仮面ライダーアズール   作:正気山脈

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「コォォーン!」

 現実世界の帝久乃市にて。
 ここでは、リボルブとサワーグレープ・デジブレインの戦闘が行われていた。
 サワーグレープは咆哮し、接近しつつ爪による攻撃を試みようと走っているようだ。が、当然射撃武器を持つリボルブがそれを許すはずもない。

《バーニングモード!》
「オラァッ!」

 二つの銃を組み合わせ、炎の弾丸を発射。それが体からブドウの成る木の枝を生やしたキツネの脚に向かう。
 その直後にサワーグレープは爪でブドウを裂き、果実から液を放散させて炎を消し去った。

「ンコォォーン!」

 被弾しても怯まず、サワーグレープはさらに脚を速める。
 炎を掻き消されたせいで、ダメージが通っていない。おまけに傷のついた実はすぐに再生している。
 リボルブは鬱陶しそうに舌打ちすると、一度バックステップで距離を取る。
 だが、その時。突然サワーグレープの体についた木の枝が震えたかと思うと、ブドウの実が弾けるように全て飛び出した。

「何っ!?」

 それらの実は放物線を描きながら、あるいは転がりながらリボルブの方に向かう。
 彼には何が起きたのか分からなかったが、しかしブドウの実が徐々に赤みを増し始めたので、嫌な予感がして再度遠ざかろうとした。
 瞬間、実が破裂して果汁が飛び散る。リボルブの装甲を溶かす程に、強烈な酸を放つ果汁が。

「があぁっ!?」

 肩と膝の装甲が酸に灼かれ、苦悶するリボルブ。そこに追い打ちをかけるべく、先程よりもスピードが増したサワーグレープ・デジブレインが爪を伸ばす。
 ブドウの実を失った事で、身軽になったのだ。

「ぐぅっ!!」
「ココーォン!」

 酸の果汁を帯びた爪の連撃が、リボルブを斬り裂く。
 中々に手強い、だが――。

「倒せねェ程じゃねェッ!」

 スピードにはスピード。
 合体させた武器を分離させ、リボルブは二挺拳銃で迎え撃つ。
 牽制を混ぜた射撃の乱打はサワーグレープも簡単に避けきれず、クリーンヒットこそしないものの、データの弾丸は僅かに狐の腕や脇腹を抉る。

「コォォ……」

 威嚇するようにサワーグレープが唸ると、再び枝に果実が実る。
 そんなもの関係ないとばかりにリボルブは撃ち続けるものの、今度はブドウ自体を盾にし、その果汁で弾丸を溶かして防御する。

「チッ!」

 思ったよりも対応が速い。舌打ちをしつつ、リボルブはまた距離を取った。
 この場合は威力の高いバーニングモードで対処したいところではあるが、そうするとまた果実を破裂させて攻撃して来る恐れがある事をリボルブは理解している。
 では、どうするか。リボルブは、二枚のマテリアプレートをそれぞれ二つの銃に装填した。

《フィニッシュコード!》
「大盤振る舞いだぜ」
Alright(オーライ)!》
「喜びな!」

 クルクルと銃を回転させ、マテリアフォンをかざして必殺を発動。銃口に赤い光が集まっていく。
 直後、サワーグレープは大技に備えてその場で防御態勢に移る。それこそがリボルブの狙いとも知らずに。

《ジェイル・マテリアルカノン!》
《ダンピール・ネオマテリアルカノン!》

 銃口から放たれる無数の弾丸、その全てが精確にサワーグレープの枝先を撃ち、実を地面に落とす。
 そしてリボルブラスターV2側の破壊力の高い銃弾が、サワーグレープ・デジブレインの右膝を叩いて逆方向に折り曲げた。

「コンッ!?」
「まだまだァ!」
《フィニッシュコード! Alright(オーライ)!》

 マテリアプレートを薬莢のように排出し、新たに二つのプレートがリボルブラスターへとセットされる。
 そして、必殺技が発動するのと同時に、身動きの取れない狐へ銃口が向けられる。

《オラクル・マテリアルカノン!》
《デュエル・ネオマテリアルカノン!》
「くたばりやがれェェェッ!」

 もう一度ブドウの実をつけようとしていたサワーグレープへ、容赦なく眉間と胸に銃弾が突き刺さる。
 それらを受け、ついに奇妙な姿の狐は悲鳴を上げて爆発四散した。

「どこのどいつの手駒なのかは知らんが、中々手強い相手だったな……」

 ひとまず戦いが終わり、鷹弘は変身を解いて息をつく。
 翔たちも今頃は、これ以上の敵を相手に戦っているのだろうか。
 そんな風に思いを馳せながら、鷹弘は空を見上げる。


EP.25[悪夢にサヨナラを]

 同じ頃、サイバー・ラインの懈怠の陵墓の最上階にて。

 ザギークとスロース・デジブレイン、雅龍とラチェスアーティストの戦いは続いていた。

 

「おりゃぁっ!」

「むぅん!」

 

 スタイランサー・スピアーモードを振るいつつ、攻撃を繰り出して来る複数のスロースの攻撃に備えるザギーク。

 だが、本物はその内一体のみであり、どれがその本物なのか判別できないままでいる。そのため、目に映る全ての攻撃を受け止めるか避けるしかない。

 当然その行き当りばったりな滅茶苦茶な防御が通じるはずもなく、背後から蹴りつけられた。

 このままでは一方的にやられるだけだ。対策を考えた結果、ザギークは新たな一手を編み出した。

 

「これだー!」

 

 反撃も混じえる目的で、ザギークは槍を握ってその場で竜巻のようにグルグルと回る。

 しかし手応えは全くない上、後頭部に爪の攻撃を受けた。

 

「んぎゃー!?」

 

 悲鳴を上げてザギークが転倒し、さらに追撃とばかりに背中を踏みつけられる。

 そして、自分がスロースの能力について失念している事に気がついた。

 あのデジブレインは分身を生み出しているワケではない。ザギークの記憶を操っているのであって、そもそも目に見えている中に本物が存在しない可能性さえあるのだ。

 

「って、じゃあどうやって戦えば……!」

 

 今現在記憶している情報ですら書き換えられてしまうというなら、想定していたよりも絶望的な状況だ、とザギークは思う。そして既に術中である以上、対策の立てようもない。

 記憶操作の効果が切れるのを待つべきかとも考えるが、すぐに振り払う。どの程度継続するのか分からない以上、あてにはできないのだ。

 ザギークが槍を構えたまま防御態勢を取っていると、どこからともなく声が木霊する。

 

「ほほ……無駄じゃ無駄じゃ。足掻くのは止めにして、お主らも儂らの方に堕ちるが良い」

「いきなり、何を……」

 

 見れば、ザギークを包囲しながら、スロース・デジブレインがステップを踏んでいる。

 目の前にいるスロースの動きや、彼の発する言葉に惑わされてはならない。それをしっかり意識しつつ、ザギークは対処法を考え続ける。

 

「ここで儂を倒せたとしても、お主らはあの子を……デカダンスを倒す事などできん。仮にそれができたとして、後に待つのは強敵ばかり。諦めて儂らの夢の礎となるのが良かろうて」

「そうやって、轢き逃げの犯人を捕まえるのも諦めたワケ?」

「なに?」

 

 問い返した後で、すぐにスロースは得心がいったように頷く。

 

「なるほど確かに儂は諦めた。今でもそれを後悔しておるし、できる事ならすぐにでも捕まえたい。が……それではあの子の心は傷つくばかりじゃろう」

「あの子が?」

「今更犯人を捕まえて、何が変わる? 謝罪の言葉など欲しくもない、金も必要ない、牢獄にぶち込んだところで気が晴れるはずもない。それどころか犯人と顔を合わせれば、あの子はショックでまた心に壁を作って塞ぎ込んでしまうじゃろう。ようやくここまで来れたのに……」

 

 スロース・デジブレインが爪を研ぐ音が聞こえる。音が反響しているため、発生源から位置を特定する事はできない。

 そして、音が止む。仕掛けるつもりだろう。

 

「あの子は幸せになるべきなんじゃよ。そして、その幸せとは『両親の愛を受ける』事……儂はその願いを叶えるため、自分の命を差し出した」

「えっ……!?」

「教えてやろう。あの子が契約によって自ら精神失調症にかかった時、儂はそれを救うためにスペルビアと特別な契約を交わした……このスロース・デジブレインと儂の精神を繋ぐという形で」

 

 ザギークは絶句した。デカダンス、面堂 彩葉が自らを代償に捧げた裏で、そんな事が起きていたとは夢にも思っていなかった。

 それと同時に、一斉にスロースの爪が襲いかかって来た。

 

「お陰で儂は、記憶を操作する強大な能力を得た……プレートのデジブレインが消滅すれば命を失うというリスクと引き換えにな。じゃが『あの子を幸せにする』という願いのためなら! この命、惜しくなどないわ!」

 

 位置が分からないとは言え、目の前にいないとも限らない。

 ならば、取るべき手はひとつ。ザギークはスタイランサーの穂先を地面に突き刺し、トリガーを引いてゲル状インクを放出した。

 そして自身の周囲を覆うようにして、ドーム状に膜を張ってインクを固める。

 

「む!?」

 

 爪にインクが付着し、驚くスロース。

 ザギークの取った手は、全方位防御及び位置特定を目的とした『インク結界』の作成だ。

 いくら記憶を操作できようと、目に見えなかろうと、本物は一人。そして体の一部でもインクで塗られてしまえば、そこに本体がいるという証になる、という仕掛けだ。

 膜は爪によって破られ、スロースの内の一体に白いインクが付着されているのが見えた。ここまでは、思惑通りだった。

 

《エディターツール!》

「よし、これなら……!」

《パニッシュメントコード!》

 

 マテリアパッドを操作し、さらにプレートをボウガンモードに変形させたスタイランサーにセット。

 パッドから伸びたケーブルもボウガンに接続され、必殺技の待機状態となった。

 その瞬間、インクを受けたスロースが、無数にいる他のスロース・デジブレインの中に紛れ込んだ。

 しかし、関係ない。ザギークには、既に敵の姿が見えているのだ。

 

「ウチが勝つ!」

Oh YES(オゥ・イエス)! フォレスト・マテリアルシュート!》

 

 スタイランサーの先端にゲル状インクが集まり、それが小型犬程の大きさの蜂へと姿を変える。

 そしてトリガーを引いた瞬間、蜂が矢のように放たれ、インクに濡れているスロースを追って飛ぶ。

 逃げようとするスロースの身体に、蜂の尾針が――刺さる事なく、すり抜けた。

 瞬間、再び老人の声が響き渡る。

 

「甘いのう、お嬢さん。発想は悪くないが……儂は記憶を操ると言っているじゃろう? たとえインクが付着しようと、目に見えている情報は全て上描きできるんじゃよ」

 

 それを証明するかのように、触れてさえいないはずの他の偽物のスロース・デジブレイン全ての爪が、同じようにインクで塗り潰される。

 

「結局、儂の目論見通りじゃな」

《フィニッシュコード! Goddamn(ガッデム)! スロース・マテリアルクラック!》

「これで終わりにしよう」

 

 ザギークの眼には見えていないが、背後からは爪を輝かせたスロースが迫っている。

 直後、ザギークが身をかがめて攻撃を避ける。そしてその向こう側から、あらぬ方向に飛んで行ったはずの蜂が戻って来た。

 

「なっ……に!?」

 

 攻撃を空振りし、防御行動を取る暇もなく、蜂が飛来する。

 そしてその姿が散弾のようにバラバラとなって、無数の蜂がスロースの全身を何度も突き刺し、毒を与えた。

 

「ぬうううっ!?」

 

 スロースは両膝から崩れ落ち、地に手をついて毒の回った体を支える。

 何が起きたのか理解する事すらできず、記憶操作も解除され、ザギークの姿を見上げた。

 

「な、なぜだ!? 儂の事は見えておらんはずなのに……!?」

「ふふーん。記憶を改竄して偽物を作っても、インク結界にかかってくれた時点でウチの作戦は完了してたんだよね」

 

 ニヤリと笑みを浮かべ、エディターツールによって開いた画面を見せるザギーク。

 そこには、点滅し続ける白いアイコンが表示されていた。それを見て、すぐにスロースは事実を悟る。

 ザギークは、インクの付着したデジブレインの位置をこの画面で探知する事ができたのだ。後ろから必殺を使って来る事も全て分かった上で、騙されたような演技をしていたに過ぎなかったのだ。

 

「いくらウチの記憶を操作できようと……」

《パニッシュメントコード!》

「記録されたデータは改竄できない! データはウチを裏切らない!」

Oh YES(オゥ・イエス)! テクニカルフォレスト・マテリアルパニッシャー!》

 

 抵抗しようと爪を振り上げたスロースの胸に、ザギークの貫手が突き刺さり、毒素が流し込まれる。

 それにより、スロースは一際大きな悲鳴を上げて仰向けに倒れ、変異が解除された。

 ザギークの勝利だ。

 彼女はすぐさまプレートを抜き取り、ガンブライザーも奪い取って木っ端微塵に破壊する。

 

「これはウチが没収するよ、あんたも拘束する。人間の精神とデジブレインを繋いだ状態……それを解析できれば、アシュリィちゃんの役に立つかも知れないしね」

「く……」

 

 呻きながらも、面堂 元作(フェイクマン)は「まぁ良い」頬を歪めた。

 

「あの子が負ける事などあり得ん」

「そりゃーどうかねぇ? ゲッちゃんは強いよ?」

 

 自分の事ではないのに得意気になって顔を綻ばせながら、ザギークは言う。

 しかし、フェイクマンはその自信を一蹴した。

 

「お主らこそ分かっておらん。トランサイバーを持つCytuberの強さは、願いの強さに比例する。欲望こそが強さの源……死者に会いたいという強い願いから生まれた、あの子の力は……最上位三人には届かなくとも、残る四人の中では最強なんじゃよ」

「……!」

「だからこそあのスペルビアも、デカダンスの力に信頼を置いておる。勝てんよ、お前たちでは……」

 

 沈黙するザギーク。言葉には出さねど、それは危機感の顕れであった。

 そうして彼女はすぐさま、フェイクマンを置いて雅龍の救援に向かうのであった。

 

 

 

『翠月、仕事は順調らしいじゃないか? 流石、俺の子だな』

「父さん……」

『ふふっ、あなたったら』

「母さん……」

『でもそろそろカノジョとか作った方が良いんじゃなーい? 父さんも母さんもそっちのが安心するでしょ』

「姉さん……」

 

 ザギークとスロースが戦っているのと同じ頃、雅龍は地面に倒れ、虚空を見上げていた。

 彼の眼には、ラチェスの能力によって幻覚が映っている。

 英 翠月の望んだものが。彼にとって、かつて手にしていた幸福な時間が。

 

「三人とも……生きて、いたのか……?」

 

 幻覚剤に浸されたまま、雅龍は何もない場所に手を伸ばす。

 

 ――英 翠月は、優秀な刑事である父親の背を見て育った子供だった。

 厳格だが正義感と責任感に溢れる性格も、その父親の影響によるものが大きく、それは翠月の姉も同様だった。

 そんな恵まれた環境で生きた彼は、年月を経て父と同じ警察官を志すようになり、秩序を重んじる姉はジャーナリストを目指した。

 そうして警察学校の入校試験にも合格し、翠月は順風満帆に道を歩み続けていたはずだった。

 悲劇は、まさにその直後に起こった。

 翠月が不在の間に、彼の自宅で、家族が惨殺されてしまったのだ。家中が血に塗れ、砕けた歯や爪、肉片などが散らばっていた。

 警察の手を以てしても証拠は何一つ見つからず、犯人も特定できないまま、未だに捕まっていない。

 しかし、翠月は諦めていなかった。

 家族の仇。その犯人を、その大罪を、決して許さないと心に誓っていた。

 

『必ず犯人を捕まえて、罪を償わせてやる』

 

 その一心で翠月は生き抜き、死物狂いで成果を上げ続け、刑事として上り詰めて来た。

 事件当時に彼の心が折れなかったのには、揺るがない正義感以外にもひとつだけ理由がある。

 犯人に繋がると思われる、唯一の手がかり。事件前、父と姉が調べ続けていた『ハーロット』と呼ばれる国際犯罪者の存在だ。

 翠月は、二人が何らかの手段でそのハーロットの正体に近付く事ができたのだと確信している。だからこそ口封じのために殺されたのだと。

 

『絶対に正体を暴く。それまでは死ねない』

 

 翠月の強い覚悟は、やがて彼を警視へと導き、そして電特課の立ち上げから仮面ライダーの力を与えるに至った。

 しかし、そんな翠月も心のどこかでは思っていたのかも知れない。

 また、家族に会えたなら。あの温もりにもう一度――。

 

 その家族が今、目の前にいる。

 

『翠月』

『翠月』

『翠月』

 

 変身した翠月、仮面ライダー雅龍にゆっくりと手を差し伸べている。

 

「……違う」

 

 差し出された六つの手を見て、ボソリと雅龍が仮面の奥から声を絞り出した。 

 

『すいげ――』

「違う!!」

《パニッシュメントコード! Oh YES(オゥ・イエス)! パワフルウォーゾーン・マテリアルパニッシャー!》

 

 咆哮しながら立ち上がり、必殺技を発動した雅龍が、地面に拳を叩きつけた。

 その瞬間に目の前にいた家族の幻覚も、雅龍の身体を覆っていた幻覚剤も全て蒸発し、現実が返って来る。

 天華繚乱の毒素等無効能力と翠月自身の心の強さが、幻覚剤の力を打ち破ったのだ。

 

「えっ……!?」

 

 目の前には、霧散した幻覚剤に動揺して後退りするラチェスの姿。

 

「ど、どうして……なんで抵抗できるの!?」

「……私の家族は、殺された。もうこの世にはいない。誰にも……私自身でさえ……その事実を歪める事はできない……!」

 

 ゆらり、と雅龍はラチェスに向かって歩き始める。

 近づけさせまいと、即座にラチェスは右腕のトランサイバーを操作した。

 

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

「この……!」

 

 幻覚剤を手と蹄から流し、尻尾の先端に付いた筆で、滴る液を飛ばす。

 だが、雅龍はトリガーを引きながら勢い良く槍を振るうと、飛沫を全て穂先のインクで絡め取ってしまった。

 

「えっ!?」

「侮るな。同じ手は二度と通用せん」

 

 それを聞いて、動揺しながらもラチェスはトランサイバーに手を伸ばし、新たなエフェクトを発動した。

 

Roger(ラジャー)! セカンドコード、オン!》

「だったらこれで!」

 

 尾の筆が、地面に絵を描く。両手で剣を握る戦士の姿。描き終わったその絵がベリベリと音を立てて剥がれ、立体化し攻撃を仕掛けた。

 雅龍はそれを腕で受け止めるが、直後に激しい痛みが腕を通って全身に迸る。

 

「ぐぅっ!?」

 

 ラチェスの生み出す絵の具(幻覚剤)によって描かれたこの戦士は、あくまでもただの絵でしかない。しかし、この絵の戦士が与える攻撃は肉体的な負傷は与えなくとも痛覚に直接作用し、幻覚剤を浴びた時や飲み込んだ時に起こるものと同じで本物だ。

 痛みが戦意を削り落とし、戦意が無くなれば幻覚に落としやすくなる。それでなくても気を失うまで攻撃させる事さえできるのだ。

 最悪、受け続ければショック死もあり得るだろう。

 

「ぬう……おおおおおっ!!」

 

 それでも、雅龍はパワフルチューンのパワーと自らのタフな精神力に任せ、無理矢理に押し進んだ。

 絵の戦士は槍に触れて一瞬で砕け散るが、すぐに再生してまた攻撃に移行する。しかし、雅龍の行動はラチェスに大きな動揺を与えた。

 

「そんな……力尽くで……突破した!?」

 

 後方に下がりながら、ラチェスは再び絵を描く。今度はトラバサミだ。

 実体化して雅龍の足に食らいつき、痛手を負わせる。それでも彼の歩みは止まらない。

 あまりにも強引な攻略法に、ラチェスは戸惑うしかなかった。

 

「なんなのこの人……!!」

Roger(ラジャー)! フォースコード、オン!》

 

 入力の直後、ラチェスの身体を目掛けて槍が突き出される。

 そしてその先端は、彼女の身体を容易く貫いた。腹から背中まで、槍がズブズブと食い込んでいく。

 

「なにっ!?」

 

 驚いたのは雅龍の方だ。ここまで深く刺すつもりはなかったのだから、無理もない。

 まさか幻覚なのか。そんな考えがよぎったものの、真相は違った。

 見れば、彼女の体からは血が流れておらず、代わりに全身が実体を失って溶けている。

 

「これは……まさか、液体化能力か!?」

「正解」

 

 言いながら、ラチェスは液体になったまま這い回るように雅龍の体にまとわりつき、そして全身を球状に変えて閉じ込めた。

 

「ぐっ……ご、ぼっ……!?」

 

 息ができない。その上、これは全て幻覚剤だ。再び激しい痛みが全身を襲いかかる。

 このまま液体の中で痛みと共に溺れてしまえば、今度こそ敗北は免れない。雅龍はすぐに対策を打たねばならなくなった。

 腕や足をジタバタと動かすが、当然それでどうにかできるはずがない。

 

「これで終わりだよ……もう抵抗しないで……!!」

 

 ラチェスの声が聞こえる。それでも、雅龍は諦めずに思考し、必死に足掻く。

 そして、偶然かそれとも狙っていたのか。ついに、対処法を編み出した。

 スタイランサーのトリガーに指をかけたのだ。

 

「えっ……?」

 

 球状の液体の中に、不純物であるインクが混ざり合い、そして固まり始める。

 

「き、きゃあああ!? い、いや、や……やめてぇ!」

 

 ラチェスの体も固まり始めた事で、強制的に液体化が解除。雅龍も、窒息する事なく難を逃れた。

 

「く、が……」

 

 しかし、その体力も既に限界が近い状態だ。槍を杖代わりにして、ようやく立っていた。

 同じくラチェスも息を切らしている。トドメを刺せる程度の余力は残っているが、何度も何度も突破してくる雅龍を不気味に感じている。

 

「あなた……何なの!? どうして、自分から幸せな夢を手放せるの!?」

「……私には果たすべき使命と、誓いがある。それが私の真実だ。君の見せる幻想の前で立ち止まっている暇などない!」

 

 彼の言葉を聞いて、ラチェスは歯を軋ませる。そして、怒りと共に胸の内を叫び、トランサイバーに手を伸ばした。

 

「たとえ夢や幻でも、私にはもうこれしかない!! 他のやり方を選べない!! あなたに私の何が分かるの!?」

Roger(ラジャー)! サードコード、オン!》

 

 尾先の筆が再び動き、雅龍の足元に木々を描く。するとそれが先程と同様に立体化し、せり上がった。

 そしてそれを前にした瞬間、歩き続けていた雅龍の足が止まる。

 

「なにっ……!?」

 

 懸命に足を上げようとするが、動かない。幻覚である事が分かっているにも関わらずだ。

 それもそのはず。これは先程のセカンドコードと違い、視覚に干渉する能力なのだ。木や壁などを描く事によって足止めを行ったり、矢印を描く事で指定した方向に強制的に視線や体を動かさせる事ができる。

 

「ちいっ!」

 

 スタイランサーで木を刈り取ろうとするも、やはり触れる事ができないため不可能だ。

 その間に、またもラチェスが動く。

 

「やっと止まった……『ファイナルコード』!」

Roger(ラジャー)! ペイント・マテリアルデッド!》

 

 壁面に筆が走り、大きな怪物の絵が描かれる。獅子の肉体に人間の女性の頭部が合体している聖獣、スフィンクスだ。

 当然これも幻覚だ。しかし、セカンドコードと同じ事ができるとすれば。

 前足を振り上げているスフィンクスを見て、猛烈に悪寒を感じ取った雅龍は、バックステップで逃れようとする。

 だがスフィンクスの瞳が光ってイバラが壁面や床、天井などにプリントされると、それらが立体化して雅龍の足を止めた上で縛り上げる。

 

「くっ!?」

 

 セカンドコードとサードコードの複合。それが、この必殺技だったのだ。

 スフィンクスの両前足が何度も雅龍を叩く。何度も、何度も。その度に全身を激痛が襲い、戦意を喪失させていく。

 イバラのせいで逃れる事もできず、意識が徐々に朦朧とし始める。

 

「今度こそこれで終わり……!!」

 

 ダメ押しとばかりに、幻覚剤を両手から生み出すラチェス。

 しかし、その時だった。

 スフィンクスの股下から飛んだインクの矢弾が雅龍に命中し、無理矢理イバラの拘束を打ち破った。

 

「ゲッちゃん!」

 

 続いてその叫び声が聞こえると、再び雅龍の前にふたつの物体が投げ込まれる。

 スタイランサーとスロース・デジブレインが封入されたCytube Dream(サイチューブ・ドリーム)のマテリアプレートだ。ザギークが先程使っていたのはボウガンモードだが、今はスピアーモードとなって地面に突き刺さっている。

 雅龍は、飛びつくようにそれを手に取る。二本の槍が、その手に装備された。

 

「そんな付け焼き刃で……!」

 

 反撃はさせまいとラチェスが打って出るが、雅龍の方が一手速い。先程入手したマテリアプレートをスタイランサーに差し込むと、それを真上に掲げて必殺を発動した。

 

《パニッシュメントコード! Oh YES(オゥ・イエス)! スロース・マテリアルスティング!》

 

 槍の先端から閃光が迸り、スフィンクスとイバラを斬り裂いていく。全ての幻覚が消滅したのだ。

 

「え? ……え!?」

 

 突然の事態に、ラチェスも狼狽する。

 彼女の生み出す幻覚。それは、視覚や痛覚と言ったものに大きく関わる能力だ。では、そういった幻覚の存在を互いの記憶から消し去ってしまえば、どうなるか。

 答えは簡単だ。ラチェスはもう幻覚を操る事ができなくなるし、雅龍が立ち止まったり激痛に苛まれる事はなくなる。

 

「オオオオオッ!! ホォアタァァァァァッ!!」

《パニッシュメントコード! Oh YES(オゥ・イエス)! ウォーゾーン・マテリアルスティング!》

 

 もう片方の槍にもマテリアプレートがセットされ、二つの槍を振って雅龍が進撃する。

 二連必殺技、スタイランサーから放たれるその斬閃に、ラチェスは何が起きたのか分からないまま倒れ伏した。

 

「あ、う……!?」

 

 一気に深手を負ってしまったが、まだ変異は解けていない。ラチェスは諦めず、立ち上がろうともがく。

 だが、そんな彼女の顔の前に槍が突き出された。

 雅龍だ。首元に刃の先端を近づけている。

 

「もう終わりだ。降伏しろ」

「……いや……」

「負けを認めろ!!」

「いや、いやいやいや!! いやあああああ!!」

 

 悲鳴のような叫びと共に、ラチェスはトランサイバーのリューズを回す。

 それを見たザギークは、しまったとばかりに駆け出した。

 

《オーバードーズ! ビーストモード、オン!》

 

 音声が鳴り、全身が泡立つと共にラチェスアーティストの姿は大きく変容を始めるのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「そぉりゃあああっ!」

「ハァアァアァァッ!」

 

 雅龍とラチェスの戦いの間、アズールとペイルライダーも同じく激しい戦いを繰り広げていた。

 剣先とナックルガードが何度も激突し合い、距離を取って放たれた銃弾は頬を掠め、突き出された刃は装甲を僅かに削る。

 両者、一歩も譲らない攻防が続いていた。

 その均衡を破るのは、やはり技量と戦力の差だった。

 

「ハッ!」

「ぐっ!?」

 

 ペイルライダーが前蹴りを腹部に炸裂させ、再び距離を置く。

 そしてマテリアプレートを取り出し、フェイクガンナーに読み込ませた。

 

Fake Armed(フェイク・アームド)……マジック・スキル、ドライブ!》

「喰らえ!」

 

 炎を纏う岩の弾丸が、アズールに襲いかかる。

 避けきれない。そう判断したアズールは、すぐさま剣を振って攻撃を全て受け流した。

 直後、今度は流水を纏う竜巻が脇腹に叩き込まれる。

 

「ぐあああっ!」

 

 吹き飛ばされ、壁に叩きつけられるアズール。さらにペイルライダーの追撃は続く。

 

Fake Armed(フェイク・アームド)……シノビ・スキル、ドライブ!》

 

 トリガーを入力すると、ペイルライダーの姿が五つに分身。

 その内三人による射撃攻撃がアズールを足止めし、二人が突撃してナックルガードで殴打する。

 

「うぐ、がぁっ!?」

「これで終わりだ」

 

 分身が消失し、本体のペイルライダーがグリップエンドを掌で叩く。

 必殺技の発動だ。

 

《オーバードライブ! Make or Break(メイク・オア・ブレイク)! シノビ・マテリアルソニック!》

「ハァァァァァッ!」

 

 銃口から雷の刃が伸び、ペイルライダーはそれを振りかぶる。対するアズールは、剣と剣を交差させて迎え撃つ。

 

「ぐううぅっ……!!」

 

 二つの剣で雷の刃を挟んで受け止めるが、腕を伝う電流までは防ぎ切れず、右手のアズールセイバーを取り落してしまう。

 態勢を崩したところに胸の装甲へと斬撃が叩き込まれ、アズールは吹き飛ばされた。

 

「がはっ!?」

「終わりだ!」

Fake Armed(フェイク・アームド)……ニュート・スキル、ドライブ!》

「焼けて死ね!」

《オーバードライブ! Make or Break(メイク・オア・ブレイク)! ニュート・マテリアルソニック!》

 

 再び必殺技を発動し、フェイクガンナーから極熱の火炎が放射される。壁を背にして、逃げ場もない。

 戦いを見守っていたアシュリィが思わず声を上げそうになった、その時。アズールの右腕が、青いノイズに包まれた。

 

「かァッ!!」

 

 そして裂帛の叫び声を発すると、右腕に炎が吸収されていき、さらにそのまま勢いを大きく増して跳ね返した。

 翔が追い詰められた時に度々起こしていた不思議な現象。それを今、咄嗟ながらも自力で発動する事に成功したのだ。

 

「何っ!?」

 

 倍になって返って来た自身の必殺技。ペイルライダーは飛び込むように大きくサイドステップして、被弾を免れる。

 だが、その先には既にアズールが立っている。

 

「しまっ……」

「そぉりゃあああ!!」

 

 僅かに炎を帯びる右拳が、ペイルライダーの顔面にクリーンヒットした。

 

「が、ぐ、グァァァァ!!」

 

 頭部のバイザーに、前回と同じく亀裂が走る。ペイルライダーは頭を押さえ、苦悶する。

 アズールは内心で歓喜した。後はバイザーを完全に破壊すれば、それで改変された彼の記憶が、響が元に戻るはず。

 その油断が、致命的な隙を生んでしまった。

 

「ぐ、ガァラァァァッ!」

「うっ!?」

 

 バイザーが大破するよりも先に、立ち上がったペイルライダーのフェイクガンナーによる殴打が飛んで来る。

 アズールもV2の剣の腹でそれを受け止めるが――放たれた強烈な打撃は、アズールセイバーV2を圧し折ってしまった。

 

「なっ……」

「ハァァァッ!!」

 

 続け様に、ペイルライダーはアズールの首に回し蹴りを叩き込む。

 その激しい動きに従ってバイザーのヒビも大きくなっていくが、それでも止まらない。

 間髪入れずにフェイクガンナーの銃弾が肩に命中した。

 

「く、う……!」

「ガァァァァァッ!」

「こ、の……止まれぇぇぇ!!」

 

 向かって来るペイルライダーの拳を右手で受け止め、アズールは折れた剣をバイザーに叩き込んだ。

 亀裂はさらに大きくなり、そこへさらにもう一度剣を押し込む。

 ガツンッ、ガツンッと、地面を掘り出すかのように、割れた剣先で何度も何度も叩き続ける。一方で、ペイルライダーも脇腹を拳で殴打して反撃を続けていた。

 そして、ついに。ペイルライダーのバイザーが砕け散った。

 

「ガ、ァ……ル、う、うああああああああああっ!?」

 

 大きな悲鳴と共に、全身を覆う黒い装甲が剥がれ落ちていく。

 それに伴って、ペイルライダーのスーツが、暗い青から本来のボディカラーであるシアンに戻り始める。

 腰のアプリドライバーも元通りだ。アズールに似た戦士の仮面ライダー、キアノスが復活したのだ。

 

「はぁっ、はぁっ……くっ!?」

 

 急激な疲労感に苛まれて、アズールは膝を折りそうになる。

 先程の奇妙な力を発動した影響だろうか。しかし偶然とは言え自らの意思でコントロールできたという事実に、アズールは安堵の息をついた。

 

「兄さん!」

 

 これで、ようやく。

 すっかり安心した様子で、アズールは駆け寄る。

 だが――。

 

《キアノスサーベル!》

 

 その音声と共に、キアノスの右手に細身の剣が握られた。

 

「え……?」

「ハァッ!!」

 

 剣が閃き、アズールの右脇腹に傷を負わせる。

 一体、なぜ。バイザーが壊れれば元に戻るはずなのに。

 

「俺は……俺は、エイリアス……違う……だが、デカダンス様を……面堂さんを……護る……それが使命……しかし……俺は、違う……俺……まもる……ちが……ぐ、がぁぁぁぁ……」

 

 そんな苦しみの呻き声を上げているキアノスの姿を見て、アズールは確信した。

 未だに脱し切れていないのだ。記憶干渉の影響は、まだ続いている。

 響の中で、エイリアスとしての在り方を支える何かが、今の状態に押し留めているのだ。

 

「兄さん……」

「俺は、誰だ……俺は、俺はぁぁぁ!!」

 

 一振りの剣を掲げ、キアノスはアズールへと突撃を仕掛ける。

 アズールはV2の残骸を彼に向かって投げ捨てると、取り落した通常のアズールセイバーを拾い上げ、キアノスに立ち向かう。

 

「ガァァァァァッ!!」

 

 獣のように叫ぶキアノスの剣がアズールセイバーとぶつかり合う。

 その瞬間。突然地響きが鳴ったかと思うと、天井が崩れ、巨大な動物の足が姿を現した。

 

「きゃっ!?」

 

 アシュリィは入口まで避難し、何事かと思って頭上を見上げる。

 そこにいたのは、巨大な角を伸ばした牝牛だ。巨体で陵墓を破壊して、ミルクのように幻覚剤を地面へと垂れ流し、何処かへと歩いている。

 アズールもアシュリィもすぐに理解した。ラチェスがビーストモードを発動したのだ。

 彼女の視線の先に広がっているのは、その巨体が悠々と通過できる程の大きさの、現実世界へのゲートだ。

 

「まさか、向こうに行くつもりなの……!?」

 

 それだけはマズい。

 ビーストラチェスがあの多量の幻覚剤を水道などにバラ撒くだけで、少なくとも帝久乃市は壊滅的な被害を受けるだろう。

 最悪の状況を想像して、アシュリィは叫んだ。

 

「お願い、誰か!! 誰か止めて!!」

 

 このままでは、たとえ響を元に戻す事ができたとしても、全てが終わりだ。

 そんな彼女の悲痛な叫びが届いたのか、ビーストラチェスの前に巨大な影が立ち塞がった。

 その姿はアシュリィも以前に見た事がある。アズールも使った事がある形態、ギガントリンカーだ。

 ただしアズールのそれと違って、装甲は銀色に煌めいている。

 

「まさか……!」

 

 戦っているのは、そのマテリアプレートを使ったのは雅龍だ。

 アシュリィは預かり知らない事だが、この領域に入った時に彼は翔からギガント・エクス・マギアのマテリアプレートを受け取っていたのである。

 しかも、今の彼は三分間だけ変身を維持できるマキシマムチューン。名付けるとするならば、雅龍G(ギガント)マキシマムチューンだろうか。ビーストラチェスの両角を掴んで、足止めしている。

 

「ホォォォッ! アタァァァッ!」

 

 そして力任せに持ち上げて投げ飛ばし、砂漠に叩きつけた。

 ビーストラチェスはすぐに立ち上がるが、雅龍Gも素速く後を追う。

 そんな巨大ロボットと怪獣の戦いが繰り広げられている場面を背景に、アズールとキアノスは自分たちの戦いを続けていた。

 

「そりゃあっ!」

「ハァッ!」

 

 互いに疲労で限界に近い体になりながらも、衰えを見せず全力で刃を交える。

 特にキアノスは記憶の混濁も始まっているため精神的な消耗も激しいはずだが、それでもアズールと五角以上に渡り合っている。

 

「兄さん、どうして! なんでそうまでして戦う必要があるんだ!? 何が兄さんをそこまでさせるんだ!?」

 

 鍔迫り合いの中で問いかけられたキアノスは、頭痛に耐えて刃を押し込みながら答える。

 

「デカダンスは……俺が護る……俺、の……命に代えても……たと、え……記憶を変えられていたとしても……この思いだけは……!!」

「……!」

「俺が彼女を救い出すんだ!!」

 

 剣を引いてアズールセイバーを打ち払い、地面に落とさせた瞬間、手首を返して頭頂部を狙って一撃を振り下ろす。

 しかし、その刀身が命中する事はなかった。アズールの左腕が剣の軌道を止めたのだ。

 

「この馬鹿野郎ッ!!」

 

 怒りの叫び声を上げ、アズールは自らの拳をキアノスの胸に叩き込む。それと同時にキアノスサーベルもフェイクガンナーも取り落した。

 そして倒れ込んだ彼の襟を掴み、立ち上がらせて再び怒鳴りつけた。

 

「自分の命も面堂さんの事も、ホメオスタシスの事も! どうして全部取らないんだ!」

「な、に……」

「全部救える力があるならもっと欲張れよ! それを教えてくれたのは兄さんだろ!」

「……!!」

「生きてる限り生かすことも生き残る事も諦めるな! 同じ無茶をするなら、全部勝ち取れ! いい加減……目を覚ましてくれよ!」

「ぐ、ぬうおおおっ!!」

 

 悲鳴とも怒声ともつかない雄叫びと共に、キアノスはアズールを突き飛ばした。

 そして距離を離した瞬間、双方が動く。

 キアノスはアプリドライバーのプレートを押し込み、アズールはライドオプティマイザーのトリガーを引いた。

 

《アクセラレーション!》

《フィニッシュコード!》

 

 音声を聞きつつ、同時にマテリアフォンをかざして跳躍。二人の右足に青いエネルギーが集約し、極光と共にぶつかり合った。

 

Alright(オーライ)! スーパーブルースカイ・マテリアルバースト!》

Alright(オーライ)! アーセナル・マテリアルバースト!》

「そぉりゃあああああっ!!」

「ハァァァァァァァァッ!!」

 

 光と光が重なり合い、極大の光線が周囲に撒き散らされる。

 ピラミッドはどんどん崩壊していき、少し遠巻きに戦っていたビーストラチェスにも命中して吹き飛ばした。

 二つのライダーキックがせめぎ合う中、競り勝ったのは――アズールだ。

 

「が、ぐはぁっ!?」

 

 仰向けに倒れ、キアノスの変身が解除される。翔も変身を解き、響に駆け寄る。

 そしてその背景で起こっていた戦いにも、決着が付いた。

 

《パニッシュメントコード! Oh YES(オゥ・イエス)! マキシマムギガント・マテリアルパニッシャー!》

「ホォアタァァァァァッ!!」

 

 超至近距離からの寸勁がビーストラチェスの頭部に突き刺さり、大きな断末魔の鳴き声を上げさせて、人間の姿へと戻すのであった。

 

「兄さん……兄さん! 目を開けてくれ!」

 

 負傷して息を切らしつつも、必死に呼びかける翔。すると響はゆっくりと目を開き、微笑んだ。

 

「すまない、迷惑をかけたな……それから……強くなったな、翔」

「兄さん……!!」

「……虫の良い話かも知れないが、俺が意識を失う前に……聞いて欲しい事がある」

 

 消え入りそうな声で響が言い、翔は耳を澄ます。

 

「面堂さんたちを許してくれ……」

「え……?」

「俺を操ろうとしたのも、それ以外の道を断たれて、ただ魔が差しただけなんだ。あんな事が起きなければ、あの家族は普通の人生を送っていたはずなんだ」

「兄さん……」

「頼む……俺の代わりに、護ってくれ……」

 

 手を伸ばして懇願する響に、沈黙する翔。

 しかしそれは一瞬だけで、一度だけ頷いてその手を取り、立ち上がった。

 

「護るなら二人で一緒に、だよ」

「……ありがとう……」

 

 響は再び微笑んで、翔の肩を借りて歩き出す。

 その後姿を見つめて、アシュリィもすぐに翔の隣に並ぶのであった。

 

 

 

「……今度こそ終わりだよ」

 

 ピラミッドが崩壊し、ラチェスの変異が解けて面堂 彩葉の姿に戻った後。

 元作を拘束して、浅黄はそう言った。その隣では、翠月が彩葉を拘束している。翔たちも既にこの場に駆けつけていた。

 事ここに至っては元作も抵抗する気などないらしく、ただ項垂れて砕けた仮面と破損したトランサイバーを見つめている。

 しかし、口を利く事はできる。声を震わせながら、ぽつぽつと喋り始めた。

 

「これだけが。これだけが両親の命を奪われた彩葉のためにできる、儂の唯一の生き方だったのに……それもまた、奪われてしまった……」

「……」

「儂はただその子を幸せにしたかっただけじゃ! なのに何故、咎められなければならん!?」

「やり方が悪かったんだよ」

「やり方だと!? この世には人から搾取して、不幸な目に合わせても咎められる事なく生き延びている連中だっている! なぜ儂らだけが! 儂らだけが不幸になる……!!」

 

 鬼気迫る形相で、元作は言い放つ。それとは対照的に、浅黄は冷静だが諭すように彼に語りかけた。

 

「あんたは彩葉ちゃんのほんとの願いを分かってないよ」

「なに……?」

「本当はさ、悪夢でしかない現実から誰かに連れ出して欲しかったんじゃないかな。でも、あんな事件が起きたせいで、誰も信用できなくなって閉じ籠もって……この子には、両親しかいなかったから」

「……」

「あんたにとってもそうだったんじゃないの? 心の支えが彩葉ちゃんしかいなかったんでしょ? だったら、大人なら一緒に間違った方に沈むんじゃなくてさ、正しく導いてあげるべきだったんじゃない?」

 

 反論できず、押し黙る元作。

 しかしその言葉に思い当たるものがあるようで、深く息を吐くと再び言葉を発した。

 

「……デカダンスの起こした人間の拉致や精神失調症、そして記憶の改竄……全て儂が企てた事じゃ」

「おじいちゃん!?」

「この子は儂の言葉に従っただけに過ぎん。何も悪くない。まだやり直せる。だから……手錠をかけるのは、儂だけにして下さい」

 

 お願いします、と元作は頭を下げる。

 翠月は眉をしかめ、浅黄にも視線を送って悩んだ様子を見せる。そして返答しようとした、その時。

 元作の胸から白刃が生え、血飛沫が花びらめいてその場に舞い散った。

 

「え……?」

 

 何が起こったのかも分からず、元作は血を吐いてその場に倒れる。心臓の位置を背中から胸まで貫かれ、赤い血で砂のキャンバスが滲んでいく。

 その刃を突きつけた犯人は。

 ヴァンガード、御種 文彦であった。

 

「おじい、ちゃん……いや、いやあああああ!!」

 

 泣きながら悲鳴を上げる彩葉、彼女が見つめる老爺の死体を踏み躙るヴァンガード。

 頬を大きく歪め、天を仰いで歓喜の叫びを発した。

 

「うざってェ前座共が消えた今……ようやく始まるぜ!! この俺の時代がなァ!! ヒャァハハハハハハハハハハァッ!!」

 

 砂漠の世界に、勝ち誇った笑い声だけが響き渡る。

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