――石ノ森 章太郎
EP.01[蒼い衝撃]
落ち着け。必ずチャンスはあるはずだ。
壁に背を預け、息を潜めながら、少年は思う。
その手には剣と盾が握られており、全身は金属製の西洋鎧や兜で覆われている。闇の中で、燭台に揺らめく灯りに照らされつつ、じっと目を凝らす。
すると、見つめる先に動く影を発見した。それは人の形をしていない、少年の身長以上もある蜘蛛の怪物であった。
「こんな時に……」
溜め息と共にそんな言葉を吐き出し、右手の剣をクロスボウに持ち替えると、素早く廊下へ躍り出た。
大蜘蛛は少年の姿を捉えるなり、八つの脚を動かして襲いかかろうとするが、その瞬間には既に頭に矢を撃ち込まれていた。
余りの激痛に大蜘蛛も怯む。その一瞬の隙を少年は見逃さなかった。
「そぉりゃぁぁぁ!」
クロスボウをその場に落とし、抜剣。暗い迷宮に白刃が閃き、蜘蛛の脚が四本、地面でのたうつ。さらに間髪入れず、もがく蜘蛛の頭を剣で刺し貫いた。
その一撃により、蜘蛛は絶命。傷口から黒い煙を噴き出しながら、消滅した。
「モンスターも多いな……」
再び壁沿いに歩み始める。兜の奥で、彼は僅かに安堵していた。というのも、この少年の標的は蜘蛛などではないからだ。
『それ』はいつどこから現れるか分からない。常に警戒し、発見しても慎重に攻め時を見極め、一瞬で勝負を決しなければならない。そうでなくては――。
少年がそこまで思考した、直後の事だった。
「うわっ!?」
闇の中から、燭台の光を反射しながら細長い何かが飛来する。その物体には少年も見覚えがあった。クロスボウの矢だ。
咄嗟に身を反らしたため、矢が身体を貫く事はなかった。しかし、目標が近い位置にいる事、そして向こうは既に位置を把握している事が、彼にプレッシャーを与えた。
どうして――少年の疑問はすぐに氷解する。
蜘蛛だ。あの大蜘蛛の後から、少年にも蜘蛛にも気付かれないように尾行していたのだ。そして蜘蛛が倒される瞬間を、虎視眈々と狙っていたのだ。
「くっ!」
迂闊だった、と少年は思う。応戦せずに逃げてやり過ごせばこうはならなかっただろうと。
しかしまだ戦いは終わっていない。落としたクロスボウを回収し、その場から反転して通路を走る。つまりは退却だ。
幸いにもあちらはまだ遠い距離にいる。クロスボウが当たっていないと分かった以上向こうも手をこまねく事はないだろうが、すぐには追い付けないはずだ。
少年はそう考え、武器を錆びた片手斧に持ち替えて、頭上の燭台を一つずつ破壊しながら逃げる。こうする事で僅かに迷宮を照らしていただけの光源が失われるため、クロスボウがより扱いづらくなる、という算段なのだ。
「よし、これなら」
時間を稼げる、と少年は考えていた。このまま身を潜め、今度こそ背後から一撃を食らわせようと。
だが、その直後。
「うわっ!?」
走る少年の膝裏にクロスボウの矢が鋭く撃ち込まれた。がしゃがしゃん、と金属が床に転がる音が迷宮に響く。
しまった――と思った時にはもう遅い。背後から、何者かの走る音が迫っているのだ。立ち上がって逃げようにも、脚を負傷した今、即座に大きく身動きを取る事はできない。
迷宮の壁に寄りかかり、少年は腰のベルトに提げた革製のポーチから薬品入りの小瓶を取り出して、それを口に含もうとする。
だが。
「あ……」
薬を握った右の籠手に、鋭い切っ先が突き付けられる。
「残念だったな。お前の敗けだ」
見れば、そこには剣を片手に持つ男が一人立っていた。少年と同様、全身に金属の鎧を着込んでいる。彼こそが、少年が追い、そして追われている者の正体だ。
少年にとって何よりも恐ろしいのは、蜘蛛でも剣やクロスボウの矢でもなく、兜の隙間から見える彼の眼光だ。
純粋で曇りがなく、剣の切っ先よりも鋭い決意に満ちた眼差し。少年でなくとも、その眼を見れば誰もが恐怖するだろう。
「くっ!」
薬を捨て武器を手に取ろうとする、が。それよりも速く、男の剣が腕を斬り裂き、さらにそのまま首に剣を突き入れられた。
そうして、悲鳴を上げる事すらできず仰向けに倒れた少年の背に、じわじわと赤い水溜まりができあがる。
鎧の男は少年を見下ろし、剣を納めて独りで呟く。
「まだまだだな、
科学技術が大きく発展した大都市。人口は約45万人、ほぼ全ての施設が駅を中心として建造されている。地下鉄から直接繋がった大型ショッピングモールや、すぐ近くに繁華街、アミューズメントパークのような娯楽施設も多々存在している。
また、この都市には帝久乃学園という巨大な学校施設が存在する。小中高一貫校でありながら教育はしっかりと行き届いており、某有名校ほどではないにせよ偏差値はそれなりに高め。学生寮も完備しており、遠方から来た学生でも安心できる。
卒業生は培った経験を活かし、より高みを目指して大学に進んだり、そのままプログラマーやシステムエンジニアといった職に就く者もいる。そう言った帝久乃学園出身の生徒たちの研究の中でも特に大きな成果が、ロボットや人工知能の製作、プログラムの設計・開発や実現などである。
さらにeスポーツの競技場が存在しており、大会なども盛んに開催されているためか、プロゲーマーやゲームクリエイターも数多く輩出している。
「相変わらず強い……」
その帝久乃市の駅内ゲームセンターの中で、深い溜め息を吐く少年がいた。
彼はゲームの筐体の前に座り、
プレイしていたのは、『
元々は携帯端末のアプリから始まったゲームであり、それがアプリと連動可能なアーケードゲーム、さらにはPCや家庭用ゲーム機にも発展したのである。
「ホント容赦ないな、
呆れたようにも感心しているようにも聞こえる声が少年の背後から聞こえた。
振り向けば、そこにいたのは恰幅の良い眼鏡の男。帝久乃学園の制服である、黒地で襟や袖や裾に白いラインが入ったデザインのブレザーとズボンを身に着けている。
すると、その言葉を聞いたのか、少年の対面の席に座っていた男がHMDを外して立ち上がった。長身かつ脚がすらりと長く、彼も少年や眼鏡の男と同じで、帝久乃学園の制服を纏っている。
「勝負で手を抜くわけにはいかないさ。そうだろう、翔」
「まぁね、兄さん」
そう言って頭に着けたものを外した少年の顔は、僅かにあどけなさが残っているものの、響と呼ばれた男に良く似た端整なものだった。体格もよく似ており、並んで立てば男よりも身長がやや低い程度の差しかない。
「すごいなぁ、兄さんは」
言って、再び少年は溜め息を吐く。
彼の名は
そしてその翔とVRゲームで対戦していたのが、彼の兄である
翔の言葉を聞いて、眼鏡の男は彼の肩に手を乗せながら「ドンマイ」と声をかける。
「けどすごいのは当然ってモンだ。なんてったってお前の兄貴は、プロゲーマーでアーセナル・レイダーズのディフェンディングチャンピオンだからな」
眼鏡の男、
すると、そんな三人の背後から「二人ともお疲れ様」と声をかける者が現れる。
「でも熱中し過ぎちゃダメよ? これでも飲んで、一旦リラックスしたら?」
そこにいたのは、帝久乃学園の制服を着た、長い髪をひとつに束ねて背中に垂らしている女子生徒だ。
彼女は肩にかけた鞄から缶ジュースをふたつ取り出すと、翔と響にそれぞれ差し出した。
「
「いつもすまないね」
兄弟が交互に礼を言い、ジュースを受け取った。
彼女は
容姿端麗で成績優秀、性別問わず友人が多くおまけにスポーツ万能と、まるで絵に描いたような完璧超人である。
しかし、彼女にはこの三人以外誰も知らない大きな秘密があった。
その秘密とは――。
「琴奈、お前またそれ買って来たのかよ……」
鋼作が指を差した先にあるものは、缶ジュース。正確には、パッケージにプリントされたイラストだ。
缶には、葉巻のようにニンジンを咥えてふんぞり返っている、ウサギと戦車が合体したような怪獣が描かれている。その名も『ラビットたんジュース』。ニンジン100%だ。
「最っ高にカワイイでしょ、ラビットたん」
言いながら琴奈はもうひとつ缶を取り出し、飲み始めた。
鋼作は「どこがだよ」と呆れ顔で言い放つ。するとそれがスイッチになったかのように、
「カワイイじゃない! この尖った前歯とか頭から生えた砲身とか後ろ脚とかキャタピラとかあとあと」
と早口で捲し立てる。彼女の言葉には異様なまでの熱意が籠っており、鼻息も荒い。
彼女の秘密、それは重度の怪獣オタクであるという事だ。
その活動力は凄まじく、アニメやゲームに登場した怪物を事細かに纏めた怪獣図鑑なるアプリを作る、怪物が現れたという目撃情報や都市伝説を調査してこれも資料化する、さらには自分で怪獣のCGイラストを描くなど。イラストのクオリティもまた高く、彼女の怪獣への愛に満ちている。
そんな彼女は今、恍惚としてラビットたんのイラストを見上げている。
「はぁ、天才的なデザインだわ……このまま一日36時間眺めていたいくらい」
「一日は24時間だ怪獣バカ」
「アンタこそ、ロボットバカのくせに。同じ穴の狢でしょーが」
「お前と一緒にすんなっつの」
そのまま二人はぎゃあぎゃあと口論を始める。
翔も響も昔からの馴染みなので分かっているが、今回のように、彼らはいつも些細な事で良く口喧嘩を始める。しかしその割に仲違いする様子はなく、喧嘩しつつも仲の良い友人同士という間柄だ。
「ところで翔」
論争とラビットたんへの賛辞に終わりが見えなくなって来たのか、響がニンジンジュースを飲みつつ話題変える。
「順調に腕を上げているようだが、俺に一太刀も浴びせられないようじゃまだまだだぞ!」
「うん……でも、兄さんはチャンピオンなのにこれ以上強くなる必要あるの? 他のゲームだって負けなしなのに……」
素朴な疑問を兄にぶつけると、響は狼狽えた様子も見せずに柔和な笑みを浮かべる。
「もちろんさ、俺は強くなりたい。もっともっと力が必要なんだ」
真っ直ぐに翔の目を見つめ「それに」と続けようとするが、響はそこで言葉を止める。
不思議に思って、「それに?」と翔は続きを促す。
「いや、なんでもない。とにかくお前も追いついて来い!」
「僕はゲーマーを目指してるわけじゃないよ? ゲームは好きだけどさ。『ブルースカイ・アドベンチャー』とか」
「アレは俺も好きだが、別にゲームに限った話じゃないんだ。俺が言いたいのは、強い心を……意志を持てって事さ」
意味が良く分からず、翔は首を傾げる。直後、響の鞄の中から着信音が鳴り響く。
鞄に手を入れ、響が取り出したのは『
それは『テクネイバー』という、多様な姿をしたコンシェルジュAI。持ち主の様々な要望に応えてくれるシステムで、例えば飲食したい物や買いたい物をなど伝えれば、それら全ての要件を満たすプランを自動で構築してルートを表示するというものだ。他にも様々な機能があり、このAIに積極的に話しかけて、さらなる学習・育成をする事も可能。
響はそのネイバーが掲示した文言を見て、僅かに神妙な面持ちになる。どうやらメールを受信したようだ。
「……すまない、急用ができてしまった。後は三人で楽しんでくれ」
「なんだ響、また例のバイトか?」
「このところ忙しくてね」
「お前も大変だな」
そんな会話をしている兄と先輩の姿を見ながら、翔は首を傾げる。
やがて響はその場を去り、それを見送った後で翔は鋼作に訊ねた。
「バイトって何の話ですか?」
「お前知らなかったのか? あいつバイトしてんだよ、時間帯はバラバラだけどな」
「……聞いた事ないです。一体何の仕事を?」
問われて鋼作は肩を竦め、首を横に振る。
続いて翔は、琴奈の方に視線を送った。だが彼女も「ごめん、知らない」と答えた。
「けどおかしくない? 大会で賞金稼いでるでしょうに、アルバイトなんて」
「翔には秘密にしてんのも妙だな」
「兄さんがお金に困ってるところも見た事ないですよ」
二人は先程まで口論していた事も忘れ、考え込む。しかし、結論は出ない。
そんな折、翔のN-フォンのネイバーもメッセージを表示した。今回はニュース記事のようだった。
『精神失調症、未だ収束せず』
『帝久乃市内で失踪事件相次ぐ 神隠しか』
見出しを確認した時点で、翔は眉を顰める。何度も何度もテレビやネットニュースで目にする内容だったからだ。
「どうした?」
「いえ、最近良く起きてる事件の記事でした」
「あーアレか。なんなんだろうな、人がおかしくなったりいなくなったり……」
うんざりだ、とでも言いたげに鋼作は頭を振った。
世間ではニュース番組の時間になれば、必ずと言っていい程これらの事件について報道している。
本当に危機であると思って使命感に駆られて放送しているのか、あるいは他に話題がないからなのかもしれないが、連日連夜同じような暗いニュースばかりではうんざりもするだろう。
翔はそう思いつつ、少しでも二人の気分を明るくしようと話題を変える。
「そんな事より遊びましょう。『ロボジェネ』とかどうです?」
「おっ、いいねぇ!」
ニカッと笑い、鋼作は自分のN-フォンを取り出して筐体へ向かう。
ロボジェネとは、ロボットジェネレーターというアプリの略称。仮想データの部品を組み合わせてロボットを製作しエネミーの宇宙人や敵勢ロボットと戦うという、ロボットシミュレーションアプリだ。
一見すると誰でもできそうに思えるが、設計図やパーツの形状にマシンのフレームから細かく作り込む必要があり、大きな不備があると動くどころか自立すらできない。極めて敷居の高い、技術を持ったマニア向けのゲームであると言える。
代わりに自由度は高く、カラーリングはおろか外見も武器も自由に設定でき、自分だけのオリジナルロボットを自在に操作する爽快感は得難いものがある。さらに、3Dプリンターでパーツを出力し、プラモデルのようにロボットを組み立てて楽しむ事もできるのだ。
これだけでも十分に楽しいのだが、真の魅力はアーケード版にある。アプリをインストールしたN-フォンを持ち込み筐体にセットする事で、対戦プレイが可能となるのだ。ちなみに鋼作はこのアーケード版で開催されている大会に何度も参加しており、優勝経験もある。
「まーたロボジェネ? いいけど、あたしの方にも付き合ってよね。調査したい噂があるんだから!」
「わかったわかった」
鋼作が呆れながらも微笑み、琴奈も返事を聞いて満足そうに笑う。
彼ら三人にとってはいつものような、なんでもない穏やかな時間。これからもこんな平和な日常が、壊れる事なく続いて行くのだろうと、翔はぼんやりと考えていた。
※ ※ ※ ※ ※
帝久乃市駅、その駅前ロータリーにある大鷲のモニュメントの下にて。
老若男女問わずあらゆる人々が行き交うのを眠たげな目付きで眺めている、灰色の髪の男がベンチに腰掛けていた。やや面長で彫りが深く、弓状に曲がって先が尖っているという、所謂鷲鼻が特徴的な顔立ちだ。
男は裾がボロけているラボコートを羽織っており、体格は大きく、拳には傷が付いている。そのため、理知的な雰囲気を感じさせる白衣に反して、粗暴さも匂わせている。
「……平和だな」
男がそう言った。彼の傍には同じ年頃――20代のサングラスをかけた女が立っている。
女性としては背が高く、スレンダーな美女だ。黒一色で揃えたライダースジャケットとレザーパンツが、細くしなやかな体型に良く似合う。その右手には銀色のアタッシュケースを提げている。
肩まで伸ばした茶髪を靡かせ、女は形の良い紅色の唇を吊り上げた。
「そうね
「さァな。買い物やら仕事やら、遊びやら……自分の日常ってヤツを謳歌してんだろうよ」
「何にしろ平和なのは良い事だわ」
「だがな
男がそう言った途端、サングラスの奥から覗く目が真剣な物に変わる。そして、静かに「そうね」と肯定を示した。
街を行く者たちの中には、手を繋いで歩く親子もいる。ベビーカーを押して歩く母親もいる。そんな人々を、男は目を細めて眺めていた。
「今この帝久乃市で何が起きてんのか……何も知らねェんだろうな」
「だからこそ我々の力が必要なんでしょう。
二人はその声を聞き、向かって来る人物に視線を向ける。
そこにあったのは、口元を引き締めて決意に満ちた眼差しを真っ直ぐに向けている、天坂 響の姿だ。
男、
「早かったじゃねェか天坂。ま、その方が都合は良いが」
「招集を掛けられた以上のんびりしてはいられませんよ。それで……現れたんですね?」
「ああ。いつも通り、現場は話の通じる連中に仕切って貰ってる。行くぞ」
そう言い放つと、鷹弘はロータリーにある銀色の車の方へと足を進め、二人も後へ続いた。
しかし、その時だった。
鷹弘のN-フォンが震え、着信音を発した。
「俺だ、どうした……なに? チッ、場所は」
しばし会話を交わした後、鷹弘は通話を切断。再び響の方に向き直る。
「トラブルですか?」
「『もう一体』出やがった。駅の中に反応があったらしい。今正確な位置を……」
「俺が行きます」
「なに?」
言うが早いか、響は颯爽と駅の方へと歩き出す。陽子は慌てて彼を呼び止めた。
「ちょ、ちょっと待って天坂くん! 闇雲に探し回ったって意味ないわ、落ち着いて!」
「俺は冷静ですよ。この場に留まっているより、中の人たちがヤツらの被害に遭う前に避難誘導するべきだ。違いますか?」
「それは……そうだけど」
「大丈夫ですよ、俺に任せて下さい」
強い意志を持った眼差しに、陽子は思わずたじろぎ、鷹弘に目配せをする。
すると鷹弘は頷き「良いだろう」とだけ言って、陽子に対して顎をしゃくる。そうして彼女は手に持つアタッシュケースを響へ差し出した。
「そいつが完成品だ。俺の分はもうある、使いたきゃ勝手に使え」
「ありがとうございます」
「まァ頑張んな。こっちが終わっても手こずってたら、しょうがねェから助けてやるよ」
冗談混じりにそう言って、鷹弘は陽子と共にその場を去る。響も、唇を引き締めて駅の方向へ戻る。ゲームをプレイしている時と同じように、鋭く眼を光らせながら。
※ ※ ※ ※ ※
「二人はさ、『仮面ライダー』って知ってる?」
ロボットジェネレーターでの対戦が終わり、ゲームセンター内にある休憩用のカフェスペースにて。琴奈は、そんな問いを翔と鋼作に投げ掛けた。
二人は一瞬顔を見合わせて沈黙し、眉に皺を寄せながら先に鋼作が口を開いた。
「聞いた事ないな、なんだそりゃ。首なしライダーみたいなモンか?」
「いや、あたしもそういう感じだと思ってたんだけど……ほら、少し前から『人や動物の形をしたノイズが画面に映り込む』って怪談流行ってるでしょ?」
「そっちは知ってる。テレビやらパソコンやらに時々できるってアレだろ」
「そうそう。で、それと同じような感じで映るんだって。なんかフルフェイスヘルメットみたいなのを被ってる人間に見えるらしいの」
「……で、今度はそれが本当に出るか調査したいのか」
自信満々に頷く琴奈を見て、がくりと鋼作が肩を落とす。翔は苦笑いだ。
彼女はこのような突拍子もない噂を聞き付けては、その調査に乗り出すのだ。しかも幼馴染たちを巻き込んで。
「お前なぁ~……その怪談の方だってロクに何も見つかんなかったじゃねーか。同じような噂をなんでまた調査しようとしてんだ?」
「そこに怪獣がいるからよ!」
「何言ってんだお前」
何故怪獣という事になっているのだろう、と翔は思いつつ、缶コーヒーを口にする。
そして休憩を終えた後、三人はまたゲームセンターにやって来た。ただし今回は単に遊ぶだけというワケではなく、件の噂について調査するのも目的のひとつだ。
実際画面にそんな奇妙な形のノイズが走ったりするのか? 琴奈曰くSNSを見ていたらゲームセンターでも目撃例があったという事で、まずはこの場所から調べようというのだ。もちろん、聞き込みも忘れない。
「さあ、調査開始よ!」
鼻息を荒くして意気揚々と先陣を切る琴奈。「こりゃ長引くぞ」と鋼作、翔は何も言わないが、鋼作同様に苦戦を予感していた。
「さて、本当に見つかるかね……」
「見つけるのよ! 絶対!」
「分かったっての」
ゲームセンターの筐体には大小様々なサイズのディスプレイがある。
歩きながら、翔はぼんやりと画面を眺める。格闘ゲームでの対戦の様子やパズルゲームの連鎖が続いていく様など、今のところどれも正常に動作しており、変わった様子はない。ましてやノイズなどなく、最新の技術によって高画質の美麗な映像が流れているだけだ。
「……ん?」
ふと、翔は並んでいる筐体の中から、画面が真っ暗になっているものを発見した。有名な格闘ゲームで座席は一番隅、柱の傍で目立たない位置にある。ざっと見渡しても、このような状態で放置されているのはこの筐体だけだ。
電源が切れているのかそれとも故障しているのか、店員が掃除や点検を怠っているのだろうか。そう考えた翔であったが、直後にもっと奇妙な事に気付く。
真っ暗な画面の向こう側に、薄っすらと広い風景が見えるのだ。
もちろん、反射して見えるゲームセンターの内装とは全く別のものだ。現に、反射していれば映るはずの翔の顔はそこにはない。
「これは?」
「どうした翔」
「何か見つかったの?」
その様子に気付いた鋼作と琴奈も、翔に近付いていく。それを知ってか知らずか、翔はゆっくり手を伸ばす。
あと数cm、指が画面に触れようとした――その時。
「えっ……?」
突然画面全体にノイズが走り、まるで石を放り込まれた水面のように波打ち始めた。
それだけではない。先程まで真っ暗だった画面から徐々に光が溢れ、逆に店内は暗くなる。それも、照明や他の筐体のディスプレイは正常に稼働しているにも関わらず。
「な、なんなんだこれ!?」
もはや常識の範疇を超えた事態に三人は目を剥くが、より衝撃的な現象が起きた。
暗くなりつつあった周囲の風景が、その空間そのものがグニャリと歪み、波紋のように広がったのだ。
しかも歪みを認識できているのは翔ら三人のみであるらしく、誰一人として変化に気づいていない。そればかりか、三人の姿が見えているのかどうかすら定かではなかった。
歪みは徐々に大きくなり、画面から溢れる光が激しくなると共に――。
『うわぁぁぁっ!?』
誰も気づかぬ内に、三人全員の姿が店内から消失した。
「はっ!?」
ぱちり、と翔が目を開く。先程まで照明やゲーム画面の光で明るかった店内が、いつの間にか真っ暗になっていた。
いつの間に眠ってしまったのだろう。翔は頭を抱えつつ、先程まで自分が何をしていたのかを思い出そうとする。
そして自分の身に起きた出来事を理解して、バッと顔を上げた。
ここは店の中ではない。しかし、霧や薄靄のようにノイズがかかっているものの、ほんの少し前に見た覚えのある風景だった。
「筐体から見えた景色と同じ……?」
薄く水色に光る地面はグリッド線のようなものが引かれており、アスファルトやコンクリートとは違う、しかし硬い質感の不可思議な物質でできている。
天井にもグリッド線があり、どうやら屋内であるらしい事は判断できるものの、明らかに異質でサイバネティックな場所だった。
白昼夢でも見ているのだろうか。あるいは、知らない内にまたVRゲームをプレイしていたのだろうか。
そう思って翔は手で頬や頭に触れてみる。
僅かに汗ばんだ肌の感触が掌に伝わり、目の前の光景が現実である事を指し示した。
「なんだよこれ、一体ここはどこなんだ!?」
「何が起こったの!?」
見れば、傍らには鋼作や琴奈の姿もある。ふたりとも翔と同様に目を覚まし、そして同じように驚いていた。
「分かりません、気が付いたら既にこの場所に……というか僕らしかいないんでしょうか」
ざわつく心を必死に落ち着かせながら、翔は言う。
どうしてこんな事になったのかはまるで分からないが、だからこそ冷静に状況を分析する必要がある。
そして、とりあえず今できる最善の方策を口に出した。
「どうやってゲームセンターからこんな場所に辿り着いたのかは分かりませんが、僕らがどこからか入って来てしまったのは間違いないと思います。なので、出口を探してみましょう」
「探すって……何かアテでもあるのか?」
「入口があるなら出口もあるはずです。それに、じっとしてたってどうしようもないでしょう?」
その言葉は正論ではあったが、鋼作たちはあまりにも現実離れしている出来事を前に、すっかり怖気づいてしまっていた。
すると翔は立ち上がって、微笑みを作りながら鋼作と琴奈に手を差し伸べる。
「頼りないかも知れないけど……何かあっても僕が頑張りますから。だから、行きましょう」
二人は顔を見合わせて頷き、差し出された手を取って同じく立ち上がる。
本当に出口が見つかるという保証も確信もない。しかし手がかりが何もない以上、行動せずにはいられなかった。
ノイズのせいで見通しは悪いため、三人は十分に注意を払って歩いて進む。自分たち以外に生物が存在しないのではないかと思える程、周囲は静寂に包まれている。
しばらく歩いた後で、鋼作が短く悲鳴を上げた。
「どうしたんです!?」
「み、見ろよこれ」
鋼作が指差したのは、柱らしき物。やはり薄く光っており、ラインが引かれている。
しかし、鋼作が指し示したのは柱そのものではない。その柱に刻まれた、無数の大きなキズだ。
まるで爪か何かで切り裂いたかのような痕跡。人間の仕業か、それとも猛獣でもいるのか。どちらにせよ、三人には悪い想像しかできなかった。
「少し急いだ方が良いかも知れませんね」
「ええ、これをやった犯人がいつ戻って来るやら……」
そうして、翔を先頭に再び三人は歩き始める。先程よりも多少早足だ。
しばらく歩いていると、大きな広間に到着した。
どうやらここはどこかの施設のエントランスであるらしく、受付窓口のようなスペースやエレベータらしいものが見える。
そして、窓口の正面には自動ドアのようなものがあった。ガラスを通して、やはりノイズが視界を妨げているものの、外に繋がっているのが見て取れた。
「やったわ翔くん! これでこんな場所とはおさらばよ!」
「待てよ、まだ安心できないぞ。本当に知ってる場所に出られるかどうか分かってないんだ」
鋼作は眼鏡を掛け直して琴奈を諌めつつも、僅かに唇を吊り上げて引き続き足を進める。
この異常な空間から脱せられるのなら、どこに繋がっていようと構わない。三人の心の中には、どこかそんな思いがあった。
それから何事もなく出口であろう自動ドアに辿り着き、果たして三人は施設の外に出る事はできた。
だが、しかし。それで三人が元の場所に戻れたのかと言えば、それは全く違った。
「なんだ……これ……」
施設の外で空を見上げ、翔が呟いた。同じく天を仰いだ琴奈は、目を見張って膝を折り、唇を戦慄かせる。
空は、自分たちの知る色をしていなかった。
まるでパレットに適当に絵の具を散りばめてぐちゃぐちゃと掻き混ぜたたかのようなドロドロとした色彩が拡がっており、太陽はどこにもなく、グリッド線のようなものが敷かれている。
相変わらずノイズが視界を妨げている他、虚空には時折0や1といった数字や意味不明な文字が浮いて漂い、そして消えては再び浮いている。
「どこだよ、ここ。ハ、ハハ……やっぱ夢だよな? なぁ翔?」
「あたしたち、どうなっちゃうの……?」
震える声で二人が言った。翔には、何も言えなかった。
結局、外へ出たところで状況は変わらなかった。ただひとつ分かったのは、この場所は明らかに自分たちの住んでいた世界とは異なる空間であるという事だけだ。
突きつけられた現実に打ち拉がれ、翔は頭を抱える。しかし、そんな時だった。
遠くから、動く人影のようなものを見つけた。やはりノイズのせいで実像ははっきりとしないが、人の形をしているように思えた。
「誰か来る……!」
翔が思わず言うと、鋼作と琴奈はすぐさま顔を上げる。そして、三人はじっと目を凝らした。
「ありゃ誰だ?」
「分かんないわよ、分かんないけど……良かった、あたしたち以外にも人がいたんだ」
二人はほっと息をつく。もしかしたら助かるかも知れないという安心感が、その顔には浮かんでいた。
だが、翔は違った。額から汗を垂らし、息を荒げていた。
ノイズ越しでもほんの少し見えて、理解してしまったのだ。そこにいるモノを。
「鋼作さん、琴奈さん。今すぐ中に戻りましょう」
「オイオイ何言ってんだ翔、あそこに人が」
「良いから急いで下さい! アレは……アレは人間じゃない!!」
叫んだ時、そこにいる何かの姿は既に認識可能な距離まで近付いていた。そして、鋼作と琴奈も見てしまった。
それは確かに二本脚で立ち、二本の腕を持つ人と似たシルエットをしていた。だが、その顔も胴体も何もかも、普通の人間とは明らかに違っている。
全体的に筋肉質で体は赤茶色に光り、頭部からは巨大な二本のハサミのようなものが前へと水平に伸びており、大きな黒い眼がぎょろりと三人を見下ろしている。口らしき部位には鋭く尖った昆虫の口のようなものがあり、ギチギチと音を立てていた。
まるでクワガタのようなソレは、三人の姿を捉えると、歩く足を速め始めた。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
鋼作は悲鳴を上げた。目の前に現れ向かって来る異形に、命の危機を感じ取ったのだ。琴奈の方は絶句し、恐ろしい怪物の眼光に射竦められている。
そんな中、翔は動けない二人を思い切り自動ドアの方へと突き飛ばした。
「翔っ!?」
「隠れて下さい! こいつは僕が!」
握り拳を作り、翔は勢いに任せて思い切り拳を怪物へと振り被った。
だが、確かに腹に直撃したはずなのに、怪物の体はピクリとも動かない。何事も起きなかったかのように、反応を示さなかった。
「だったら!」
今度は回し蹴りを顔面に食らわせた。そして間髪入れずに頭突き、続いて顎へと拳を振り抜く。
しかしそれら全ての攻撃で、一切の手応えが感じられなかった。
体表が硬くて攻撃が通じないのではなく、空を切ったかのように腕や脚へと感触が伝わって来なかったのだ。
「これは一体!?」
「ギ……」
「ぐっ!」
クワガタの怪物が翔の首を掴んで軽々と持ち上げる。
最初は腕を引き剥がそうとしていた翔も、凄まじい力で首を絞められて体に力が入らなくなり、抵抗できなくなっていた。
二人は無事に逃げられるだろうか。自分はこのまま死んでしまうのだろう。死ぬのは、思ったより怖いな。
そこまで翔が考えた、その時だった。
「グェッ!?」
銃声が響くと同時に、クワガタの怪物が翔の体を離れて吹き飛ばされた。
「げほっ、ごほっ」
「……驚いた。どうしてお前がここにいるんだ? まさか先輩たちもいるのか?」
その聞き慣れた声は、発砲音の聞こえた方角と同じ位置から聞こえた。
振り返ってみると、そこには響がいた。灰色の銃のようなものを右手に、左手にはアタッシュケースを携えている。
「兄さん!? なんでここに!?」
「済まないが説明している暇はなさそうだ。下がっていてくれ、『デジブレイン』は俺が対処する」
言いながら、響は再度発砲する。怪物に向かって、何度も。何度も。
銃撃を受けて怪物は仰け反るものの、大したダメージはないようだった。それを確認するや、響は銃を放ってアタッシュケースを開く。
「スタッグビートル・デジブレインか、やはりマテリアガンでは足止め程度にしかならないな。なら……」
中に入っているものは、N-フォンによく似た形状をしたスマートフォンが一台とプレート状の
それと、装飾のついた銀色の機械だった。中央でマゼンタカラーのラインとシアンカラーのラインが交叉しているデザインだ。
その機械にはプレートを右から横向きに差し込むであろうスロットが備わっている。しかし、翔にはそれが何を意味するのか解りかねていた。
響はスマートフォンのようなものとプレートをひとつだけ右手に取り、左手には銀の機械を持った。
「それは……?」
「これは戦うための力……『アプリドライバー』と『マテリアフォン』、そして『マテリアプレート』だ」
言って、響はまずそのアプリドライバーと呼称した機械を自分の腹部に押し当てようとした。
――しかし、その瞬間。
「かっ……!?」
「え?」
響の左肩が丸くくり抜かれ、赤く爆ぜた。当然、響はアプリドライバーを取り落とした。
肩を濡らすはずの血は、何故か空中に流れ、途中から地面へと滴り落ちている。
透明な何かが貫いたのだという事に気付くのに、さして時間はかからなかった。
「不覚、だな……もう一体デジブレインがいたとは」
自嘲するような微笑みを浮かべながら、響は振り向く。そこには、透き通った体を本来の深緑色に戻した、カメレオンの特徴を持つ同じような人型の怪物がいた。この怪物が舌を伸ばして、響の体を貫いたのだ。
響は蹲って拾おうとするも、そのドライバー自体をスタッグビートル・デジブレインに蹴り飛ばされて負傷した肩にぶつけられ、失敗。マテリアフォンも落としてしまう。
そうして、プレート以外の一式が翔の足元に転がった。
「え……?」
何が起きたのか分からないまま、双眸を見開き、翔はそれらを呆然と見つめる。
その様子を見るなり、怪物たちは一斉に翔に注目した。
「翔、それを持って逃げろ!」
「にげ、る……?」
――大怪我までしてる兄さんを置いて、自分だけが?
そう考えた時、翔は自分の心臓が跳ね上がるのを感じた。
本当にそれでいいのか? 怪物が恐ろしいから、我が身可愛さに見捨ててしまうのか?
心の中で、何度も問いかける。背を向けてしまうのが正しいのか、否か。
「急ぐんだ、すぐに安全な場所に避難しろ!」
問うまでもなく、既に翔の中で答えは出ていた。
響の言葉に耳を貸さず、翔はマテリアガンと呼ばれた銃を拾い、スタッグビートル・デジブレインを睨みつけて立ち塞がる。
そして、スタッグビートルの眼に向かって発砲。響がやったのと同じように仰け反るが、眼球への負傷は流石に効果が大きかったらしい。僅かに悲鳴を上げて怯んでいた。
続いて翔はカメレオンの方を振り向き、同じように目玉へ発砲する。
「何をしてる、よせ! 翔、お前は生き残る事だけを考えろ!」
「たったひとりしかいない兄弟を見殺しにして?」
怪物たちが怯んでいる隙に、翔は足元にあるドライバーを拾った。
「そんな事できるわけないだろ!!」
言いながら翔はマテリアガンを地面に落とし、響を庇うように彼の前へ出る。
「このまま何もせず、何もできずに背を向けて生きて行くのは……それだけは、死んでもお断りだ!!」
無我夢中になって叫びながら、翔は激情のまま――ほとんど無意識で、先程響がやろうとしたように、アプリドライバーを自分の腹部に押し当てた。
するとドライバーの両端から銀色の帯のようなものが飛び出し、翔の体に巻き付いた。
この機械は、ベルトのバックルだったのだ。
《
「承認成功だと……!?」
瞬間、ただならぬ雰囲気に二体の怪物が危険を察知したのか、じりじりと翔へ向かって行く。
だが翔の瞳にもう恐れはない。激しい感情の爆発が恐怖を掻き消し、立ち向かう心を呼び起こしたのだ。
そして、このデジブレインと呼ばれた怪物と立ち向かうための手順やアイテムの用途をも全く理解していなかったが、ベルトを付けた瞬間から意識せずとも必要なシークエンスに入っていた。
翔はアタッシュケースの中から、もうひとつのマテリアプレートを取り出して、スイッチを起動する。
《ブルースカイ・アドベンチャー!》
プレートから小気味の良い電子音声が鳴り、次に翔はそのベルトのバックルへとプレートを差し込んだ。
《ユー・ガット・メイル! ユー・ガット・メイル!》
「これが僕の意志だ! 僕が……戦う!!」
アプリドライバーから流れる音声を聞き流しながら、翔は言う。
翔は、自分の中にある何かが叫んでいるのを、その何かが抗うための力を与えてくれているのを感じていた。
そうして、導かれるように――既に拾っていたマテリアフォンをドライバーへとかざし、叫んでいた。
「変身!!」
《
すると光の膜と電子音と共に、まるで守護霊のように軽装の戦士の姿をしたビジョンが現れ、二体のデジブレインたちを吹き飛ばす。
光は徐々に青く染まり、翔の全身を覆う。さらに映像の戦士の方はその場で散ったかと思うと、鎧のようになってさらにその上から翔と合着した。
《ブルースカイ・アプリ! 蒼穹の冒険者、インストール!》
光が消え去り、翔の体に大きな変化が起こる。
青空のような澄み切った色のスーツ、頭まで覆う赤い瞳の仮面。
スーツの上から覆うように装着された白色の装甲が全身の各所をプロテクトし、両肩の背部からは膝裏まで伸びた銀色のマフラーが二枚たなびいている。
「お前、本当に変身したのか……『仮面ライダー』に!」
「これが、仮面ライダー……僕が?」
そこで初めて我に返ったかのように、翔が自分の手足や身体を見る。
どうやら自分で変身していながら、パワードスーツを纏った自分自身の姿に面食らっているようだった。
「ギ、ギギッ!」
「うわっ! この……!」
翔の姿を目にしたデジブレインたちが警戒の呻き声を発し、スタッグビートルの方が豪腕を振り上げて真っ直ぐに突撃した。
だが翔はその攻撃を意外な程すんなりとかわし、手で払っていなす。スタッグビートルはそのスピードについて行けていないようだった。
「危ないだろ!」
その言葉と同時に翔が反撃に転じ、スタッグビートルの腹に向かって半ば反射的に拳を突き出す。
拳を繰り出す速度と腕力は変身前の比ではなく、命中した直後にスタッグビートルは思い切り後方へ吹き飛ばされ、地面を転がった。
「ギィィ!?」
自分で殴っておきながら、翔は両手を不思議そうに見つめる。
「効いてる、のか?」
「油断するな! 後ろだ!」
響の言葉を聞き、今度は後ろから襲いかかろうとしているカメレオンに振り向く事なく裏拳を喰らわせた。
「ゲヒィ!」
「さっきはよくも兄さんを……」
怯んだカメレオンは、距離を取ってたちまち姿を消す。
しまった、と口に出す頃にはもう遅い。カメレオンは透明になったまま鋭利な舌を伸ばし、翔への攻撃を開始した。
「うわっ!!」
装甲のおかげか身体を貫く事はなくダメージは少ないが、このままでは反撃できない。
一体どうすればいいのだろう、攻撃を受け続けるしかないのだろうか。
翔は、ほんの少し弱気になっていた。そこへ、響が声をかける。
「慌てるな、翔。そのベルトとプレートに宿った力が、できる限りお前を導いてくれる」
「え?」
「今のお前に必要な事を思い浮かべてみれば良い」
相手の位置さえ分かれば、すぐに覆せるのに――翔の頭にそんな考えが浮かんだ、その時。
バックルに装填されているマテリアプレートが光り、突如として激しい風が巻き起こる。風は翔の周囲を薙ぎ、隠れ潜んでいたカメレオンをも襲う。
あまりにも強い風にカメレオンは怯み、堪らず姿を現してしまった。
「ゲッ!?」
「見えたぞ、そこだ!」
翔はすぐさまカメレオンに飛びつき、下顎に拳を叩き込む。
そして膝をつこうとしたところで腹を蹴り、スタッグビートルの方に吹き飛ばしてぶつける。
「ゲゲ、ゲヒィー!」
「ギ、ギギ……!」
攻撃を受けたカメレオン・デジブレインは悲痛な声で鳴き、敵わないと見たのか透明化して遁走。
しかし、スタッグビートル・デジブレインは逃げない。むしろ翔に対して怒りを露わにし、両腕を広げて戦闘態勢に入る。
「ギギィッ!」
スタッグビートルが頭部についた大アゴを広げ、赤く発光させる。
すると大アゴから光の刃が飛び出し、ひとつが翔の体に命中、もうひとつは地面を裂いた。
「うわっ!?」
爪か何かでつけたかのような、巨大なキズ。翔たちが建物の中で見たのと同じものだった。
「なんて切れ味だ……!」
「ギギギーッ!」
今度は翅を広げて飛翔し、大アゴを光らせながら猛スピードで突進して来る。翔はステップして回避を試みるが、避けきれずに左腕を掠める。
さらに掠めただけでは満足しなかったのか、背後に回った後スタッグビートルは再び飛翔と突撃を繰り返そうとしていた。
こちらにも何か強力な武器があれば。翔はそう思った。
そして、装着者の願いは
「これは……!」
翔は白銀の刀身を持つ両刃の剣を水平に構え、真っ直ぐに突進するスタッグビートルを迎え撃った。
その剣はスタッグビートルの額に見事命中、顔に大きな傷を付ける。
さらに、翔はその隙を突いて横一文字にスタッグビートルを薙ぎ払う。仰け反ればさらに距離を詰め、今度は袈裟に斬りかかった。
「ギ、ギッ!!」
「今がチャンスだ翔、一気に終わらせろ! ドライバーのマテリアプレートを押し込んでマテリアフォンをかざせ!」
「……こうか!」
《フィニッシュコード!》
翔が助言通りに押し込むと、ドライバーから音声が鳴る。
そしてさらに、マテリアフォンを右腰のホルダーから抜いてかざした。すると再び、アプリドライバーから音声が発せられる。
《Alright! ブルースカイ・マテリアルバースト!》
翔の右足に、青い光のエネルギーが集中する。直後に翔は跳躍、真っ直ぐにスタッグビートルへと強力なキックを繰り出した。
「そぉりゃああああっ!!」
「ギッ……ギィィィッ!?」
強烈な光のキックを受けて、スタッグビートル・デジブレインの全身が罅割れ、爆発四散。そのまま塵のようになって消滅してしまった。
爆発の後に残ったのは、仮面の戦士のみだった。
「はぁ、はぁ……お、終わった?」
「あぁ……見事だ、翔」
微笑みながら、響は戦いを終えた弟に労いの言葉をかけつつ近付いていく。
翔も安堵の笑みを仮面の中で浮かべ、照れたように頬を掻いた。
「翔、無事か!」
「翔くん、今の何!? それが仮面ライダーなの!?」
見れば、建物に避難していた鋼作と琴奈も歩いて来ている。中から様子を窺って、安全を確認できたので戻って来たのだ。
「はい、僕は大丈夫……」
翔がドライバーを外そうとした、その時だ。
突如、大きな発砲音がその場に響き渡り、翔はこめかみに衝撃を受けて地面に倒れる。
当然の出来事に鋼作と琴奈は驚く一方、響は頭を抱える。何が起きたのか見当がついているかのように。
「どこのどいつか知らねェが」
その銃声と人の声は、施設の方から聞こえてきた。複数人の人影が、仮面越しに見える。
「勝手にドライバーを使いやがって、ふざけんじゃねェぞコラ」
粗野な喋り方をしているのは、先頭に立つ人物のようだった。翔は薄れゆく意識の中で、その姿を捉えた。
その正体は、赤いスーツを纏う緑色の瞳の仮面の戦士。自分と同じ仮面ライダーだったのだ。
「アプリドライバーは回収させて貰う」
その言葉を最後に変身が解け、翔は意識を完全に手放した。