初連投です。
今回も長いです。
????、にて──
佇む、何者か。
上等な和服に、漆黒のロングコート。それは、正しく、和洋折衷であった。普遍に見えることがあれば、かけ離れた異常とも見て取れる。
「救い。救うこと。助けること。救助、救済」
白い空間にて、紡がれる。
「犠牲。ある目的を達成するために大切なものを引き換えにすること」
朗々と、語り部のように。
「それらは、表裏一体だ。救いのない犠牲などありはしない。逆もまた然り。さながら陰と陽。救いという陽と、犠牲という陰があってこそ、"世"という"両儀"が成り立つ」
口が、動く。
「『誰かの味方をするということは、誰かの味方を、しないことなんだ』。正に、その通り。僕は万人の救済を否定しよう。誰も彼もを失うことのない救いなんて、夢物語にも劣るものだ。世の理には逆らえない。少数の損失が大数の利得となる。大数の損失が少数の利得となる。……丈なんてどうでもいい。そこに"犠牲"と"救い"があることが重要なんだ」
これは、ただの独白──
「100の数がある。この世界はその数字がどちらか一方のみに傾くことを認めない。真の意味での100対0など、存在しないのさ。"有"があって、"無"がない。無を否定する要素が在ることが何よりの証明だ。そう、
──果たして、そうであるだろうか。
「ちょっと脱線したかな。……続けよう。『死は明日への希望なり』って言葉がある。誰のかは、分からないけどね。
者は、ただ発する。
「この物語に於いて、少女の我儘が成ることはない。これは、犠牲の上に立つ救済を突き詰めた世界であるが故に。──2つの意志は、やがてもう一度対立するよ。そしてその果てに、片方の願いが踏み躙られる。だから僕は、それを見届けようと思う」
くるり、と。流麗な動作で、その者は振り返り。
「得と損は両立しなければならないものだ。──
問にならぬ問を、投げかけた。
再びゼリー状になった腕が振るわれる。これを躱し、ソードスキルを叩き込む。敵が苦悶の声を漏らし、大きく仰け反る。効いている証拠だ。すぐさま退避し、次に繋げる。
目配せする。それだけで、俺とレインは意思疎通を交わした。
「やああっ!」
4つの斬撃が、鮮やかな正方形を描く。全てクリティカルになった《ホリゾンタル・スクエア》が、ダメージを更に加速させる。痛手を受け、後退する敵だが、それと同時に何度目か分からない形態変化を行う。今の姿は岩のような見た目の硬質形態。こうなると斬、突属性の攻撃が効き辛くなる。
目の前のモンスターの名は《ソフト・アンド・リジット》。その意味は、柔と剛。名前の通り、ヤツは2つのモードに変態する。光沢のある、ジェルっぽい固形体となる分散形態。この状態だと、刃が通り易くなるが、逆に打撃はその衝撃が大幅に緩和されてしまう。もう1つは現在なっている硬質形態。これは打属性に弱く、斬撃武器に強力な耐性が付与される形態だ。故に、今俺たちが装備している片手剣とは相性最悪である。
──というか、どういう原理で変形しているのだろうか。
いや、今は考えている暇はない。心を無にして、目の前の敵に意識を集中しなければ。
攻撃を避けつつ、対処法を模索する。あの硬い体躯は生半可な攻撃を弾き返す。一撃の重いソードスキルならば多少のダメージを与えることは可能だが、それでも不利は覆せない。それと、腕と脚の関節部分を狙うという手があるが、肝心の的が小さいのと、判定が非常にシビアなため、とてもじゃないが無理があるものだ。こうなってしまっては、地道に削っていくしか方法はない。
腹を括り、自分から突進する。どうあれ、倒さなければならないのは明白。手段など選ばない。ただ、あるものを全て使って──
──ここで、俺は、視界の上に映る"何か"を見た。
妙なでっぱりだ。いや、突起物か。……どれも違う。罅が入り、ギラリと黒光りするソレは、明らかに普通のオブジェクトとは異なるものだと認識出来た。
岩だ。それも、かなりの大きさを誇るもの。迫る拳を防ぎながら、天井の一点をじっと見つめる。
対策はあった。あれを崩せば、落石が発生し良いダメージソースになる。深く入った罅は、少しの衝撃でも崩落を促してくれる可能性が大いにある。問題は、頭上の岩塊が破壊可能なものであるかどうか、だ。
SAOに於ける殆どの静的オブジェクト(建物、樹木、一部石材など)は基本的に《破壊不能オブジェクト》に指定されている。この破壊不能オブジェクトに攻撃をしても、『Immortal object』と紫色のウインドウ上に表示されるだけで、それ自体には何の損傷もない。だが、極めて少ないが壊すことが出来るオブジェクトが存在する、とは聞いたことがある。
敵のパンチを弾き、後ろへ下がる。しかし、敵は猛攻の姿勢を止めない。
「チッ……」
勢いの止まらない敵に対して苛立ちを覚えるも、それを振り切って剣を構える。光を帯びた真紅の刃で向こうの拳を迎え撃つ。2連撃の《スネーク・バイト》を、防ぐというより逸らす要領でモンスターの動きに合わせて繰り出す。体勢を崩され、敵のアクションが強制的にキャンセルされる。それを見て、後方へバックジャンプ。
「レイン、あれを見ろ」
「?あれって……岩?」
「ああ。今からそれを破壊するから、ヤツをあの位置に留めておいてくれ」
「うん、分かったよ」
言って、彼女は前方に飛び出した。こちらも行動を起こす。ベルトから投擲用のピックを抜き、上方に向けて構える。左手で距離と高さを測り、引き絞った右腕を微調整する。目線は1つの点のみを見ている。無駄な要素を全て排斥し、ただ標的だけを見据え、更に集中力を高めていく。
ピックが矢だとするならば、この身はそれを射るために不可欠な弓そのもの。
見る。番える。射つ。俺がずっと繰り返してきた、機械的動作に極めて酷似している。
『──まるで、先輩自身が弓のよう』
ふと、過去の記憶が蘇る。何時かの部活のときに、後輩の桜が言った、何気ない言葉。
だが。
「──今は、忘れろ」
このときに限って、それは雑念でしかない。振り払って、再び精神を研ぎ澄ます。
今の状態は、射形で言うところの『会』だ。構えを完成させ、心身を1つにし、射のタイミングをじっと待つ。
眼前では、動き回る敵と、それを止めようとするレインがいる。モンスターの動きが静止した時点で、俺は投げ針を飛ばす。
程なくして、レインが放った体術技が敵のモーションを停止させる。この機を逃さず、俺は息を吸って叫んだ。
「下がれ!」
俺の言葉を聞き入れた彼女がその場から退避する。それと同時に、一切のブレなく3本の指で持ったピックを流れるような動作で放つ。
風切り音を立てて一直線に飛ぶ針は、寸分の狂いもなく罅の起点に深々と突き刺さった。
ビキッ、と。衝撃によってそんな音が連鎖的に響く。罅はやがて全体へと広がっていき、轟音を伴って崩れた岩塊がゴロゴロと地面に転がる。
当然、真下にいたモンスターは直撃を免れず、岩雪崩をまともに受けて大ダメージと共に転倒状態になる。その直後に、ダメージの累積により最後のモードチェンジが行われる。
「──今だ!」
振り抜いたままの姿勢──残心を解いた俺は、合図をかけて前に出る。
落ちた岩は無数のポリゴンの欠片となって消えた。もう、俺たちを邪魔するものは何もない。
地を蹴り、《ソニックリープ》を放つ。ウィークポイントにヒットしたスキルが、敵のHPを大きく削る。続いて、レインの《バーチカル・スクエア》。そして、硬直から解放された俺が《サベージ・フルクラム》を叩き込み、これを以て止めとなった。
最後の一撃を受けたボスモンスターが、その体を爆散させる。
舞い散る青い粒子を払うように、剣を左右に振ってから鞘に収める。
ウインドウに表示されたラストアタック・ボーナスは、予想通り《石版の欠片》だった。
「やったね、エミヤ君!」
「ああ!」
互いに右手を上げ、ハイタッチを交わす。パン、と子気味いい音が残響エフェクトを伴って辺りに響く。恒例になったそれを済ませ、来た道を見つめる。
「ねぇ、エミヤ君」
「ん?」
「……見捨てたり、しないよね……?」
主語の抜かれた言葉が投げかけられる。だが、俺は彼女のその意図をすぐに掴めた。
「当たり前じゃないか。そもそも、あんな態度を取られたことがあいつを見捨てる理由なんかにならない。だから、俺も行く」
もう決めたことだ。第一、あれで放逐するなんて男としてどうかと思う。それ以上の罵倒を、俺は何度も受けてきたから、今更そんなことで見限るような真似をすることはない。
「……ありがとう。やっぱりエミヤ君は優しいね」
「別に、当然のことだからな」
面と向かって感謝されて、妙に気恥ずかしくなり、俺はサーニャの元に向かうためそそくさと足を動かした。
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走る、走る、走る。
とにかく全力で、なりふり構わず洞窟内を駆ける。一刻も早く、サーニャも元へ行かなければいけない。どうにも、胸騒ぎがするのだ。ただの勘だが、なんでかこういうときに限って俺の予測はよく当たる。出来れば杞憂であって欲しいが、どうもこの心のざわめきは止まることを知らないようだ。
空気が変わってきている。変異を察知した第6感が俺に警鐘を鳴らし始める。早くしろと、なるべく急げと、やかましいくらいに急かしてくる。
謎の気配がピリピリと肌を刺す。近いのかもしれない。それを感じた俺とレインは、更に速度を上げる。
敏捷パラメーターが現実では有り得ない速さを生む。自転車を軽く越すスピードで暗い道を駆け巡る。とうにY字路は抜けた。後は、通路を真っ直ぐに進むだけ……!
『──助──て、──れか──』
突如。そんな声が、俺の耳に届いていった。
「これ、は……」
間違いなく、サーニャの声だ。それを認識した俺は、ギアを最大までに高め、一気に道を踏破していく。
背からレインの声が響く。だがそれは、俺の耳には届かない。
そして、見えた。地に伏せるサーニャ。彼女を取り囲む3人のプレイヤー。その内の1人が、彼女の魔剣を大上段に構えている。視認したサーニャのHPバーは、僅か数ドット。
「──!」
殺される、という事実が突きつけられる。そんなのは俺が許さない。俺の目の前で、仲間を死なせるなんて、絶対にさせはしないのだから──!
剣を抜き放つ。腰溜めに構え、重心を限界まで落とす。そうして、ソードスキルの予備動作を完成させて。
「そいつから離れろ!!!」
声高らかに、そう吠えた。
激しい音を立てて、魔剣フィンスタニスがPoHの手から離れる。武装を失ったPoHはソードブレイカーを握り、後ろへとジャンプした。
「PoH……!」
「よぉ、《錬鉄の英雄》。元気にしてたか?」
そう呼ばれたエミヤは、顔を顰めると共に放つ殺気をより一層強めた。エミヤは、この男のことが心底嫌いであった。殺人……PKを繰り返していることもそうだが、エミヤが嫌う理由には、PoHがその殺戮を『何のために』やっているかが関わっていた。目的がある?違う。快楽のため?それも、どこか違う。なら、何故殺すのか。その意図が分からないから、彼はPoHという男を忌避していた。
「……おっと、その名で呼ばれるのは嫌だったか?それともなんだ、遠慮なしに
「…………」
エミヤはPoHの方を一瞥すると、向きを変えて倒れ込むサーニャの介抱に向かった。
うつ伏せになる少女と、それを見つめる少年。
奇しくもそれは、衛宮士郎ではない別の衛宮士郎が経た、運命の夜と似た構図となっていた。
エミヤがサーニャの前で屈む。ベルトポーチからピンク色の結晶が取り出される。それを右手で持ち、左手を彼女の手に添える。
「ヒール」
短く唱えられたコマンドにより、クリスタルが砕け、同時にサーニャのHPが一気にフル回復する。そしてもう1つ。今度はあらゆるバッドステータスを瞬時に解除する《浄化結晶》も使用した。
麻痺が消えたサーニャだが、先程味わった恐怖心により、動くこともままならないでいた。
動けないサーニャを、エミヤがフロアの隅までお姫様抱っこで運ぶ。その体を静かに降ろすと、掠れた声でサーニャがエミヤに話しかけた。
「あなた、どうして……」
「……言っただろう。俺は助けたいから助けるんだ。仲間を見捨てて、勝手に帰れるか」
「なか、ま……」
単純なことだ。仲間だから、助けるのは当然。いやそれ以前に、彼は助けを求める者を放っておけない性格なのだ。衛宮士郎という人間がどれだけ歪になろうとも、その在り方だけは、決して変わることはなかった。
「──だから、ここは俺に任せてくれ」
「……ええ、お願いします」
それは、心から彼を頼ることを示す言葉だった。
「おいおい、人の話はちゃんと聞けって、ママに教わらなかったか?」
「『無論だとも。だが貴様には、意味のない殺戮をしてはいけない、と教える者もいなかったわけだ。いや、
「……suck」
彼の発言が琴線に触れたのか、微かな罵り声を上げ、これまで以上に殺意の篭った目でエミヤを見据えるPoH。双方の殺気が、びりびりと辺りの空気を張り詰めらせていた。
「『おや、気に障ってしまったかな?これは失敬』」
構うことなく、尚もエミヤは皮肉げにPoHを挑発してみせた。赤い弓兵のニヒルな物言いに、PoHの平常心は容易く崩れていた。
すると、今度はジョニー・ブラックが前に出て、上ずった声で捲し立てる。
「ンの野郎……!余裕かましてんじゃねーぞ!状況解ってんのか!」
だが、PoHがそれを静止する。代わりに、手に持った短剣を突きつけて何時もの冷静な口調で諭すように言った。
「そうだぜ、エミヤよ。幾ら貴様でも、1対3はさすがに無理があるだろう?」
そう、数で言えばエミヤが圧倒的に不利なのだ。普通に考えて、3人を同時に相手するのは至難の業。本来は2人の筈だが、かなりの速度でここまで到達したため、未だにレインが到着していないのである。なので、彼女がここに来るまで待っている方が得策なのだが──
「さあな、やってみないと分からないだろ」
高額な耐毒ポーションを飲み干し、エミヤはそう応えた。だが、内心ではそれが不可能に近いことは分かっていた。それでも、彼にはそこまでするだけの理由はある。
「へぇ、果たしてその大口がどこまで通用するかねぇ……!」
言うと、突如としてPoHの姿がブレる。瞬時に距離を詰めた彼は心臓部を狙って単発技《ケイナイン》を繰り出す。下段から突き上げられた刃先が微妙に角度を変えてエミヤの左胸に迫って来る。一瞬、反応の遅れたエミヤは咄嗟に回避するが、刃が左腕に突き刺さる。僅かな痺れに似た感覚に表情が動くが、直ぐにエミヤは短剣を抜いて飛び退く。
それを見て、PoHがニヤリと笑みを浮かべる。エミヤの背後には、レベル5の麻痺毒が塗られたナイフを構えたジョニーが立っていた。好機と言わんばかりに、ジョニーが前に飛び出す。
が、それはエミヤの予測の範囲内だった。寧ろ、そうさせるように彼は動いていた。
動きが分かっていたエミヤがナイフを剣で容易く弾く。臆することなく何度も短剣を振るうジョニーだが、その全てがエミヤの剣によって防がれる。
人体の急所を正確に攻めるジョニーと、その攻撃を的確にいなすエミヤ。恐らく誰よりも戦闘慣れしているエミヤは、心眼を使うまでもなく優位を保っていた。
が、ここで水を差す者が1人。側面からザザが《カドラプル・ペイン》を放ってくる。本来は細剣用のソードスキルだが、同じような性質を持つエストックでも使用することが出来る。これは他の細剣用スキルでも言えることだ。
4連続の刺突がエミヤを襲うが、いち早くザザの存在に気付いた彼は《バーチカル・スクエア》でこれを迎え撃つ。何とか防ぐが、ザザたちにはまだ次の一手が残っていた。隙をついてジョニーが突きを見舞う。脇下に向かってナイフが肉薄するが、それに対してエミヤは空いている左拳を握り、モーションの待機状態に入る。ほぼ同時に、拳を淡い光が包み、押し出された左手が柄の部分を打撃する。体術スキル《閃打》によって奇襲を無力化されたジョニーは悪態を吐きながら、次の行動に移るべく短剣を構えた。それを見たザザも、ソードスキルの発動体勢に移行する。
それぞれの得物にライトエフェクトが生まれる。ジョニーが単発斬り《カーヴ》を、ザザが下段突き《オブリーク》を撃ち出した。前と後ろからの同時攻撃。取った、と彼らは確信していた。前後より攻められては避ける術など殆どないだろう。背中に目が付いている訳でもあるまいし、前方のナイフを躱せても後方の刺剣を何とかする余裕はないに等しい。故に、ジョニーたちにはエミヤが地に伏すという数秒後のビジョンが見えていた。
しかし、彼らはエミヤの力を見誤っていた。英霊となった未来の可能性たる自分自身から引き継いだ戦闘技術と生前に於ける戦いで得た経験に加え、凡人であるが故の愚直な鍛錬によって培われた戦術理論が衛宮士郎の強みである。だから、こうなることも予測済みであった。
腱を狙って転倒させるつもりだったためか、どれも下からの攻撃になっている。そしてそれらは無造作な跳躍によって回避されてしまった。
呆気に取られている2人を見下げて、エミヤは剣を逆手に持つ。
鮮やかな色に染まった刃が地面に刺さり、鋸刃に似たエフェクトが放射状に広がる。片手剣では貴重な範囲技《セレーション・ウェーブ》がジョニーとザザの動きを阻害する。
「オオオッ!」
着地するや否や、エミヤはジョニーの首目掛けて強烈なハイキックを打ち込んだ。上段蹴り《
「ごばぁっ!?」
苦しみの声を上げて、鞠のようにバウンドしながら吹き飛ばされるジョニー。それに目もくれず、エミヤはザザの放った《リニアー》を避けて、エストックを握っている右手に打撃を加える。堪らず怯み、たたらを踏むザザに力を込めたアッパーカットを繰り出す。顎に的確に命中した拳とその衝撃がザザの意識を一瞬だけ刈り取る。それだけだったが、エミヤにとっては十分過ぎる隙であった。
そのままの勢いで剣を掲げ、斜め斬り《スラント》を発動する。真紅の刃は吸い込まれるように迫り、無防備な胴体に深々と刻み込まれた。
「ぐっ……」
呻き声と共にザザが後ろに下がる。頭上に表示されたHPバーは、既にイエローゾーンに達していた。
ここまでで圧倒的にエミヤが優位となったが、彼は戦闘の天才というわけではない。勘違いされがちだが、彼の強さは弛まぬ鍛錬が生んだ努力の賜物なのであり、天賦の才ではないのだ。凡庸であるが故に、強くなるためには己を徹底的に鍛えるしか方法はない。それを誰よりも痛感していたエミヤは、この世界に新たな生を受けてからは殆ど欠かすことなく剣術、体術、魔術問わずに鍛錬に打ち込んでいた。それが今の彼の強さの根幹を成している。継承した技術と相まって、SAOの中では正にトップクラスと呼べる程の力を持っていた。
「くそっ、ハッタリじゃなかったのかよ……!」
ジョニーが吐き捨てるように毒づく。彼らの機嫌は良い状態とは言えない。何せ、自分たちの攻撃の悉くを予測され、且つそれらを全て迎え撃たれたのだ。苛立つのも当然と言える。
「全く、随分と腕を上げたみてぇだな、エミヤよ」
「別に、それが俺の戦い方ってだけだ」
事実、エミヤは何も変えずいつも通りに戦っているだけだった。
彼は、モンスターのAIを誘導する要領で、3人に自分が予測した行動
をさせるためにわざと隙を作ったりして彼らを誘っていたのだ。それが、エミヤが用いる1対多数での戦いのやり方である。
「だが、貴様もそろそろヘタってきたんじゃねぇのか?」
「ああ、そうだな」
「ハッ、やはり貴様1人で俺たちを相手取るのは無理があったな」
そう言ったPoHが酷薄な笑みを浮かべる。
「みたいだな。……ああ、確かに単独じゃ無理だ。単独じゃ、な」
しかし、エミヤもまた、その口元を歪ませていた。
「何?」
「忘れたか?俺には頼れる大切なパートナーが居るってことをな」
「……まさか」
「ああ、そのまさかさ!」
遠くから足音が響く。通路から走って来るプレイヤーが朧気に映り、像がハッキリとしていく。
たなびく紅い髪。メイド服をモチーフにした装備。そして腰に下げられた黄色の剣。
エミヤがキリトと並んで信頼する相棒、レインだ。
「やああっ!」
振り上げられた剣がザザを捉える。咄嗟にエストックでガードするが、勢いに飲まれて後退してしまう。
「紅の、戦乙女……!」
突然の奇襲を受けたためか、髑髏のマスクより覗く口から、唸るような声が絞り出される。レインの登場により、PoHとジョニーも本格的に臨戦態勢に移ったようだ。
「もう、エミヤ君速すぎるよ~」
「悪い、急いでたんだ。……状況が状況だったからな」
現在に至るまでの出来事を掻い摘んで説明したエミヤは、再び彼らの方を威圧を伴った眼光で見据える。素早く今の状態を把握したレインも、同じように前に視線を向けた。
「ほう、やっとお出ましか。だが、数の不利は変わらないぜ?」
確かに正論だった。PoHたちは3人、対してエミヤたちは2人。数的優位がPoHの方にあることには変わりない。それは、双方が最も理解していたことであった。だが、それが何になる。優劣など関係ない。2人にとっては、サーニャを助けることが出来ればそれでいいのだから。
レインが剣を鞘から抜刀し、中段に構える。それを見て、ジョニーもソードスキルの
「まあさっきは手こずらされたが、数で勝る此方が──」
しかし、その言葉が最後まで続くことはなかった。
何故なら。
「僕を忘れないで欲しいな!」
このダンジョンに居る筈のないプレイヤーが、突如として割り込んできたからだった。
「
凄烈な音を立てて、ジョニーの剣技がパリィされる。その後に続く連撃が、ダメージエフェクトを次々と発生させていく。颯爽と登場した人物は、髪を掻き上げてフードを浅く被った。
「ヒイラギ!?お前、何でここに」
「いやあ、先輩たちが気になって、付けてきちゃいました」
「お、お前なぁ……」
謎のプレイヤーことエミヤのリアルでの後輩、ヒイラギは舌をちろっと出していひひ、と笑う。その光景に今度こそPoHたちは唖然としていた。
「どうだい?これで3対3だよ」
「Wow、コイツは予想外だな……」
余裕の表情のヒイラギと、焦りだすPoH。予測不能な闖入者によって、状況は一気に覆った。
「しかも、俺たちは攻略組だ。お前らの方こそ、トッププレイヤー3人を相手に出来るとでも思っているのか?」
いつかの言葉をそのまま返されたPoHは、激しく舌打ちをして短剣を腰のホルスターに収める。続いて、ポーチから球状の何かを取り出した。
「……仕方ねぇ、今回は退いてやる。だがな、これで終わりだとは思わねぇことだ」
PoHが右手に握ったアイテムを地面に叩きつけると、着弾点から猛烈な勢いで煙が放たれる。やがてそれは瞬く間にエリア一面に広がり、エミヤたちの視界を確実に潰した。
「いつかまた殺し合おうぜ、錬鉄の英雄」
「──!」
そんな囁きが、足音と共にエミヤの耳に届いた。
煙幕が晴れると、そこに今までに居たレッドプレイヤーたちの姿があることはなかった。
「逃げられてしまったね」
「うん、でも……」
「ああ」
エミヤの方に顔を向けたレインに応じて、彼が頷く。3人はサーニャがいるエリアの端に向かった。
「立てるか、サーニャ?」
「……あ、足が、動きません」
そう言ったサーニャに、そっと手を差し伸べるエミヤ。一瞬躊躇った後に彼女はその手を掴み、よろよろと立ち上がった。
「どうして、来たのですか」
「お前を助けるために、だ」
サーニャの問いに、当然だと言わんばかりにあっさりと応えられる。その瞳が、そんなこと言うまでもないと語りかけているようだった。
「何故……あんな態度を取って、あなたを突き放した
サーニャが、震える声で食ってかかる。1度は拒絶した人物だ。だが、彼はそれを受け入れることもなく彼女の下に駆けつけ、尚且つ命を賭して殺人鬼たちを相手に大立ち回りをしてみせた。その行動が死に繋がるかもしれないと分かっていただろうに。彼は、何故そうまでして自分を助けたのか。それが、サーニャにとっては疑問でしかなかった。
「──そんなの、考えるまでもない」
サーニャの両肩に手を置き、エミヤは言葉を発する。
「俺たちはパーティーメンバーだからな。仲間を守るのは当たり前だろ?」
柔らかな声色で、彼はそう告げる。放っておくという選択肢も当然あった。あれだけキツく言われれば、彼女を見限った者たちの気持ちもエミヤには理解出来ていた。
──だとしても、彼は、仲間を捨てる選択をすることはない。
それが、衛宮士郎であるからだ。
「私は、仲間、なのですか……?」
「ああ」
「でも、私は《冷徹な血に飢えた魔女》ですのよ」
「それがどうした。お前はそんな奴じゃないってこと、俺は知ってるんだからな」
「え──?」
サーニャのか細い抗議が一蹴される。レッテルなど知ったことか。そんなのは関係ない。そう言うように、エミヤはサーニャの瞳をじっと見つめる。
「話は、レインに少しだけ聞かせて貰った」
「っ……」
「──
「……!」
彼女の身体が抱き寄せられる。拒絶はされない。
笑みと共に紡がれる言葉と人肌の温もりが、サーニャを優しく包み込んでいった。
その辛さを知っている。サーニャがレインを探していたように、彼もまた、美遊を救わんと躍起になっていたのだから。
「けど、お前はもう孤独じゃない。なんでかって?それは──」
呟かれる、温かな声。
「俺たちが、いるからだ」
「────!」
サーニャの小さな口から息が漏れる。
それは、終ぞ聞くことのなかった、彼女という存在を肯定する台詞。何度かパーティーを組むことはあったが、最終的に放たれるのは彼女を拒む怒声。始めは何とも思っていなかったサーニャだが、そう言った声を浴びせられる度に、彼女の心は段々と疲弊していった。表では気丈に振る舞っていても、内面では押し寄せる撥ね付けの言葉の濁流に流されていた。
故に、彼女は独りぼっちだった。ただ1つの信念を掲げるも、それを共有する者はおらず、それでも悲壮な決意を抱いて生き続けた。
「──私がいれば、あなたを傷付けてしまいます。そうさせないために、私から跳ね除けたというのに……」
「そんなの関係あるか。何があっても、俺たちはお前を拒絶しないからな」
即答。最早彼女の言い分も、エミヤは聞き入れていなかった。
そう言う彼も、今は独りではない。それが分かったことの何と嬉しいことか。その感情を、エミヤは彼女に知って欲しかった。
「あ、う──」
「他の奴らが拒んでも、俺たちはお前を受け入れる。それが、仲間ってものだから」
それに対し、サーニャはある記憶を思い起こした。
幼い頃。引っ込み思案だった彼女に何時も手を差し伸べた少女がいた。明るくて、強くて、優しくて……とても、大好きな人。
ある出来事の最中で窮地に陥ったときも、真っ先に自分を助けてくれた。
思い出が、現在と重ねられる。
その光景が、今の状況と余りにも酷似していて。
「あ……ああ──、うっ、く……!」
堪えていた涙が、サーニャの目から零れ落ちた。
親友を探し、その道中に何があろうとも臆することのなかった彼女が、初めて知り合い以外の前で流した涙。
「なんだ、ちゃんと泣けるじゃないか、お前」
漏れる嗚咽を受け止めて、エミヤは彼女の頭を撫でていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
街に戻って、彼らはある場所へ向かっていた。
「イズヴィニーチェ……あのときは、あのようなことを言ってしまい……」
「別に、俺はもう気にしてないぞ。それに、俺にだって落ち度はあるから……その、悪かったよ」
互いにいつかの喧嘩の件に対して謝罪を述べる。
「よかったぁ~。サーニャちゃんとエミヤ君が仲直り出来て……。わたし、2人には仲良くなって欲しかったから」
感慨深そうに、レインはうんうんと頷く。大きくひと息ついているところを見るに、相当緊張していたようだった。
「あなたという人は、よくよく考えてみればレインと同じお人好しなのですね。少し度が過ぎるようですけれど」
「はは、それが俺だからな。こればかりはさすがに変えれない」
苦笑して、サーニャに応えるエミヤ。そう。彼はそういうものだ。全を捨て1を救っても、根底にある『誰かのためになりたい』という想いだけは、変化することはなかったのだから。
「困った方ですわね、本当に」
ははは、と笑う3人。そこにはかつての軋轢はなく、ただ円満だけが空間を満たしていた。
いつしか、話題は他のことに移っていた。
「──ということは湿原での戦闘では、本気を出していなかったということですのね」
「そうだな。まあアイツらとの戦いは俺の方も余裕なかったから全力だったんだ」
「それでも、3人を1人で相手取るのは素晴らしいことです」
それは、サーニャが出来る最上級の褒め言葉だった。エミヤの本気を垣間見た彼女は、その実力に心底驚くと共に、畏怖に近い感情を抱いていた。
洗練された動き。卓越した戦術理論。それらを振るう、鍛えられた技術。その全てに、サーニャは見入っていた。そして理解していた。あれは、簡単には会得出来ないものだと。
「……ああ、ありがとう」
照れくさそうに、エミヤはそう応える。
「……ところで、話は変わるけど」
不意に、彼は口を開いた。
「どうかしたの?」
レインが尋ねる。サーニャも、エミヤの神妙な顔つきを見て同じ疑問を持った。
「……その剣のことなんだけどな」
「……!」
「エミヤ君……」
話を切り出すと、彼女らの態度が一気に変わった。しかし、前までのピリピリした雰囲気はない。
「……ええ、分かっていますわ」
「でも、手放したくはないんだろう?」
こくり、とサーニャは首を縦に振る。今の最前線では、サーニャの魔剣《フィンスタニス》のスペックは物足りないものだった。効果は強力でも、物理性能が悪ければ活躍は期待出来ないのは明白である。
だが、それを分かって、エミヤはこの話を持ってきたのだ。
「その剣を手放さず、強い武器に切り替える方法がある、と言ったら?」
「──!そんな方法が、ありますの!?」
「うん。1つだけ、あるの。サーニャちゃんの剣をインゴットに戻して、それを鍛え直すの。そうすれば、その剣の魂は引き継がれる……だよね、エミヤ君」
「そうだ。そうやって、使えなくなった武器を材料に新しいヤツを作る、を繰り返せば、そいつの魂が途切れることはない」
レインが説明し、エミヤがそれを受けて発展からの解釈をする。これは広く知られたやり方だ。彼らの知り合いの中では、第3層でアスナが既にその方法を実践している。
武器を作成するには、《基材》と《添加材》に加えて《心材》……つまり、インゴットが必要になる。強化と違って面倒だが、それは仕方のないことだ。
「……で、どうするんだ?」
沈黙が訪れる。サーニャは顔を俯いて悩んでいるようだ。無理もない。継がれると言っても、フィンスタニス自体がなくなることに変わりはないのだから。エミヤもレインも、それは分かっていたし、サーニャもそれで思い詰めていた。
やがて、長い葛藤の末、彼女は答えを切り出した。
「……ええ、お願いします。この剣を、新しい姿に生まれ変わらせてください」
その言葉に一瞬だけ呆気に取られるエミヤだが、
「ああ、任せろ」
大きく首肯し、サーニャの依頼を快諾した。
エミヤとレインが泊まる宿屋は少々特殊で、なんと公共スペースの一角に鍛治工房が存在しているのである。それも、かなり本格的且つしっかりとした設備を整えて、だ。
工房に入ると、噎せ返るような熱気が押し寄せてくる。
「ウージャス!なんて暑さですの!?」
「言っとくけど、これが普通だからな」
「慣れない内はかなりキツいからね……」
入って数秒で暑さに参るサーニャに対し、2人は苦にもせずに悠々と歩いていく。まるで我が家にいるように振る舞うエミヤは、炉の前に立つとウインドウを操作し出した。
装備欄を開いた彼は、急に上半身の防具を全て装備解除した。
しゃらん、という音と共に、先程まで着ていたものが光の粒となり、ストレージに格納される。
「なっ──!?いきなり何をしているんですか、あなたは!?」
「ん?……ああ、悪い!鍛治用の服に変えるから、後ろ向いててくれ」
慌てて促す彼に「全く……」と声を漏らし、サーニャはくるりと背を向けた。上半身裸になったエミヤは、先ず腕装備を選択して装備フィギュアの空白部分に設定。そしてオブジェクト化。更に下半身の装いも新たにした。
「……もういいぞ」
「……なんですか、その格好は」
サーニャがジト目でエミヤを見つめる。彼の姿は、左腕に紋様のついた射篭手に、先程のズボンとは形は似ているが見た目の異なる袴を着用していた。
「仕方ないだろ、暑いんだから」
実際、ここの温度は40度を軽く越える。夏特有の高い気温も相まって、何時も以上に居心地の悪い空間になっていた。が、エミヤ本人はこの熱気が嫌いではなかった。寧ろ、好んでいるくらいだ。
操作を完了したエミヤは、無造作に手を伸ばす。それが意味することを分かっていたサーニャは、腰から剣を抜いて彼の手にそれを置いた。にやりと笑ったエミヤは、壁に備え付けられたレバーを引く。すると、ふいごが炉に空気を送り、徐々に中がオレンジに染まってゆく。
火花を散らすその内部に、静かに剣が置かれる。燃え盛る炎は刀身を赤熱させ、眩い光が辺りを照らす。エミヤの後ろにいるサーニャが、祈るようにレインの手をぎゅっと握り締める。
やがて、剣は激しい閃光を放ち、一気に長さ20センチ程の直方体へと変貌した。
取り出したそれをタップし、浮かんだメニューから《鑑定》を選択。表示されたアイテム名は、《ブラッディ・インゴット》なるものだった。
「はい、エミヤ君」
そう言ってレインが差し出したのは、作成に使う《基材》と《添加材》だ。どれも今手に入る中での最高級品のそれらを惜しみなく使用する。
この素材は共有タブに入っていた、所謂共用のもの。エミヤもレインも鍛治系スキルを持っているため、材料はこのタブにしまってある。因みに、エミヤの方がスキルの値で上回っているので、今回は彼がサーニャの剣を作ることになった。
2つの素材を炉に放り、続けてインゴットも投下。パチパチ、と焼ける音が反響して、それに比例するように心材も赤く焼けていく。
目を逸らさずに炉の一点を見据えていたエミヤは、十分にインゴットが熱せられると、やっとこを用いて高熱の直方体を中から取り出す。
ウインドウを弄り、作成する武器から《片手直剣》を選んで窓を閉じる。
最後にちらりとサーニャの方を向いたエミヤに、彼女は小さく頷いてこれに応えた。
目を閉じ、深く深呼吸する。
イメージが剣に染まる。研ぎ澄ませた精神が、エミヤ自身の《属性》に浸かってゆく。少しして目を見開き、彼は取り出した愛用の鍛治ハンマーを振り上げて、魂を込めて打ち下ろした。
鍛治をするに当たって、そこまで大掛かりなことをやる必要はない。リファレンスヘルプの鍛治スキルの項目にも、【作成する武器の種類と、金属のランクに応じた回数インゴットを叩くことによって】としか書かれていないのだから。つまりはそこにプレイヤーの技量云々があるわけではなかった。要は規定回数叩けばそれでいいことになるが、ただ打つことをする彼ではない。
叩くリズムと気合が結果を左右すると、彼はそう思っていた。
カン、カン、と心地よい槌の音が響く。無心のまま、エミヤはインゴットを打ち続ける。地金を叩く彼と、後ろで見守るレインとサーニャの想いが、打つ度にインゴットへと流れ込んでゆくのをエミヤは感じていた。心の篭った武器には、それ相応の力が宿る。彼は、そんな噂を信じる者の1人であった。
打ち始めてから数分が経った。100回程の槌音と共に、金属が大きな光を放った。
輝く塊は姿を変え、前後に薄く伸びていく。次いで鍔と思しき突起が生え、片刃の刀身が顕になる。オブジェクトのジェネレートが完了し、剣がついにその姿を表した。
陽光を受けて鈍く光る刀身は仄かに明るい赤に染まり、華美な装飾が施された根元と鍔部分がいいアクセントになっている。そっと金床から持ち上げると、剣をタップして鑑定する。
「名前は《ウーズィシーラ》だ。多分、情報屋の名鑑にも乗ってない、文字通りの世界で一本だけの剣だろうな。……サーニャ」
「……ええ」
渡された剣を、サーニャが受け取る。日露ハーフのレインと、生粋のロシア人である彼女たちには、その武器の意味が容易に理解出来た。それは──
「「絆の力……」」
ウーズィが絆、シーラが力を意味するロシア語の単語だ。離れようとも途切れることのない、3人の想いが詰まった絆の結晶。それを鞘に収め、サーニャは愛おしそうに剣を抱いた。
「──スパシーバ。2人とも、本当にありがとうございます」
満面の笑みと共に述べられた感謝の言葉に、エミヤとレインは同時に笑顔を浮かべるのであった。
雨生龍之介は近年、ホラーゲームに手を染めた。彼が軽蔑するスプラッター映画との違いを確かめるためがきっかけの殆どだが、心のどこかではゲームに対する僅かな期待もあった。それは、同じ"娯楽"であっても、"観る"ことと"動かす"ことの差というものがあったからだ。ゲームはプレイヤーが自分の分身を操って画面に映された物事をプレイ出来る。それがアクションであろうとRPGであろうとも変わりはない。ドラマや映画とは違って自らが当事者になることが出来るから、彼はゲームに興味が湧いた。
龍之介は先ずホラーゲームに手を付けた。殺し、殺されることへの緊迫感が、現実とはどのくらい異なるのか、そこに現実では味わえないゲーム特有の"何か"があるのかを知りたかったためだし、後は1番注目していたジャンルだったから、というのもある。有名なタイトルからマイナーなものまで一通り網羅した彼だが、それでもゲームはその心を満足させることが出来なかった。異形のモノに追われ、殺られるというかつてないシチュエーションは確かに龍之介を一時は興奮させた。しかしそれが何度も何度も続けば、さすがに彼の精神は冷めていった。彼は"死"の真贋に聡いこともあってか、やはり虚構の死では心が満たされることはなかった。本当の"死"を求める彼にとっては、ディスプレイに映った虚構は単なる遊びに留まるもの。そこに本質などありはしなかったのだ。
そもそも殺人鬼である龍之介はゾンビや霊といった、人の感性を持たざる狂ったモノたちを殺してもその実感を得ることはないだろう。人間を殺すことに意義を見出す彼の目にはゲームの内容などただの作業にしか見えていない。やがて龍之介はホラーゲームから足を洗った。そしてまた、リアルな殺人を繰り返す日常に戻っていった。
だが、雨生龍之介という人間は繰り返す行為に"モチベーションの低下"を見い出していた。まあいくらなんでも、数えることをやめるくらいに人を殺せばそうなることは必然であった。
知りうる限りの"殺り方"を実践した彼は、初めての頃の感動と興奮を味わえないでいた。
そんなときだ。大手企業のアーガスから《ソードアート・オンライン》なるタイトルが発表されたのは。
『これは、現実であっても遊びではない』
そんな文面に無性に惹かれた彼は、殺し次いでに盗んだ金でナーヴギアを始めとした各種設備を整えた。
態々長蛇の列に並んでまで買ったそれは、忘れていた"期待"の感情を再び起こしていた。
VRという、プレイヤー自身が動くジャンルは、龍之介に謎の安心感をもたらした。このゲームでは、"何か"が起こる。そう直感していた彼は、取り敢えず夕方までダイブし続けた。
が、突如として龍之介こと"リュウ"は最初に降り立った《はじまりの街》の広場に転移させられた。そして、約1万人のプレイヤーに告げられる、ログアウト不能の事実とこの世界でのHPの全損が現実での"死"に繋がるということ。
広場を揺るがした怨嗟、慟哭、絶叫は、リュウの心に深く刻まれた出来事となった。
そんな彼は、恐怖に怯えるでもなく、狂ったような笑いを撒き散らしていた。実現不可能であったゲームの中での殺し。それが今ここで可能になったことに対しての心の昂り。
──ああ、なんてCOOLなゲームなんだ。
雨生龍之介は、その喜びに完全に溺れていた。
そして現在。彼は今まさに、1人の少年を殺そうとしているところだった。
場所は第1層、街の近くにある洞窟だ。街中は圏内コードが働いているため、一切のダメージを与えることは出来ない。それでも彼は、屋外で殺すことになんの嫌悪感も持っていなかった。
ここでの殺人は、リュウに確実な恍惚を与えた。苦痛による叫声こそないが、死への恐怖と、自分は本当に死ぬのか、という背叛した感情が混じった叫びは、いつもとはまた違ったベクトルの興奮を掻き立てた。
死の絶望と、もしかしたら、という希望が織り成す未知のハーモニー。それを初めて浴びたときの彼の表情は、かつてない程に狂喜に満ちたものだった。
ソードスキルの概念と血の代わりに傷から漏れ出る鮮赤のエフェクトも、リュウの厨二心を大いに
緊縛した少年が猿轡で閉じられた口から声にならない叫びを上げる。
そろそろ一思いに殺してやろうかと思い、大袈裟な動きからソードスキルの動作に入った──そのときだった。
ザッ、ザッ、と、耳に届く複数の足跡。この洞窟はモンスターが出ない。よってこれは、十中八九プレイヤーのものとなる。
バレてしまったか。派手にやり過ぎたかもしれない、と反省しながら、リュウは通路の一点を凝視した。
……それは、今までにない気配を孕んでいた。その来訪者たちが、自分と"同族"であることを、彼はすぐに看破した。
「お前か。ここいらで殺人を繰り返してるってヤツは」
リーダー格と思しき者の声は、リュウの心に謎のざわめきを生じさせた。
「えと、雨生……じゃなかった、リュウっす。職業フリーター。趣味は人殺し全般。子供とか若い女とか好きです。最近は基本に戻って剃刀とかに凝ってます」
妙に畏まった自己紹介に対して、黒ポンチョの男はヒュウ、と見事な口笛を吹いた。
「そうか。なら話は早い。お前さん、ギルドに興味はねぇか?」
「ギルド……?」
何のことやらすぐには解らず、リュウは首を傾げた。そう言えばそんなシステムもあった気がしなくはないが、それが無縁のものであったために眼中にもなかった事柄だった。
「うーん、ギルド、ねぇ。……そんなことよりも、折角来たんデスし、アレ、殺らない?」
まるでお茶請けを出すように差し出した少年を、男──PoHはじっと見つめた。
透き通るような目と、揺れる瞳孔が交わる。PoHは男の子にゆっくりと近づき、それを視認した少年は身を捩りながら必死の様相で地面を這って逃げようとしている。
リュウにはそんな少年を見る男の目が、どこか慈悲を含んでいるように見えていた。更に、フードから覗く口は清々しいまでに爽やかな笑みを浮かべているではないか。予測不可能な黒ポンチョの男の行動に、リュウはただただ困惑することしか出来なかった。
「怖がらなくていいんだぜ、坊主」
PoHは、醸し出すオーラとは真逆の、優しさに満ちた声で男の子に語りかけた。その影響か、少年は抵抗を止め、助けを乞うような目線を向けた。
それに応じて、男は少年を縛っていた太いロープと猿轡を慣れた手つきで外した。
「立てるかい?」
呆気に取られている男の子の手を取って助け起こしたPoHは、その頭に掌を置いて優しく撫で回した。
その行動に、リュウも驚いていた。同類だと思っていたが、まさか勘違いだったか?
「そこの通路を通って、右に曲がれば外に出れる。──1人で、行けるな?」
「──うん」
リュウと彼らが来た道を指さして、PoHが男の子の背中を押す。少年は言われた通りに暗い道を行き、突き当たりに出たところで左右に伸びる通路の右方に進もうとする。そうすれば、出口までは後少しだ。
「なあ、ちょっと──」
見かねたリュウは、男を制止しようとするが、それは横に突き出された左手に阻まれた。
そんな男はというと、空いた右手で指を鳴らしていた。
それと同時に、ガササ、と何かが動く気配がした。
右を向いた少年の目に、僅かな光源が映る。それを出口だと認識した男の子は、嬉々とした表情で走りだそうとした。
それが、希望から絶望への転換とも知らずに。
リュウは見た。PoHが素早い動作で少年目掛けて腕を伸ばすのを。そして、その手が首元を掴んだ瞬間に体を翻して少年を放り投げていた。
後方の闇に染まった空間から、仮想の肉体を断つ音と、甲高い悲鳴が響き渡る。
そこで何が起こっているかが解らないために、リュウの想像力が一気に刺激された。
男の方を見ると、彼は先程の慈愛の表情とは打って変わって乾いた笑顔を貼り付けていた。
何度かの生々しい音の後に、カシャアァァァン!という一際大きな、異質な効果音が鳴り響く。この世界でもう何回も聞いた、プレイヤーが死亡する音。
直後、PoHが侍らせていた2人のプレイヤーがリーダーの下に戻ってくる。
「これが本当の"殺し"だ。恐怖ばかりじゃあ感情は死ぬ。真の恐怖とは、希望から絶望への切り替わりの瞬間を指すのさ。どうだ、お気に召したか?」
言葉が出ない。そんなものなど知らなかった。リュウでは思いつかない、芸術とも呼べる鮮やかな邪悪さ。
心が歓喜で満ちる。この男には、最大限の賛美を以て褒め称える他はない。
「COOL!超COOLだよ、アンタ!」
悦びと興奮に身を震わせながら、リュウはPoHの手を取ってぶんぶんと上下に振り回した。今のリュウは、心の底からPoHという存在に心酔していた。
「オーケイだ!ギルドだか何だか知らないが、オレはアンタについて行く!何なりと手伝うぜ。さぁ、もっと殺そう。プレイヤーはまだまだ沢山居るんだ。もっともっとCOOLな殺しっぷりでオレを魅せてくれ!」
「ああ、約束してやる。俺はお前を飽きさせないとな」
PoHの方も、激しい握手に応じて手を強く握り返した。
後に《ラフィン・コフィン》と呼ばれる殺人ギルド結成への道のりが、また1つ近づいていった。
龍之介参戦!
他にもfate側のキャラは出てきます。冒頭のキャラについては……まあ、秘密です。
さて、次はどんな話を書こうか……。