美遊兄が行く仮想世界   作:花火先輩

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Q:ハロウィンに投稿出来ましたか……?
A:出来ませんでした……(小声)
まだ秋だからセーフでしょ(適当)



幕間 ハロウィン・ナイト

 

 

 10月31日はなんの日か?そう、ハロウィンだ。現実では沢山の人々がこの行事を楽しんでいることだろう。それは、このSAOでも同じことだ。この日はどこも賑わっており、攻略の時の厳粛な雰囲気は全く感じない。街のあちこちにはカボチャをくり抜いたジャック・オー・ランタンが飾られていて、さらに期間限定で配布されるプレイヤー達の仮装も相まって、よりハロウィンらしくなっている。

 俺もそうだが、今日ばかりは攻略組も羽を伸ばしている。余程の暇人でない限りは迷宮区の攻略などしないだろう。

「せんぱーい!」

 後ろからかけられた声を聞いて振り返ると、いつもの灰色ではなく、黒1色のフード付きローブを纏ったヒイラギがいた。

「ヒイラギ。それ、もしかして配布された装備か?」

「ええ。死神の仮装で、髑髏のお面も付いているんですよ」

 アピールするように、ヒイラギは面を被り、その場でくるりと一回転してみせた。

「……それ、この前のオレンジプレイヤーの格好に似てるな」

「あ、先輩もそう思います?えっと、たしかザザって名前の人でしたっけ?」

「そう、それだ。……あの時は大変だったな」

「ええ。まさか、彼女が──」

「エミヤ君!」

 言い終わる前に、また後ろから聞き慣れた声がかかる。

「今度はレインか……って、うぉわぁ!?」

 振り向くと、そこには普段とは全く異なった衣装に身を包んだレインが駆け寄って来ていた。

 その格好というのが、なんというか、とても艶めかしいものだった。頭にはいつものメイドカチューシャとは似ても似つかない角付きのヘアバンドを、服は恐らく悪魔をイメージしているであろう意匠が施されていた。だが何よりも目を引くのは露出度の高さだ。足とへその辺りなんて丸見えである。これは健全な男児にはかなり堪えるというものだ。そして臀部には尻尾、背中には羽まで付いている。

「え、えっと……その格好は……」

「あ、あんまり見つめないでくれるかな……。その、恥ずかしいから……」

 そう言って、露出している部分を隠してはいるが、そういう動作によって余計に色っぽさを増している気がするのは気のせいか。

「ああ、わ、悪い!」

 慌てて目を逸らすが、どうしてもチラチラと見てしまう。男の(さが)である。

「先輩、鼻の下伸ばしてます?」

「し、してない、してない!」

 必死に取り繕う俺を見て、ヒイラギがけたけたと笑う。全く、思春期男子のデリケートな部分を突きおって……。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 35層主街区にて開催されたハロウィンイベントでは、入口付近に居るイベントNPCから限定の装備をどれか1つ、ランダムで貰える。沢山の種類があるらしく、同じ様な出で立ちのプレイヤーを見かけるのは少ない。

「まぁ、早速貰ったワケだけど……」

 自分の格好を見回してみる。配布された仮装は、恐らくドラキュラを模しているであろうものだった。一般的なドラキュラとは違い、マントや牙がなく、服装も黒の貴族服であるため、吸血鬼の伝承の元となったヴラド三世のようにも見える。

「Oh、中々似合ってるんじゃないですか。レインさんはどう思います?」

「えぇっ!?わ、わたし?」

 急に話題をレインに振ったかと思えば、こちらを見て軽くウインクしてくるヒイラギ。一体、何の意図があるのやら。

「えぇっと、その……に、似合ってると思うよ……?」

「そ、そうか。ありがとな」

 彼女にそう言われると、何だか照れてしまう。例え他の誰かに褒められても、別にそんな感情が湧いたことはなかったのだが。

「初いなー」

「初いって、何がだよ」

「さあ、何でしょうかね」

 はぐらかすことのわけも分からないので、思考を切り替えて他のことについて話すことにしよう。

「そういえば、サーニャは何処にいるんだ?」

「えっ?うーん……多分、はじまりの街に居るんじゃないかな」

「そうか。じゃあ、今から彼女を呼びに行くけど、一緒に行くか?」

「ええ、そうさせて貰います」

「うん、わたしも行こうかな」

 よし、そうと決まれば早速行くとしよう。

 とここで転移門に向かっていると、西洋騎士風の甲冑を着込んだキリトが此方に来ていた。これも仮装の1つだろう。

「よう。皆して何処に行くんだ?」

「サーニャを呼びに行くために、はじまりの街に向かう所なんだが、お前も来るか?」

「ああ、別にいいぞ」

 人数は多いに越したことはないが……まあ、いいだろう。

 会話しながら歩いていると、いつの間にか転移門広場に来ていた。他の街へ転移をするときは、『転移』の後にその街の名を言う必要がある。SAOに於ける数少ないボイスコマンドのひとつだ。

「「「「転移、はじまりの街」」」」

 名を発すると、青白い光に周囲の景色が呑まれ、それが消えるとだだっ広いはじまりの街の広場に転移が完了されていた。さすがはチュートリアルの時に全プレイヤー1万人を収容しただけあって、どの街と比べても圧倒的に此方の方が広い。主街区の中でも現状最大規模なので、それも当たり前のことなのだろうが。

 

 

 さて、俺たちは何処に向かっているかと言うと、東7区にある教会だ。あそこには、ある人物が子供たちと共に住んでいるので、サーニャもそこにいるだろうと検討をつけていた。

 にしても、人が少ない。もっと多いと思っていたのだが、一体何処でどうしているのやら。

 しばらく歩くと、目的の教会へと辿り着いた。

 コンコン、と大きめの木製のドアをノックすると、幾つかのはしゃぎ声と声の主たちを窘める声の後に扉が開かれる。

「こんばんは、サーシャさん」

「ああ、エミヤさんでしたか。サーニャなら、奥の部屋に居ますよ」

 出てきたのは、この教会で子供たちの世話をしているサーシャさんだ。

 彼女はこのはじまりの街にいる子たちを保護し、共に暮らしている。

 このゲームには、大人もそうだが未成年のプレイヤーも大勢いる。その中には年端もいかない子供たちも当然含まれる。ナーヴギアのレーティングが13歳以上であってもそれを無視すること自体は可能であることが理由の1つと言えよう。

 そんな低年齢のプレイヤーは、大抵はこの街に篭っている者が殆どだ。SAOの実態が知らされた時、大半の子供たちは何かしらのパニック状態に陥り、中には精神に支障を来たしたケースもあるという。

 むべなるかな。彼らは精神的にまだ未熟な所がある故、そうなってしまうのも仕方の無いことだ。

 そこへ子供たちに手を差し伸べたのが、目の前にいるサーシャさんなのだ。

 彼女も、俺たちのようにモンスターを狩っていた時期もあった。だがある日、1人の子供を見かけたサーシャさんは、放って置けずにその子を宿に連れて一緒に暮らし始めた。そこから街の子たちを見かけては声を掛けを繰り返していく内に今に至った、というわけである。傍から見れば前線からドロップアウトしたかに見えるが、俺はそうは思わない。彼女は立派に戦っていると断言出来る。

「そうですか、わかりました」

 用件をあっさりと看破したサーシャさんに軽く会釈しながら、俺たちは奥の方に進んでいく。

 ドアを開けると、そこには複数人の子供とそれらに囲まれる、魔女の仮装をした銀髪の女性プレイヤー、サーニャの姿があった。

「……あら?こんなにぞろぞろと引き連れて、一体なんの用ですの?」

 キィィ、と蝶番が鳴る音に反応したサーニャが此方に振り向く。

「折角のハロウィンだし、皆で一緒に過ごそうってことになったんだが、お前もどう──」

「あーっ!エミヤ兄ちゃんだ!」

 とそこへ、俺の言葉を遮り、凄い勢いで3人の子供たちが駆け寄って来た。

「ギン、ケイン、ミナ!元気にしてたか?」

 名前を呼んだ3人の内、真ん中の男の子が口を開く。

「大丈夫、みんな元気だよ!って、それよりも──」

「ん?なんだ?」

 突然話題を変えるので、なんのことか聞いてみることにする。と言っても、子供、ハロウィンと来れば、何を指すかは察することが出来るが。

「エミヤ兄ちゃん、トリックオアトリート!」

「お菓子くれなきゃイタズラするぞー!」

「ねぇ、お菓子持ってきてるんでしょ!」

 予想していた通り、彼らはお菓子をせがんで来た。ハロウィンと言えばコレが真っ先に思い浮かばれる人が多いだろう。最早1種の風物詩だ。

「ああ、勿論あるぞ。ほら」

 言って、ストレージから菓子入りの小袋が沢山入った大きめの袋をオブジェクト化して差し出す。

「耐久値がなくなる前に皆で食べてくれ」

 ギンが小袋の1つを取り出す。中には、様々な形をしたクッキーが入っていた。

「うおぉ、すげぇ!ありがとう、エミヤ兄ちゃん!」

「おう、ハッピーハロウィン!」

 お菓子を受け取った彼らは、興奮気味に向こうへ走っていった。あの嬉しそうな顔を見ると、作った甲斐があったというものだ。

「へぇ、お菓子を作っていたんですか」

 驚いたような口調でヒイラギが問いかける。

「まあな。その方が皆も喜ぶと思ってな。──で、話の続きだけど、今日はハロウィンだし、皆で過ごすつもりなんだ。お前もどうだ?」

「……ええ、ではご一緒させていただきますわ」

「やった!サーニャちゃんの了承も得たことだし、皆の所に戻ろう」

 レインの言葉に小さく頷く。こうしてサーニャが承諾したところで、俺たちははじまりの街を後にした。

 

 

 35層に戻ると、広場には俺が呼びかけた他のメンバーが待っていた。

「よう、遅かったじゃねぇか」

 そう言うのは、ミイラ男の仮装をしたクラインだ。その他にも、それぞれ異なった衣装を纏ったエギル、アスナ、ユウキ、コハルがいた。

「ははっ、クライン、なんだよその格好」

 普段の侍っぽい見た目の装備とはかけ離れた外見がツボだったのか、キリトが思わず大笑いする。

「う、うるせー!ランダムなんだから仕方ないだろ!」

 あーだこーだと掛け合う2人を尻目に皆と広場の中央へ歩いていく。

「そう言えば、この時間帯にNPCがイベントクエストを出すらしいな」

 如何にも人造人間のような見た目をしたエギルがイベント情報を眺めながら太い声で確認をとる。ここまでその仮装が様になっている奴はそういないだろう。

「ああ、そうだ。確か、この辺に……おっ、いたいた」

 俺が視線を凝らした先には、通常であればいないNPCが立っていた。頭上には?マークがあり、何らかのクエストを持っているのは明白だ。

「何かお困りですか?」

 クエスト開始のキーとなる言葉のパターンは色々あるが、普通はこれが一般的である。

 その後の説明によると。

『自分の住む街が悪しき悪魔の手によって占拠され、あまつさえ自らが作り出した怪物やゾンビを街に解き放ってしまったが故に、人々は逃げることを余儀なくされたので、どうか街を救って欲しい』

 という内容だった。

 そういうことであれば、勿論断る理由もなく。

「ええ、引き受けさせて貰います」

 それに対し、女性NPCは太陽のような笑顔と共に、「ありがとうございます!」と礼を述べた。

 しかしその直後。

「では早速、私たちの街へ案内させていただきます」

『へ?』

 と、いきなり突きつけられた言葉を理解する暇もなく、俺たちはたちまち何処へと転移させられたのだった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 光が消えると、目の前には先程と同じ街の入口があった。だが雰囲気が明らかに違うことが感じられたので、恐らくはインスタンスダンジョンなのだろう。

「急だったね……」

「確かに、いきなりだったからびっくりしちゃったよ」

 呆気に取られていたアスナが呟き、ユウキがそれに相づちを打つ。

「とりあえず、準備してから行こう」

 俺の指示に全員が頷く。

 そして各々入念に支度を済ませて突入した……その瞬間。

『オ"オ"オ"オ"オ"……!』

「な、なんだ!?」

「おい、いきなり囲まれたぞ!」

 十数体の怪物が俺たちを取り囲む。のっけからこれとは、随分なおもてなしだ。

「速攻で倒して、奥に進みましょう!」

 アスナの指示が飛ぶ。さすがは血盟騎士団の副団長だけあって、それだけでパーティーの統率が成される。

 モンスターの一体に肉薄する。繰り出される攻撃を最小限の動きで回避し、《バーチカル・スクエア》を見舞う。目の前の敵が倒れるが、それと同時に背中にガツンと衝撃を受けた。後ろにもう一体の敵がいたのだ。

(しまった、油断した……!)

 振り向きざまにソードスキルを繰り出し、息の根を止める。その直後、俺はある違和感に気づく。

(HPが、回復している……?)

 有り得ない、と思った。ドレイン系の効果が付いた武器を装備しているわけでもないというのに、HPが回復するのはおかしいことだ。

 だが今は、この状況を打破することが最優先だ──!

 

 

 ひとまず、入口での戦闘は終えた。しかし、あの違和感の正体は分からない。

「なぁ、何か、変じゃなかったか?」

「確かに、ステータスに何らかの補正みたいなのがかかっていたな。俺の場合は防御力が何時もより上がっていたな」

「オレは何か狙われにくくなってたぜ」

「オレは与えるダメージが上がっていたな」

 俺の疑問に、順にキリト、クライン、エギルが腑に落ちない様子でぼやく。女性陣も同じく合点が行かないようだった。

 改めてイベント情報を覗く。するとそこには。

「本クエストでは仮装によって様々な特殊効果が発動されます、か」

 ウインドウを見た皆が驚きの声を漏らす。

 さらに詳細を確認すると、俺が今着ているドラキュラのコスプレはHPドレインと刺突攻撃の強化が付与されるらしい。

 他にも、アスナやサーニャの魔女コスは範囲内の味方にバフを巻くとか、ユウキの猫コスは敏捷の上昇と壁走り(ウォールラン)が可能、などの情報が判明した。

「なるほど、仮装を着てないと参加出来ないってのはこういうことだったのか……」

 このクエストの特殊条件には、イベント限定の衣装を装備すること、と書かれていた。わざわざ防御力が前線の防具よりも低い仮装を何故、と思っていたのだが、こういう隠し要素があったとは。

「まぁいい。先を急ごう」

 皆が首を縦に振る。それを確認し、俺たちは更に奥へと進んで行った。

 

 

 奥に行くに連れて、敵の数も多くなってゆく。35層の主街区は変に入り組んでいるわけでもないので戦い易いが、数ではあちらが勝っているため結局行き詰まっている。

「クソッ、キリがない……!」

 軽く毒づきながら剣を振るう。眼前のゾンビが倒れるが、その後ろから別のエネミーが襲い掛かってくる。そしてそれも倒す。今に至るまでこれがずっと続いていた。そろそろ敵の攻撃パターンも見切れてきた頃なので最初と比べて随分と楽になったが、あまりの敵の多さにうんざりしてしまう。

 因みに俺たちが向かっているのは街の1番奥にある集会所だ。NPCの話によると、(くだん)の悪魔はそこにいるらしい。

「おい、あとどんくらいで着くんだ!?」

「あと少しの筈、だ!」

 投げかけられたクラインの問いに、怪物を真っ二つにしながら投げやり気味に応える。

「ここを乗り切れば目的地に着くらしいから、もう少しだけ頑張ろう!」

 俺の声を聞いたキリトが全員に聞こえるように声を張り上げ、それに対し、皆が首肯する。

 2パーティーの意志が固まった所で、再び奥に向かって走り出す。並み居る敵をちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返し……その末に、漸く集会所が視界に入った。

「……!あれだ!」

 それを視認した俺たちは、扉の前を守護している怪物共を一掃してから一旦立ち止まる。

 まずは態勢を立て直す。減ったHPを治癒ポーションで回復させ、一応耐毒ポーションも飲んでおく。

 ここまで来て分かったが、道中の敵はそこまで強くない。厄介と思えるのは数が多いことくらいだろうか。この先には何らかのボスモンスターがいると思われるので、前座でしかないあの怪物たちの強さが控えめなのは当然といったところか。だがこういう感じのクエストのボスはかなり強いのがセオリーなので、油断だけはしないようにしよう。

「皆、準備はいいか?」

 各々の準備が整ったタイミングで全員に声を掛ける。

「おう、何時でもいいぜ!」

「うん、準備万端だよ!」

 と、全員がOKしたので、扉に手を添える。

「行くぞ!」

 触れた扉を一気に押し開け、俺たちは中に入っていった。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 中に入ると、そこは外観こそ普通の広いホールだが、ここら辺に立ち込める雰囲気は明らかにおどろおどろしいものだった。

 目を凝らすと、奥に何者かの人影がぼんやりと映し出される。

 歩を進めた瞬間、俺たちの存在に気づいたのか、人影が体をこちらに向ける。

「む、何やら小賢しい虫共の気配がするが、一体何用かな?」

 相手の姿が顕になる。総じて禍々しい見た目をした悪魔だ。レインが着ている小悪魔コスとはリアルさが違う。

「何って、お前を倒しに来たに決まってんだろ」

「ほう、私を倒しに、か。大方、この街の人間に依頼されたのだろうよ」

 マントをたなびかせながら、悪魔が口を開く。街を占拠し、人々を恐怖させたのがコイツだと言うのなら、1分1秒とて生き長らえさせておくのも胸糞悪い。

「なんで、こんなことしたんだ」

「……まあいい、虫けらは潰すまでよ。何度でもなぁ!」

 どうやら、動機に対する返答は設定されていなかったらしく、俺の言葉を無視して展開が進められる。細かいことは気にするなってわけか。

 

 

「私の下僕共を残らず討った貴様らは念入りに痛めつけなければなるまいて!」

 それに次いで、悪魔がうめき声を上げる。それと同時に、その姿が徐々に変わってゆく。体が大きくなり、筋肉は膨張し、巨大な翼と角が生え、口からは暗黒に染まった炎が漏れ出ている。

 3段のHPバーの上に表示された名は《Baal the demon Lord》。何故バアルなのか、と思ったが、この際深く考えないようにしよう。

「でっ……か!」

 喘ぐようにキリトが驚愕の声を発する。今までに遭遇したモンスターは数あれど、このような正統派っぽい悪魔の見た目の敵はいなかった記憶がある。

「よし、行くぞ!」

『応ッ!』

 前へと走る。今更止まれない。相手がなんであれ、アレは倒すべきものだ。

 迫る腕を抜刀の勢いで弾く。次いで反対の腕が空気を裂いて肉薄するが、それはエギルの斧に遮られる。

 隙を晒したところで、全員のソードスキルが無防備な敵に叩き込まれる。

『ぐうっ、小癪な……!』

 口が開けられ、ズラリと並ぶ凶悪な牙が姿を現す。だが攻撃の挙動は噛み付きではない。程なくして、喉奥から瘴気のような黒い炎が迫り上がり、轟、という音と共に、黒炎が吐き出される。

「下がって!」

 声が張り上げられる。かなりの勢いで前方の空間を満たす炎の前に、両手槍を携えたコハルが躍り出る。

 突き出されたロングスピアが、緑色の燐光を纏って猛烈に回転する。その速度は徐々に上がっていき、円盾(ラウンドシールド)に変化したかのように見える程になる。武器防御スキルの《スピニングシールド》だ。

 漆黒の奔流が、1つの盾と化した槍に激突する。それでも回転の勢いは尚も留まることを知らないように衰えることはない。しかし、それは向こうも同じこと。濁流の如きブレスは散っていくどころか更に強まっていく。

「くっ、ううっ……!」

 コハルが苦しげな声を漏らす。天井知らずに増すブレスの勢いに気圧されてか、相殺しきれなくなった暗黒がじわじわと彼女のHPを削っていく。

 バーが半分を切ると同時に、漸くブレスが治まった。その全てを受け切ったコハルは、荒い呼吸を繰り返しながら地面にへたり込む。

「大丈夫か!?」

 言って、ポーションを手渡す。

「あ、ありがとう……」

「コハル、一旦下がれ」

 小さく頷くと、コハルが後ろに下がる。

 代わりにエギルが前に出て、タゲをとってくれた。その隙に、俺も減ったHPを回復する。

 ポーションを飲み干すと、口の中に残る奇妙な味の余韻に顔を顰めつつ正面に向かって走り出す。

 対して、あちらも地面に手をついて突進してくる。

 

 

「──ッ!」

 それを見て、咄嗟に急停止する。俺の装備は壁役(タンク)向けとは程遠いものなので、アレを食らえばひとたまりもないのは明白だ。

 全力で横へ跳ぶ。そのコンマ数秒後、先程俺がいた位置で悪魔が止まって2つの肥大化した剛角を振り上げた。

(危なかった……)

 正にギリギリだった。もしアレに当たったら……と考えると、思わず背筋が凍ってしまう。

 渾身の攻撃を外した悪魔は、ぐるるる、と不機嫌そうに唸り、俺に狙いを定めて拳を突き出した。

 それを剣の腹で受け止める。幸い、武器防御のスキルは高めなので盾程ではないがダメージはそれなりに減衰された。とは言っても、太い腕から繰り出される拳打は脅威以外の何物でもない。やがて抑えきれずにじりじりと押されていく。

 このままでは破られる──そう直感した俺は、全力を腕に込めて強引にパンチを弾いた。

 けたたましい音が鳴り響く。体勢を崩され、両者共に長い硬直が課せられるが、こちらにとっては些事でしかない。

「今だ、全力攻撃──!」

 絞り出すように叫ぶ。それとほぼ同時に尻もちをついてしまい、衝撃が肺を叩き、本能的に嘔吐く。

 敵は転倒状態だ。人型モンスター特有のバッドステータス。その間は隙だらけだ。

 それを利用して全員が敵を囲み、それぞれ今習得している最大のソードスキルを叩き込んでいる。

 硬直から解放された瞬間に俺も駆け出し、光を帯びた赤い剣を振る。真紅から蒼に染まった刃によって刻まれた5つの斬撃が星を描き、最後に中心に向けて全霊の突きを放つ。片手剣6連撃、《スター・Q・プロミネンス》。

『ガアアアアアッ!』

 体力が残り僅かになり、苦悶の声を上げる悪魔。転倒から立ち直り、剣技による硬直で動けない俺たちを尻尾で薙ぎ払う。

「か──あっ──!」

 途方もない衝撃が横腹を叩く。HPが一気に4割程減少する。魔女コスのバフによるダメージ減少が入った上でこの威力。本来なら半分くらい食らってもおかしくはないだろう。

 背中を地面に打ち付けられ、急いで起き上がるも、後退を許さないように追い討ちの黒炎ブレスが一瞬にして全身を焦がした。

「くぅっ……!?」

 全員のHPバーが危険域を示す赤に変わる。これではあと数回攻撃を受ければ死んでしまう。

「回復を……!」

 レインが悲鳴混じりの叫びを上げる。が、いつの間にか飛び立った悪魔が、双翼で巻き起こした突風によって動きが阻害される。

 無理矢理立ち上がると、敵は飛んだまま前かがみの体勢中に移っていた。あのまま突撃するつもりだ。その行動を許してしまえば、皆の命は尽きてしまう。

 それだけは──それだけは、絶対に避けなければならない。こんな所で死ぬなんて真っ平御免だ──!

「はっ、ぁ──!」

 言うことを聞かない身体を強制的に動かす。

 足に力を込めて飛び出す。剣を右肩に担ぎ、左足で床を蹴る。矢の如く飛翔し、目前の敵に迫る。

 今まさに滑空の構えを見せていた悪魔の顔が驚愕に染まる。だが、もう遅い。懐に入った時点でお前は既に負けている。

「う、おぉぉぉ──!」

 咆哮と共に、黄緑色の切っ先を走らせる。片手剣突進技、《ソニックリープ》が悪魔の胴を深く斬り裂いた。

 轟音を響かせ、巨大な体躯が地に堕ちる。

『ぐ、うう……』

 乾いた声が悪魔の口から漏れ出る。

 着地に成功した俺は相手の方を見やる。

『フフ、私を倒したところで何も変わらぬ。この城の頂点……100層に住まう魔王には、貴様らとてかなわぬだろう……』

「……おい、それってどういう──!」

『──ぐふっ!』

 それに応えることなく、断末魔と共にその体は無数のポリゴン片となって爆散した。

「終わった、のかな?」

「……みてぇだな」

 ユウキの懐疑が込められた声に、クラインがこれまた訝しげに反応する。

 と、その直後、俺たちの体が青白い光に包まれる。

(はぁ、また強制転移か……)

 内心で呆れながら、甘んじて強まる光に身を任せる。やがて、視界が青1色に染まり、転移特有の不思議な感覚を味わった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 クエストのクリアを報告し、テンプレのようなお礼と報酬を戴いた後、俺たちはまだハロウィンに染まった街をぶらぶらしていた。

「思った以上に大変だったな」

「えぇ、死ぬかと思いましたわ」

「もうちょっと難易度が低くてもよかったんですけどね」

 何処へ向かうでもなく、だべりながら適当に歩き続ける。

 そこにクラインが何か思いついたように提案する。

「なぁ、今から皆でどっかメシ食いに行かね?」

 打ち上げも兼ねてのことだろう。断る理由もないので、その案に乗ることにした。

「ああ、いいな、それ」

 他の者も異論はないようで、各々が肯定の意を示した。

「よっしゃあ!そうと決まりゃ早速行くぜ!」

「おい、待てよ!」

 急に走るクラインをキリトが追いかける。

 今日1日、全てが勢いで進められた気がするが、まぁ、こういうのも悪くはない。

「あっ、エミヤ君、笑ってる」

「……そうか?」

 レインの言葉に、思わず口元に手を当てる。どうやら、無意識に頬が緩んでいたようだった。

「うん。そう言えば、キリト君が言ってたよ。『あいつ、最近よく笑うようになった』って」

「全く、キリトのやつ……」

 否定は出来なかった。事実、俺は今の生を楽しいと思えている。それは、レインが、キリトが、美遊たち家族が、そして──仲間がいてくれたからだと思う。

 

 

 ハロウィンはまだ終わらない。この日を楽しむ時間はまだ沢山ある。

 さて、今宵は大いに盛り上がろうじゃないか──!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この話は時系列が前より飛躍していますが、前回と今回の話の間の物語は次に投稿します。
今回の敵の設定が変になったのはお兄さん許して。最初は科学者って設定にしていたのですが、アインクラッドの世界観的に合わないと思い、急遽変更しました。

次の話のタイトルは「ウィッチ・アンド・フェイカー」です。
エミヤ、レインがサーニャと出会う話です。



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