流れる雲のように、青空にふわふわと浮かびながら、翔は胸を押さえる。
何かが、内側から飛び出そうとしている。
怖い。怖い。
何かが胸の中で暴れ、食い破ろうとしている。
やめろ。やめろ。やめろ。
左胸からクチバシが飛び出し、光り輝く大きな青い鷲が飛び出す。
そして、その鷲は徐々に人の姿を取り、翔の首根っこを掴んだ。
誰だ。誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ。お前は。誰だ。
お前は、その顔は――。
「僕……!?」
※ ※ ※ ※ ※
「うわああああああああああっ!?」
絶叫して、翔はベッドから飛び起きた。
時間はまだ深夜の三時。全身が汗に濡れ、両目からは涙が溢れ出ている。
「なんだ、今の夢……」
ゆっくりと息を整えるが、吐き気がする。
翔はひとまず、トイレに駆け込んだ。
EP.31[休息]
ホメオスタシスが羨望のジェラスを倒してから数ヶ月。
帝久乃市ではサイバーノーツもデジブレインも現れず、平和な日々が続いていた。
その間もなおホメオスタシスは警戒を続けつつ、翔たちのような学生組は、勉強や部活など自らの日常を謳歌している。
不運にも台風と雨が続いて中止となってしまったため、鋼作は高校最後の体育祭に参加できなかったが、それでも戦いのない日々を楽しんでいた。
「そういや、そろそろ学園祭だなぁ」
帰宅までの道中、翔・響・琴奈・アシュリィ・鋼作の五人で歩いている時、不意に鋼作はそんな事を言った。
「そうね。あんたのクラスって何やるの?」
「男女逆転メイド・執事喫茶」
真顔で鋼作がそう言った瞬間、響と琴奈が勢い良く噴き出した。アシュリィは頭上に疑問符を浮かべて首を傾げ、翔は苦笑いしている。
「オイ何笑ってんだお前ら」
「だっ、だってぇ! あんたのメイドって……む、無理~……腹が捩れる~……!」
「言っとくけど、俺だってやりたかったワケじゃねーからな!? 票が割れて仕方なく着るだけだ、誰が望んで地獄絵図を作るかよ!? そ、そういうお前らの出し物は何だよ!」
問われると、まず先に琴奈が手を挙げる。
「こっちのクラスはかき氷屋」
「正気か!? 11月末だぞ!? そんな寒い時期にかき氷ってお前……マジ?」
「おっと、ただのかき氷じゃないわよ。なんとタピオカミルクティー味で、カップはあたしがオリジナルの怪獣デザインでプリントしてる」
「だから何だよ……」
次に手を挙げたのは、響だ。
「こちらは定番のお化け屋敷で。プロジェクションマッピングも利用して本格的にやる」
「マジか、めちゃくちゃ良いじゃん」
「でもその分かなり準備が大変なんですよね。まぁ、頑張ります」
照れたように微笑む響。そして三人の視線は、今度は翔の方に向かう。
「え、えっと……?」
「そういえば聞いてなかったからな。お前のところは何をするんだ、翔」
たじろぎ、翔は言い淀む。それが逆に好奇心を煽ったのか、響たちはまじまじと翔を見ている。
「その、実はあんまり言いたくなかったんだけど……」
「うん」
「こっちも鋼作さんと同じで模擬店……まぁいわゆる
「なるほど、中々良いじゃないか」
「ただ……」
「ん?」
「その、ちょっとふざけて提案した子がいてさ……女子も男子も全員チャイナドレスを着て接客する事に……」
『あっ』
途端に鋼作と響が納得した様子で数度頷く。鋼作のクラスと出し物のコンセプトが微妙に被っていたので、翔は言い出しづらかったのだ。
しかもチャイナドレスとなれば足などの露出もそれなりに大きい。翔にとってはそれも恥ずかしいのだろう。
そこへ、琴奈が不思議そうな顔で口を開いた。
「えっ、あたし翔くんの女装はアリだと思うけど」
「違う違う違うそうじゃないそうじゃない」
鋼作がビシッと琴奈の肩をはたき、響はげんなりとしている翔をなだめる。
すると傍でずっと話を聞いていたアシュリィが、翔の制服をくいくいと引っ張って問いかける。
「ねぇ、その学園祭って私も行って良いの?」
「え゛」
翔の表情が凍結する。
確かに自分の出し物が決定するまではアシュリィを誘ってみようかと考えていたのだが、女装するとなれば流石に一度考え直さざるを得なかったからだ。自分の女装した姿など積極的に見られたいものではない。
しかし彼女の『学園祭』という行事に対する興味津々なキラキラとした眼差しを受けると、どうしても断りづらい。
どう答えるべきか悩んでいると、再び琴奈が横槍を入れだした。
「参加は自由だよ。アッシュちゃんも来ていいからね」
「分かった」
翔が口を挟むまでもなく決まってしまった。
さらに隣に立っていた響は、四人に向かってある提案を投げかける。
「もし静間さんたちの許可が降りたら、なんだけど……面堂さんも誘ってみないか? もちろん栄くんと伊刈さんも一緒に」
『……はは~ん?』
鋼作と琴奈が同時にニヤニヤと表情を歪める。
「な、なんだ?」
「いや~、最初はあの子に同情してるだけなのかと思ってたけど……やっぱ響くんってあの子が好きなんだなって。あれから毎日面会に行ってるもんね?」
「それは……」
言葉を詰まらせ、響は目を逸らしてしまう。しかし逃さないとばかりに、鋼作は響の背をバシバシと叩いた。
「告白しちまえよ~、彼女ができたらおじさんも喜ぶと思うぜ?」
「……考えておく」
コホン、と咳払いしつつ、響は改めて四人に向き直った。
「学園祭は三日間開催される。今の内に、普段お世話になってる人や誘いたい人を招待しておこう」
『おー!』
アシュリィまで元気良く返事をし、全員自宅へと戻るのであった。
※ ※ ※ ※ ※
「よし、できた」
同じ頃、ホメオスタシスの地下研究施設にて。陽子はある物の修理を終え、大きく息をついた。
彼女のデスクに置いてあるのは一枚のマテリアプレート、かつてジェラスが使っていた
スペルビアによってトランサイバーを破壊された折、これも破損していたのだが、陽子は持ち帰ったそれをあれから時々修理していたのだ。
近くアクイラが復活する可能性がある以上、使えるものは全て使う。最優先ではないが、これもいつかどこかで役に立つかも知れない。その考えのもと、陽子は動いている。
「まぁ、今一番必要なのはこっちなんだけど」
そう言いながら、陽子は隣に置いてあるもうひとつのマテリアプレートに目をやる。
陽子が鷹弘のために改良と調整を重ねている、リボルブ専用のV3タイプのマテリアプレートだ。
もしもこれが完成すれば、リボルブの戦闘能力はアズールを遥かに超越する事になる。つまりたとえ翔がアクイラに覚醒したとしても、これさえあれば止める事ができる、最大の抑止力という事だ。
「でも……」
完成しなければどんな対策も無意味だ。今のままでは使い物にはならず、オーバーシュートによって鷹弘は命を落としかねない。
翔がチャンピオンズ・サーガをテストなしで使えたのは、あくまでも彼がアクイラの力を持つからだ。鷹弘にそれが使えない以上、充分に調整する必要がある。
とはいえ、ライドオプティマイザーのような最適化による調整を行えば出力が落ちてしまう。
これは思った以上の難題であった。さらに、仮に今の状態で完成させたとしてもまだ大きな壁がある。
アズールがジェラスに対して発動した、あの力だ。
「『データ・アブソープション』か……」
鷲我の調査の結果で判明した、不死の力とバリアを引き剥がした能力の名称。
本来であれば対象の持つ能力データを吸収・一時的に無力化した上で別の形に変換し、攻撃力・防御力の上乗せやダメージの修復に転化するという能力だ。しかし翔が完全覚醒していないためなのか、あるいはアクイラが作ろうとしていたドライバーとデジタルフォンを使用していないせいなのか、能力を剥がすだけになっていた。
もしもアクイラとして目覚めていたなら、自身のパワーアップにも使えていたという事だ。
敵に回ればこれ程恐ろしい事はない。しかもアクイラは、他にも様々な能力を備えている可能性があるという。これは氷山の一角に過ぎないのだ。
「あぁーもう、そんなのどうやったら勝てんの!?」
両足を放り出して、椅子の背にもたれかかる陽子。そんな時、突然背後から湯気の立つ白いカップが差し出された。
振り向くと、そこにはもう片方の手にカップを持つ鷹弘が立っている。陽子のためにコーヒーを淹れて来たのだ。
「お疲れさん。煮詰まってるみたいだな」
「ちょっとね……流石に吸収の対策なんて、どうしたら良いか分かんないわ」
ふぅ、と溜め息を吐きながら、陽子はカップを受け取る。
「
「そう言や気になってたんだが、このプレートに封入されてるデジブレインは誰が作ったんだ? 御種か?」
「あ、確かに変ね。会長はアクイラにしかデジブレインを一から作る事はできないって言ってたはずなんだけど」
「って事は今は作る技術が向こうにあるのか……もしくは、ハーロットがやってるように別のデジブレインを改造したのか、だな」
「どっちにしても厄介な話よね」
頭を抱え、陽子は再び溜め息を吐く。翔の問題も解決していないというのに、悩まされる事ばかりだ。
するとそんな彼女を見兼ねてか、鷹弘は肩に手を乗せてある提案を投げかける。
「あんまり考え過ぎんのも良くねェだろ。たまには息抜きでもしようぜ」
「息抜き?」
きょとんとしながら振り返り、陽子は鷹弘の顔を覗き込む。
「実は翔たちから、もし暇なら近い内にある帝久乃学園の学園祭に来ねェかって誘われてよ。一緒にどうだ?」
「んー、まぁ確かにこのままじゃ完成できないし……そうね。折角だから」
温かいコーヒーを飲み干すと、陽子はほんのりと頬を赤く染め、傍に立つ鷹弘を見上げた。
「デートしよっか」
「決まりだな」
フッと微笑み、思い出したように鷹弘は「あぁそれから」と付け加える。
「当日は栄 進駒・伊刈 律・面堂 彩葉も連れて行くからな」
「あ、そうなの? じゃあ響くんと彩葉ちゃんもデートになるんだ。ダブルデートじゃん」
「翔とアシュリィも入れたらトリプルだな」
「ふふ、ほんとね。じゃあさー、英警視と浅黄さんも誘ってみる?」
「浅黄はともかくとして、忙しそうな警視は来るかァ? 一応声だけかけとくけどよ」
そう言って、鷹弘もコーヒーを飲み終えて陽子と共に再度作業に取り掛かるのであった。
※ ※ ※ ※ ※
数日後。
鷹弘と陽子と浅黄とアシュリィ、そして進駒・律・彩葉は帝久乃学園へと到着していた。
午前の部と午後の部で分かれており、翔たち四人は全員午前の部で自分の店の作業をしてから、他の生徒と交代する事になっている。二日目は逆に午後の部で店番をするようだ。
「体育館では演劇部やら吹奏楽部、軽音楽部とかが出し物をするらしいな」
「軽音楽部?」
ギターを持ってやって来た律が、鷹弘の言葉に耳をひくつかせる。
すると即座に進駒が口を開いて割り込んだ。
「絶対に乱入しないで下さいね。絶ッッッ対に」
「おっ、それはアタシにサプライズしろってフリ? いいねー、アッツいねー」
「違いますって! 迷惑になるでしょ!」
ギャーギャーと騒ぎ立てる進駒と律。そんな二人を傍で見守ってクスリと微笑む彩葉に、陽子は問いかける。
「どうしたの?」
「いえ……なんだか、不思議、っていうか。Cytuberとして何度も会議で会ってたのに、こうして……本当の姿で顔を合わせる機会、あんまりなかったですから」
そう言われて陽子も微笑み「そうね」と返す。
奇妙な縁で出会い互いに競争相手でもあったこの三人が、今は肩を並べている。それも、敵対していたホメオスタシスと共に。確かに不思議な感覚だと陽子は思った。
歩いている内に、一同は正門から校舎の中へと辿り着いた。鷹弘はパンフレットを受け取り、アシュリィの方を振り返る。
「あいつらの出し物ってどれだ?」
「えっと、タピオカかき氷とお化け屋敷と……ショウとコウサクは『ジョソウ』って言ってた」
「は?」
浅黄以外の全員が目を点にする。アシュリィ自身は言葉の意味がよく分かっていないのか、驚いている一同を見て首を傾げていた。
「ジョソウって……あの女装で合ってるよな……?」
「そ、そういう事だと思う。まさか
「あー、マジか。確かに男女逆転とかチャイナドレスとかなんとかあるな。最近の学生の趣味ってのはどうなってんだ」
「別に翔くんと鋼作くんの趣味じゃないと思うけど……」
苦笑いする陽子の後ろで、憤慨した様子を見せるのが進駒だ。
「そんなはずないですよ! あの翔さんがそんな、そんな変態みたいな事をするはずないじゃないですか!」
「おっと進駒、自分の性別と違う服を着たくらいで変態呼ばわりは良くないなぁー。アタシなんか体も変わってたぞ」
「それは紛れもなく変態だと思います。別の意味で」
「なんだとぉ~?」
唇を釣り上げながら、律は彼の両頬を指で軽く引っ張る。それを受けて進駒は「やめろぉー!」と腕をバタつかせて抵抗している。体格差の問題もあって進駒はされるがままだ。
一方、浅黄は先程からヨダレを垂れ流して虚空を見上げている。
「翔くんの女装……うへ、うへへへへ」
「オイ……」
「あの子どっちかというとカワイイ系のイケメンだもんね、絶対似合うじゃん……ぐふふ」
「オイ」
「こりゃもうセクハラしなきゃ――」
「オイ!!」
すぱんっ、と軽快な音と共に浅黄が頭に衝撃を受けて態勢を崩す。
後頭部を押さえて振り向いてみれば、眉間に皺を寄せた鷹弘が鬼のような形相で浅黄を見下ろしていた。
「いつまでマヌケ面晒してんだ、さっさと行くぞ!」
「叩く事ないじゃん……ぴえん」
浅黄は泣き真似をする。それを見た律は、握り拳を上げて鷹弘に抗議をし始めた。
「そうだそうだ、相手は女の子だよ? 手加減くらいしなよ!」
「でもヨダレずっと垂れ流して良く分からないところを見てたらはたきたくもなると思う」
「それはそう!」
アシュリィの言葉で一瞬の内にあっさり首肯して掌を返した。
自由奔放すぎる彼女らに、鷹弘は速くも頭を悩ませる。
「なんなんだこいつら……」
鷹弘たちが歩いて最初に訪れたのは、琴奈のいる中庭のかき氷の模擬店だ。
季節外れの品であるため失敗に思えたそれは、意外にも好評を得ているらしく、多くの客がかき氷を手にしている。
「なんだ、繁盛してんな」
「あっ、いらっしゃい!」
声をかけたのは琴奈だ。クラスメートたちと共に、てきぱきと店を切り盛りしている。
鷹弘は抹茶ミルク、陽子はタピオカミルクティーでアシュリィはブルーハワイ味のかき氷をオーダー。琴奈は喜んで注文に応じた。
「おっ! ちゃんと彩葉さんたちも連れてきてくれたんですね!」
「まぁな。お前ら、何にするんだ?」
振り返る鷹弘。残った面々は順番に手を挙げ、まるで点呼を取るように口々に言い放つ。
「ボクはタピオカミルクティーで」
「わ、私も同じので」
「アタシはエナジードリンク味」
最後の律のオーダーを聞いて、すかさず鷹弘が反応した。
「いやエナジードリンクなんてあるワケねェだろ」
「あるよー」
「あんのかよ!?」
鷹弘が再びメニューを確認すると、確かに記載がされていた。ただし人気メニューではないらしく、少なくとも周りの生徒たちや来場者たちは誰も注文していない。
そして六つのかき氷が用意され、各々受け取った直後、進駒はハッと顔を上げた。
「ちょっと待った、一人足りなくないですか?」
「なに?」
鷹弘は驚いた様子で全員の姿を確認する。
この場にいるのは七人のはず。鷹弘自身と陽子、アシュリィ、それから進駒・律・彩葉の三人。
そして気付いた。確かに一人だけ、一番目立つ奇人がいない。
「……浅黄さんがいない!?」
「あの野郎、人混みに紛れて先に翔の店の方に行きやがったな!? すぐに探すぞ、目を離したら何しやがるか分かったモンじゃねェ!!」
「ごめんね琴奈ちゃん、後でまた合流するから!」
そう言って鷹弘と陽子とアシュリィと律は大慌てで一気にかき氷を口に運ぶ。
直後、かき込んだメンバー全員へと頭痛が襲いかかる。
「一度にそんなに食べるから……」
呆れつつも、進駒は自分のペースでかき氷を食べつつ、浅黄を探して鷹弘たちと共に奔走するのであった。
「むっふっふ~、なんとか見つからずに来れたよ~ん」
鷹弘たちがかき氷の完成を待っているのと同じ頃。浅黄は、先んじて翔のクラスである1-Bの教室に辿り着いていた。
ここでは、事前の情報通りに飲茶の模擬店が開催されている。しかも男女ともに背中の大きく開いたチャイナドレスで。
受付に立つ女子生徒が中々に美少女であったため、その時点でも既に浅黄の満足度は高かったのだが、ここでお触りしてしまっては入店できなくなってしまう。
今はとにかく翔の女装姿を拝むべきだ。その考えの元に浅黄は湧き上がる欲求を押さえつけ、教室に入って翔の姿を目で探す。
男女問わずそれなりにタイプの違う美しさの少年少女が揃っているため、浅黄は目移りしてしまっていた。
「おーっといけないいけない、翔くんはどこだ……?」
首をぶんぶんと振り、探し直す。
すると、浅黄は男女問わず約半数の生徒がある一点に視線を集中させている事に気付く。
その先にいるのは、青色のチャイナドレス姿の生徒だ。身長の高さから男子生徒だという事が分かる、というよりも、浅黄には見覚えのある背格好だった。
「もしかして翔くん?」
思わず浅黄が声をかけると、その少年はビクッと身を震わせてゆっくりと振り返った。
「あ、浅黄さん……」
その翔の姿を見て、浅黄の呼吸がほんの一瞬止まった。
いつも穏やかに微笑んでおり温和な雰囲気を感じさせる翔の端正な顔に、今は薄く化粧とグロスがされており、頬は上気して瞳が潤んでいる。
体は細いが筋肉は引き締まっており、その上で身体に密着するチャイナドレスであるため、ボディラインが強調されてより艶めかしい印象を与える。特にウェストや腰周りは女子生徒と比べても遜色がない。
ドレスに隠れていても分かる程に形の良い丸みを帯びた尻と、長い脚やスリットからチラリと覗く太腿も煽情的で、浅黄は思わず唾を飲み込んだ。
髪は横側で纏めるシニヨンになっているが、これはウィッグだ。とはいえ、やはり違和感はない。
「え、えっと」
知り合いに会ってしまって、翔は視線を泳がせる。気まずい空気になるだろうと感じ、困っている。
しかし、浅黄の反応は翔とは違っていた。
静かに立ち上がったかと思うと、突然右手で翔の腰から腹にかけていやらしくねっとりと撫で回し始めたのだ。
「えっ!? えっ!?」
「いやぁ、びっくりしたよ翔くん」
「こっちのセリフなんですけど!?」
「てっきりかわいくなるだけだと思ってたんだけど、これはもう『かわいい』とか『キレイ』とかじゃなくて……『スケベ』なんだよね」
「一体何を言って……ひんっ!?」
彼女の魔の手は、そのまま翔の尻に向かい、さらに左手は内腿をまさぐる。
開いた背中に顔を埋めて匂いを嗅ぎ回し、浅黄はさらに翔へと囁いた。
「良いお尻してるねぇ、ところで下着はトランクスとかボクサーパンツとかじゃなさそうだけど……どうしたの?」
「え、それは……下着が飛び出てたらまずいからってTバックを渡されて」
「そうなんだ、スケベだねぇ」
「本当に何言ってるんですか!? ちょ、ちょっと今は一旦放して下さい、サイズ合ってないから大事なモノがハミ出しそうなんですよ!?」
それを聞いた瞬間、浅黄はプツリと理性が切れたかのように、突然両手でスカートを掴んで引っ張り始めた。
「この店ではフランクフルトとタマゴも出してるんだねぇ! スケベだねぇ! じゃあウチが頼んじゃおっかなぁ!」
「ひやぁぁぁ何なのこの人!? だ、誰か! 誰か助けてー!」
翔の悲鳴が教室内に木霊するのと、勢い良く扉が開かれる音が響いたのは同時だった。
瞬間、打撃音と共に浅黄は手を離してその場に倒れる。
拳を握ってそこに立っていたのは鷹弘だった。この場にいない翠月に代わり、浅黄の後頭部に拳骨を落としたのである。
「ぐへぇぇぇ~……」
「ったくこの大ボケが。大丈夫か翔」
浅黄を軽く足蹴にしつつ、息を切らした翔の両肩に手を置く鷹弘。翔は潤んだ瞳でその顔を見上げ、ほっと息をついた。
「し、静間さん……本当にありがとうございます」
「お前ちょっと笑えねぇレベルで似合ってんな。怖いわ」
「しょうがないじゃないですかクラスで決まっちゃったんですから」
しょぼくれながら抗議する翔の姿が本当に女の子のようだったので、鷹弘は思わず苦笑する。
と、その時、妙な視線を感じて二人は周囲を見回した。
気付けば、女子生徒を中心に注目を集めてしまっている。どうやらこの光景を目撃して、新たな境地に目覚めてしまったようだ。
さらに、視線は鷹弘が入って来た扉からも。
「……ショウ、なの?」
「あのキレイな人が……?」
アシュリィと進駒が、女装して衣服が少し乱れた翔を凝視しているのだ。
このままでは彼女らにも妙な影響を与えかねない。そう思って鷹弘は陽子や律とアイコンタクトを交わし、二人の両目を手で覆ってそのまま外へと出ていった。
そして鷹弘も、気まずい空気のまま浅黄を引きずって踵を返す。
「……先、出とくわ」
「はい……なんかすいません……」
ちなみに浅黄は店を出禁になった。
それから約二時間後。
店番の終了時間となった翔は、元の制服姿で教室から外へ出て、彼を待っていたアシュリィや鷹弘や陽子と合流した。
「お待たせしました。楽しんで頂けてますか?」
女装してた時の慌て振りはどこへやら、涼しい顔で翔は問いかける。
「ま、ボチボチな」
「デートには丁度良いわよね」
「……おう」
素っ気ないように見えるが、どこか照れたように鷹弘が言う。
そんな二人を微笑ましく見つめつつ、翔は「そういえば」と切り出した。
「進駒くんたちはどうしたんですか?」
「栄と伊刈は体育館で軽音楽部のライブを聴きに行ってる。面堂は響のところだ」
「面堂さんは分かりますけど、その二人の組み合わせは意外だな……どうしてですか?」
「目を離して迷子になったらマズいからな。伊刈が」
「そっちですか!? 進駒くんじゃなくて!?」
「冗談だ。見張りって名目で浅黄と沢村と塚原がその二人と一緒についてる、まぁ安心しとけ」
そう言うと鷹弘は、陽子を伴ってそそくさと歩き始める。
「そんじゃ、俺たちもそろそろ模擬店巡りの続きに行かせて貰う」
「え? 一緒に行かないんですか?」
「何言ってんだお前。そいつと行くんだろ」
鷹弘が指差した先にいるのは、翔の隣に立って顔を見上げているアシュリィだ。
彼女は、翔が来るまでずっと待っていた。鷹弘も陽子も、その彼女の付添をしていただけに過ぎない。
アシュリィは翔の顔をじーっと見て、袖を引っ張っている。
「……そうですね。じゃあ、僕はアシュリィちゃんと色々見て回って来ます」
「分かった。また帰りに合流するか」
「はい!」
返事を聞くと、鷹弘は陽子と共にその場を後にする。
良く見れば陽子は鷹弘の腕に抱きついており、アシュリィは二人の姿を凝視している。
「じゃあ行こっか」
「ん」
翔から声がかかれば、アシュリィは頷いて、少し逡巡した後に翔の腕に抱きついた。
柔らかく弾力のある感触が、彼の右腕に伝わる。
「あ、アシュリィちゃん?」
「……行こ」
自分で抱き着いておいて気恥ずかしいのか、アシュリィは目を合わせようとしない。しかし、その頬は赤く染まっていた。
翔は心臓が高鳴るのを自覚しつつ、案内するために廊下を歩くのであった。
「ところでショウ、さっきの格好ってもうしないの?」
「できればアレは忘れて……お願いだから……」
※ ※ ※ ※ ※
体育館にて。
ここでは、軽音楽部によるライブが行われていた。
かつてCytuberのロックとして活動していた伊刈 律が拠点としていた場所、大型アリーナに比べれば小さな規模だが、集まった客人たちはみな熱狂している。
それは、浅黄と琴奈も例外ではない。
「いやー、すごいねぇ! あんまり音楽に詳しくないのについつい盛り上がっちゃうよ!」
「分かる分かる! ……あれ、伊刈さんは?」
言われて鋼作と浅黄は、先程まで自分たちの傍でライブを見ていた律と進駒が姿を消している事に気付く。
そして直後に、律が壇上に上がろうとしているのと、進駒がそれを必死に止める様子を目撃した。
腕を引っ張っているが進駒のような子供の力では結局止めきれず、律は大きく飛び上がってギターを手に転がり込んだ。
「アタシの歌を聴けェェェーッ!!」
ボーカルからマイクを引ったくり、律は演奏しながら歌い始める。
軽音楽部の面々とは比べ物にならない高度な歌唱力と演奏技術。最初は闖入者に戸惑っていた観客たちも、大きな盛り上がりを見せる。
そして、軽音楽部のメンバーも負けじと、追い駆けるように続いて演奏する。
会場のテンションは最高潮となり、壮絶な一体感と熱狂によって軽音楽部のライブは終了するのであった。
「いやー、いい汗かいたー」
満足気に笑い、汗まみれの髪をかきあげて頬を上気させながら、律は階段を降りて観客席に戻る。
そんな彼女を出迎えるのは、頬を膨らませた進駒だ。
「乱入しないで下さいって言いましたよね?」
「うぐっ……い、良いじゃん盛り上がったんだしさ」
「子供に言われた事も守れないなんて恥ずかしくないんですか? ボクの方が大人なんじゃないですか?」
「あー、もう。お姉さんが悪かったよ、そんなに怒んないでよ」
涙目になって腕をバタバタさせて弁解する律、その度に汗でピッタリと張り付いたシャツの内側にある彼女の胸部が僅かだが柔らかく上下に揺れ動き、進駒は思わず目を奪われた。
すると、その視線に気付いた律は右手で自分の胸を隠し、左手で進駒の頬をつまんだ。
「えっち。すけべ」
「なっ!? ボ、ボクはそんなんじゃ」
「まだまだ子供だねぇーやっぱり。むっつりすけべってヤツ?」
「う、うるさいうるさいうるさーい!」
顔を真っ赤にして抵抗する進駒と、楽しそうに彼をからかい続ける律。
浅黄たちはそんな光景を、微笑ましく見守るのであった。
「青春だねぇ」
「青春ですねぇ」
「……いや、青春でいいのかアレは?」
※ ※ ※ ※ ※
同じ頃、響と彩葉は二人で中庭のテラス席に座っていた。テーブルには、模擬屋台で買ったフルーツジュースとパンケーキがある。
「どうかな面堂さん? 疲れていないかい?」
「う、うん……人がいっぱいだけど、平気、だよ。天坂くんと一緒に外に出て、良かったな、って」
彩葉の正直な感想を聞いて、響は笑顔で頷く。
響が彼女に惹かれているからというのもあるが、ただそれだけではない。
不幸な事情が重なって心を閉ざし、家の中に引き篭もるようになってしまったという彼女が、少しずつ変わり始めている。それが響にとってはたまらなく嬉しいのだ。
「そういえば、今までは『天坂さん』だったのにいつの間にか俺を『天坂くん』と呼ぶようになったね。嫌じゃないんだけどどうして?」
「琴奈ちゃんから聞いたんだけど、私の方がひとつだけ歳上、だから」
「えっ!? そうだったの!?」
「うん、私の方がお姉ちゃん、だよ……ふふ……」
なぜだか誇らしげに胸を張る彩葉の姿に、響はまた胸を締め付けられるようなときめきに苛まれた。
そしてジュースを一口飲んで心を落ち着けつつ、響は再び口を開く。
「それじゃあ俺も『彩葉さん』と呼んでみようかな」
「えっ!?」
彩葉はビクッと身を震わせ、パチパチと瞬きする。
彼女の反応を楽しみつつ、響は彩葉の眼を真っ直ぐに見つめながら囁くように名を呼んだ。
「いいだろう? 彩葉さん」
「あ、あう……ちょ、ちょっと、待って。名前で呼ばれるの、結構恥ずかしい、かも……」
「その内慣れるよ。君も俺を名前で呼べば良いんだ、彩葉さん」
「ずるい……」
先程までの様子はどこへやら、彩葉は顔を赤くして彼の眼から視線を外す。
二人にとって大事な、そして楽しい時間が流れていた、その時だった。
「見つけたぞ天坂ァ!」
そんな大声が、突然響の背後から聞こえて来た。
振り返って見れば、そこには坊主頭の良く似合うゴリラのような大男が、剣道着を纏って歩いて来ていた。後ろには同じく剣道着姿の男女が集まっている。
彩葉はその男の声に怯えながらも、小さな声で響に問いかける。
「だ、だれ……?」
「
不思議そうに首を傾げる響。それにも構わず、先程と同じような気迫と大声を来十多は発する。
「昨年の雪辱、晴らさせて貰うぞ天坂!!」
「何の事です? それより、あまり大きい声を出さないで貰いたいんですが」
「とぼけるな!! 昨年の学園祭で行われた『バーチャル・チャンバラ・バトル』で俺たち剣道部全員を一人で負かした事、よもや忘れたと言うのか!!」
「あー……」
そんな事もあったな、というような、懐かしむような表情になる響。
「あれから俺たちは来る日も来る日も来る日も来る日も修行を積み、全国大会の団体戦でベスト4、個人戦において俺は日本一となった!!」
「そうなんですか!? おめでとうございます、いやまさかウチの剣道部がそこまで有名だったとは……」
「おうありがとう!! ……いやそうじゃない!! この学園祭で貴様を倒すまで、俺は日本一を名乗れん!! 勝負だ、天坂!!」
「あ、すいません今年はお断りします」
「そうだろうそうだろう……何ィッ!?」
来十多も、集まった部員たちも一斉に目を剥く。そして慌てて、来十多は響に詰め寄った。
「き、貴様逃げるつもりか!?」
「いや、今年はそんな余裕はないのでやめておきたいだけです」
「ぬぅ……女か、女なのか!! そんなものにうつつを抜かして腑抜けるとは!! 見損なったぞ天坂!! そんなに彼女が大事か!?」
ビシィッと人差し指を突きつけて来十多が怒りの声を上げると、響も彩葉も「いや、まだ付き合ってるワケじゃ……」と照れ笑いし始めた。
「えぇいそういうノロケはいらん!!」
「じゃあハッキリ言っておきますが、そもそも俺は
「な……」
「あなたが剣道において日本で一番強いのは証明されたんだ、そんなに俺に拘る必要はないでしょう。素直に学年最後の学園祭を楽しんで下さいよ」
彩葉との時間を邪魔されたくない響は、そう言ってパンケーキを口に運ぶ。
一方、素っ気なく返された来十多はいよいよ我慢の限界が来たのか、茹でダコのように顔を赤くして叫んだ。
「えぇい!! ゲームの世界チャンピオンが、俺の挑戦から逃げるのかァ!!」
「……ほう」
その場で話を聞いていた者全てが、喉元に刃を突きつけられたかのような、ゾクリとした感覚に襲われる。
響の目付きが変わっていた。普段の朗らかな好青年といった表情から、相対する者を捻じ伏せる『チャンピオン』の顔に。
「そういう啖呵なら結構。挑戦を喜んで受け入れますよ、剣道部全員でかかって来て下さい」
「フン、ようやくその気になったか!! 良いだろう!! 待っているぞ!!」
チャンピオンの響を前にしても怯む事なく、来十多は力強く頷き、その場を去った。
響は元の表情に戻り、少しだけ恐怖している彩葉を振り返った。
「ごめんね、ちょっと行って来る。良かったら観戦してて」
「う……うん、がんばってね」
「ありがとう」
彩葉の頬を優しく撫で、響は彼女と共に体育館へと選手登録に向かう。
※ ※ ※ ※ ※
「バーチャル・チャンバラ・バトル?」
一方その頃、アシュリィと模擬店を巡っていた翔も、同じく体育館に辿り着いていた。
「あー、そういえば去年兄さんが参加したって言ってたっけ」
「ショウもやってみれば?」
「いいの? 結構時間かかると思うけど」
「うん。中で見てる」
「……分かった、じゃあ応援よろしくね!」
そう言って微笑み、翔はアシュリィを伴って選手登録に向かう。
会場に着くと、そこには軽音楽部などの演奏を聴き終わったらしい鋼作たちの姿や、合流した彩葉、そして鷹弘と陽子の姿も見えた。
翔とアシュリィの姿を確認すると、一行は二人に向かって近付いていく。
「よう、どうしたんだ翔?」
「まさかお前、参加するのか?」
鋼作と鷹弘が交互に訊ね、翔は深く頷いた。
「そっか。じゃあ久々にゲームで兄弟対決が見れそうだな」
「え?」
「響も参加してるんだよ。なんか剣道部から挑戦されたんだとさ」
それを聞いて、翔の顔付きが変わる。
あの兄が、自分の知る限り世界最強のゲーマーと、久々に真剣勝負する事ができる。
仮面ライダーとしての戦いならば、洗脳状態とはいえ一度だけだが勝利を収めた。ならば、次はゲームで決着をつけたい。
翔は自分の中から見る見るとやる気が湧いてくるのを感じ取り、拳を握り込む。
「じゃあ、負けられませんね!」
「おう。頑張って来い!」
背中で応援を受け止め、登録を終えた翔はゲームの会場へと向かうのであった。
バーチャル・チャンバラ・バトル。
プレイヤー全員が武器を手に、最後の一人となるまで戦い続けるバトルロワイヤル形式のゲーム。
基本的に三回攻撃を受けると敗北となるが、首から上・胸・股間に攻撃が一発でもクリーンヒットした場合、その時点で即脱落となる。
初心者は槍や薙刀を使うと有利とされているが、リーチの長さだけでは全てを補い切れないため、よりプレイヤースキルの高い方が勝つ。
プレイヤーは誰かと組んで戦ってもいいし、土壇場で裏切っても良い。
制限時間は90分。二人以上生き残っている場合、被弾数の少ない者が勝者となり、それでも同じの場合は同時優勝で決着がつく。以上が、このゲームのルールである。
『それでは、準備ができたらボタンを押して下さい!』
場内にそんなアナウンスが響く。公平を期すため、照明は落とされて全プレイヤーの現在地は把握できないようになっている。
全員の準備が完了した。生き残りを賭けた試合が始まる。
「うおおおおおっ!! 天坂 響、覚悟ォォォッ!!」
「死ねェェェリア充野郎ォォォッ!!」
気迫の叫びと怨嗟の声が混ざり合い、男女共に一斉に響へと降り注ぐ。
剣道部だけでなく、響の事を快く思っていない者も参加しているようだ。
だが――。
『うわあああっ!?』
その全員が、前へと出た響のすれ違いざまの斬撃を、頭部や胸や股間に受けて脱落する。
「勝負を焦るな!! ただ突っ込んだだけで勝てる相手ではない!! 常にヤツが剣を振ったら死ぬと思え、守りに徹しろ!!」
そんな中でも、一歩引いて響の様子を見ていた来十多が部員たちに声をかける。
途端に剣道部の面々は冷静さを取り戻し、剣を構え直した。
すると、響はニィッと唇を釣り上げる。
「流石、主将として活動してるだけありますね。今の一喝だけで纏めるとは」
直後、瞬きする間に響が前線の部員たちとの間合いを大きく詰める。
「うっ!?」
「本気で行かせて貰います」
守る間もなく、響の刃が部員の頭を割り、胸を貫き、股間を抉る。
女子部員が背後から襲いかかってくれば振り返る事なく剣を後ろに向かって突き出して胸を刺し、挟み撃ちとなれば避けて同士討ちを企てた後に股を裂く。囲まれても大きく飛び上がって回避し、頭上から全てを斬り伏せる。
襲い掛かって来るそれらの全てを、一撃の元に脱落へと追いやっている。響のあまりの強さに、来十多も舌を巻いていた。
「なんという強さだ……!! この日のために鍛え上げて来た精鋭たちを……!!」
歯噛みする来十多。そんな彼へと追い打ちをかけるように、背後から悲鳴が木霊する。
「どうした!?」
「は、反対側から知らない一年が攻めて来てます!」
「何ィッ!?」
目を凝らしてみれば、そこには二つの剣を構えた響と似た顔立ちの少年が立っている。
翔だ。響との一対一の決戦を望む彼が、とりあえず人数の多いグループである剣道部を単独で潰しにかかっているのだ。
こちらも響と遜色ない強さだ。このままでは響と刃を交える事なく敗北してしまう。
「他の参加者を蹴散らしている部員を集めろ!! 総力で後ろの小僧を迎え撃て!!」
「部長は!?」
「俺は……響を倒す!!」
その宣告と同時に、部員たちは一斉に翔へ押し寄せ、逆に来十多は響へと単騎で向かう。
一騎討だ。響もそれに応じ、剣を構え直して立ち向かう。
「いざ!! 尋常に!! 勝負ゥゥゥッ!!」
「ハアアアァァァッ!!」
激しい音と共に、剣と刀がぶつかり合う。響が胸を狙って素早く斬り込めば刀身でそれを受け止め、来十多が頭を狙って刀を振り下ろせば、響は水平に剣を構えて攻撃を逸らす。
両者一歩も譲らず、一撃必殺を狙う隙はどこにもない。しかし、三発当てれば勝ちとは言ってもそもそも被弾を許すような相手ではない。
昨年の来十多は響に首を斬られて敗北してしまった。それを思えば充分に成長しているが、勝てなければ意味がないのだ。
「今年こそ……俺が、俺が勝つ!! ヌゥオオオオオッ!!」
裂帛の気合と共に、大きく踏み出した来十多は大上段から剣を振り被る。
流石にこれは防御しても受け止め切れない。そう判断して、自分も飛び込んで胸へと刺突を繰り出した。
弾丸のように迫るそれは、来十多の斬撃よりも圧倒的に速く迸り、胸を貫く。
「あっ!?」
「申し訳ないが……俺は勝利を譲る気はない。ゲームでは特に」
「くぅ……無念!!」
ガクリと膝をつき、来十多はゲームから脱落した。
「さて」
響が、周囲の状況を確認する。どうやら参加者はほとんどが脱落したらしく、響以外で動く影は見当たらない。
たった一人を除いて。
「やはりお前が生き残ったか、翔」
嬉しそうに牙を見せ、響は剣を構え直す。
翔もそれに応じるかのように双剣を振って、刃を交叉させる。
「勝負だ……兄さん!」
「来い!」
兄弟の叫びが戦場に木霊し、剣と剣が激しくぶつかり合う。
かくして、学園祭初日は終わりを告げるのであった。
「……以上で、会議は終わりとしましょう」
同日、夜。
上位Cytuberたちが集まるいつもの黒い空間の会議場で、スペルビアが言う。
既に卓を囲める資格を持つ者は三名。ノーブル、プレデター、そしてハーロットを残すのみとなった。
「ようやく俺の出番ってワケか。たっぷり稼がねぇとなぁ、クククッ」
笑いながらノーブルは胸の前に左手を掲げる。
その腕には、今までとは異なる紫色のトランサイバーが装着されていた。
「この新型の性能を試す良い機会でもある。楽しみにしてな」
ノーブルは席を立ち、会議場から姿を消した。
背後で控えていた部下の松波・都竹・梅悟もその場を去ろうとするが、それをスペルビアが引き止める。
「少しよろしいですか?」
「プロデューサーが我々に……? 構いませんが」
三人がスペルビアの後に続いて歩き、会議場の外の赤黒い光の壁に囲まれたサイバネティックな広間に出る。
彼らの面持ちは不安そうなものであった。今日まで戦いの日を遅らせてしまったのは、ノーブルが『都竹と梅悟の負傷が完治するまで待って欲しい』と進言したからだ。つまりノーブルだけでなく他のCytuberの足も引っ張ってしまった、これは大いに問題となる。
しかし振り返ったスペルビアは、予想に反して笑いながら二つの物体を取り出して三人に見せる。
それは先程ノーブルが見せたものと同じ型のトランサイバーと、フラッド・ツィートのマテリアプレートであった。
「
「我々が!?」
目を剥いて大きな声を上げる松波。都竹と梅悟も、大いに驚いていた。
「あなた方ならば資格があると思いましてねぇ。誰が立候補するのかはお任せしますが、次の戦いが終わるまでに良く検討しておいて下さい」
「は……はい!」
「あぁ、それから。仮面ライダージェラスが戦闘した際のデータを元に、新たに三枚のマテリアプレートを用意しました。こちらもお使い下さい」
そう言って一人に一枚ずつプレートを手渡した後、スペルビアは「では」と一礼してから姿を消す。
「ついに来たか……ようやく、ノーブル様と並び立ってお支えする事ができる」
「がっはっはっ! 検討しろと言っていたが、ここはやはりリーダーのお前だな!」
大笑いしつつ、梅悟は松波の背をバシバシと叩く。松波も頷き、新たに手に入れたプレートを握って「お前たちにも期待しているぞ」と言い放つ。
一方、左目を負傷し顔の左半分に包帯を巻きつけた都竹は何も言わない。傷だらけの顔を押さえ、ただ頷いているだけだ。
「あのお方のためにも、より一層奮闘しなくてはな」
「ああ、ここで結果を出すぞ!」
「ええ、ええ。そうですねぇ……」
三人はそれぞれの思いを胸に、自分たちも会議場を後にするのであった。