今更なんですが、サーニャを出してもいいのかと疑問に思ったんですよね。彼女って、キャラコンテストで採用されたキャラなので、色々と不味いんじゃないかと。
まあ、それはそうとこのような最高のキャラを作ってくれたさんち氏とルル氏には感謝しております。どう見ても最高です。本当にありがとうございました。
そしてすいません本当に!
では、どうぞです。
あっ、今回長いです。
学校から帰宅すると、リビングから楽しげに談笑する複数の声が聞こえた。普段は桐ヶ谷家に居候させてもらっているが、お父さんとママ、セラとリズお姉ちゃんが帰ってくる日は自分たちの家で過ごしている。今日がその日なのだが、明らかに4人とは異なる声も混じっていることに気づいた。それに──
「は、ハイヒール……?まさか女の人……!?」
「ううん、多分違うと思うわ。だってこれ──男性用のサイズだもの」
「……へ?」
否定と共に発せられた言葉に、一瞬思考が空っぽになった。
「えっと、じゃあ……どゆこと?」
「それは、実際に見て確かめなくちゃ」
「ですよねー!」
正直恐怖感すら抱いているが、百聞は一見にしかずという言葉があるくらいだ。この目で確かめない限りは詳細を掴むことは出来ない。
「た、ただいまー……あぁぁ!?」
恐る恐る襖を開けると、そこにはお父さん、ママ、セラ、リズお姉ちゃん……と、見知らぬ人物が1人。
「ああ、帰ってたんだね、イリヤ、美遊」
「あら、もしかしてこの子たちが切嗣ちゃんのコ?」
まず、その見た目に驚かされた。ミユも絶句している程の驚愕を与えたソレは、ピンク色のルージュ、肌にぴっちりと密着した上着というありえないものだった。そして極めつけは今さっきのヘンな口調。そこから導き出されるこの人の正体は──
「「オネエ!?」」
「アッハハハハハハハ!!まあとーぜんの反応よねー!!!」
突然の大笑いに思わずビクッ、としてしまう。というか、顔、顔!変顔っぽいどころかそのものなんですけど!?
「切嗣ちゃんたちとはちょっとした知り合いなの。で、たまたま近くを寄ったからお邪魔したのよ。──ま、それは置いといて、と。自己紹介が遅れたわね。私の名は──」
36層第2エリアは湿地帯だ。あちこちに湿原や湖沼が存在し、豊富な種類の環境生物も生息している(と言っても背景の1部分となっているmobだが)。多種多様なのはモンスターも同じで、水棲生物から鳥などの有翼の生物まで色々なモンスターが跋扈しているため、エリア1よりもエンカウント率が高くなっていく。そのため、今まで以上に周囲に気を配らなければならない。
「何時も以上に暑いな……」
「蒸し暑いですわ……」
「季節が季節だからね……」
そう、今は夏の真っ最中。加えてここは湿地帯なので暑さ増し増しなのである。湿度が高ければ暑く感じる。それは高い湿度によって汗が蒸発されず、体温が下がらないかららしい。逆に汗が乾けば体温が下がって多少は涼しく感じる。
汗をかいてからしばらく経つと服に付いた汗が冷たく感じるのはそのためだ。
今でも汗で多少蒸れているし、熱がこもってより暑くなっている。
SAOで再現される体液は汗と涙くらいだろう。もちろん、確認してないだけで他にもあるのかもしれないが。
「けど、あと少しで洞窟だからもうちょっと──ん?」
蜃気楼によってゆらゆらと揺れる景色の中に、不規則に動く何かがあった。
目を凝らすと、蔓を生やした植物型モンスターがいた。
「《ブルーム・フェイク》か」
それは、普段は頭のてっぺんにある花だけを地表に出して擬態するモンスターだった。下層に出現するネペント系モンスターの亜種らしいそいつらのその数は6体。オマケに一際デカいのが1体いる。
「多いな……気をつけろ、ヤツが飛ばす蜜には麻痺効果がある」
「気をつけるのは貴方の方でしてよ?
「魔剣……?」
「って、何だろう?」
サーニャが意気揚々と剣を掲げる。暗い赤に染まった片刃の剣だ。
「存分に喰らいなさい、《フィンスタニス》!」
はて、と頭の中で疑問が湧く。少なくとも俺たちが知っている銘ではない。あれが《魔剣》か。
「っと、俺たちも……!」
意識を切り替え、剣を構える。フィンスタニスとは対照的な明るい赤色の刃が鞘から現れる。
モンスターが地面に触手を突き立てる。地中からの奇襲攻撃。だが分かっていれば対処は簡単だ。
横に逸れてこれを回避。隙を逃さずソードスキルを叩き込む。今度は真っ直ぐに飛び出した蔓を剣の腹でガードする。
「スイッチ!」
合図を送り、後ろへ退く。入れ替わるようにレインが前に出て、1体目を撃破。続く2体目の攻撃をいなしてカウンターを仕掛ける。
チラリ、とサーニャの方を向く。彼女も巧みに猛攻を躱してしっかりと隙を突いている。だが、俺が注目したのはそこではない。
(HPが回復して、更に攻撃力が上がっている──!?)
血を啜り強くなるという魔剣の噂は、どうやら本当だったようだ。それを裏付けるのが、彼女が身に纏う暗赤色のオーラだ。これが魔剣の真髄なのだろう。が、しかし──
「……火力が足りてないな……」
適正層から外れているのか、たとえ攻撃力がアップしていても決定打にはなっていないようだった。
敵の触手を受け流し、惹き付けていた3体目を倒して次に移ろうとするが、後ろから別の個体がサーニャに襲いかかろうとしているところを視界の端で認識した。
「危ない……!」
一気に駆け寄り、呆気にとられているサーニャを庇うようにして攻撃を防ぐ。
「なっ……!?」
「は──!」
間髪入れずに《サベージ・フルクラム》を放つ。上部分が2つに分かれると同時に、敵の身体が砕け散る。
次だ。まだ1体、大物が残っている。吐き出される蜜を回避して、素早く側面に回り込む。
デカければそれだけ視野は広くなる。それでも、死角から攻めれば動きの遅さも相まって対応は出来ない。
太い触手が迫る。これは予想通りだったし、それに──
「遅い!」
逆にこれを切断してやると、触手を切断されたモンスターが苦悶の鳴き声を上げる。即座に反撃して来るが、身体を右にずらして難なく躱す。
地面に突き刺さった蔓を足場に、敵へと肉薄する。
向こうは尚も猛攻を続けるが、振るわれる蔓の鞭を《ホリゾンタル》で纏めて切断。再び前へ進む。
突然の振動。見ると、土にめり込んでいた腕が引っこ抜かれていた。暴れられる前に、触手を断ち切る。絶たれた部分が落下するが、ジャンプで根本に乗り移る。それから、軽い助走をつけての再度の跳躍。
──終いだ。
剣を大上段に構える。青いライトエフェクトが刀身を包み込み、敵に迫る。全力の《バーチカル》がずぶり、と本体に叩き込まれる。確かな手応えと、小気味よい音が脳に焼き付く。そのままの勢いで、頭から脚に掛けてその躰をぶった斬った。
眼前に降り掛かる無数のポリゴン片を剣で振り払い、鞘へと納める。
「ふぅ……」
ひと息ついていると、後ろから2人が駆け寄る気配がした。
「マラジェッツ!素晴らしい戦いぶりでしたわ!」
「エミヤ君もサーニャちゃんもお疲れ様!」
「ああ、お疲れ」
2人の労いに軽く応じる。その間にも、俺はサーニャの剣について思考を巡らせていた。
「……にしてもその剣、相手のHPを吸収して使い手を回復させていたんだな」
「そ、そうなの?」
「ああ。そして、一定時間内に攻撃を当て続けていれば攻撃力が増幅していく……って訳だ。そうだろう?」
先程の赤いオーラ。それと攻撃した端から回復していくHP。それを見れば推測は容易だった。
「……ええ。その通り、《フィンスタニス》は敵の命を力に変える剣ですわ」
予想的中。物騒な効果だが、単純明快かつ使い手次第では恐るべき力を発揮出来る。
こういったような『何らかの特殊効果を持つ』、『純粋なスペックがプレイヤーメイドを遥かに凌駕する』武器は総じて《魔剣》と呼ばれる。あくまでプレイヤー間での呼称だが、言い得て妙だと俺は思う。
「戦いつつ回復も出来る装備……《バトルヒーリング》を持ってない奴でも使えるから、長期戦にはとても有利だ。攻略組にとっても大きなアドバンテージになり得るな」
と。言の葉の最後を口にした瞬間、サーニャの顔がキッ、と引き締まった。
──地雷でも踏んでしまったか、と思うより早く、彼女の口が開かれた。
「──まさか、あなたもこの剣の譲渡を要求するんですの?」
さっきとはガラリと変わった、キツい口調だった。それだけで、彼女のあの剣に対する熱意が汲み取れた。しかしそれ以前に、俺はその武器を欲することはなかった。使い込まれた装備を安易に「譲ってくれ」と言えるものじゃないことは1番分かっていたからだ。
「まさか。それはお前の剣だろ。だから、そんなことしない」
「その剣はただの武器じゃない、サーニャちゃんの大事な相棒なんだよね。サーニャちゃんがすごく大事にしてるのが伝わってくるから、譲ってなんて言えないよ」
レインも同意見だった。
一目見れば分かる。
創造理念、基本骨子、構成材質、制作技術。これらについては言わずもがな。加えて上記4つの要素を収斂し、そうして組み上げられたモノに宿る成長経験と蓄積年月。そしてこの2つの内に込められた"想い"が、彼女の愛着を何よりも示していた。
「ええ。フィンスタニスは今や私の半身ですわ。それに、誰よりも使いこなしている自身がありますの。少しでも攻撃が途切れてしまったら攻撃力は基礎値にまで戻ってしまいますから、硬直時間の長いスキルの使い所が難しいんですのよ。それを分かっていない凡百の愚か者たちには渡せませんわね」
サーニャの自負が、言葉の端々から伝達される。それは、彼女と共に死戦を越えてきたあの剣の情報からも感じ取れたことだった。
「凡百の愚か者たち……それは今まで、お前から剣を奪おうとした奴らか」
「鋭いですわね」
「こと武器に関しては詳しいからな。それが剣なら尚更だ」
それは俺……いや、
形ある物質とか、形なきデータとか、そのような事柄は関係ないこと。それが武具というモノであれば──といった感じだ。ただ剣を
「そうですの……。──ええ。売ってほしい、と言う人たちは大勢おりましたわ。中にはどうしても断るなら……とこの私に剣を向けた方もいました」
「……!」
「PKを仕掛けられたの!?」
PK、即ちプレイヤーキル。それが意味することは誰もが知っている筈だというのに、それをしようとした奴らが居たとは。
俺たちも、同じ目に遭うことはあった。《封印の赤剣》と《封印の黄剣》を狙って軽い頓着が起こったことなど、何度もあるくらいに。
だが俺たちには万夫不当の攻略組、とそんな肩書きが付いていたためか、やがて剣を求める連中は消えていった。
「軽い脅しのつもりだったのでしょうね。それなりの期間、パーティーを組んでいた方で信頼していたのですけれど……私だけが大型ギルドにスカウトされたのを見て腹を立てたのでしょう」
「なんだよそれ……!」
腹が立つのはこちらの方だ。そんな下らない理由で女の子を殺そうとするなど、横暴にも程があるってもんだ。
「ど、どうやって切り抜けたの……?」
おずおずと尋ねるレインに、サーニャは間を置いてキッパリと発した。
「笑って、剣を突きつけてやりましたわ。『代償に命を貰いますけどよろしくて?あなたから殺意を向けてきたのですもの、正当防衛ですわね?』と……」
「……それ、本気じゃないよな?」
それに対し、僅かな危惧を感じた。口調からしてそれは本心からの発言であることは明白。誰かの死を背負うということは、想像する以上に辛く、苦しいものなのだから。
「この世界で他人に剣を向けるということが何を意味するか……理解しておりますもの。覚悟の上ですわ」
彼女は真っ直ぐに、そしてはっきりとそう告げた。
「冗談で……その場を切り抜けるためだけにそんなことをした、と思われるのでしたら、それこそ私への侮辱でしてよ」
付け加えられた言葉に、サーニャの決意が鮮明に伝わる。大切なモノのためならば人殺しも辞さない、確固たる覚悟。それは偶然にも、俺が抱いた誓いに通ずることだった。
あいつには、やると言ったらやる『スゴ味』がある。
「冷静なんだな」
「そうでしょう?私は『他人の命を何とも思わない冷血女』で、『血に飢えた魔女』らしいですわ。下らない嫉妬を持った方たちがそんな評判を勝手に広めてくださいましたから、近付く人が減って少し楽になりましたの」
自分自身を皮肉るように、彼女はそう口走った。そんな評判なんて、真っ赤な嘘だ。知り合ったばかりだが、サーニャはそんなヤツだとは到底思わなかった。寧ろ、その真逆まである。彼女は、根底では非道に落ちたいとは思っていない。根はごく普通の女の子なのだから。
「サーニャちゃんは何も悪くないのに……」
「
レインを安堵させるためか、サーニャは微笑みを湛えてふんわりとした口調でそう言った。
友達想いだな、と思った。やはり、彼女は冷徹とは程遠い性格だったのだ。
そのやり取りを見て、内心で俺は安心していた。普遍的な人物が外れ者になるのは、とてもじゃないが良いものではないから。俺はその外れ者だし、
「──それより……エミヤさん。あなた、どういうつもりですの?」
ここで、急に態度を変えたサーニャが何故か俺に詰問してきた。……何かしてしまったか。
「なんだよ、藪から棒に」
思わずぞんざいな言い方になってしまったが、それも彼女の次の言葉に気圧される形になる。
「先程の戦いで、私を庇うように動いていたでしょう。私を弱いプレイヤーだと思っていらっしゃるの?」
棘どころか針千本。しかも全弾クリーンヒット。これはたじろいでも文句の言いようもないだろう。どんな朴念仁もびっくりの豹変っぷりだからな。
「仕方ないだろう。あのとき、お前明らかにピンチだったじゃないか」
負けじと反撃する。そも、あの場面は助けがなかったらかなり危うかったのだ。だから責められる理由も義理もないし、酷い言い草が癪に障る。
「例えあのモンスターの攻撃を受けたとしても、直ぐに立て直せましたわ。あなたの援護など必要なかったんですのよ」
あまりに淡々とした言いようだったためか。
「な──バカ言ってんな、誰かを助けるのに理由なんているもんか……!それと、助けるのなんて、俺の勝手だろう。助けたいから助けるんだ、俺は」
つい、柄にもなく条件反射的に捲し立ててしまった。
いきなり怒鳴ったことに驚く様子を見せたサーニャだが、数秒で表情を元に戻した。
「私にはフィンスタニスがありますわ。無用な気遣いは、かえって邪魔でしてよ」
無用、の部分を強調して、サーニャが冷酷に告げる。正しく絶対零度。凍てつく氷柱の如き言葉が俺を突き刺す。だが、この程度でへこたれるようじゃ男性失格だ。だから、こちらも抗戦を敷くことにした。
「だからって、目の前で傷つく奴を放って置けるか!魔剣を持っていてもいなくても、それを変えるつもりはないからな!」
「しつこいですわね……!要らないと言ったら要らないんですのよ!」
彼女がついに口調を荒らげる。こうなりゃもう後には引けない。どっちかが折れるまで続けるまでだ。
そう、思っていたが。
「そんなの、ただの空元気だろ!第一、お前の武器はもう適正層から外れているだろうが!」
──それを口にした瞬間、辺りの空気が一変したような気がした。
「……聞き捨てなりませんわね。あなたまで、そのようなことをおっしゃると言うので?」
取り消そうにももう遅い。サーニャの言葉が、鋼鉄の槍を思わせる鋭さで俺を穿った。
正に、後の祭りだった。僅かに後ずさり、何かを言おうと言葉を探るが、そうしても何も変わらないと本能が告げていた。
それでも、何でか素直になれない自分がここで折れるなと奮起していた。
「その剣には悪いけど、それが事実だろう。武器がダメなら、せめて仲間に頼ってもいいんじゃないのか」
「それこそ不必要です。戦場で頼れるのは己の力のみ。仲間に頼りきりになるなど、言語道断ですわ!」
いい加減、ムカついてきた。自分の力だけで何とかする?それはいけない。そんなことしてたらいつか死んでしまう。ひとりきりで何もかもを背負って戦うなど、俺のような奴でもない1人の女の子がやっちゃダメだ。ずっと孤独だった俺には分かる。そのやり方じゃあ、その先に待つのは明確な破滅のみ。身をもって知ったから、今後の結末が容易に想像出来た。
「っ、お前な、仲間を一体なんだと思って──!」
心の堤防が欠落しかける。止めようにも、もうあと少しで決壊しそうになっていた。
「「~~~~~~ッ!」」
掛ける言葉がなくなり、両者共に膠着状態になる。
絶対に負けるもんか。根比べなら俺に分があるからな。
そうして、どれだけの時間が経ったか分からなくなったとき。
「もー!2人共、喧嘩は止めて!!!」
互いに睨み合っていた俺たちを、レインが強引に引き剥がした。
「さっきから黙って聞いてれば、あんなことで言い争って!まだ知り合ったばかりの人に強く当たっちゃダメでしょ、サーニャちゃん!」
「そ、それは……」
子供を叱る母親にも似た言い方であった。サーニャが急にしおらしくなる。まるで借りてきた猫のようだ。そんな光景に呆気に取られていると。
「エミヤ君、君もよ!女の子と言い争うなんて1番やっちゃいけないことだよ!!」
「は、はいっ!」
鬼のような気迫に、咄嗟に発した声が裏返ってしまった。突き付けられた指が、あの乖離剣もかくやという程の覇気を纏っている。
いかん、想像すると実際にそう見えそうで怖い。改めて女性の恐ろしさを実感する今日この頃であった。
レインのお叱りが終わると、即座に立ち直ったサーニャが、鋭利な眼光を走らせてこちらを見据えた。
「この場は収めておきましょう。これ以上、あなたのような人と話すのは時間の無駄ですしね」
「お、おい──」
言葉を掛けようとするが、サーニャはつい、と顔を逸らして先に進んでいた。
伸ばしかけた腕を下ろす。
話す機会を失った俺は、ただ呆然と立ち尽くすのみであった。
「……全く、なんだってこんなことに……」
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しばらくして、目的の洞窟に辿り着いた俺たち。
ここから先は未知の領域。誰も足を踏み入れてない手付かずのエリアだ。
今回は様子見がメインなので、安全第一で動くことにしている。余計なことはせず、予め決めたポジションを変えることなく1歩1歩、着実に前へ進んで行く。
ぼんやりと光を放つ植物に照らされた洞窟の内部を歩む。発光エフェクトのお陰でより一層不気味に感じられるが、その程度で臆することはまずないと断言出来る。途中、何度か戦闘になったが、多少手こずったもののこれを突破した。マージンは十分に取っているので苦にはならなかったが、俺にとってはモンスターよりも、この重苦しい空気が厄介だった。
確かに、売り言葉に買い言葉の俺にも落ち度はあったが、何でか反論せずにはいられなかったのだ。理由なんて分からない。半ばムキになっていたから細かいことは不明のままだ。
終始無言の状態で前進していると、いきなりY字路に差し掛かった。
「道が……」
「どっちかが正規ルートってことか……」
枝分かれする通路を交互に見つめる。その都度、ディテール・フォーカス・システムが適用されて風景が微細に映し出されるが、それはただの暗闇だけであった。申し訳程度に光源が道を照らしてはいるが、あまり意味のないものだった。
こういうのは、回りくどいがどちらか一方の道を進むのが正解だ。効率に欠けるが、その方が安全かつ確実にマッピング出来る。
が、しかし。
「では、私は右の方に行きます。あなた方は左に行ってくださる?」
そんな、有り得ない発言が放たれた。
「え──?」
「は、はぁ──!?正気か、お前!」
「ええ。その方が効率的でしょう?」
眉間に皺が寄るも、態度を崩さずに淡々と言葉を続けるサーニャ。
「馬鹿、そんなの危ないだろ!未踏破のダンジョンなんだぞ、何があるのか分かったもんじゃない!さすがに俺だってそんなことしないぞ!」
正直言って、そのようなことは自殺行為に等しい。初潜入の洞窟、それも最前線のものだ。一人で行くなど正気の沙汰ではない。
「私は問題ありません。それに、あなたの言葉を聞く耳なんて持ち合わせていませんの。では」
「ちょ、おい!」
俺の制止を振り切って、サーニャは片方の道を進んでいった。
「アイツ、いつもああなのか」
何かが疑問に思って、レインに問いかけてみる。
「そんなわけないよ!今まで、1度もあんな態度をとったことなんてない。ない、のに……どうしてこんな──」
言って、意気消沈してしまった。そうでないならば、何故こうも俺を突っぱねるような真似をするのか、これが分からない。
追いかけても、きっとまた拒絶するだろう。最悪、剣を向けられる可能性だってあるかもしれない。
「どうしよう……」
右を行くか、
それとも左か。
俺は──
「……左だ」
「放っておくの?」
「別にそんなんじゃない。ただ、ここは言う通りにした方がいいって直感が働いただけっていうか──俺だって心配なんだ。けど、追いかけるのはやめといた方が得策かも……」
「……うん。──でも!」
突然、レインが声を張り上げる。何事かと思い、彼女の方を向く。
「サーニャちゃんに何かありそうになったら、絶対に助けに行くからね!」
呆気に取られる。……が、
「ああ、そんなの、当たり前だろ」
それは、俺も決めていたことだった。
「これで……いいんですのよ」
1人、呟く。
足取りは重い。全身に超重量の錘を付けているかのようだ。俯いた視線には薄暗い地面しか見えていない。それが、そのぼんやりとした景色が、私の脳内を示しているかのように思えた。
やってしまった。そう思った。彼は、レインの相棒だと言うのに。彼女の居る前で、喧嘩などしてはいけないのに。こんなことにはなりたくなかった、と思っていた。しかしそれは過去のこと。沸き立つ感情に身を任せてしまっては、もう後の祭りだった。だから、私は彼から遠ざかった。これまでと、同じように。
彼も、私を見限るだろう。あのような態度を取られても尚こちらの相手をする者など1人もいなかった。大抵の人たちは私の振る舞いに腹を立てて構わなくなるのだ。そうさせるために、私は彼を突き放したのだから。
決して悪い人物ではなかった。他人に機敏な私がそう言うのだから間違いはない。それに、エミヤさんと話しているときのレインの顔。あんなに楽しそうにしている彼女を見たのは初めてだ。明らかに、彼に対して全幅の信頼を寄せていることが分かった。心の底から、彼という存在を認めていた。それは滅多にないことと言える。どこか心の内に、自分に関することの深部を隠し、偽るきらいがある彼女が、あそこまで誰かに気を許すとは驚きだった。なので、全てをさらけ出す相手など、私と七色くらいで。赤の他人にそうまですることなんてなかったのに。
そんな人を、私は──
「あいたっ!?」
そこまで思考を巡らせたところで。
ゴンッ、と。
何かに額をぶつけた。
「あいたたた……なんですの、全く……」
顔を上げると、目の前には灰色の壁があった。見渡すと、それは円形に広がって、真後ろにぽっかりと空いた空間が見えた。言うまでもなく、今まで歩いていた通路そのもの。つまり、ここで行き止まり。
「外れ、ですわね」
そう言って、来た道を戻るべく、私は体を翻した。
これで、終わり。翌日には何もかもが白紙になる。彼との関係も、あの悶着も、総て、全て、凡て。
大丈夫。明日になったら全部忘れるだろうから。今までだって、そうだったのだから。
──彼もそうする。必ずそうする。そう決めつけて、私は1歩を踏み出し──
体が、地面に崩れ落ちた。
「な──」
驚愕で声が出ない。頭の中がぐちゃぐちゃになる。訳が分からない。一体何が──
そして、気づいた。左上に表示されるHPバー。僅かに減少しているソレの上に、"麻痺"のデバフアイコンが表されていることを。
「ワーン、ダウーン」
突然、底抜けに明るい声が、何もない空間に響いた。
「ッ!?」
辛うじて動く顔を声のした方へ向ける。そこには、3つの人影……否、プレイヤーがいた。カーソルは、何と全員オレンジ。
「以外に、簡単、だったな。少し、残念、だ」
そう言うのは、頭陀袋のようなマスクをすっぽりと被った者の横に静かに佇むプレイヤーだった。黒ずくめのボロ切れを纏い、髑髏を模したマスクを付け、目からは赤い光が漏れている。その右手には、1目で業物と見て取れるエストックが握られていた。
その容姿には見覚えがある。主街区で売られていた新聞の隅にひっそりと、しかし確かな存在感を孕んだスケッチが載っていたことを、つい最近見たばかり。それは、巷で噂になっていた、《レッドプレイヤー》と呼ばれる者たちに相違なかった。
「あなた、たちは……」
言いかけて、降りかかる圧に再び言葉を失う。まだ、居た。プレイヤーたちに知らされていた要注意人物、その筆頭。
瞳孔が狭まる。
動悸が激しくなる。
気力が霧散していく。
"ソレ"を視認した途端、かつてないほどの重圧が全身を支配した。
上半身を包む、黒いポンチョ。伏せられたフードから僅かに覗く歪な眼光。清々しいまでの笑みを浮かべる、劇物の如き声を発する口。このアインクラッドで徐々にその名を広めている、その男の名は。
「《PoH》……」
「
ぶん、と大型のソードブレイカーを振るい、男がそう答える。保たれていた静謐をぶった斬るかのような声色が、私の意識を覚醒させた。
「一体、どういうおつもりですの!?何の目的で、こんなことを!」
なけなしの意志をかき集め、精一杯の怒声を放つ。だが、彼らはアクションすら起こさず、ただ平然と受け止めるだけだった。
「剣だよ、剣。お前の持っているソレだ。……まあ、それだけじゃ足りねぇからついでに殺すがな」
背筋が凍る。スナック感覚で告げられた言葉に、何も言い返せなくなった。
そうだ。彼らは、そんな連中だ。殺しを良しとし、殺戮を平気でやってのける、悪魔の集団。それが、レッドプレイヤーというものではないか。
「そんな、簡単に……」
「そういうモンだからな、俺は」
言って、私の手からフィンスタニスを引き抜く。
必死にその意図を掴もうとして、脳を動かした、その時。
ゾスッ!!!
鈍い音が耳朶を叩くと共に、背中を神経を逆撫でする不快感が襲いかかった。
「あっ、ぐ……!?」
HPが目に見えて削られる。ごりごり、という音が届く度に、じわじわと自分の命が減ってゆく。
「──────」
あまりに突発的なことに、声帯が上手く機能出来ない。掠れ声すら出せず、その光景を見つめるしかなかった。
「なんだァー、もっとキャーキャー喚くかと思ったんだけどなー。なんか拍子抜けだなぁ」
頭陀袋の男が、甲高い声で呆れたように言い捨てる。
その言い回しが頭にきて、息を吸って声を張る。
「お生憎様、私はその程度で取り乱す程安い女ではありませんの」
「おお、そうかそうか。なら、たっぷりと俺たちを楽しませてくれよ、嬢ちゃん?」
再度、嫌な音と痺れが襲う。見ると、そこには黒ポンチョの男が手に持っていた短剣が刺さっていた。更に、HPが減少する。
これで終わりではなかった。見上げたその先には、脚を振り上げ、甘美に歪む口を貼り付けた男の姿があった。
そして。
重い音が、衝撃と共に全身を伝った。
「ぐっ……!」
ついに、HPバーがイエローゾーンを突破する。それを見てしまって、ゾワゾワとした悪寒が髄を這い回る。心が、染まる。言い様のない感情に、どっぷりと浸かってゆく。
「いい顔になってきたじゃないか。直ぐに殺さなくて良かったぜ」
快声が、追い討ちをかけるように感情を煽る。自分という存在が、ますます侵されていっている。謎の情動に駆られ、気持ちが不安定になっていくのが認識出来た。
「……まだ足りねぇか。んじゃあ引き出してやるよ、お前の恐怖心ってヤツをさァ!」
引っこ抜かれたソードブレイカーが、オレンジの光を湛える。何かしらの単発技が、私の背を一文字に斬り裂いた。
「ああっ!?」
瞬間的に駆け巡る硬質な刃の感触が、より一層情を掻き立てていく。
ダメージが無慈悲に加算され、HPが赤の危険域に突入する。それが、自分の恐怖を増幅させていった。
恐怖。そう、恐怖。これだ。謎めいた感情の正体とは。ずっと、忘れていた。1人で戦っていく内に、魂の奥底に置き去りにされたモノ。
呼び起こされたという感覚を、鮮明に理解した。いや、してしまった。
「あ、あ──」
間髪入れずに、男は刺さったままのフィンスタニスに全体重をかけてきた。最早風前の灯となったバーが、ゆっくりと減少していく。
死ぬ。死んでしまう。ここで、こんなところで。何も出来ずに、確かな未練を残したままで。こんな連中に、腐りきった外道に、殺されてしまう。
それでも、それでも。こんな状況だと言うのに、私の口からは、掠れ声すら出ることはなかった。
心身共に追い詰められた極限状態。抗う手段はなく、助けてくれる人もいない。ただ、絶望に流されるままに目の前の死を無抵抗の状態で甘受することしか他はなかった。
誰かが助けに来てくれると今まで思っていた自分が馬鹿だった。私はずっと一人。孤独のままで、この世界を生き抜いてきた。真に仲間と呼べる者など、居るはずがない。
救いの手も、一筋の希望も。もう、何も私に味方するものはなかった。
故にこれは、必然の
それは、嫌でも直視させられる、変えようのない事実。
もう、受け入れるしか道はない。選択の余地などとうに失われていた。
私が思った"終わり"とは。今、このときのことを指し示していたのかもしれない。
「最後に最高の顔が見れてよかったぜ。ロシア人に恨みはないんだが、これでもうお終いだ。じゃあな、《銀の魔女》」
魔剣が引き抜かれる。
走る血塗れの剣。
私の身体に吸い込まれるように進む切っ先。
その後には脳がナーヴギアによって破壊されるだろう。
今日で初めて且つ、何度も味わった冷たい刃の感触。
引導を渡す、最後の一撃。
それで、死ねと?
理解出来ない。何故そのような目に遭わなくてはいけないのか。
まだ残された未練があるし、久遠の果ての再会があった。
解決されてない出来事。再び会えた喜び。
それを思うと、目尻が熱くなる。きっと、涙を流している。
やっぱり、終わりを受け入れたくはない。死ぬのは怖い。死にたくない。殺されるわけにはいかない。
こんなところで意味もなく。平気で人を殺す、彼らのような連中に。
だから、もし、許されるのなら。
1度くらい、誰かを頼っても、いいのではと思った。
「……助、けて、誰か──」
口から漏れる、か細い声。
しかしそれは、何処にも届くことはない。
そう、思っていた。
──ダン。
そのとき、音が、聞こえた。
次第に大きくなっていく。通路の一点を凝視する。耳が、全霊でそれを拾う。一定のリズムを保ち、連続して地を踏み鳴らす重音が、こちらに近づいていって。
「そいつから離れろ!!!」
聞く筈のない声が、あらゆる事象を覆した。
他のキャラクターにも言えたことなんですが、多少キャラが変わってるところあるかもしれません。申し訳ありません。
次回、「ウィッチ・アンド・フェイカー III」
それでも彼は、誰かのためになりたいのだ──