美遊兄が行く仮想世界   作:花火先輩

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待たせたな!
約1ヶ月ぶりですね。遅れて申し訳ナイス!
さて、士郎について補足ですが、たま~に豹変するときがあるかもです。
はい。言いたいのはそれだけです。それでは、どうぞ。


第3話 デスゲームの幕開け

 

 ベータテスト終了から1ヶ月位経った、11月6日。この日は、遂に待ちに待ったSAOの正式サービス開始日だ。SAO自体は少し前に初回生産分の1万本が発売され、当然ではあるが、即日完売(即日どころか数時間程度で完売したが)された。だが、俺たちβテスターは正式版の優先購入権が与えられるので、他の人よりもいち早く買うことが出来るのだ。正にベータテスト様々だな。

 現在時刻は午前12時。昨日は興奮してあまり寝れなかったので、今さっき起きたところだ。イン出来るのは1時からなので、後1時間ある。その間に昼食を済ませておくとするか。

 昨日の残りのカレーを温め直してご飯と一緒に盛り付け、付け合せにサラダを作る。その後に、まだ寝ているイリヤと美遊を起こす。

「お兄ちゃん、なんだかそわそわしてない?」

「え?俺、そんなにそわそわしてたか?」

 イリヤに言われるまで、自分がそんなにそわそわしていることに気が付かなかった。まあ、ずっと待ってたからな。無理もない。

「うん。すごく楽しみにしてたみたいだし」

「まあ、ベータから随分と待たされたからなぁ」

「お兄ちゃん、ベータテストが終わったらすんごく落ち込んでたもんね」

 確かに、あの時の喪失感は今でも思い出す。折角手塩にかけて育てた自分のデータを全消去された時は10分位ぽけーっとしていた。せめてフレンドリストくらいは残って欲しいが……。

「ああ、あれはもう心にグサッときたよ……」

「うわぁ、なんかすっごい説得力ある……」

 イリヤの憐れみの混じった言葉も妙に心に刺さる。お兄ちゃんは悲しいよ……。

 

 それから、妹たちと他愛ない会話を交わしつつカレーを口に運ぶ。

 主にイリヤたちが通う小学校の話や、SAOの話などだ。学校では友達と楽しく過ごしているようで、2人ともとても楽しそうに学校での話題や出来事を話していた。それを聞いて、俺は兄として嬉しく思った。

 その後にSAOの話でレインのことを話したら、美遊が「お兄ちゃん、またフラグ立ててる……」と言っていた。別にそんなつもりは無いんだけどなぁ。それを言ったら、今度はイリヤにまで呆れたような顔をされた。何故だろう。

 

 そうして話し込んでいると、時刻は既に12時半を過ぎていた。

「やべっ!後ちょっとで時間じゃないか」

 思いの外時間が経っていたことに気付いた俺は、残りのカレーを一気に食べる。

「ご馳走様!夕飯までには戻ってくる!」

 空になった皿をシンクに乱雑に置き、急いで自室へ向かう。和人とは1時半きっかりにインすると約束しているため、遅れる訳にはいかない。和人は別に気にしないだろうが、俺自身が許さない。

「「い、行ってらっしゃーい」」

 兄の突然の気迫に気圧されながらも、妹2人はちゃんと声を掛ける。

「行っちゃった……」

「……」

 イリヤは半ばぼーっとしているが、美遊は何か考え事をしているようだ。

「美遊、どうしたの?」

 イリヤが美遊の顔を覗き込む。

「ううん、何故か、ちょっと嫌な予感がしただけ。それ以外は特に何でもないよ」

「それ、美遊が言うと割とシャレにならないんだけど……」

 

 

 

 急いで自室に戻り、ちらっと時計を見る。

 12時55分。まだ時間までは少し余裕がある。その間に用を足し、再び部屋に戻る。

「直ぐにイン出来るように、予め装着しておくか」

 布団の上に横になり、傍に置いてあるナーヴギアを乗着……じゃない、装着する。何故乗着って言葉が浮かんだのだろうか、自分でも分からない。ヒロインXX?知らない人ですね。まあそれはともかく、ナーヴギアには時刻を表示する機能があるので、着けてからもいちいち時計を見なくてもいい。

「おっと、もう時間か」

 またあの世界に戻って来られると思うと、かつてない程興奮してくる。ゲームというものは生前では手を付けたことすらなかったが、こうしてやってみると凄く楽しいものだ。特にVRゲームは自分の身体を動かしているのと同じようなものなので、良い意味で聖杯戦争の時の緊張感を思い起こしてくれる。こんなに楽しめるものを教えてくれた和人には感謝している。

 湧き上がる高揚感を抑え、深呼吸をして──。

 

「リンク・スタート!」

 その言葉と同時に、意識が現実から切り離される。

 ベータテストのデータを使用するかという問いに、迷わずYesを選択。程なくして、SAOの中、浮遊城アインクラッドにて俺の意識が覚醒する。

「ああ、やっと、戻ってきた……」

 インした場所は、第1層主街区のはじまりの街の広場だ。手を動かしたり、周りを見渡したりして、漸くここ(SAO)に来れたのだと実感する。SAOよ、私は帰ってきた!

 まぁそれは置いといて、まずは俺と同タイミングでインしたであろうキリトを探すとしようか──

「エミヤー!」

 と考えている内に、先にあちらが俺を発見した。何百どころか何千人もこの広場にいるというのに、よく探し当てれたものだ。こちらに向かって手を振るキリトに応じて、彼の元へと走る。

「待たせたな。にしても、よくこの人混みの中から俺を見つけれたな」

「まあ、インした場所がお前のすぐ近くだったし、それにアバターの容姿が目立ってるからなぁ」

 目立ってる、か。確かに、俺のアバターは白髪に褐色肌という少し異色な組み合わせではあるが、そんなに目立っていたとは。この見た目にした理由は特にないが、こうも注目を浴びていると思うと、なんだかむず痒くなる。

「マジでか」

「マジマジ」

 即答。でも、キリトの言う通り、さっきからチラチラと他者の視線を感じる。因みにキリトの方は、王道を征く如何にもThe・勇者のような精悍な顔つきをしている。この見た目にするのにかなり苦心したらしい。

と、その時。

「ん?」

広場のある1点に目がいった。見れば、紫色の髪の大男が女の子に組み付いている。

「どうした?」

「いや、なんか騒がしいなって」

「ああ、本名がどうとか言ってたな。多分、MMO初心者絡みのことだろ」

なるほど、と思った。確かに、何も知らない人が犯しそうな、初歩的なミスだ。かく言う俺もキリトに対して同じ行為をしたことがあった。

「っていうか声がフリー……」

「そういうお前は諏○部ボイスじゃないか」

……言われてしまった。意図してそうしたものだから何も言えない。

「ま、まあとりあえず、剣買おうぜ。この近くの路地裏に安く売られてる武器屋があったはずだから、そこで『スモールソード』を5本くらい買っておこう」

「ああ、『森の秘薬』クエのためか」

 この先にある村のあるクエストでは、報酬として強力な片手剣が貰える。今買う武器は、その剣を手に入れるまでの繋ぎのようなものだ。ちょっと多いと言われそうだが、これに関しては後で分かる。

「その通り。じゃ、行くか」

「ああ!」

 そう言って、俺たちははじまりの街の地面を勢いよく蹴る。この感覚も、随分と久しぶりに味わった。

 

 

 side???

 

 今オレは、武器の陳列棚とにらめっこしている。目的は当然、この手のゲームをする上で最も大事なものである武器を買うためだ。

 まずは1番無難な片手剣にしようか、いやでも形状が刀に似ている曲刀にしようか……ああ、どっちにしようか迷っちまう!

 そうやって悩んでいると、耳に2つの足音が聞こえてくる。その方向にちらっと目を向けると、如何にも慣れたような足取りで路地裏に向かう少年2人がいた。

 ──あの迷いのない走りっぷり……間違いねぇ、今の2人、確実にベータテスターだ!

 よし、ここは1つ、あいつらにこのゲームについて教授して貰おう。

 そう心に決め、オレは2人の後を追った。

 

 side out

 

「なぁ、そこの兄ちゃんたち!」

「「ん?」」

 俺たちに向けられたであろう声が後ろから聞こえたので、走るのを止めてそちらに振り向く。そこにいたのは、悪趣味なバンダナに整った顔立ちをした青年だった。顔に関しては俺たち同様作り物の可能性が大だろうが、もしそうでなければ現実世界でもイケメンの部類に入るかもしれない。自分が言うのもなんだけどな。

「その迷いのない走りっぷり、あんたたち、ベータテスターだろ?」

 その要素だけで俺たちをテスターと断定したのか。なんかすごいのかどうか分からないな。

「あ、ああ。そうだけど」

 男の問いにキリトがそう答える。

「やっぱそうだったか!オレの目に狂いはなかったな。んでさ、オレ、このゲーム今日初めてなんだ。だからよ、ちょいとレクチャーしてくんねぇか?」

「俺は別に構わないけど、お前は?」

「まあ、俺もそれでいいけど」

 こういう風に、あちらからあれこれ教えてくれと堂々と頼んでくるケースはあまり見ないが、だからといって断る理由にはならない。というわけで、俺たちは彼の頼みを承諾することにした。

「おおっ、マジか!ありがとな。オレはクライン、よろしくな」

「俺は、キリトだ(キリッ」

「俺はエミヤだ。こちらこそ、よろしく」

 そうして俺たちは、クラインと名乗った男と堅い握手を交わした。

 

 

場所は変わり、はじまりの街から出た所にある平原へと移る。見たり聞いたりするよりも実際にやってみようということで、クラインにはレベル1のモンスター、《フレンジーボア》と戦ってもらっている。

「ぬおっ、おりゃあ!」

 掛け声は中々様になっているが、めちゃめちゃに振ったカットラスはいずれも空を切るばかり。まあ大半の初心者プレイヤーはみんなこうなのだが。傍で見守っているキリトも、ベータ版を始めたばかりの頃はちょうどあんな感じだったし、俺も実戦経験があるとはいえ、多少は手間取っていた。

 対峙する青イノシシは、クラインの攻撃の悉くを躱し、ブル〇〇ンゴ

 の如き突進攻撃を繰り出す。

「あぁん、ひどぅい!」

 まともに突進を食らったクラインは変な声をあげて吹っ飛ばされる。

「ははは、クライン、肝心なのは初動の動きだ。そうやってぶんぶん振り回してもソードスキルは発動しないぞ」

 その光景を見ているキリトは笑いながらも適切なアドバイスをおくる。

「んなこと言ったって……アイツ動きやがるしよ……」

 起き上がったものの、多少ふらついているクラインからタゲをこちらに向けるべく、キリトがその辺の小石を拾って、《投擲》スキル基本技の《シングルシュート》でイノシシに少量のダメージを与える。これがヤツへのファーストアタックとなったので、イノシシが標的をキリトに向ける。

「そりゃあ、モンスターだからな、仕方ない。でもモーションさえ出来れば後は何もしなくてもシステムが自動で攻撃を当ててくれるよ」

 イノシシの攻撃をガードするキリトに代わって、俺がアドバイスをおくる。

「なんて言うか……いちにのさんでやるんじゃなくて、溜めを入れてからズバーンと繰り出す感じだな」

「ズバーンってか……」

 困惑したような顔をしつつも、クラインはカットラスを肩に担ぎ、腰を低くする。今度こそシステムがモーションを検知し、刃がオレンジ色に染まる。

「そらっ!」

 それを見たキリトは、イノシシの攻撃をキャンセルさせ、その顔を蹴っ飛ばしてターゲットをクラインに変えさせる。

「おりゃあっ!!」

 裂帛の気合いと共に、突進してくるイノシシに、《曲刀》ソードスキルの《リーバー》を見事命中させる。先程のキリトの攻撃で多少減っていたHPを余さず削り取り、一瞬の硬直のあとにイノシシの体は無数のポリゴン片となって消えていった。

「いよっしゃぁぁぁ!!」

 敵を倒したことを確認したクラインは、大声と共にガッツポーズを決める。

「初討伐、おめでとう」

「まぁあれはドラ〇エで言うところのスライム相当の弱さだけどな」

「ええ!?まじかよ……おりゃてっきり中ボスかなんかだと思ってたぜ」

「んなわけあるか」

 あのイノシシがどこにでもいるザコ敵だと知った途端、がくりと落胆するクライン。もし中ボスクラスのヤツらがフィールド上にぽこじゃか湧いてたらゲームバランス崩壊どころの話じゃない。

 それからクラインは様々な動きから他のソードスキルを発動しようと試みていたが、今の彼のレベルは当然1だし、《曲刀》スキルもさっきの戦闘でほんのちょびっとしか上がってないので、現時点で使えるソードスキルは基本技の《リーバー》だけである。

 やがて気が済んだのか、曲刀を鞘に納めてこちらに近づいてくる。

「クライン、まだ狩りを続けるか?」

 こっちに来たクラインに、キリトが問う。もう時間も経ってるだろうし、やめ時ではあるだろう。

「あったりめぇよ!……と言いてぇとこだけど」

 そう言って、クラインはちらっと視界の端っこに表示されている現在時刻を確認する。俺も時刻を見ると、既に5時を過ぎていた。そろそろ落ちて、夕飯の準備をしなければならない時間だ。

「一旦落ちて、メシ食わねぇとな。ピザの配達、5時半に頼んであるからよ」

「用意周到だな」

「おうよ!ってなわけで、おりゃもう落ちるわ。2人とも、ホントありがとな。この礼はいつか必ず、精神的にすっからよ。これからも、よろしく頼むぜ」

 差し出されたクラインの右手を、路地裏で出会った時のように、キリトと俺は交互に握り返す。

「ああ、宜しくな」

「聞きたいことがあったら時間がある時に教えるよ」

 手を離し、クラインはログアウトするべく、ウインドウを開き、下にスクロールし──何を思ったのか、その指がぴたっと止まった。

「あれ?ログアウトボタンがねぇよ」

 有り得ない発言が、クラインの口から発せられた。

「い、いやいやいや。何かの冗談だろ」

 動揺しながらも、俺は場の空気を和ませようと茶化してみる。

「いや、ホントにねぇんだよ。お前らも見てみろって」

 俺たちもクラインに倣ってウインドウを開き、ログアウトボタンのある所までスクロールする。

 

 無かった。クラインの言う通り、本当にログアウトボタンが綺麗さっぱり消え失せていた。

「……ねぇだろ?」

「ああ、ない」

 さすがのキリトも、これには動揺している。だって、ログアウトが出来ないというのは、たとえバグだとしても大問題なのだ。最悪、

 VRMMOというジャンル自体が規制されかねない。

「えっと……他にログアウトする方法は……」

「無駄だよ。ログアウトボタンを押す以外に方法はない」

 キリトは冷淡と諦観を混ぜたような声でそう告げる。

「いやいや、ぜってぇなんかある筈だって!」

 そう言ったあとに、突然虚空に向かって戻れ、ログアウト、脱出!などと大声を張り上げる。当然、SAOにはログアウトのためのボイスコマンドは設定されていない。

「なんてこった……自分の意志で現実世界に戻れねぇなんてよ……」

 悲しみの混じった声で、クラインはそう呟く。だが、これが現実と言うものだ。

「あっ、そうだ!ギアを頭からひっぺがせばいいんだよ!」

 突然態度を変え、頭に両手を掛けるクライン。しかし──。

「今俺たちの意識はこの世界に在るんだ。現実の身体は1ミリ足りとも動かせない」

「そんなぁ……じゃあバグが直るか誰かが引っこ抜くしかねぇのか……」

 俺の告げた事実に呆然とした口調でクラインがボヤく。

「でもオレ、1人暮しだしよぉ……お前らは?」

 ここでリアルに関することを話しても良いのかと迷ったが、仕方なく話すとする。

「母親と妹と3人だ。飯どきになっても降りてこなかったら、強制的に落とされるだろうけど」

「俺は両親と、妹が2人。でも今は両親は海外に出張しているし、現時点で家にいるのは妹2人だけだ」

 なんかややこしくなるだろうと思って、セラとリズのことは言わないでおいた。キリトは知っているが、それを知らないクラインがどんな反応を示すかは大体分かる。

「おおっ!?お前らの妹さんって幾つ!?」

 妹、という単語を聞いた途端、クラインの目がキラキラと輝く。

「今はそんなことどうでもいいだろっ……!」

 俺たちに向かってずいっと顔を近づけるクラインを押し退け、強引に話題を変える。

「というか、ピザどうするんだよ。このままじゃ、確実に冷めるぞ」

「おわぁっ、そうだった!……くう、冷めたピッツァなんて粘らない納豆以下だぜ……」

 ──なんか表現が独特だな。まあこちらから振っておいてなんだが、そんな話も今はどうでもいい。そうこうしている内に、時刻が午後5時半になる。クラインのピザがちょうど届く時間だ。

 

 その時。いきなり、リンゴーン、リンゴーン、と重い鐘の音が草原全体に響き渡る。

「これは……!?」

「何だ……?」

「なぁっ!?」

 ほぼ同時に叫んだ俺たちの身体が、青い光に包まれ、景色がぼやける。間違いない、これは転移、テレポートだ。しかし、俺たちは転移門にいなければ結晶アイテムもう使っていない。となると、これは運営側による強制転移──!

 そして、一際強い光が俺の視界を真っ白に染め、眩しさで思わず目を閉じる。しばらくして目を開けると、そこは今までにいた平原ではなく、はじまりの街の広場だった。

 辺りを見回すと、同じ現象に巻き込まれたであろう数千人のプレイヤーがざわめいていた。

「──エミヤ君?」

 人々の叫びに混じって、聞き覚えのある声がした。その方向を見ると、そこにはかつてベータテストでコンビを組み、フレンド登録までした少女、レインがいた。

「レイン!やっぱり君もここに転移させられたんだな」

「うん、もう何がなんだか……」

 やはり、レインも他のプレイヤー同様、この状況に理解が追いついていないようだ。それは俺もキリトも、そしてクラインも同じ事。

 

「おい、あれ見ろ!!」

 誰かの叫びに、皆が一斉に上を見上げる。するとそこには、赤色の市松模様に染まった空、もとい第2層の底。

 システムアナウンス、と英語で書かれているのを見て、やっと運営が動いたのかと安堵する。

 さらに、突如として、顔のないローブだけの巨大な人型のナニカが出現し、場をざわつかせた。

 

『プレイヤー諸君、私の世界へようこそ』

 ローブから、やや低めの男の声が発せられる。突然のことなので、意味が掴めなかったが、やがてその意味を理解し出した。私の世界、と言う限り、恐らく声の主はGMだろうと検討をつけた。それに、この声には聞き覚えがある。

 茅場晶彦。SAOを開発した、《アーガス》の天才ゲームデザイナー。キリトが尊敬して止まない、VRMMOという一大ジャンルを築き上げた人物だ。

 

 その後、彼が告げた言葉を纏めると。

『SAOをコントロールできるのは彼だけ。ログアウトボタンの消滅は仕様である。百層全てクリアする以外にログアウトする方法がない。外部の手によるナーヴギアの停止、解除がされた場合、高出力のマイクロウェーブによって脳が焼かれる。現実での報道を無視して2百人もの犠牲者が出ている。俺たちのリアルの身体は病院へと搬送される。この世界でのHPの全損がそのまま現実での死に直結する。』

 といったものだった。

 馬鹿げているにも程がある。もしこれが真実だとしたら、事件どころの話じゃない。

 そもそも、2ヶ月間のベータテストで攻略出来た層は全体の10分の1なのだ。全てクリアするとしたら、長く見積もって3、4年かかると見てもいいだろう。

 当然、広場が再びプレイヤーの叫び、怨嗟、悲鳴によってざわめく。

 しかし、俺は逆に言葉も出なかった。もう現実世界に戻れないと考えると、声を発する気力すら失せてくる。

 

 これで終わったかのように思えた茅場晶彦のアナウンスはまだ続いていた。

『最後に、諸君らにこの世界が現実である証拠を見せよう。アイテムストレージに、私からのプレゼントを用意した。確認したまえ』

 聞くと同時に、ササッとアイテムストレージを開き、《フレンジーボアの牙》やら《フレンジーボアの皮》といったドロップアイテムを無視し、1つのアイテムを見つける。

《手鏡》とだけ表示されたそれをオブジェクト化し、手に取る。

 なんの変哲もない、ただの手鏡だ。おかしなところなど何もない。しかし。

 その数秒後、俺やキリトたちの身体が白い光に包まれて、少しして消えたあとに見たのは。

「あれ?君は?」

「そっちこそ、誰?」

 俺の前にいたのは、今までのレインではなかった。

 装備こそ変わらないものの、真紅に染まった髪は銀髪になり、顔も多少変化していた。だが、性別は変わらない。こんな状況でも、目の前の少女がネカマでなかったことにホッとしている自分が恐ろしい。

 傍らでは、同じようにキリトとクラインが「お前誰?」と言い合っている。ちらっとクラインの顔を見ると、先程のイケメン面はどこへやら。

 無精髭を蓄えた2~30代くらいの男性と化していた。一方のキリトは、リアルで見慣れた女っぽさを残した線の細い顔をした、《桐ヶ谷和人》そのものがいた。

 斯く言う俺も、手鏡に映ったのは赤銅色の髪、中学生にしては整った顔つきと、紛れもなく現実世界での俺だった。今までの白髪に褐色肌の青年などではない。

 この事態を認識した俺は、恐る恐る口を開き──

「君は、レインか!?」

「まさか、エミヤ君!?」

 互いに指を差し、同時に叫んだ。

 なぜ現実の体格が──と思ったが、それも直ぐに分かった。

 ナーヴギアを装着した当初、身体のあちこちをぺたぺたと触る《キャリブレーション》というものをやらされた。恐らく、それだろう。

「でも、何故こんなことを……?」

 しかし、誰にも聞こえることの無い疑問は、直ぐに解消されることになる。

 

 曰く──。

『これはテロでもなく誘拐でもない。今のこの状況こそが自分の目的である。自分はただこの世界を創造して鑑賞するだけ』

 だそうだ。なんの意味もなく、1万人ものプレイヤーをこの世界に閉じ込めたのかと思うと、怒りがこみ上げてくる。たとえ自分で最低の悪だと言おうとも、完全に正義感が失われていることはない。

『これで、《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。諸君らの健闘を祈る』

 その言葉を最後に、ローブの大男の姿は消え、空の市松模様もなくなっていた。

 そして三度、広場がプレイヤーたちの罵声、慟哭、怒号やらでさっきとは比べ物にならない程に震動する。しかし、そんな中でも冷静な人物が1人。

「クライン、エミヤ、ちょっと来い。……えぇっと……そこの君も」

 キリトが俺とクラインとレインに呼びかけ、広場を出るよう催促する。キリトについて行った先は、ちょうど数時間前にクラインと出会った路地裏だった。

 

「3人とも、よく聞いてほしい。これから俺は、この街を出て次の村、《ホルンカ》に向かう。みんなも一緒に来るんだ。ゲームをクリアするためには、強くなるしかない。強くなるには、それしか方法はない」

 真理だ。キリトの言っていることは正しい。はじまりの街周辺のフィールドは直ぐに数多のプレイヤーで埋めつくされる。そうなれば、レベル上げなんて出来やしない。なので、今言ったように、恐らく人の少ないであろう次の村で狩りをした方が効率もいい。加えて、ここにはベータテスターが3人もいる。大体のことは熟知しているだろう。

「分かった。レインは?」

「私は、エミヤ君についてくよ。だってコンビだし」

「そっか」

「でもよぉ、オレ、前も言ったけど、他のゲームで知り合ったダチと待ち合わせしてるんだよ。アイツらを、置いて行けねぇ」

 クラインの言い分も分からないでもない。大切な存在を手放すことの罪悪感は、痛いくらいに分かる。だが、人数が増えればその分リスクも増える。残念だが、これ以上他の人を連れていくことは出来ない。

「悪い、クライン……それは……」

 最後まで言おうとして、口ごもる。

「そうか……いや、いつまでもお前らに頼ってちゃだめだ。オレはお前らに教わったテクで何とかやってく。これでも他のゲームではギルドのリーダーやってたからよ。オレのことは気にしねぇで、先に行ってくれ」

 しばらくの沈黙の後、キリトが口を開く。

「……分かった。何かあったら、メッセージ飛ばしてくれ。……じゃあな、クライン」

 キリトがクラインに背を向け、街の外に向かって歩き出す。俺たちも、後ろ髪を引かれる思いでキリトについて行く。

「キリト!エミヤ!」

 直後、クラインの呼び止め声が響く。

「お前ら、ホントは案外カワイイ見た目してんだな!オレ、結構好みだぜ!」

 聞く人によればどこかイケナイ言葉に聞こえる発言。ホモかな?

「「お前もその野武士面の方が10倍似合ってるよ!」」

 あっ、ハモった。

「あと、そこの嬢ちゃんも!機会があったら今度お茶でも──」

「無明三段突き!」

 コンビであるレインにナンパしようとする愚か者に手刀で高速の突きをぶっこむ。

「おっふん!?」

 圏内コードが発動する1歩手前の力で放たれた突きを腹に食らったクラインは間抜けな声と共に身体をくの字に曲げる。

「んじゃ、行くか」

「お、おう」

「あ、あはは……」

 何事もなかったように振る舞う俺に多少引き気味になるキリトと、引き攣った笑みを浮かべるレイン。俺たちは今度こそ、次の村に向かうために歩みを進める。

「ま、待ってくれ!せめてフレンド登録だけでも~……」

 まだ懲りないクラインを放っておいて。

 

 

 

 




聖杯くん~シリカ編~
「うわーん、聖杯く~ん!」
「おや、どうしたんだい、シリカ君」
「私のことを嗤ったロザリアさんを見返したいんですー!」
「しょうがないなぁ、シリカ君は」
っ出刃包丁「始末剣~!」
「へ?」
「誰にもわしを笑わせんぞ~!ってやつだよ(ゲス顔)」




次回 「森の秘薬」

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