仮面ライダーアズール   作:正気山脈

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EP.12[曇天]

 ホメオスタシスのメンバーと電特課の安藤 宗仁が集まり、報告を行った翌日。

 集合地であった病院の中で、天坂 響は身支度を整えていた。生憎の曇り空だが、響の気分は晴れ晴れとしている。

 本日、ようやく彼は退院する運びとなったのだ。これでまたホメオスタシスとしての活動を再開できる。

 それはつまり、翔と一緒に生活しつつ、肩を並べて戦うという事でもある。

 

「……そんな日が来るとは、思いも寄らなかったな」

 

 唇を釣り上げながら、響が呟く。

 昨日彼らが去った後に、病室には何人もの若いナースが、別れを惜しんで響へ挨拶にやって来た。同じ患者も、ファンの子供が来たのでサインを書いた事もある。

 入院している間も、何度もクラスメートやゲーマーの友人・ライバルたちが響の元に来て、快復を願う言葉や激励の他にも宣戦布告を叩きつけて来たりもした。

 長いようで短かったその入院生活も、これで終わりだ。

 

「さぁ、行くか」

 

 アタッシュケース、そして着替えなど鞄に荷物を詰め込み、響は病室から出る準備を整える。

 だが、いざ出ようとしたその時だった。

 突然病室の扉から、ノックの音が聞こえたのだ。

 

「なんだ……翔のヤツ、もう迎えに来たのか?」

 

 迎えに行く時は連絡する、と昨日の晩に翔からメールがあったのだが、まだその旨の着信は届いていない。

 不思議に思いながらも、響はその扉の先にいる来客に「どうぞ」と声をかけ、入室を許可した。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「……おかしいなぁ」

 

 同じ頃、兄を迎えに行く準備を終えた翔は、自宅から自分のN-フォンで響に電話をかけていた。

 しかし先程から既に五回ほど掛け直しているのだが、一向に通話に応じる気配がない。

 ソファーに座っているアシュリィも、小首を傾げている。響は一体何をしているのだろうか。

 そうして六回目のトライを始める直前、翔のマテリアフォンに別の人物から着信が入る。

 陽子からだ。まさかデジブレインが現れたのだろうか、と思いながら翔は応答した。

 

「もしもし」

『翔くん、大変よ……!』

「何があったんですか!? まさか、デジブレインが!?」

『違うの! 今病院から連絡があって分かったんだけど、響くんが……』

 

 ドクン、と心臓が警鐘を鳴らす。しかしその気持ちを押し隠しながら、翔は話の続きを促した。

 

「兄さんがどうしたんですか?」

『響くんがいなくなったの! まだ手続きも何も済ませてないのに、荷物も全部なくなってるみたいなのよ!』

 

 兄が失踪した。

 その事実を耳にした翔の顔が青褪め、心臓の鼓動が激しくなり、息苦しさが増していく。

 一体何故? どうしてそんな事が起きなければならない?

 困惑と恐怖で脳内を掻き乱される中、さらにマテリアフォンから別の用件が告げられる。

 

『デジブレインが出た!? しかも二箇所って……ごめん翔くん、こんな時で悪いんだけど今すぐ現場に向かって!』

「分かり、ました……」

 

 心臓と頭を絞め付けられるような感覚のまま、翔は辛うじて返事をする。

 陽子から指定された場所は、帝久乃市立図書館、その屋上庭園だ。自宅からも、そして病院からも然程遠くはない。

 通話を切った後、翔はアシュリィの方を振り返った。

 

「ごめん、お留守番しててくれる?」

「……どうして?」

「一人で行きたい気分なんだ。それに……君までいなくなって欲しくない」

 

 震える声で翔が言うと、返事を聞く事なく玄関まで足早に出て行き、扉を開いてパルスマテリアラーを呼び出した。

 そうして青いバイクに跨り、エンジンをかけようとした、その時。

 彼の背に、何者かがしがみつく。

 振り向くまでもなく分かる。アシュリィだ。

 

「お留守番してって言ったでしょ?」

「やだ」

「どうして」

「……やだ」

 

 理由は分からないが、どうやらアシュリィは漠然と不安を感じているようだ。

 響がいなくなったという話は彼女にも聞こえていたので、無理もない話だ。きっと一人で心細いのだろうと思った翔は、穏やかに微笑んで「分かったよ」とだけ言って、エンジンをかける。

 

 

 

 そうして、二人は帝久乃市立図書館へと到着した。

 入口付近は逃げ出す人々で溢れているが、そんな事は一切気にせず、迷わず翔とアシュリィは内部を目指す。

 しかし図書館のエレベーターは全て故障しているらしく、動かないようだった。何が原因かは不明だが、ともかく翔とアシュリィは階段を駆け上がって屋上に向かう。

 到着した緑の生い茂る屋上庭園は、本来であれば老若男女問わず訪れて和やかに読書などを楽しむ場であるのだが、今この場にそんな人々はいない。

 庭園にて待ち構えていたのは、軍服の巨人。即ちストライプだ。翔が現れると、いつものように嘲笑を浴びせて来ずに、どこか怯えの混ざった眼で睨みつけて来る。

 

「き、来たな! アズール!」

「……君は栄 進駒くん、だろ?」

 

 彼の本名を口にすると、ストライプはビクリと身を震わせ、より怯えの強くなった眼を翔に向ける。

 

「その名でボクを呼ぶな! ボクは天才軍略家、ストライプだ!」

「それは本名じゃないだろう? 悪いけど君の事は調べさせて貰ってる、どうして人をデジブレインに変えたりなんか……」

「うるさいうるさいっ! お前には関係ないだろ!? ボクは願いを叶えなきゃいけないんだ……ボクにはもう後がないんだ、これ以上失敗できないんだ! 邪魔をするなぁ!」

 

 翔の言葉を遮って、ストライプは叫ぶ。そして手を前に掲げて「行けぇ!」と命令を下した。

 瞬間、茂みの中からベーシック・デジブレインが湧いて出て来る。さらにストライプの背を飛び越え、いつからか姿を見なくなっていた軍鶏のデジブレインも。

 相手の正体が子供と分かった以上、できる事なら戦いたくはなかった。しかし、今の彼の様子では説得は無理だろう。

 

《ブルースカイ・アドベンチャー!》

「ひとまず戦うしかないか……!」

《ユー・ガット・メイル!》

 

 アシュリィを下がらせてアプリドライバーを装着、アプリを起動して装填。マテリアフォンをかざして前に向かって走った。

 

「変身!」

Alright(オーライ)! マテリアライド! ブルースカイ・アプリ! 蒼穹の冒険者、インストール!》

「そぉりゃあっ!」

《アズールセイバー!》

 

 手中に収まった剣を振るい、アズールはベーシック・デジブレインを次々に薙ぎ倒す。

 だが、徐々にストライプと軍鶏のデジブレインに近付いていったその時。突如、アズールの前にベーシックタイプとは異なるデジブレインが立ちはだかった。

 そのデジブレインを見て、アシュリィはあまりのおぞましさに絶叫して恐慌状態となり、アズールも仮面の中で顔をしかめる。

 黒光りする甲殻と、薄く透き通っているがぬめぬめと眩く気味の悪い翅、そして額から左右に分かれて生える長い二本の触覚。ほっそりとして引き締まった筋肉であるが故に素早い印象を受ける、その立ち姿。

 この怪人を見ればその瞬間、誰もが恐怖と嫌悪を感じると同時に、その生物を想起するだろう。

 そう、ゴキブリを。

 

「コックローチ・デジブレイン、って事かな」

「オホホッ!!」

 

 アズールは剣を構え直し、笑い声を上げるコックローチ・デジブレインと対峙する。

 そしてコックローチ・デジブレインを観察していると、ある事実に気が付いた。

 このデジブレインの腹には、例のガンブライザーが巻き付いているのだ。

 

「くそっ、また誰かを犠牲にしたのか!」

「……それの何が悪いんだよ」

 

 吐き捨てるように、ストライプが言い放つ。

 

「こいつらは全員身勝手な欲望の持ち主だ。そういうヤツはいずれこの世界を穢すし、誰かに迷惑をかける。だからボクらが利用してやってるんじゃないか」

「……なんだって?」

「分からないのかい? 身に余る欲望はいずれ自分自身だけじゃなく、他人まで破滅させるんだよ。惨めで小さな器にゴミを山ほど詰め込んじゃってさ。ボクはそれを導いて、願いを叶えてやってるんだよ」

 

 自分の正しさを主張するかのようにストライプは両腕を広げ、さらに述懐する。

 そしてその間に、コックローチ・デジブレインはアズールの周囲を、目にも留まらぬ速度で疾走する。

 

「元々どいつもこいつも、死んだって誰も悲しまないような連中だよ。ボクらの肥やしになるのはそういう連中ばかりさ、彼らは願いを叶えてボクらは得をする。ゴミ掃除にもなってWin-Winじゃないか、どこが悪いんだい?」

「……」

「そのコックローチ・デジブレインだって、凋落したセレブのオバサンの成れの果てなんだよ。夫と子供に逃げられて、使用人を雇う金もなくなって、自分じゃ何もできないくせに見栄ばかり張って、そのくせ生きる事に執着する……我ながら誂え向きのデジブレインを選んだもんだよね」

 

 コックローチが拳打と蹴りをアズールに食らわせて素早く離れるヒット・アンド・アウェイ戦法で痛めつけているのを眺め、ストライプは嘲笑う。

 一方、アズールは黙ったまま身を守るばかりだ。

 それを見てストライプは速さに対応できていないのだと判断し、さらに言葉を紡ぐ。

 

「こんな虚栄心ばかりが肥大化したゴミを犠牲にして何が悪いって言うのさ。どうせ元に戻したって、行き場がない役立たずの命なのに」

「たとえ欲望でおかしくなったとしても、犠牲になっていい人間なんてどこにもいない。ゴミと呼んでいい人なんて、いない」

「……それは綺麗事だよ!! 世の中には、捨てるべき命が多すぎる!! だからぁ!! ボクが現実を正してやるんだ!!」

 

 ストライプが咆哮し、コックローチがアズールの真上に飛翔する。

 そしてそのまま、踵をアズールの頭部に叩きつけんとした。

 だがアズールは直撃の寸前に左腕で振り下ろされた脚を受け止め、アズールセイバーをコックローチのいる真上に突き付けた。

 

「ギャァッ!?」

 

 喉に剣先が打ち込まれ、コックローチが堪らず悲鳴を上げる。

 さらにコックローチが地面に背中を打ち付けて藻掻いている間に、アズールは別のアプリをドライバーにセットしていた。

 

《ユー・ガット・メイル!》

「リンクチェンジ!」

Alright(オーライ)! マテリアライド! シノビ・アプリ! クロガネ・ザ・ライトニング、インストール!》

「失っていい命なんてこの世のどこにもないんだ!!」

《シノビソード!》

 

 右手にアズールセイバー、左手にシノビソードを持ち、アズールはコックローチへと迫る。

 コックローチは素早さと翅を活かして、飛翔し一度距離を取ろうとするが、シノビリンカーはスピード特化の形態。すぐに追いつかれ、背中の翅を斬り裂かれた。

 飛翔を潰されたコックローチには、最早頼れるものは脚しかない。アズールに対し、真っ向から拳を突き出す。

 

《フリック・ニンポー! カワリミ・エフェクト!》

「ウゲッ!?」

 

 しかしそれすら無意味。自分の方へ向かって来ていたはずのアズールは、丸太と入れ替わっていた。

 

《フリック・ニンポー! ブンシン・エフェクト!》

 

 その上、物陰から出て来たアズールは合計八人に増え、四方八方から襲いかかって来る。こうなれば逃げ場がなく、いくら脚が早かろうと無意味だ。

 全身に十六の刃による無数の斬撃を受け、全身を斬り裂かれて触覚も斬り落とされ、コックローチ・デジブレインは膝をついた。

 そしてアズールは苦しむ彼女へ、分身を消してトドメの一撃を繰り出した。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! シノビ・マテリアルバースト!》

「そぉりゃあああっ!」

 

 上空から降りかかる凄まじい飛び蹴りが、コックローチ・デジブレインの胴を射抜く。

 これによってコックローチは吹き飛ばされ、ガンブライザーを落として元の小太りの中年女性の姿に戻るのであった。

 恐怖で顔を引き攣らせ、ストライプはガンブライザーを回収しつつも、ほぼ無傷のアズールを前に狼狽える。

 

「く、くそぉっ……ボクは負けられないのに!」

「……」

 

 一歩、アズールが前に踏み込む。ストライプは短く悲鳴を発し、シャモ型デジブレインを前に立たせた。

 

「ボクは、ボクの理想を成し遂げるんだ! お前に負けるワケには行かないんだ!」

「悪いけどそれは僕も同じだ。もう自分で戦う気がないなら投降して欲しい、できれば君とは戦いたくない」

 

 アズールがそう言うと、ストライプは沈黙の後、突然吹き出した。

 ただしそれは、今までの笑いとは違う。どこか自嘲気味な、諦めも入り混じった吐息だ。

 そして、ストライプは静かに左手を上げる。

 

「残念だけど、こっちはもう本当に後がないんだ。だから形振り構わず行かせて貰う事にするよ」

「……え?」

 

 仮面の中で、翔は瞠目した。

 先程まで他のデジブレインはこの軍鶏以外にはいなかった。だが、突然この庭園の中で反応が増えたのだ。

 それも、三体。軍鶏を合わせれば四体のデジブレインが、この場に集っている事になる。

 

「そいつらはCytuberの中の一人、ハーロットが【改訂】を施した特別なデジブレインのサンプルだ。ボクはその実験に付き合っていたんだよ」

 

 物陰の中からその三体が姿を現し、アズールの前に立つ。

 一体は、尖った耳と全身に広がる斑点が特徴的な、鋭い爪を生やしたサーバルキャットだ。

 もう一体はトゲのついた首輪を着けている、ずらりと尖った牙が並んでいるブルドッグ。

 長い耳と馬のような顔つき、しかし小柄な体格なのはロバだろう。これが最後の一体だ。

 

「軍鶏以外にこんなのがいたのか!?」

「できる限り彼らに頼りたくはなかったんだけどね。ハッキリ言うけど、彼らは強いよ……尻尾を巻いて逃げるなら今の内だ」

 

 ストライプの降伏勧告。それを受けても、アズールは退かない。再び、一歩前に踏み込んだ。

 

「逃げないよ。負けるつもりもない」

「……そう。じゃあ、せいぜい無駄な努力でもしなよ」

 

 苛立ち混じりにストライプが言い、自身の持つアプリを起動して装填した。

 

《アイ・ハヴ・コントロール!》

背深(ハイシン)!」

Roger(ラジャー)! マテリアライド! チェックメイト・アプリ! モノトーンウォーズ、トランスミッション!》

「援護しろ、ポーン!」

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

 

 四体のデジブレインに加え、八体のチェスポーン・デジブレインの増援。

 流石に分が悪いが、アズールは全く諦める様子がない。シノビソードのシュリケンフリッカーを操作し、再び分身を呼び出した。

 

《フリック・ニンポー! ブンシン・エフェクト!》

 

 今回の分身は九体、本体を合わせれば十人になる。これなら、少なくとも数の上での不利はなくなる。

 まず真っ先に狙うのは、手の内が分かっている軍鶏だ。七体の分身たちで他のデジブレインを足止めし、残り二体とアズール自身が軍鶏へと飛びかかる。

 だが、二つの刀剣の切っ先が、軍鶏に命中する事はなかった。

 軍鶏は腕で容易く剣撃を受け止めると、本体のアズールを狙って前蹴りを繰り出して来たのだ。

 

「なっ!?」

《フリック・ニンポー! カワリミ・エフェクト!》

 

 アズールは咄嗟にシュリケンフリッカーに指をやり、エフェクトを発動して軍鶏の蹴りから身を守る事に成功した。

 だが、その背中をサーバルキャットのデジブレインが爪で斬り裂いて来る。

 

「ぐあっ!?」

 

 見れば、もう既に分身は全滅している。スピードを活かした立ち回りをしていたはずが、それ以上に素速いサーバルキャットと守りの堅いブルドッグに始末されたようだ。

 一方、ロバはただ歌っているだけ。分身を消したのはチェスポーンらしい。

 軍鶏が持つ今まで以上の戦闘能力に、アズールは目を剥いていた。

 

「どうしてこんなに強く……!?」

「そこにいるロバの力さ、そいつはただ歌っているワケじゃないんだよ」

 

 ロバのデジブレインの耳がアンテナのように動き、その口がスピーカーのように音を発する。

 

「こいつは歌によって周囲の電子機器を操作し、その機能を狂わせつつ、デジブレインのパワーを増大させる……感情エネルギーが高揚する効果もあるから、これをサイバーノーツやガンブライザー製デジブレインが聴けばより強くなるそうだよ」

「そんな力があるのか……!」

 

 なら、まず狙うはロバだ。

 アズールはそう思って疾駆するが、その前にはブルドッグのデジブレインが番犬のように立ち塞がる。

 攻撃を繰り出しても、あまりの堅牢さにダメージが通らない。そしてサーバルキャットと軍鶏の連続攻撃を腕で受け止めながら、一度バックステップで距離を取った。

 ブルドッグを相手にするにはロボットリンカーになる必要がある、だがそれでは他のデジブレインたちに袋叩きにされるだろう。特に、強化された軍鶏の攻撃はまず受け切れない。

 かと言って、数を一気に減らそうとマジックリンカーになるわけにも行かない。チェスポーンはマジックバリアを持っているし、サーバルキャットはチャージの隙を与えないだろう。

 ギガントリンカーは論外だ。この場で出そうものなら、図書館は破壊される。

 そもそも先程は攻撃を凌げたは言え、シノビリンカーのままでは立ち回るのに無理がある。ブルースカイリンカーに変えたとしても、決め手に欠けるだろう。

 ヴェインはそれら全てを見越しているからこそ、アズールにこれらのデジブレインの情報を明かしたのだろう。

 つまりアズールに、打つ手などないのだ。

 たったひとつを除いて。

 

「……」

 

 アズールは、先日文彦から受け取ったV2アプリを手に取る。

 上空から戦況を俯瞰しているヴェインコマンダーは、見慣れないマテリアプレートに戸惑っているようだった。

 

「やるしか、ない!」

《ブルースカイ・アドベンチャーV2!》

 

 言いながら、アズールはそのアプリを起動した。

 直後、屋上の職員用出入口から鋼作と琴奈と陽子が現れ、さらに翔たちも通ってきた出入口からは鷹弘と、少し遅れて車椅子に乗った文彦がやって来る。

 鋼作たちはすぐさま敵戦力の分析を開始し、鷹弘は何事かを叫んでいる。だが彼は走り疲れているのか、その声はアズールに聞こえていない。

 そして、その内容を聞き取るよりも前に、既にアズールはアプリドライバーにマテリアプレートを装填していた。

 

《ユー・ガット・メイル! ユー・ガット・メイル!》

「リンクチェンジ!」

 

 ――もしもこの時。

 アズールの耳に鷹弘の言葉が届いていれば、運命は変わっていたのかも知れない。

 

「止せ! それを使うんじゃねェーッ!!」

 

 その声が届くのと全くの同時に、アズールはマテリアフォンをアプリドライバーへとかざしてしまった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 翔が陽子からの指示で図書館へ向かっているのと同じ頃。

 鷹弘は、もうひとつの現場である、病院と隣接した場所にある教会へと向かっていた。

 響が消えたと知って、今の彼はすこぶる機嫌が悪かった。敵を見つければ即殴りにかかるのが目に見えて分かる程に、怒りに満ちた目付きをしていた。

 手口は不明だが、恐らくこれはCytuberやデジブレインの仕業に違いない。でなければ、あの響が失踪などするものか。

 憤りながらトライマテリアラーを走らせていた鷹弘は、教会へと到着すると素早く扉を開いて中へ入った。

 

「よぉ、流石はホメオスタシス……速いじゃねぇか」

 

 礼拝堂の奥から聞こえる、鷹弘を出迎える声。

 ヴァンガードだ。さらにベンチタイプの会衆席には、無数のデジブレインが座っている。

 鷹弘はできる限り心を落ち着かせながら、ヴァンガードにひとつの質問を投げた。

 

「今朝、ホメオスタシスのエージェントが一人いなくなった。テメェの仕業か」

「ああそうだ、って言ったら……どうするよ? なぁ?」

 

 挑発じみたその言葉を聞くなり、鷹弘はアプリを起動して即座に装填、さらにマテリアフォンをかざして駆け出した。

 

「ウオオオオオッ!!」

Alright(オーライ)! マテリアライド! デュエル・アプリ! 孤高のガンマン、インストール!》

「ブッ潰してやる、ヴァンガードォッ!!」

《リボルブラスター!》

 

 銃口をデジブレインたちに向け、次々に打ち倒すリボルブ。その様子を見て、ヴァンガードはさも愉快そうに笑う。

 

「ハハッ、血気盛んだなぁ!」

「るっせェんだよ!!」

 

 スパロー・デジブレインやスタッグビートル・デジブレインなどの個体も現れるが、そんな事はお構いなしにリボルブは敵を薙ぎ倒して進む。

 バーサーキングなしでも狂暴で、完全に頭に血が上っているが、それがむしろ戦闘能力の向上に繋がっている。

 こうして、リボルブはヴァンガード以外の目の前にいる全ての敵性存在を撃破せしめた。

 

「これで邪魔な連中は消えた……ここなら簡単には逃げられない、今度こそテメェをブッ潰す!!」

「やれやれ。そろそろ理解した方が良いんじゃねえか? お前じゃザコの相手が関の山って事をよ」

「テメェも今日からそのザコの仲間入りだ!!」

 

 リボルブは叫び、引き金を引いた。だがヴァンガードは軽々と攻撃を避け、アプリを起動してトランサイバーに装填する。

 

《アイ・ハヴ・コントロール!》

背深(ハイシン)

Roger(ラジャー)! マテリアライド! ツィート・アプリ! 惑いの言霊、トランスミッション!》

「また痛い目に遭わせてやるよ……ハハハッ!」

「ほざけ、ブチのめしてやる!」

 

 変異したジェラスアジテイターがトランサイバーに手を伸ばそうとした瞬間、それを妨害するためにリボルブは得意の速撃ち(クイックドロウ)で右手を狙い撃つ。

 妨害は成功。弾丸がジェラスの指先を掠め、攻撃を中断せざるを得なくなった。

 敵の攻撃の正体が分からないなら、そもそも打たせなければ良い。至極単純だが、リボルブのジェラス攻略の解答がこれだ。

 能力を発動するためには逐一トランサイバーに触れる必要があるという点に気付いていたからこそ、リボルブはあらかじめ射撃能力が最も高くなるデュエル・フロンティアを選んでいたのだ。

 

「テメェには何もさせねェ! 何もできないままくたばれ!」

「クククッ、なるほどなるほど……そう来るか。だが!」

 

 ジェラスは大きく前へと跳び、リボルブに向かって拳を突き出す。そのスピードはアズールのブルースカイリンカーよりも、当然リボルブのデュエルリンカーよりも速い。

 攻撃がクリーンヒットしないよう、拳を腕で受け止めて防ぐ事はできた。だが、それによって今度はリボルブに隙が生まれてしまう。

 

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

 

 また何かが弾ける音がすると同時に、リボルブの胴に爆発が起こった。

 そしてやはり、攻撃の正体が掴めない。

 

「くっ!?」

「バァ~カ。直接身体を改造するサイバーノーツと、パワードスーツを纏うアプリドライバーじゃあなぁー! そもそも基本性能が違うんだよぉ!」

 

 怯むリボルブの顔面に蹴りを浴びせて吹き飛ばしたジェラスは、さらにトランサイバーのENTERアイコンをタッチしながら「ファイナルコード!」と音声入力を行う。

 

Roger(ラジャー)! ツィート・マテリアルデッド!》

 

 これで決着をつける気だ。それを感じ取ったリボルブは、あえて防御態勢を取らなかった。敵の攻撃手段を完全に見極めるために、危険だが賭けに出たのだ。

 そして、理解した。ジェラスのこれまでの攻撃方法、その全てを。

 

「こ、これは……!?」

 

 ジェラスの掌から、高速で何かが吹き出している。

 文字だ。小さな一文字の漢字が立体化し、飛んでいるのだ。

 この時ジェラスが生み出しているのは『爆』という漢字一文字であり、無数のそれらがリボルブを取り囲んでいる。

 そして、文字が風船のようにパンッと弾けた。次に何が起こるか理解して、リボルブは咄嗟にポンチョを翻して身を護ろうとした。

 直後に文字が消えたのと同じ場所が爆発し、それに連鎖して全ての文字が大爆発を引き起こした。

 

「ぐおおおっ!?」

 

 吹き飛ばされて地面を転がされるリボルブを見下ろしながら、ジェラスは前へと歩いて来る。

 まだ変身解除には至っていないが、これ以上攻撃を受け続けるワケには行かない。リボルブラスターで足元を撃って牽制しながら、リボルブはゆっくりと立ち上がる。

 そして、今の自分にできる最大の手で迎え撃つ事にした。

 

「性能が違うってんなら、こいつを使えば……!」

 

 文彦に貰ったV2アプリ。リボルブが取り出したのは、それだ。

 リボルブはすぐさま、そのアプリを起動した。

 

《デュエル・フロンティアV2!》

 

 音声が流れ、ジェラスが立ち止まる。

 そしてその次なる手を待ち構えているかのように、余裕ぶって椅子の背に片肘をついた。

 リボルブは憤りながら、そのアプリを装填する。

 

《ユー・ガット・メイル! ユー・ガット・メイル!》

「リンクチェンジ……!」

 

 マテリアフォンをアプリドライバーにかざし、拳を握り込むリボルブ。

 だが。

 

ERROR(エラー)!》

「なに!?」

 

 思わずアプリドライバーを見下ろした瞬間、リボルブの全身に電流と激痛が走った。

 

「グアアアアアッ!! が、グウッ、ガアアアッ!?」

 

 まるで体の内側から焼かれ、破壊されて行くような感覚。リボルブは、自分の中にあるリンクナーヴがアプリの出力に追い付けていない事を感じていた。

 オーバーシュートだ。カタルシスエナジーが限界を超過する程に生み出され、肉体へダメージを与えているのだ。

 瞬間、強制的に変身が解除される。V2アプリもドライバーから抜け落ち、地面でカランと跳ねた。

 幸いにもすぐにスーツが維持できなくなったため、鷹弘の身体に特別異常はない。だが状況は最悪だ。

 

「どうやら、それはお前みたいなクズの身に余る力のようだなぁ?」

 

 嘲笑うジェラスの声。すぐにマテリアプレートを拾うが、ジェラスはその鷹弘の首を掴んで絞める。

 このまま絞め殺す気だ。それが分かっている鷹弘は、右手を広げてジェラスの顔面のバイザーを掴み、押し返す。

 だがジェラスはそんな鷹弘の抵抗をせせら笑い、首を絞める力を徐々に強めて嬲り殺そうとする。

 それが仇になった。鷹弘はジェラスの目を覆っている間に左手を懐に伸ばし、マテリアエッジを取り出してジェラスのバイザーを斬りつけた。

 

「ぐおっ!?」

 

 目の前に火花が走り、思わずジェラスはたじろいで手を離す。さらに鷹弘は、マテリアエッジを変形させてマテリアガンに切り替え、出口に向かって走りながらジェラスの顔面を撃ち続ける。

 そして、幸運にも外へ逃げおおせた。

 

「折角のチャンスを、逃がすと思ってんのか!」

 

 追撃のため、鷹弘を追ってジェラスも教会から出る。

 そんなジェラスを、鷹弘はトライマテリアラーを呼び出して待ち構えていた。フロントに備わったガトリング砲の銃口は、ジェラスに狙いを定めている。

 

「……マジ?」

「ブッ飛びやがれェッ!」

 

 無数の銃声が轟き、ジェラスを教会の奥へと押し戻した。

 それを確認して、鷹弘は未だに続く体の痛みに咳き込みながらも、トライマテリアラーを走らせて図書館へと向かう。

 確かに文彦もテスト前の段階とは言っていたが、まさか変身に失敗する程に出力が高いとは、鷹弘も想像していなかった。

 もしかしたら、追い詰められたら翔もこれを使ってしまうかも知れない。そうなれば、自分と同じように倒れてしまうだろう。

 あるいは、プロトアプリドライバーでの訓練を経ていない分、鷹弘より酷い状態になる可能性もある。最悪、文彦のように足に重傷を負ってしまうだろう。

 そうなる前に自分が知らせなければならないし、もし既にやってしまったなら自分がフォローに移らなくてはならない。

 

「早まんじゃねェぞ……!」

 

 焦る気持ちを抑え、そして痛む身体に耐えながらトライマテリアラーで走り、ついに鷹弘は図書館に到着する。

 そして走ってエレベーターの前まで移ると、上階へのボタンを押した。

 が、どれも一向に動く気配がない。

 

「チッ、デジブレインのせいか!?」

 

 この時、図書館はロバのデジブレインの能力によって電子機器が異常を来しているのだが、彼はそれを知らない。

 鷹弘は仕方なく、階段を走って登り続ける。

 そうしてついに目的地である屋上に辿り着いた。だが、目を凝らせばアズールが既にV2アプリを起動しているのが分かった。

 鷹弘は大慌てで、叫び続ける。絶対に使うな、と。

 しかし戦闘とV2アプリによるダメージ、そして階段を走り続けた疲労があって、大声が中々出せなかった。

 

《ユー・ガット・メイル! ユー・ガット・メイル!》

「リンクチェンジ!」

 

 そして、その瞬間は来てしまった。

 今頃になって、鷹弘はアズールにも届く程の声が出せるようになった。

 

「止せ! それを使うんじゃねェーッ!!」

 

 

 

 鷹弘の声が聞こえた時。

 アズールには最初、その言葉の意味が分からなかった。分かっていたとしても、手遅れだった。

 アプリドライバーにマテリアフォンをかざした瞬間、全身に激痛が走ると同時に電子音声が流れる。

 

Warning(ワーニング)! ファンブライド!》

「う、ぐあああああああああっ!!」

 

 アズールの悲鳴が、屋上に木霊した。激痛のあまり、アズールは蹲って下を向く。アプリドライバーからは警告音のようなものが鳴り続け、それでも変身解除はされない。

 そして驚く間もなく、ウォリアー・テクネイバーとのリンクが解除され、その場から消えずにドス黒く染まっていく。

 さらにアズールの青空のような色のパワードスーツも、徐々に鉛のような色彩に変貌し始めた。

 まるで、曇り空のように。

 

「あああ……ああ、あ……」

 

 悲鳴は段々と静かになって行く。

 そして、ブルースカイリンカーが変化したドス黒いプロテクターが装着された時には、完全に無言になった。

 

「しょ、翔?」

 

 心配になって鋼作が声をかける。同時に、アズールが顔を上げた。

 赤かったはずのその瞳は紫色に変わり、亀裂が走っている。見えているのかどうかは定かではない。

 

「変身、できただと!?」

「バカな……!?」

 

 鷹弘が驚愕し、文彦が目を剥く。

 一方、鋼作たちは無事にリンクチェンジを終えた事に安心しているが、先程の状態は一体どういう事なのか分かりかねており、戸惑いも見える。

 そして、敵戦力の分析を終えた琴奈はアズールへと呼びかけた。

 

「翔くん、フォトビートルでスキャンしてみたけど相変わらず軍鶏の方は何も分からないわ! そこの犬と猫とロバの方も同じ状態なの、だからまずはポーンの方から仕留めて、一旦」

「……」

 

 琴奈が言い終えるよりも前に。

 アズールは一瞬でロバの背後に回り、その顔を拳で殴り飛ばした。

 

「一旦距離を……え?」

「翔!?」

 

 分析結果が聞こえていないかのように、アズールは全く異なる行動を取った。

 地面に倒れているロバを、さらに追い打ちする。踏みつけ、蹴りつけ、首を掴んで無理矢理起こして腹を殴る。

 その攻撃で倒れて地面を転がったら、また疾走して顔面を踏みつけ、蹴る。周りの声が聞こえていないかのように。

 

「ど、どうなってんだ……翔は一体どうしちまったんだよ!?」

「まさか、暴走!? でもどうして!?」

 

 鋼作たちが狼狽する中、犬と猫のデジブレインはロバを救出するため、鉛色のアズールに背後から襲いかかる。犬は拳で、猫は爪で。

 しかしアズールは振り向きもせず、微動だにせずに攻撃を受けると、反撃として猫の延髄に蹴りを入れ、犬の口に剣を深く突き入れ横に薙いで抉り斬った。それでもこの二体は消滅しないが、ロバと同様戦闘不能になる。

 アシュリィは恐怖に慄き、まるで戦闘マシーンのようになったアズールを震えながら見つめる。

 そして、その視線はアズールと重なった。

 アズールがゆっくりと、アシュリィと鋼作たちのいる方に歩き始める。

 

「いけない……」

「アシュリィちゃん?」

「私たちの事、分かってない」

 

 ゾクリ、とその場の全員が背中を震わせた。

 軍鶏はアズールが余所見をしている間にロバ・犬・猫を回収して安全圏に走り去り、ヴェインはゲートを開いて四体をサイバー・ラインへ送還している。

 

「一体なんなんだアレは……でも、これはチャンスだ……!」

 

 ポーンたちに命じ、ヴェインはアズールを弓矢で狙わせる。

 仮にこれが外れて反撃が来るとしても、数体ポーンが倒されるだけ。上空にいる自分はノーダメージだし、危なくなれば逃げればいい。

 ヴェインはそう高を括っていた。そして、ポーンの矢が放たれる。

 背に八本の矢が全て命中し、アズールはそれに反応して振り向いた。さらにポーンたちは続け様に矢をつがえる。

 

「……」

 

 だが、アズールがまるでハエでも振り払うかのように剣を振ると、その剣先から放たれた風の刃が八体のポーン全てを真っ二つに斬り裂いた。

 

「えっ?」

 

 何が起きたのか理解できず、ヴェインが困惑の声を発する。

 さらに続けてアズールは、通常のブルースカイ・アドベンチャーをアズールセイバーに装填し、マテリアフォンをかざした。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! ブルースカイ・マテリアルスラッシュ!》

 

 剣が鉛色の輝きを帯び、閃光を纏う巨大な風の刃がヴェインコマンダーを襲う。

 それを辛うじて認識したヴェインは、大慌てで「ゲート!」と叫んでその場から逃げ帰ろうとした。

 が、逃げ切れずに結局寸前で必殺を受けてしまい、変異が解除されて悲鳴を上げながらサイバー・ラインへと消えて行った。

 

「……」

 

 アズールが再びアシュリィたちの方を見る。

 最早、翔の意識が存在せず仲間たちを認識できていない事は明白だった。今の翔は何も考えずにカタルシスエナジーを供給し、目の前の動くモノを破壊し続ける戦闘マシーンとなってしまったのだ。

 今までのアズールとは違うそんな姿に、その場の全員が恐怖のあまり身動きを取れなかった。

 

Alright(オーライ)! マテリアライド! デュエル・アプリ! 孤高のガンマン、インストール!》

「オオオオオッ!」

 

 ただひとりを除いて。

 

「鷹弘……」

 

 茫然自失となりながらも、陽子が絞り出すように名を口にする。

 そしてその鷹弘は、リボルブに変身して必死にアズールの体に攻撃を加えている。

 

「暴走の原因なんざ知ったこっちゃねェ!! 誰も死なせねェし……テメェに人殺しもさせてたまるかよ!!」

 

 叫びながら、リボルブはアズールの顔面に拳を振り抜く。

 だが、アズールは微動だにしないし、意に介さない。攻撃そのものは通っているが、意識が失われているせいか痛覚もなくなっているようだった。

 それでもなお攻撃を続けるリボルブに対し、アズールは剣を構えて反撃態勢に移っている。

 

「おいマズいぞ! このままじゃリボルブが!」

「なんとか隙を作れたら、ベルトからアプリを抜いて変身解除できるのに……!」

「ドルフィンタイマーはどうだ!? アレなら超音波で妨害できる!」

 

 鋼作の提案に、琴奈は頭を振った。

 その間にも攻防は続き、アズールは剣からアプリを引き抜いていた。

 もう一度差し込んで、必殺技を使うつもりだ。

 

「無理よ。今の翔くんには痛覚がない……多分音も聴こえてないわ。それじゃいくらドルフィンタイマーでも妨害できない。フォトビートルじゃ威力も足りないわ」

「……じゃあ俺たちできる事は何もできないってのかよ、これじゃただの役立たずじゃねぇか!?」

 

 鋼作が叫び、拳を地面に叩きつける。

 その時、アシュリィは彼の何気ない言葉を耳にして、右手で頭を抑えていた。

 

「役、立たず……?」

 

 瞬間、アシュリィの脳内で断片的な映像が、記憶がフラッシュバックされる。

 サソリに似た姿をした人型の怪物が自分の前に現れ、くぐもった声で自分に話しかけている。

 その尾先の針が自分の右眼を抉って、優しい声で囁くのだ。

 

『さぁ行きなさい、あなたは従うしかないのだから。私の可愛い……哀れで惨めな、役立たずの【●●●●(●●●●●)】』

 

 ドクンッ、とアシュリィの心臓が跳ねる。

 

「あ……ア……」

 

 そしてアシュリィは、自らの意志とは無関係に歩き出し、アズールの方へと歩いて行く。

 その喉から、無意識に小さく歌を口ずさみながら。

 リズムや歌詞など、記憶しているはずもない。だが、その歌は自然とアシュリィの口から発せられていた。

 するとアズールは突然動きを止め、リボルブは逆に復調し始めた。

 

「なんだ、これは?」

 

 鋼作たちやリボルブにも、アシュリィの歌は聴こえていない。

 驚くリボルブだが、今は気にしている場合ではない。動きを止めている間に、リボルブはいとも容易くアズールのV2アプリを抜き取った。

 それと同時にアシュリィは意識を取り戻し、歌と歩みを止めて、驚いた様子で周囲を見回した。

 

「……あ……」

 

 変身の解けた翔が、自分の両手を見つめる。そして次にアシュリィやリボルブ、そして鋼作たちを見て、唇を釣り上げる。

 

「よかっ、た……」

 

 それだけ言うと、肉体の限界を迎えた翔は、ブルースカイ・アドベンチャーを握ったままその場に倒れ込んだ。

 

 

 

「……まさか、今度は翔が病院に運び込まれる事になるとはな……」

 

 図書館での戦闘の後。

 倒れた翔はホメオスタシスの地下研究所にある医療区画に搬送され、集っていたメンバーも全員付き添っていた。リンクチェンジによって引き起こされた負傷なので、まずはこちらで治療と検査を行う運びとなったのだ。

 文彦は苦虫を噛み潰したような表情をして、俯いている。

 

「すまない、僕のせいだ……僕が調整ミスをしたせいで、こんな……」

 

 弱気な発言をする文彦に、陽子はすぐにフォローを入れた。

 

「御種先輩が悪いわけじゃないですよ。戦いが始まる前に、私たちもチェックしておくべきでした……ごめんなさい」

「いや、良いんだ……これは僕の責任だ。開発者として、恥ずべき事態だよ……」

 

 カラカラ、と車椅子のハンドリムを回し、文彦はその場から離れようとする。

 その背中に鋼作は「どこ行くんです?」と声を投げかけた。

 

「少し、外に。風に当たって来る」

 

 文彦は振り向かずにそう答え、屋上へと向かった。鷹弘は呼び止めるために手を伸ばそうとして、途中で下ろしてしまう。

 鋼作と琴奈は同時に深く溜め息を吐き、椅子に座り込む。

 アシュリィは何も言わず、地面を見つめている。翔が倒れた事と先程起こった出来事について、頭が一杯のようだ。

 そして、鷹弘は。

 腕を組んで壁に背を預けて俯き、何やら深く考え事をしているような、疑問を感じているような様子だった。

 

「どうしてこうなったんだろうね……」

 

 不意に琴奈が呟いた。

 

「朝は、響くんが戻って来るって喜んでた。でも、響くんがいなくなって、デジブレインが現れて、翔くんが……翔くん、まで」

 

 琴奈の頬を雫が伝う。ぽたりぽたりと、涙はそのまま床に零れ落ち、小さく跳ねる。

 

「また一緒に、四人で遊べるんだって……アッシュちゃんや滝さん、静間さんとも仲良くできるって。そう、思ってたのに……思ってたのに!」

「琴奈……」

「どうして、どうして響くんがいなくなっちゃうの!? どうして翔くんがこんな事になっちゃうの!? どうして……!!」

 

 悲痛な叫びが、廊下に響く。誰も何も言えなかった。陽子は琴奈に寄り添い、彼女をそっと抱きしめる。

 その時、医務室の扉から声が響いた。

 

「患者の意識が戻りました」

 

 それを聞いて、全員が大慌てで医務室に殺到する。

 呼吸器を付けてベッドに横たわる翔は、ゆっくりと五人の方を見た。その右手には、ブルースカイ・アドベンチャーのアプリが握られている。

 医師の話では、幸いにも命に別状はなく、一日・二日も休めば回復するとの事だ。

 しかしその上で、もしも後少し変身解除が遅れていたら、死んでいた可能性が高いとも話している。

 

「翔!」

「翔くん!」

 

 目に涙を浮かべながら、鋼作と琴奈が翔の手を握る。

 すると、安心したように翔は微笑んだ。

 

「良かった……皆、無事で」

 

 翔は自分の命が助かった事よりも、皆の命が失われていなかった事を喜んだ。

 それを理解して、鷹弘は静かに翔の傍に歩み寄る。

 鷹弘の顔を見るなり、申し訳無さそうに翔は小さく頭を下げる。

 

「ごめんなさい、こんな結果になってしまって。静間さんにも迷惑をかけてしまいました」

「……お前が謝る事じゃねェよ」

 

 拳を握り込み、悔しそうに歯を食いしばって、鷹弘はさらに言葉を紡いだ。

 

「俺のせいだ。もっと速くに伝えられたら、こんな事には……」

「いや、違いますよ。これは僕が軽率な判断をしたせいで」

「違う! 俺がお前を危険に晒したんだ、全部俺の責任だ! バカみてェだよ、お前に仮面ライダーの資格を問いておいて自分がこのザマだ……!」

 

 懺悔をするかのように鷹弘が叫び、哀しみを露わにしないように、額を手で押さえる。

 そんな鷹弘に対して、翔はただ優しく微笑んだ。

 

「僕は……いや、皆は静間さんのお陰で助かったんです。だから、自分を責めないで下さい」

「だが、俺は……」

「リーダーなら、自分が他の誰かを助けたっていう事実からも目を背けちゃいけないと思うんです。あなたは皆の命を救ってくれたんですよ、それが真実です」

「……お前……」

「ありがとう、静間さん」

 

 礼を告げると、それが引き金になったかのように翔は意識を失う。どうやら、まだ完全にダメージと疲労が抜けきっていないようだった。

 

「翔……」

 

 鷹弘は、その名を口にしながら、ゆっくりと翔の手に視線を落とす。

 ベッドの上で僅かに青い光を帯びる、ブルースカイ・アドベンチャー。鷹弘はそれを手に取り、握り込む。

 

「……真実、か」

「鷹弘……?」

「俺は目を背けようとしていたのかも知れない。今回の事を全部自分のせいにして、見なかった事にして、引っ掛かってる事があるのに有耶無耶にしようと……」

「一体、どうしたの?」

 

 陽子は心配そうに鷹弘に声をかける。

 そして鷹弘の方は、鋭い目つきになっていた。先程までの悩みが吹っ切れたかのように。

 

「どうしてもやらなきゃいけない事がある。陽子、ついて来てくれねェか」

 

 そう言って、鷹弘は医務室の外へ歩き出した。陽子と鋼作、そして琴奈がそれに続き、アシュリィは翔の看病のためその場に残った。

 道中鷹弘は何も言わず、歩き続ける。陽子たちはその様子を訝しむが、特に詮索もしない。

 最終的に、鷹弘はビルの外に出てしまった。そしてある人物の姿を見つけ、そこへ向かっていく。

 車椅子に乗った御種 文彦だ。

 

「やぁ静間くん、どうしたんだい?」

 

 外の空気を吸っていた文彦は、振り返らずにそう問いかける。

 鷹弘は、ゆっくりと口を開いた。

 

「翔が意識を取り戻した。それから、ひとつあんたに言わなきゃいけない事がある」

「ん? どうしたの?」

 

 車椅子のハンドリムを操作して、文彦は振り返った。

 その瞬間。鷹弘はその顔面に、意を決した表情で思い切り拳を叩き込んだ。

 車椅子ごと文彦が転倒し、地面に眼鏡と小さな二種類の機械が転がる。その様子を見て、陽子たちは驚愕した。

 文彦が殴られた事、だけではない。その転がり落ちた機械の方にも目を奪われていた。

 ――トランサイバーと、フラッド・ツィートのマテリアプレートだ。

 

「くたばれクソ野郎」

 

 疑惑を確信へと変えた鷹弘が、吐き捨てるように言い放った。

 空を覆う黒い雲から、緩やかに雨が降り始めた。

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