無事にメンバーズカードを入手し、ノーブルの運営する巨大カジノに入る事に成功したホメオスタシスの一行。
しかし、彼らを待ち受けていたのは今までとは違う厚く高い金の壁だった。
「カードのランクアップに1000万円、って……」
「どうすんだよこんなの、いくらカジノでもそんなに稼げんのか?」
気の遠くなるような値段。
そもそも自分たちは戦いに来ただけなので、手持ちの金もない。仮に持っていたとしても絶対に足りないが。
途方に暮れそうになっていた時、受付からCytuberと見られる黒服の男が向かって来た。
「初めてご来店のお客様方。こちらはノーブル様から、100万円分のチップでございます」
黒服が自身の持つシルバーカードを掲げる。
すると、六人のもつカードがほんの一瞬だけ光を帯びた。
「個人で100万ではなくグループ全体での金額ですので、お間違いなきよう」
「……随分気前が良いじゃねェか」
フンッと鼻を鳴らし、鷹弘は黒服に背を向け、ひとまず全員で賭場へと足を運んだ。
とりあえずどのようなギャンブルが行われているのかを見て回り、その上で1000万のチップを稼ぐ手段を講じるつもりなのである。
賭場は熱気と喧騒に包まれている。しかし、どこも一度に賭ける事ができる上限額が低く、さらにレートもさほど高くはない。
1000万という目標がある以上、仮に六人全員で動いたとしても、小さな額で少しずつ稼いでは時間ばかりがかかるだけだ。それに、ギャンブルは自分が勝つばかりとは限らない。負ければ相応に金額を失う。
「これを10倍にするというのはかなり難しいだろうな」
翠月の言葉に肯定するように、全員が唸って黙り込んでしまう。
その時、ふと翔が「あれ?」と顔を上げた。
「あの、今思ったんですけど。今ギャンブルしてる人たちって……」
彼の言葉を聞くと、鷹弘たちもハッと顔を上げる。
よくよく見てみれば、彼らは皆、生きた人間だ。なぜか今はドレスコードに則したキレイなフォーマルスーツやドレスを着ている。
しかし、なぜ生身の人間がこのサイバー・ラインのカジノの中にいるのか。響は訝しんでいる。
「どういう事だ? 一体どこから……」
「分かりません……けど、そういう事ならあの人たちから色々と情報を集めてみましょう。何か大金を稼ぐ手段を知っているかも」
翔がそう言うと、全員が頷いて行動を開始する。
カジノ内のほぼ全員がギャンブルに熱中している中、六人は高級なシャンパンを片手に休憩している壮年の男を発見した。
彼は比較的冷静であるらしく、熱に浮かされながらも余裕綽々と言った様子だ。
「よぉ、あんたら楽しんでるかい?」
グラスの中身を回しながら、男が先に話しかけて来た。
話が通じそうなので、翔たちは彼に質問を繰り出す。手始めに『どうしてこの場所にいるのか』『なぜギャンブルをしているのか』『そもそもここにいる人々は何者なのか』といった具合に。
随分と機嫌が良いらしく、男は満面の笑顔で嬉々として答え始める。
「おいらは違うが、ここにいる連中はみーんな元々医者や患者だったんだよ。帝久乃市の病院のな」
「えっ!?」
「おいらぁ元々ホームレスってヤツでよ、ちょびちょびと金はあっても住む場所がなかったでな。で、たまたまふら~っと病院のゴミ箱でも漁りに行こうかと思ったらこんな事になってたんだよ。おったまげたねぇ」
「……あなたも含めて、どうしてこの場所から出ようとしないんですか? 患者の方もいらっしゃるそうですけど」
それを聞くと、男は目を丸くした。
「あんたら本当に何も知らんのかい?」
「何を……?」
「受付の交換所の方に書いてあったろ、面倒は何にもいらねぇ。ここじゃ病気なんてモンは博打打って金払えば、もうどうにでもできるんだ」
今度は翔たちが驚いた。男は一行の様子を見て首を傾げつつも、ポケットから一枚の紙を取り出した。
受付にもある、交換できる景品の一覧表だった。一番上がシルバーカードへのランクアップだったので、全員他の景品には目を通していなかったのだ。
そしてそこに記載されているものを見て、浅黄が思わず「うそ!?」と声を上げる。
「虫歯10万円、胃潰瘍10万円、水虫10万円……その他応相談」
「これ、まさか全部治療費って事ですか!?」
神妙な面持ちで男は頷き、再びシャンパンを呷る。
「まぁさっきも言うたが、治療って言っても手術だとか投薬だとか面倒な手続きも何もない。受付でチップを渡せば、その時点で病気も怪我も一瞬で治るんだわこれが」
「マジかよ……」
「おまけに周りのホテルの宿泊費は無料、メシもタダで食い放題だってんだからいたれりつくせりよ」
「タダ!?」
「この高級シャンパンもな。こう見えて昔はおいらもそういうモンを飲める立場の議員ってヤツだったんだが、落ちぶれちまってなぁ。その頃を思い出すよ」
傑作だ、とばかりに腹を叩き、男はからからと笑った。
「食い過ぎ飲み過ぎで胃なり肝臓なりが悪うなっても、金さえありゃすぐ治る。極楽だよここは。店員共は不気味だが、一生出たくないね」
そう言った直後、シャンパンが空になる。彼はすぐに店員を呼んで追加の酒を飲む。
「……僕たち、カードのランクを上げたくて大量にチップを稼ぐ方法を探してるんです。心当たりはありませんか?」
「うーん? そうだなぁ、それならあるな」
頭を捻りながらも頷く男。しかし彼の眉は、険しく寄っている。
「あんまりおすすめしないぞ。実際に何のギャンブルをするのか知らんが、レートが高いって事はそれだけ負けた時に痛い目を見るハメになるんだからよぉ」
「それは承知の上です」
男の目を真っ直ぐに見据える翔。すると、男は困ったように頭を掻きつつ、広間の奥の方を指差した。
「部屋の奥にデカい黒服のディーラーがいる。そいつのところへ行ってみな」
「ありがとうございます!」
「おう。頑張れよー若いの」
駆けていく六人を尻目に、男はひらひらと手を振って、また酒をグイッと流し込むのであった。
「がっははは! よく来たな!」
ブロンズレートフロアの最奥。
そこにいたのはヒュプノスの三人組の一人、大村 梅悟だった。彼の姿を見て、翠月も鷹弘も身構える。
しかし、梅悟は笑いながら両手を上げた。
「落ち着け落ち着け。俺はディーラーだ、お前らと戦いたいワケじゃない」
「なに?」
「やるのは飽くまでも俺とのギャンブル勝負なんだ。そもそもルール上、客であるお前らにこの場で手を出す事はできん」
確かに、と思って全員が戦闘態勢を解く。そして、梅悟の説明を聞く姿勢を見せた。
梅悟はニヤリと笑って頷き、ゲームの説明を始めた。
「まず、ここでの賭け金の上限は100万だ。そして俺に勝った暁には10倍にして返してやろう」
「つまり手持ち全部突っ込んで当たりゃあ、一発で1000万まで届くってワケか」
「その通り。そしてこのゲームに参加できるのは一人だけ、挑戦できるのもチームにつき一回だけだ。その上で、どうする? まずは挑戦するか、否かだ」
他に方法がない以上、引き下がる事はできない。問題は誰が前に出るかだ。
すると、悩んでいる内に響が名乗りを上げた。
「兄さん、良いの?」
「ああ。ゲームとなれば俺は負けん」
フッと翔に微笑みかける響。直後に唇を引き締め、梅悟に向き直った。
「お前が挑戦者か、良いだろう。次はゲームルールを詳しく説明するぞ……とは言ってもかなりシンプルなものだが」
梅悟が奥の部屋への扉を開き、六人を案内する。
その先にあったものは、大きな広間だ。部屋の中央には巨大なジャングルジムのようなものがあり、さらに天井からはブランコが空中に垂れ下がっている。まるでアスレチックのようだ。
そして広間全体に大きな泡の玉がフワフワと浮かび、中にはトランプのカードが入っている事が分かった。
「今回のゲーム、それは『バトルポーカー』だ」
「バトルポーカー……?」
訝しむアシュリィ。他の面々も、聞いただけではルールが分からないようで説明の続きに耳を傾けている。
「ルールはシンプルだ。泡の中にあるカードを五枚揃え、ポーカーの役を作る。より強い役を作った方の勝ちだ」
「……妨害はアリなのか?」
「当然だ。これはバトルポーカーだからな、変身してゲームを行う。それと、取ったカードが気に入らなければ破棄できるぞ」
大きな腕を組んでニッと笑い、梅悟はガンブライザーとマテリアプレートを取り出す。
響もそれを見て、マテリアフォンでアプリドライバーを呼び、プレートを手に取った。
「制限時間は三分、その間にブタであれ五枚の手札を作れなければ失格だ。以上」
《
「分かった。じゃあ、そろそろ始めよう」
《
マテリアプレートの起動、直後に二人は腰に装着したベルトのバックルへと装填する。
《ハック・ゼム・オール! ハック・ゼム・オール!》
「打ち砕け! 大欲のコードよ!」
《ユー・ガット・メイル! ユー・ガット・メイル!》
「変身!」
響はアプリドライバーへとマテリアフォンを振りかざし、梅悟もプレートをさらに押し込む。
そうして、二人の姿が変化し始めた。
《
《
仮面ライダーキアノスと、エレファント・デジブレインと似ているがさらに屈強な筋骨隆々のマンモス・デジブレインのポーカー対決が始まった。
先に動いたのはマンモスだ。大きな鼻を周囲の泡に向かって伸ばし、凄まじい勢いで吸い込み始める。
「ぬぅおおおおおりゃあああああああっ!」
「何!?」
吸引したカードは三枚。それを満足気に見下ろしながら、マンモスは頷く。
先手を取られてしまった。三分という短い制限がある以上、響ももたもたしてはいられない。
キアノスとなった響はジャングルジムの周囲を漂う泡に向かって飛び上がり、手を伸ばす。
だが。
「させんぞぉぉぉっ!」
ステージの周囲に放置されているバスケットボール大の鉄球をマンモスが吸引し、キアノスの身体を目掛けて放った。
キアノスはそれを右肩に受けて態勢を崩してしまい、たちまちジャングルジムに胸で激突してしまう。
「がはっ!?」
危うく落下しかかるものの、キアノスはジャングルジムにしがみついて難を逃れた。
しかし、ジャングルジム付近にあった二枚のカードはその間にマンモスが吸引力を駆使して回収。これで五枚が揃えられてしまう。
「ふむ、中々良いカードが揃ったな。だがこれはいらん」
そう言って、マンモスはハートの3のカードを捨てる。その瞬間、カードは塵のようになって消滅した。
このままではカードを手に入れる前に全て破棄されてしまう。それを察して、キアノスはジャングルジムを登って急いでカードの回収に移った。
「ぬぅはははっ! させんさせんさせんぞっ!」
マンモスも、その場で何度も飛び上がって地震を起こし、キアノスの動きを妨害する。
「くぅっ……なら!」
《
フェイクガンナーから鋼鉄の鞭が伸び、漂う泡を貫いてカードを巻き取る。
ようやく一枚。しかし、厳しい時間制限の中でまだあと四枚必要で、しかも役を揃えなくてはならない。それも妨害を跳ね除けながら。
キアノスはもう一度鞭を伸ばし、ジャングルジムから奥の空中ブランコへと鞭を伸ばした。
「ほう、距離を取るか。ならば!」
マンモスが、大きく飛び上がる。そして再び地面へと足を踏み込んだ。
またも地震と地響きとがキアノスを襲う。
「うおっ!」
カードをもう一枚確保しつつも態勢を崩しかけ、別のブランコへ鞭を伸ばそうとするキアノス。しかし、それを別方向から飛んで来た鎖が絡め取った。
「何っ!?」
「貰ったぁ!」
マンモスが地面に落ちている鎖を拾い上げ、それを使って妨害したのだ。
力強く鎖を振るい、キアノスを壁面へと投げ飛ばした。
「がっ……!!」
「よし!」
身動きが取れなくなっている間に、マンモスはカードを回収していく。そして必要な分を集め、不要なものは破棄した。どうやら役を揃えたらしい。
観戦中の鷹弘は、悔しそうに歯噛みする。
「マズいぜ。このまま妨害されてカードを取られたり消されたりすりゃあ、響は問答無用で負けだ」
「そうだな……しかも、時間も残り少なくなり始めている。あと一分だ」
翠月も腕を組みながら、憮然とした表情で状況を見据えている。
しかし、翔は違った。
「兄さんは負けませんよ」
自分の知るのチャンピオンである兄が負けるはずがない。
翔には、彼が何か逆転の切り札を持っているという確信めいたものがあった。
「あと三枚……!!」
そう呟くと同時に、キアノスは壁を蹴って大きく動いた。
ジャングルジムの頂点に立って一枚のマテリアプレートを取り出し、それをフェイクガンナーにセットしたのだ。
《
「ハッ!」
銃口から三つの触手がうねうねと飛び出し、泡を弾いてカードをキャッチする。
だが、引き寄せようとしたその瞬間に、マンモスが吸引し吐き出した鉄球がひとつ、カードを撃ち落として消滅せしめた。
「くっ」
「がはははははっ、あと30秒だ! 何もさせんぞぉ!」
マンモスが再び鉄球を吐き出すと、キアノスは素早く飛び降りて難を逃れた。
キアノスが集めるべきカードは残り一枚。しかし、ジャングルジム着地点には既にマンモス・デジブレインが迫っている。
「むんっ!」
マンモスが拳を突き出し、キアノスはそれを両腕でガードする。しかし威力を完全には殺し切れず、装甲から火花が散った。
しかし、キアノスも負けてはいない。硬い拳が向かって来た瞬間に合わせて、その右腕に触手を絡ませたのだ。
「ぬ?」
「ハァッ!!」
今度は壁に叩きつけられる事なく、フェイクガンナーを掴んだまま勢い良く飛び出し、キアノスの蹴りがマンモスの顎に突き刺さった。
「ごっ……!?」
「まだまだ!!」
触手を放し、今度は射撃攻撃で畳み掛ける。そうしてマンモスが怯んでいる隙に最後の一枚を回収し、マンモスに向かってナックルガードを突き出した。
「ハァァァァァッ!!」
「おのれ、この俺をナメるなぁ!!」
結果、キアノスの一撃は体を逸れてカードを持つ左手を掠め、対してマンモスの豪腕は正確にキアノスの胴に叩き込まれる。
そうしてマンモスのさらなる追撃が始まる寸前、鐘の音と共に時間の終了が告げられた。
「フン、最後の悪足掻きでカードを手に入れたようだが……見せて貰おうか、お前の手札を」
変異を解除し、梅悟は同じく変身解除した響を見据える。
彼の手札は『スペードのA』『ダイヤの3』『ハートのJ』『クラブの2』『スペードの8』。つまり、
それを見て、梅悟は手を叩いて大笑いした。
「がははははっ、なんだなんだ!? 結局は揃わずか! 残念だが、俺の手はストレートフラッシュ! お前の負けだ!」
梅悟はそう言って五枚の手札を突きつける。『ダイヤの5』『ダイヤの6』『ダイヤの7』『ダイヤの8』『ダイヤの9』、彼自身が申告した通りの手だ。
しかし、響は頭を振る。
「いいや、俺の勝ちだ」
「何を言ってんだ? それともポーカーのルールが……」
「自分の手札をもっと良く見てみろ」
「あぁん?」
訝しんで、梅悟は自分の揃えた手札にじっくりと目を凝らす。
すると、五枚の内のダイヤの6と7が、僅かに光を発している事に気がついた。
「あっ!?」
目を見開く梅悟。カードには縦に破れ目が走っており、そこから塵のような光が漏れ出しているのだ。
カードはたちまち、粉々になって消滅する。
五枚の手札を揃える事ができなければ失格する。いくらブタが相手でも、手札がなければゲームが成立しないからだ。
それは全て、梅悟自身が説明した事だ。
「バ、バカな!? お前、まさか最初からこれを狙って……!?」
「あぁ。他の勝ち筋があるなら、無理に強い役を揃えに行く必要なんてないからね。勝ちに行かせて貰ったよ」
「お、おのれぇぇぇ……!!」
梅悟は両拳を握り締め、スーツを引き裂かんばかりに全身の筋肉に力を入れる。
しかしやがて諦めたように息をつくと、豪快に笑って懐から金色のカードを取り出した。
「見事だ! 悔しいが負けは負け、約束の金額をくれてやろう!」
そう言って、梅悟はカードを頭上に掲げる。
すると六人の持つメンバーズカードがその光を浴び、1000万円分のチップがチャージされる。
「確かに頂いた」
「おう! だが次に戦う時は、こうは行かんぞ!」
梅悟は笑みを浮かべたまま右手を差し出し、響はそれに応じて手を固く握る。
こうして、一行は先へ進むための金額を手に入れ、早速受付でカードをランクアップさせる事ができた。
「ようやく先に進めるな……」
残額はゼロになってしまったが、安心した様子で鷹弘が言った。
その直後。
拍手の響きと共に、頭上のモニターがまたしてもあの男の姿を映し出す。
『よぉ、またしても課題をクリアしたようだな』
「ノーブル!」
『まぁこのくらいはやって貰わなきゃ困るんだがぁ?』
弾むような活発な声で言い、ノーブルは一行を見下ろした。
『モタモタしてないでさっさと上に来い。次のギャンブルがお前たちを待ってるぞ!』
「上等だこの野郎」
不敵なノーブルの顔が画面から消えるのと同時に、鷹弘は強い口調で全員に語りかける。
「お望み通り、ガンガン上がってブチのめしに行くぞ!!」
「了解!」
響が返事をし、他の面々も頷く。そして、カードを使ってエレベーターから上階へと移動するのであった。
一行が次に辿り着いたのはシルバーレートフロア。
部屋の構造そのものは先程のブロンズレートとほとんど変わらないが、絵画や調度品の壺、シャンデリアなど豪華な装飾が増えている。
「どうせ次も1000万のチップ集めりゃ良いんだろ、楽勝じゃねェのか?」
鷹弘は楽観しながら受付に向かう。しかしそこで目撃した金額に、思わず目を剥いて向こう側にいる黒服に詰め寄って行った。
「オイ何だこれ、お前らマジでふざけんなよ!?」
「静間さん、一体何が?」
「次のランクアップの金額だよ……見てみろ!」
用紙を受け取り、翔は指でなぞるようにして額を数える。
だが終えた後、数え間違えたのか首を傾げて同じようになぞって再確認した。
それを何度か繰り返して、翔の表情はみるみる内に困惑と驚愕に染まっていく。
「……100億円……!?」
「ええええええ!?」
浅黄が愕然とした声を上げ、あまりにも非現実的な額にアシュリィは絶句する。響も、神妙な面持ちで額を眺めていた。
先程の梅悟との勝負は金額を10倍にするものだったが、今回はそれでも届かない。仮に今回も同じようなギャンブルがあったとしても、100倍レートなど存在しないだろう。そしてもう一度10倍のギャンブルを挑む事はできない。
他の治療費もブロンズに比べて値段が上がっているとはいえ、そちらは癌や脳腫瘍など相応に重い病気ばかりだ。ランクアップだけが異様に値上がりしている。
そんな折、鷹弘に掴みかかられていた黒服が、襟を正してシルバーカードを取り出した。
「ランクアップのお客様。こちら、ノーブル様から贈与のチップです」
翔の持つカードと、黒服のカードが光る。与えられたのは、1億円のチップだ。
「さっきよりは貰える金額が多い、けど……」
「今度納金するのはその100倍だろう? 正気じゃないな」
眉間を指で押さえながら、翠月が言う。翔も、ずっとここにいては金銭感覚が狂うのではないかと頭を抱えていた。
一行が困り果てていたそんな折、高笑いと共に一人の男が姿を現した。
ヒュプノスの一人。顔の左半分に包帯を巻いた男、曽根光 都竹である。
「ヒヒヒッ、お困りのようですねぇ?」
「テメェ……何のつもりだ、この無茶苦茶な額は」
「イヒッ! そう怒らないで下さいよ。どうせあなた方は最後には見るも無惨に死ぬんだ、本来10億のところが100億になろうが同じでしょう? まぁ、金額の設定を変えたのは私なんですけどねぇ?」
「この野郎ォッ!!」
掴みかかる鷹弘。すると、都竹は下卑た笑みのまま、彼の鼻の先で左右に人差し指を振った。
「暴力はいけませぇん。ルールはご存知でしょう?」
「クソが……!!」
「イーヒヒヒヒィッ! まぁまぁまぁまぁ、せいぜい100億目指して地道に頑張って頂きましょうかぁ!? 終わる頃には全部手遅れになってるかも知れませんがねぇーっ!!」
再び、神経を逆撫でするような品のない高笑いを上げる都竹。耳にした鷹弘は怒りに満ちた表情で、硬い拳を振り上げる。
するとその後ろから、翠月と浅黄が腕を掴んだ。
「よせ。ここでこいつを殴ったところで何にもならん」
「そうそう、やるんならゲームでボコろうよ」
額に青筋を立てた浅黄が、普段の様子からは考えられない程に冷静な口調でそう言った。
何か考えがあるなら、この二人に任せてみよう。鷹弘はそう思って、手を離す。
都竹はわざとらしく掴まれた襟首をパンパンッと手で払い、一行に背を向けて歩き出した。
「では奥の部屋に来て頂きましょうか。先にお待ちしておりますよ、ヒヒヒ」
軽快な足取りで進む彼の姿に、鷹弘はまだ苛立ちが収まらないのか舌打ちをする。
しかしこの場に留まっても仕方がないので、翔たちを伴って都竹の後ろを歩き出した。
その最中、浅黄は翠月の隣に並んで声をかける。
「ゲッちゃん」
「なんだ」
「ウチらで勝つよ、あのゲス野郎に」
「……当然だ」
深く首肯して、翠月は拳を握り締める。
その一方。道の途中で翔は、響へと語りかける。
「兄さん、このフロア……」
「ああ。気付いている」
目は合わせずに、響は首だけ動かす。警戒している証拠だ、と翔は思った。
「やっぱりそうだよね。さっきの階より若い人が多い」
また響が一度頷いた。
翔の言った通り、シルバーレートフロアには翔たちよりも年下、まだ子供とさえ呼べるような者たちもギャンブルに参加しているのだ。
それが何を意味しているのか、翔にはまだ分からない。しかし響は神妙な面持ちで、やはり目を合わせずに言う。
「この領域にいる人間の問題や、あのノーブルという男の思想……どうやら思ったより単純ではないようだ」
そうしてブロンズレートの時と同様に奥の部屋まで辿り着き、扉を開くと、一行を出迎えたのは透明な五つのサイコロだった。
いわゆる一般的な六面ダイスだが、その大きさは驚くべきもので、少なく見積もっても高さが3m以上はある。
「な、なんだこりゃ!?」
「ヒヒッ、これが今回の種目……ダイスゲームですよ」
恭しく一礼し、都竹は右腕を掲げる。
すると仄暗い室内にパネル状のホログラムが出現した。五つのサイコロ、その出目の組み合わせによって発生する賭け金の増減が記されている。基本的にゾロ目を揃えるようだが、ポーカーのストレートのように連続した数字の組み合わせを出す事ができればそれも役となるようだ。
「私のゲームのルールは非常にシンプルです。変身の必要すらありません。ダイスロールによって、私の出す役よりも良い役を作る事ができれば勝ち。賭け金をこのリストの役に対応した額だけ、倍付けでお支払いします。振り直しは二回まで認められます」
リストに『1ゾロ:10倍』『6~2ゾロ:8倍』『4面ゾロ:6倍』『3面ゾロ+2面ゾロ:5倍』『役なし:2倍払い』などなど様々な役が記載されている中、ひとつだけ一行の目を大きく惹くものがあった。
それは『4に目:X倍払い』というものだ。
一行の視線に気付いたのか、都竹は笑いながら解説を始める。
「その役は
「X倍払いというのは?」
「相手が出した役で決定します。まぁ要するに、6倍の出目を出したらそれをさらに6倍にして、36倍にして払うという事ですねぇ」
その言葉を聞いて、先程質問した響は顎に指を添えて「ふむ」と呟く。
「つまり、そちらが4に目を出してこちらが1ゾロになれば、100倍払いで100億に届くという事か」
「イヒヒヒヒヒッ! まぁそうなりますが、万が一にもあり得ませんねぇ」
「希望があるなら諦めるには速い」
「そう思うのは勝手ですが……それよりも負けた時の心配をした方が良いと思いますよ?」
ニタァッ、といやらしく続くが頬を歪めた。
「プレイヤーがギャンブルによって負債を抱えた場合、我々ディーラーはあなた方の持つ『最後のチップ』も頂く事になっているのですよ」
「最後のチップだと?」
「えぇ……そのカードは登録した時点であなた方の精神と繋がっている。既にノーブル様の力によって、白いチップという形となっている」
それを聞いて、翔も響も鷹弘も、アシュリィすらも愕然とした。
「まさか!?」
「そぉう。そのチップを失った時、あなた方は精神失調症に罹り、この世界の囚われとなるのでぇぇぇすっ!」
都竹の語る事実に、翔は絶句する。
この領域に着いた時から何かおかしいとは思っていた。常に後手に回ってしまって、手玉に取られているような気はしていた。
それが既に命さえ握られていたとは、想像もしていなかったのだ。
しかし、それを聞いて鷹弘は笑っていた。
「だったらよ。テメェが負け額払えなくなりゃ、当然そっちも精神失調症になるって事だよなァ?」
「ヒヒヒッ! 負けて負債を抱えたら……ですがねぇ?」
自身の勝利を信じて疑わない笑顔。それを見て浅黄は眉をひそめ、静かにマテリアパッドを取り出した。
そして、その姿を尻目に翠月がゆっくりと都竹の前に立つ。
「その言葉忘れるなよ。私が相手になってやる、ゲームを始めるぞ」
「グゥゥゥッド! 良いでしょう、あなた方を沈めて差し上げますよ! イヒヒャヒャヒャヒャヒャ!」
都竹は翠月に手招きし、部屋の中央にある広いステージに向かい合って立った。
「それでは、まずは私が振りましょうか」
左手をポケットに突っ込みながら、続くは右手を前方に掲げる。
すると五つの巨大ダイスがゆっくりと浮遊し、その場で不規則に回転し始めた。
「ダイスロール!」
掲げた上を真下に振る。
出た目は2が二つ、他は3・4・5だ。それを見ると都竹はわざとらしく眉を寄せる。
「2のダブルなら成立はしますが、役としては最低の目ですねぇ。振り直しさせていただきますよ」
そう言いながら都竹はまた手を前に掲げ、また先程と同じように真下に振り下ろす。
今度は3が三つ、1・6という組み合わせだ。頭を振って、都竹はもう一度腕を前に掲げた。
「この役もパッとしませんねぇ。最後の振り直しです」
ポケットに左手を突っ込んだままそう言って、都竹はその中に握った小さなあるものを操作し始めた。
それは、リモコンだ。ボタンが二つほど付いている、掌にすっぽりと収まる程度のもの。
このリモコンは特殊な電波を発する事ができ、室内の天井の四隅に仕掛けられたアンテナがそれを受信して、次に振るダイスへと『1ゾロ』か『4に目』を出すように命令を送って操作する機能があるのだ。
早い話がイカサマである。今回都竹が出している指令は『1ゾロ』だ。
「ヒヒッ、行きますよぉぉぉっ!」
右腕を振り下ろす。
巨大なダイスが転がり、示した目は1・2・3・5・6だった。
「イーヒヒヒッ、これで私の勝……利……?」
ぱちぱちと瞬きして、都竹は目を擦る。
何度見ても結果は同じ。X倍払い確定の『4に目』だ。
「え゛ぇっ!? あ、あれあれあぇ、はぁぁぁ……? え、ぅえっ……!?」
「どうやらお前の負けは決まったようだな」
予想外の出来事に狼狽してわけの分からない声を上げていた都竹であったが、翠月のその一言で我に返る。
そして彼が腕を振り上げているのを見て、考える前にポケットにあるリモコンのスイッチを押し込んだ。今度は『4に目』の方だ。
「まだ勝負は分かりませんよ! あなたも同じ役を出せば引き分け、それに結局10倍を出せなければ100億は手に入らない! これでゲーム終了です!」
「なら、出すだけだ」
翠月がそう言いながら躊躇いなく腕を振り下ろす姿を眺め、都竹はほくそ笑む。この出目を確定できるリモコンがある以上、自分に敗北はないと確信しているのだ。
先程の事態は何かの間違いに決まっている。そう決めつけていた。
だが――。
盤面に叩きつけられたダイスの出目は、全て1だった。
「はぁっ!?」
「私が勝ったようだな。当然振り直しはしない」
決着はつき、ダイスが消滅する。翠月はメンバーズカードを手に、ゆっくりと都竹へと歩み寄った。
しかし、困惑していた都竹は再び正気に戻ると、大きく後ずさりして一向に向かって指を差す。
「いっ、イカサマだ! お前たち、イカサマをしたな!? そうに違いない!! 私のダイスに何か細工をしたんだろう!? でなければ私が負けるはずがない!!」
熱弁を振るう都竹。対して、ホメオスタシスの面々の反応は冷ややかなものだった。
「は? 何言ってんだ。ダイスを用意したのも、この部屋に案内したのも全部テメェの方だろうがよ」
「そもそも僕らに細工をする余裕なんてなかったでしょう? 説明してすぐにゲームが始まったんですし」
鷹弘と翔の言葉に、都竹はぐぅっと言葉を詰まらせる。そもそもイカサマをしていたのは自分の方なのだ、下手に部屋を調べられては逆に立ち場が危うくなる。
しかし、都竹としてはこのままで終わるワケには行かない。
彼が金色のメンバーズカードを取り出して裏面を軽く指でなぞると、突然室内に警報音が鳴り響き、次々と黒服たちが流れ込んで来る。
「なんだ!?」
「ディーラーとして不正を見逃すワケには行きませんからねぇ……力づくでお縄について頂きましょう!!」
《
都竹が素速くガンブライザーを装着し、マテリアプレートを起動する。
鷹弘はまた舌打ちし、自身も響たちと共にマテリアフォンとプレートを取り出した。
「結局こうなんのかよ……」
「まぁ良いだろう。返り討ちにしてやるか」
それに倣って翠月もタブレットドライバーを装着する。やや遅れて残った三人も各々の持つドライバーを呼び出した。
一触即発、今まさに戦闘が始まろうとしていた、その時。
『そこまでだ』
頭上にまたもモニターが出現し、ノーブルの姿が映し出された。
今までの楽しそうな表情とは一変した、怒りの宿っているノーブルの顔を見て、都竹や黒服たちは慌てて戦闘態勢を解除する。
「の、ノーブル様、一体何用で……」
『負けを認めろ都竹。ゲームは終わりだ』
「なっ!? し、しかし!」
『俺様に恥をかかせるつもりか? まさか、お前の不正に気付いていないとでも思っているのか?』
「ぐっ……!」
頭上にもうひとつモニターが出現し、そこに先程ダイスゲームを行っていた都竹の姿が映し出される。
『お前はポケットの中にリモコンを隠し持っているな? そして、それを使って出目を操作している』
「そ……それは……」
『バカが。そんな物に頼るから逆に利用される羽目になるんだ』
映像が切り替わる。次にモニターに映し出されたのは、浅黄の姿だった。
マテリアパッドを使い、翔や響たちの後ろに隠れて、床に座って何やら操作をしているようだった。
『彼女はお前の自信に満ちた態度を疑い、室内を解析していた。そして部屋に仕掛けられたアンテナの存在を認識し、ボタン操作で二つの指令が送られて来る事を知って……』
「ハッキングしてその指令を逆転させたってワケよ」
唇を釣り上げて胸を張る浅黄。金額を不正に釣り上げてギャンブルを仕掛けた時点で、まともに戦うつもりなどないだろうと見切っていたのだ。
「そんなバカな!?」
『お前がイカサマさえしなければこんな事にはならなかった。独断でランクアップの金額を変えた事も許しがたい。大人しく支払って、彼らを安全に通せ』
「くっ……しかし、私はあなたのために……」
『通せ! できなければどうなるか分かっているはずだ!』
都竹の手元からメンバーズカードが離れ、それまでと違う妖しい橙色の輝きを帯びて彼の左胸へとじりじり近付いていく。
それを見た都竹は、短く悲鳴を上げながら観念したように頷いた。
「ヒッ!? わ、分かりました!」
その言葉と同時に、都竹のカードが輝きを失い、逆に翠月たちの持つカードが光り始める。
チャージされた額を確認すれば、100億円のカジノチップが入金されていた。
「確かに頂いた」
「チィッ……ですが、これで勝ったと思わない事ですねぇ……!」
恨めしそうな都竹の視線。それを背中で受け止めつつ、一行は受付に向かう。
支払いが済み、カードのランクアップは果たされた。次は、この金色となったカードで次へ進むための資金を稼がなければならない。
「さぁ、次に行きましょう!」
「……こいつも違った、か」
探偵事務所にて。
天坂 肇は一人、鷲我から渡されたリストに載っている人物の調査を行っていた。
20年前のあの日に自分や鷲我と共にアクイラに立ち向かった、いわばホメオスタシスの前身とも呼べる者たち。
その中に、重大な裏切り者がいる。
しかし調査は難航していた。この20年の間に、残念な事に死亡している者たちが多いのだ。
「まさか裏切り者も既に死んでいるのか……?」
そう考えもしたが、すぐ肇は舌打ち混じりに振り払った。
都合の良い想像をするのは危険だ。何しろ、今の今までアクイラは完全に消滅したとばかり思っていたのに、復活するかもしれないというニュースを聞いたばかりなのだから。
肇は再び、資料に目を通す。
金髪の少年と黒髪の少女、そして坊主頭の少年の顔写真が写っている。
「
これで既に約半数が死亡か行方不明か、あるいは生存していても年老いてまともに話の通じない状態になっているかのいずれかになっている。
もちろん普通に会話もできる人物もいるにはいるが、そう言った者たちに限って地方で過ごしているため、調査対象から外れてしまうのだ。
「にしても、こんなガキ共まで死んでるとはなぁ」
たった今確認した三人の資料を机に置き、タバコに火を点け一服する肇。
この外地という人物は当時17歳、加々美という少女は18歳、土山少年に至っては16歳のアルバイトだったというのだ。
それが数年の後、交通事故や山での遭難、さらには飛び降りといった死因でこの世を去っている。
「難儀な世の中になったモンだ」
紫煙を吐き出しながら、肇は自分の頭の後ろに手を回した。
そして手帳を取り出し『アクイラについて』と書かれた項目にメモを書き込んでいく。
これは昔からの彼のクセのようなもので、気になる情報や今までの調査状況を忘れないよう細かくチェックしているのだ。
「……ん?」
書き込んでいる途中で、ペンの動きが止まる。
彼の目を奪ったのは自分が今書き加えているものではなく、アクイラそのものに関する情報。
『当時のアクイラは不完全な姿で顕現したが、仮面ライダーに変身して粉々に砕いた』
『あのまま放置していれば、完全体となって人間を支配していたかも知れない』
『アクイラはドライバーとセットのデジタルフォンを同時に使う事により完全体へと変身するようだ』
『現在帝久乃市を脅かしているデジブレインは、このアクイラにのみ作成できると考えられている。今は技術が発展した影響で人間でも作る事ができる可能性はある』
概ねそのような事が書かれている。特に何も間違った部分のない、詳細な情報だ。
「あっ!?」
だがその瞬間、肇は目を見開いた。
今まで見落としていたものを、ようやく見つけたかのように。
灰皿にタバコをねじ込み、肇は熟考する。
「まさか……いや、だとしたらこれは……どういう事なんだ……?」
血相を変え、肇は机の前で腕を組む。
灰皿の上では、くしゃくしゃになったタバコがまだ僅かに煙を吹いていた。