ノーブル、金生 樹の死から二日が経った日の事。
上位Cytuberの集まる会議場では、スペルビアが
自らの恩師と仲間を手にかけて力を手にした男、曽根光 都竹だ。
「……と、いうわけで。今回から彼が羨望の座につきます」
紹介を受け、都竹は笑いながら丁寧に一礼する。樹や松波や梅悟を殺害した事など、とっくに忘れてしまったかのように。
スペルビアは笑いながら首を横に振り、話を続ける。
「しかしながら都竹様は、まだトランサイバーGを手に入れたばかりの身……仮面ライダーたちが着々と力をつけている今、一人では領域拡大も難しいでしょう」
「では、私の出番という事ですわね」
声を上げたのは、兎のぬいぐるみ。つまりはハーロットだ。
彼女の背後には当然のように、フィオレとツキミの二人が控えている。
「話が速くて助かりますよ。あなたたちの領域はそういう場所ですからねぇ」
くつくつと笑い、スペルビアは続いて、会議場にいながら食事を摂るだけで何も喋らないプレデターへと視線を向ける。
目の前にあるのは、山盛りのローストビーフと白飯だ。
「次はプレデター様、いよいよあなた様に戦いに出て貰いますよ」
「断る」
ひたすら食べ続ける老人の口から飛び出したのは、拒否の言葉。
それがあまりにも意外だったのか、都竹もフィオレとツキミも目を剥いていた。
特に動じた様子もないスペルビアは、再び質問を繰り出す。
「断る? なぜです?」
「あの小僧どもはまだまだ弱い。見どころはあるが……」
ローストビーフを十数枚一気に頬張り、さらに白米を掻き込んでプレデターは静かに語る。
「儂に勝つ事はない」
「だからこそあなた様に頼んでいるのですがね」
「……儂の願いを忘れたとは言うまい、スペルビア」
箸を置き、鋭い眼光を繰り出す。
「儂は
「しかし彼ら五人は既にCytuberを何度も落としていますよねぇ。あなた様が負けないとは言っても実力は十分なはず、何が不服なのですか?」
「素知らぬ顔をするつもりか、たわけが」
プレデターは一度舌打ちをすると、腰に帯びた太刀を抜き、テーブルの上に立った。
「お前の魂胆を見抜けぬ程、儂は老いておらん。大方……仮面ライダー共を倒した後はハーロットを殺させ、その後でアクイラを復活させるつもりだろう」
「おやおや流石ですね」
「まだ空惚けを続けるつもりなら、まずはお前から斬って捨ててくれよう」
ゆらぁ、と刃が妖しく光を放つ。
老齢の見た目に反した雄々しく猛々しい闘気が、スペルビアやハーロット、そして都竹に叩きつけられた。
そうすると、口元に薄い笑みを貼り付けるだけだったスペルビアも、仮面の隙間から睥睨した。
「確かにプレデター様なら私と良い勝負ができるでしょうねぇ」
剣呑な空気が流れ、都竹の息を呑む音だけが聞こえる。
直後、スペルビアの柔和な笑顔が空気を弛緩させた。
「そこまで仰るのであれば、良いでしょう。あなた様に頼むのはやめにしましょう」
「なに?」
半ば脅しつけるような口調。しかしスペルビアは笑顔を絶やさない。
戦意を削がれた様子で、だが苛立ち混じりにプレデターは刀を納めた。
「何を企んでおる」
その問いかけに頭を振り、肩を竦めてスペルビアは答える。
「気にする必要はありませんよ。あなた様のやる気が出るまでは活動休止とさせて頂くだけですので」
疑いの視線が解ける事はなかったが、プレデターは深く溜め息を吐くと、机から降りて背を向けた。
「……よかろう。ならばもう無駄な詮索はしない、帰らせて貰う」
「どうぞご自由に」
プレデターの姿が消える。それをしっかりと確認してから、スペルビアは唇を釣り上げながら、四人の方を振り返った。
「ところで、折り入ってあなた方にお願いしたい事があるのですが……」
※ ※ ※ ※ ※
「いやぁー、悪いねぇ。手伝って貰っちゃって」
同日、昼間。
浅黄は陽子と共に、地下研究施設の開発室で作業に勤しんでいた。
その作業とは、タブレットドライバー用の強化装備の構築。そして、それと同時に使用するV3タイプのマテリアプレートだ。
最初にV3を完成させた鋼作と琴奈はまだ学業で忙しいため、独自にリボルブの新装備を作り上げた陽子を頼ったのである。
「それは良いんですけど……驚いた。まさか、そっちもV3を作ってたなんて」
「にひひ。ウチだって、ジェラスとの戦いの後で遊び呆けてたワケじゃないんだよねぇん」
そう言って椅子にもたれかかって、直後に「あたた」と背中を押さえる。
ノーブルとの戦いで負った傷が、まだ完全に癒えていないのだ。
陽子はそんな彼女の様子を心配しつつ、浮かんだひとつの疑問を投げかけた。
「どうしてプレートが一枚だけなんですか?」
背中を擦りつつ、浅黄はゆっくり答え始める。
手伝っていたのはマテリアプレートの調整。しかし、彼女自身が指摘した通り、その数は一枚のみ。しかも浅黄が使うものではなく、翠月のために用意されたものらしい。
浅黄が作製している装置の方も、ひとつだけだ。
「ウチはほら、変身しても戦うのあんまり得意じゃないタイプじゃん? だったらゲッちゃんに任せた方が上手くいくと思ってさ。最近はデジブレインも強くなってV2タイプも通じなくなり始めてるし」
「いや、そんな事は……」
「あ、勘違いしないでよ。別に卑下してるんじゃないからさ」
ズレた眼鏡を掛け直しつつ、作業を再開する浅黄。それを見て、陽子も同じくマテリアプレートの調整に移った。
「ウチが倒せなくてもさぁ、ゲッちゃんや翔くんたちならきっと何とかしてくれる。だからウチは皆を支えられるように、少しでも勝ち目を広げられるようにサポート役に徹したいんだよ」
そう言った後、浅黄は「それにね」と続ける。
「ゲッちゃんがこの力を使いこなせれば、もう誰にも止めらんないよ。どんなデジブレインにだってね!」
自身に満ち溢れた頼れる言葉。
陽子も、もしも翠月がV3を手にすればこれほど頼もしい味方はない、と考えていた。
浅黄は預かり知らぬ事だが、翔が新たな力に覚醒し、アクイラに近づきつつある今。リボルブリローデッドと同等以上の仮面ライダーがいれば、力の抑制も楽になるはずなのだ。
「でも、そろそろ休憩にしません? お昼ご飯まだでしょ?」
「んー……まぁ、そうだねぇ。今日中に完成させなきゃいけない理由なんてないし」
うーん、と伸びをして、浅黄は陽子と共に席を立った。
陽子のN-フォンから呼び出し音が届いたのは、その時だった。
「鷹弘から?」
「おっ、なにぃ? ラブコール?」
茶化されて照れ笑いしながら、通話に応じる。
しかし、向こう側から聞こえてきたのは切羽詰まったような緊迫感のある声色だった。
『陽子、マズい事になった! アシュリィが……!』
「どっ……どうしたの!? アシュリィちゃんに何かあったの!?」
『アシュリィが拐われた!』
N-フォンから漏れ聞こえた声を耳にして、浅黄は表情を凍りつかせる。
二人は急ぎ、彼の待つ駅前の広場へと足を運ぶのであった。
※ ※ ※ ※ ※
それは、鷹弘が駅近くのラーメン屋で昼食を摂った後の出来事だった。
研究施設に戻るために散歩がてら歩いていると、曲がり角でばったりとアシュリィに出会ったのだ。
鷹弘の顔を見て彼女は目を丸くしつつ、不思議そうな声を発する。
「あれっ、タカヒロだ」
「……お前こんなところで何してんだ? ガキが一人で出歩いてたら補導されんぞ」
「ガキじゃないし」
彼女はそう言って、むぅっ、と可愛らしく頬を膨らませる。
そういうところが子供っぽいと言いかけたが、それを飲み込んで、改めて鷹弘は問い質す。一体何の用事で駅まで来ているのか。
しかし、彼女は問われても首を傾げるばかりだった。
「……呼ばれた、から?」
「呼ばれたぁ? 誰にだよ」
訝しむ鷹弘の声に、やはりアシュリィは首をひねる。
「分かんない」
「……どういう事だ」
「ほんとに分かんない。何か、頭の中で声がして……気付いたら、ここに」
そう言って、アシュリィは眼帯で隠れた右眼を指で押さえる。
一体アシュリィの身に何が起きているのか。ともかく彼女を家まで送ろうと考えた、その直後。
突然、地面から彼女を取り囲むように竹が伸び生えた。
「え」
「なにっ!?」
驚きつつも鷹弘はヴォルテクス・リローダーを抜き、目の前の竹に向かって発砲する。
しかし、その銃撃は当たらなかった。頭上から、巨大な水の塊が勢い良く鷹弘へと放たれたのだ。
「チッ!」
横っ飛びでかわし、銃を構えて周囲に目を配る。
怪しい動きをしている者や、デジブレインは見当たらない。が、今のは間違いなくCytuberやデジブレインの仕業だ。
鷹弘が周囲の警戒を続けながら竹を破壊できないか考えを張り巡らせていると、地面からせり上がっていた竹が、まるで手品のように一瞬で消滅した。
その中にいたはずのアシュリィさえも。
「アシュリィ!? おい、どこだ!? アシュリィ!!」
目を剥いて、鷹弘は彼女を探し続ける。
しかし、結局アシュリィが見つかる事はなかった。
以上が、アシュリィが拐われた顛末である。
浅黄と陽子らに合流した後も必死で捜索したが、彼女が見つかる事はなかった。
地下研究所の休憩室で、鷹弘は項垂れている。今その場に集っているのは、翔や響や鋼作に琴奈、そして浅黄と陽子だ。
「すまねェ……俺がついていながら」
歯を食いしばり、鷹弘は絞り出すように声を発する。
翔の表情は険しい。しかしそれは鷹弘に対する怒りからではなく、アシュリィの事をひどく心配しているためだった。
「アシュリィちゃんが、そんな……」
翔だけではなく、琴奈や陽子も大きくショックを受けている。浅黄も困ったように唸り声を上げていた。
一方、響は冷静だ。
「だが、誰が何のためにあの子を? 姿は見なかったんですか?」
「影も形もなかったが、攻撃はあった。デジブレインやCytuberの仕業に違いねェ」
「となれば、サイバー・ラインに連れ去られたと見るべきか……」
そんな響の言葉の後、いても立ってもいられなくなったのか、翔が立ち上がる。
「翔! どうする気だ」
「……分かってるでしょ、兄さん。アシュリィちゃんを探しに行くんだ」
「無茶だ、サイバー・ラインのどこにいるかまでは分かっていないんだぞ! 闇雲に探しても意味はない!」
「でも僕はあの子を助けなきゃいけないんだ! アシュリィちゃんの居場所になるって決めたんだ……!」
大きな動揺を見せる翔。彼の姿を見て、浅黄はある出来事を思い出していた。
アシュリィがデジブレインの姿に変異した後、行方をくらました時。その時も彼は激しく心を乱し、翠月とは殴り合いにまで発展したのだ。今の彼はその時の状態にそっくりだ。
そこで、浅黄はハッと顔を上げる。
「ねぇ、ゲッちゃんは? メッセージ送ったのにまだ返信来ないんだけど」
「なんだか知らんが、まったく連絡がつかねェんだよ。警察だし忙しいんだろうがな」
溜め息混じりに鷹弘が言うが、それを聞いた浅黄は一抹の不安を覚える。
確かに忙しい立場にいる以上は彼と連絡がつかなくなる事もあるだろうが、返信はおろかメッセージの既読状態にすらなっていない。そこが妙だと感じているのだ。
だがその時、鷹弘のN-フォンに着信が入る。
電特課に所属する協力者、宗仁からだ。彼はすぐさま応答し、通話を始めた。
「もしもし?」
『鷹弘、やべぇ事になっちまった』
「……何があった」
深刻な様子の宗仁と、鷹弘の声色が変わったのを聞いて、一同も表情を引き締めた。
『サイバー・ラインのゲートが出て来たんだよ、警察署に!』
「なっ……」
その言葉を耳にして、浅黄の表情が一変。焦りと困惑に染まり、声が大きくなる。
「ゲッちゃんは!? 今どこにいるの!?」
『……警察署がサイバー・ラインになってんだ、分かるだろハッカーの嬢ちゃん』
全員が同じ結論に到達する。最悪の事態に。
『課長はサイバー・ラインに閉じ込められちまってる!!』
「やっぱり……!」
浅黄の表情が青ざめていく。アシュリィだけでなく翠月までも囚われとなってしまったのだ。
翔ほどではないが彼女も心を乱し、それを察して鷹弘は二人を手で制した。
急ぎ街中に調査員を送り込み、状況を確認しようというのだ。その上で、二人の救出に向かう。
そうして約10分の後、報告が届く。N-フォンでその様子を聞き、鷹弘は頷いてから通話を打ち切った。
「どうやらサイバー・ラインに変わってるのは警察署だけじゃないらしい。っつーかむしろ警察署がオマケだな」
「どういう事ですか?」
「サイバー・ラインに変わってんのは『道場』だ。警察署の中にもあるだろ、柔道やら剣道やらの教室が」
それを聞いて、翔も納得した様子で頷いた。
しかしそうなると、厄介なのは警察官だけではなく教室に通う子供も囚われている可能性が高いという事だ。
翠月が守ってくれれば良いが――鷹弘は、そんな淡い希望を抱いていた。
そんな中、顎に手を添え、唸りながら思索している陽子を見つける。
「うーん、これって偶然なのかな」
「陽子?」
「あ、いやホラ。アシュリィちゃんが拐われた直後じゃない、道場が領域の入口になったのって。なんかすごくタイミングが良いような気がして……」
陽子の話に鷹弘と響は顔を上げ、合点がいった様子で頷き合う。
「偶然じゃないかも知れませんね」
「ああ。アシュリィをその領域に閉じ込めて、俺たちを誘い出すつもりなのかも知れねェな」
そう言った後、鷹弘は振り返って全員に号令をかける。
「罠だろうが何だろうが関係ねェ! 今すぐ警察署に向かうぞ! そこで英警視とアシュリィと合流して、向こうに送られた人たちを取り戻す!」
『了解!』
鷹弘の指揮のもと、一行はバイクや車両を使って急行する。
こうして、新たなCytuberの領域への侵攻作戦、並びに人命救助作戦が開始されるのであった。
現場に到着したホメオスタシスの面々は、すぐさま侵入部隊を編成した。
今回は翔・鷹弘・響を中心とし、まだ負傷が治り切っていない浅黄は鋼作および琴奈、そして陽子を含む数名のエージェントと共に拠点で待機。
拠点は前回と同じく、入口のすぐ傍に建造される事となった。
「それにしても、なんなんだこの領域は?」
周辺を見回しながら、響が言う。
前回のカジノとは打って変わって、この領域は最初からひどく荒廃しているのだ。
空がドス黒く濁っているのはいつも通りだが、まるでそれを引き立てるかのように淀んだ空気が流れている。
火薬や硝煙や燻った炎の臭いと、錆びた鉄のような臭い。地面はよく踏み均されており、何やら鉄や木の残骸のようなものが散らばっている。
「いや……これは」
鷹弘がその残骸をひとつ拾い上げる。
それは、折れた刀の一部だった。よく見れば他の残骸も、槍や弓と矢、そして旗などといったものだ。
いずれも
「この領域は『合戦場』なのか」
響も同じ結論に到達したらしく、鷹弘の言に頷いている。
しかし、ここで新たな疑問が湧いてくる。
「一体誰が管理してる場所なんでしょう? 残りは羨望と貪食と淫蕩だったはずですが」
「ああ。今までのCytuberの領域に比べて、どうも噛み合ってねェっつーか、この領域と欲望との繋がりってヤツが見えて来ねェな」
物思いに耽る二人。が、そんな思考を翔が引き裂く。
「今はとにかく、アシュリィちゃんや英さんのいる場所を探しましょう」
全員が首肯した。ここで考えていても答えが出ない以上、まずは調査に動くべきだと判断したのだ。
すると、マテリアパッドから伸びたケーブルをレドームートンに挿してキーボードを操作していた浅黄が声を上げる。
「ちょいっとフォトビートルを飛ばして空から調べてマップ作ったんだけど、けっこー色々と怪しいところがあるんだよね」
「怪しいところ?」
翔に問われると、彼女はパッドを操作して三人のマテリアフォンにマップデータを送り込んだ。
地図によれば、この戦場には四つほど拠点として陣幕が張られており、さらにそこに数多くのデジブレインの反応があるのだ。
そこからさらに指を走らせれば、日本式の大きな城が建っている。城下には小さな寺もあるようだ。
「この城の中に領主がいると見て間違いなさそうですね」
「もしアシュリィちゃんがいるとしたら、多分城だと思う」
浅黄からの助言を受け、方針が定まった。鷹弘は翔と響に向き直る。
「そういう事なら陣地を避けて城を目指すぞ。敵の頭も間違いなくそこにいるはずだ」
『はい!』
返事と同時に三人は動き出す。中でも一番気合が入っているのは、翔だ。
アシュリィを助けるためなら命さえ賭けてしまうだろう。誰の目から見てもそう感じる程に、彼の瞳は凄まじい熱量を持っている。
翔が先頭に立ち、ホメオスタシスは城へと向かった。
「さぁ、急ぎましょう!」
※ ※ ※ ※ ※
それと時を同じくして、領域の城内の最上階。
この『貪食の古戦場』の主であるプレデターは、そこで食事を摂っていた。
今回はジンギスカンだ。巨大な専用の鍋を用意し、野菜やラム肉を山のように乗せている。
「……む?」
そんなプレデターの耳に、虫の翅音が届く。
見れば、窓の外から銀色の蝿が入り込んでいた。
蝿はプレデターの肩に留まると、何かを伝えようとしているかのように翅を鳴らし続ける。
「なんだと?」
直後、プレデターは眉を吊り上げて立ち上がり、窓から外を見下ろした。
小さな動く影が三つ、城の目前にまで近付いている。非常に遠目だが、プレデターにはその正体が分かった。
翔・鷹弘・響の三人組だ。
「仮面ライダー共がなぜここに」
目を丸くするプレデター。それもそのはず、彼は自らの領域を開いてなどいないのだ。更地となった他のCytuberの領域から侵入する事も不可能ではないが、それでも広大なサイバー・ラインから彼の領域を見つけるのには相応に時間がかかる。
また彼の願いの関係上、道場や警察署が入口になる事は確定しているが、本人の意思や許可と無関係にゲートが開く事など本来なら起こり得ない事だ。
だが、もしも。その『起こり得ない』を覆す手段があるとするならば。
「まさか」
木製の窓枠を握りつぶし、吐き捨てるようにプレデターが呟く。
「おのれスペルビアめ。謀りおったな……!!」
Cytuber以外にサイバー・ラインを管理し、自在に行き来できるスペルビアならば、強制的にゲートを開く事ができてもおかしくはない。
というよりも、こんな事をするのは彼しかいない。恐らくハーロットも関与しているはずだ。
スペルビアはプレデターを『やる気にさせる』つもりで、あえて身を引いたフリをしていたのだ。
「……良かろう、ならば望み通りにしてやる」
腰に差した刀を抜き払い、プレデターは最上階から飛び降りる。
ライダーたちを迎え撃つために。
そして心の中で、その次はスペルビアとハーロットを討つ事を誓うのであった。
一方、翔たちは道中で特にデジブレインと邂逅せず、城の目前まで到着する事に成功していた。
領主が警戒していないためなのか、全く敵が姿を見せない。
陣幕の方ならばデジブレインもいるのかも知れないが、仲間や住民が拐われている以上、今の彼らにそんな余裕などないのだ。
「ここが敵の根城か……」
そう言いながら、翔は正面にある大きな門の前に立つ。
固く閉ざされており、いくら力を込めても開く気配がない。
不思議に思って良く観察してみれば、門には四つの鍵穴がある。これで解錠しなければ開かないようだ。
「四つも必要なのか。思ったより厄介だな」
「敵陣営の数と一致しているという事は、そこに鍵があるかも知れませんね」
鷹弘と響が真面目な顔で話し合っている、そんな時。
翔は門の前で右腕を掲げた。
一瞬、彼が何をしているのか二人には理解できなかったが、右腕に集まる青いノイズを見てすぐに察した。
「このバカ野郎!! 何やってんだ!!」
叫びながら鷹弘は翔の腕に組み付き、妨害する。
彼はアクイラの力を使い、門を無理矢理開こうとしていたのだ。
無論、翔と響は力を使い続ければどうなるのかを知らない。それでも、再三に渡って警告し続けていたはずなのだ。
「こうしないとアシュリィちゃんを助けられないじゃないですか!」
「力を使わずに入る方法がある! だったらわざわざ危険を冒す必要はねェだろうが!」
「あの子はもっと危険な目に遭ってるかも知れないでしょう!? グダグダと時間をかけるワケにはいかない!!」
「そのために自分の命を投げ出す気か!? ふざけた事を抜かしてんじゃねェぞ、クソッタレが!!」
睨みつけながら鷹弘は翔の胸倉を引っ掴む。しかし、翔も負けじと鷹弘の腕を握り締める。
「そんなやり方を続ける気でいるなら今すぐ帰れ……!」
「そっちこそ……!」
このままでは殴り合いになりかねない。そう判断して響が間に入ろうとした、その時。
まるで爆発でも起きたかのような衝撃と地響きと共に、背後からもうもうと砂煙が巻き上がる。
「なっ!?」
あまりの出来事に愕然とし、全員が同じ方向を見た。
そこに立っているのは、刀を構える武骨な老人。その姿を、そして特徴を、進駒や律から聞いて三人は知っていた。
Cytuber二位、貪食のプレデター。七人の中でも『最強の武力』を持つ男。
「こ、こいつが……あの!?」
先程まで言い争っていた事も忘れ、鷹弘と翔は互いに手を離してプレデターに注意を向ける。
「如何な理由で我が領域に侵入したのかは知らぬが」
チャキ、と太刀の刃先を翔の方に真っ直ぐ向ける。
正眼の構えだ。
「儂の城に足を踏み入れるという事がどういう意味なのか……分かっておるであろうな?」
「くっ!」
プレデターが発する凄まじい闘気に気圧されつつ、翔たちはアプリドライバーを装着する。
そしてマテリアプレートを起動しようとしたその寸前、プレデターは刀を投擲した。
「うわっ!?」
飛んで来る刀を慌てて避ける翔。その隙に、プレデターはマテリアプレートを取り出し、先手を取って起動した。
《ブシドー・ブリード!》
「
《
音声入力と同時に現れたのは、拘束具を纏う獣じみたシルエットのデジブレイン。
さらにプレデターの首に輪の形になったロープがかけられ、それが首を絞めつける。
《ブシドー・アプリ! 獣面刃心、トランスミッション!》
デジブレインが分解され、縄の千切れる音が鳴る。そして、サイバーノーツへの変化が始まった。
顔面を覆うのは『獅子口』と呼ばれる、トラやライオンを表現する際に使われる獣の如き凶悪な形相の能面。その両眼が藍色のハエの複眼のようなバイザーで覆われる。
そして体は髑髏の意匠が随所に施された虎柄の甲冑で包み、左腰には新たに日本刀を携えている。腰からは、陣羽織のようにハエの薄翅らしきものが垂れ下がっていた。
「未熟な果実と言えど、戦を仕掛けるのならば容赦はせん。死んで貰うぞ小童ども」
再びグラットンは腰の刀の柄に手を添える。
ただそこに佇んでいるだけだというのに、その佇まいには、全くと言って良い程に隙がなかった。
しかし、今更それで怯む仮面ライダーたちではない。
「やれるモンならやってみやがれ!」
《ラプターズ・フリート!》
「『最強の武力』とやらがどれ程のものか、見定めてやる」
《
「どの道倒さないといけないなら……今、ここで!」
《チャンピオンズ・サーガ!》
各々手に取ったマテリアプレートを起動し、それをドライバーにセット。その場に電子音声が響き渡る。
『変身!』
「変……身!」
《
マテリアフォンをかざし、三人同時に変身に移行する。光に包まれ、翔たちの姿が変わり始めた。
《羽撃く戦艦、フルインストール!》
《迷宮の探索者、インストール!》
《語り継がれし伝説、インストォォォール!》
前回と違い、アズールとリボルブは最初からV3の力で変身を行った。
それでもすぐに攻撃は仕掛けない。進駒たちの話を事前に聞いていたので、グラットンを警戒しているのだ。
だが、グラットン自身は違った。
「すぐに仕掛けぬか、彼我の実力差を見極める程度の力量はあるようじゃな。流石にここまで来るだけの事はある……が」
タンッ、と踏み込む音。
その一足で、グラットンは一瞬にしてアズールたちとの距離を詰めた。
「えっ!?」
「雛鳥が相手ではな」
そして、高速の抜刀。
三人とも腕や武器を盾代わりにして攻撃を防ごうとしたものの、一歩遅かった。
たった一度の斬撃でアズールたち全員の胴を捉え、跪かせた。
「がっ、ぐっ!?」
「どうした。この程度で音を上げるか」
「そんなわけ……ないだろ!」
振り向いて弓を引き、既に納刀しているグラットンへと矢を放つ。
しかし目前まで迫った光の矢は、先程と同じ速度で放たれた抜刀術によって砕け散った。
「なっ!?」
「思ったよりも歯応えがない……見込み違いか」
どこか残念そうにグラットンが言った。
今の翔は、アシュリィがいなくなってから心が乱れている。変身者の精神状態が戦闘能力に反映されるライダーシステムの仕様上、本来の戦闘能力を出し切れていないのだ。
それでもこれまでのデジブレインやCytuber相手ならば負けない程度の強さを持っていたはずだが、今回は相手が悪すぎた。
「ふん!」
「ううっ!?」
続けて放たれた斬撃を弓で受け止めるも、あまりの威力にアズールは膝をついた。
このままでは倒されるだけだ。窮地に陥った彼を、リボルブとキアノスは見捨てない。
ヴォルテクス・リローダーとフェイクガンナーの銃口を向け、グラットンへと発砲する。
「む」
こめかみに撃ち込まれた銃弾が、ほんの一瞬だけ彼の動きを止める。その隙に、アズールは距離を取った。
そして止まっている間に、リボルブはシリンダーを五度回転させ、撃鉄を押し込んでマテリアフォンをかざす。
《スクロール! ヴァルチャー・ネスト! フレイミングフィニッシュコード!》
「喰らいやがれ……!」
《
燃えるハゲワシが、大きな蹴爪を伸ばしてグラットンへと飛来する。
しかしグラットンは慌てる事なく首を鳴らし、刀を地面に突き刺して、トランサイバーGのボタンを押し込んだ。
《
すると、刀がボコボコと泡立ったかと思うと、銀色の小さな羽虫のように変化し、周囲からも同じものが無数に現れる。
蝿だ。それも普通の蝿ではなく、鋼鉄の蝿。
虫たちはグラットンの両手に集まると、長い
「何っ!?」
グラットンはその斧槍を縦横無尽にふるい、炎の巨鳥を霧散せしめた。
ブシドー・ブリードのファーストコード。それは、鋼鉄の蝿を使って武装を作る力。
「なるほど。雛鳥にしては歯応えがある者もいるようだ」
そう言いながら、グラットンは穂先をリボルブの腹部に叩き込む。
「がはっ……!!」
「だが、儂には勝てんな」
吹き飛ばされ、リボルブは背中を壁に打ち付ける。その一撃で、彼は地面に倒れ伏した。
アズールも弓で射ようとするが、攻撃は間に合わない。槍を顔面に叩き込まれ、さらに胸に突きを受け、変身が解除される。
「ぐ、うっ……」
次に、グラットンはキアノスを倒すべく目を配った。
しかし、それは叶わなかった。
《
黒い煙幕が銃口から噴出し、視界を覆う。グラットンは舌打ちしつつ、斧槍を回転させて竜巻を起こした。
その時既に、キアノスだけでなくリボルブも翔もその場から姿を消している。
グラットンが最後の一人であるキアノスを討とうとする前から、勝てないと判断した彼は既に撤退行動に移っていたのだ。
「儂が次の対峙を許す事になるとはな……退き際をわきまえて最善の行動を取る者が一番厄介だ。あの男、見た目より手強い」
溜め息と共に、プレデターは変異を解除する。それに伴って斧槍も蝿となり、そして刀に戻る。
「だが、もう一度来れば今度は逃さん」
そう言って、プレデターは再び己が城の中へと戻るのであった。
「う……?」
薄暗い、天井から降り注ぐ桃色の光だけが照らす部屋の中。
瞼を擦りながら、アシュリィはその場所で静かに身を起こす。
ここはどこで、一体何があったのか。怯えつつもゆっくりと思い出す。
「そうだ、確かタカヒロと話した後」
突然地面から竹が伸び、檻のようになって自分を捕らえた。
その後は、気絶してしまっていた。
「ここはどこなの……?」
そう言って、立ち上がって部屋を歩き回ろうとする。しかし、硬くて丸い『何か』に足を取られて転んでしまった。
「痛っ」
膝を擦りながら、彼女はその『何か』を振り返る。
それは、アシュリィ自身の足を拘束するための鉄球がついた足枷だった。
「えっ!?」
さらにじっくりと周囲に目を凝らしてみると、アシュリィは自分のいる部屋の入口が鉄格子となっている事が分かった。
つまり彼女は今、牢屋の中にいるのだ。それも、身動きを取れないよう拘束された上で。
「なに、これ」
誰に対してではなく呟いた瞬間、アシュリィの呼吸が荒くなる。頭を抱え、目を見開く。
何かが頭の中に入って食い込んでくるような、そんな感覚。フラッシュバックする、覚えのない映像。
「違う」
違う。これは記憶だ。失われていた記憶の断片が、頭の中に流れ込んでいるのだ。
頭に浮かぶ映像は、今と同じく鎖に繋がれた自分の姿。そして、目の前には長い黒髪の大きな女性の姿。
誰だかは分からない。しかし、映像の中に見えるものとこの部屋は同じだ。
そうだ。自分はこの場所に来た事がある。
「……違う!」
違う違う違う、違う。
アシュリィは心の中で、頭の中で、叫んでいた。ここに来た事がある、というのは何かが違う。
それに、この女性が大きいのではない。どちらかといえば、自分が小さくなっているのだ。
流れ込んで来たのは、未だ記憶の断片のみ。だが。まさか、まさかまさかまさか。
そうだ。ここは、ここは、私は、ここで――。
「ここで……うまれた……?」
長い沈黙。長い長い恐怖、困惑。
牢屋の中で、彼女の心臓の鼓動だけが響き渡った。