ、何ともつまらなさそうに言葉を吐き出した。他のNPCたちもいくら普段シャルティアの言動が幼稚なものとはいえ、これには流石に同意せざるを得ないといった様相だ。

 

「……如何致しましょう。このまま殲滅致しますか?」

 

 その衝撃からいち早く体勢を立て直したデミウルゴスが、未だ若干の落胆と驚愕を含みながらも至高の御方へ次の指示を仰ぐ。最上位悪魔なる彼にとっては、人間の恐怖や悲鳴こそが最上のご褒美足り得る。だがしかし、幾らなんでもあの有様はその頭脳を持ってしても想定外であった。悪魔らしい、深淵すら飲み込まんとするようなその微笑が消えてしまったことも、きっと無理からぬことであろう。

 そしてその落胆は、他ならぬハンザレイ自身が最も強く感じ取っていた。過剰に警戒し、慎重にことを運んでいた自分がいっそ恥ずかしい程に。取るに足らない、脅威には成り得ない、生産性の低い生命体。食糧として量産することも難しい。どこに利用価値を見出すべきか、彼は割と真剣に悩んでいた。

 

「……いや、影の悪魔とニグレド、両方の存在がばれていないことが確定したから、もう少し様子を見たい。彼らの目的も知りたいしね」

『……モモンガさん、もしかしてあれって』

『……ほぼ、間違いないと思います。俺も同じ考えです』

 

 しかし、偉大なる御方は見を選択。次の方針を伝えながら、支配者たる二人はどちらからともなく互いに向けて伝言の魔法を発動させる。

 彼らの目的も知っておきたい。この言葉に嘘は無い。発見した集団の脆さ以外は未だ何の情報も得られていない状況、少しでも追加情報を得ておきたいというのは至極全うな思考である。だが、その言葉の裏に、モモンガとハンザレイにはもう一つ、目的があった。いや、目的が増えたというべきか。

 

 最後尾の集団が召喚したと思われる天使型モンスター。それらは、ユグドラシルで初心者の頃によく見かけた<第三位階天使召喚(サモン・エンジェル・3rd)>によって現れる<炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)>に酷似していた。

 ユグドラシルとは違う世界で、ユグドラシルと同じ魔法を見る。彼らの脆弱さとは別に、本来であれば有り得ないはずの事象を目にした二人は違う意味で新たな警戒心を宿らせていた。何故、何処から、何時から。疑問は尽きないが、今は彼らを観察し、情報を集めるべきだ。想定外の光景が、ハンザレイに見を選択させた。

 

 改めて水晶の画面に目を向ければ、それぞれの集団が明らかな困惑を抱えながら気もそぞろに、その動きを少しずつ本来のものへと戻していくのが見える。影の悪魔は一撃を放って以降、再びその身を闇に潜らせ姿を悟らせてはいない。予想される彼らのレベルでは、隠形に専念した影の悪魔を見つけるのは容易ではないだろう。背後からの一撃だったために、その瞬間を捉えた者も居ないはずだ。

 このレベルであれば、如何なイレギュラーが起きようともナザリックの力で容易に制圧が可能。モモンガとハンザレイは冷静かつ慎重に、そして確実にその結論へと辿り着いた。そのお陰で新たな謎は増えたものの、先程とは幾分違った心持で水晶の画面を見つめることが出来ていた。

 

 

 再び行軍を開始した集団を見守ることしばし。やはり当初の予想通り、彼らは人間の集落に向かっているようだ。未だ目的は分からないままだが、おそらくその集落に何らかの用があるのだろう。その出来事を確認した後に新たなる一手を打つ。展開次第で打つ手、打てる手は異なってくるが、逆に言えば何がしかの展開が起こらない限りは、これ以上の手を打つ意味が無いとも言える。いっそ今からまるっと掻っ攫い、ナザリックで料理してやってもいいくらいだ。流石に少し勿体無い気がしたので、それはやめておくが。

 あの手この手をシミュレートしているうちに、先頭の騎士団風の集団が一つの集落へ到着。その歩みを止めることなく、突撃していった。

 

「……クソが」

「……これはまた……はぁ……」

 

 その光景を静観していた支配者のうち、片方が不愉快そうな呟きを。もう片方が呆れたかのような言の葉を零す。

 

 集落の一つへと侵入を果たした騎士団。彼らはあろうことかその歩みを一切止めることなく、突然の虐殺を始めたのだ。先ずは畑仕事などで外に居た村人を。その後は散り散りに別れ、家屋の中に居た人々を。粗方荒らし尽くした後は、逃げるようにその場を走り去る人間を。馬で、剣で、拳で。ありとあらゆる手段でもって強者による弱者への塵殺が、水晶の画面の奥で粛々と行われていた。

 しかし、恐らく皆殺しにするであろう勢いで行われた残虐なる行為は、意外にも幾人かの生き延びた人々――小さくない怪我を負わされているが――を残し、その嵐をはたと止める。そして彼ら自身が齎した惨状には微塵の感慨も残さず、足早にその場を去って行ってしまった。

 

「……何故残したんだ? 単純に飽きた? ……いや、何かしらの目的があると見るのが妥当か」

 

 その不可解な行動と情景に、ハンザレイはその思考を回転させる。単純に集落を襲うことが目的であれば、全員殺してしまえばいいだけの話だ。半端に生存者という証拠を残すとややこしくなる。逆に、集落の生産力にダメージを与える、という意味であればあそこまで殺し回る必要もない。すべてを破壊せんとばかりに突っ込んだくせに、明らかな食べ残しを放置している。一連の行動が少しばかりチグハグであった。

 そこから考えられるのは、集落を襲うことそれ自体が目的ではなく、別の目的達成のための手段の一つである、ということだ。残念ながら、その真なる目的が何なのか、そして何故そのような手段を用いているのか。それらは結局情報が足りず、推測どころか仮説すら立てられないのが現状だった。

 同時に彼は、今の自身の心情に関しても興味深くその頭脳を働かせていた。

 確かに眼前で繰り広げられた行為に、僅かな不快感は感じる。だが、それだけだ。大量の、そして鮮明な死を幾ら画面越しとは言え目撃してしまったことへの衝撃も、抵抗すら出来ず殺された無力な村人に対しての憐憫の情も、突然の虐殺行為を行った騎士団に対しての憤怒も。何も、感じなかった。殺された村人たち――今やただの肉塊に成り下がったモノたちを見て、どんな味や感触なのかは気になるが、可食部は多くなさそうだしそもそもあまり食欲をそそるものでもないかな、程度の感情を抱いた程度である。踊り食いでもすれば、多少は噛み応えがあるかもしれないが。余りにも脆弱な人間種に対して、ユグドラシルの魔法というイレギュラーを加味したとしても、急速に興味が削がれていくのが分かる。

 それについては隣に立つモモンガも同様だったようで、ハンザレイよりも幾分かその不快感を顕にはしつつも、別段取り乱したりしていない様子から、それ以上の感情を抱いているようにはとても思えなかった。

 

『ハンザさん、やっぱり俺は人間辞めちゃったみたいです。人が惨殺されている現場を見ても、何も感じない。同族意識とでも言うんですかね。そういうのがまったく沸きません』

『ああ、俺も同じです、安心してください。ただまぁ、数が多ければメシの代わりくらいにはなりそうですけどね。ああでも、保存性も悪そうですしね、難しいかな』

「…………は?」

 

 伝言の魔法でしていたはずのやり取りから、思わぬ感想が飛び出たのを受け。モモンガは思わず声に出してその不可解な心情を吐露してしまう。

 

「……ハンザさん? もしかして、人間を食用としてみてますか? ……食べたいと……食べてみたいと、感じたんですか……?」

「え? 何かおかしいですか? だってあんな弱いんですよ? だったらせめて肉として利用価値を見出すべきじゃないかなと思ったんですが……」

 

 モモンガの問いに対して、何の動揺も無く答えていくハンザレイ。そこにはいつも通り、普段通りの冷静沈着な、高い状況判断能力を持つアインズ・ウール・ゴウンが誇る前衛盾役、ハンザレイ・エバー・フラウが居た。

 

「……ッ! ニグレド!! 一度映像を切れ!! ……お前たち、私とハンザさんには少々話し合う事項が発生した。しばしそのままで待て」

 

 慌てた様子でモモンガはその声を荒げ、矢継ぎ早に指示を飛ばす。そしてその様相そのままにハンザレイの手を掴み、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの転移能力を発動。数瞬もしない間に、絶対の支配者二人は第六階層からその姿を消した。

 

 

 

「ちょっ! ちょ、ちょっとモモンガさん! どうしたんです!?」

 

 転移の先、やってきたのは第九階層、円卓であった。誰も居ない、だだっ広いだけの空間に異形の影が二人ぽっち、その存在を主張する。一方、これに面食らったのは突然の転移に巻き込まれたハンザレイだ。一体全体どうしたというのか。まさか先程の映像の中に無視できない、しかしNPCたちの前では公開するのが憚られるような重大な情報が混ざっていたのか。モモンガの方を見やるも、彼は先程のような狼狽した様子は鳴りを潜めていたが、その無表情なはずの白磁の顔からは何ともいえないオーラを放っているように感じられた。

 未だ事態がまったく飲み込めていないハンザレイの肩を、モモンガはがっしと掴む。そして一息、心を落ち着かせるように大仰に吐くと、その眼孔をまっすぐに竜王へと向けた。

 

「……ハンザさん。俺だって異形種になってしまった。村人たちの死に何も感じないのは事実です。でも、その心までを早々に失いたくないと言ったのは、ハンザさんじゃないんですか……? もっと疑問を持ってくださいよ。今更人間らしくあれとは俺も言いませんよ。でも、せめて"おかしい"と気付いてくださいよ。……ッ気付けよ! 気付いてくれ! 人としての心を、市原啓を忘れたくないって言ったのは! 他ならぬアンタだろうが!!」

 

 モモンガは何も、人間の死に対して哀れみや恐怖を持てなどと言うつもりはなかった。現実世界での鈴木悟ならいざ知らず、死の支配者という異形になってしまったモモンガにとって、それは無理からぬことと自身でも思えたし、ハンザレイも同様だろう。その程度の理解はしている。強要するつもりもこれっぽっちもない。彼が脆弱な人間を目にし、食べ物程度にしか見れなかったのも、竜王という種族を考えればまだ納得も出来よう。

 だが、モモンガには先程見た光景に対して不快感を感じ、そして"不快感だけで終わってしまった"自分に気付き、そこに鈴木悟としての思考と苦悩を差し込む余地があった。価値観が、ものの見方が、そっくり差し替えられてしまっている。モモンガにとっての当たり前を、鈴木悟としてまずいぞ、と判断する余力があった。

 そして同時に気付いたのだ。ハンザレイが、市原啓がその心を悲痛に沈ませて、円卓で静かに叫んでいたことはこのことだったのだと。逆に彼の、ハンザレイ・エバー・フラウを構成する人生の告白があったからこそ、この思考回路が生まれたとも言える。だが、そんな彼が。人間性をどれだけ削られながらも決して最後の一線は忘れないようにと強く願っていたはずの友人が、いとも容易くその精神を異形に呑まれてしまっている。そしてそのことに気付かないどころか、あろうことか受け入れてしまっている。

 その事実は、モモンガにえもいわれぬ恐怖心を植え付けるに十分過ぎる破壊力を持っていた。このままでは、遠からずモモンガはたった一人残った友を失ってしまう。物理的にではない。友人は変わらずそこに在るだろう。だが、友人と呼べる心を持った存在が、その姿を消してしまうのだ。

 そんな未来を、我侭なモモンガが許すはずがなかった。絶対に忘れないし、絶対に忘れさせやしない。荒れ狂う暴風とも呼べるその強き意志が、彼の言葉を荒げさせた。

 

「…………すみません。そう、ですよね……、ははっ……。……ありがとう、ございます。そうだ……俺は……俺はまだ……」

 

 モモンガの願いは、果たして通じたのか。力なく応えた竜王の目からは小さいながら確かな意志を感じるものの。その確信までを抱くにはその光はあまりにも、小さく脆く感じられた。

 

 ハンザレイの胸中には、相反する強烈な感情が吹き荒れていた。

 確かにモモンガから詰められていなければ、彼は人間をただの肉と認識したことにおかしいと気付くこともなかっただろう。それほどまでにハンザレイとしては違和感のない、自然な、当たり前の思考回路だったのだ。市原啓としては、そうあってはならないと望んだはずの自分自身からすればそれは何とも耐えがたく、許し難い感情である。友と誓った僅かに残った人間性の保持。その誓いが早々に崩れ去っている。そんなことが認められるわけがない。絶対に認められない。その気持ちは紛れも無いモノとして、確かに彼の心で輝いていた。

 しかし一方で、「ハンザレイ・エバー・フラウ」にとってはそれでいいのではないか、という強力な思念が同時に渦巻いているのだ。

 彼は、数多連なる食物連鎖の頂点に立つ、古竜の王(エンシエント・ドラゴンロード)である。偉大なる竜王が、ピラミッドの限りなく底辺に位置するたかがホモ・サピエンスの近似種ごときにわざわざ理性と好意の情を持って接するなど、決してあってはならない。せいぜいが生産性の低い食糧、最大限好意的に評価して、労働力。その程度の感情しか湧かないし、その程度の価値しか見出せない。そしてそれが当然である。何せ彼は竜王なのだ。そんじょそこらの生命体とは文字通り格が違う。

 皮肉なことに、この世界に於ける人間種のあまりの脆弱さが後者の考えを強烈に後押ししていた。無論、たまたま発見した村人を含めたあの人間たちが、極めて弱い集団であったという可能性もある。また、平均レベルは確かに低くとも、卓越した強者が居るかもしれない。その可能性も同じく捨て切れない。

 だが、市原啓の残滓が思案する冷静な分析を、それ以上の圧倒的な力を持ったハンザレイ・エバー・フラウという竜王の意識が高慢に、傲慢に否定している。

 

 その決着は、未だ着かないだろう。だが、いつかは着いてしまう。そして、どちらに転ぶのか。未だオッズは判明しない。

 

「……戻りましょう。NPCたちも待たせてますし。……怒鳴っちゃってすみません」

 

 平静を取り戻したか、はたまた精神作用無効化の恩恵か。すっかり普段の姿を取り戻した――その面持ちはやや気落ちしているようにも思えたが――モモンガは、残してきた子供たちを思い、二たびリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの力を発動させる。

 数瞬遅れ、ハンザレイも同じく指輪に意識を傾け、その転移能力を行使する。二人の異形を見送った円卓の間は漸くいつも通りの沈黙を取り戻し、何事も無かったかのようにその静寂を湛えていた。

 

 

 モモンガは、円卓から第六階層に転移するまでの僅かな間。一つの可能性がふと頭を過ぎり、そしてすぐさまその考えを否定した。そう遠くない未来、友人を失ってしまう可能性。そんなものは訪れない。絶対に、訪れさせない。繰り返し、繰り返し。彼は思考と否定を重ね。そしてやはり最後には否定するのだ。

 

 そんな結末は、絶対に迎えさせない。他の、何に代えても。

 

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