仮面ライダーアズール   作:正気山脈

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EP.30[悲鳴(Scream)]

「なんでだ、なんで俺が……負けるっ……!?」

 

 アズールたちホメオスタシスの仮面ライダー五名と、Cytuberに反逆した御種 文彦(ヴァンガード)が変身する仮面ライダージェラスの戦い。

 その決着は、ビーストモードを使った上で、ジェラスの敗北という形で幕を閉じた。

 今までと違ってトランサイバーに破損は見られない。二つのプレートも無事のようだ。

 

「もう逃げられねェぞ」

「抵抗するな。貴様を逮捕する」

 

 変身を解除した鷹弘と翠月が、文彦へと近付いて行く。

 文彦は身を起こし、項垂れて観念したように両手を上げた。

 

「……分かってるよ、クソッ。どの道……俺にもう戦う力なんか残ってない」

 

 翠月が後ろ手に文彦に手錠をかけ、右腕を引っ張り上げる。立って歩けないため、左側を浅黄が持ち上げて足を引きずりながら運ぶ形となった。

 覇気を失った彼の姿を見て、鷹弘は訝しむ。

 

「やけにあっさり引き下がるじゃねェか」

 

 フンッ、と鼻を鳴らし、文彦は答える。

 

「もう足掻いたって仕方ないだろ……俺は負けたんだ。この世界はいつだって力の強い方が正しい、それだけの事だ」

 

 そんな投げやりな言葉を耳にして、翔は眉をひそめる。そして文彦の前に立ち、問いかけた。

 

「本当に力の強い方が正しいのなら。あなたのお兄さんがやっていた事や、あなた自身がお兄さんにしてしまった事は、全部正しかったんですか?」

「それは……」

 

 口を噤み、視線を落とす文彦。翔は彼に近付き、真っ直ぐにその顔を見据える。

 

「何が正義とか、何が悪だとかを説くつもりはなくて……ただ、単純に力で人を捻じ伏せた方が絶対的に正しいだなんて、僕は思いません。それって闇雲に人を傷つけたり、それこそ気に入らない人の命を奪う事が正しいって言ってるようなものでしょう」

「……なら、正義って……一体何なんだ?」

「僕にもその答えは出せません。というか、きっと本当の答えを知ってる人なんていないんだと思います」

 

 翔がそう言った直後、響がその隣に立ち、その肩に腕を回した。

 

「そうだな。誰もが答えを知っているのなら、この世に争いが起きるはずはない。みんな探し続けているんだ」

「だから、ちゃんと罪を償って、一度見つめ直して考えてみましょうよ! 今までの事と、これからどうするのかを!」

 

 文彦に手を差し伸べ、微笑む翔。淀んだドス黒い空の中で、彼の笑顔は眩しく見えた。

 しかし、文彦は頭を振る。

 

「そんなもん……遅ぇだろ、今更。俺は栄や伊刈と違うんだぞ。年齢も、やった事の重さも」

「やり直すのに速いも遅いもないですよ! まだ未来があるんだから、むしろ諦めが速すぎるくらいです!」

「人の命を奪って長らえた未来だぜ」

「そう思うのなら、やっぱり失った命のために生き続けるべきなんじゃないですか? あなたは、まだ生きてるんですから」

 

 また文彦は言葉を詰まらせる。そして溜め息を吐き、しかし先程までの諦観の宿ったそれとは違った眼差しで、翔と顔を見合わせた。

 

「あぁ、畜生……羨ましいな……」

 

 言いながら、文彦は翠月と浅黄に腕を引かれながら一歩足を踏み込む。現実世界へと戻るために。

 しかし、その直後。

 突然、文彦は胸を抑えて表情を苦悶に染める。

 

「があっ、ぐ、ぐああああっ!!」

「御種さん!?」

 

 苦しみの声を上げ、目を見開く文彦。両脇に立つ二人は彼が倒れないよう支えている。

 一体何が起きているのか。翔が考えた時、摩天楼のさらに上空から声が木霊した。

 

「困りましたねぇ。まさか、こんな結末になってしまうとは」

 

 その丁寧な口調の男の声は、全員が聞いた覚えがある。

 デジブレイン、スペルビアP(プロデューサー)だ。

 五人が見上げている間に、苦しむ文彦の胸からフラッド・ツィートのマテリアプレートが飛び出し、スペルビアがそれをキャッチする。

 

「あぁ、やはり。これは色々と調整し直す必要がありそうですねぇ。全く面倒な事をしてくれた……」

「ぐ、が……う、ぐ」

「それでは一緒に来て頂きましょうか。あなたの処遇について、話をしなければ、ねぇ……」

 

 スペルビアが、地上で息を切らして青ざめている文彦へと手を伸ばす。

 だが、それをかばうように翔が立ち塞がった。

 

「おやぁ?」

「お前の思い通りにはさせない……スペルビア!!」

「おやおや、おやおやおやおやおやおやおや。これはこれは……困りましたねぇ。私は彼と少しお話がしたいのですが」

 

 愉快に笑い声を上げ、スペルビアは摩天楼の屋上に降り立つ。

 スペルビアから敵意などを一切感じ取れないが、翔は確信していた。

 目の前にいるこのデジブレインは、表面上はへらへらと笑っているが、絶対にこのまま文彦を無事で帰すつもりなどないという事を。

 

「お前には何もさせない。そのマテリアプレートも、こっちに渡して貰う」

「おやおや。これは元々私のものですが?」

「しらばっくれるな、もうお前の目的は聞いてるんだ。アクイラは絶対に復活させない」

 

 そう言って、翔はマテリアフォンを取り出してアプリドライバーを装着。チャンピオンズ・サーガのマテリアプレートも手に取り、臨戦態勢だ。

 スペルビアはそれでも余裕の表情で、唇を釣り上げている。

 

「愚かですねぇ。実に愚かだ。ご自分が何者なのかも知らず……」

「……?」

「まぁ、良いでしょう」

 

 スペルビアはそう言って孔雀の仮面に手を伸ばし、それを――剥がす事なく、その場で跳躍して再び空を舞った。

 さらに指をパチンッと弾くと、文彦の左腕に装着されたトランサイバーが黒い炎で燃え上がり、砕け散る。

 

「あっ!?」

「今日はこれで帰らせて頂きますよ。どの道、マテリアプレートを手に入れた時点で用は済んでいるも同然ですからねぇ」

 

 ホメオスタシスの面々が見ている中、上空で恭しく一礼したスペルビアは、そのまま姿を消した。

 胸を撫で下ろす翔。戦闘後の負傷と疲労を抱えている今、いかにV3の力といえど厳しい戦いになると予想していたからだ。

 

「下でアシュリィちゃんたちも待ってるはずです。もう帰りましょう」

 

 翔がそう言って振り返った時。

 翠月と浅黄に捕まっている文彦が、力なく項垂れているのを見つけた。

 

「えっ!?」

 

 翔も鷹弘も、驚いて彼に駆け寄る。

 両目から完全に生気が失われており、呼吸もしていない。意識も失っているようだ。

 この症状を知らない者はいない。精神失調症だ。

 

「そ、そんな……」

 

 悲壮な表情で翔が呟いても、文彦は返事をしないし、目を覚ます気配もない。

 こうして、ホメオスタシスの一行は物言わぬ文彦を連れ、現実世界へと戻るのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 数時間後。

 サイバー・ラインから帰還したライダー五人とアシュリィは、ホメオスタシスの地下研究施設に赴いていた。今は休憩所で待機している。

 施設の休憩所には、鋼作・琴奈・陽子、それから彩葉の姿もある。なお、宗仁は仮面ライダージェラス襲撃後の事件の対処に追われて参加していない。

 突然文彦が意識を失ってしまった原因を突き止め、今後の事を相談するために鷲我が招集したのだ。

 その鷲我本人は今、ホメオスタシスに所属する医師たちと共に、文彦の検査に立ち会っている。

 

「……!」

 

 休憩所の扉が開かれ、翔は立ち上がる。同様に鷹弘と響も鷲我の方に向かった。

 

「会長! 御種さんの容態は……」

 

 翔に問われるも、鷲我は首を横に振る。

 

「間違いなく精神失調症だ。恐らく、プレート内のデジブレインと一体化した後……完全に適合を終えないまま無理矢理剥がされた事で、体内に細胞片のようなものが残ったのだろう」

「細胞片……!?」

「そうだ。ただの欠片といえどデジブレインだからな、人間の感情エネルギーを喰らう性質は残っている。しかも厄介な事に、彼の中にあるリンクナーヴと融合しているようだ。これでは大元のデジブレインを倒したとしても、解除できないだろう。と言うより一生取れないな」

 

 恐る恐る、鷹弘の隣にいる陽子が「どうなっちゃうんですか?」と訊ねる。

 鷲我は神妙な面持ちで、重い口を開いた。

 

「我々にはどうする事もできないが、助かる見込みはある。彼自身が体内のデジブレインの細胞片と完全に融合してしまえば良い、要するにアシュリィくんと同じ状態まで持っていくという事だ」

「そうか、自分がデジブレインになれば精神失調症も自力で解除できる……!」

「問題は……その適合までにかかる時間だ。一体どのくらいだろう? 今すぐなのかも知れないし、明日? それとも一ヶ月、一年……ひょっとしたら10年先かもしれない。次にいつ目を覚ますのか、まるで予測ができないんだ」

 

 鷹弘が悔しそうに自らの拳を掌に打ち付け、凄惨な事態に彩葉が涙ぐんで両手で口元を覆う。

 一方、翠月は冷静な口調で鷲我へと質問を重ねた。

 

「この男は他のCytuberの領域の座標を知っている可能性もある。できる限り早急に手を打ちたい、どうにかできないのでしょうか?」

「無理だ。現行の技術では、既に肉体と融合したデジブレインの細胞片を剥がす方法はない。残念だが……目覚めるのを待つしかない」

「……我々は待つ事しかできないと?」

「……そうなるな」

 

 そこから、翠月も鷲我も黙ってしまう。

 すると、今度は浅黄がキーボードをカタカタと叩きながら口を開いた。

 

「でも、向こうから動きを見せる可能性もあるんだからさ。油断はできないよ」

「その通りだ。いつ次の戦いが始まっても良いように、備えておかなければならない」

 

 鷲我は頷いて、集まったメンバー全員に対して語りかける。

 

「残るCytuberは三名だが、ここから先は間違いなく今まで以上に厳しい戦いになる。全員、今の内に一度体と心を休めておいて欲しい」

 

 各々が頷いたり返事をするのを確認しつつ、鷲我は話を続ける。

 

「それから……御種 文彦から得た情報はどれも有力だ。まず、敵側の思惑が分かった事。これは大きな一歩だ」

「アクイラの復活……でしたね」

 

 翔の言葉に、鷲我は頭を抱えて「そうだ」と重々しい口調で答える。

 

「正直、予想しなかったワケではない……が、あり得ない事と高を括っていた。まさか、アクイラのバックアップデータが実在するとはな……」

 

 それを聞いて、琴奈と鋼作は大きく溜息を吐いた。

 

「思えば、私たちはサイバーノーツの使っていたマテリアプレートを解析できてなかったですもんね。一枚でも手に入れる事ができていたら、すぐ目的も分かったのに」

「つっても、あのスペルビアがいる以上無理だったんだけどな」

「そうなんだよねー! ほんっとあいつ嫌い、マジでなんなの!?」

 

 憤慨する琴奈と、腕を組んでそれに同意する鋼作。二人の会話を聞いていた鷹弘と陽子も深く頷いていた。

 さらに、その隣で響が「そういえば」と口を開いた。

 

「敵が使っている残りのマテリアプレートの情報も入手しましたね。確か、The Golden City(ザ・ゴールデン・シティ)とブシドー・ブリード、そしてフェアリーテイル・プリンセスだとか」

「うむ……それらがどのような機能を持つのか、誰が所持しているのかという点については不明だが、ある程度能力を予測できる可能性はある。これも有益な情報だ」

 

 そうしてほんの一瞬だけ沈黙した後、鷲我はやや言いづらそうにしながらも、もうひとつの情報について口に出す。

 

「そして、マテリアプレートに封入されたデジブレインがアクイラ復活の鍵となる……この点についてはどう対策するべきか」

 

 うぅむ、と全員が悩み始める。

 サイバーノーツを倒しても、復活に必要なエネルギーは充填されてしまう。かと言って、人々を脅かすCytuberを放置する事もできない。

 それに倒さずにいたところで、時間をかけてしまえばどちらにせよプレートにエネルギーを確保されてしまう。選択肢はないのだ。

 

「……スペルビアがマテリアプレートを利用する前に、つまり復活させる前にあの野郎を倒すっていうのはどうです?」

「まぁ結局の所、スペルビアさえ消えちまえば、アクイラを復活させようなんて考えるヤツはいなくなるワケだからな」

 

 鋼作の提案に鷹弘が同意し、他の面々も首肯する。実際、それが一番良い方法なのだ。

 

「翔が直接戦ったワケじゃねェが、あのV3の力は間違いなくスペルビアに通用するはずだぜ。勝ち目はある」

「はい!」

 

 鷹弘に肩を叩かれ、翔は元気良く返事をする。

 そんな二人の様子を眺めて目を細めながら、鷲我は自分の両掌をパンッと重ね合わせた。

 

「今日はもう時間も遅い、ここで解散としよう」

 

 それを聞いて「了解」と声を上げ、鋼作・琴奈が先に退室。

 響は名残惜しそうに彩葉に別れを告げてから、翔とアシュリィを伴ってその場を去る。彩葉はそれを見送りつつ、進駒や律が捕らえられているのと同じような個室へと向かった。

 翠月はこのまま電特課へ向かい、浅黄はネットカフェへと泊まりに行く。

 

「……さて」

 

 その場に残ったのは鷹弘と陽子、そして鷲我だ。

 父親の方を振り返った鷹弘は、怪訝そうに訊ねる。

 

「一体何の用事なんだ、親父。俺らにメールまで寄越してよ」

 

 鷹弘の手にはマテリアフォンがあり、そこにはメールの着信画面が映っている。陽子も同じだ。

 実は、この二人は地下研究施設に来るよりも前、鷲我からメールを受け取っていたのだ。

 曰く『解散後に少し残って欲しい、話がある』との事。心当たりのない二人は、困惑するばかりだった。

 

「……少し待ってくれ。もうひとり呼んでいるんだ」

 

 鷲我の表情は硬い。二人は何か重要な話をするのだと確信し、固唾を飲んでそのもうひとりとやらを待つ。

 すると、扉が開いて姿を現したのは、彼らにとって意外な人物だった。

 驚きのまま、思わず陽子が名を口に出す。

 

「肇さん?」

 

 そこにいたのは、翔と響の養父であり、帝久乃市で活動している探偵。天坂 肇だ。

 ただでさえ強面なのだが、今は一層険しい顔つきで立っている。

 

「どうしてここに……」

「鷲我に呼ばれただけだ。翔について、重要な話があるってんでな」

 

 肇の言葉を聞いて、二人はより困惑した。

 意図が分からなければ、経緯も分からない。一体どうして、何があって鷲我が翔について話すというのか。そもそも何を話すのか。

 そう思っていると、質問する前に鷲我が先に口を開いた。

 

「三人を集めたのは、翔くんを見張れる立場であり、口の堅さについて信用できるからだ。今から話す内容は公にできるものではないのは勿論、ホメオスタシス内でも軽々に明かすべきものではないからな」

「……一体どういう事だよ、親父?」

 

 眉をしかめて鷹弘が訊ねるが、鷲我は何も答えない。

 しかし代わりに紙の資料を取り出して、鷹弘たちへと手渡した。二セット用意されており、ひとつはチャンピオンズ・サーガについて、もうひとつは2000年に肇が戦ったアクイラについての記述だ。

 三人とも訝しみながら、それに目を通してめくっていく。

 そして、段々と顔色が変わり始めた。特に顕著なのが鷹弘の方で、目を見開いて呆然としており、明らかに動揺している。

 

「……一体どういう事だよ、親父」

 

 先程と同じ、しかし疑問とは違う言葉を繰り返す鷹弘。資料が物語る事実に、辿り着いた結論に、心を揺さぶられざるを得なかった。

 

「おかしいだろ、こんなの! なんかの間違いなんだろ!?」

「落ち着いてくれ鷹弘」

「落ち着けるかよ!! あり得ねェだろこんなもん……翔が、あいつが――」

 

 鷹弘は鷲我の胸倉を掴み、目尻に涙を浮かべ、机を倒しながら壁に押し出す。

 そしてそのまま、震える声で叫んだ。

 

「あいつがアクイラなワケねェだろうが!!」

 

 その怒声に、資料に目を奪われ傍で聞いていた陽子が、愕然としながらペタリと地面に座り込む。

 資料を繰り返し読んで、頭では分かっていた。しかし改めて言葉として聞いてしまった事で、驚愕と恐怖が増してしまったのだ。

 鷲我は何も答えない。徐々に鷹弘の中にやり場のない怒りが蓄積されていく。

 そんな折、鷹弘の背後に立っていた肇が、その肩を掴んだ。

 

「その辺で放してやれ。これじゃ答えようと思ってもできんだろう」

「くっ!」

 

 言われた通りに、鷹弘は手を放す。そして深呼吸しながら、再び「これはどういう事なんだ」と問い質した。

 

「……順を追って話そう。まず、私はこれまでの翔くんの戦いの記録から、彼が他の仮面ライダーと異なる特殊な力を持っている事に気付いた。当時は旧式の改造手術を生後すぐに受けた事が原因だと思っていたがな」

 

 それについては鷹弘も引っ掛かっていた。

 一時的とは言え最適化されていないV2アプリを起動したり、今回もテストも済ませていないV3の力に覚醒してみせた。

 さらに、今回はジェラスの不死の力やバリアを剥がしてさえいる。これは明らかに異常事態だ。特にバリアの方はアクイラのバックアップのデジブレインから得た力、つまり不完全な欠片とは言えアクイラそのものの力なのだ。そう簡単に無力化できるはずがない。

 できるのだとすれば、それは同じ力を持つ者だけだ。

 

「まさか……本当に……?」

「落ち着け、鷹弘。何も私は今の彼がアクイラそのものだとは思っていない」

 

 ハッと目を剥いて、鷹弘は鷲我の方を向き直る。

 

「翔くんはアクイラの力を持っているというだけだ。少なくとも……今のところは、だが」

「……どういう事だ?」

 

 白衣の襟を正し、鷲我は静かに問いかける。

 

「先程の話、デジブレインの細胞片の事は覚えているか?」

「体内に組み込まれたせいで、御種の肉体やリンクナーヴと融合してるってアレだろ」

 

 それがどうした、と口に出そうとする寸前に、鷹弘は答えに辿り着いてハッと顔を上げる。

 

「まさか!?」

「そういう事だ。彼の体には、アクイラの細胞片が埋め込まれている……いや、既に適合している以上、埋め込まれていたというべきか」

 

 これには、鷹弘だけでなく陽子と肇も驚愕していた。

 深く息を吐いて、鷲我は話を進める。

 

「細胞片との同化自体は既に完了している、それでも今までは彼が自分の力に自覚がなかったから無事で済んでいたが……」

「V3の力を手に入れた事で、目覚めさせちまったって事か」

「……本当に申し訳ない事をした。まさかここまで深刻な状態だとは」

「このまま力を使い続けて、覚醒が進行すればどうなる」

「私にも分からない。アクイラの細胞片に意志があるのならアクイラとしての人格に目覚める可能性もあるが、単にアクイラの力を持っているだけならそうはならないかも知れない。とにかく今は、これ以上酷い状態にならないように、彼が力を行使するのを止めなければならない」

 

 再び鷲我は深く長い息を吐く。鷹弘や陽子にも、彼の苦悩が伝わって来るかのようだった。

 しかし、V3を完成させた鷲我が判断を誤っていたのかと言えば、それは違うと鷹弘は考えていた。

 翔の中にアクイラの細胞が埋め込まれている事が分かっていたとは言え、あの場はチャンピオンズ・サーガの力に頼る以外、攻略する方法などなかったのだ。

 

「ちょっと良いか」

 

 肇は帽子の鍔に指を添えながら、自身も質問する。

 

「そもそも一体いつからだ、翔にそんな事が起きたのは。俺は確かにアクイラを倒したんだぞ、ヤツが現実世界に細胞片を撒き散らす余裕なんぞ与えなかった」

「ああ、その通りだ。我々は対処法を間違えていなかった……君はアクイラを粉々に砕いてくれた」

 

 言った後で鷲我は「しかし」と付け足し、話を続ける。

 

「たとえば君の使ったプロトアプリドライバーに、返り血のように細胞片が付着していたとすれば?」

「なに……?」

「それと……いつからだ、という点に関して答えよう。恐らくそれは、翔くんの生後間もない頃だ。旧式手術を受けたのと同じでな。でなければ細胞が定着しないし、翔くん自身が覚えていない事に説明がつかない」

 

 段々、全員の表情が強張っていく。

 鷲我が何を言おうとしているのか分かってしまった。そして、限られた人数にこの話を持って来た理由も、理解できた。

 万が一にもその情報が漏れてしまえば、混乱を招くのは勿論の事、ホメオスタシスという組織の壊滅にも繋がりかねないからだ。

 

「これが私の結論だ。何者かが肇とアクイラとの戦闘後、偶然にも細胞片を発見し……採取した。そしてそれを産まれたばかりの翔くんに埋め込み、改造手術を施した!」

「おい、マジかよ……親父、自分が何言ってんのか分かってんのか?」

「……無論だ。考えたくはなかったが」

 

 鷲我は三人の前で、毅然とした態度で断言する。

 

「犯人は過去Z.E.U.Sに所属し、アクイラについての事情も知っている。つまり、ホメオスタシスができるよりも前にかつて我々側についていた人物……裏切り者だ」

 

 三人全員が言葉を失う。

 裏切り者は御種 文彦だけではなかった。彼が裏切るよりもずっと前に、スペルビアに屈していた人間が存在していたというのだ。

 静まり返った室内で、鷲我はそのまま話を続ける。

 

「この裏切り者は恐らく御種とは真逆で、何のつもりかは知らんが『アクイラの復活』を目的としている可能性が高い。そしてアクイラを復活させようとしているという事は、既にCytuberに加わっている事も考えられる」

 

 ゴクリ、と鷹弘が息を呑む。聞いていてあまりにも不気味な話だからだ。

 その犯人は、なぜそんな事をしようと考えたのか。元々こちら側の人間だったという事は、アクイラの驚異も知っていて然るべきだ。にも関わらず、生後すぐの幼児に手術を施している。

 鷹弘や陽子はもちろん、鷲我や肇にもそこが分からなかった。だからこそ不気味なのだ。

 

「でも会長、過去に所属していたって言ってましたけど……それって今は辞めてるって事ですよね? どうして断言できるんですか?」

「当時関わっていたメンバーが全員Z.E.U.Sを退職しているからだ。人数もそこまで多くない、犯人の特定にはそこまで苦労しないはずだ」

 

 そう言いながら、鷲我はまた新しく資料を取り出して、肇に差し出す。

 それは、2000年当時までZ.E.U.Sに所属していた面々かつアクイラを知る元社員のリストだ。正規・非正規を問わず全ての人員が記されている。

 

「肇、お前にはここに載っている者たちを調べて欲しい。だが敵は一人とも限らん、くれぐれも慎重に頼むぞ」

「分かってる。必ず見つけ出して、翔の事を弄んだ報いを受けさせてやる……」

「よし。それから鷹弘と陽子くん」

 

 呼んだ二人を振り返って、鷲我は険しい顔つきのまま話し始める。

 

「二人には、翔くんがアクイラの人格に覚醒しないよう見張り、極力あの力に頼らないよう説得して貰いたい。そして万が一にも彼がアクイラとなってしまったら、その時は……」

 

 鷲我の続く言葉を手を上げて遮り、強い意志の籠もった眼差しを向けて言い放つ。

 

「全力で翔を止める。そうだろ」

「……ああ、頼んだぞ」

「任せとけ」

 

 それを聞いて安心したように鷲我は微笑み、再び顔を引き締める。

 

「話は終わりだ。くれぐれも他言無用で願う」

『了解!』

 

 鷹弘と陽子は大きな返事と共に退室し、肇も帽子を被り直して部屋を出る。

 鷲我はそれを見送ってから、力強く拳を握って自身もその場を後にした。

 

「これ以上思い通りにはさせんぞ……デジブレイン、そしてCytuber……!」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 鷲我に呼ばれて訪れたホメオスタシスの地下研究施設で話を終えた後。

 肇は、三人の待つ自宅に帰還した。

 

「ただいま」

 

 玄関に置いてあるタオルで顔を拭きつつ、リビングへと向かって扉を開く。

 翔と響、そしてアシュリィは、仲良く食卓を囲んでいた。今日の献立は翔が作った厚切りのポークチャップと、付け合わせに前日から作っていた特製ポテトサラダだ。

 響はこのポテトサラダに七味をかけて食べるのが好みなので、食卓に出てくる時には必ず翔が七味を用意している。

 

「おかえり、父さん!」

「おかえり」

「……俺はただいまの方がいいのかな?」

 

 ポテトサラダに七味をかけながら、響が言う。その様子を不思議そうに見ていたアシュリィは、響がテーブルに戻した七味を自分も手に取ってササッとかけ始めた。

 そして箸でつまみ、口に運ぶ。

 うまい。と、表情は変わらないし言葉にもしないが、輝く目が語っている。

 

「元気そうで何よりだ、響。おかえり。お前が帰って来たって事は、明日か明後日にはカレーか?」

 

 それを聞いて、真っ先にアシュリィが背筋をピンと伸ばして反応する。

 本来なら響への退院祝いなのだが、本人よりも楽しみにしているようだ。

 

「そうだね、そうしよっか」

「やっとお前のカレーが食べられるな」

 

 満足気に微笑む響。翔も、楽しそうな二人を見て笑っている。

 そんな団欒の様子を眺めつつも、肇はジャケットを脱ぎながら、自分の部屋に向かって行った。

 

「二人共、良く笑うようになったな……」

 

 ネクタイも外して片付けつつ、肇は思う。

 自分は本当に、ただ敵の正体を調べるだけで良いのか、と。

 響が向こう側に送られた時、そしてCytuber側に回ってしまった時、自分は何もできなかった。

 いや、しなかったのだ。戦えるだけの力を持ちながら、腕を一本失っている事を言い訳にして。

 そして今も。翔の命と意志が脅かされようとしているというのに、戦わずにやり過ごそうとしてしまっている。

 子供たちが戦っているのに、自分だけが。

 

「本当にこれでいいのか?」

 

 自分が戦いに出たところで、何ができるワケでもないだろう。

 しかし本当に守るべき子供たちを戦わせながら、勝手に後を託したつもりで、自分はのうのうと調査するだけとなっている。

 探偵や大人としてどうこう以前に、本当にそれは人として正しいのか。肇は今の自分に疑問を持ち始めていた。

 

「……俺は……」

 

 自問自答の最中、子供たちの声が耳に届く。

 肇は静かに息を吐き、食卓に向かうのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「申し訳ございません、アクイラ様」

 

 ドス黒い空間が広がる世界にて。

 スペルビアは七つの柱に囲まれた大穴の前で、眉を寄せて一礼する。

 

「懈怠の方は完成しましたが……『鍵』が一部欠けてしまいました。羨望を元に戻すには時間がかかります」

 

 そう言いながら、スペルビアは柱にスムースペイントのマテリアプレートを差し込む。

 燃え盛る鳥のレリーフが彫られた巨大な柱。接続の直後に、柱は青い輝きを帯びて大穴へと光を流し込む。

 

「残りは四つ。早急に新たな人柱を用意致しますので、誠に申し訳ございません」

 

 そう言いながら、スペルビアは先程よりも大きく頭を下げる。

 無論、返事はない。それでもスペルビアは頭を上げ、大穴に向かって語りかける。

 

「必ずやあなた様を蘇らせてみせます。その時こそ、人間共は知るでしょう」

 

 無機質な彼には珍しく、熱を帯びた口調で宣言する。

 

「真に現実世界を支配するのに相応しいのが、あなた様だという事を」

 

 大穴からは何も声が聞こえない。

 しかしスペルビアは頬を大きく歪めて頷き、その場から姿を消した。




次回、File.03

[欲望の坩堝]

新章突入――。
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