「ハッ! せやっ!」
どこか歪みを帯びた、白く無機質な広い空間の中、仮面ライダーアズールは専用武装アズールセイバーを振るう。
周囲からはベーシック・デジブレインが次々に湧き出て、アズールに襲いかかっている。特別な力を持たないデジブレインだが、数が集まれば中々に厄介な相手だ。
アズールも前後左右を囲まれ、今にも攻撃を受けそうになっている。しかし、間合いに入ったその時。
「そぉりゃあああ!」
剣を水平に構え、アズールはその場で回転。飛び込んで来たデジブレインたちを瞬く間に斬り倒した。
遠方にもデジブレインたちがいるが、ここでブルースカイ・アドベンチャーを使用して変身した姿、仮面ライダーアズール ブルースカイリンカーの特性が役に立つ。
飛翔して素早く距離を詰め、さらに頭上からのヒット・アンド・アウェイ戦法で有利を取る。デジブレインたちは皆頭を真っ二つにされ、消滅した。
いかに数が多かろうと、仮面ライダーは単騎で一網打尽にできる。では、質を上げた場合はどうか。
アズールが地面に降り立つと、残っていたベーシック・デジブレインたちは次々に結合していく。
「これは……」
帝久乃学園でも見た、データ吸収による形態変化だ。
デジブレインたちはそれぞれ、スタッグビートル・デジブレインとボア・デジブレインに変化する。
「よし、かかって来い!」
アズールの言葉に呼応するように、スタッグビートルが突撃、ボアがそれに追従する。
スタッグビートルの大アゴから無数の光の刃が飛び出し、襲いかかる。しかしアズールは慌てずそれらを切り払い、スタッグビートルの突進はその頭を踏み台に跳躍して回避した。
狙いは背後にいるボア。上空から真下へ、一気にアズールセイバーを振りかぶる。
「そぉりゃぁっ!」
「フゥルルルル!」
「うおっ!」
だが、ボアの交差した分厚い両腕の毛皮と筋肉が、斬撃を受け止めた。
「中々頑丈だな……」
まるで鍔迫り合いでもしているかのように、ボアの腕を剣で圧すアズール。しかしボアは両脚に力を込め、逆に押し返し始めた。
さらにその背後からは、再びスタッグビートルが迫っていた。このままでは挟み撃ちとなるだろう。
だがそれはアズールにとっては、むしろ狙い通りだった。激突の寸前、アズールは再び飛翔し、二体の頭上に移った。
「ギギッ!?」
「フルゥ!?」
必然、スタッグビートルとボアは正面衝突。その隙に、アズールは剣にブルースカイ・アドベンチャーのマテリアプレートを装填してマテリアフォンをかざした。
《フィニッシュコード!
「そぉりゃぁぁぁっ!」
投擲されたアズールセイバーが、スタッグビートル・デジブレインの頭を貫く。
さらにボアが怯んでいる間に、素早く剣からプレートを抜いて再びドライバーに押し込んだ。
《フィニッシュコード!》
「フゥルルッ!」
「フッ、セァッ!」
拳を突き出してくるボア・デジブレインに対し、アズールは肩で攻撃を逸らしてから下顎へと強烈なアッパーカットを繰り出す。
そうして仰け反っている隙に、今度はマテリアフォンをドライバーへかざした。
右脚が青く輝き、アズールの全身が旋風を纏う。
《
「そぉりゃぁぁぁっ!」
アズールは上空へ大きく跳躍、無防備なボアのボディへと凄まじい勢いでキックが命中した。
断末魔を発してボアの体が爆散し、その場に残るのはアズールのみとなる。
『――お疲れ様! 訓練は終了だ!』
「はい!」
頭上から聞こえた声に反応し、翔はアズールへの変身を解いた。
それと同時に、電脳空間となっていた室内が本来の姿を取り戻す。
ここは、Z.E.U.Sグループの本社ビルにある地下研究施設。翔が最初に変身した際に目を覚ました場所であり、ホメオスタシスの活動拠点である。
先程まで翔は、ホメオスタシスのバーチャルトレーニングルームにて、変身時の戦闘訓練を行っていたのだ。
ホメオスタシスと協力体制を取り、デジブレインの脅威に立ち向かうために。
「中々疲れるなぁこれ」
室外へ出て大きく伸びをし、翔は言った。そこへ、トレーニングの様子をモニタリングしていた三人の人物が現れて翔へと声をかける。
その内二人は翔も良く知る鋼作と琴奈、そして残る一人は……。
「お疲れ様、翔くん」
「はい、えっと……御種さん!」
車椅子の男に、翔は一礼する。
御種 文彦。彼は微笑みながら人差し指で眼鏡を掛け直し、「興味深いデータが取れたよ」と翔に言った。
「それにしてもすごいね、君。響くんや静間くんには及ばないとはいえ、ここまでの戦績が出せるなんて羨ましいよ。本当に何も訓練とかしてなかったのかい?」
「ないですけど、うーん……心当たりみたいなのはあるかも」
苦笑いしながら翔が思い浮かべたのは、響とのVRゲームによる対戦の数々だ。
響にも翔に対して特訓を課すという意識はなかったのだろうが、それが結果として高い戦闘能力に繋がっているのだろう。
その事を文彦に話してみると、彼は翔の意見に「それはあり得るね」と同調してみせた。
「彼もここでのトレーニング以外に、VRゲームをプレイして特訓しているようだった。元々ゲーマーの彼は、このトレーニングシステムにゲームとの共通点を見出していたのか……なるほどなぁ」
「でもすごいと言やぁこの施設の方じゃないか? あんな高度なホログラムを作れるなんて……本物かと思ったぜ」
周囲の機材や装置を見回しながら鋼作が言う。彼と琴奈も翔と共に、ホメオスタシスに協力するためにやって来たのだ。
文彦は車椅子を操作しつつ、微笑んで「もちろん本物じゃないよ」と言った。
「あれは訓練用の立体映像。実際に攻撃されても痛みとかはないけど、ダメージ判定があればその分戦績に影響が出る」
「アレって誰でも参加できるんですか?」
興味本位と言った様子で、今度は琴奈が訊いた。
「この中でマテリアプレートの性能テストもできるからね、生身での戦闘訓練もできるし」
「じゃあ、静間さんと響くんだとどっちの方が戦績が良い?」
またも興味本位で琴奈が訊ねる。その質問には少し渋い顔をし、文彦は困ったように言葉を詰まらせている。
すると、翔たちの背後から「響くんよ」と答える女性の声が聞こえた。
声の主の正体は、陽子であった。
「鷹弘は元々科学者だったからね」
「へー、そりゃまた意外だな。あれでデスクワーク派だったのか」
「まぁホメオスタシスのリーダーで仮面ライダーだからね、デジブレインを倒すためにアイツも必死で頑張ってるのよ」
どこか遠くを見るような目をしながら、陽子はそう言った。
恐らく彼女は真近でその努力を見続けてきたのだろう。それが嬉しくもあり、寂しくもあるのだろうと翔は思った。
というのも、翔自身も兄の響がゲーマーとして特訓を重ねて来たのを見ていたので、その遠くへ行ってしまうような気持ちが分かってしまうのだ。ホメオスタシスのエージェントだという経歴を知った今でも、より一層感じるのだ。
しんみりとした気持ちになりつつも、翔は再び話題を変える。
「デジブレイン……あの、彼らの目的は何なんですか? どうして人間を襲って精神失調症に?」
「うーん……そこはまだ確実に言える事は少ないんだけど。デジブレインが情報生命体、つまりはデータの塊だって話はしてるわよね?」
一同は頷き、肯定。陽子も文彦もニコリと笑って「よろしい」と話を続けた。
「デジブレインは生命体だけど、心や感情というものがないの。だから、私たち人間の感情を奪って吸収・観察するという形で、それらを理解しようとしてるのね」
「あれ? ちょっと待って下さい、僕が戦ったデジブレインたちは戦ってる途中で皆何かしらのリアクションをしてましたよ?」
「それは元の生物や人間のデータを取り込んだから、形だけ模倣してるのよ。そうするのが統計的に正しいって観測した上で実行してるだけで、意思があってやってるわけじゃないの」
「うーん、分かったような分からないような……」
そもそも、感情を理解してどうしようというのか? 翔や鋼作・琴奈にはそれが分からなかった。
するとまるでそれを悟ったかのように、文彦が横から「これは僕の推測でしかないんだけど」と前置きした上で話し始める。
「彼らは自分たちにはない感情というモノを得て、より完全な生物になろうとしてるんじゃないかな?」
「どういう事です?」
「えっとね、そもそもアプリドライバーは変身者の感情を素材にエネルギーへと変えて、そのエネルギーを利用して動いてるんだ。『カタルシスエナジー』って言うんだけど」
「……つまり、心を持たないデジブレインはそのカタルシスエナジーを自分で生み出せない……?」
「そう、そういう事。さて、彼らはゲートがないとエネルギーを失って、現実世界に体を維持できないのは知っての通りだ。でも……もし、もしだよ? 心という無尽蔵の資源から自力でエネルギーを生み出せるようになれば?」
そこから先は言葉にせずとも容易に想像できた。デジブレインたちが現実世界に溢れ出し、世界は混沌の渦に巻き込まれるだろう。
さらに、もしその通りになれば人類は真っ先に淘汰される。何故なら、デジブレインに対抗する武器を作り得る唯一の存在だからだ。
途端に翔は背筋が寒くなるのを感じた。そんな彼の様子を見て、まるで「脅しすぎ」とでも言いたげに文彦を横目で睨んだ後、今度は陽子が口を挟む。
「事実がどうあれ、今デジブレインたちのやってる事は明確な侵略行為よ。そんなの許しちゃいけない、ヤツらは私たちの手で止めるの。いいわね?」
「……はい!」
そう締めくくった後で、陽子はパンッと手を合わせて「私たちはリーダーに報告があるから、この辺りで」と言って文彦と共に立ち去った。
「俺たちも、ここで手伝えそうな事を見つけたからさ」
「そういうわけだから失礼するわね」
「はい、ありがとうございます! 皆で頑張りましょう!」
鋼作と琴奈も、そう言ってそれぞれの持場へと向かう。
一方翔は、戦闘訓練が終わったので一時休憩となる。しかしゲーム以外特にする事もなく、15分程度の休憩ではプレイしてもたかが知れているので、仕方なく散歩のため外出するのであった。
※ ※ ※ ※ ※
『なるほど、それで彼の弟が変身する事になったのか』
「ああ」
同日、ホメオスタシス本部・司令室にて。リーダーの鷹弘は、ある人物と通話し連絡を取り合っていた。
机の上に小さなホログラムとして映っているのは、鷹弘と同じく鷲鼻で口髭と顎髭を生やした人物。年齢は40代後半と言ったところだが、顔立ちも鷹弘と良く似ている。
この男こそはZ.E.U.Sグループの会長兼CEOにしてホメオスタシスの創始者、静間 鷲我である。
『しかし不可解だ。処置を施していない者が仮面ライダーになったというのか? 本来ならば起こり得ないはずだが』
「俺もそこが妙だと思ったんだ。だから今、先輩と陽子に調べて貰ってる」
『フム……』
「親父?」
机の上の鷲我が、顎に手を添え髭を撫でる。彼が考え事をしている時の仕草だ。
何か気になる事でもあるのか、という言葉が喉から出かけたが、その前に鷲我が顔を上げる。
『ともかく、できる限り彼から目を離すな鷹弘。私も彼について色々と調べておく』
「……分かった、こっちもまた何かあったら連絡する」
通話が終わり、鷹弘は手を組んで長く息を吐く。
直後、扉をノックする音が聞こえた。鷹弘は「入れ」と短く声をかけ、手を机に戻す。
そうして入室したのは陽子と文彦であった。
「やぁ。訓練のついでに軽く検査してみたよ」
「そうスか。どうでした?」
「なんというかね、本当に興味深いデータが取れた」
そう言った文彦だが、その表情はどこか深刻なものだ。
一体どんな報告が飛び出すのか、鷹弘は静かに次の言葉を待つ。
「まず、彼に改造手術の痕跡があるかどうかについてだ」
鷹弘と陽子は頷く。
ここで言う改造手術とは、本来アプリドライバーを使用する場合に必要な処置の事。
手術とは言うがそこまで大掛かりなものというわけではない。両手首・足首に制御チップとナノマシンを埋め込む事で、徐々に被験者の体に『リンクナーヴ』という擬似神経細胞を形成するというものだ。
「結論から言おう。彼の手首・足首にチップやナノマシンは検出できなかった」
「えっ、そんな事あり得るの? それじゃ体にリンクナーヴが作れないじゃない」
陽子が驚くのも無理からぬ事で、このナノマシンとリンクナーヴには大きな役割があるのだ。
リンクナーヴはナノマシンが被験者の生体情報を読み取って作り出したコードのようなもので、アプリドライバーを使用した際に現れるパワードスーツは、体内にあるこのコードをスキャンして生成される。変身者の体に必ずフィットするのはこれが理由だ。
そのため神経細胞だが実体がなく、肉眼でも見えず触れる事さえもできない。体の一部がデジブレインやテクネイバーのようになっていると考えれば良いだろう。
さらに、仮面ライダーがテクネイバーをプロテクターとして纏う時にも一役買っている。テクネイバーはデジブレインと同じく情報生命体であり、本来現実世界には定着できない。しかし、リンクナーヴがあればその変身者に合着するという形で実体化できるのだ。
リンクナーヴが持つ役割はまだある。ライダーシステムはカタルシスエナジーを動力としており、そのエナジーを十全に行き渡らせ稼働させるためのパイプラインとしても使用されている。
他にもベルト装着時点で変身者の脳に変身に至るまでのシークエンスをインストールするなどといった様々な機能があるが、総合すると仮面ライダーに変身して戦うためにリンクナーヴは不可欠なものなのだ。
「普通ならね、だけど彼は変身できている」
「……リンクナーヴは作られてるんスか?」
「うん、聞かれると思って念の為に調べておいたよ」
これからが本題だ、とでも言わんばかりに文彦は興奮した様子で声のトーンを上げた。
「すごいよ、ナノマシンがないのに彼の体にはリンクナーヴが生成されてるんだ!」
「はぁっ!? なんで!?」
素っ頓狂な声を上げ、陽子が目を見開く。鷹弘も思わず、信じられない物でも見ているかのように文彦の顔を凝視していた。
リンクナーヴには適合率というものがあり、ナノマシンを投与した際にリンクナーヴが一切作られない者や、作られても極少量なために変身できるほどのエナジーが確保できない者も多い。
加えて、そもそもライダーシステムには他にも変身に必要な素養があり、ちゃんと手術を受けてリンクナーヴが確保できたとしても変身できるとは限らないのだ。
手足のナノマシンが検出されていない事も含め、翔のこれは明らかに異常な事態だった。
「どういう事だ……!? あり得ねェだろ!?」
「ああ、だがこうなると問題は制御チップの方だね」
ナノマシンと同様に手首・足首に埋め込むチップには、カタルシスエナジーの供給を制御するリミッターとしての機能がある。
感情エネルギーに際限はない。戦闘時の高揚感や怒りなどの感情が強くなればなるほど、カタルシスエナジーも強力になり増大する。
だがそのエネルギーが強大すぎれば、ライダーシステムやリンクナーヴが確実に耐え切れる保証はない。過剰なエナジー供給によってオーバーシュートを引き起こし、アプリドライバーが破損するか変身者の精神・身体に悪影響が出る可能性がある。
かと言って精神状態を無理矢理抑え付けてしまえば、戦闘力の低下は免れない。それを、ホメオスタシスはカタルシスエナジーの制御チップを設ける事で解決した。
一度に出力されるカタルシスエナジーの量を制限すれば、変身者の精神状態を阻害せずに、必要な分だけエナジーを取り込めるという寸法だ。
それが翔にないというのは、大きな問題だ。下手をすれば命に関わる。
「……とりあえず、なんでリンクナーヴがあんのかについては後回しだ。陽子、明日辺りあいつにチップ埋め込んどけ」
「了解、手術の手配済ませとくわ」
言いながら陽子は早急に司令室から去り、それに乗じるように文彦も退室。
残された鷹弘は、どのようにして翔のリンクナーヴの生成経路を調べるかについて頭を悩ませ、そしてすぐ我に返った。
「なんであんなヤツの事で悩まなきゃいけねェんだよ……」
※ ※ ※ ※ ※
無事訓練が終わり、会社の外へ出た翔は家へと向かって歩き出していた。
放課後にホメオスタシスの本部へ立ち寄ってから訓練し続けて時間が経ち、すっかり夜になってしまった。
早く帰ってシャワーでも浴びて、夕飯の支度をしよう。翔はそう思いながら、歩く足を速めた。
「……?」
ふと、繁華街の近くにある公園で、翔は唐突に足を止める。ほんの一瞬、茂みの中にいる何者かの影を視界に捉えたからだ。
夜中とは言え公園に人がいる事そのものは珍しい話ではない。だが、何故身を隠しているのだろうか。翔にはそれが疑問だった。
それに、一瞬見えた影は形が小さく、子供のように見えたのだ。
「誰かいるの?」
翔は思わず声をかけて茂みの方へ近寄り、返事も聞かず無造作に茂みを払った。
そして、そこにいたものを見て、目を丸くする。
ぼろぼろで穴だらけのローブを纏っている、銀髪の少女が倒れているのだ。右眼には眼帯を付け、靴も靴下も履いていない。
顔や体は灰や煤や泥で汚れているが、顔立ちは整っている。西洋の人形のように目鼻立ちが通っていて、それでいてどこか幼さを感じさせる。
年の頃は13から14と言ったところだろうか。学園や街の中では見かけた事がない少女に、翔は困惑していた。
「どうしてこんなところに女の子が」
少しの間少女を眺めていた翔だが、そんな呟きの後にある事に気付く。
彼女の腕には血が付いており、よく目を凝らせばローブにも血痕が付着しているし、ケガもしているようだ。つまり、彼女は何者かに襲われてこうなったという事になる。
「一体誰がこんな事を……まさか!?」
顔を上げ、翔は周囲を見回す。その直後、樹の中から翼を拡げた巨大な影が飛び出して来た。
翔は咄嗟に少女をかばい、降り立った者の正体を見極める。
黒みがかった茶色い羽毛に逆立った赤いトサカ。獲物を睨みつけるかのような鋭い目と、スラリと伸びた筋肉質な脚と蹴爪、そして。
「コココッ、コケーッ」
何よりもこの特徴的すぎる鳴き声だ。
「ニワトリ……いや、
「ココケッ、コケッ」
「うわっ!」
少女をかばう翔の姿を見るなり、そのデジブレインはいきなり飛びかかって来た。顔面目掛けてハイキックが繰り出される。
翔は身を屈めてそれを避け、少女を抱えて走る。ハイキックが命中した金属製の遊具には、まるでナイフで斬り裂いたかのような断面が残っていた。
「なんて切れ味のキックだ……」
「コケケケッー!」
その場で軽く飛び跳ねながら、そのデジブレインはムエタイのようなファイティングスタイルで翔を見下ろす。
一体どこにこのデジブレインのゲートがあるかは分からないが、今はとにかく戦うしかない。翔は自分の後ろでまだ目を覚まさない少女を見ながら、そう考えてマテリアフォンを手に握った。
《ドライバーコール!》
「何が目的か知らないけど、この子は渡さないぞ!」
《ブルースカイ・アドベンチャー!》
現れたアプリドライバーに起動したマテリアプレートを装填し、翔はシャモ型のデジブレインに向かって疾走する。
《ユー・ガット・メイル!》
「変身!」
《
「ハァァァッ!」
《アズールセイバー!》
変身の直後、翔はアズールに変身して剣を召喚、そのままデジブレインに真正面から突きつける。
だがシャモ型のデジブレインはそれを最小限の動きで逸らし、アズールの顔に拳を叩きつけた。
「くぅっ!? やるな……」
「コケェッ! ケッケッ!」
「わっ、うおっ!」
片足を軸に、全く体幹がブレる事なく軍鶏の蹴り技が繰り出される。右脚から横へ薙ぐような蹴りが頬を掠めたかと思うと、往復して今度は踵の蹴りが途轍もないスピードで襲って来るのだ。
あまりの速さに反撃すらままならない。飛翔して一旦距離を取ろうにも、その間に少女を狙われる可能性がある。ならば、自分の取るべき行動は――。
アズールは後方に下がりながら剣を振り、突風を起こしてデジブレインを牽制する。
「ココッ!?」
「まだまだ!」
シャモ型のデジブレインは狙い通りに怯み、アズールは剣を上段から振り下ろして肩を斬りつけ、続いて無防備な顎に左手で拳を打ち込む。
さらに追撃の一太刀を浴びせようと踏み込むが、まるでその時を待っていたかのように軍鶏は胸部目掛けて前蹴りを放つも、アズールはこれを腕で防ぐ。
しかし完全には威力を殺し切れず、腕の痺れからアズールセイバーを取り落してしまった。
「ぐぅ……! うおおおっ!」
「コケッ……コココーッ!」
両者が叫び、勝利に繋がる次なる一手を指す。アズールは取り落した剣を地面に落ちる前に蹴り上げ、軍鶏へと飛ばすが、それは見切られており右側へのサイドステップでかわされる。
さらにシャモ型のデジブレインはアズールの側頭部へ鋭い飛び回し蹴りを放ち、アズールはそれを伏せて回避。そして、互いに右拳を握り込み、突き出した。
拳は両者の顔面に命中、共に地に膝をつく結果となった。まさしく実力伯仲、中々決定打も与えられずその隙もなく、仮面の中で翔の頬に汗が伝った。
「ココ、コケコッ!」
そうしていかに攻めるかと思考を逡巡させていた時、目の前のデジブレインが何事かを鳴いたかと思うと、大きく地面から跳躍。そのまま電灯の上に立った。
上から攻撃するつもりか。そう思ってアズールが身構えたものの、あちらの狙いは全く違った。両腕を大きく拡げてまた鳴いた後、繁華街の屋上へと途轍もない脚力で繁華街の方角へ飛んだかと思うと、そのまま忽然と姿を消してしまったのだ。
「しまった!」
逃してしまった。このままでは街に被害が出るかも知れない、そう思って翔は変身を解除し、マテリアフォンでZ.E.U.Sのメンバーに連絡を送る。
すぐに追わなければ。そうも思ったが、足元で未だに倒れている少女を放っておくわけにもいかない。そもそも彼女は狙われていたのだ、放置するのは危険だろう。
それにしても、彼女はなぜ目を覚まさないのか。もしや、精神失調症になっているのでは?
思考がそこまで及んだ時、少女の片目が開かれる。精緻に細工されたサファイアのような、透き通った綺麗な瞳が露わとなった。
「あー……えっと、大丈夫? 君、ここで気絶してたんだけど」
「……」
少女は黙って立ち上がると。
何も言わず、翔に背を向けて歩き始めた。
「え? あれ? ちょっと、どうしたの?」
困惑し、泥で汚れるのも構わず翔は彼女の肩に手を置いた。
すると少女は即座に手を払い除け、眉一つ動かさずに言った。
「触らないで」
あまりにも素っ気ない、というよりも冷たい態度。翔の顔を見る事すらせず、スタスタと歩き始める。
翔はそんな少女に対して腹を立てず、むしろ心配した様子で彼女を追いかけて回り込んだ。
「君、ケガしてるでしょ? 治療できるところを知ってるから、一緒に行こう」
「ついて来ないで」
取り付く島もない。どうしたものかと翔は頭を抱えていたが、少女がいつの間にか手に取っていたものを見て、目を剥いた。
それはマテリアフォンだった。しかし、翔や貴弘が持っているものと形状は同じだが色が違う。
翔たちのマテリアフォンは銀を基調としたシアンとマゼンタのラインが入ったカラーリングである。それに対し、少女が持っているマテリアフォンは黒をベースとしたメタリックゴールドカラーのラインのみ。
「ね、ねぇ! それって!」
何故彼女がこんなものを持っているのか。驚いた翔は、思わず彼女の肩――を掴もうとして、誤ってローブを強く握ってしまう。
そのままボロボロになったローブが破れていき、その中身が晒される。
「……。……えっ」
「あっ」
少女が間の抜けた声を上げ、翔が唖然とする。
裸だった。裸足の時点で翔は気付くべきであったが、少女はローブの下に何も身に着けていなかったのだ。
彼女の歳にしては大きな、たわわに実った乳房が外気に晒されて体の震えに応じて揺れ動く。反面ウェストはスマートに引き締まって見事なくびれを作っており、そこから曲線を描くように、桃のように丸みを帯びた尻がある。ボロボロのローブでかろうじて泥を凌いでいた肌は陶器のように白く、どこか甘い香りを放っている。
年相応の身長とは対照的な艶めかしい体つきは、翔を大いに驚かせ、視線を奪った。
そして、数秒の後に翔は我に返る。見れば少女は体をわななかせ、顔を羞恥の色に染め、片方だけの眼で翔を睨みつけている。
「~~~~~ッ!!」
少女が声にならない声を上げた直後、公園に大きな打擲音が響き渡った。
「……それで、そのまま琴奈の家まで連れて来たのか」
翔と響の自宅の斜向いにある、塚原家にて。リビングでソファーに座り、口を押さえて笑いを堪えながら、鋼作が言った。
それもそのはず、目の前にいる翔の左頬には真っ赤な手形がひとつできあがっているのだ。
「ええ……まぁ……」
「災難だったなハハハ」
「笑いながら言わないで下さいよ」
唇を尖らせて翔が言う。
今、件の少女は琴奈の部屋で着替えている。彼女が昔着ていた服が余っているようで、それを琴奈と琴奈の母親に見繕って貰っているのだ。
鋼作はしばし翔の赤く腫れた頬を見てニヤニヤしていたが、しばらくすると「ところで」と真剣な面持ちになって翔の顔を見つめる。
「ニワトリみてーなデジブレインが出たって言ってたな。そっちは大丈夫なのか?」
「あ、いやそれが……会社にいる滝さんに連絡して急遽調査して貰ったんですけど、それらしい反応はなかったそうです」
「何ぃ? けど、お前見たんだろ?」
「見たどころか実際に戦ったんですよ。マテリアフォンに僕の視点での映像記録が残ってたんで、それも送ったから向こうも存在は認識してるはずなんですけど……周辺でゲートも見つからなかったようで」
「ふーん、なんか妙だなそりゃ」
頭をガリガリと掻きながら鋼作が訝しむ。
さらに陽子からの話によれば、デジブレインが街や人を襲っているという報告も挙がっていないという。
まるで目的が全く見えて来ず、謎は深まるばかり。翔はそれを不気味に感じるのだった。
「妙と言えば、彼女は一体どこから来たんでしょう? この辺りじゃ見かけない顔ですよね」
「ボロボロの服着た美少女ねぇ、そんなのフラついてりゃ話題になりそーなもんだがな」
二人が再度考え込む。そしてふと、翔がある可能性を口にした。
「サイバー・ラインから来た……とか?」
鋼作は「その手があったか」というような顔で翔を見るが、この可能性はすぐに翔自身が否定する。
「すいません、これはあり得ないですね。僕ら自身が迷い込んだ時、自力で脱出できなかったワケですし」
「だよなぁ」
ハハハ、と二人は笑い合う。結局のところこちらの謎についても解決はできなかった。
そうして話している間に、階段から足音が聞こえ「おまたせー」と声が響く。見れば、琴奈が例の少女を伴って二人の方に向かって来ていた。
全身についた泥を綺麗に洗い流して、黒い眼帯はそのままに白いシャツの上から黒いジャケットを羽織り、ホットパンツと縞模様のニーソックスを履いている。
どこか不機嫌そうな目をしているが、翔はその姿を見て思わず「おお……」と感嘆の声を発していた。
「うんうん、あたしの昔の服取っておいて良かったわ。どうかな、アッシュちゃん?」
「……胸のあたりがキツい」
「ぐふぇ?!」
思わぬ精神的ダメージを受けた琴奈が項垂れてガクリと肩を落とし、その様子を眺めて鋼作が爆笑、そのまま両者掴み合いのケンカに発展する。
そこへ仲裁に入るかのように翔が横から「アッシュちゃんって?」と口を挟んだ。
「この子の名前、アシュリィって言うんだって。だからアッシュちゃん」
「なるほど……アシュリィちゃん、ケガは平気かな?」
翔が問うも、少女は何も応えない。見かねた鋼作は翔に耳打ちする。
「なんかこう、随分嫌われてないか? 裸見ちまったんならしょうがないけど」
「いや、会った時からこんな感じだったんですよ」
再びアシュリィを見やると、翔と目が合った途端、ツンと目を逸らしてしまった。
明らかに不機嫌だ。
「えーと……それで、君はどこから来たの? 良かったら教えてくれない?」
「知らない」
「え?」
「何も分からない。何も思い出せない。アシュリィって名前以外の事は、何も覚えてない。満足?」
無表情でそう捲し立て、アシュリィはまた押し黙った。
記憶喪失。翔らの頭の中に、その言葉が浮かび上がる。
「君がどうして追われているのか、その心当たりは?」
「あるわけないでしょ。思い出せないから」
「そっか……辛いね」
翔は悲しげに目を伏せる。その表情は明らかに陰っていた。
しかしそんな雰囲気にも一切構わず、アシュリィは三人に背を向け扉の方へ歩いていく。
「もう行く」
「へっ? 行くってどこへ!?」
「あなたたちがいない場所」
アシュリィは振り向く事なくスタスタと歩き、扉に手をかける。あまりにも冷たい態度に、鋼作も呆れていた。
だが扉を開いた直後、何か思い出したように「あっ」と声を上げた。
「服、ありがと。それだけ」
たった一言そう告げて、今度こそアシュリィはその場から立ち去った。
「一体何だったんだ、あの子。やけに無愛想だったな」
鋼作は頬杖をつきながら溜め息を吐いてそう言った。
彼女が出て行った後も、翔は心配そうに扉の方を見つめている。そしてしばらく悩んだ後、意を決したように立ち上がった。
「僕ちょっと行ってきます!」
「待てよ翔」
少女を追おうとする翔の肩を鋼作が掴む。
翔は「止めないで下さい」という言葉が喉まで出かかったが、それをやめた。振り返った鋼作と琴奈の顔は柔らかく微笑んでおり、止めようとする意思がないようだったからだ。
「あの子を追うなら止めねぇよ。実はプレゼントがあるんだ」
「プレゼント、ですか?」
「まぁ追うにはちょいと大袈裟かも知れんが……ちょっとマテリアフォンを貸してくれ」
言われるがまま、翔は鋼作にマテリアフォンを差し出す。そうして何やら操作した後で、再び翔へと返した。
「一体何をしたんですか?」
「マテリアフォンに新しい機能を追加したのさ。お前、確かバイクの免許持ってんだろ?」
言葉の意味を理解して、翔は目を見張る。
「バイク作ったんですか!? どうやって!?」
「向こうの会社でもバイクのデータがあったからな。仕組みを訊いて、お前が帰って来る前にチョチョイと組んどいた……パルスマテリアラーってんだ、バイクのアイコンをタッチすりゃデータが具現化して出てくるはずだ」
鋼作は得意げながらも照れたように笑い、そして「これで少しはお前の役に立てるかもな?」と言って肩を竦める。
「あたしも、怪獣図鑑のアプリを改造してデジブレイン図鑑を作ってるの。待っててね、きっと翔くんと響くんの役に立ってみせるから!」
「二人とも……ありがとうございます! じゃあ、行ってきます!」
そう言って翔は二人に見送られながら、アシュリィを追って琴奈の家を後にするのであった。
※ ※ ※ ※ ※
「……」
暗い街中を、アシュリィが黙々と歩く。時折電灯に照らされ、浮かない表情で溜め息を吐いていた。
しばらくすると歩き疲れたのか、アシュリィはバス停のベンチに座り込む。そして、気づかぬ内に持っていたマテリアフォンに似たデバイスを見つめる。
「一体何なの、これ……」
アシュリィが呟く。何故こんなものを持っているのかは分からないが、手放す事も彼女にはできなかった。
彼女は特に記憶を取り戻そうなどと思っていなかった。目を覚ます以前から持っていた以上恐らくこれは自分のものであり、記憶に繋がる何かがあるのかも知れないが、そんなのは重要な話ではない、と考えているのだ。
「……アッ、ぐ……また……!」
瞬間、アシュリィの頭の中で激痛が走る。意識を失ってしまいかねない程の、鈍く重い痛み。目に涙が溜まり口から何かが吐き出されそうになるが、グッと堪える。
しばらくすれば痛みは治まる。だがこのような事態はアシュリィが目覚めてから度々起こっており、彼女を悩ませていた。
涙を拭いながら、またアシュリィは立ち上がる。そしてふと、自分の服を見て思い出した。
今日出会った三人の事を。特に、翔の事を。
だがすぐに頭を振り、彼らの事を振り切るように歩き始める。
「あんなヤツら、どうでもいい。私は……独りじゃなきゃいけない」
言いながらアシュリィは歩く足を早める。彼女に記憶はないが、名前の他に二つ確信している事があった。
それは、他人を信用してはならないという事。そして、自分はひとりでいなければならないという事だ。
何故なのかは分からない。ただ、そうしなければならないという思いだけが不思議と強く心にあったのだ。
だが。そんな彼女の行く手を阻む者が、頭上から飛来した。
「コケーッ!」
「!?」
シャモ型のデジブレイン。アシュリィはその姿を見て、恐ろしくなって全身を硬直させる。
しかしそんな事はお構いなしに、この軍鶏はアシュリィへとにじり寄る。アシュリィもそれに合わせるように、一歩一歩引き下がった。
だがそれも長くは続かなかった。背後から顔のない白色のデジブレイン、即ちベーシック・デジブレインが迫っていたのだ。
「あ……ああぁっ!?」
このままでは死んでしまう。そう思った時、アシュリィの口から恐怖の声が漏れ出た。
そしてベーシック・デジブレインの手がアシュリィに触れようとした、その時。
「ウオオオッ!!」
青いバイクが稲妻のようにやって来た。
見れば、既に変身を終えた仮面ライダーアズールが、パルスマテリアラーでアシュリィのいる方へと迫っているのが分かった。
アズールはパルスマテリアラーの車体をぶつけ、半数のベーシック・デジブレインを蹴散らす。生き残った者たちも、バイクを反転させ後輪をぶつけ、全て捻じ伏せた。
「アシュリィちゃん、大丈夫!?」
言いながらアズールはバイクから降り、アズールセイバーを呼び出して軍鶏に斬りかかった。
しかし攻撃を簡単に受ける相手ではない。攻撃はバックステップして距離を取るついでに回避されてしまった。
「どうして来たの!? バカじゃないの!?」
「放っておけないからだよ」
「放っておいてよバカ!! 私が狙われてるのを知ってて、なんでこんな事するの!?」
「君が独りだからだ」
シャモ型デジブレインの蹴りを剣の腹で受け止めながら、アズールは言った。
「今でこそ友達がいるけど……僕は昔、大切な人に見捨てられた事がある。兄弟もいるけど、あの人は昔から僕なんかよりすごい人だった。何でもできて、何でも知っていて誰よりも強くて……身近にいてもずっと背中ばかり見ているような、遠い存在のような、だから二人でいるはずなのにずっと孤独に感じていたんだ」
「え……?」
「だからってワケじゃないし、もしかしたら僕が想像してるよりもずっと辛いかも知れないけど……なんとなく分かるんだよ、君の気持ちが」
今度はアズールが斬撃をしかけるが、難なくサイドステップで回避され、逆回し蹴りを横腹に食らう。
「ぐっ、く……! それに……命を狙われている人間を助けない理由なんて……絶対にない!」
再度アズールが剣を振りかぶる。だがこれも無意味だった。
攻撃の直前に軍鶏はアズールに向かって跳躍し、強烈な膝蹴りを顔面に食らわせたのだ。たちまち、アズールは地面を転がされて腹を踏みつけられる。状況は圧倒的に劣勢だ。
それでもアズールは、翔は諦めない。シャモ型デジブレインの脚を掴んで、立ち上がらんとする。
軍鶏はしばらくアズールを見下ろしていたが、突如電流でも受けたように痙攣したかと思うと、地面に落ちたアズールセイバーを拾い上げてアシュリィの方を見つめる。
「な……っ!?」
そしてアズールを踏み台にして跳躍し、上空からアシュリィの背後へと落下。ゆっくりと剣を振り上げた。
アシュリィは突然の出来事に驚き、自分の腕で身を守る事しかできない。アズールは立ち上がり、叫んだ。
「やめろぉぉぉぉぉっ!!」
剣がアシュリィに向かって振り下ろされる、その刹那。
たった一歩だけ踏み込んだはずのアズールは、一瞬の内にアシュリィの眼前に移動し、軍鶏の顔面を拳で突いていた。
「コ……ケッ?」
「うううおおおおおっ!!」
衝動のままにアズールは叫び、拳打、拳打の連続。そして剣を落とせばそれを拾い上げ、斬り、突き、薙ぐ。
シャモ型デジブレインも負けじと攻撃を防いで反撃に転じようとするが、アズールの攻撃は止まず隙ができない。ただひたすら攻撃を受けるだけになってしまった。
アシュリィを護りたいという感情の爆発。翔自身はまだ何が起きているのか分かっていないが、それが多量のカタルシスエナジーを発現させ、アズールの能力を大きく押し上げたのだ。
「命は……奪わせないっ!!」
《フィニッシュコード!
「そぉりゃぁぁぁっ!」
青い輝きと暴風が拳を覆い、軍鶏の顎を捉えて遙か上空へと吹き飛ばす。
それでも軍鶏は消えなかった。まだ存在を維持し、それどころか反撃に転じようと翼を拡げる。滑空し、真上から蹴りを食らわせようというのだ。
だが、直後に地上で起きている事態を目にして驚愕する。アズールが、今度は武器を使用して必殺を発動しているのだ。
《フィニッシュコード!
「ハァアァァァッ! そぉりゃぁぁぁぁぁっ!」
剣を振って放出された光の刃が、軍鶏へと向かう。
シャモ型デジブレインは驚きながらもこれを両腕で受け、そのまま受け身を取る事さえできずに地面に墜落してしまった。
「コ、コケッ」
ガクリ、と首を傾けたまま、軍鶏は動かなくなる。
まだ消滅はしていない。トドメを刺すべく、アズールはゆらりとそのデジブレインに向かって歩み始める。
しかし、その時。突如として周囲の空間が歪み、軍鶏はその歪みに飲み込まれてしまった。
「逃げられた……!?」
すっかり姿を消してしまった軍鶏を探すも、時既に遅し。仕方なく翔は変身を解除し、アシュリィの方に向き直る。
「大丈夫?」
「……」
「君が無事で良かったよ」
そう言いながら、翔は右手を差し出す。
躊躇い、戸惑うアシュリィ。この手を取ってもいいものか、悩んでいるようだった。
翔も自分から手を握る事はしなかった。その代わりに、優しく微笑みかける。
「行くところがないならウチにおいでよ。一緒に帰ろう?」
「帰る……?」
「うん」
優しく暖かい声、それでもアシュリィには彼を信じ切る事ができない。
だが、少なくとも。自分を護りたいという言葉に、偽りはないように感じ取れた。
「……」
アシュリィは恐る恐る、彼の手を握る。翔も微笑みながら、その手を握り返すのだった。
「使えないなぁ、全く」
そんな二人が立ち去る様子を、影で覗き見る者がいた。
その男は翔たちが戦っていた場所のすぐ近くにある屋外駐車場で、ずっと戦いを見ていたのだ。
しかし、二人がまるで気づかなかったのが不自然な程に、その男は長身――というよりも巨身だった。
服装もエキセントリックなもので、頭にはチェック柄の軍帽を被り、身に纏っているのは左右で白と黒に分かれた軍服。さらに帽章には、チェスにおけるキングの駒が描かれている。また、左腕には緑色のスマートウォッチに似た機械を装着している。
しかし何より特徴的なのは、顔も含めた全身だ。
まるでコンピュータ・グラフィックスがそのまま飛び出してきたかのような、現実味のない姿をしている。身長は明らかに250cmを超えており、それでいて非常に細身。顔も整っているが、明らかに現実の人間のそれではなく、どこか不自然さがある。
「折角ボクの手柄になるかと思ったのに、あのデジブレイン……負けちゃうなんて」
溜め息を吐き、巨人はスマートウォッチのような機械の画面中央にあるENTERのアイコンを押し、「ゲート」と音声入力する。
すると周囲の空間が歪み、男の姿が徐々に消失していく。
「まぁいいさ。どっちにしろあんなヤツら、ボクの敵じゃないし」
その言葉の直後、男は忽然と姿を消した。