「……ょう……翔、翔!」
「う……?」
慣れ親しんだ声を聞いて目が覚めた時、翔は見知らぬ場所で寝ていた。
真っ白な天井を見上げ、痛む側頭部を押さえながら身を起こす。革張りのソファの上で、毛布をかけられているようだった。
傍らには、安堵した様子の鋼作と琴奈がいる。彼らの顔を見て、すぐに思い出した。現実の世界とは違う奇妙な場所に飛ばされ、異形の怪物と邂逅した事を。
二人が無事である事に人心地ついたものの、翔の頭の中はまだ僅かに混乱していた。
「良かった、目が覚めたんだね!」
「鋼作さんに琴奈さん、無事で良かった……ここはどこですか? それに、兄さんは今どこに?」
訝しげに翔が周囲を見渡す。
室内にはテーブルと椅子が設置されており、白い壁にはモニターがかけられている。部屋の隅には赤い葉の観葉植物が飾ってあるのが見えた。
床は黒一色、掃除したばかりなのか塵一つ落ちていない。また、部屋に扉はあるものの、窓は見当たらなかった。
「それは……」
「質問には私が答えるわ」
声は女性のものだが、言ったのは琴奈ではない。扉が開き、そこから男女が一人ずつ姿を現したのだ。
発言をしたのは、黒いライダースジャケットとレザーパンツを着こなした茶髪の美女。その彼女の隣に並ぶのは、裾がボロボロになった白衣を纏う長身の男だ。
「あなたは?」
「私は滝 陽子。君が翔くん? そっちが沢村くんで、彼女が塚原ちゃんかしら」
「どうして僕らの名前を?」
「響くんから聞いたのよ」
三人は目を丸くし、それぞれの顔を見合う。そして、この中に陽子及び白衣の男との共通の知り合いがいない事を改めて認識し、再度翔が口火を切る。
「お二人は一体何者なんですか? 兄とどういう関係です?」
「私たちは『ホメオスタシス』。今日あなたたちが戦った怪人、デジブレインの脅威から人類を守るために活動してる組織よ。あなたのお兄さんもそのエージェントってワケ」
「そのデジブレインって……兄さんも言っていましたね」
「デジブレインは『サイバー・ライン』……あなたたちが迷い込んだ電脳世界に住む情報生命体なの。デジブレインはサイバー・ラインを通して人間世界に干渉する恐ろしい存在なのよ」
「いまいちよく分からないんですが、干渉って具体的にはどういう?」
それを聞くと、こほんと咳払いをしてから陽子は話を続ける。
「あなたたち、最近頻発してる精神失調症や神隠しについては知ってるかしら?」
「はい、良くニュースになってるので」
「じゃあその原因がデジブレインにあるって言ったら、信じる?」
「……どういう事です? ニュースじゃ原因は不明だって」
「それは表向きの情報。デジブレインはあの世界を介して人間世界のデータをジャックして自由に操る事ができるし、あなたたちがされたみたいに人間を自分の世界に招き入れる事ができるの」
動揺が三人の間で拡がる。ひょっとしたら自分たちも行方不明になっていたのかも知れないという事実を突きつけられ、困惑していた。
そこへ追い打ちをかけるかの如く、陽子が三人の知らないさらなる真実を口にする。
「デジブレインはデータ以外にも人間の精神をジャックして感情を捕食する事もできる。そして食べられた後の人間は意識を失って、まるで魂が抜けたみたいに無気力な状態になる……デジブレインを倒せば元通りになるけどね」
「それが精神失調症や神隠しの真実、ですか」
「そういう事。じゃ、ここまでで質問とかあるかな?」
まだ動揺が抜けきっていないところで、陽子が問う。
翔は戸惑いながらも、「じゃあ」とおずおずと手を挙げた。
「……ここはホメオスタシスのアジトなんですか?」
「そうなるわ。だから、三人ともあんまり警戒しないで貰えると嬉しいんだけれど」
口元に苦い笑みを浮かべる陽子。しかし当の三人、特に鋼作の反応は冷ややかだった。
「突然翔を撃って、何も言わずに俺たちをどこかも分からん場所に閉じ込めたような連中を信じろって? 無理があるだろ」
「それについては本当にごめんなさい……ちょっと鷹弘、あなたも謝ってよ」
陽子は、自分の後ろで腕を組んで壁にもたれかかっている白衣の男に声をかける。
しかし男は三人と陽子にチラリと視線を向けただけで、すぐに面倒くさそうに観葉植物へと向き直った。
あまりにも無愛想な彼に、陽子は大きく溜め息を吐く。
「えっと、ごめんね? こいつは静間 鷹弘っていうの。ホメオスタシスのリーダーよ」
「静間? 静間、って」
彼の名を耳にして、徐々に翔らの目が見開かれていく。
そして次の瞬間には、鋼作と琴奈は同時に『えー!?』と叫んでいた。
「『
「まさかあんた、あの
Z.E.U.Sグループとは、帝久乃市に本拠を構える、日本最大にして世界でも主要な巨大企業である。
小さなものは印鑑から、大きなものは人工衛星まで。先進的技術を利用した多種多様な事業を手掛け、膨大なシェアを築いている。
母体となっているのはシズマテクノロジーという会社で、数多の企業を傘下に治め、取り込み続けてできたのが今のZ.E.U.Sである。
そしてそのシズマテクノロジーこそがN-フォンとテクネイバーの開発元であり、会長にしてCEOの静間 鷲我はこれらのシステムの生みの親なのだ。
ちなみに会社のシンボルマークは双頭の大鷲である。
「だったらどうした。そんなに驚く事でもねェだろうが」
蚊でも払うような動作で手を振り、鷹弘は心底面倒そうに言い放った。相手にする気が一切無いようだった。
それでも鋼作は怯まない。飽くまでも強気に、鷹弘へと詰め寄る。
「あの時の赤い仮面ライダーはあんただろ! なんで翔を撃った!? 響はどこに行ったんだよ!?」
「……」
「何か答えろ!」
「天坂 響は病院だ。肩の負傷が理由でな」
掴みかからんばかりの勢いだった鋼作の態度が、一転して大人しくなる。琴奈も俯いているが、特に意気消沈しているのは翔だ。
響がケガを負ってしまったのは、あの世界で先走った事をしてしまったのが原因だ。大人しく助けが来るのを待っていたら、響が助けに現れて全員無事に戻れたはずなのだ。
そして、探索しようと言い出したのは翔自身だ。翔は、段々と両肩が重くなるのを感じつつも、恐る恐る「兄さんの容態は?」と訊ねる。
「命に別状はない。だが、退院までの間ホメオスタシスとしての活動はできねェよ。ガキ共が余計な事してくれたせいでな」
「ちょ、ちょっと鷹弘!」
「事実を言ってるまでだ、コイツらのせいで響は当分戦えなくなった。ようやくライダーシステムが完成したってのによ」
言った後でさらに「こんな事ならアイツに預けなきゃ良かったぜ」と追い打ちのように言い放ち、鼻を鳴らす。
すると、翔も僅かに唇を震わせながら、声を発した。
「だったら僕が。僕が、兄さんの代わりになります」
「……ンだと?」
「兄さんが動けないのは僕の責任です。だから、僕が変身して――」
そこから先は言葉にならなかった。
突然鷹弘が翔の胸倉に両手で掴みかかり、先に怒号を浴びせたからだ。
「ナメた口叩いてんじゃねェぞテメェ……運良く勝てたからって調子に乗んな! 自分たちが部外者だって事を自覚しやがれ!」
「そんな、僕はただ」
「素人がこれ以上ウロチョロすんじゃねェ! テメェに仮面ライダーの資格なんざねェんだよ、軽々しく『変身する』なんて二度と抜かすな! 分かったかバカ野郎!」
鷹弘はほとんど手を叩きつけるようにして翔を離し、背中から陽子が声をかけても、一切振り向く事なく立ち去った。
そうして陽子は、今度は突然の出来事に唖然としている翔へと再び頭を下げる。
「本当にごめんなさい。でも、私も同じ意見なの」
「え?」
「できる事ならあなたたちには、これ以上この件に関わって欲しくない。やらなくても良い戦いに巻き込まれて、今までの平和な日常を失うのは辛いわよ?」
陽子の切実な言葉に三人とも沈黙する他なかった。
あの時は、響を助けて自分たちも助かるためだけに無我夢中で戦ったに過ぎない。それが叶った今、これ以上何を望む必要があるというのか。
精神失調症にせよ、わざわざ危険に飛び込まずとも彼らホメオスタシスなる組織が解決してくれる。ならば確かに関わり合う理由はどこにもない。
散々に迷った挙げ句、翔は陽子の目を見つめて「分かりました」と言葉を絞り出す。
「でも、もし何か力になれる事があったら言って下さい」
「何もない方が良いんだけどね……今日はもう帰りなさい、見送るから」
陽子に促され、翔らは部屋を後にする。
室外に出た後は真っ白な壁を横目にしつつエレベーターへと移動し、地下階から地上へ移動。
そのままエレベーターから出ると、今度はそこが現実世界のオフィスビルのロビーである事が分かった。しかも、先程話題にも上がっていたZ.E.U.Sグループのビルだ。
「じゃあね」
振り向けば、陽子が三人に向かって手を振っている。三人共手を振り返して、その場を後にした。
もうすっかり日が没し、夜になっている。歩いてしばらくは誰も話をしなかったが、鋼作が「今日あった事は忘れよう」と言うと、翔も琴奈も同意した。
そうして、時間も時間なので三人はそのまま解散する事になった。
「……本当にこれで良かったのかな」
帰り道の途中で翔がひとりごちる。
あのベルトは元々自分のものではないし、彼らホメオスタシスとも関係のない立場なのは事実。こんな結果に終わるのは当然だ。
しかし、何か納得できない。このまま終わるのは何かが違う気がする。もやもやした気分のまま、翔は家路につくのであった。
※ ※ ※ ※ ※
翌朝、帝久乃市の病院にて。
静間 鷹弘は、果物の入ったバスケットを片手にひとりでこの場所を訪れていた。ここに入院している天坂 響の見舞のためである。
受付を済ませて病室の扉を開くと、鷹弘は既に二人の先客がいる事に気づいた。
一人は白髪交じりで髭を顎や口周りに伸ばしている50代の男。黄色いヨレヨレのアロハシャツの上から薄汚れた革ジャンを羽織っており、どこかだらしない風貌だ。
もう一人は正反対に、黒いワイシャツに白いジャケットをしっかりと着込んだ清潔感のある男だ。歳は20代後半、黒い髪を短く揃え、銀縁の眼鏡をかけている。
ただし、清潔な雰囲気の男の方は、白髪の男にはない特徴がある。それは、車椅子だ。男は脚の自由が効かないようで、車椅子に座っているのだ。
「やぁ静間くん、お疲れ」
鷹弘の姿を捉えると、車椅子の男は明るく爽やかな表情を見せながら声をかける。
「先輩と刑事さんもお疲れさんス」
鷹弘が頭を下げると、「まさかこんな事になるとはな」と髭の男の方が口を開く。
「響坊が入院ってのは驚いたぜ」
「ライダーシステムが完成した矢先ですからねぇ」
車椅子の男は苦笑しながらそう言った。
髭面の男は
車椅子に座っている方の男は
文彦が車椅子のハンドリムを操作して道を開けると、そこにいたのはベッドに腰掛けている響の姿だ。左腕に包帯を巻き、鷹弘に向かって微笑んでいる。
「……案外元気そうじゃねェか」
「快適な病院ですからね。すいません、こんな事になってしまって」
「別に構わねェよ。それより……」
チラリ、と鷹弘は後ろの二人に視線を向ける。
すると文彦は頷いて膝の上に置いたノートパソコンを開き、宗仁はタブレット端末『
「また出たみたいだよ、恐らく取り逃がしたって言う例のカメレオン・デジブレインだ」
「警察の方でも人を襲う怪人の報告が挙がってる。この件は俺らの領分だ、調査の必要があるな」
二人が言って見せた映像には、家電量販店の前を歩いている男女が突然動きを止め、目に見えない何かに引き摺られるようにしてモニターに吸い込まれる映像が流れている。
明らかに異様な光景だが、周りの人間は気づいていないようだった。
映像を見ながら、宗仁は不思議そうに眉根を寄せる。
「あのモニターから出てきたらしいが、随分派手に動いてるな。どうしたんだこりゃ?」
「響くんの弟くんだっけ? 彼と戦った後の負傷を癒やすためだと思いますよ。これ以外にも一体のデジブレインを確認しています」
「……マジに余計な事してくれたぜ」
顔を顰めて舌打ちをする鷹弘、そんな彼を諌めるように文彦は「まぁまぁ」と微笑みかける。
「そう責めないであげなよ、一体倒してくれただけでも充分じゃないか。筐体のゲートももう塞いでおいたしさ」
「俺はそう思わないスね、素人が無駄に出しゃばったせいで今こんな事になってんだ。そもそも、あのガキが変身できるって事そのものが異常だってのに」
「……君は怒るかも知れないけど、正直彼が羨ましいねぇ。僕は戦えないからさ」
目を伏せ、自らの両足を手でさすりながら文彦は気の沈んだ口調で言った。
鷹弘はばつの悪そうな顔をしながら、視線を床に泳がせた後で、「すまねェ」と謝罪の言葉を口にする。
「先輩だって、あんな事さえ起きなきゃ……戦える身体だったのに」
「いや、謝らせるつもりはなかったんだ。こっちこそごめんね、暗い話は終わりにしよう。新しいライダーの適格者は見つかりそうかい?」
「まだスね。正直、数合わせに素人を増やしても意味ないし、そんな事するくらいなら俺一人で充分じゃねェかと思うんで」
「そうなの? それなら彼の弟くんにやらせてあげたって良いんじゃない?」
「何言ってんスか先輩。アイツだって素人でしょ」
「でもさ、一人だったらやっぱり君の負担が増える一方だよ? 一応は戦いの経験がある彼を引き入れたって良いんじゃないかな。なぜそこまで彼を拒むんだい?」
「それは……」
途端に鷹弘が口ごもる。意図が分からず文彦は首を傾げ、宗仁は肩を竦めている。
そこへ、神妙な面持ちをした響が口を開いた。
「俺は翔にベルトを預けるのに賛成です」
『!?』
全員が一斉に、響に注目する。そして真っ先に響へと詰め寄ったのは鷹弘だ。
「テメェ本気で言ってんのか!? 自分の弟だろうが、最悪死ぬかも知れねェんだぞ!?」
「落ち着いて下さい、これは本人が了承した場合の話です。それに現場で直接見ていましたがあいつには戦いのセンスもある、訓練と実戦経験を積めばもっと伸びるでしょう」
「そういう問題じゃねェだろ……!」
「俺が復帰するまでの間だけですよ。翔なら多分大丈夫です」
なおも鷹弘は躊躇するが、響の力強い瞳に少々気圧されてしまう。他の二人も、静かに響と鷹弘の様子を見守っていた。
響は「それに」と言葉を紡ぎ、窓の外に拡がる青空を眺める。
「俺がこうしている間にも傷ついたり、精神失調症になってしまう人は確実にいる。それこそ、命を奪われる人もいるかも知れない。だったら俺は……より多くの人が救われる道を選びたい」
「……」
「翔ならきっとそれができる。俺はそう信じています」
響は振り向き、まるで自分の事のように自信に満ちた笑顔を鷹弘たちに見せつけた。
それを見て鷹弘は目を逸らすように俯き、舌打ちをして背を向ける。そして振り返らないまま、真っ直ぐに退室する。
「……俺は反対だからな」
最後に一言、そう言い残して。
「……ここだったな」
病院から去った後、鷹弘は動画で見た家電量販店に立ち寄っていた。無論、調査が目的である。
既にゲートは塞いであるが、デジブレインもその場から移った後らしい。
何か痕跡が残っていればと鷹弘は考えていたが、無駄足となった。舌打ち混じりに、鷹弘はそこから去ろうとする。
が、その時。
「きゃああああ!?」
突如、店の外から悲鳴が響き渡った。
何事かと思い外へ出ていくと、カメレオンとはまた異なるタイプのデジブレインがそこにいた。
赤茶色の毛並みに短く尖った耳、そして筋骨隆々の強靭な肉体と口の端に生えた巨大な牙。
イノシシ型のデジブレイン、ボア・デジブレインだ。その姿を見た鷹弘は驚きを隠し切れないでいた。
「もう一体出たとは聞いてたが、なんでこんなところにいやがる……!」
鷹弘はポケットからマテリアフォンを取り出し、ベルトのマークのアイコンをタッチする。
すると即座にアプリドライバーが装着され、鷹弘は続けてマテリアプレートを起動する。
《ドライバーコール!》
さらに鷹弘はマテリアプレートを取り出し、スイッチを起動。プレートからは電子音声が流れた。
《デュエル・フロンティア!》
ガンアクションアプリの代表、デュエル・フロンティア。プレイヤーはガンマンとなり、未開の地を巡って他のガンマンや原住民と苛酷な戦いを繰り広げるという内容だ。
続けざまに鷹弘は、プレートをバックルへと装填した。すると、西部劇のガンマンのような風貌のビジョンが出現。ボアに威嚇射撃を行い、攻撃を妨げた。
《ユー・ガット・メイル! ユー・ガット・メイル!》
「変……身!」
攻撃にボア・デジブレインが怯んでいるその隙に、鷹弘はマテリアフォンをドライバーにかざし、変身する。
《
鷹弘の全身が赤い光の膜に包み込まれ、ガンマンは全身を装甲に変異。翔の時と同様、見る見る内に姿が変わっていく。
真っ赤なボディに、テンガロンハットの形状を模した頭部。眼の色は緑で、黒いポンチョを靡かせており、踵に拍車のついたペコスブーツを履いている。
これがデュエル・フロンティアによって変身した鷹弘の姿、名を仮面ライダーリボルブという。
「テメェと遊んでる暇はねェ……さっさと終わらせてやるよ」
《リボルブラスター!》
前へとかざしたリボルブの手に銃が握られたかと思うと、目にも留まらぬ
リボルブの勢いはまだまだ止まらない。右手にリボルブラスター、左手にマテリアガンを構え、連射し続ける。
すると一方的にやられていただけのボアが咆哮し、顔全体を腕で覆って突進して来た。まさに猪突猛進といった勢いだ。
「遊んでる暇はねェって言ったろ」
だが、リボルブは一切慌てる素振りを見せない。武器を投げ捨て、ベルトに装填したマテリアプレートをさらに押し込む。
《フィニッシュコード!》
電子音声が流れ、リボルブは続けてマテリアフォンをかざす。必殺技の態勢だ。
「くたばりやがれ」
《
リボルブの右脚に赤い光が収束し、爆進してきたボアへと両腕の隙間に突き刺さるような蹴りが、カウンター気味に炸裂する。
その一撃はボアの両腕を貫通し、頭へと正確に命中。生え揃った牙は粉々に消し飛び、そのまま全身が消滅した。
「デジブレインはブッ潰す……データの塵ひとつ残さず、この俺が」
※ ※ ※ ※ ※
同日の昼休み。帝久乃学園の校舎の屋上で、翔は寝転がっていた。
雲の流れる青空をぼうっと眺めながら、どこにでもなくゆらりと右手を伸ばす。何も掴んでいない指の隙間を風が流れ、髪を揺らす。
「よ、何やってんだ翔」
「日向ぼっこ?」
そんな翔に声をかけたのは、鋼作と琴奈だ。翔は身を起こし、「いえ」と首を横に振る。
「ただ、空って青いんだなって」
「急にどうした?」
「……あの時、サイバー・ラインで見た空。覚えてますか?」
「忘れようって言ったろ」
そう言いつつも、呆れたように笑って入るが鋼作の表情は決して不快そうなものではない。
忘れろと言って簡単に忘れられるわけがないのだ。言い出しっぺの鋼作であろうとそれは同じで、その気持ちは翔にも分かる。
「あの場所で見た空はこんな色じゃなかった。もっとドス黒くて、見るだけで不安になるような」
「そうだったな」
「ほんの短い時間あそこにいた僕らでさえ……恐怖でどうにかなりそうだった。けど話を聞く限りだと、長い時間ずっと苦しめられている人だっている。あんな空が当たり前になってしまうくらいに」
「翔、お前……」
Z.E.U.Sのビルで別れた後も、翔はずっと悩んでいたのだ。
このまま終わるのが正しいのか? 真実を知ってなお、何もしない事が本当に正しいのか?
何度考えても結論はひとつ、それは『今の自分にできる事は何もない』だ。事実翔自身のせいで響は負傷した。この件に関わるべきではないし、余計に引っ掻き回してはいけないのだろう。
だが、翔はその結論に達してもなお納得できなかった。じっとしてはいられなかった。
「お前の気持ちは分かったよ。けど実際どうする? 俺たちに何ができるんだよ?」
「……ねぇ、もう一度頼みに行ってみない? 響くんとか滝さんとか、あの静間さんにもさ」
「響はともかく、あの二人が頼んで聞くような相手かよ?」
「それはそうかもだけど、言ってみなきゃ分かんないじゃん。あたしだってこのままで終わりたくないよ」
琴奈に言われ、鋼作は困ったように頭を掻く。そしてニカッと頬を歪ませた。
「ったく。そんなモン、俺も同じに決まってんだろ」
「鋼作さん、琴奈さん……ありがとうございます!」
「そうと決まれば! 早速Z.E.U.Sにレッツゴーね!」
元気良く右腕を振り上げる琴奈に、鋼作は「まだ昼休みだっつの」と呆れた様子で言った。翔は、そんな二人を微笑みながら見つめる。
しかし、そんな時。突然校舎の中から悲鳴が木霊した。
「なんだ!?」
「行ってみましょう!」
大急ぎで三人は駆けていく。何が起きたのかは分からないが、不穏な気配を感じ取っていた。
そして階段を下った先で三人が見たものは、驚くべき光景だった。
全身に何の特徴も持たず顔が真っ白で鼻も口もない、白い装甲だけが張り付いている無機質な怪人が、人を襲っているのだ。それも、何体もいる。
「デジブレイン……!?」
思わず翔が口に出す。
すると、人間を襲っていたそのデジブレインたちが一斉に翔に注目し、ゆっくりとした足取りで迫ってくるではないか。
デジャヴのようなものを感じつつ、翔は鋼作らの背を叩いて逃げるよう合図を出した。
が、鋼作は背後を見たまま立ち止まって動かない。
「鋼作さん! 逃げて下さい!」
「いや……無理だ」
「どうして!?」
振り向いた翔の顔が凍りつく。
反対側の廊下からも、同じデジブレインが襲来しているのだ。見える範囲でも十数体。
何故突然学校に現れたのか? そんな疑問も浮かんだが、今やそれもどうでも良い話だった。このデジブレインたちを放置してしまっては、校内の生徒たちが精神失調症になってしまう。
「翔くん、私たちどうしたら……」
「……僕が注意を引きます。その間に二人は避難誘導を」
「オイ待て、それじゃお前が」
「お願いしますよ!」
返事も聞かず、翔は疾駆する。瞬間、背後にいたデジブレインたちは翔の追跡を開始した。
自分を狙っている理由は分からないが、この事態は翔にとって好都合だった。誘導の手間が省けるし、他の生徒たちが危険な目に遭わずに済む。
デジブレインの近くにいる生徒をかばいつつ、できる限り自分への注意を引くために時折振り返って立ち止まるなどして、時間を稼いだ。
そして階段を飛ぶように降り、このまま外まで誘導しようと翔が考えた、その時だった。
「ジジ、ジジジッ」
「うそっ!?」
なんと下階からもデジブレインが現れたのだ。しかも、数は同じく十数体以上。完全に想定外の事態だった。
囲まれて逃げ場がない。ならば、と翔は躊躇なくデジブレインの顔に殴りかかる。
しかし、その拳には手応えが全く無かった。生身でスタッグビートル・デジブレインと戦った時と同じだ。
「やっぱり専用の武器が必要なのか……!」
「デジッ」
「うわっ!!」
為す術なく翔はあっさりと捕まってしまい、拘束されて窓際まで運ばれる。
――地上ヘ落とす気だ。そう悟った時、翔の背筋がゾクリと震えた。
「う……お、やめろ! 離せ……!」
翔がデジブレインの腕から離れようともがく。しかし当然通用せず、既にデジブレインは窓を開けていた。
まさに絶体絶命。最悪の事態に、翔は目の前が暗くなるのを感じていた。
直後に階段から銃声が聞こえるまでは。
「え!?」
「危ないところだったわね、翔くん」
振り返って、翔は目を見張る。そこにいたのは、昨夜出会ったホメオスタシスのエージェントの女性、陽子がいたのだ。
マテリアガンを片手に、翔に向かってウィンクしている。
「滝さん……どうしてここに?」
「カメレオン・デジブレインの動向を追ってたらここに行き着いたのよ。まさかこんな大騒ぎになってるとは思わなかったけど……ね!」
《エッジモード!》
陽子はマテリアガン上部で折り畳まれている刃を展開して銃口に装着、さらにグリップから先を起こしてナイフの形を作る。
これはマテリアエッジ、マテリアガンと共にホメオスタシスの開発した武器である。
「どきなさいベーシック・デジブレイン共! あなたたちに彼は渡さないわ! じきに応援も来るんだから、あんたたちの命はここまでよ!」
エネルギーが集約された刃が、デジブレインたちを襲う。強力な斬撃や陽子の華麗な蹴り技に、デジブレインはたちまち勢いを萎ませていく。
そのまま翔はデジブレインの手中から廊下に降り、陽子の方へと素早く移動した。
「どうして生身の攻撃が効いてるんです?」
「靴や服に特別な素材を使ってるからよ。それより……これ、響くんから」
そう言って翔に手渡したのは、前の戦いで使用したマテリアフォンだった。
「これは……どうして僕に!?」
「響くんから連絡があったの。あなたになら預けても良いってさ」
「兄さんが!?」
「けど、本当にそれを使うつもりなら覚悟しなさい。戦う事を選べば、あなたは二度と普通の生活には戻れなくなるわよ。引き返せるのは今この瞬間だけ」
半ば脅しつけるかのような言葉だった。決断するならば今しかない。
しかしあろう事か、たった今決断を迫ったはずの陽子は苦々しく表情を歪め、「ごめんなさい」と口にした。
「私には変身する力がないから、実を言うと押し付けるしかないの。ズルいわよね、都合が悪くなったからってあなたに全部頼っちゃうんだから……本当にごめんなさい」
翔は何も言わない。
何も言わずにマテリアフォンを強く握り、陽子を庇うように前へ立つ。
「僕は押し付けられただなんて思ってませんよ」
「え?」
「今精神失調症で苦しんでいる人や、サイバー・ラインに囚われている人たちは……本当の空を見れなくなっているんだ。こんなヤツらのせいで……何も知らない人たちが平和な生活を奪われて、悲しんで、苦しんでいるんだ!」
「翔くん……」
「だから僕は、この青空を守りたい。当たり前の空の色を守りたい。彼らが無事に戻って来た時のために……彼らが空を見上げた時、また笑って生きていけるために!!」
じっと翔の背中を陽子は見守る。力強い爆発的に溢れる感情が、後ろ姿からでも感じられた。
「これが僕のやりたい事、僕の意志です! 戦えない人たちのために、僕が!! 戦う!!」
大声で叫び、翔はデジブレインたちと対峙する。あまりの気迫にデジブレインたちも圧されていた。
すると、陽子は「マテリアフォンのドライバーアイコンをタッチして」と囁きかける。
「それを押せば、アプリドライバーがオートで装着されるわ」
「滝さん?」
「そこまで決意が固いなら、他の誰が何を言おうと私はもうあなたを止めないわ。だから……」
マテリアエッジを再びガンモードに変形させ、陽子はデジブレインたちに牽制の射撃を浴びせる。それにより、さらにデジブレインの勢いは削がれた。
「だから、お願い。一緒に戦って! 仮面ライダー!」
「……はい!」
マテリアフォンのディスプレイに表示されたベルトのマークをタッチし、翔はドライバーを呼び出す。
するとすぐにマテリアフォンがデータを受信し、電子音声と共にアプリドライバーが装着された。
《ドライバーコール!》
アプリドライバーの右腰にはマテリアフォンを携行するためのマテリアホルダー、左腰には三つまでマテリアプレートをストックできるアプリウィジェットが装備されている。
そして、そのアプリウィジェットには一つのマテリアプレートが既に装填されていた。翔はそれを手に取り、起動する。
《ブルースカイ・アドベンチャー!》
スマートフォン向けのアドベンチャーRPGアプリ、ブルースカイ・アドベンチャー。プレイヤーは空を飛ぶ巨大な船を駆る冒険者となり、仲間と共に数多の空を巡る旅をするという内容。遊びやすさと王道なファンタジー系ストーリーから人気を博し、総ユーザー数は2000万を超えている。
翔もこのゲームのプレイヤーだ。先日これを手にした時は無我夢中だったが、青空の名を冠するこのプレートに、今はどこか運命のようなものを感じていた。
起動後、翔はそのプレートをバックルのスロット、マテリアクターへと差し込む。
《ユー・ガット・メイル! ユー・ガット・メイル!》
「変身!」
そして最後に、叫びながらマテリアフォンをマテリアクターへかざす。
すると翔の全身が青い光の膜で覆われ、プレートからは戦士の姿をしたテクネイバー、ウォリアー・テクネイバーが出現。
翔を守るように、眼前のデジブレインたちを蹴散らした。
《
テクネイバーの姿が散り、青いスーツを鎧のように上からプロテクト。赤い瞳が輝き、両肩の背部からは白銀のマフラーが飛び出した。
翔が再び仮面ライダーに変身した。避難指示を終え遠くから見ていた鋼作は、歓喜の声を上げる。
「頼む……頼むぜ、仮面ライダー!」
その声援に答えるように、翔はデジブレインへ拳を繰り出した。
素早い拳撃はあっさりベーシック・デジブレインの顔面にめり込み、一撃でその姿を消滅させる。
続いては蹴りを腹に食らわせ、悶絶したところへ踵落とし。怖気づいた者たちへ今度は鳩尾への拳打を見舞い、たった一瞬で五体のデジブレインを打倒せしめる。
「こいつら、弱い?」
「データを充分に取り込めてない、個体としてまだ不完全なデジブレインがこのベーシックタイプだから。数は多いけどね」
「だったらすぐに終わらせましょう」
そう言って、翔は腕を前に差し出す。するとその手に剣が握られ、翔は前進して剣を振るう。
素手でさえ圧倒されている今、武装した翔に敵う筈もない。デジブレインたちは攻撃も防御もままならず、切り伏せられて行く。
陽子はと言えば、雑兵が相手とはいえまるで苦戦しない翔に目を丸くしていた。
「訓練もなしにどうしてここまで戦えるのかしら……」
「そりゃっ! おぉりゃっ!」
しかし、どれだけ戦っても尽きない敵の数に、流石の翔も息を切らしつつあった。
「どうしてこんなにデジブレインが……」
「どこかの電子機器をゲートにしてる可能性が高いわ。その近くに管理権限を持つデジブレインがいるはず、それを探しましょう」
「けど、それじゃ探してる間に皆が危険な目に!」
翔が叫んだのも束の間、遠くにいる鋼作が「任せろ!」と言った。
「さっき誘導してる時にそれらしい場所を見つけた! 案内するぜ!」
「鋼作さん……お願いします!」
残る問題はこの場の敵勢の処理。しかし、それも解決の兆しが見えた。
「皆さん、こっちです!」
背後の階段から、琴奈が大勢のマテリアガンを持った人々を引き連れて現れたのだ。
彼らは皆、ホメオスタシスのエージェント。陽子が事前に呼んでいた応援が、琴奈の誘導でたった今到着したのだ。
「よし、この場は私たちに任せなさい! あなたはゲートを探して! 近くにあるゲートさえ封鎖してしまえば、データ生命体であるデジブレインたちは人間世界に存在を維持できなくなるの!」
「ありがとうございます!」
翔は近場にいたデジブレインの顔を踏み台にして跳躍、一息で鋼作の隣に並び、共に駆けて行く。
「よし! 総員、目にもの見せてやりなさい! 撃てーっ!」
「ここだ翔!」
階段を下って廊下を駆け、到達したのは2階の視聴覚室。確かに、次々にデジブレインたちが溢れ出て来ている。
恐らくモニターを介して召喚されているのだろう。翔は鋼作に待機するように言い、視聴覚室へ乗り込んだ。
モニターの電源は点いているものの、室内は薄暗い。剣を構えて警戒しながら、翔は足を進める。
ベーシック・デジブレインたちはあまり目が良くないのか、翔の方には一瞥もせず、視聴覚室の外を一目散に目指している。
「管理権限を持つデジブレイン……どこだ?」
周囲に怪しい影はない。まさか移動してしまったのだろうか。
そう考えた刹那、背中に鋭い衝撃が走る。
「うわっ!?」
慌てて振り向く翔。しかし、そこには誰もいない。
姿の見えない敵。心当たりは一つしかなかった。
「そうか、カメレオン……!」
「ゲヒヒッ」
聞き覚えのある声が視聴覚室に響く。暗所に潜み、攻撃を仕掛けてきたのだ。
今の騒ぎを聞いてベーシック・デジブレインたちが翔の方を向き、一斉に攻撃を仕掛けてきた。
カメレオンは前回の対策をしているらしく、この湧いて出てくるデジブレインたちが邪魔をして来るために風を起こす事ができない。
ではどうやって迎え撃つか。ベーシック・デジブレインの頭を剣で叩き割りながら、考えを張り巡らせる。
「……よし、イチかバチか」
翔は頷き、ゲートとなっているモニターに向かって疾走する。
しかし簡単に見逃す程甘くはない。カメレオンは姿を消したまま舌を伸ばし、翔の脚を絡め取る。
それこそが翔の狙いだった。
「取った!」
翔はその舌を掴み、引っ張る。途轍もない力で引き寄せられたためにカメレオンは転倒、姿を晒してしまう。
「よし、これで終わり……」
「ゲギャーッ!」
「えっ!?」
カメレオンは奇声を発し、突如として手刀で自ら舌を切り落とす。
さらに驚くべき変化が起こった。モニターから出現していたデジブレインの一体がカメレオンの隣に立ったかと思うと、そのカメレオンの肉体と同化し始めたのだ。
ベーシック・デジブレインを取り込み、カメレオンの周囲の空間にモザイクのようなものがかかったかと思うと、その肉体がグニャリグニャリと歪み始める。
「なんだ?」
「ゲゲッ……チチュン!!」
変化が止まってモザイクが消失した時、その姿からはカメレオンの特徴が完全に失われていた。
頭頂部は茶色、目の周りは黒で塗られ、両頬には黒い斑点。そして存在しなかったはずの嘴が生え、両腕には羽毛が伸びている。
スズメ型の情報生命体、スパロー・デジブレインだ。
「姿が変わった……別のデータを取り込んだって事か!?」
「チチューン!」
「うわっ!!」
素早く鋭い爪が翔を襲う。その威力はカメレオン・デジブレインの舌よりも強大で、僅かだが装甲に傷をつけた。
「チュン! チュン!」
「ぐあっ、うわぁっ!」
窓際まで追い詰められた翔は蹴りを喰らい、舞い散るガラスと共に外へ放り出される。
それだけでは不足と判断したのか、スパロー・デジブレインは飛翔。さらなる追い打ちをかけようと翔へ飛びかかる。
このまま落ちてしまえば、地面に叩きつけられる。そうなれば変身しているとはいえ死ぬかも知れない。
自分も空を飛ぶ事ができたなら――。
「……あれ?」
そう思った時。翔は、自分の体が空中でもある程度自由に動く事に気付いた。
瞬間に理解した。これがマテリアプレート、ブルースカイ・アドベンチャーの特性なのだと。専用の剣の装備と風の操作、そして飛行能力だ。
驚きつつも翔は空中で静止、自分に向かってくるスパロー・デジブレインへ剣を突きつけた。
「ヂュッ!?」
「よし、反撃開始だ!」
翔は空中でありながら、自在に剣を振る。スパローも負けじと爪で剣撃を逸らしつつ、蹴りを浴びせようとするが、それは拳で防がれる。
ある程度状況は好転したものの、翔は安心していない。飛行にはエネルギーを消耗するはず、長時間は使えないと判断したのだ。
ならば短期決戦だ。隙を突いて必殺技を叩き込む事さえできれば、勝てる。そう考えた翔の耳に、女性の声が飛び込んでくる。
「翔くん!! その剣にもマテリアプレートを差して必殺を使えるわ、活用して!!」
陽子の声だ。それを聞き、翔は頷いてスパローに突進しながら、さらに空高く飛ぶ。
「チ、チチュ!?」
「もう何も奪わせない。そして、お前らが奪ったものは……僕がこの手で奪い返す!」
翔はスパローの体から離れ、剣を振りかぶる。しかし突進を受けても未だスパローの速さは健在で、繰り出された攻撃を寸でのところで弾く。
これでは隙が生まれない。どうしたらいいのだろう、と翔が考えた直後の事だった。
突然発砲音がどこかから響き渡ったかと思うと、スパローの右腕に生えた翼が貫かれたのだ。
「チチュチュ!?」
「今のは……」
バランスを失い、そのままスパローは悲鳴を上げて徐々に落下し始める。
しかし、たとえ地面に落ちたところでデジブレインが消滅する事はない。翔はベルトのマテリアプレートを抜き、剣に装填する。
《フィニッシュコード!》
電子音声が鳴った直後、翔はさらにマテリアフォンをかざした。
《
「そぉりゃあああっ!」
翔はスパローに向かって降下し、青く輝く剣を振り下ろす。
スパロー・デジブレインは真っ二つに斬り裂かれ、断末魔を上げる事さえできずに消滅した。
「空の色と同じ、青い光……」
その青い閃光に、鋼作も琴奈も誰もが目を奪われていた。
校舎から様子を見ていた陽子は、その姿を見てポツリと呟く。
「仮面ライダーアズール……ってとこかしら」
管理者が倒された事でゲートは失われ、ゲートから現れたデジブレインたちは現実世界に存在を維持できなくなり、次々に消滅していく。
状況は終了した。生き残ったデジブレインがいない事、この場にもうゲートがない事も確認し、陽子はホメオスタシスのエージェントたちへ撤退命令を下す。
「……やっぱりあなただったんですね、さっきの攻撃は」
スパロー・デジブレイン消滅後。屋上に降り立った翔――仮面ライダーアズールは、そう言った。
屋上には、一人の男が立っていた。灰色の髪の、鷲鼻の大男。即ち静間 鷹弘だ。
「ありがとうございます。お陰で、学校は無事元に戻りました」
変身を解除して頭を下げ、感謝の言葉を述べる翔。事実、鷹弘の力がなければもっと苦戦していただろう。
しかし、鷹弘から返ってきたのは意外な言葉だった。
「何勘違いしてやがんだ、俺はテメェを認めちゃいない」
「え?」
ギロリ、と翔を睨みつけながら鷹弘は言った。
「大方、陽子がそのドライバーを渡したんだろうが……俺は認めちゃいないし、そんな勝手を許しちゃいねェ」
「それでも僕は戦います。兄さんの代わりとか、誰かに頼まれたからじゃなくて……これが、僕自身の意志だから」
「……まだ生意気抜かすつもりか」
鷹弘がポケットからマテリアフォンを抜き取る。その気になればいつでもアプリドライバーを呼び出し、実力で打ちのめせるという事だ。
しかし翔は首を横に振る。この場で戦う意志が一切ないようだった。
「僕らで争い合う意味はないはずですよ」
「知った事か。アプリドライバーは元々ホメオスタシスで開発したモンで、テメェは無関係な人間のクセにそれを持ち出してる。奪い返して何が悪い」
一触即発。互いにしばらく睨み合うものの、翔は抵抗する様子を見せない。強固な意志を持った瞳で、鷹弘を見つめるだけだ。
あわや激突、かと思いきや、鷹弘はマテリアフォンを再びポケットに収めた。
「その生意気がどこまで続くか、見物させて貰う。それまでは預けてやる」
「あ……ありがとうございます!」
「勘違いするなよ。テメェに仮面ライダーの資格がないと判断したら、その時は今度こそ……ブチのめす」
そう言い捨てて、鷹弘は屋上から立ち去るのであった。
※ ※ ※ ※ ※
同日、夜。帝久乃市内にある繁華街の路地裏にて。
「……あっ、げほっ……はぁ」
ぼろぼろのローブを纏った少女が、憔悴した様子でゴミ箱の隣に座していた。
フードを目深に被っており、影に隠れて顔は判然としない。
時折胸を抑えては、息苦しそうに呻き声を上げている。
「はぁっ、はぁっ……」
息を切らし、フードの奥で目に涙を溜める少女。泥で薄汚れた体を抱え、隠れるようにして身を縮めている。
その手にはマテリアフォンに似たデバイスが握られていた。
「ここは……どこなの……?」