翠月が仮面ライダージェラスの元へ向かってから数分後。
病院のベッドで意識を取り戻した翔は、すぐさま跳ね起きた。傍にはアシュリィの姿がある。
恐らく今、ジェラスが街に現れているはずだ。御種 文彦の性格上、仮面ライダーたちが負傷している機を逃すはずがない。
「行かなきゃ……!」
アプリドライバーを手に病院を飛び出そうとする彼を、アシュリィはすぐに引き止めた。
「その体で動いちゃダメ! 死んじゃうよ!」
「でも! このままじゃあの人は、もっと大勢を巻き込む……! きっと君の事も!」
アシュリィの肩を掴み、翔は言った。しかし、彼女は睫毛を濡らして首を横に振る。
「スイゲツにも言ったけど……勝つ方法がないのに、行ってどうするの? 私、ショウにも誰にも死んで欲しくないよ……」
「それは……」
言い淀む翔。彼にも、どんな方法を使えば勝つ事ができるのか、全く想像できないのだ。
そんな時、病室の扉の向こうから「勝つ方法ならある」という男の声が聞こえた。
姿を現したのは鷲我だ。その手には、分厚いマテリアプレートをひとつ持っている。
「会長?」
「これを使うんだ。今はそれしか方法がない」
その言葉と共に、鷲我は翔の手にしっかりとマテリアプレートを握らせる。
そして翔の目を強く見つめてから手を離した。
「恐らく、君の力がジェラスを倒す鍵になるだろう」
ベッドから降りて、翔は深呼吸する。
その後でアシュリィの方を見て頷くと、颯爽と病室を飛び出した。
「……行ってきます!」
《チャンピオンズ・サーガ!》
ホメオスタシスと電特課が総力を上げて対処し、なおも封じ込める事ができなかった最悪の怪物、仮面ライダージェラス。
そのジェラスの前に、新たなマテリアプレートを起動した翔が立っている。
どんなに強大な能力であろうと、ジェラスには対処できる自負があった。そもそも、不死身なのだから。
何より、自分に対抗できるほどのプレートをあの翔に扱えるはずがないと高を括っていた。
「ぐ、ぐうううっ!?」
そして、その想定は現実になりつつあった。
起動の直後、翔は胸を押さえて苦しみ始める。それだけでも、出力は最適化されていないブルースカイ・アドベンチャーV2以上のものであるという事が分かった。
このまま続けていれば、手を出さずともオーバーシュートでリンクナーヴが異常活性し、五体がバラバラになって自滅するだろう。
その様を楽しく眺めるため、ジェラスはあえて野放しにした。
「ハッ、バカ共が。少しは身の程ってモンを……」
「ううう……おおおおおっ!!」
マテリアプレートを握り締め、翔が咆哮する。
瞬間、彼の全身からノイズが溢れ出し、それが背に巨大な鷲のような青い翼を形成した。
「な、に……!?」
息を切らす翔。その両眼は、真っ赤に染まり煌々としている。
ジェラスが唖然としている間に、青い翼が光の粒子となってプレートに吸収され、翔はそのままドライバーにセットする。
するとロックが外れ、分厚いマテリアプレートのはみ出した部分が下に開く。
プレート内部には数多の英雄のレリーフが掘られており、黄昏の如き朱色に煌いている。
《レッツ・ゴー・ライダー! レッツ・ゴー・ライダー!》
今までとは違う音声と共に、ジェラスの前に一体の大柄なテクネイバーが立ち塞がる。
獅子の鬣のような荒々しい形状の頭部と、鋼鉄を思わせる雄々しき剛体。そしてその全身を分厚い毛皮の鎧兜で覆い、野太く力強い剣と弓を携えている。
名はヘラクレス・テクネイバー。その名に恥じない、まさにギリシア神話におけるゼウスの息子『英雄ヘラクレス』の威容だ。
「チッ、やらせるか!」
チェーンソーを振り下ろし、ヘラクレスに攻撃を仕掛けるジェラス。だが、その攻撃はヘラクレスの剣に阻まれた。
そうして護衛に任せている間に、翔は握り締めたマテリアフォンを振り下ろした。
「変身!」
《
ヘラクレスの五体が分裂し、金色の装甲に変わると同時に、翔の全身が青い光に覆われてそれがボディースーツとなる。ヘラクレス・テクネイバーが所持していた剣と弓は融合し、上下のリム部分に鋭利な刃が付いた武器へと変わった。
そして装甲が翔のスーツに合着した瞬間、背中にたなびいていた銀色のマフラーが焼失し、スーツの青が燃え上がって色を変える。
まるで、青空が夕焼に染まるように。
《チャンピオン・アプリ! 天下無敵! 天上不敗! 語り継がれし伝説、インストォォォール!》
最後に赤い複眼が青色に変わり、朱く淡い燐光と共に、新たなアズールが誕生した。
「これが仮面ライダーアズール……チャンピオンリンカーだ!!」
《アメイジングアロー!》
叫びながら、アズールは刃のついた弓を手に取る。破損したアズールセイバーV2に代わる、チャンピオンリンカー用の新たな武器だ。
ジェラスはそんな彼の姿を見て、吐き捨てるように言い放つ。
「何がチャンピオンリンカーだ、どうせ何をしようが俺には勝てねぇんだよ!」
《
トランサイバーを操作したジェラスの拳が、地面に叩き込まれる。
紫色の沼がそこにできあがり、中から恐竜ゾンビのデジブレインが這い出てきた。
六種類が一体ずつ。それぞれティラノゾンビ、プテラノゾンビ、トリケラゾンビ、スピノゾンビ、ブラキオゾンビ、アンキロゾンビだ。
これらは不死ではないが攻撃を受けてもすぐに再生するため、破壊力の高い攻撃でなければ倒せない。即ち隙の大きな必殺技だ。
実際に交戦した鷹弘たちはそれを知っていた。だから、これがアズールの隙を突くための行動だという事も分かっていたし、ジェラスもそのつもりでこの手を打った。
だが――。
「そぉりゃあっ!」
群れの前に踏み込んだアズールの、乱れ舞うアメイジングアローによる剣刃で、全てのゾンビの身体が粉微塵になって消し飛ぶ。
「……あ?」
一瞬何が起きたのか理解が追いつかず、間の抜けた声を発したのは、ジェラスだ。
今のデジブレインたちはどれも、生半可な攻撃では倒れないはず。それがいとも容易く、必殺技もなしに。
だが、あまりの出来事で呆然とするジェラスを待たず、次はお前だとばかりにアズールは弓を構えた。
「うおっ!?」
引き絞られた弓から放たれる細い光条が、一手遅れながらも身を反らして回避に動いたジェラスの左肩を掠める。
たったそれだけで、ジェラスは大きく後方に吹き飛ばされた。
無論、仮死状態のまま動くジェラスにダメージはない。しかし先程の信じられない光景を目の当たりにしてしまったがために、ジェラスは反射的に回避に動いてしまったのだ。
もしもジェラスがゾンビ化せず、攻撃を回避していなかったなら、間違いなく心臓か肺に重い一撃を貰って意識を失っていただろう。
「チィッ、中々……」
「そぉりゃあああっ!」
「何っ!?」
態勢を立て直した瞬間、目にも留まらぬ速度でアズールは距離を詰めた。
そして、手にした弓を剣のように振るい、その刃で斬りかかる。
ジェラスは両腕を交差させて防御を試みるが、アメイジングアローの斬撃は、そのガードごとジェラスを叩き伏せた。
「あっ……!?」
「セァッ!」
「くぅっ!?」
続けて、アズールはジェラスの下顎を斬り上げる。そして顔が上に向いたところで、続けて胴に光の矢を何度も放った。
やはりジェラスにダメージはない。だが、こうも良いようにやられてはプライドも傷つくというもの。
そこで、攻撃を無視して強引に拳を突き出した。
「フッ!!」
それをアズールは必要最小限のバックステップで回避する。
しかし、ジェラスもそこで手を緩めはしない。自身のアプリドライバーにセットされたジュラシックハザードの
《ガツガツガツッ! フィニッシュコード・ザ・クロー!
「死ねェェェ!!」
強靭な恐竜の爪が、回避直後に襲いかかる。
鷹弘と響を苦しめた必殺の一撃。
それをアズールは左手一本で掴み、軽々と受け止める。以前に自分の必殺技を止められた時と同じように。
「はっ!?」
驚く間に、返す太刀がジェラスを斬り裂く。
あり得ない事だった。ジュラシックハザードから引き出されるパワーは、他のどんなマテリアプレートのものよりも遥かに上のはずなのだ。
それを使うジェラス自身が今、力負けしている。戦闘を眼にしている翠月たちも、信じられないと言いたげな表情だった。
「なんでだ……なぜ俺が負けなきゃならねぇ!?」
「そりゃ、元々チャンピオンズ・サーガはあんたを倒す目的で作られたワケじゃないからだよ」
そんな言葉が、ジェラスへと投げつけられる。
声の主は浅黄だ。ふらふらと歩きながら翠月の隣に立つと、話を続ける。
「チャンピオンズ・サーガは、超えるべき最大の目標としてあのスペルビアを設定してたの。まぁその分出力が大きくなりすぎたけど……あんたなんか最初から眼中になかったんだわ」
「だが、だとしても俺の作った二つのプレートは、あのスペルビアをも圧倒した最強のアプリのはず……!」
「まだ分からないんですか、御種さん」
二人の話に割り込んだのは、アズールだ。
「確かにジュラシックハザードと
「ま、まさか……!」
「このチャンピオンズ・サーガはV2タイプを超える
朱色の輝きを漲らせ、アズールは言い放つ。
自身の作ったV2を超える存在を眼にして、ジェラスは唖然としていたが、すぐに鼻を鳴らして構え直す。
「なるほど。それなら確かにパワーもスピードも、今の俺より上かも知れねぇな……だが、こっちには不死身の力があるんだぜ! そのアドバンテージがある限り俺は負けねぇんだよ!」
「……どうかな、少なくとも僕にとって命を奪う事は勝利じゃない」
「なに?」
「あなたが決して死ぬ事なく、何度でも立ち上がるというのなら。心が折れるまで、僕は何度も何度でも恐怖が染み込むまで叩き潰すだけだ」
アメイジングアローを肩で担ぎ、ジェラスの姿を見据え、堂々とアズールは宣戦布告した。
「……上等だこの野郎……やってみやがれェ!!」
斧型チェーンソーの武器、ジェラスローターを手に、ジェラスはアズールへと激走する。
そして彼の前に立つと、高速回転するその刃を彼の首目掛けて思い切り振りかぶった。
命中の寸前にアメイジングアローでそれを受け止め、アズールは手の空いた左手でジェラスの鳩尾に拳をめり込ませた。
「効かねぇんだよ!!」
今のジェラスは痛覚のない不死身の怪物。攻撃を意に介する事なく、こちらももう片方の拳をアズールの頭に伸ばしていく。
するとアズールは素速くその拳を片手で握り、そして思い切り捻り上げ、堅牢な装甲に包まれているはずのジェラスの腕をまるで小枝のように圧し折った。
「なっ!?」
「そぉりゃあああっ!」
続けて右膝を蹴って関節を逆側に折り曲げ、態勢を大きく崩したところに、顔面へと回転しながら斬撃。
ジェラスはまたも吹っ飛ばされ、地面に強く背中を打ち付けた。
これでもなお痛みを感じていないジェラスは、再び疾走してトランサイバーを操作する。
「ナメんなよクソガキがァァァ!」
《
「ポイズンショットォ!」
ジェラスの右手の指が破裂し、赤紫色の液がアズールに向かって噴出する。
これはサードコードで放ったものと違い、毒液だ。前方にしか吹き付ける事ができないものの、身体に付着すればたちまち侵食して身体の自由を奪う。
「カァッ!!」
だがアズールは気合の籠もった全力の咆哮を上げると、全身から朱色の烈光が火柱めいて放出され、毒液を消し飛ばした。
「何ィッ!?」
またしても凌がれた。
そしてジェラスが驚いている間に、アズールはマテリアプレートを一枚取り出してアメイジングアローにセットしている。
《フィニッシュコード!》
「チッ、このガキ!」
攻撃を受け続けて隙ができてしまうと、プレートを外されかねない。
流石にそれはマズいと思い、必殺に備えてジェラスは防御態勢に移った。
《
「いっけぇぇぇ!!」
マテリアフォンをアメイジングアローにかざした後、アズールは矢を放つ。
青い閃光が風を切り裂き、ジェラスの腕を鋭く射貫いた。
そうして上空へと打ち上げられた後、両翼を広げて姿勢を制御し、ジェラスは急降下する。
「痛くも痒くもねぇんだよ!!」
すぐさま反撃だ。チェーンソーを手に、ジェラスはアズールへと攻撃を仕掛けようと動く。
だが、アズールもまた動いていた。今度はマテリアプレートを二枚手に取ると、それをアメイジングアローのマテリアクターに同時装填する。
《ツインフィニッシュコード!》
「行くぞ……!」
《
必殺発動の瞬間、アズールの姿が四つに分身、散開してジェラスの攻撃を避ける。
「なんだと!?」
そして四人の持つ弓の刃がそれぞれ岩土・氷水・火炎・風雷を宿し、一斉にジェラスへと斬撃を繰り出した。
完全に隙を見せてしまったジェラスは、なす術なく地面に叩きつけられる。
その圧倒的な強さに、響と鷹弘は驚くばかりであった。
「あの弓、二枚のプレートを同時に使えるのか!」
「すげェな……!」
ジェラスは急いで立ち上がるが、顔を上げた次の瞬間には地面を仰ぐか、あるいは地に伏している。
それ程までに、チャンピオンリンカーは速かった。強大な力を得たはずの自分が、目で追えない領域へと。
「ぐおおおお……こ、の……クソガキがァァァッ!!」
両翼を広げて、大きく距離を取る。だがこれも無意味だ。
アズールは弓をつがえ、光の矢を放ってジェラスの翼を貫く。そうして動きを止めた瞬間に距離を詰め、斬撃を仕掛けるのだ。
「寄るなァァァッ!!」
《
右腕を破裂させて牽制の酸液を飛ばし、ジェラスは海の方へと出る。とにかくアメイジングアローの射程距離から離れるために。
距離さえ開いてしまえば、後はどうにでもできる。ジェラスはそう思っているのだ。
「攻撃が、攻撃が当たれば勝てるんだ……俺は最強なんだァァァッ!!」
叫びながら、ジェラスはジュラシックハザードのトリガーを引く。その数、五度。
《ガツガツガツガツガツッ! フルバイト!》
「この世から消してやる……!!」
《フィニッシュコード・ザ・タイラント!》
プレートを押し込んでマテリアフォンをかざし、必殺技を発動。
それはテール・ホーン・クロー・ファング、全ての力が合わさった、ジェラスが使う中でも最強の大技だ。
《
「ぶっ潰れろォォォォォッ!!」
紫色のエネルギーが、巨大な恐竜の牙と爪と翼、脚に角に尻尾を形成する。
そしてそのまま、真っ直ぐに突撃した。海面が震えて波が立ち、空気がビリビリと鳴り渡る。
巨大な質量に任せ、文字通りにアズールを押し潰すつもりなのだ。
だがアズールは全く慌てる事なく、チャンピオンズ・サーガのプレートを閉じてアプリドライバーから引き抜き、アメイジングアローに装填した。
二枚分の厚さを持つマテリアプレート。そこから発せられる力が、弓の力を極限まで高める。
《スプリームフィニッシュコード!
「そぉりゃああああああああああっ!!」
引き絞られた剛弓から放たれた黄昏色の極光が、まるでモーセのように海を真っ二つに割って飛沫を巻き上げながら、真っ直ぐにジェラスへと放たれる。
全身を飲み込む程の巨大な閃き。その凄まじいばかりの一矢に、ジェラスは初めてその口から、僅かながら悲鳴を漏らした。
「ヒッ」
高速で迫ったジェラスを光の奔流が押し返し、稲妻が落ちたような爆音を轟かせると同時に、ほんの一瞬だけ海面にクレーターを作る。
あまりの破壊力に、翠月すら絶句していた。同時に、確かにこの力があればCytuberどころか例のスペルビアにさえ勝てるであろうという確信を持った。
「この威力なら、流石のジェラスも……」
もう抵抗できない。
陽子がそう言葉にしようとした瞬間、海からまたも飛沫が上がった。
見れば、ジェラスが海水を滴らせて息を切らせながら、浮遊してアズールを睨んでいる。
「ど、どうやら認めるしかないらしいな……お前の手に入れた力が、あらゆる面で俺を凌駕していると……」
翼を広げ、ジェラスは続けて「だが」と言葉を紡ぐ。
「それなら話は簡単だ。俺も今のお前を超える力を手に入れれば良い……! そうすれば今度こそ、俺より強い人間はこの世からいなくなる!」
「確かに理屈の上ではそうだけど、それが無理だという事はあなた自身が一番良く分かっているはずだ」
指摘を受け、ジェラスが口を噤む。
ジュラシックハザードと
なのに今すぐこのV3の力を持つというのは、ジェラスにとってあまりにも厳しい話だ。不可能とさえ言える。
また、V3タイプのプレートを作った場合に
「黙れ……黙れよ! お前にできて俺にできない事なんぞあるはずがねェ……俺が、俺が! 俺が最強なんだ! この世界の頂点なんだよォォォッ!」
そう叫んで、ジェラスは両翼からおびただしい量の瘴気を放出する。
こんなのはただの目眩ましだ。それが分かっていたので、アズールは矢を放って瘴気を消し飛ばす。
しかし瘴気の消えた先に、ジェラスの姿はなかった。
「えっ!?」
驚きの声を上げた直後、アズールは思い出した。
仮面ライダージェラスの変身者、御種 文彦は、勝てる戦いしかしない男だという事を。
「しまった! 逃げられた!」
今の目眩ましの直後に、ゲートを開いたのだろう。
相手はV2アプリを最初に作った男、このまま野放しにするのはマズい。下手をすれば折角作ったV3を無力化されてしまうかも知れないのだ。
変身を解除して翔はそう考えつつも、具体的にどうやって追跡するのか、その方法は思い付けないでいる。
せめて、ジェラスの領域の座標さえ分かれば。
「……そうだ、あの人なら!」
翔はまだ動けるメンバーと共に、再び病院へと足を運ぶのであった。
※ ※ ※ ※ ※
「クソッ! この俺が、こんなはずが!」
サイバー・ラインにて。
変身を解いたヴァンガードは、自らの領域で身と心を休ませていた。
そこは現代日本的な建造物の中で、窓の外に広がる風景は、サイバー・ライン特有の太陽のないドロドロとした色彩の空。下界はまるで霧のようにノイズがかかり、何も見通す事ができない。
「ヤツらがここを察知してくるのも時間の問題か」
オフィスチェアに腰掛け、手すりに肘をついてヴァンガードは思索する。
あのV3の力を如何にして打ち破るか。同じV3のプレートを得るのが一番だが、先程ヴァンガード自身で言った通り、時間的な猶予はない。
となれば、それ以外の方法でこの場を凌ぐしかないという事になるが、そんな方法が簡単に見つかるはずもない。
「……いや、待てよ」
ハッと顔を上げるヴァンガード。焦った様子で、懐からあるものを取り出す。
それは、マテリアプレートだ。かつてジェラスアジテイターに変異する時に使っていた、あのフラッド・ツィートだった。
「そうか……そうだ、そうじゃねぇか。クククッ……なんで今まで思いつかなかったんだ、俺は?」
一人でブツブツと呟きながら、ヴァンガードはそれを天井に向けて掲げる。
そうしてしばらく恍惚とした笑みで眺めていると、突然、そのプレートを自らの心臓に突き立てた。
「グ、グウウウウアアアアアッ!」
先程とは打って変わって、苦悶の表情を見せるヴァンガード。しかし押し込む手は緩めない。
マテリアプレートはゆっくり、ゆっくりと体内に食い込んでいく。
「グッ、ガッ、ウウウ……オオオッ!!」
苦しみに喘ぎながらも、プレートを必死に胸へと入れる。
完全に心臓へとプレートが入り込んだ瞬間、ヴァンガードの体が緑色の輝きを帯びた。
「ハ、ハハハ! ハハハハハッ! 成功だ、成功したぁ! ヒャッハハハハハハハハ!」
歓喜に震えて両腕を上げ、ヴァンガードは建造物の外を見下ろす。
「どこからでもかかって来いよ、アズール! ホメオスタシス! 今度こそお前らの最期だ!」
笑いながら、ヴァンガードは体を引き摺るようにして部屋から外へ出る。
ホメオスタシスの仮面ライダーたちを迎え撃つために。
※ ※ ※ ※ ※
仮面ライダージェラスとの戦いの後、翔たちは病院のとある部屋に向かっていた。
面堂 彩葉の病室だ。彼女ならば、ヴァンガードの居場所を知っていると判断したのだ。
一行がヴァンガードと戦っている間に、どうやら彼女も目を覚ましていたらしい。しかし完全に塞ぎ込んでいるようで、病室にバリケードを作ってしまい、看護師を含めて誰も部屋に入れようとしない。
「無理もない。自分に残された唯一の家族を、目の前で殺されたんだ」
「……けどどうすんだ、これじゃ話ができねェぞ。このまま手をこまねいてちゃヤツの思う壺だろうが」
翠月と鷹弘がそんな会話をしている中、傍で俯いていた響が意を決した表情で顔を上げる。
「俺に任せて貰えませんか」
鷹弘たちが頷くと、響も同じように頷いて、病室の扉を軽く叩く。
返事はない。それでも響はドアノブに手を伸ばし、向こう側にいる彩葉に声をかけた。
「面堂さん、開けるよ。俺一人だ」
ドアノブをひねり、扉を押して開く。
しかし、すぐに何かにぶつかって阻まれた。どうやら、扉の前に長椅子などを置いてバリケードを作っているらしい。
開いた扉の僅かな隙間から目を凝らせば、ベッドの上で膝を抱え、そこに顔を埋めている彩葉の姿が見える。
「本当にすまない。俺は君の家族を……守る事ができなかった」
震える拳を握り込む響。
最終的に操られていた身とはいえ、元作は響にとっても見知った仲ではあった。
だから、あの一件は彼の心にも大きな爪痕として残っているのだ。
「……俺たちは、もう後一歩のところまでヴァンガードを、御種 文彦を追い詰めている。もしも君が協力してくれたなら、捕まえる事ができるかも知れないんだ」
彩葉から返事はない。それでも、響は懸命に話を続けた。
「それが君のためになるとか、お爺さんが望んでいるだとか、そんな分かったような口を叩くつもりもない。ただ……ここでヤツを止めなければ、間違いなく次々に同じ被害者が出る。それこそ……殺人が起きるだろう」
すると、彼の話を聞いて初めて彩葉が僅かに頭を上げた。
「俺はこれ以上誰かが死ぬのは見たくない。だけど、無理に頼むつもりはない。今すぐじゃなくても良いから……一緒に戦って欲しい」
やはり彩葉からの返事はない。響は、静かに扉を閉めた。
諦めて自力で見つけ出すしかないのだろうか。一行が頭を悩ませていた、その時。
病室から椅子を引き摺る音がした直後に、ドアが静かに開かれた。
「面堂さん……!?」
病室から出てきた彼女は、泣き腫らした目をして、響の顔を見上げている。
「……私、は……確かに、ヴァンガードの領域に行った事、あります。一度だけ、おじいちゃんと一緒に……偵察に」
彩葉は一度息を呑んだ後、じっと響の目を見つめ、言い放った。
「私、手伝います」
「自分から話を持ちかけておいて何だけど、本当に良いのかい?」
「……おじいちゃんは……あの時、私を助けようと……してくれました。それだけじゃ、なくて、いつもいつも……おじいちゃんは、私を助けてくれた……なのに、私は、何もしてあげられなかった……」
そう言いながら、彩葉はまた溢れ出した涙を手で拭い、言葉を繋いでいく。
「おじいちゃんの仇とか、そういうんじゃなくて……おじいちゃんと、ホメオスタシスの人たちが……助けてくれた命だから、何かをしたい……」
「面堂さん……」
「……もう、面倒くさいとか……言っていられないから」
たどたどしくも言い終えた彩葉を、響は静かに抱擁した。
「ありがとう。このチャンス、必ず活かしてみせる」
「ひぇ、あ、ひゃ……ひゃい」
頬を上気させて動揺しながら、彩葉が応える。
そんな二人の様子を苦笑して眺めながら、鷹弘が話しかけた。
「そうと決まれば、早速教えて貰おうか。ヤツの領域はどこだ?」
頷き、彩葉はゆっくりと口を開く。
こうして、ヴァンガードへの逆襲の準備は着々と進むのであった。
約一時間後。
戦いに備えて体を休めつつ、彩葉の協力でヴァンガードの領域を特定したホメオスタシスは、早速侵攻作戦に移行した。
現地へ向かうメンバーは翔・鷹弘・翠月・浅黄・響、そしてサポートにアシュリィ。仮面ライダーたちはフルメンバーでの出動となる。
これは、ヴァンガードがCytuberから離反した事によって、現実世界への侵攻を行う手駒がいなくなっている、と読んだためだ。
怪我の深い翠月だけは周りの人員が休むように促していたのだが、本人が聞き入れず参加する事になった。
「……それにしても」
駐車場に繋がるホメオスタシスの施設内にて、翔は自分の手を見つめ、呟く。
変身が失敗するかと思われた、あの時。青いノイズだけではなく、翔は自らの体に異変を感じていた。
まるで、自分ではない何かに衝き動かされているかのような。そんな、不思議な感覚に陥っていたのだ。
「僕に一体何が起きているんだ……?」
そう言って、翔はチャンピオンズ・サーガのマテリアプレートに視線を落とす。
これを託された時、鷲我は『翔がジェラス打倒の鍵になる』と語っていた。
その話を聞いた当初、翔はこのプレートの圧倒的な戦闘能力で上から押し潰し、戦意がなくなるまで戦えば良いのだとばかり思っていた。
だが、根本的に何かが違う。今はそんな風に考えつつあった。
「でも、どうしたら良いんだろう」
ブルースカイリンカーと違い、チャンピオンリンカーには飛行能力がない。
その代わりに搭載されているのが『
体内のカタルシスエナジーを朱い光の粒子『ヴェスパーフォトン』として纏う事で、身体能力の大幅な強化・装甲の強化・反応速度や攻撃速度の強化といった様々なアクションが可能となる。ポイズンショットを受ける前にも、ヴェスパーフォトンの塊を体外へと放出し、攻撃を防ぐバリアに転化したのだ。ジェラスの重厚な装甲をほとんど無視できていたのもこのシステムの恩恵が大きく、ヴェスパーフォトンを受けたジェラスの装甲を一時的に脆く変えつつ、自身の腕力を向上させていたのである。
万能なシステムではあるが、常に膨大なカタルシスエナジーを要求する特性上、この力は翔にしか扱う事ができない。
そして、翔自身も何度か試したが、いくらヴェスパーフォトンでも不死の能力と痛覚遮断は破れないようだ。
「ひょっとして、チャンピオンリンカーの能力は関係ないのかな」
だとすれば、攻略の鍵が自分だというのはどういう意味なのか。
翔には、鷲我の意図が分からなかった。
「翔! 準備できたぞ、すぐに来い!」
「あっ、はい!」
鷹弘に声をかけられ、答えが出ないまま翔は戦いの場に赴く事になる。
そうしてホメオスタシス一行は彩葉の情報を頼りにサイバー・ラインのヴァンガードの拠点へと到着した。
辿り着いてすぐ、翔は「あっ!」と声を上げた。同様に、響と鷹弘も驚いた様子を見せている。
それも無理からぬ事で、その場所は以前にも来た事のある場所なのだ。
翔がゲームセンターの筐体から最初にサイバー・ラインに迷い込んだ時の、現代的な建造物が立ち並ぶ、霧のようにノイズに包まれた場所だ。
「ここって……!?」
「野郎、あわよくばあの時に俺たちを消すつもりでいやがったな」
吐き捨てるように鷹弘が言い、それに響が同意する。
「今にして思えば……恐らく、主な狙いは俺だったんでしょうね。ドライバーの適格者に選ばれていたのは俺だし、この場に駆けつけた時にも、隠れていたカメレオンは真っ先に俺を攻撃した」
「そのせいでホメオスタシスの戦力も一時低下したんだったな。翔くんがアプリドライバーを使えていなかったなら、もっと酷い結果になっていた事を思うと、可能性は高い」
ノイズの向こう側に眼を凝らしながら、翠月は言う。
「にしても、ヴァンガードはどこに隠れてんだろね」
浅黄も不思議そうにキョロキョロと辺りを見回し、マテリアパッドを操作しているが、マッピングできていない。
どうやら街を覆うノイズが妨害しているらしい。デカダンスの領域に向かった時と同じだ。
「思えば、ここの探索は済ませてなかったんですよね……」
「ああ。あの時は装備も万全じゃねェし、調査に時間を割く余裕もなかったからな」
翔と鷹弘がそんな会話をしながら歩いていると、突然、光と共に雷の落ちたような轟音が遠くから鳴り響いた。
「わっ!?」
驚き、アシュリィは翔の後ろに隠れる。
音のした方向を確認すれば、ノイズが消失して長大なビルが屹立しているのが見えた。いわゆる、摩天楼だ。その摩天楼の頂点にチカチカと雷が瞬いている。
ノイズは徐々に、霧が晴れるのと同じように段々と消えていく。気付けば視界は鮮明となり、翔たちは周囲の風景を正常に見る事ができていた。
「こ、これは……!?」
そこは、荒廃した都市だった。
周囲に建ち並ぶビルは辛うじて原型を留めているものの、ところどころが崩れて窓も割れ、鉄骨が剥き出しになっている部分さえある。店舗と思しき場所には車が突っ込んでおり、人がいない以上当然とは言えとても営業できるようには見えない。
さらに場所を問わず罵詈雑言で落書きもされており、歩道橋も本来の色が判別できない程に塗り潰されている。
何もされていないのは遠方に見える摩天楼くらいのものだ。それ故に、あれこそがヴァンガードの拠点である事がはっきりと分かった。
「この街の惨状……アイツらしいな」
「どういう事ですか?」
「野郎の性格がモロに出てるって事さ。あのひとつだけ綺麗なビル見りゃ分かるぜ。自分だけが高みを目指すために、ロクでもねぇ方法で他人を蹴落として貶めて……どうせ俺たちと会う前もまともな生き方してないぜ、こりゃあよ」
言われて翔は納得するのと同時に、シュンと眉尻を下げる。
一体どのような環境で生きていれば、こんなにも他人を羨み、妬み、引きずり落とそうとする事ができるのか。
そんな風に翔が考えていると、再び雷鳴が轟いた。
今度は摩天楼ではなく、周囲の荒廃したビルに変化が起こる。雷を受けて崩壊が進み、さらに摩天楼の屋上へと光が集まって行くのだ。
「なんだ!? 何が起きている!?」
「分かりません……ですがとにかく、すぐにあの屋上に行きましょう!」
そう言って、翔はアプリドライバーを装着。他のメンバーもそれに倣い、ドライバーを腰にセットする。
ホメオスタシスとヴァンガード、その長きに渡った因縁に、ついに決着の時が来るのであった――。