オーバーロード -死の支配者と古竜の王-   作:佐賀茂

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三連休ということで、書けるとこまで書いておこうと思ったんですけども。
なかなか思うように進みませんね。難しい。

また、この辺りから本格的に本史とは色々とズレてきます。
二次創作なので当たり前っちゃ当たり前なんですが、この辺の塩梅もやっぱり難しいですね。


それでは、よろしければご賞味ください。


08 -接触-

「待たせたな。では、続きと行こうか。ニグレド、映像を再開させろ。ハンザさんもいいですか?」

「――ああ、はい。大丈夫です。皆、いきなり席外しちゃってごめんよ。さて、続きを楽しもう」

 

 ハンザレイとともに第六階層へと戻ってきた死の支配者モモンガ。鷹揚に語るその様は、果たしてどのような話し合いがあったのかを微塵も悟らせず、まさに支配者然とした格好のままシモベたちへと声を掛ける。そんな絶対支配者の傍らに立つ古竜の王からも特に問題があったような素振りは見受けられず。いつも通りの冷静沈着な支配者がそこにただ在るだけのように映った。

 

 モモンガの声を受け、何事も無かったかのように現地の映像が再び水晶の画面(クリスタル・モニター)へと投影される。先程もそうだが、特にニグレドに対して伝言の魔法などで直接指示を出したわけではない。おそらく彼女は彼女でこの第六階層を眺めているのだろう。それか、デミウルゴス辺りがノータイムでその指示を伝播させているのかもしれない。そしてそのような何一つ乱れを感じさせない光景に、モモンガは先程とは違う僅かばかりの危機感を募らせていた。

 

 誰も疑問に感じていないのだ。そもそも、疑問を差し込む余地でさえ不敬であると捉えていると感じざるを得ない程に、彼らNPCはモモンガとハンザレイに対して盲目的であった。

 モモンガは、急用があるとして突如催しを一時中断させ、ハンザレイとともに一時的とは言えこの場から離れた。そこに何の違和感も感じていない。偉大なる御方、絶対の支配者たる二人が用が出来たと言えば、それはその通り用事が出来たのだ。それ以上の意味をNPCたちは持ち得ない。この催しとてそうだ。偉大なる御方が皆で見守ろうと仰られたのでその通りにした。そこにどれだけの意図や目的が含まれているのかは露知らず、あるいはNPCたちにとっては想像もつかないような深慮遠謀があるかの如く。一切の不信感や違和感を持たず、持つことさえ許されないと言わんばかりの様相。

 一方的に捧げられる忠誠心に対するげんなりとした気持ちとはまた別、NPCらの妄信とも言える姿勢に対する危機感。自身の考えを否定したり、忠言を物申したり、反論したり。それらが一切ない。つまり、何時何処で間違ってしまうかが分からないのだ。今はまだそのほとんどがナザリック内部での出来事のため、そう大事には至らないだろう。しかし、今後どういう方針で動いていくかに関わらず、多かれ少なかれ外界との接点は出来てくる。モモンガもハンザレイも、もとはしがないサラリーマンだ。外部交渉において、常に最善手を打てる技術もなければ、自信なんぞ微塵もない。

 アルベドやデミウルゴスならば今後そういった場に直面した時、支配者二人に比べれば遥かに多くの事柄を考え、吟味し、完璧な一手を打てるだろう。だが、そんな智者二人でさえも、モモンガとハンザレイの言動には何一つ疑問を差し込まない。模擬戦の相手や今回のブラックカーテン作戦のように、発案した内容に対してブラッシュアップのための提案はしてくるし、その内容も大いに理に適っている。

 だが、それだけだ。案そのものに対して、あるいは方針そのものに対しての否定や忠言がない。きっと彼らは「今からどんな障害があろうが一切を構わず世界を征服するぞ」とでも言えば、何の疑問も感じることなく実行に移すだろう。そこにシモベの意見は必要ないと言わんばかりに。

 

 それではダメなのだ。NPCたちがプレイヤーである二人を妄信するが為に、その間違いを是正出来ずあらぬ方向へ舵を切ってしまう危険性。逆を言えば、つい先程まではその間違いにさえ気を付けていればいいとモモンガは思っていた。だが、それだけでは不味い理由がモモンガの中で露呈してしまった。

 この環境に身を置き続けていれば、ハンザレイの精神はきっと物凄い速度で変容してしまう。繰り返すが、彼らNPCは支配者である二人の一切を否定しない。その考え方がおかしいと思うことすらない。ハンザレイが一言、人類を滅ぼせといえばその通りにするだろうし、人間を食してみたいと言えば嬉々として捕まえてくるだろう。事実、ナザリックには人間を食用として見做すモンスターやシモベも多数存在している。そこに違和感や疑義を挟み込むことすら起こり得ない。ことの重大性は大きく異なるが、大金持ちの家庭に生まれた一人息子が傍若無人に育ってしまうのはこういうロジックか、と気付かなくてもよかった真理の一つに気付いてしまう程にモモンガは、モモンガの内に燻る鈴木悟の残滓は警鐘を鳴らしていた。

 

 これは、外付けの制御回路が必要だ。

 ナザリック内部において、ハンザレイの自浄作用は期待出来ない。今でこそ大丈夫だが、モモンガもいつそうなってしまうかは分からない。出来得る限り迅速に体制を整える必要がある。最悪の未来を否定するためにも。そして、この計画に限ってはアルベドやデミウルゴスといったNPCへの相談は出来ない。モモンガは眼窩に秘めた光を揺らめかせ、その意志を確固たるモノとして受け止め、飲み込み、水晶の画面へと向けた。

 

 

 

 ニグレドによって再開された映像には、先程席を外した幾分かの空白分に、そのまま時計の針を進めたような光景が広がっていた。騎士団による突然の襲撃を受けた集落は見るも無残な状況となっており、僅かに残された人々は誰もが気の抜けたような……有体に言えば死んだような顔付きをしていた。無理からぬ事ではあろう。おそらくは何の報せも受けないまま、成す術もなく自己の生存圏が唐突に蹂躙されたのだ。これで気を保てという方がどうかしている。

 彼らを突如人生の奈落へと蹴り落とした集団は、振り返ることも無くその動きを継続させている。次の目的地は分からない――目的も皆目分からない――が、彼らが進む先は、発見した次の集落がある方角とほぼ同じだ。予測にしか過ぎないが、この集落と同様に襲撃を掛けるつもりか、と想像するには十分な要素だった。

 

「……ん? これ、最後尾の連中はまた違うのか?」

 

 一番大きく引いた俯瞰視点からの映像を見ていたハンザレイは、自分の予測とは若干異なる動きに気付く。

 彼の予想は、装いの異なる3種の集団がそれぞれ追いかけっこをしているというものだった。目的は分からないが、先頭の騎士団が村々を襲い、その後ろに位置する傭兵団がそれらを追いかけている。そして、その騎士団か傭兵団、いずれかを最後尾の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の集団がまた追いかけている。そう捉えていたが、動きを見ているとどうも少し違うように感じる。

 確かに騎士団と傭兵団は追いかけっこをしているように見える。だが、最後尾の集団は彼らを真っ直ぐ追いかけるルートを取っていないのだ。そもそも考えてみれば馬上にある2集団に対し、徒歩で追いつくのはかなり無理がある。もしかすると、他の集団とは違うまったく別の目的でこの場に現れ、偶然発見されたのかもしれない。

 色々と可能性は広がったが、どちらにせよ確信を得られるほどの情報が未だ集まっていない。しばらくは観察を続けさせてもらおう。そう気を取り直し、彼は再び各集団を追いかけている水晶の画面へと視線を移した。

 

 騎士団からその進みをいくらか遅らせている第2の集団。彼らは先程襲撃にあった集落に到着すると、いくつかのグループに別れて行動しているようだった。数名単位の小隊がいたるところを破壊され、もはやその役目を全うできない程にその身を窶した家屋を一つ一つ調べていく。広場と思われる場所に残った集団は、僅かに生き残った人々へ寄り添い、なにごとかを話し合っている。村人たちの目には多少の光が戻ったようにも感じられるが、その大部分はやはり先程の事態への恐怖と落胆に占められていた。

 

「ふむ……先程の集団とはまた違った目的……か? ……お? ……ああ、なるほど。だから敢えて全滅させなかったのか。中々に姑息かつ効果的な手段だな」

 

 しばらくの間無言で画面を見つめていたモモンガはその動きに変化があったことと、その変化から読み取れる情報を基に自分なりに分析していく。画面に映る傭兵団はそのうち数人を生き残った村人の護衛に就け、その数を幾分か減らしてまた馬を翔らせて行った。

 

「戦力の漸減が目的か。となると……ああ、やはりか。大体読めたぞ」

「ん、モモンガさん何か分かったんですか?」

 

 このパターンに入ると、モモンガは強い。疎らにではあるが少しずつ情報が出揃ってきた今、それらを組み合わせて一筋を練り上げる能力がアインズ・ウール・ゴウンの中でも抜きん出ていた死の支配者は、一つの推論に行き着いた。

 

 まず確実に言えるのは、先頭を行く騎士団とそれを追いかけているように動いていた傭兵団は敵同士であること。どちらに正義があるのかは分かりえないし興味もないが、それは確定だ。そして、騎士団は傭兵団よりも弱い。これは先だって放たれた影の悪魔(シャドウ・デーモン)の一撃によって判明している。

 数は同数、同じく近接職の集団同士が、平野という障害物のないフィールドで小細工無しにかち合ったらどうなるか。ほぼ間違いなく、地力に勝る方が勝つ。弱い方が勝つには、強い方の母数を減らすか、より強い者の協力を仰ぐかのどちらかしかない。

 そしてもう一つ。傭兵団はどうだか分からないが、少なくとも騎士団の方は戦う相手の情報を持っている。そうでなければ、このような策を打つこと自体が不可能だ。相手が自分たちより強いことを最初から知っていなければこのような面倒くさい手順を踏む必要もなければ、その必要性を感じる段階にすら至れないはずだ。つまり、そうしなければいけないほどの敵を相手取っていることを、知っている。更に、敢えて生き残りを数人残し、その護衛に人を割くような事態に持っていった騎士団だが、それを実現させるには()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。壊滅状態に陥った集落を無視し、只管に騎士団を追ってくるような連中であればそもそもこの作戦が通用しない。これほど手間がかかる作戦を、無視されるリスクを冒してまで行うのはあまりにも非効率的過ぎる。

 また、便宜上傭兵団と呼称しているが、実態としてはそれもまた異なるように思える。騎士団を滅するために雇われた、ということであればまだ納得出来そうだが、もしそうであれば集落の生き残りを助けることはしないだろうし、関係の無い人間に貴重な戦力を削ってまで護衛の人員を割くなどもっと有り得ない。それに、仮にそのような依頼を傭兵団が受けていたとしても、その依頼が出される相手を事前に調べておかなければならない。見る限り、騎士団が追われる側で、傭兵団が追う側だ。順番で言えば傭兵団が後発となる。騎士団が動いた後に傭兵団が動くという順序でなければ今の事象自体が発生し得ない。

 以上のことから考えても、傭兵団はただの臨時雇用の戦力である可能性は低く。その存在を前もって知られていた集団である可能性が高い。その後ろ盾までは不明だが、騎士団と同じくどこかの国家や大きな団体に属していると見るには十分な状況であった。

 

 そして更に、最後尾の集団。これらこそが傭兵団に一撃を加える集団である可能性が浮上する。

 騎士団は傭兵団よりも弱い。少なくとも集団の平均レベルで言えば間違いなく下だ。だが、もし仮に騎士団の方に卓越した個が居るのであれば、そもそもがこの作戦を遂行する必要が無い。もっと効率的で無駄の無い作戦など幾らでも思いつくだろう。それをしないのは、騎士団が見た目どおりの弱さしか持っておらず、傭兵団を相手取る力を持たないことを意味する。

 一方で、傭兵団には強者が混じっている可能性がある。傭兵団の平均レベル自体が飛びぬけて高いのであれば、いくら策を弄してその数を減らそうがあんなレベルの集団が勝てるわけがない。そもそも影の悪魔の奇襲が失敗しているはずである。また、傭兵団そのものの壊滅が目的であれば、護衛と護送に人を割かせるような作戦は採用しないだろう。対象が広範囲に散らばると、全滅させるのが非常に難しくなってしまう。

 となれば、傭兵団の特定個人、あるいは複数を確実に屠るためにその母数を減らし、仕留めるというのが今のところ最も納得が行く筋書きだ。そして、もしそうであれば如何に数を減らそうとも騎士団のレベルではその特定の強者に太刀打ち出来ないだろう。数が減った連中を確実に仕留めるだけの別の戦力が必要だ。

 それが恐らく、あの魔法詠唱者(マジック・キャスター)の集団。

 その数を減らし、十分な作戦行動が取れなくなった近接職の集団を、平野という障害物のない広いフィールドで遠距離攻撃の専門集団が叩く。なるほどアンバランスなパーティだが、それらを前提にして動いていたのであればこれ以上ない効果的な手段だ。見る限り、最後尾の集団は傭兵団を真っ直ぐ追いかけていない。恐らく先程の流れをこの周辺の集落で幾度か繰り返し、その数を十分に減らしたところで真打登場といった感じか。

 

「……とまぁ、こんな感じだと思いますよ。多分ですけど」

 

 不十分な情報の穴を推測で埋めたに過ぎない今では、まだまだ不完全な推論ではある。他の可能性は幾つも考えられるだろう。だが、聞く限りでは少なくとも矛盾はない。辻褄も一応は合っている。

 

「いやー……やっぱモモンガさん凄いですよ。俺じゃそこまで組み立てられない。流石ですギルドマスター」

 

 モモンガの推測を聞いていたハンザレイは、その賛辞を素直に投じる。彼は近接前衛職という立場上――性格も大いに影響しているが――咄嗟の判断や思考の瞬発力に関してだけは苦手とは感じていない。刻一刻とめまぐるしく変化する戦場の最前線に於いて、いちいち判断に迷っていてはそれこそいい的だ。ただの肉壁にしかならない。だが、今のモモンガのようにじっくりと情報を吟味して筋書きを書き上げるのはどうにも不得手だと感じていた。もっともユグドラシルにおいては、それらが得意なメンバーが複数居たためにハンザレイが考える必要がなかったとも言えるが。

 

 ハンザレイはモモンガの推測を加味した上で、改めてこれらの集団に対してどうアプローチを掛けていくかの一手を練る段階に入る。

 モモンガの論を全面的に信用する前提であれば、恐らく一番情報が期待出来るのは最後尾の魔法詠唱者たちだ。他の集団よりも幾らか――ナザリックからすれば五十歩百歩だが――レベルが高い可能性が高く、またこのような作戦の本命を務めることから、捨て駒である可能性も低い。少なくとも先頭の騎士団よりは有益だろう。彼らを攫って近隣の情報を手に入れる、というのがベストとは言わずともベターなように感じられる。

 その一手を打つとして、あとはタイミング。今すぐでも問題はないように思えるが、折角であれば傭兵団と接触した後に回収してもいい。当然ながらその思考回路には、彼らに対する情や現地の世界情勢に対する影響などは微塵も含まれておらず、そしてまた疑問にも感じていなかった。

 

「まぁ、もうしばらくは様子見でいいんじゃないですか? 俺の推理も完璧じゃないですし」

 

 それとなくモモンガは変わらずの見を推奨する。

 これは先程の推測よりも数段上の確信を持った推理だが、ハンザレイは恐らく最後尾の集団の拉致を考えている。人間のことを一切勘定せず、ナザリックや自己の利益だけを優先した場合それが最も効率がよいからだ。ハンザレイがその結論に思い至らぬ程の愚者ではないと彼は自信を持って言えるし、モモンガ自身その手段は悪くないと思っている。しかし、こうやって少しずつでもブレーキを掛けていかないと、彼の精神はノンストップで変容の一途を辿ってしまう。その事態を出来る限り緩和させたいがための提言だった。

 

 モモンガは気付いていない。その心が友人を想うあまり、人間に対しての行いそのものに疑問を持たず当たり前だと感じていることに。『集落の人間を助ける』という選択肢を最初から除外していることに。

 

「んんー……まぁ、そうですね。人間たちが必死こいて考えた作戦でしょうし、フィナーレで格好良く参戦、と行きますか」

 

 若干モモンガの真意から外れた結論ではあるが、ハンザレイは変わらず様子見を選択する。水晶の画面の向こうでは、先頭を行く騎士団が次の集落に順調に近付いていた。

 

 

 

 

 

 同じような工程が繰り返されること幾ばくかの経過を数え。画面にはぼろぼろに蹂躙された複数の集落と、その頭数を随分と減らした傭兵団。そして徐々に狭まるその距離が、彼らの邂逅が間近であることを報せていた。無事な集落は、この周辺ではもはや1つか2つ数える程度にまで落ち込んでいる。

 

「――――恐れながら伺いたく存じます。モモンガ様、ハンザレイ様。残った集落と武装集団。如何なされるおつもりでしょうか」

 

 脆弱な人間どもによって行われる見所の無い下品な殺戮会。最初こそめいめいが幾つかの感想を述べていたものだが、こうも単調に繰り返されるとその興も削がれるというもの。ただただ映像が流れるだけの場を短くない沈黙が支配した頃合。声を挙げたのは老練な家令、セバスであった。

 

「ん? 集落は見捨てる。助ける価値も必要もなさそうだし。集団の連中はいくつか拉致して情報を聞き出そうかな、と思ってるけど」

 

 その問いに答えるは絶対の支配者が一人、ハンザレイ。そこには一切の躊躇や戸惑いはなく、ただ冷静にその事実を告げているだけのように見える。

 

「……畏まりました」

 

 主人の意を聞いた執事は、それ以上の接近を許されない。心中にどのような感情が渦巻いていようが、確固たる理由も利益もなく主人に異を唱えるなどシモベとしてはもっての外。不敬と取られても何ら不思議は無い。だが、言動こそナザリックのシモベとして相応しいものを維持しながらもセバスは、その眼光までを抑えることが出来なかった。

 

「…………たっち、さん……?」

 

 モモンガは突然、素っ頓狂な声を挙げる。その眼窩に揺れる視線の光は、怪しくたゆたいながらセバスへと向けられていた。

 彼は一体そこに何を見たのか。傍らに立つハンザレイには分からない。理解出来ない。何故突如たっちという名が出てきたのか、皆目見当がつかなかった。

 

 たっち・みー。ギルド、アインズ・ウール・ゴウンに籍を置くギルドメンバーの一人であり、セバス・チャンを作り出した人物。ワールドチャンピオンというユグドラシルの公式大会で優勝した者のみが就ける特殊職業を手にした、ギルド内のみならずユグドラシル全体で見ても紛うことなきトッププレイヤーの一人だ。アインズ・ウール・ゴウンの前身となるクラン、ナインズ・オウン・ゴールを立ち上げた人物であり、当時執拗な異形種狩りという名のPKに心が折れかけていたモモンガを助けた正義感溢れる人間である。ハンザレイが、モモンガに助けられていなければユグドラシルを辞めていたかもしれないのと同様、モモンガもたっち・みーに助けられていなければユグドラシルを続けては居なかっただろう。それ程までにモモンガにとっては影響力のあるプレイヤーだった。

 そんな彼が掲げていたモットー。『誰かが困っていたら 助けるのは当たり前』。たっち・みーにその志があったからこそ彼は弱者救済を唱え、モモンガを助け、クラン、ナインズ・オウン・ゴールを結成した。そのモットーを、その意志を、モモンガは彼の子供ともいえるセバス・チャンから確かに感じ取っていた。

 

「……ハンザさん。最後の集落。あれだけは助けませんか」

 

 ハンザレイに一任したはずの作戦に、モモンガは初めて明確にその意志を示す。モモンガは確かに、セバスの背にたっち・みーの幻影を見た。彼に受けた恩を返すことは結局叶わなかったが、この異世界でそれを成そうと今決めた。無論、この恩返しが本人に届くことは無いだろう。そんなことは百も承知だ。だが、モモンガは他の何よりもナザリックを、そしてアインズ・ウール・ゴウンのメンバーを大切に思っていた。メンバーの遺志とも呼べるものをセバスから感じ取ってしまった今、それを無視することはかつての仲間たちと積み上げてきたアインズ・ウール・ゴウンを否定することに成りかねない。それだけは避けたかった。

 さらに。ここで単なる利益と効率だけを求めた行動を起こすのではなく、人間味ある意志を示すことでハンザレイの精神に一石を投じたいという意味も兼ねていた。彼にとって、たっち・みーというプレイヤーが与えた影響は絶大だ。しかしその影響と同等以上にモモンガは、最後までナザリックに残ってくれたハンザレイのことを大切に思っていた。

 最初に自分自身をユグドラシルに繋ぎとめてくれたたっち・みー。

 最後まで自分自身とともに在ってくれたハンザレイ・エバー・フラウ。

 両方への恩返しが出来る、集落を助けるという一手。これを打たないという選択肢は、もはやモモンガに残っていなかった。

 

 それに、そのようなモモンガ中心の考えのみならず、確固たるメリットという名の言い訳も一応用意出来ていた。集落を助けることによって、外界に対し友好的な繋がりを持つことが出来る。一方的に拉致尋問するよりは幾らかスムーズにことは運べるだろう。集落を助けることにより、この世界に於ける国家と敵対する可能性もあるが、それは集団を拉致しても同じことだ。いずれにせよ何らかの介入を行う以上は、八方丸く収まるなんてことは有り得ない。どこかに必ず歪が発生する。そして、その大小は見る限りの情報では判断が出来ない。

 

「うーん。まぁ、いいんじゃないですか? それはそれで得られる情報もあるでしょうしね。ただ、ある程度は殺させてから出ますよ。事前に出るメリットはそれこそ皆無です」

「ええ、それは理解してます。じゃないと助けに入った際のインパクトも薄いですから」

 

 しばし考えたものの、ハンザレイは特に反対することなくモモンガの案を呑む。彼は確かにものの捉え方、考え方が変異しているが、理性そのものを失ったわけではない。友人の希望を加味する程度には人間性を残しているし、友人の希望を無碍にするほどそもそも落ちぶれた人間でもない。そういう意味では、市原啓という人間の残滓は未だしっかりと残っていると言えるだろう。仮に、彼が完全にその精神を異形に呑まれたとしても、モモンガと敵対するような可能性は低い。市原啓がハンザレイ・エバー・フラウに完全に成り代わったとしても、モモンガとの関係性そのものが変化するわけではないのだから。

 

「よし、それじゃあ……。セバス、ナザリックの警備レベルを最大まで上げておくように。アルベド、武装を整えてモモンガさんの護衛に就いてくれ。俺の護衛は……そうだな、シャルティアにお願いしよう。同じく完全武装で頼む。デミウルゴス、隠密能力に長けたシモベを何名か選別してアウラに渡してくれ。アウラは周辺の監視と警戒をよろしく。ニグレドが見ているから大丈夫だとは思うけど、一応ね。先頭の騎士団が最後の集落に到着して、ある程度殺し終わった段階で介入する。モモンガさん、アウラ用の転移門(ゲート)お願いできます?」

 

 各守護者へとその指示を飛ばすハンザレイ。彼自身、護衛や後詰などはまったく必要ないと感じているのだが、きっと守護者がそれを許さないだろう。余計な時間を取られるのも面倒くさい。ならば、前もって護衛を指名しておけばよい。自らの護衛にシャルティアを選ぶ必要はどこにも無かったのだが、彼女はこの転移が起こってからというものの何一つ仕事をしていない。それでは彼女の不満も溜まってしまう。逆を言えば誰でもいいような任務に名指しで指名しておき、鬱憤を晴らさせるのも一つの手だ。こうやって細かい仕事を割り振っていけば早々不満も出ないはず。

 労働者需給調整事業に携わり数多の経営者、労働者と関わってきたハンザレイにとって、この程度造作もないことだ。むしろ報酬の多寡や職務の内容を問われず、遣り甲斐のみで仕事を割り振れるというイージーモード。そして労働者――ナザリック内のシモベ――らの感情が分かりやすい分、現実世界よりも随分と御しやすい。これはこれで経営シミュレーションらしくて楽しいかもしれないな、と、ハンザレイは知らずのうちに人間性の残滓をその手に残し得る手段の一つを確立させ始めていた。

 

「は、はっ!! このシャルティア・ブラッドフォールン! 如何な相手であろうとも御身に傷一つ負わせることなく、その悉くを殲滅して御覧に見せましょう!!」

「あー、シャルティア? 気合十分なのはいいけど、一応これ情報収集も兼ねてるからね? 殺すなとは言わないけど、むやみやたらに殺しちゃダメだよ?」

 

 守護者たちが色よい返答を返す中、一層の気合をもってハッスルしているNPCが一人。ここまでいいとこなし見せ場なしが続いていたシャルティアにとって、まさしく突如降って湧いた絶好の機会。その装いを普段のポールガウンから鮮血の全身鎧へと瞬く間に替え、鼻息荒く気合十分の様相である。その様子を目にしたハンザレイは一応の釘を刺しておく。別に人間を殺すことに対しては何も思わないが、全滅は困る。折角の情報源を失ってしまうし、蘇生魔法などは無闇に使いたくなかった。この世界の理は未だ不明だが、ゲームではない以上、一度は失ったその命を復活させることによって齎されるリスクを計算出来ないほど耄碌はしていない。

 

 静まり返った状況から一転、慌しくその様相を変えた第六階層では仕事を割り振られた各守護者たちが忙しなく動き回っている。一方、今回のイベントへの出席叶わず仕事を与えられなかった残りの者たちは沈黙を保ったままだ。それぞれの顔は偉大なる御方のお役に立つ使命を賜った喜色と、それ以外とで見事に別れていた。

 

「そろそろだな。<転移門(ゲート)>」

 

 先だって周辺の森にアウラとシモベらを待機させ、待機すること幾分か。先頭の騎士団が最後の集落へと突撃し、先程から繰り返し見てきた蹂躙を始めたあたりでモモンガは2回目の転移門を開く。既に画面の向こうでは少なくない数の村人たちがその一生を終え物言わぬ骸と成り果てているが、そんなものは一切関係がない。あるのはただ、ナザリックへの利益と自分たち二人への利益、それだけだ。転移門を集落の中心ではなくやや離れた地点へ開くのも、村の人間たちを慮ってなどという理由ではない。何かの間違いで下賎な人間どもがこの転移門を潜り、仲間たちと築き上げてきたこの神聖なるナザリックに土足で踏み入らせないためだ。

 

「よっし。折角だし格好良く行きますか。シャルティア、しっかりついてこい」

 

 モモンガの開く転移門から先ずはハンザレイ、シャルティアが先行する。その後に準備を終えたアルベド、最後にモモンガといった順番だ。第六階層に突如現れた漆黒の闇へと、彼らはその歩みを進める。

 

 潜った視界は一転、円形闘技場のような土壁に包まれた無骨な空間ではなく。だだっ広い一面の平野と、鬱蒼と茂った大規模な森。そして森と平野の境目とも言える場所にぽつねんと存在する集落が一つ。平和的な光景にはあまりに似つかわしくない喧騒が、転移門を開いた場所まで響き渡っていた。

 

「よっ!」

 

 異世界の地へと足を下ろしたハンザレイは両の脚に力を込めると、短い呼気とともにその力を一気に解放し、跳躍。その衝撃に伴う轟くような爆音と甚大な土埃をまきあげ、彼は彼我の距離を一足飛びに詰める。

 決して短くない滞空時間を終え、次にその足が地面を捉えた時。彼の目にはみすぼらしく立つ複数の家屋と、既に事切れた村人、勢い良くロングソードを振り上げる騎士、その剣から我が身を、というよりは我が身で包み込んだ小さい存在を守るように蹲っている少女が映っていた。

 

「うわっ!? な、何だ!? リザードマ」

 

 偶然近くに居た騎士の一人が突然の出来事に慌てふためきその口を開く。しかし、その言葉が全て紡がれるよりも前、声を発する器官とそれが属する部位ごと、突如突き出された螺旋型の槍によって吹き飛ばされていた。

 

「おーい。無闇に殺すなって俺言ったよね?」

 

 その正体に気付いた、いや気付けたのはこの場で一人だけ。突然の殺人を行った存在に対し彼は大層な呆れを乗せてその声を投げ掛ける。ハンザレイに数瞬遅れて同じ場所へと降り立った鮮血の戦乙女が、その手に持つ愛用の神器級(ゴッズ)武器、スポイトランスでもって騎士の顔面を粉砕していた。

 

「失礼しんした。あまりに不敬な言葉が聞こえたもので、つい……」

 

 その声を叱責と捉えた彼女は、幾分か申し訳ない態度を取りながらも、取った行動自体に多少の反省はすれど後悔はしていなかった。至高の御方、世界を統べるに相応しい古竜の王たる御方を、あろうことか二足歩行のトカゲ如きと同列に語られるなど、彼女にとって実に許し難いこと。一刻も早くその下賎な口を閉ざすために取った行動を、彼女は決して間違っていないと考える。

 

 突然の出来事に、逃げ回っていた村人、殺しまわっていた騎士、そのどちらもが一切の動きを止め。ある者は困惑を、ある者は恐怖を、ある者は懺悔を。それぞれの思いを胸に、ただ只管に眼前に現れた異常事態を目に焼き付ける以外の行動を取れず、固まりきってしまっていた。

 

 

「ごきげんよう、諸君」

 

 

 虐殺が今まさに行われている現場にはあまりにも似つかわしくない沈黙。それを破ったのは、集落の上空より下ろされた威厳溢れる声色でもって発せられた、この場にはあまりにも似つかわしくない挨拶の言葉。声のもとへ視線を上げれば、そこには豪奢なローブに身を包んだ偉丈夫と、漆黒の鎧に身を包み、巨大なバルディッシュを携えた黒騎士。偉丈夫の顔には一切の受肉が認められず。いっそ美しいとも言える程の、ローブから覘くその白磁の顔は、再びその場に沈黙を齎すには十二分の異様を誇っていた。

 

 死だ。

 その呟きは、一体誰が零したものか。それは分からない。しかし、今目に映るこの光景を端的に表すとすれば、これ以上適切な答えはないだろう。まさしく死を体現するかのような威容を持った存在はそれ以上の言葉を発することなく。眼窩に揺れる視線を覗かせ、ただただその場を遥か高みから見下ろしていた。

 

(えぇ……なんでこんな固まってんだよ。外したか? いや、そもそも言葉って通じるのか?)

 

 眼下にて繰り広げられる思考の絶望など露知らず。絶対の支配者たるオーバーロードは傍らにその身を寄せる守護者統括とともに、日本語じゃなかったらどうしよ、などと支配者らしからぬ悩みを人知れず抱えていた。

 

「こっ! 殺せ!!! 殺すんだぁ!! お、お前たち、やれェ!!」

 

 静まり返った集落の沈黙は、今度こそ破られる。騎士の一人がけたたましく騒ぎ立てるように、周囲の騎士へ突撃の命令を下していた。恐らくは彼が隊長格。命令を下す立場でなければ"お前たち"と呼びはしないだろう。しかし、いくつかパターンは想定していたがよりにもよって会話なしの戦闘とは。既にハンザレイの中で十分に削がれていた人間種への興味は、この時点でもって完全に地に落ちた。

 

「あぁー面倒くせぇ……シャルティア、適当にやっといてくれ。何人かは残せよ。あと一応武器持ってないヤツは殺すな」

 

 その声色に特大の面倒くささを乗せ、投げやりにも取れる態度でハンザレイは傍に立つ護衛へ命じた。

 

 隊長格の悲鳴のような号令。その結果齎された惨状は、口にするのも憚られる有様であった。及び腰ながらも隊長の指示に従った騎士たちは、突撃を敢行してからその命を2秒と持たせることなく、呆気なく散らせて行く。ある者は突き殺され、ある者は刺し殺され、ある者は殴り殺され、ある者は蹴り殺され、ある者は弾き殺された。集落を、秒単位で増える夥しい量の血が染めていく。

 そうして、どれだけの時間が経っただろうか。1分も経っていなかったかもしれない。そこには、動かなくなった肉の塊、動く気力を失った肉の塊の二種類に大別された人間が在るだけであった。騒がしくなったのも束の間、集落を三度、沈黙が支配する。

 

「あー、ご苦労シャルティア。……シャルティア?」

 

 この程度の雑魚を幾らか処理させたところで、これは果たして仕事と言えるのか。まだナザリック内の掃除でもさせておいた方が有意義に感じられる。それ程の退屈を感じていたハンザレイは、とりあえず、といった体で命令をこなした配下を褒めておく。

 がしかし、シャルティアの性格であれば直ぐにでもその喜びを爆発させてもおかしくない言葉に、何故か反応がない。もしかして、あまりにも難易度の低い命令で逆に機嫌を損ねてしまったか。少々の心配を胸に、再び声をかけるがやはり反応がない。

 

「ふ、ふふっふふふふ。だ、駄目……ッくっふふふふっふぅ……! あはァ……血ィ……血がァ……!」

 

 様子がおかしい。

 ちょうど前方に居るためハンザレイからその表情は窺い知れないが、その肩を僅かに震わせてまるで何かを必死に耐えているようにも見える。

 何かの状態異常でも食らったか。しかし、真祖(トゥルー・ヴァンパイア)たるシャルティアには、状態異常や精神異常は通用しない。種族特性の確認は自分たちが真っ先に行っている。しかし、ゲームとは違うこの世界。何らかの異常が発生した可能性は否定出来ない。彼は直接彼女の様子を見ようとその足を一歩進め、肩に手を置こうとする。

 

「<転移門(ゲート)>!! アルベド! シャルティアを押し込め!」

 

 ハンザレイの行動よりも一瞬早く、モモンガが動く。そう遠くない上空から事を見守っていたモモンガには、ハンザレイよりも幾分か状況を正確に把握出来ていた。

 血の狂乱。シャルティアが持つクラスに必ず付随するスキルの一つ。いや、ある意味ではペナルティと言ってもいい。血を浴び続けることによってその戦闘力を強化していくスキルなのだが、その代償として精神的抑制が効かなくなってしまう。ゲーム時代では所謂「バーサク状態」となり、各種ステータスは上昇するもののプレイヤーからの指示を受け付けなくなるというものだった。それが現実となったこの世界で発動すれば、果たしてどのような結果が齎されるのか。ゲームの時でも敵味方の区別なく攻撃するようなことはなかったので、今この場に居るハンザレイに攻撃を加えるようなことはないだろう。しかし、僅かに生き残った騎士や村人たちは別だ。恐らく血の狂乱が発動してしまえば、残った人間たちは10秒も経たずに殲滅される。折角手にしたこの世界の情報源をみすみす逃すのはあまりにも惜しい。

 今回で言えば、殺した人間の数はそう多くはない。だが、ゲームと違い血の一滴に至るまでリアルになってしまった現状では、どの程度で血の狂乱が発動するのかが不明であったことに加えて鮮血の貯蔵庫(ブラッドプール)を発動させておらず、血を吸収することなくすべての血をその身に浴びてしまったこと、相手があまりにも脆弱で、スポイトランスによって吸血する必要がなかったことなどが災いした。

 

 モモンガの命を受けたアルベドは全てを察し、人間には到底捉えられない速度でシャルティアを捕まえ、その身体を転移門に向かって派手にブン投げた。一連の動きを見ていたモモンガはその直後に転移門を閉じ。一瞬思わぬ事態で集落は沸いたものの、四度その場の空気が凍る。

 転移門の行き先は先程と同じ、第六階層に設定してある。水晶の画面で経緯を見守っているだろうし、あの場には他の守護者も居るだろう。何とか抑えられるはずだ。

 

「……さて、少々締まりのないところをお見せしてしまったが。おい、そこのお前」

 

 気を取り直して、モモンガは放心している騎士の一人を指差し指名する。その白磁の切っ先に晒された騎士は、ひぃ、と短い悲鳴を上げてその場にへたり込んでしまった。あまりに張り合いのない姿に、ハンザレイ程ではないにしろ抱いていた少なくない落胆をどうにか抑えながら、モモンガは言葉を続ける。

 

「お前は生かしてやる。そして、お前たちの飼い主に伝えろ。二度とこの周辺で騒ぎを起こすな、とな。それが破られれば、そうだな。お前たちの国に平等な死をプレゼントしてやるとしよう。いいな、確実に伝えろ。返事は?」

 

 指名を受けた騎士は恐怖に顔を引き攣らせながらも悲鳴に近い返事を上げ、ほうぼうの体で後退りしていく。他の者は、動かない。動けない。ひぃひぃ、と情けない一人分の泣き声だけが集落に響いていた。騎士は係留してあった馬にどうにかこうにか辿り着くと、こちらには目もくれず一心不乱に馬を翔らせていく。

 

「アルベド、残った騎士たちを捕縛しろ。くれぐれも殺すなよ?」

「畏まりました」

 

 兜から漏れ出すくぐもった了承の声。そこに一切の感情は含まれておらず、ただ主人に命令された作業を受諾したシモベが在るだけであった。騎士たちに、もはや抗う気力は残っていない。先程シャルティアによって生み出された地獄を蒸し返すような愚を犯す者は、流石に居なかった。

 

 

 

「さて、諸君。お待たせしてしまって申し訳ない。私は君たちの惨状をたまたま発見してね、助けに来た者だ。どうか気を楽にしてほしい」

 

 瞬く間にアルベドがその指示を終えた集落。広場の端に固められた騎士たちの様子見も程ほどに、モモンガは生き残った村人へ向けて先程よりも幾分か棘の抜けた声色を発する。

 しかし、返ってくるは沈黙。その静寂に乗せてたっぷりと恐怖に彩られた視線がモモンガ、ハンザレイ、アルベドへと絡みつくのみ。

 

 

 

「……あれ?」

 

 おかしい。

 確かに多少のイレギュラーはあったが、村人から見ればモモンガたちは絶体絶命の危機に颯爽と現れた救世主のはずである。シャルティアも血の狂乱こそ発動しかけたがハンザレイの命を厳守し、武器を持っていない者――村人には手を出していない。圧倒的な力に対して恐怖心を抱いてしまうのは仕方のないことだろうし、多少は理解出来るが、彼らの視線からはとにかく恐怖しか感じられなかった。感謝の念など一ミリも伺えない。

 

『……あー、モモンガさん。多分俺たちの見た目、人間からしたらマズいんじゃないですか』

『えっ? ……あっ』

 

 一筋の伝言。ハンザレイから齎された情報に、思わず素の反応を示す死の支配者。

 そう。彼は今、死の支配者なのである。間違っても鈴木悟の見た目ではない。片やハンザレイも、傍から見れば見るもおぞましい異形の一体だ。不死者(アンデッド)という分かりやすい異形と違い、彼の種族はドラゴンを模した、不死者よりもある種禍々しい容貌である。無論、辺境に住む村人にとってはスケルトン一体とっても超弩級の異常事態なのだが、生憎と彼らには気付けなかった。

 

 

「き、貴様らぁ……! 人間如きに至高の御方がその御声を掛けてくださっているというのに何と不敬な……ッ!」

「ま! ま、待てアルベド! 落ち着け!!」

 

 偉大なる御方に対して無礼極まりない態度を取り続ける人間に対し、ついに守護者統括の堪忍袋の緒が切れた。慌てて彼女の暴行を止めに入るモモンガ。アルベドの怒気に当てられ、生き残った村人はその恐怖を更に膨れ上がらせ、何人かはその思考を既に手放している有様である。

 

 謎の騎士団からの魔の手を寸でのところで回避した――とは言い難いが――最後の集落。カルネ村と呼ばれるこの地が、ある程度の平静を取り戻しナザリックとの対話のテーブルに着くのは、もう少々の時間を浪費した後の話となった。

 


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